第254話 再会 後編

 幼女探しを諦めて、みんなのところに戻ると、荷物をまとめていた。

 どうやら少し離れた場所に、移動するらしい。

 街は混乱しているし、駐屯地には怪我人なども多い。

 あまり邪魔にならないところに移動したほうがいいだろう。


 アウリアーノ姫が陣を構えている場所から少し奥まったところに、しまっておいた幌馬車を出し、他の三台の馬車も囲うように並べる。

 パロンの話では三日は待つ必要がありそうなので、そのつもりでしっかりとテントも張った。

 オルエンやクメトスたち騎士組は街の復興を手伝うと言って出ているので、こっちの設営は巨人のメルビエが大きな荷物を担ぎながらせっせと働いてくれた。

 俺も多少は手伝ったけど。

 最後に真ん中にでっかく火を起こすと野営地の完成だ。

 木々に囲まれた小川のほとりで、街周辺の喧騒もここまでは届かない。

 なんだか、ただのピクニックにでも来たような気分になる。

 俺も含めて、心と体を休める必要がありそうだが、ここは最適といえるだろう。


 火の前に腰を下ろすと、幼女のピューパーと撫子がメーナの手を引いて走ってくる。


「ここ、ここが特等席」


 といってピューパーが俺の膝を叩く。


「夜になると、おとなが座るから、子供は明るいうちに座るの」


 といってドンと腰掛ける。

 遠慮するメーナも引っ張って、三人を抱えると、さすがに重い。

 特にピューパーが重くなったなあ。

 そろそろ夜も座れるんじゃなかろうか?

 まだ無理か。


「ねえ、ご主人様。なんで魔界の空は赤いの?」


 とピューパー。


「なんでだろうなあ、神様が天井を作るときに、ケチったのかな?」

「赤いと安いの?」

「赤いランプは白いランプより、ちょっとだけ安い気もするな」

「最初ね、洞窟を抜けて外に出た時、周りが赤いから夕方かと思ったら、まだ昼だった。次の日もずっと真っ赤で、なんか変」

「これはこれで、すぐに慣れるけどな」

「ふーん」


 などと適当なことを教えていると、パンテーとリプルの牛娘コンビがやってくる。

 もちろん、俺の目の前で搾りたてのミルクを振る舞ってくれるのだ。


「ははは、こうして眺めるのも、随分久しぶりな気がするな」

「やはりご主人様にかわいがっていただかないと、どうにも乳の出が……」


 などと頬を赤らめるパンテーの仕草も懐かしい。

 搾りたての生ぬるいミルクをみんなで飲む。

 メーナはごくごくと飲みながら、


「こんなあまいミルク、うちにいたヤギよりもずっと美味しいです」

「そうだろう、そうだろう、俺も毎日飲まないと落ち着かなくてな」

「毎日、飲んでいいんですか?」


 と尋ねるメーナにパンテーが、


「もちろんよ、たくさん飲んでね」


 母性あふれる表情で母乳を絞り出しながらそう言うと、メーナも嬉しそうに頷く。

 この状況のいかがわしさにメーナが気がつくのは何年後だろうな。

 まあいいや。

 しかし、うめえなあ。

 あとでダイレクトに飲ませてもらおう。


 そうしてしばらく生乳搾りプレイを鑑賞していると、フルンがメーナたちを呼びに来る。

 どうも誰かがすごろくを持ってきていたようで、遊ぶらしい。

 子どもたちがいなくなると、代わりにフューエルがやってきた。


「おもったより早く、順番が回ってきましたね」


 そう言って腰掛けると、側に付いていたウクレが、グラスを俺たちに手渡す。

 それを受け取ると、まずは乾杯だ。


「それにしても、あなたはいつも私の想像を超えたことをしでかすものですね」

「うん、どれのことだ?」

「何もかも、と言いたいところですが、あの膨大な力も、数多の妖精を抱え込んだことも、言ってみれば大したことではないのです。この世界にはずば抜けた力の持ち主というものはいるのですし。ただ、私達がどれほど歩いても、馬を飛ばしても、たどり着けないようなところには、行かないでくださいよ」

「ああ、肝に銘じとくよ」


 そうなんだよなあ。

 俺はそういう所から、来た人間なわけだ。

 再び、そうなってもおかしくないということは、俺が気にしてなくても、みんなが気にしているかもしれない。

 少なくとも、みんなのありがたみを再確認するような事態は、勘弁願いたいものだ。


 言いたいことを言い終えたからか、フューエルはあとは何も言わずに、俺の肩に頭を預けてくる。

 しばらくそうして、何も言わずにいると、テナがつまみを持ってきてくれた。


「永遠の黄昏時に包まれて、時のうつろいを忘れるのも良いですが、なにか腹に入れなければ、明るいうちから酔いつぶれてしまいますよ」


 そう言って、目の前に小さな盆を積み上げる。


「お、うまそうだな」

「ご主人様に食べていただいてこその、料理ですからね。しっかりと召し上がってくださいませ」

「そうしよう」


 といって口を開けると、テナが口に放り込んでくれる。

 たっぷりのスパイスで煮付けた猪肉だ。

 うまい。

 これこそ俺の日常って感じだよ。


 ついでエンテル達が帰ってきた。

 クロックロンを使ってあちこち探させていたらしいが、成果は得られなかったようだ。


「どうやら、もう近くには居ないようですね」

「俺も混乱してたからなあ」

「いえ、こちらこそ無理を言って申し訳ありません。どうもご主人様の顔を見たら安心してしまい、つい調子に乗ってしまったようです」

「はは、まあそれぐらいでいつものお前だろう」

「そういう自覚はないのですが」


 と言って、苦笑する。


「それにしても、紳士の力の一つに念動力があったとはねえ」


 とペイルーン。


「放浪者パフの伝承にも、こういうのがあるのよ。彼の者、大いなる力で山を動かし、迫り来る大水を防いだ、とかね」

「ほほう」

「似たような話は割とたくさん、例えば女神信仰とは別の古代神の神話でも……、エットが信心してる猿神なんかでも確か山を千切って投げたみたいな話があったから、典型的なおとぎ話のたぐいだろうと、気にしてなかったのよねえ」

「ふぬ」

「でもやっぱり放浪者と紳士って、かなり混同されてるところがあると思ってたのよ。例えば女神の盟友って、紳士のことだったり放浪者のことだったりして。やっぱり根っこは同じなのかも」

「しかし、カリスミュウルはこの国の王族の一員なんだろう。祖父かなんかも紳士だったと言うが、なんというか普通の紳士だったんじゃないのか」

「ええ。でも、あの方の先祖は違ったのかもしれないじゃない」

「なるほど、じゃあはるか昔に、俺のようにこの世界に渡ってきたと?」

「そう考えてもおかしくないわね。そもそも紳士って見た目は人間っぽくても、女神様みたいに妙にありがたい光を発してるじゃない。とても普通に生まれた人間とは思えないのよね」

「でも、俺だってこっちに来る前は、自分の生まれ故郷で、この星の人間と同様に普通に暮らしてたぞ?」

「うーん、そんな風に光ったりもしてなかったの?」

「してないな。まあ、俺の故郷じゃ魔法もないからなあ。デュースの話では精霊の力を感じないと言ってたし」

「でも……」


 と首をひねりながら、ペイルーンはこう続けた。


「それはそれとして、今は現に体は光るし、あんなすごい魔法も使えたしで、やっぱり女神様に匹敵するような何かだと思うのよ。だからカリスミュウル様の先祖も、そうだった可能性はあってもおかしくないじゃない」

「だとすると、彼女の家にはそれに関する資料みたいなもんが残ってたりするかな」

「そのことよ、是非、あの方から聞き出してもらいたいのよ。なんだかいい感じになったって聞いたわよ」

「ははは、むしろ逆だ。今顔を合わせるとストレートでぶっ飛ばされるな」

「ばかねえ、ご主人様って人間相手だと奥手よね」

「奥手じゃなくて慎ましいんだよ、誰に対しても」

「なんでもいいから、よろしく頼むわね」


 ペイルーンもいい気なもんだ。

 二人の弟子であるアフリエールは、そんな話をニコニコしながら聞いている。

 それにしてもなんだ、放浪者ってのは、俺みたいに異世界を体一つで渡り歩く何か、みたいな存在らしいが、そんなに何人もこの世界にやってきたんだろうか。

 それとも、今いる俺以外の紳士はみんな、誰か一人の子孫なんだろうか。

 一人の子孫なら、まだわからんでもないが、たくさんやってきたとしたら不思議な話だよな。

 本屋のネトックの話から想像するだけでも、この世の中には無数の異世界、あるいは平行世界である宇宙があって、その一つ一つに何億という星もあるんだろう。

 その中からわざわざこのペレラを選んでくる理由があるんだろうか。

 そもそも、俺はなんでここに来たんだろうなあ。

 結果から言えば、ここに来たおかげで俺は可愛い従者や嫁さんをゲットできたわけだが、それはあくまで結果論であって、ここに来るべき必然性みたいなのは全然わからん。

 それとも、飛んできやすい星とか世界もあるのかな?

 判子ちゃんがうちの従者の半分も素直だったら、色々教えてくれただろうに。


 気がつけば天井の明かりが落ちていた。

 オルエン達も戻り、酒盛りを始めている。

 どうやらラケーラもいるようだ。

 クメトスの紹介でよろしくやっているらしい。

 レルルがオーバーアクションで何かやるたびにエーメスが嬉しそうに突っ込んでいる。

 ハーエルやレーンもその輪に入っていた。

 騎士と坊主は仲がいいからな。


 剣士組の方もフルンを中心に集まっている。

 エレンとメイフルの盗賊コンビもこちらにいるのは、エットがエレンを離さないからかもしれない。

 フルンがいるので子どもたちもまとまっており、アフリエールとウクレもそちらに合流していた。

 その隣では蛇娘のフェルパテットが尻尾に幼女三人をのせて遊んでおり、パンテーがそれを見守っている。

 かと思えば、後ろに控えていたメルビエの背中を、幼女三人組が登りだす。

 ネールもそこにいて、彼女の頭の上ではクントがくるくると回りながら飛び跳ねていた。


 カプルたちも今は外で酒盛りしている。

 サウは何か必死にスケッチしていたが、さっき話を聞いたら見るものすべてが珍しいので、絵に書き留めておくそうだ。

 シャミは俺の拾っておいたガラクタの一部を手にこねくり回している。


 思ったより、みんなそれぞれ楽しんでるなあ。

 とキョロキョロ眺めていたら、酌をしてくれていたアンが、こういった。


「昨日までは皆、心配ですっかり沈んでいたのですが、ご主人様がそばにいるだけで、すぐに元通りですね」

「そうか、そりゃあ何よりだ」


 俺も安心して飲みすぎたらしい。

 早めに休もうと馬車に入ると、エクたちチェス四人組が待っていた。

 もちろん、ベッドの中で大人のチェスをするためだ。


「今宵はたっぷりと、奉仕の技の真髄をお見せいたしたいと思います」


 そう言って怪しく笑うエクを見ていると、すっかり酔いも吹き飛んでしまった。

 両サイドを抑えるように体を寄せるイミアとプール、そして背後にピッタリとつく燕に抑えられて、俺はなされるがままだ。

 ああ、たまらんなあ。




 夕べ、たっぷりと絞られたせいか、目が覚めたらすっかり朝だった。

 あのあと、新入りのエメオやスィーダも呼んで、清く正しい契約を行ったので、俺もやっと落ち着いた。

 パロンだけはまだだが、そもそもあの実体があるのかないのかわからない体で、できるんだろうか?

 忙しそうにしてるので、柱の後始末が終わったら改めて頑張ってみよう。


 馬車の寝床から出ると、モアノアとエメオが朝食の支度をしていた。

 側のベンチに腰掛けて、エメオに話しかける。


「店はどうするんだ? 今まで通り、親方の下で働いてくれても構わんが、うちで店ぐらいは用意してやれると思うけど」

「うーん、お言葉はありがたいのですけど、まずは親方に相談しようとは思います。将来的にはともかく、まだ私も修行中なので……。ハブオブさんの二の舞いは、避けたいですし」


 などと笑う。

 そりゃもっともだ。


「あまり、うちのことは気にしなくてもいいからな」

「そうも行きません、せっかく従者にしていただいたのに、ご主人様のために働けないと、ありがたみが半減です」

「ははは、そんなもんかな」

「そうだと思います! とにかく、朝は夜明け前には厨房に入らないと駄目なんですけど、午後はあまり仕事が無いので、本店の方に入る時以外は、家のことをできると思います」

「ふむ、よろしく頼むよ」


 その横では、メーナがピューパー達の真似をしながら、食卓の準備をしている。


「こんな大家族だと思って無くて、びっくりしました」


 とか、


「紳士様って凄いです」


 などと言いながら、必死に働いている。

 偉いなあ。

 偉いけど、体の具合はいいのかな?

 昨日、レーンに見てもらったはずだが。

 そのことを改めて確認すると、


「大丈夫だと思います。あの子のコアの波長はすでにご主人様のものにかなり近くなっているせいか、とても安定しています」

「ほほう」

「アルサに来てからですが、新しい従者の健康を見るにあたって、コアの変化にも注目していたのです。例えばお姉さまなどは完全にご主人様と同じですし、エツレヤアン組の大半がそうです。逆にテナさんやフェルパテットさんなどは、まだ馴染んでるとは言いがたかったのですが、メーナさんやエメオさんなどは、かなり変わってきているようですね。なにか違いがあるのでしょうか」

「うーん、メーナはともかく、エメオも結構付き合い長いし……、そもそも馴染むってどういうことだ?」

「コアから発せられる、魔力の波には、わずかですが個性というものがあります。そうした違いを見極めるのは魔法修行の大事な基礎でもあるのですが、その個性が調和するとでもいいますか、要するに従者になると主人のそれにピッタリと寄り添うようになるのです」

「ほほう、じゃあメーナとかは、元々俺に似てたんじゃないか?」

「そうですねえ。何れにせよ、メーナさんにはミラーさんを一人、付けています。彼女は体調の変化を逐一チェックしてくれますので、何かあった際にも安心でしょう。当面は私やハーエルさんも側に居ますし」

「ふむ、よろしく頼むよ。あいつはほんとにボロボロの体で、旅をしてたからなあ」

「そのように聞いております。パンテーさんも、いたく同情して気にかけているようですね」

「俺じゃあ細かいところまで気が付かんからな。あとでパンテーにも改めて頼んでおこう」


 そのパンテーは、朝の日課の乳搾り中だった。

 しばしその様子を堪能してから、朝食の前に、軽く散歩でもと思って、お供を探す。

 騎士組は朝早くから再び街に出向いていたし、セスとコルスはこの大所帯の護衛の要なので、連れ出しにくい。

 こう言うときはエレンに限るのだが、どうも居ないようだ。

 どこに行ったのか盗賊仲間のメイフルに聞こうと探すが、こちらも居ない。

 そこに馬車で着替えていたフューエルがでてきたので、聞いてみる。


「エレンは、例の柱の主とやらを探しに出ていますよ」

「そうだったか」

「メイフルは、知り合いの商人がいたとかで、商売の話をしてくるとか」

「ほほう」

「いささか不謹慎かもしれませんが、復興というのは大きな商売のチャンスでもあるのですよ。うちの領地においても、水害などで被害が出たときは、こぞって売り込みに来るものです」

「まあ、公共事業なんかも、求人が確保できるしな」

「そういうことです。どうもこのあたりはしっかりとした権力の確立した土地では無いようで、商人主体で進めるのも、よいかもしれませんね。商人が儲かるということは、それだけ復興も進むということですから」

「なるほどねえ」

「それで、エレンに何の用事だったのですか?」

「いや、朝の散歩にと思ってなあ」

「もう朝食の時間ですよ」

「そうだったか」

「では、朝食が済んだら、一緒に行きましょう。私も、せっかくなので色々見学したいですし、それに」

「それに?」

「アウリアーノ姫を紹介していただきたいのですが」

「別にやましいところはないぞ」

「まだ何も言っていませんけど?」

「そうだっけ?」

「エディからも聞いていたのですが、うちの農作物の輸出先として、デラーボンは魅力的なのですよ。地上の穀物はいい値がつくと聞きますし」

「でも、こっちの物価って、だいぶ安いよな。買えるのかな?」

「買える人が買うのですよ」

「やな話だなあ」

「あなたは、もう少し自由主義的な考えだと思っていましたが?」

「自由もいいが、貧乏は苦手でね」

「それで、あまりお金を使わないのですか?」

「それは単に、俺の楽しみが金で買えないってだけだよ」

「そういうことにしておきましょう。では、まずは朝食にしましょうか」


 材料の関係もあったのだろうが、今朝の朝食は御飯と味噌汁だ。

 モアノアが作ってくれるとうまい。

 これからちょくちょく、これが食えると思うと、ありがたいねえ。


 食事を終えて、フューエルの他に数人連れてアウリアーノ姫の所に向かうと、快く迎え入れられた。

 フューエルとアウリアーノは、


「フューエル様のお名前は、エンディミュウム卿からも伺っておりました」

「こちらこそ、クリュウを始め従者たちが何度もお力添えを頂いて」


 などと、おほほと笑いながら和やかに交流している。

 怖いなあ。

 これこそ、針のむしろってやつだ。

 結局、互いに使節を派遣することでまとまったらしい。

 政治家みたいだな。

 まあ、そうなんだけど。


「ところで、紳士様には一つお願いがあるのですが」


 とアウリアーノが悪巧みを打ち明ける。

 今回、柱で手に入れた精霊石は相当な額ではあるが、あくまであぶく銭である。

 これを最大限効率よく運用するために、アンファンの街に寄付したい。

 寄付と言うか、基金を作って、それを使って自国の業者に復興事業を請け負わせたい。

 ついては俺に演説をぶってもらい、その場で俺の口から紹介してもらいたいとのことだ。

 要するに、街を救った紳士様のご威光の下で率先して寄付しましたよ、と町の人の意識に植え付け、しかる後に商売がしたいということらしい。


「そういうのを世間では茶番と言うんだよ」

「あら、政治とは茶番を真顔でやることだと、亡き祖母に教わりましたの。見返りもなしにする施しは、怖いものですわ」

「俺の亡き祖母は、信じていい善行は偽善者の善行だけだと言ってたな」

「つまるところ、それは同じことでございましょう?」

「実に茶番だな。茶番だが、祖母の教えは守ることにしてるんだ」

「まあ、気が合いますわね」

「そうだなあ、うちの妖精たちが柱の後始末をしているから、アレが終わったタイミングでいいんじゃないか?」

「ではよろしくお願いいたしますね」


 終始朗らかな雰囲気のまま会談を終えて、俺達はアウリアーノ姫の天幕を辞した。


「良い方ではありませんか、エディが交渉に苦労したというのもうなずけますね」

「俺も苦労しっぱなしだよ」

「うちも麦の輸出先を増やしたいと思っていましたから、ちょうど良いでしょう。帰ったら忙しくなりそうです」

「俺は帰ったら寝てすごすよ」

「残念ながら、そうは行きませんよ」

「なんでだよ」

「都に行くのでしょう? フルンたちの大会とやらで」

「あれ、もうすぐなの?」

「一月も無いはずですから」

「都ってゲート一発なんだろ?」

「一発とは行きませんが、そこまで遠くはないですね」

「だったら、一、二週間はのんびりできるだろ」

「ところで、体の具合はどうです? 怪我のこともありますが、突然あれほどの魔法を使ったのでは、何か影響が出てもおかしくないかと思うのですが」

「さあ、ここ数日溜まりっぱなしだったのが、夕べ一晩でさっぱりしたぐらいだな」

「聞くだけ無駄だったようですね」


 と呆れるフューエル。

 フューエルに呆れられるのも久しぶりだな。

 キャンプに戻ると、エレンが待っていた。


「どうした、何か手がかりがあったか?」

「足跡を見つけてね」

「ほう」

「最初はまっすぐ柱から離れてたんだけど、途中で向きを変えて南に向かってるね」

「ほほう」

「多分、安全になったから進路を変えたんじゃないかな」

「ふむ」

「一応、クロックロンにあとを頼んだけど、あの子、たぶん人形か何かだろうし、夜通し歩いてたとしたら、すぐには追いつけないかなあ」


 あんまり関わると、また面倒なことになりそうな気もするが、謎の古代文明への貴重な糸口だ。

 十万年前の遺跡とは異なるシステムだとしたら、もっと古いものの可能性もある。

 たとえば二億年前とか。

 つまり、いつぞやのセプテンバーグの関係者だとしたら、実際そうなのだろうが、なおさら情報を得たいところではある。

 無理のない範囲で追いかけよう。

 そういえばすっかり忘れてたけど、あの時、空を周回してた巨人はどうなったんだ?


「あの巨人は、気がついたらいなくなってたね。僕もあの時ばかりは、どうしていいかわからずにいたからねえ」

「まあ、そうだよな。俺もパンツの中が気になって」

「そこを気にしてたのは、さすがに旦那だけだと思うよ」

「つれないなあ」

「とにかく、街の人には、様子を見てた人もいるだろうし、あとで情報を集めとくよ」

「うん、あれもなんだか怪しいもんな」


 キャンプでは、カプルがありものの資材で小さなベッドを作っていた。

 馬車の中で風を防げるように配置して、メーナやピューパーを寝かせるらしい。


「異郷の地では、水の違いや風の冷たさ、そうした些細な変化で体を壊すものですわ。私達ホロアは頑丈な方ですが、子供たちには用心しておきませんと。それにメーナも随分と体が弱っていたのでしょう」

「そうなんだ、ミラーやパンテーには頼んであるが、しっかり頼むよ」

「おまかせください、といたいところですけど、ここでは満足に材料が確保できませんし、街のものは街の人達に取って置かなければいけませんわ。このあたりの木でさえも、残しておくべきですわね」

「そうなあ」

「それにしても、妖精というのは変わった力を持つのですわね。シャミの錬金とはまた違う力のようですけれども」


 そう言ってカプルは柱の跡地を見る。

 今も妖精の太鼓はうち響いており、徐々に形ができあがりつつある。

 何やら螺旋状の蜘蛛の巣的なメッシュが、ねじれた双曲線を描いて天に向かって伸び、穴へとつながっている。

 そして宙で固まっていた土砂は、すでに半分ほどが妖精に取り込まれ、真っ白いガラス質の物に変わってメッシュの素材になっていた。


「精霊と土を合成して別の何かにしているのではないかと、ペイルーンやシャミは見立てているようですわね。ガラスは土を焼いて作りますから、そうした力の働きかもしれませんわ」

「最終的に、あれを歩いて登れるようにするんだろうか?」

「螺旋状に渦を巻いていますから、その上を歩けるのでは?」

「しかし、そうなると相当な距離だな」

「ですわねえ、一周五キロとしても、十周すれば五十キロですもの、馬車で一日かけても登れないかもしれませんわ」

「そもそも上まで五キロぐらいだっけ? 五十キロで五キロ登ると勾配十%だぞ、どんな激坂だよ」

「この辺りは半分ぐらいだと思いますけど、馬車では無理ですわねえ」

「だよなあ、相当ゆるいスロープにするかしないと……ふむ」

「あら、何か思いつきましたの?」

「いや、クロックロンなら、あれぐらい余裕だろうなって」

「まあ、つまり独占のチャンスですわね。人も荷物もクロックロンが運べば、ボロ儲けですわ」

「いいなあ、ボロ儲け。やはり独占こそが商売の基本だよな」

「メイフルが戻ったら早速相談ですわね」


 と悪巧みをしていたら、そのメイフルが戻ってきた。


「やっぱり、このあたりでの商売は難しそうですなー、一山向こうには田んぼやらなんやら、赤の海ちゅーのもかなり海産物は豊富らしいんですけど、他の連中も経路の細さでだいぶ参っとるそうですわ。特にくいもんは定期的に隊商通せな意味ありまへんからな。アウリアーノの姫はんも、ここまでの道のりをだいぶ確認しながら来とったそうですけど、なかなかしんどいですなあ」

「それなんだけどな」


 と今の話を持ちかけると、


「ははあ、正直あれ見とって、登るの無理ちゃうか思ってましたけど、大将の手にかかると何でもバッチリですな、それでいきまひょ。万事バッチリ解決ですわ」

「ほんとかよ」

「まあ、問題のほうが山盛りですけど、そこは些細な事ですわ。要するにうちが金とコネでどうとでも解決できる範囲ですからな。大事なのはクロックロンに任せるってところですわ」

「ブレイクスルーってやつだな」

「それですわ、一番肝心なところだけ解決すればよろしゅうおますねん。ほな早速、あちこちに根回ししてきますわ。ここの領主のカンドスちゅー御仁は、なかなか野心的らしいですからな。この逆境でもめげてへんらしいでっせ」

「ほう」

「一商人ではなかなか面会の順番が回ってきまへんけど、街を救った紳士様の従者やと、話は違うかもしれまへんな」

「ははは、まあ程々にな」


 ふわふわとスキップしながらメイフルは出ていった。

 楽しそうだなあ。

 俺も新しい従者と楽しくやろうと思ったが、スィーダはクメトスについて街の手伝いに行き、エメオもモアノア達と一緒に炊き出しに出たらしい。

 夕べ、クメトスに話を聞いてみたが、街は見かけの割に被害は少なくて、思ったより早く復興するかもしれないとのことだ。

 良かったなあ。


 仕方がないので、キャンプ地の片隅で座り込んで、空を眺める。

 赤い天井の一部がポッカリと丸くくり抜かれて、その周辺を固めるように妖精達が飛び交っている。

 よく考えると、魔法で土砂を固めても、永遠に固まってることはないだろうから、ああやって後始末をする者が居てくれなかったら、結局この一帯はだめになってたんだろうなあ。

 妖精達は、あとでしっかりねぎらってやらんと。

 妖精って何をしてやれば喜ぶんだろうな。

 あとでパロンに聞いとくか。

 そうして黄昏れていると、ウクレが通りがかった。


「あの、ご主人様、何をなさってるんですか?」

「よくぞ聞いてくれた、このまま誰も声をかけてくれなかったら、ずっと天井を見続けるところだった」

「お暇でしたら、だれか手の開いている者にお相手を……」

「まあ、暇かどうかで言われたら、暇なんだけどな。お前は何をしてるんだ?」

「奥様が書類仕事をなされていたので、お茶でもおいれしようかと」

「なんの書類だ?」

「えーと、デラーボンや、この街と通商条約を結ぶための、ドラフト……というのを作成されているそうです」


 魔界との通商条約かあ、なんか不平等条約っぽさがにじみ出るアレだが、具体的にどんなのだろうな。

 そう言えばうちの奥さん、そういうのが得意だったな。


「大変そうだな。まあ、俺のことはいいから、フューエルは頼んだよ」

「はい、それでは失礼します」


 キャンプ地の片隅にある厨房スペースに向かうウクレを見送り、俺は再び空を眺める。

 あの天井の上には大地が広がり、更にその上には宇宙がある。

 そこには先日のあの激強ネーチャンが待っているに違いない。

 一方、この魔界にはネトックの大事な船を盗んだやつもいるのだろう。

 異世界に行く方法を得るべく、日夜奔走しているようなやつなのだろうか。

 それとも判子ちゃんの予想は外れて、物珍しさから盗んだだけの平凡な泥棒だろうか。

 なんにもわからん。

 難しいことを考えてたら、眠くなってきたので馬車に入る。

 幌馬車の後ろ半分にはさっき作っていたベッドがしかれていたが、前半分は元の空っぽのままだ。

 ここに俺のエンターテイメントスペースをつくろうかな。

 頭から頭巾をかぶった裸の従者たちを並べて、どのおっぱいが誰かを当てる遊びとかするんだ。

 実に趣がある。

 街を救った紳士がやるにふさわしい遊びと言える。

 だが悲しいかな、うちの従者たちは皆、忙しくそれぞれの仕事をこなしている。

 これが家だったら、常に手の空いたミラーがいるのでどうにかなるのだが。

 ちなみに、ミラーのおっぱい判別は、かなり高度な技術を要求される。

 サイズや形に違いがないので、人工皮膚の僅かなムラを読み取らなきゃ駄目だ。

 麻雀で言えばガン牌レベルの高難易度スキルだ。

 だがそれゆえにやりがいがあるとも言える。

 ああ、早く家に帰ってミラーのおっぱいで遊びたいなあ。

 などと考えていると、ちょっと虚しくなってきた。

 たぶん、欲求不満なのかもな。

 ちょっと昼寝するか。

 起きた頃には、みんなも一息ついてるだろう。

 今はのんびり、眠るとしよう。

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