第262話 秘密基地

「すごい! 見晴らし! すごい! 高い!」


 設置したばかりの櫓に登ったフルンが犬耳をパタパタさせながらそう叫ぶ。

 大工のカプルに頼んで裏庭に立てて貰った櫓は、高さにして七メートル近く、二階のバルコニーよりもさらに一段高い。

 元々は来る試練の旅で使う、野営時の見張り櫓だったが、せっかく作ったものは使わないともったいないということで裏庭においてみた。

 見張り台がほしいと言っていたフルンは大喜びでずっと登りっぱなしだ。

 まあ、高いところはロマンがある。

 俺もちょっと登ったが、昇り降りがハシゴだけなのでちょっとしんどくて怖い。

 裏庭に置いてあった家馬車を少しずらして、渡り廊下の突き当りに櫓が来るように配置した。

 さらにバルコニーからトイレにかかる渡り廊下の上を通り、階段で登れるようにする予定だ。

 予定と言うか、今そういう工事をしている。


「フルンのリクエストもありましたから、渡り廊下は二階にも通路が乗せられるように、準備はしておりましたの」


 とカプル。

 事前に地下室で作ったユニットをミラーとクロックロンの集団が着々と組み上げていく。


「実は今回から新しい工法を導入しましたの」

「ほう」

「枠組壁工法、というやつですわ」

「なんだそりゃ」

「2×4工法とも言いますわね」

「それは聞いたことあるな」

「規格化した枠材と合板による面構造で作るのですわ」

「ほほう」

「それを可能にしたのがこの合板!」


 カプルが自信満々に取り出したのが、ただのベニア板だった。


「ベニアじゃん」

「そう、ベニア板とも言うそうですが、この合板、ご主人様のスマホで知ってから、かなり時間をかけて実験していたのですけど……」

「ほほう」

「単板の切り出し、糊の選定、プレス装置の作成と数多の難題を乗り越えて、ついに実用段階に入りましたわ」


 言われてみると、合板づくりって大変そうだな。


「まだ、若干接着用の糊の強度に不安があるのですけれど、ご主人様の世界では例の石油から生成していたそうで、そちらは入手が難しそうでしたから、家具職人のツテで安価で強度の期待できる糊を色々検討中ですわ」

「ふむ」

「私どもも家具は作りますけど、建築大工は内装ぐらいでしか糊は使いませんし」

「そんなものか」

「とにかく、この工法で、その気になれば半日で小屋が建ちますわね」

「そりゃ凄いな」


 俺の知らない間に、うちだけ産業革命が進んでるな。


「他にも、コンクリートを成形する枠を作る際にも、この合板が……」


 カプルはまだ自慢したそうだったので、しばらく彼女の話を聞いていると、二階の渡り廊下も出来上がってしまった。

 早速、櫓に登ってみる。


 バルコニーの欄干の一部が取り外され、渡り廊下につながっている。

 そこを通り、階段をのぼるとあっという間に櫓の見張り台だ。


「いらっしゃい、ご主人様!」


 ずっと上で頑張ってたフルンに迎えられる。


「おう、来たぞ」

「うん、うちが砦になった!」

「秘密基地だな」

「基地って何!?」

「基地ってのはな、えーと砦のもっとかっこいいやつだ」

「すごい、まさにそれ、ここは基地!」


 と叫ぶフルンとは別の方向から、別の叫び声が聞こえる。


「なにそれ、かっこいいの?」


 見るとエットだ。

 エットが窓の外から覗き込んでいた


「お前何やってるんだ?」

「何って?」

「いや、そんな所に立って危なくないか?」

「危なくないよ? 登ってきた」

「櫓の外をか?」

「うん、木より登りやすい」

「そうか、ならいいけど、気をつけろよ」

「うん、わかった!」


 返事と同時にぱっと手を離して飛び降りた。

 あっと驚いて窓から顔を出すと、エットがふわりと地面に飛び降りて、こっちに手を降っている。

 ここの足場から下まで五メートルはあると思うんだけど。


「あの子は全身のバネが桁違いですから、これぐらい平気ですわ」


 横から顔を出したカプルがそう言った。


「そうなのか、しかし心臓に悪いな」

「ふふ、もっと従者を信用すべきですわね」

「努力するよ」


 苦笑しながら湖側の窓から顔を出すと、眼下では別の工事が進行中だった。

 湖には桟橋が伸びており、小舟が一艘停めてあるが、その桟橋に屋根を付けているのだ。

 買い出しだけでなく、クメトスが白象砦に出向くときにも使うし、テナがフューエル屋敷に行くときも舟であることが多い。

 こちらに屋根が付けば、何かと便利だろう。

 それはいいのだが、この糞寒い雪景色の中、ロボットとはいえ、人間そっくりであるミラー達が薄い肌着のみで湖に入って工事している姿は寒々しいというか、痛々しい。

 あとでしっかり労ってやろう。

 などと考えながら、冷たそうに揺れるミラーのおっぱいを眺めていたら、別のミラーが何やら運び込んできた。

 台座の付いた、大きな双眼鏡だ。


「湖の対岸まで、見えるはずですわ」


 と調整しながらカプルがそう言うと、フルンが喜んで、


「すごい! 早く見たい! はやく!」

「そう急かされると作業が滞りますわ、設置が終わるまで、もう少しお待ち下さいな」

「わかった、じゃあおやつ取ってくる!」


 フルンが階段の方から出ていったかと思うと、すぐに戻ってきた。


「こっちもすごい! 廊下なのに二階! かっこいい!」


 それだけ言うと、再び廊下を駆け抜けて、バルコニーから中に入っていった。


「あんなに喜んでもらえると、作ったかいがありますわねえ」

「あいつは喜ぶのがうまいよな」

「世の中に、はばかる必要が無いからですわね」

「羨ましいこった」

「まったくですわ」


 などと話していると、もうフルンが戻ってきた。


「おやつまだだった! あとちょっと! できたらアンが持ってきてくれるって!」

「でしたら、これでも覗いて、楽しんでいてくださいな」


 カプルに使い方を教わり、双眼鏡を覗くと、フルンはあー、とかうぁー、とか言いながら食い入るように覗いていた。

 俺も興味はあったが、エットやスィーダも上がってきて手狭になってきたので、俺とカプルは櫓をあとにした。


「私は桟橋の方を見てまいりますわ、ご主人様はそろそろ中に入られたほうが良いのでは?」

「そうだな、冷えてきたし」


 家に戻り、台所でテナに熱いのを一本付けてもらい、暖炉の前に陣取る。

 酌をしながら、テナがこう言った。


「随分と裏庭が賑やかになってきたようですね。桟橋に屋根をつけるだけかと思っていましたが」

「櫓はなかなかいい眺めだぞ。あとで登ってみろよ」

「そうしましょう。今、アンがおやつをもって行ったところですし」

「俺におやつはないのか?」

「甘い焼き菓子では、酒のあてにはならないでしょうに」

「そりゃそうだ」

「代わりに豆などいかがです?」


 と言って、エプロンのポケットから紙袋を取り出す。

 中からナッツを一粒つまむと、俺の口にそっと放り込む。

 そんなことをされると、俺もついいたずら心が湧いて、テナの指をぺろりと舐めてしまう。


「あら、お行儀の悪いご主人様ですこと。手が汚れてしまいますよ」


 自分でも指をぺろりと舐めてから、今度は新たな豆を自分の唇にくわえて、俺の口にねじ込んできた。

 うむ、実に行儀の悪い食べ方だな、もぐもぐ。

 一杯やって、いい心持ちになると、アンが戻ってきた。


「おう、どうだった?」

「なかなか、良い眺めですね。あの双眼鏡も、随分と物が良いようで、対岸までよく見えました」

「そりゃいいな、俺も後で覗こう」

「さぞ、値が張ったかと思うのですが、どうも最近、カプルにうまく避けられているようで」

「ははは、まあうまくやりくりしてやってくれ。俺の小遣いを減らしてもいいぞ」

「そもそも、ご主人様はほとんどお金をお使いにならないではありませんか」

「そうなんだけど、稼ぎがないしなあ」

「我々従者の稼ぎは、全てご主人様のものですよ」

「そう言ってくれるのはありがたいが、俺もここらでなにか手に職でも」


 と言うと、テナが、


「それは良い心がけですね。ですが領主としての仕事は、大旦那様と奥様で十分回せております。メイフルの商売も軌道に乗っているようですし、これ以上手を広げるのはいかがなものかと」

「でもほら、なんかこう、自分の稼ぎ、みたいなのが欲しい気もするだろ」

「かと言って、お立場上、屋台で小遣いを気軽に稼ぐ、などというわけにも行かぬでしょう。大きな商いに素人が手を出せば、どうなるかは自明ではありませんか」

「別に屋台で商売してもいい気はするが、似合わないかな?」

「似合わなくは、ないでしょうね。何ともうしますかご主人様は、何にでも見えるのですよ」

「というと?」

「田舎領主のドラ息子でも、都会のエリート官僚でも、成金商人の三代目でも、ヒモ暮らしをする優男でも、ダンジョンで日銭を稼ぐ冒険者でも、そういう格好をしてそうだと言い張れば、まずほとんどの人は疑わないでしょうね」

「便利だな」

「残念ながら、後光眩しき偉大なる紳士だとは、想像がつかないところが、従者としては少々歯がゆくありますが」

「そこはまあ、勘弁してくれ」

「で、何か心づもりはあるのですか?」

「パロンが店を出すなら、店番でもいいかと思ったんだけど、予定では若い娘をメインターゲットにするだろう、となると、俺じゃあ頼りないしな」

「そうかもしれません」

「隣の集会所の二階を空けて、屋台風の食い物なんかを食わせようって話があったじゃないか」

「フードコート、というものを作ると聞いております」

「そうそれ、そこで店番でもしつつ、小銭でも稼いで撫子たちに小遣いでもやろうかなと」

「止めはいたしませんが、すぐに飽きてしまうのでは?」

「よく分かるなあ、俺もそれだけが心配で」

「ご主人様が飽きぬのは、酒と女体だけでしょう」

「よく分かるなあ」

「三日もお仕えすれば、誰でもわかると思いますよ」


 というわけで、俺のささやかな小遣い稼ぎの夢は保留となった。

 まあ、実際問題として、お店には他所から誰か人に来てもらったほうが、新たな出会いもあるってもんだ。

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