第260話 アップル・スター

 空に突然、奇妙な物体が現れてから数日が過ぎた。

 最初のうちこそ街はパニックになるし、騎士団も常時出張って警戒していたが、一日経ち、二日も過ぎると徐々に慣れてきたのか、日常を取り戻していった。

 みんな神経太いなあ、と思いはするが、実際問題として月より一回りでかいぐらいの物が空にぽかんと浮いてるだけで、特に何かが起きるわけでもないので、騒ぎたくても騒げないというのが正直なところか。


 人形の紅に調べてもらうと、こんな感じだった。


「静止軌道上に停止しています。先のルタ島上空のエネルギー源からそう遠くない位置で、直径は約四百キロ、構造は不明。動力を感じますので、生きた宇宙船、またはコロニーの類だと思われます」

「まじかよ、中に人が住んでるのかな?」

「その可能性はあります」

「侵略者とか、そういうのだったりするかな?」

「その可能性もあります」

「まあ、わからんよな」

「はい、マスター」


 ついでガーディアンのクロ。


「どうだ、なにかわかるか?」

「ノード18ニ問イ合ワセ中」

「ふむ」

「マダ問イ合ワセテルゾ」

「ふむ」

「マダダゾ」

「急かさんから、ゆっくり聞いてくれ」

「ワカッタゾ」

「わかったのかよ」

「矮星級ガーディアン『メテルオール』ダナ、星系外縁部カラ十万年ブリノ帰還ダ、メデタイ、旗ヲ振レ」

「あれもガーディアンか」

「チョット大キイナ」

「大きすぎだろう」

「当時ノ情報デハ、人口五百万、惑星外縁部デ資源採掘ニ従事、ゲート消滅後音信ガ途絶エタ、トアルナ、見タトコロ推進部ノ故障ニヨリ自力航行ハ不可能、何ラカノ手段デココマデ戻ッテキタト考エラレルナ」

「そうかあ、苦労して帰ってきたんだなあ。で、中に人は残ってるのか?」

「現在、通信中ダガ、反応ガナイナ。ピンハ通ルカラシステムハ生キテル」

「ほう」

「現在上位ノードニ優先交渉権ガアルナ」

「上位?」

「一桁台ノノードハ上位権限ヲ持ツ。ソチラノ返答待チ」


 ノードってのは遺跡を管理してるシステムみたいなもんらしい。


「他にもノードはあるのか」

「アルナ、現在ハ、ノード7ガ交渉中……、ア」

「どうした」

「ノード18ノリクエストガキャンセル、ノード7ガ独占中、ソレニ対シテ、ノード8ガ拒否権発動、ノード1カラ6ハ沈黙、ノード9ハリクエストガナイナ」

「揉めてるのか」

「ソウダナ」

「まあ、片がついたら教えてくれ」

「任セロ」


 というわけで、未知の異星人が攻めてきたわけではなさそうだ。

 十万年前の生き残りがいたとして、そいつらが友好的とは限らんけど、まあどうにかなるだろう。

 しかし、こんなことならさっさと宇宙に行く方法を見つけておくんだった。

 とりあえず虹の橋とかいうのを探せばいいのかな。

 そういえば、可愛いライバルのカリスミュウルが、そういうのを探してた気がするな。

 あいつらは地下にあると思ってたようだが、どうも空に掛かる橋らしい。

 まあ、そのうちどうにかなるだろう。


 この時点で不安の種が消えたわけではないのだが、たまたま表で空をみあげていた判子ちゃんに話しかけると、もう少しわかった。


「けっこう壊れてるようにみえるけど、よくここまで帰ってこれたな、あれ」

「ニアピンでしたけどね」

「うん?」


 俺の問には答えてくれそうになかったので、少しカマをかけてみる。


「しかし、十万年もかけて帰ってくるなんて、中の連中も大変だったろうなあ」

「そうですね。とはいえ、すでに彼らは自分たちの出自も覚えていないでしょうが」

「あー、やっぱり中に人いたんだ」


 俺がうっかり口を滑らせると、判子ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔になって、お店に戻っていった。

 俺もそうだが、判子ちゃんも脇が甘いよな。

 まあ、あの様子だとすぐにトラブルが起きることもないだろう。

 そんなわけで、我が家も日常を取り戻したのだった。




「それでよ、空飛ぶりんごって名前で、売り出そうと思うんだ」


 真っ赤な林檎を手にそう語るのは同じ商店街で果物屋を営むエブンツ。

 俺より数歳年下の独身男だ。


「何が空飛ぶりんごだよ」

「知らねーのかよ、空に浮かぶあれ、林檎をかじったみたいな形してるだろ? 世間じゃアップル・スターって呼んでるぞ」


 たしかに、球の右上あたりが少し削れた形をしている。


「林檎じゃないのかよ」

「アップルって林檎の古めかしい言い方らしいぞ」

「へえ、聞いたことはあるな」


 俺には英語のアップルに聞こえてるけど、そこは脳内翻訳のいつものアレか。


「で、ちょうど旬の林檎が山ほどあるから、サウちゃんになんかカッチョいいポスターでも描いてもらって、こじつけて売りさばいちまおうと思ってな」

「お前もなかなか商売のセンスが出てきたじゃないか、たしかにアレを話題にしない日は無いからな」

「だろ、うちに来た客も話題は毎日そればっかりでよ」


 その後、サウやメイフルに話を振ったところ、サウはなかなか乗り気で、メイフルも、


「よろしゅうおますな、いっそ商店街を上げてキャンペーンでも打ちますか」

「いいんじゃないか? 正月に何もできなかったし、それにぼちぼち新しい店もでき始めるだろう」

「そうなんですわ。もうジング棟梁も街に入ってはりますしな。画廊の工事も始まってますやろ」

「そうだったな。ならいいじゃねえか、リンゴ、もといアップルスター・キャンペーンってことで、何でもかんでも林檎印付けて売ろうぜ」

「ほなやりまひょか。商店街の皆さんにはうちから話通しときますわ」


 そんな感じで決まってしまった。

 決まったあとは例のごとく丸投げなので、俺のやることはない。

 いつものように従者たちとイチャイチャするのだ。

 というわけで、相手を探して裏庭に出ると、フルンたちが雪かきをしていた。


「今日もよく積もってるな」

「うん、このままじゃテントが埋まるから朝のうちに終わらせないと」

「冬の間ぐらい、テントをやめるという選択肢はないのか」

「ないよ?」

「ないか。まあいい、ピューパーたちはどうした?」

「工事現場を見に行くって言ってた。クントも一緒だから、ネールも行くって言ってた」


 商店街の拡張工事のことだろう。

 ネールは保護者としてはまだ微妙だが、たぶんミラーがついてるだろうから、危なくはないか。

 しばらくフルンたちの雪かきを手伝っていたら、巨人のメルビエが荷車に山積みの材木を運んできた。


「雪かきならおらがやるだよ」

「いやあ、たまには体を動かさんとな。それよりも、それはなんの材料だ?」

「んだ、桟橋に屋根をかけるそうだべ」

「ははあ、そりゃいいな。船にも雪が積んでるもんな」

「んだよ、買い出しにも使うから、何かと困るべ」


 そんなことを話すうちに、雪かきにも飽きたのか、みんな雪合戦を始めてしまった。

 スィーダとエットがどんどん雪玉を投げるが、フルンはひょいひょいとかわす。

 その横でオーレは作った雪玉を口に入れようとして、俺に見られていることに気づいて慌てて当てずっぽうに投げると、スィーダの後頭部にあたり、あとは乱戦となる。

 俺も何発か貰ってしまい、ほうほうの体で家に逃げ帰った。


「どうなさったんですか、そんな雪まみれになって」


 蛇娘のフェルパテットが驚いた顔で出迎える。


「いやあ、うちのギャング共に襲撃されてな」


 と答えると、アンがタオルを手に現れた。


「身ぐるみ剥がれなかっただけ、マシだったようですね」

「まあね。しかし、夕べもひどい雪だったみたいだな」

「奥様の話では、近年これほど雪の降ることはなかったそうで、まだまだ油断できませんね」

「ふむ」

「この街は下水に雪が流せるので楽なんですが、田舎の方では大変なようで。クメトスの実家の村も連絡がつかないとか」

「大丈夫なのか?」

「たぶん。工場のあるシーリオ村も完全に道が閉ざされていますね」

「仕入れはどうするんだろ」

「それは春にまとめてということらしいですが。そもそも雪で閉ざされる冬の稼ぎ口としてやっていたのでは?」

「ふーん、そうだっけ」

「そういえば、メイフルが新しい倉庫を建てたいと言っていました。海沿いの西の端に手頃な倉庫があるそうで、うちからだと少し遠いですが、例のアンフォンとの交易の拠点にもしたいと」

「へえー、まあいいんじゃないか」

「全然考えずに返答していらっしゃるのでは?」

「だって考えてもわからんじゃん」

「まあ、そうなのですが」

「だったら、メイフルに丸投げでいいんだよ。つまり、事後確認だけで十分ってこった」

「では、そういうことで」


 フューエルは夕べから実家の両親の所に泊まっている。

 俺の試練に同行するために、色々と準備をしているそうだ。

 まだ、二、三ヶ月は先だけど、ぼんやりしてるとあっという間だからな。

 デュースやテナ、ウクレも同行しているので、台所にはパンテーやモアノア、蛇娘のフェルパテットぐらいしかいない。

 エメオは午前中はずっとパン屋で、パロンも自分の厨房だ。


 俺は暇を持て余し、隣の集会所に顔を出す。

 一時のブームは少し落ち着き、最近はまた年寄りの決まったメンツが中心だが、継続して通う子供などもそれなりにいる。

 今もチャンピオンのイミアが数人の子供に囲まれて手ほどきしていた。

 俺は特にチェスを打つでもなく、集会所の表で、椅子に座って通りを眺めている。

 まばらに行き交う人の半分は学生だろうか。

 時折、商人の荷馬車も通る。

 西通りではなく、こちらを通る連中は、街に慣れていて空いているこちらに迂回しに来た連中が多い。

 そういう連中だから街にも詳しく、ここでしか買えないドーナツみたいなものをルチアの店で買い求めたりもする。

 そうした客が、口コミで別の客を呼んで、徐々に増えてきている、とメイフルは言っていたが、俺が見てわかるほどの差は、まだ無いかな。


 視線を果物屋の方に移すと、店の軒先でエブンツが間抜けそうな顔であくびをしていた。

 この寒いのにいい気なもんだ。

 でもたぶん、今の俺もあいつぐらい、マヌケな顔で通りを眺めてるんだろうなあ。

 まったく、楽隠居にも程がある。

 向かいの御札屋では、本来、隠居していてもおかしくない年齢のオングラー爺さんが、従者のエヌと一緒に、客の冒険者と話し込んでいた。

 あの爺さんも元気だよなあ。

 まあ、年寄りが元気というより、元気なやつだけが年寄りになるまで生きてるんだろうけど。

 今でも、エヌとイチャイチャしたりしてるんだろうか。

 昔、職場の先輩が、四十過ぎたら性欲が急に衰えて、と嘆いてたけど、俺としてはもう少し頑張りたいよなあ。

 せめて撫子達が十分油の乗った年代になるまでは、現役でいきたいところだ。


 などと考えていたら、その撫子達が帰ってきた。


「ご主人様、なんかつらいことでもあった?」


 俺に気がついて、ピューパーが開口一番、そういった。


「つらそうな顔してたか」

「わかんないけど、なんか元気ではなさそうな顔」

「年をとるとな、ただ生きてることに屈託するという瞬間があるものなんだよ」

「くったくって? クタクタってこと?」

「いや、何かに思い悩んで、くよくよすることだな」

「うーん、よくわかんないけど、ご主人様がもう、おじいちゃんになったってこと?」

「そこまではいってないと思うぞ」

「でも、オングラーじいちゃんの方が、もっと生き生きしてる。たぶん、ご主人様とエブンツおじさんのほうが、ボーッとしてること多い」

「そうかあ、いかんなあ。どうすればいいかなあ」

「あのね、走るといいと思う。いっぱい走ると、元気出る」

「元気があるから、走れるんじゃないかなあ」

「そんなことはない、逆、走ったほうが元気出る」

「なるほど、ピューパーが言うなら、そうかも知れんな、よし、走るか」

「うん、走ろう」


 というわけで、何故か俺たちはジョギングしに行くことになってしまった。

 寒いのになあ。


 雪かきしてるとは言え、それなりに雪の残った道を全力疾走できるわけでもなく、まあそれ以前にそんなに走れないけど、むかし猿娘のエットが野宿していた公園まで来た。

 ここはカプルが作った鉄棒などの遊具が幾つか設置されていて、天気のいい日は子供が遊んでいるが、今日は誰も居ないようだ。


「逆上がりできるようになった!」


 ピューパーがくるっと回ってみせる。


「おお、うまいもんだな。撫子やメーナはどうだ?」


 と聞くと、二人はプルプルと首を振る。

 まだみたいだな。


「私、できる、できる」


 と火の玉クントが鉄棒の周りをくるくる飛び回る。


「おう、うまいもんだ」

「ネールはどうだ?」


 と聞くと驚いて、


「いえ、やったことがありませんので」

「そうかあ、楽しいぞ、逆上がり」

「で、できたほうが良いのでしょうか?」

「そりゃあ、逆上がりだからなあ」


 と俺が言うと、ピューパーも頷いて、


「うん、できたほうがいい。できた子は近所でも一目置かれる」


 などと言うので、ネールは真剣に悩んでいるようだ。

 まあ、暖かくなったら特訓してやろう。

 寒さに音を上げてそろそろ引き上げようかと思ったら、焼き芋の屋台がやってきた。

 こっちの焼き芋は呼び込みの声はないが、煙突の汽笛が目印だ。

 ピューっと鳴ると、どこからともなく子供やおばさん連中が集まってきて買い求めていくので、俺もつい買ってしまった。

 寒いしな。

 ホクホクの芋を頬張ると、実に幸せな気分になる。

 土産の分まで多めに買い求めて家に帰ると、フルンが飛び出してきた。


「お芋の匂いとご主人様の匂いが一緒にしたから、そこから導き出される結論は一つしか無いと思った!」

「ほう、ではフルン君、君の推理を聞かせてもらおうか」

「公園! 公園の土の匂いもした! 最近ナデシコ達は鉄棒やってるから、きっとそれやってた。でも寒いからご主人様はすぐに帰りたいと思うはず。そこに屋台が現れた!」

「ほほう」

「あの屋台はいつも大人気、みんなぱっと出てきて買い漁るから、ご主人様もつられて買う!」

「ふむふむ」

「そしたら、すごく美味しいから、きっとみんなにも食べさせようと思っていっぱい買うはず! つまりお芋の土産がある!」

「ご名答だ、フルン君。さあご褒美の芋だ、みんなで食えよ」

「たべる!」


 土産の芋を受け取ると、フルンは裏庭に走っていった。

 そんなフルンを見送っていると、後ろから声がかかる。


「あら、ご主人様、表に突っ立ってどうしたの?」


 振り返るとサウとアフリエールとリプル、それにミラーが二人居た。

 ミラーはそれぞれが酒瓶と木箱を抱えている。


「お前こそどうしたんだ?」


 と尋ねると考古学者見習いの長耳娘アフリエールが、


「実家から荷物が届いていたので、集配所まで受け取りに。祖母がまたセーターを送ってくれたみたいで」

「そんなに編み続けてて大丈夫か?」

「どうなんでしょう、でも今度はメーナの分を作るって」

「そっちはスィーダの分か」

「はい」


 ついで牛娘のリプルが、


「うちも母からの荷物で。チーズをたくさん作ったからって」


 でもって前衛アーティストのサウも、


「母さんから酒が送ってきたから、おじいちゃんの所に取りに行ってたのよ」

「そりゃあご苦労さん。早速飲むか。芋の酒はあるか、芋」

「あると思うけど、そういえばなんだか焼き芋みたいな匂いが」

「今、土産に買ってきたんだよ。フルンが全部持っていったけど」

「あらいいじゃない、私はそっち貰おうっと」


 そそくさと家に入るサウ達を見送っていると、再び声がかかる。


「おや、ご主人様、自分たちの出迎えでありますか?」


 声の主はへっぽこ騎士のレルルだ。

 同じく騎士であるオルエンと一緒に第八小隊の詰め所に行っていたらしい。


「冒険者ギルドの事務所がこちらに引っ越すに際して、騎士団の新しい詰め所をその中に作るそうであります。そうなると当然、この商店街も世話になるでありますから、その打ち合わせなどに」

「そりゃ、おつかれさん。今、サウが実家から酒をもらってきてたぞ、」

「お、それは何よりのごちそうですな、早速いただくてありますよ」


 とさっさと中にはいってしまった。


「マイロードは、まだ、ここに?」


 そう尋ねるオルエンに、曖昧に返事をして先に入らせる。

 なんとなく、まだ帰ってきそうな気がするんだよな。

 近くに気配も感じるし。

 と思ったら、再び声がかかる。

 レーンだ。

 巫女のハーエルの他に、クメトスとエーメスの白象騎士コンビもいる。

 この連中は神殿図書館からの帰りのようだ。


「ご主人様。この寒空の下に、こんなところでどうなさいました?」

「おかえり、お前たちを出迎えてやろうと思ってな」

「それはまことにありがとうございます。一見、偶然居合わせただけのように思えても、そう口にした瞬間にそれが事実になる、人同士の関係とはそのようなものだとおっしゃりたいわけですね!」

「照れずに、素直に嬉しいと言ってもいいんだぞ」

「おっと、これは一本取られました、さすがはご主人様」

「サウが酒をもらってきてるから、早く入って先にやっとけ」


 言われたとおりに入る四人。

 入りしなにハーエルが、


「ご主人様は?」


 と尋ねるが、


「まだ誰か帰ってきそうだからな、もうちょっと粘っとくよ」

「そうですか、寒いのでお気をつけて」


 クメトスとエーメスも黙って頭を下げて、入っていった。

 わずかの時間を置いて、学者組が帰ってくる。


「ご主人様、ただいま戻りました」


 とエンテル。


「おかえり、学校はどうだった?」

「午前は学生は雪かきで講義になりませんでした。今年の雪はひどいみたいですねえ」

「らしいな、大丈夫かいな」

「何か、よくないことが起きると?」

「いや、そういう特別なことじゃないが、雪だって想定より降りすぎると街のキャパを超えるだろう」

「そうですね、うちは食料の備蓄などはしっかりやっているようですが、街としてどうなのかというのは気になりますね」

「そうだなあ」


 そこでペイルーンが、


「ここは寒いから、早く入りましょ。ご主人様はまだそうやってるの?」

「まあね、お前たちは先に入ってろ。サウの実家から酒が届いてるぞ」

「あら、いいわね。その前にひと風呂浴びて、暖まらなきゃ」


 といそいそと入っていった。


 しばし待っていると、隣の集会所からチェス組四人が出てきた。


「おう、今日はもう上りか?」


 と聞くとチェスチャンピオンのイミアが、


「ええ、寒いのでみんな早めにお開きに」

「そりゃ、そうだよな。あそこも寒いし」

「もう少しちゃんとした暖房が欲しいですね」

「そうなあ」


 ついで魔族のプールが、


「それで、貴様は何をしているのだ?」

「お前たちの労をねぎらってやろうとな」

「それはありがたいことだな。てっきり、また何ぞオイタをして締め出されたのかと思った」

「そういえば、幼少時に折檻で鞭打ちとかされた子は、大人になってそういう体罰に喜びを見出す様になるって聞いたなあ」

「藪から棒に何の話だ? そういう奉仕をしろというのか?」

「いや、あいにくとそういう体罰の経験はなくてなあ。俺も新しい性的嗜好を獲得する機会を、永遠に失ったのかと思うと惜しいことをしたなあ、と」

「寒さで体は縮み上がっておるようだが、頭の中はすでに春の生ぬるい風が吹き荒れているようだな」

「そう褒めるなよ」


 とぼけた俺の台詞はプールにスルーされたが、代わりに性の伝道師エクが、こう言った。


「鞭打ちプレイも一通りわきまえておりますので、もしご興味がお有りでしたら、いつでもお申し付けください」

「いやいや、勘弁してくれ」

「まあ、そうでございますか。それは残念なことでございます」


 とすまし顔で答えるエク。

 どうやら、からかわれたらしい。


「そういう話は中でしたら? サウがお酒貰いに行ってたんでしょ」


 と燕がしびれを切らしたかのようにそう言った。


「おう、もう帰ってきてるぞ、先に入って一杯やってろ」

「ご主人ちゃんは?」

「なんか着々と近づく気配を感じるんで、もうちょっと待ってるよ」

「ああ、そうみたいね。じゃあ、先に入ってるわ」


 と四人は中にはいってしまった。


 俺は家に近づいてくる従者の気配を感じ取る。

 うちで一番たるんでるのと、うちで唯一従者じゃないのの気配。

 他にも幾つかの気配がごっちゃになってる。

 ボーッと空に浮かぶ巨大なリンゴを眺めながら、そんなことを考えていると、背中に声がかかった。


「どうしたんですかあなた、そんな所に突っ立って」


 振り返るとフューエルが馬車から降りるところだった。


「おう、おつかれさん。早かったな」

「あちらが早く片付いたので。家を開けるのも心配ですし」


 その横で同行していたウクレがミラーと一緒に荷物をおろしている。

 最後にテナに引っ張り出されるように降りてきたデュースは、たるんだ腰を叩きながら、


「この馬車はー、足は早いですけどキャビンが狭いですねー、腰が曲がってしまいましたー」

「デュースは太りすぎですよ。椅子からお尻がはみ出していたではありませんか」

「そうは言ってもですねー、私の意志とは無関係に肉のほうがですねー」

「まったく」


 ケツの重そうなデュースの手を取ってやり、家に入る。

 これで全員揃った。


 暖炉の周りでは、すでにうちのうわばみ共が酒盛りを始めている。

 あれこれ気になることはあるが、今俺が気にすべきは、サウの持ってきた酒の味だよな。

 後のことは、そいつを確認してから、考えるとしよう。

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