第249話 避難

 予想はしていたが、移動のペースは非常に遅い。

 クロックロンが張り巡らせたバリアでガードするために、かなり密集したまま移動するわけだが、素人集団がビビりながら進むのだ。

 幼い子供や足腰の弱い老人、怪我をしたものも居る。

 しかも数が多い。

 これで急げというのが無理というものだ。


 カリスミュウルが惹きつけてくれるおかげか、魔物は比較的少ないのだが、突然、脇道から魔物が飛び出してきて心臓に悪い。

 大半はクロックロンのバリアで弾き飛ばせるが、たまにそれを越えてくるものが居ると、うちの連中が慌ててフォローに回る。

 それでも、最初のうちはまだマシで、進むに連れて、隊列がドンドン伸びてくる。

 それをまとめなおそうにも人手が足りない。


「参ったな、そのうち列が破綻するぞ」


 と俺がつぶやくと、俺の隣で護衛を務めるエレンが、


「しかも、クロックロンが逃げ遅れた人を回収してドンドン合流してるしね」

「まじか、後ろの方は見えてないから気が付かなかったよ。とはいえ、おいてくわけにもいかんしな」

「ちょーっと、よくない状況だね。身を隠せる場所があれば、少し休憩して体制を立て直したいけど、この人数じゃあ難しいねえ」


 集団で歩くので転んだりして新たに怪我をするものもいる。

 住職が走り回って簡単な治療を施しているが、限度があるだろう。


「開けた一本道みたいだから、進みやすいだろうと思ったが、そう都合よくはいかんか」

「この人数じゃ、路地裏をコソコソ進むわけにも行かないし、悪い作戦じゃないと思うけど……」

「けど?」

「心なしか、魔物の数も増えてる気がするね」


 エレンは周りを見渡しながら、そうつぶやく。


「まさか、カリスミュウルに何かあったんだろうか」

「ちょっとわからないね。気になる時は、早めに手を打ったほうがいいよ」


 それもそうだと、少し前方で、空から魔物を薙ぎ払っていたネールを呼び戻す。


「どうしました、ご主人様」

「カリスミュウルが気になる。あっちは大丈夫か、確認してきてくれないか?」

「かしこまりました、すぐに戻ります」


 そう言って飛び去るネール。

 それから十五分ほど経っただろうか。

 急に後方が騒がしくなったと思ったら、エーメスが走ってきた。


「アンブラール殿が負傷なされて、クロックロンに担ぎ込まれてきました」

「なに!?」


 慌てて駆けつけると、腹部が血に染まったままうずくまるアンブラールの姿があった。


「どうも、あんたの前では、ドジばっかり踏んでるようだね……」


 とアンブラール。

 呻く姐さんのそばに腰を下ろした人物がフードを取る。

 フードの下には、透明な肌と黄金にきらめく髪の、人形の姿があった。

 その人形が、文字とおり透き通るような声でアンブラールに話しかける。


「傷は深い、おとなしくするのです、アリュシーダ」

「チャリ、これぐらいかすり傷というやつ……ぐっ」

「だったら、荒治療と参りましょう」


 そういうと、人形の娘は右手を腹部にかざして呪文を唱える。

 たちまち、腹の傷からどす黒い煙が立ち上り、出血が治まっていく。

 なんだかわからないけど、すごく効いてそうだ。


「馬鹿め、だから鎧ぐらい着ろというのだ。貴様がそのざまでは誰が敵を薙ぎ払うのだ」


 悪態をつくカリスミュウルは、言葉とは裏腹に、今にも泣きそうな顔をしている。

 紳士様も大変だな。


「カリスミュウル、彼女の治療には三十分ほどかかります。あなたも今のうちに魔力を整えておきなさい」


 透明な人形がそう諭す。

 その言葉でカリスミュウルはいつもの不敵な表情に戻り、こう言った。


「お主の従者のお陰で助かったようだ、礼を言わねばならんか」

「利子がつくまで付けといてくれ。しかし、アンブラールがここまでやられるとは」

「魔物たちの中に、何体かずば抜けて強いものが居た。大半は普通の魔物と同様だが、そいつらはかなり高度な剣を使う。人型のガーディアンとやりあったことはあるか?」

「あったような、ないような」

「あれに近い印象だったな。ただし、相当腕が立つ。一、二体ならどうとでもなったが、集団で来られて手がまわらないうちに、私をかばってこの有様だ」

「ふむ」

「とにかく、ここの魔物はなにかおかしい。外見も見たことがないが、ギアントやノズに似たタイプもいた。だがどこか違う……」

「うーん」


 そこで治療していた今一人のカリスミュウルの仲間が、透明な顔を上げてこう言った。


「傷はもうすぐ塞がりますが、安全な場所に移動させたい。この行軍はいつまで止まっているのです?」

「急ぎたいのは山々だが、けが人や疲労もあって、なかなか進まないんだ」

「そうですか。では、ひとまず軽傷の治癒、激励、恐怖への耐性をかけます」


 そう言って、空いた左手で小さな杖を掲げ、アンブラールへの呪文とは別の呪文を同時に唱え始める。

 一つの口から、別のセリフが同時に出てくるような不思議な光景に見とれていると、杖から光がほとばしり、一行を包み込んだ。

 たちまち集団から喝采が上がる。


「き、傷が塞がった!」

「なんだか力が湧いてくるような……」


 などと口々に叫ぶ。

 実際、俺もなんだかやる気が湧いてきた。


「術をかけてくれたのか、助かった。よし、少しペースをあげよう。おまえさんはどうする?」


 カリスミュウルにたずねると、


「では私は、こちらで遅れた人間の尻でも叩くとしよう。貴様は先頭を行け」


 言われたとおりに俺は前に戻り、再び逃避行を指揮するのだった。




 みんなが元気になったおかげでペースは上がるが、魔物の数は増えてきた。

 これ、もしかしなくても街の外のほうが危なかったりして。

 街の駐屯地があると言うので、そちらに向かっていたのだが、そこは街の外で柱にも近い。

 当然、出発前に調べとくべきだったのでは……、と慌ててネールを呼ぶ。


「今度は目的地の周辺の様子を探ってきてくれ」


 ネールは頷くと、すぐに飛び立つ。

 入れ違いに上空を巡回していたラケーラが戻ってきた。


「埒が明かんな。倒しても倒しても湧いてくる。これではキリがないぞ」

「まあ、そうなんだけど、一応ペースは安定してるから、トラブルさえなければどうにかなるんじゃないかなあ」

「はは、紳士殿はのんきだな。動揺して指揮が乱れるよりはましであるか。して、ネール殿は今度はどちらに?」

「目的地の状況を見てもらいにな。このまま進んでも大丈夫かどうか」

「たしかに、上から見ても街の外も相当な混乱だな」


 ラケーラが空を見上げると、ネールが戻ってきた。


「どうだった、ネール」

「見たところ、各国の軍は体制を立て直し、魔物を押し返しつつあります。目的地の駐屯地も、その拠点の一つとなり、住民を収容していました。このまま進んで大丈夫だと思います」

「だったら、あとは彼らを連れて行くだけか」


 そう言って集団を見回すと、ラケーラと目があった。


「聞きそびれていたので、今のうちに聞いておこうか」

「うん?」

「図らずもお主が彼らを率いる以上、その決断に皆の運命がかかっている。だが、住民の安全は、本来その支配者たる王や領主の仕事であろう」

「まあ、そうだな」

「一方のお主は、数は少なくとも一騎当千の騎士を従える将でもある。いや、それでなくとも、全身から発するその輝きは人の上に立つものの証であろう。取るべき道は、いくつもあると思うが?」


 要するに、進んで敵の首を取り、手柄を建てようとは思わないのか、と聞いてるわけだ。

 従者たちであれば、俺がそんなことをこれっぽっちも考えない人間であることはわかるだろうが、さて、なんと答えたものか。


「あいにくと俺は英雄豪傑の類からは程遠くてね。一刻も早く安全なところで布団をかぶって二度寝したいとしか思ってないよ」

「ふふ、私が知るのは目覚めてから見聞きした人の歴史のみ。そのような生き様は評価の仕方を知らぬな」

「そりゃあ、地味だからな。誰の記憶にも残らんだろうさ。だが、歴史を書き記すのは、案外そうやって地味に生き残ったものがやるんだよ」

「ふむ……」


 と頷いて、ラケーラは愛用の巨大なランスを握りしめる。


「今では語り草にも登らぬそうだが、竜の騎士はかつて地上の覇を競う、最強の一族であったという。その末裔としての生き方は、この槍の示す先にしかあるまい」


 それからもう一度俺の目を見てこういった。


「いいだろう、寄る辺ない身であれば、この槍の切り開く未来を、そのよすがとしよう。お主が語り部となるならば、私の生き様をしかと見届けよ!」


 そう言って全身を青白く輝かせ、ラケーラは天高く飛び立っていった。

 いちいち芝居がかってるよな、彼女は。

 だがそうか、きっと彼女は失われた自分の過去を、カーネとの短い旅の中で、語り部や書物の中に見出そうとしてきたのかもしれない。

 自身の経験より、作り物の歴史のほうが、彼女の中に占める部分が大きいのかな。

 あるいは、人々の記憶からも失われてしまった同胞の運命を思い、自らの生き様を記録に刻みたいのかもしれない。

 俺やメーナは家族を失ったが、少ないながらもその思い出は残っている。

 だが、彼女はその思い出さえ持たないのだ。

 その思い出をこれから作ろうというのなら、俺がしっかりと見届けてやりたいものだな。


「よし、ネールは引き続き、付かず離れず俺たちを守ってくれ」

「かしこまりました」


 ネールが飛び去った先を見ると、何か異様なものが目に入る。

 暗い天井の下、柱の周りに何かが浮いている。

 目を凝らすと、それは昼間見た巨人だった。

 まるで奴凧のように手を広げ、天井の下をゆうゆうと旋回している。

 ありゃあ、いったいなんなんだ?


 周りの連中も、空飛ぶ巨人の姿を見て、この世の終わりだの何だのと騒ぎ始めている。

 気持ちはわかるが、そういうのは安全な場所についてからにしてほしいよな。

 先導するこっちの身にもなってくれと言いたい。

 言いたいがまあ、そんなことを言っていても仕方がないので、黙々と進む。


 魔物は多いが、クロックロンのバリアこと、クロックロン・コレダーの威力は絶大で、魔物の大半は近寄ることもできない。

 たまにそれをくぐり抜けたやつが飛びかかってくるが、うちの従者や兵士、それに内側で待機しているクロックロンがどうにかしてくれる。

 そうしてちょっとずつ、確実に前に進む、その繰り返しだ。


 ただ、そうなる度に列は乱れるし、ペースも落ちる。

 ひたすら根気よく、それを繰り返す。

 はっきり言って、かなり辛い。


 それでもどうにかゴールが見えてきた。

 映画だと安心させて突き落とすシーンだな。

 できれば何事もなく進んでくれよ……と思っていたら、前方で大きな音がする。

 驚いて身構え、前を見ると土煙も上がっている。


「ちょっと見てくるよ」


 エレンがクロックロンの間を飛び越えて駆け出していく。

 点在する魔物も、あまりにも飄々と走り抜けるエレンのことを気に留める様子がない。

 俺達はそのままのペースで進む。

 やがて土煙が晴れると、エレンが戻ってきた。


「まずいね、あそこの橋が落ちてる」

「橋?」


 そこまで行ってみると、街の外側をめぐる川にかかった石橋が、見るも無残に落ちていた。

 外堀を兼ねているのか、結構な深さと幅がある。

 あと少しでこの有り様か。

 側にいた住民に確認するが、別の橋はかなり遠いらしい。

 まあ、掘にかけてるんなら、それなりに離すわな。


「ネール、氷で橋を作れないか?」


 ネールを呼び寄せて聞いてみた。


「元になる水があればよいのですが、この川の水量では、短時間では到底……」


 そう言ってネールも覗き込むが、たしかに川の流れは頼りない。


「エレン、何か手はないか?」

「こんな状況でなければ、クロックロンにロープでも渡してもらって、ひとりずつ渡すんだけど、どこから襲われるかわからないしね」

「ふむ」

「別の出口を探すなら、早く決めたほうがいいよ」

「そうだな、よしネールは上空から迂回路等を確認してきてくれ、別の橋も落ちてたらシャレにならんが」

「かしこまりました」


 飛び立つネールを見送り、集団を確認する。

 先頭が止まったせいで、後ろの連中が詰まってくる。

 進むときは遅れるくせに、ホント融通がきかないな。

 シニカルに文句ばかり言ってる俺もどうかと思うが、あとから冷静に考えれば、たぶん俺もテンパってたんだろう。

 住民からも情報を集めていると、後方にいたクメトスやカリスミュウルがやってきた。

 かいつまんで状況を説明する。


「あの橋か、昼間も通ったが、あれが落ちているとなると厄介だな」


 とカリスミュウル。


「準備のない状況で架橋といえば氷の魔法になりますが」


 こちらはクメトス。


「堀の川は水量がなくてな、ネールでは無理だと言っていた」


 それを聞いたカリスミュウルも、


「うちのものも氷は使えん。近くに溜池の一つもないのか?」

「ないらしい。井戸があるそうだが、一々汲み上げていてはおっつかんだろ」

「ふむ、となると、別の方法を探すか」


 そこに紅がやってくる。


「あたりを走査してみましたが、地下に通路があるようです。三百メートルほど先、街の外にある祠に通じているようです」

「地下の遺構ってやつか。しかし、そっちは魔物が溢れてるんじゃないのか?」

「三百メートルの区間だけ、確保すれば、人々を逃すことが可能かと思います」

「ふむ、ちと試しに乗り込んでみるか」

「入り口は、そこの建物の裏手です」


 紅の示した通り、小さな倉庫の脇に祠があり、その中に地下に降りる階段があった。

 幸い、ここからはまだ魔物が出てきていないようだ。

 階段を覗き込むと、魔物のたぐいの気配はないが、なんだか薄気味悪い。


「まずは安全の確保だね。クロックロンを何体か連れて、潜ってみるよ」


 エレンはそういうと、懐から取り出した自家製ヘッドライトを灯して、階段を降りていった。

 大丈夫だとは思うが、アンブラール姐さんを傷つけたという凄腕の魔物が気になるな。


「紅、下の様子はどうだ?」

「階段を降りると、直径十メートルほどの大きなトンネルが続いています。途中、横道のたぐいは見られないようで、エレンは現在三分の一ほどの距離を進んでいます」

「かなりでかいな。時間がもったいない。第二弾を送り込んで、入口側の拠点を固めておくか」

「人選はどうします?」

「うーん、よし、クメトスと紅、俺と一緒に来てくれ」

「マスターも潜られるのですか?」

「見といたほうが、作戦が立てやすいだろう。これだけの人数を通せるかどうか、確認しとかないと。誰か、エーメスを呼んでくれ」


 と呼び寄せたエーメスに指示を与える。


「俺達が戻るまで、ここを頼む。フルン達のこともな。あとネールとラケーラが戻ったら、しばらく近くで待機してもらっててくれ。出口側の警護を頼みたいし」

「かしこまりました」

「じゃあ、行ってくる」


 俺はランプを灯し、階段に入る。

 先頭はクメトスで、ついで紅。

 俺の横にはクメトスのお供のスィーダがいる。

 その前後にはクロックロンが十体ほど。


 三十メートルほど階段を降りる。

 最初の十メートルは、石造りの地上部分と変わらない作りの階段だったが、そこから先は作りが変わる。

 地上の建物は石造りで、アルサの街なんかとも大差なかったが、ここは鉄の層っぽい作りで、要するにコンクリートだ。

 階段は数メートルおきに踊り場のある折り返しの階段で、まっすぐ下に向かっている。

 壁には、手すりの跡も見受けられる。

 階段の突き当りには、同じく扉の跡があり、そこをくぐると、巨大なチューブ状のトンネルに出た。

 真っ暗でよくわからないが、かまぼこ型のトンネルが左右に続いている。

 床を照らすと、ホコリと瓦礫の隙間から、幾筋もの溝が見える。

 これって、レールの跡っぽいよなあ。

 とすると、地下鉄だろうか。

 溝には金属のレールがはまっていたのかもしれないが、他の鉄の層同様、全て持ち去られた後かもしれない。


「これ、どっちが進行方向だっけ?」


 それほど方向音痴ではないはずだが、何度も階段で折り返したせいで、ちょっと混乱した。


「右手、つまり東側がそうです。緩やかに左に曲がっていますが、あの先にエレンがいるはずです」


 見るとランプの明かりでぼんやりとトンネルのシルエットが浮かび上がっていた。


「ふむ、じゃあ柱もそっちか。敵が来るならこっちかな?」

「わかりません、他の通路につながっているなら、反対からも来るかもしれません。地下の構造は複雑で、スキャンが完了しておりません」

「ふむ……とはいえ、これだけでかい通路にバリケードを貼るのも無理だな。よし、ひとまずクロックロン三体で、反対の、えーと西側に壁を作っといてくれ。あと、明かりはつくか?」

「試スカ、ソコニ配電盤ガアルナ」


 いや、俺はクロックロンのライトをつけてもらおうと思ったんだが、地下鉄のたぐいなら、ライトぐらいあるか。

 しかし、まだ生きてるのか?

 クロックロンは壁のひび割れに足を突っ込んでガチャガチャ何かをいじっていたが、


「電気ガ来テナイナ、チョット流スカ」


 そう言ってから数秒後。

 急に天井面に埋め込まれた非常灯らしきものが一斉に灯る。

 明るいと言うほどではないが、足元は十分に見える明るさだ。


「二時間ホドシカ保タナイゾ、早ク用事ヲ済マセロ」

「おう、助かった。よし、通路を確保しよう。クロックロン、足元がしっかりして、歩きやすそうな道を探してくれ」

「了解、ボス」


 別のクロックロンたちが、周りにわさわさと広がる。


「紅、エレンの方はどうだ?」

「現在、上に登る階段を進んでいます。また、ネールが出口側の祠についた模様。予想では三十五秒後に合流するはずです」

「よし、道を確保できたら、道なりにクロックロンを配置して、そこを移動してもらおう」

「通路の確保には、あと五分ほどかかります」

「じゃあ、今のうちに上に戻って、第一陣を呼んでくるか。紅、ここを頼めるか?」


 というと、紅より先にクメトスがこう言った。


「ご主人様が戻られるのでしたら、紅を伴ったほうが良いでしょう。念話の通じる紅のいたほうが、指示がスムースです」

「それもそうか、じゃあここを頼む。スィーダも気をつけろよ」


 と言うと、コクコクと頷いて、


「大丈夫、ちゃんとやれる。サワクロさんも気をつけて」

「おう、すぐに戻る」


 再び階段を登って地上に。

 地上と行っても地下だけど。

 ややこしいな。


「エレンが地上に出ました。向こうにいた部隊に話をつけ、出口側の警護を依頼したそうですが、状況的にどれだけ頼れるかは不明。エレンは折り返し、こちらに戻ると言っています」

「ふむ、じゃあ、ネールと一緒に、地下通路の登り口付近を警護してもらっててくれ」

「かしこまりました」


 上に戻ると、降り口の周りに人だかりができていた。

 やはりみんな早く逃げたいのだろう。


「どうにか通路は確保できそうだ。まずは弱ってる連中から運ぶか」


 怪我や病気で動けない連中は担架やクロックロンに載せて運んできたが、それをそのまま地下道に進ませる。


「紅、このペースだとどれぐらいかかりそうだ?」

「目視では避難民の数は千三百。毎分十人ずつコンスタントに送り込んでも二時間以上かかります」

「夜があけちまうな。向こうから警護の兵隊を送ってもらえないのか?」

「……確認中。向こうでは手の空いた部隊がいないようです」

「まいったな。行けると思うか?」

「クロックロンの全力稼働時間があと九十分ほどです。セーブしないと保たないでしょう」

「いつものでかいガーディアンはどうだ?」

「申請は拒否、前回の修復が終わっていないことも大きな要因のようです」

「何かいいニュースはないか?」

「燕の話では、夜通し馬車を飛ばして、あと少しの距離まで来ているようです」

「まじか、どれぐらいだ?」

「予想では三時間ほど」

「うーん、きわどいな」


 他にやれることはあるか?

 気になるのは出口側の安全確保だな。

 といっても、頼れそうな相手といえば……一人居るか。

 彼女のことだ、いつまでも柱に固執してはいないだろう。


「よし、エレンにアウリアーノの所に行って可能な限りの支援を頼むように言ってくれ。お礼に俺がたっぷりサービスするからと」

「……伝えました」

「とにかく、早めに地下に降ろそう。守るにしても、上と下で分散してるとやりづらい」

「では、列を倍にしましょう」

「階段にこまめにクロックロンを配備して、転ばないように見張らせてくれ」

「かしこまりました」


 これで、打てる手は打ったかなあ。

 時間があれば、アイデアも出るんだろうが。

 しかし、とにかく人手が足りない。

 こう言う場合はミラーが居ると融通がきいたのかもなあ。

 俺を助けてくれるだけの人材はすでに俺の従者にいたのに、肝心な時にそばに居てもらえないとどうにもならん。

 ホント今回の旅は、従者のありがたみを再確認してばかりだな。

 とにかく、ここにいる従者に頑張ってもらって、みんなを無事に家に連れて帰らんと。

 今はそのことだけを考えよう。

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