第252話 柱

 柱の中は、魔物の死体や、取りこぼした精霊石、その他もろもろの残骸で溢れていた。

 昨日ちらりと覗いたときは、もっと綺麗だったのにな。


「簒奪とはこういうものであろう。街もこれからが大変だぞ」


 とカリスミュウル。


「まあ、そこはそれ。土砂に埋もれちまったら、大変になることもできん」


 話す間にも、エレンがクロックロンを連れて先行している。

 ここの質感は見慣れたステンレス遺跡のそれだが、どこか雰囲気が違う気もする。

 どう違うのかはわからんが、今は確かめている余裕はない。

 最初の大扉をくぐり、巨大な空洞の奥まで進むと、五メートルほどの扉が開いている。

 その中は、網の目に広がる通路が続いていた。

 そこをなるべく中心部に向かって進む。

 五百メートルも進むと、また広い部屋に出た。

 構造的に、柱の中心部だろう。

 アウリアーノが言っていたように、巨大なガラスチューブの中に見たこともない生物の死骸がある。

 何かの実験施設だろうか。


「どうだ、紅。なにかアクセスできる端末はあるか?」

「……、ありませんマスター。ここは今までのステンレス遺跡とは、異なる体系のシステムのようです」

「違うのか」

「クロのいた遺跡や下水施設、ミラーの収納施設もすべて、私の体を作ったものと同じ系統だと思われますが、ここはそうではないようです」

「うーん、見た目は似てたんだが、あてが外れたか。仕方ない。適当に呼びかけてみよう」


 と言って、一呼吸置いてから、大声で叫ぶ。


「おーい、誰か聞こえるか、ここの責任者! いたら返事をしてくれ!」


 数秒の沈黙の後、サイレンの音が小さくなる。


(現在、カラム29は最終シーケンスにあります。崩壊まであと十四分。早急に退避してください)


 と頭に響くような声が聞こえた。


「十四分! 柱の外には大きな街もある、どうにかならんか?」

(現在、カラム29は最終シーケンスにあります。崩壊まであと十四分。早急に退避してください)


 だめだこりゃ。

 搦め手で行こう。


「カラム29、ここは何の施設だ?」

(……当カラム29は、再生プログラムに於ける遺伝情報のプール、及びレプリケータによる周辺環境の恒常性維持を目的として設置されました。すでにターゲットの放出プロトコルは完了しています)

「遺伝情報? ここにある生物の死骸のことか?」

(……合成過程でのエラッタの一部が、侵入者とのトラブルにより流出した恐れがあります)

「流出ってのは、街に溢れ出た魔物のことか?」

(現在、カラム29は最終シーケンスにあります。崩壊まであと十三分。早急に退避してください)


 くそう、埒が明かん。

 どうしたものかと悩んでいると、エレンが耳打ちする。


「旦那、外に出るだけで十分はかかるよ」

「しかたない、とにかく外に出るか、その前に……」


 と上に向かって、話しかける。


「カラム29、お前はどうするんだ」

(最終シーケンス遂行中です)

「お前も逃げないとお陀仏だぞ」

(退避命令を受けておりません)


 ってことは逃げられる存在ではあるのか。


「じゃあ、命令だ、逃げろ!」

(発令者が不明です)


 えーい、面倒だな。

 誰の命令なら聞くだろう……と考えてから、不意に思いついた名前を口にする。


「セプテンバーグの命令だ、今すぐ逃げろ」

(検証中。受託対象と確認、受命)


 返答とともにサイレンがやみ、部屋の中央にポコッとカプセルが出てくる。

 それがぱっくり開くと、中から俺好みの幼女が出てきた。

 レオタードみたいな薄いボディスーツ一枚の幼女は、スタスタと歩いて俺達の横を通り過ぎる。


「おい、おまえ……」


 と声をかけると、こちらを振り返り、先程のアナウンスと同じ声でこう言った。


「逃げないのですか? 瓦礫に埋もれて死にますよ」

「そうだった、みんな逃げろ!」


 俺達は一目散に外を目指す。


 結局何の成果も得られないまま、俺達は柱を後にした。

 いや、幼女一人は救った気がするが、当の本人は、柱を出ると、そのまま歩き続ける。


「ちょっと待ってくれ、柱を……」


 と呼び止めると、幼女はこちらを振り返り、


「十キロは退避する必要がありますが、このペースでは間に合いません。避難を中止しますか?」

「いや、そうじゃなくてだな、柱を……」

「柱の崩壊は不可避です。一秒でも早く柱から離れたほうが、生存確率が上がります」

「そりゃあ、そうかもしれんが」

「ところで、セプテンバーグは今どこに?」

「彼女なら、多分軌道上に……」

「そうですか。それでは」


 幼女はペコリと頭を下げると、再び歩き始めた。

 マイペースだなあ。


「下らぬ問答などやっている場合か、どうするのだ!」


 とカリスミュウル。


「どうしよう、なんか打つ手なしなんだけど」

「ええい、貴様のようなオタンコナスに期待した私が馬鹿だった。もういい、この私自ら、崩壊など食い止めてくれるわ」


 と言って、杖を取り出すカリスミュウルを、彼女の仲間の人形が静止する。


「およしなさい。柱を別にしても、天井部分の土砂は推定百億トン以上。到底防げるものではありません」

「ひ、ひゃくおく!」


 あっけにとられるカリスミュウル。


「そもそも、どうやって防ぐつもりなんだよ」

「ばかもの、紳士の魔法と言えば、昔から念動力と決まっておろうが!」

「え、そうなの? じゃあ俺も使えるかな」

「試したことはないのか!」

「ない! いや、火の魔法とかが使えないってことは試したけど」

「ほれ、そこの小石程度なら、動くであろう。念じてみよ」


 と言われて、喜び勇んでやってみるが、ちっとも動かない。


「ダメそうだぞ?」

「その間抜け面が悪い! 念動力は感情の動きを物の動きに変えるもの。怒りや悲しみといった激しい衝動が力となるのだ」

「そんなこと言われても、あんまりそういう激しいのは得意じゃなくて」

「うぐぐ、はっ!? ではまさか……」


 と言って、カリスミュウルは顔を真っ赤にする。


「どうした? 何がまさかなんだ」

「ぐぎぎ、知らん!」

「教えろよ、一大事だろうが!」

「うるさいっ!!」


 そう叫んだ瞬間、塔が激しく光った。


「なんじゃあ!」


 柱を見上げると、巨大な柱のすべてが真っ白に輝き、徐々に光の粒子となって宙に溶けていく。

 あっけにとられて見とれていると、やがてミシミシと地の裂ける音とともに、天井の一部が砕け始めた。


「まじかよ、あれが落ちてくるのか」


 天井の柱のない部分、真っ赤に光るステンレスの部分は歪み一つ無いが、今さっきまで柱が支えてた部分は、全部岩盤でできており、それがガラガラと崩れ始めた。

 だめだ、こりゃ逃げられん。

 直撃しなくても、あれだけの土が全部降ってくれば、この辺全部吹き飛ぶぞ。


「おのれ、たかが土塊が!」


 そう言ってカリスミュウルが杖を振るうと、凄まじい魔力がほとばしり、天に注がれる。

 すると巨大な岩の一部が空中でピタリと止まった。

 だが、そんなものは誤差みたいなものだ。


「見てないで、貴様もやれ! それだけ膨大な魔力を抱えていれば、どうにかできるであろうに!」


 と俺の足を蹴るカリスミュウル。


「やれと言われても」

「貴様、わざと焦らしているのではあるまいな!」

「いくら俺でも命がけの状況で、そんなマヌケなことをするか!」

「このタワケが!」


 そう言い捨てると、カリスミュウルはいきなり俺に抱きつき、思いっきり唇を押し付けてきた。


「むー、むー」

「ん、んぐっ」


 強引に舌をねじ込むカリスミュウルを慌てて押し離す。


「な、なにすんだてめー」

「ど、どうだ、これでこの上なく興奮したであろう!」

「するか! びっくりしたよ!」

「馬鹿者、こ、これ以上やれというのか!?」


 そこで急に後ろからカリスミュウルの連れの人形が俺の肩をつかむ。


「その程度では駄目です、カリスミュウル。このタイプはこれぐらいしなくては」


 と言って今度は人形の彼女が俺の唇を奪い、更に股間の大事な所に立派な太ももを押し付けてきた。

 何やってんだ、この連中は!


 と思う余裕もないほどに凄いキスだった。

 しかも肌のもっちりとした質感と絡まる舌の感触がすごく気持ちいい。

 気持ちよすぎて、ここ数日溜まりに溜まっていた俺は、我慢できずについ、にゅるりとしでかしてしまった。


「あ……」


 ピクピクと体を震わせながら、情けない声をだす俺の額に、カリスミュウルが手を当てる。


「念じろ、叫べ、土塊共よ、止まれと!」


 空っぽになった頭で、言われるままに俺は叫ぶ。


「止まれっ!」


 次の瞬間、俺の全身から膨大な何かがほとばしり、天に向かってはじけた。

 頭の天辺から背中を通じて、まるで背骨を尻から引っこ抜かれたかのような快楽がほとばしる。

 すべてを出し切って空っぽになった俺は、薄れ行く意識の中で、股間のぬるりとした感触だけを感じていた。




 気を失っていたのは、ほんの数十秒だったらしい。

 目を覚ますと、みんな空を見上げていた。

 つられて俺も見上げると、柱の消えた後の円柱状の天井が、光を放って静止している。

 あれを、俺が止めたのか?


「はは、本当に止めおった。なんという馬鹿力だ」


 天を見上げてつぶやくカリスミュウル。


「まじかよ、あれ」


 カリスミュウルに声をかけると、急に振り向いて顔を耳まで真っ赤にする。


「きき貴様、おお、起きておったのか!」

「今起きたよ」

「よよよ、よくやったではないか、褒めてとらす」

「ははは、お前の熱いキスのお陰で」

「いうなーっ!」


 思いっきり拳骨で殴られた。

 いたい。


「どうだ、もう忘れたであろう」

「はい、すいません。それよりも」

「な、なんだ」

「あれはいつまで保つんだ?」

「わからん」

「わからんか」


 などと言っていると、パロンが飛んでくる。


「なんじゃわりゃ、すごい魔法じゃのう」

「みたいだな、俺も知らなかったよ」

「で、あれは大丈夫なんか?」

「わからんらしいぞ」

「しょうがないのう、主人の後始末ぐらいわしらがするか。あの柱とやらが全部精霊になって漂っとる。今ならどうにかできるじゃろ。皆をここに出すんじゃ」

「お、おう」


 言われるままに、内なる館の妖精達を全員呼び出すと、何千何百という妖精達が渦を巻いて飛び出してきた。


「よんだー、女王様ー、ぼすー」

「うわー、すごいー、精霊さんがいっぱーい」

「あそぼー」


 好き勝手に叫ぶ妖精達に、パロンが号令をかける。


「ええか、あの土塊を全部まとめてゆっくり下ろすんじゃ。それ、太鼓を鳴らせ! 精霊と遊べ、祭りじゃー!」

「それー!」

「やるよー!」

「ドン、ドン、ドーンッ!」


 リズミカルな太鼓の音とともに、妖精達が空に舞う。

 光になって漂う柱だったものや、空で固まっている岩盤を取り込みながら、妖精達は柱の跡地に新たな何かを作り始めた。


 太鼓の音はどこまでも響く。

 やがてどこからか、笛やラッパの音も響きだす。

 近くにいたどこかの国の軍楽隊が、妖精の太鼓に合わせて演奏しているのだ。

 空を見上げて放心状態だった他の連中も、やがてリズムに合わせて踊りだす。

 たぶん、今度こそ、一件落着みたいだな。

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