第261話 妖精の森

 内なる館に妖精たちが住み着いてしばらく経つが、俺の中は、どうやら完全におとぎ話の不思議空間になってしまったらしい。

 元は見渡す限りの草原だった一帯は、大木がそびえ、虹色に輝くきのこや蔦が絡まり、ちょっとした森を形作っている。

 その周辺には色とりどりの花が咲き乱れ、芳しい匂いとともに虫や鳥が飛び交っている。

 どこから入ったんだろうな、あれ。

 その辺の茂みにうさぎや猪が隠れてても不思議じゃないぞ。

 まあ、なんていうか凄い。


「しかし、これはまた、大変なことになっていますね。これほど精霊があふれているところは、地上では見たことがありません」


 一緒に中を見学していたフューエルはため息をつく。


「パロンの話では、元々ここには精霊があふれてたらしいぞ」

「そうでしたか。精霊はこちらから呼びかけなければ、人間にはなかなか姿が見えませんから」


 そう言ってフューエルは手を上げて呪文を唱える。

 たちまち地面から光が沸き起こり、フューエルの指先に集まってきた。


「ありがとう、お前たち。さあ、行って自由に飛び回りなさい」


 フューエルがそう話しかけると、光の粒子は、ふわっと空高く昇っていった。


「これなら呼子を使わなくても、すぐに精霊が集まりますね」

「精霊ってのは集めないとダメなのか」

「精霊を使役する、というとちょっと語弊があるのですが、要は精霊に頼んで何かをしてもらうのが精霊術なので、精霊がいなければ成り立たないのですよ。そこで呼子と呼ばれる特殊な精霊石に精霊を宿しておいて、その都度それにお願いするのですが、大抵は二、三度使うだけで居なくなってしまうのです」

「なるほどね」

「それにしても、ここは居心地が良いですね。毎日とはいきませんが、たまの休暇ぐらいは一日をここでのんびり過ごしてみたいものです」

「そんなにいいかな? 俺にはよくわからんけど」

「素晴らしいですよ、内なる精霊の御霊が洗われるようです」

「じゃあ、別荘の一つも立てないとなあ」

「屋敷でなくとも、テラスのようなもので良いのでは? 雨などは降るのでしょうか?」

「さあ、わからんけど」

「ご自分の中でしょうに」

「そう言われてもなあ」

「雨が降らないのなら、足場さえあればあとは家からソファのたぐいを持ち込むだけで、十分でしょう」

「たしかに。いずれにせよ試練に備えて、ここで従者の半分ぐらいは待機できるようにしとかんとな」


 そんなことを話しながら花畑を散策する。


「あら、あんなところに湧き水が」

「ほんとだ、いつの間に」


 フューエルの指差した先には、直径十メートルほどの小さな池があった。

 近づいて覗きこむと、水中からクロックロンがひょっこり飛び出してきた。


「オウ、ボス。水ガ出タゾ。掘レバ出ルナ」

「お前がほったのか」

「妖精ガナ、ココ掘レト言ウカラナ、掘ッタラ水ガ出タ。大当タリ」

「結構な水量じゃないか、あふれるんじゃないか?」

「ソウナ、水路ガイルナ」

「じゃあ、適当に作ってくれ」

「任セロ」


 そう言ってクロックロンはガツガツと水路を掘り始めた。

 草原はそれなりに起伏もある。

 妖精の里はその中でも少し小高い丘があった所にできているので、ここから水路を掘れば、自然に流れていくだろう。

 どこに貯まるのかはわからんけど。

 そもそも、水源はどこに有るんだろうな。

 近くに山はないし。


 ざっと散策した所、妖精の里は五百メートル四方といったところだろうか。

 下手にうろつくと迷うサイズだ。

 その中で妖精たちは飛び交ったり、木々や地面に潜り込んだりしている。

 更にくわしく観察していると、妖精が地面に潜り込んだ所から、草の芽がひょこんと生えてきたように見えた。


「うん? 今、いきなり芽が出なかったか?」

「何のことです?」


 フューエルが聞くので指差しながら、


「今そこにニョキッと芽が……」


 と言いかけたところで妖精が目の前に飛び出してくる。


「今、育ててるのー」

「育ててるって?」

「種をねー、植えてねー、森をつくるのー、見ててー」


 と言って、どこからか持ってきたどんぐりを抱えたまま地面に飛び込む。

 ホァンと光を発して、すぐにニョキと芽が出た。

 さらに数体の妖精が地面に飛び込むと、たちまち芽が伸びて幹となり、枝がほこって大樹となった。

 そうしてその枝の先端から、先程飛び込んだ妖精たちが、ぽぽんと飛び出してくる。


「みたー? みたー? 大きくなったでしょー」

「おう、みたみた。すげーな。こうやって育てるのか」

「そうだよー、精霊さんがねー、お願いしたら木になるの。どんぐりとくっついてねー、それでねー」

「ほほう」

「私、リンゴがいい。リンゴ食べたいから、リンゴの木を持ってきてー、いっぱい増やすー」

「おっしゃおっしゃ、任せとけ。どうにかして仕入れてきてやろう」

「やったー、ボスだいすきー」


 妖精たちの機嫌を取ってから、里の外に出る。


「あのように簡単に樹木が育つのなら、世の中から食料の心配がなくなるのでは?」

「そうかも知れんが、パロンはあんまり美味しくないようなことを言ってたなあ」

「そうなのですか、一度味を見てみたいものですが」

「ちょっと食えそうな種とか苗木とかを仕入れてみるか」

「領地にも果樹園などがありますし、例のお米も、ここで育てておいては?」

「そうだな、味にもよるが、食えるレベルならとりあえず欲しいよなあ」


 内なる館の中央、と言っていいのかはわからんが、だいたいいつも出入りするポイントには、以前カプルが作った匣と、ゲートがある。

 ここから妖精の里とは反対方向に向かって、現在クロックロンとミラーが石畳の道を作っている。

 便宜的に妖精の里を西ということにしている。

 空の光源は一様に光っているように見えて、若干の傾きがあるからで、影の落ちる方向を北にしたからだ。

 つまり、この道は東西に横断する中央通りというわけだ。

 現場を指揮していたカプルは、


「まずはここから妖精の里をつなぐ大きな道を一本作りますの。しかる後に、その道に沿って小屋を何軒か建てますわ」

「ほう、本格的だな」

「来る試練に際して、全員で出向くなら、やはり大半は中に暮らすことになると思いますわ。ミラーを全員入れれば、三百人近い人数ですから、これはもうちょっとした町の人口ですものね」

「それもそうか、小さな村とか、百人もいないもんな」

「ええ、ですから、そういうつもりで設計しませんと」


 町一つが全部自分のハーレムだと思うと、胸が熱くなるなあ。

 通りを行き交う女の子も、適当に入った家にいる女の子も全部自分の従者なんだもんな。

 想像したら、ちょっと目眩がしてきた。


「幸い、水は確保できるようですし、長期的にここで自立した生活を営めるようにしておこうと思いますの」

「ふむ」

「それに、フェルパテットが来たときから考えていたのですけれど、魔族のように、のびのびと暮らすにはいささか不自由な従者も今後は増える可能性があるでしょう。幸いなことに、メーナは人として暮らせますし、オーレもホロアであることが確定したので、首輪をつけなくても良いでしょうが、先のことを考えると、安心して暮らせる場所を用意する必要もあるかと思いますわ。この先、どんな種族を従者になさるか、想像もつきませんもの」

「そうだなあ、そんなことをしなくても済むならそれに越したことはないが、可能性がある以上は対策する価値はあるよな」

「そうですわ。というわけで、ご主人様の方からも、お口添えくださいな」

「お口添えって、金か」

「もちろんですわ」

「しょうがねえなあ」


 うちの予算は、メイフルが経済的な評価をした上で、アンとフューエルが決定するスタイルだが、フューエルはわりと金遣いが荒いところがあるので、最近はアンが余計に財布の紐を締めがちのようだ。

 ベテラン女中としてメイド長のアンをサポートするテナも、おおむね保守的だ。

 俺は全然金を使わないので、あまりそのへんで揉めることはないんだけど、お金のような有限のリソース管理は、慎重にやるべきではあるよな。

 とはいえ、ケチってばかりでも金は増えないが。

 エツレヤアンに住んでた頃と違って、貧乏なりにどうにかやりくりするってのは、すでに不可能な人数だからな。


 入り口から南の方は広大な平地が広がる。

 ここの草を刈り込んで石なども取り除き、子どもたちが安心して遊べる広場にした。

 今もピューパーを先頭に撫子とメーナが一生懸命走っている。

 ほんと、なんで子供は走るかね。

 自分の子供の頃もそうだったと思うが、何故走っていたのかに関しては、ちっとも思い出せない。

 地面に座り込んで、そんな様子を眺めていたら、長耳美少女のアフリエールがやってきた。


「ここでヤギか牛を飼おうかって話をしてるんです。パンテー達のミルクだけじゃ、流石に足りないのと、いざとなったら捌けば食べられますし」

「自分で飼った動物を食うのは、結構抵抗ありそうだな」

「うーん、最初だけじゃないでしょうか。私も物心ついたぐらいの頃に、うちで飼ってた豚を〆てすごく泣いた覚えがあるんですけど、結局その日の晩に美味しいって言って食べてましたし」

「そうかあ、まあ豚もうまいしな」

「そうなんです、結局、美味しさのほうが勝っちゃうんですねえ」

「しょうがねえよなあ」


 俺はかわいがっちゃうと食えない気もするが、アフリエールはもともとカントリーファーマーだからなあ。

 そちらの手配も、任せることにする。

 しかし、そうなるとちゃんとした都市計画が必要になるだろうな。

 たぶん、カプルあたりがうまくやってるんだろうが、俺も興味があるので後でしっかり相談しておこう。

 どんな建物があるといいのかなあ。

 従者たちのおっぱいを鑑賞するための施設が欲しいな。

 つまりストリップ劇場か。

 流石に怒られそうな気もするな。

 他にどんなのがあるだろう。

 覗き部屋とかだろうか。

 そういえば、学生時代の講義で、パリの娼館の話を聞いた覚えがあるな。

 いろんな変態趣味を満たす趣向が盛り沢山だったと言うが、どうも細かいところが思い出せない。

 ちゃんと聞いとけばよかった。

 それより、もうちょっと建設的な……ものは俺にはいらんか。

 まあいい、機会があれば巨乳組に素っ裸で草原を走ってもらおう。

 緑の野で揺れる生おっぱいを、拝んでみたいものだ。




 それから、数日が過ぎて、朝からフューエルの屋敷に出向いていた。

 屋敷の中庭には、果実の苗木や、屋敷で使っていなかった家具、その他の資材が山積みされている。

 これを今から全部取り込もうというのだ。

 一度にどちゃっとやると混乱するので、回数を分けて少しずつ運び込む。

 実際の肉体労働は巨人のメルビエや他の力自慢の従者、あとはミラーやクロックロンが人海戦術でどうにかしてくれたわけだが、それに付き合うだけで疲れてしまった。

 一段落ついたところで、屋敷内でくつろぐ。

 女中頭のリアラが入れてくれた甘いお茶をすすっていると、牛娘のピューパーが廊下をパタパタ走って、フューエルに怒られていた。

 今日は幼女三人組もついてきている。

 ピューパーはここに来ると屋敷の女中たちから、お嬢様お嬢様とかわいがってもらえるのが嬉しいらしい。

 逆にメーナはまだお嬢様として扱われることに慣れていないようだ。

 撫子はそういうところは悠然としているな。

 俺もお坊ちゃまとか言ってかわいがってもらいたいなあ。

 そんなことを考えていたら、リアラがお茶のおかわりを持ってきてくれた。


 リアラは仕事は優秀らしいが、外見はおっとりしたいい匂いのするお姉さんで、おっぱいもでかい。

 三十代後半ってのはこっちの世界じゃすでに中年の範疇だが、正直な所、初対面のクメトスよりもだいぶ若く見える。

 しかもこのナイスボディで、彼氏の一人も居ないわけがないと思うんだけど、どうもそういうのは居ないらしい。

 イギリスのメイドは恋愛禁止みたいなルールがあったと何処かで聞いたような気もするんだけど、こっちの世界では特にそういう決まりもなく、年頃になったら雇い主が相手を探してやったりもするそうだ。

 つい先月も、若い女中が一人、街の仕立て屋と結婚することになり、今は通いで働いている。

 そんなわけで、女中頭のリアラがこんなに魅力的なのに独身なのは、それ相応の理由があるのかもしれないし、ただの偶然かもしれない。

 人生の選択なんてものに、いつでも意味があるわけではないのだ。

 俺としては、それ以上無粋な詮索はせずに、ただ美人が入れてくれたお茶を堪能するのみだ。


「旦那様、そろそろ昼食のお時間ですが、どうなさいますか?」

「あれ、もうそんな時間か」

「ピューパーちゃんがこちらで召し上がりたいと言うことで、奥様も付き合われるとおっしゃっておりましたが」

「じゃあ、俺もこっちで食べてくか。急な話で大丈夫かい?」

「はい、それに関しては問題ございません。では、支度をしてまいりますので、失礼致します」


 と礼儀正しくでていった。


 結局、夕方までダラダラと屋敷で過ごしてから家に帰る。

 その間も、俺の内なる館の中ではカプルの指揮のもと、大工事が行われていたはずだ。

 工事といえば、商店街の方も始まっている。

 冒険者ギルドの新事務所と、果物屋エブンツの妹夫婦の店あたりが優先して作られている。

 特にギルドの方は今の事務所が限界なので、急ピッチで進行中だ。

 課長のサリュウロちゃんも、これで少しは楽になるかなあ。

 ちょっと気になって覗きに行ったが、職人が大勢出入りしていて、まだ中を覗ける状態ではなかった。

 仕方ないので、うちに戻って改めて内なる館をひやかす。


 表通りとカプルが呼ぶ、東西に走る大きな道は、すっかり石畳が敷かれて、道らしくなっていた。

 そこを挟むように家を建てるために、今は敷地が区切られている。

 大絶賛分譲中といったところだ。

 最終的にはここに家が立ち並ぶのだろう。


 それとは別に、少し離れた所に乗り慣れた幌馬車と、見慣れない馬車が置かれていた。

 よく見ると、車輪は付いているが馬車ではなく、ただの小屋のようだ。

 近づくとミラーが十人ほどで、内装工事の最中だった。


「この小屋は、何に使うんだ?」


 と尋ねると、ミラーの一人が手を止めて、こう答える。


「遠征の時に使用する、宿泊用の小屋だそうです」

「馬車じゃなくて?」

「はい、この内なる館に収納しておき、キャンプ時に取り出して使用するためのものだと聞いております」


 なるほど、持ち運べるバンガローということか。

 あるいはコンテナハウスかな。

 中を覗くと、まだ作りかけだが、三畳ほどの平屋ワンルームにベッドが二つとクローゼットが置かれていた。

 これをキャンプ時に取り出して、休むというわけか。

 全員分とはいかないだろうが、軟弱そうなメンツにはいいかもな。

 例えば俺とか。


 他にも櫓やバリケードなどもある。

 移動する要塞でも作る気だろうか。

 でも、秘密基地みたいでちょっとロマンはあるな。

 そういえば、魔界の寺にあった鐘楼からの眺めが、なんか良かったんだよな。

 鐘はともかく、ああいう見晴らしのいいやつが、うちの裏庭にも欲しいところだ。

 以前フルンが見張り台が欲しいと言ってたことがあったが、さすがフルンは先見の明があるな。

 今度、この櫓を一つ裏庭に設置してもらおう。

 二階のバルコニーから出入りしたり、一軒隣の画廊に上から行けるようにしたりすると楽しそうだな。

 気分は秘密基地だ、なんだか楽しそうじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る