第247話 巨人

 この神殿の神官、というかここのような小さな個人経営の神殿は寺と呼び、その管理者は住職と呼ばれているらしい。

 寺より神社のほうがいいんじゃなかろうかと思わなくもないが、いつもの脳内翻訳のアレだろう、仕方ないのでそう呼ぶことにする。


 その住職タッサンが、メーナの治療を引き受けてくれることになったので、任せることにした。

 治療を終えたタッサンに招かれて、別室で話を聞いた。


「あの娘は、見かけ以上に相当弱っていた様子。もう少し無理を続ければ、命を落としていたかもしれません」

「そんなにひどいですか。それで、いかがなものでしょう」

「そうですね、今夜は私がついておりますが、明日にでも改めてもう少し治療術の得意なものに見せたほうが良いでしょう」

「分かりました。明日あたり、私の連れの僧侶とも合流できますし、遅れそうなら、改めて医者に見せましょう」

「先程も申したように、病院も混んでいる様子、もしお連れ様がいるのであれば、そのほうが良いかもしれません」


 そこで一旦区切ってから、タッサンは言葉を続ける。


「ここの先代が、あの娘の父親を弔いまして、残された母子のことを時折気にかけておりました。その娘が今こうして亡き両親の墓前にて、立派な主人を得たということは、何より故人への手向けとなることでしょう。あなたからはそこはかとなく溢れる神気を感じます。きっと何か大きな使命をお持ちなのでしょう。もしもあの娘がその一助となるのなら、それにまさる幸福はないものと思います」

「肝に銘じておきます」


 そんな話をしてから、俺は懐から包んでおいた金貨を取り出す。


「これは些少ですが、あの子の両親を弔っていただければ」

「承りました。懇ろに、御霊を弔いましょう」


 タッサンは素直に受け取った。

 遠慮する坊主ってのも、一度ぐらいは見てみたい気もするが、この場はそんな突っ込みをする気にもならないので、素直にお願いしておいた。


「ご存知かもしれませんが、柱が開いて以来、諸侯が兵を率いて集まり、また無頼のものも溢れんばかりの有様で、街に宿の空きもない様子。皆様も今しばらくは一緒にご滞在なさると良いでしょう」


 俺と同年代のタッサン住職がそう言ってくれたので、その言葉に甘えることにした。


 はあ、それにしても疲れた。

 メーナはフルン達がついてるし、すでに眠っているはずだ。

 あとで交代するにして、少し一人になって落ち着きたい。

 あてがわれた客室に入って、明かりもつけずにベッドに倒れ込む。

 妙にゴツゴツしたベッドだな、と思って明かりをつけると、俺の目の前に懐かしい顔があった。


「やあ旦那、随分と荒っぽいアタックだね、よっぽど飢えてたのかい?」

「エレーン! おまえ、もうついたのか!」


 と思わず抱きしめる。


「あたた、ちょっと旦那。お寺でラブシーンはいかがなものかと思うよ」

「気にするもんか、レーンなんて神殿の中であれだぞ」

「ははは、まあそこはそれ。旦那もみんなも無事でよかったよ」


 同行していた紅とコルスも、客室でみんなと合流していた。


「遠い所をよく来てくれたな」


 二人を順番にハグしてやる。


「殿にこのような歓待を受けるのであれば、あの程度の道のり、どうということはないでござるよ」


 ニヤリと笑うコルス。


「マスターもご無事で何よりです」


 紅も無表情ながらも嬉しそうだ。

 それぞれに労をねぎらい、再開を喜んだのちに、改めて状況を相談する。


「それで、柱が危ないって?」


 隣室で眠っているメーナを覗いてきたエレンが、そういった。


「そういうお告げを聞いたらしいんだ」

「あの子が、一番新しい従者か。旦那の守備範囲も広いねえ」

「まあね、上限はミラーやクロ達が十万歳ぐらいらしいからなあ、下限の方で頑張らないと」

「下限はナデシコがいるじゃないか。あれより下は無理じゃないの?」

「それもそうか。だったら上限を伸ばさんとなあ。いつぞやの二億年ちゃんを探しに行くか」


 などとエレンとのんきな会話を交わすだけでも、ニヤけてくるな。


「とにかくだ、俺としては我が従者の言葉に疑いを挟む余地などまったく無いので、危ない柱の探索などやめて、さっさと家に帰りたいな」

「そりゃいいんだけど、エンテルはだいぶ鼻息を荒くして向かってるらしいよ」


 というエレンの言葉を受けて紅が、


「あちらでは馬車の確保に手間取って出発が遅れたそうですが、現在約一日半の距離だということです。明後日には間に合うようにするとか」

「強行軍だな。とんぼ返りとはいかんか」

「アウリアーノ姫も、目をギラつかせておいでです」

「そうそう、駐留地の確保で他所の国と揉めててね、時間がかかりそうだから抜け出して来たんだよ。明日にでも挨拶に出向いたほうがいいよ」


 とエレン。


「しょうがねえな。そもそも、危ないと言ってもどういう危なさだろうな」


 過去の経験から行くと、危険なガーディアンのたぐいが出るとか、竜が暴れるとか、アヌマールが狙ってるとか色々考えられるよな。

 あるいはいつぞやの試練の塔のように爆発するってのもあるかもしれん。

 ただまあ、根拠のない想像が当たることなんてまずないんだけど。


「まだ、何も情報がないからねえ。というわけで、僕はこれから情報集めに街に繰り出そうと思うけど」

「長旅で疲れてないか?」

「むしろスローペースな旅で、不満が溜まってたぐらいさ。コルスも行くかい?」

「では拙者は柱周辺を回ってみるでござるか」

「じゃあ、旦那達は休んでてよ。朝までには戻るよ」


 そう言って二人は出ていった。

 お言葉に甘えて、休むとするか。

 どうにも疲労が溜まっていたし、エレン達の顔を見たら、どっと気が抜けてしまったようだ。

 お寺のベッドで従者を侍らす気にもならず、一人で早々に眠りについてしまった。




 どれぐらい、昔のことだろう。

 赤い草原の彼方に、銀色の柱がそびえている。

 それを遠くから眺めていた羊飼いの少年が、不快な警報音に驚いて羊たちを呼び集める。

 羊の群れがいなくなった草原に、地響きが轟く。

 やがて、長い年月、天井を支えていた柱の一つが役目を終える。

 銀色の柱は、無数の光の粒となって、赤い大気へと溶け込んでいく。

 それと同時に、支えを失った天井が落ちてくる。

 耳をつんざく轟音。

 いつまでもやまぬ土煙。

 あとにはポッカリと丸い空が、静かに覗いていた。

 ああ、こりゃあ、一大事だ。

 急いで逃げよう。

 そんなことを、夢現のぼんやりとした意識の中で、考えていた。




 翌朝。

 安っぽいシーツの感触に馴染めないまま、妙に怖い夢でうなされた気がするが、それよりも寝起きからムラムラしている自分の大事な所を眺めて思わず、


「あっちの柱がどうかはわからんが、こっちの柱もヤバそうだなあ」


 などとつぶやいていると、フルンが飛び込んできた。


「おはようご主人様! エレン達も戻ってるよ、相談があるって! メーナも今朝は元気だよ!」

「お、そうか。すぐ行くよ」


 客間には厨房を借りてエメオやパロンが調理した朝食が並ぶ。

 朝市で仕入れてきたそうで、思いの外豪華な食事だ。

 精霊教会は特に食べちゃだめなものがないので、寺の中でもなんでも食えるのが助かるな。


「ご、ご主人様。お茶をどうぞ」


 メーナがたどたどしい言葉遣いで、お茶を入れてくれる。


「おお、ありがとう。具合はどうだ?」

「こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりでした」

「そりゃあよかった。住職さんにも、お礼を言っとかないとな」

「はい」


 昨日までは今にも壊れそうなぐらい儚い感じだったけど、今日はかなりしっかりとした足取りで歩けている。

 安心してお茶をすすっていると、目の前にドンと皿が置かれた。


「どーぞ、焼きたてのパンです」


 とエメオちゃん。

 あれ、またヤキモチかな?

 昨日はフルンたちと一緒に、よかったよかったともらい泣きしてたのに。


「お、うまそうだな。いい粉が売ってたのかい?」

「いえ、こちらのお寺にあった小麦粉と酵母をお借りしたんです。この辺りはパンもよく食べるようですね。この粉は、少し香ばしくてコシもあって、なかなかいい粉だと思います」


 パンの話をしだすと、すぐに機嫌が良くなるな。

 みんな揃ったところで、まずはもりもりと飯を食う。

 食って一息ついたところで、エレン達の報告を聞くことにする。


「まずは街の方だけど、柱を目指して大小七つの国の軍隊に、近郊領主の部隊が十以上、商人なんかの私兵も含めれば、柱の周辺にやまほど兵が集まってるみたいだね」

「めちゃくちゃだな」

「更にそれぞれの部隊が傭兵も募ってるから、毎日の様に冒険者が集まってるそうだよ。日給もうなぎ登りみたいで街は景気良くやってたよ」

「柱のバーゲンってことか」

「そんなところだね。みんな試練の塔のバーゲンみたいに目を血走らせて集まってきたみたいだよ」


 エレンに続いて、コルスの報告を聞く。


「柱の傍まで行ってみたでござるが、巨大な柱に、一定間隔で高さはざっと五十メートルはあるでござろうか、大きな扉がいくつも開いていたでござる」

「でかいな」

「出入りは自由でござったが、中はただの空洞で、天井の高さは扉の数倍、ざっと二、三百メートルでござろうか。部屋の広さは同じく三百メートル四方といったところ。他の入り口も同様で、空っぽの空洞が幾つかあるだけでござるな」

「ケッタイな建てもんだな」

「でござるな。現在、各国の術者が、結界を探っているでござるが、遺跡のそれだと、柱の奥に進むのは難しいでござるな」

「ってことは、お宝一つ、手に入っていないわけか」

「そうでござろうなあ」

「それじゃあ、傭兵はともかく、出兵してきた連中は大赤字だろう」

「あとで揉め事にならなければよいでござるが」

「やっぱり、そうそうに帰るべきだよな」

「それに関しては、なんとも言い難いでござるな」


 元々及び腰の俺に、そんな頼りない情報を持ってこられても、ますますやる気が無くなるのは仕方がないってもんだよな。

 報告を終えた二人は仮眠を取りに奥へ。

 フルンとシルビーは軽く稽古をすると言うので、しばらくそれを見学する。

 スィーダも隣でクメトスの指導を受けながら、槍を構えていた。

 小柄な体を更に低く構えて、えぐるように槍を突き出す姿は、あんがい、様になってきているようだ。


「まだ、全然役に立ってない。もっと、練習頑張らないと」


 と額に汗しながら、必死に練習している。

 頑張るスィーダを見守っていたら、喉が渇いたので台所に向かうと、竜の騎士ラケーラが、くつろいだ格好で手にした本を伏せ、窓から雑踏を眺めていた。

 あんまり読書家のイメージではないが、読書中でないなら、声をかけても平気だろう。


「ラケーラ、何を見てるんだ?」


 そう問いかけると、直接は答えず、俺を一瞥してからこう言った。


「賑やかな街はいいものだな。人が生きているという実感がある」

「ふむ」

「だが、こうした風景から思い出すことは何もないのだ。おそらく私は、相当な田舎で育ったのかも知れぬ」

「都会と田舎じゃ、大違いだからな」

「残念ながら、導師と旅した際には、結構な辺境も通ったものだが、そうした場所からも、記憶を取り戻すための、何のきっかけも得られなかったな。さて、私はどのようなところで生まれ育ったのやら」


 そう言ってラケーラは手にした本をひらひらと振りながら、


「あるいは、書物の中に自分の痕跡を見いだせるのではないか、とも思ったが……どうにも、な。もしかして、私には思い出す過去など、ないのではないか……、そう思うこともある」

「だけどラケーラ、君は今、ここにいるだろう」


 生きていれば、忘れたくないことでも徐々に心から離れていくものだが、それでも今の自分を形作っているのはそうした過ぎ去った過去の自分の行動であり、つまりは記憶だ。

 たとえ忘れていても、今、自分がここにいれば、それはたしかにあったと信じられるのだ。


「ふふ、そうだな。たしかに私はいる。導師も過去だけを見るな。過去にとらわれると、見えない枷となって未来を閉ざすと言っていたな」

「目覚めてからはずっと、カーネと一緒だったのか?」

「そうだ。とある場所で眠りについていた私を導師が目覚めさせたのだ。導師は私から何かの情報を得たかったようなのだが、あいにくと私は自分の名と、わずかばかりの騎士としての教えしか、覚えておらんでな。さぞ失望させたのであろうが、そのようなことはおくびにも出さぬばかりか、私を供にしてあちこち連れ回してくれたのだ」

「ふむ、それでそのカーネは今何をしてるんだ? あのガーディアンは何者だ?」

「それは……、導師の許しなしに語るのははばかられるな。導師自身は、友人のために、何らかの秘宝を探しているそうだ。古代の叡智を集めた何か、ということしか私にはわからんがな」

「なるほどね」


 ガーディアンを使うようなやつが自分以外にもいるというのは気になるが、ラケーラの口ぶりからして、あまりお近づきにならないほうがいいのかもしれない。


「それでラケーラ、君はどうする?」

「うん? そうだな、ここでお主らの仲間と無事に落ち会えれば、私の役目も終わりでよかろうが……」


 そう言って顎をしゃくり、


「導師は今しばらくは戻るまい。私はまだ、数えるほどしか地上に出ていないのでな、お主らについていって、しばし地上を散策するのも良いかも知れぬ。それに、お主の従者のドラゴン族とも、会ってみたいしな」

「じゃあ、今しばらくは旅の道連れというわけだ。よろしく頼むよ」

「うむ、こちらこそ頼む」


 昼前にメーナを連れて寺を出て、住職に紹介された病院を訪ねる。

 だが、あいにくと、病院は各国の兵士や冒険者でいっぱいだった。


「こりゃあだめだな。明日にでも他の連中がやってくる、それまではおとなしくしてるか」


 と言うとメーナが遠慮がちに、


「あの、ご主人様。私もう、大丈夫ですから」

「いいかい、メーナ。うちの家風として、基本的にみんな自分のやりたいことを好きにやっていいんだが、家族に配慮はしても遠慮はしちゃいかんぞ。なにより、自分の健康をしっかり管理するのは従者の勤め……らしいからな」

「はい」


 と言って、しっかり頷くメーナ。

 素直で良い子だねえ。

 帰り道に土産を買おうとしたが、どこも混んでいた。

 幸い、酒が一本手に入ったので、良しとしておこう。

 寺に戻って昼食までの間、メーナと一緒に彼女の両親の菩提を弔って過ごす。

 ほんとは柱の様子を見に行こうと思ったが、メーナが心配するのでやめておいた。


 昼。

 厨房を覗くと、うまそうな匂いが漂っていた。

 大きな素焼き鍋による焙烙蒸しだ。

 妖精のパロンが、火加減を見ながらこう言った。


「魚がぎょうさんあったからのう、鍋を借りて塩で蒸し焼きじゃ」

「そりゃあ、楽しみだ。さっき出かけたときに少しばかり酒も買えたから、一杯やるか」


 その隣では、パン屋のエメオが、羽釜の前で難しい顔をしている。


「どうしたんだい?」

「どうもこの、お米を炊くというのが難しくて」

「そうかい? 米なんてわりとアバウトに炊いても、それなりに美味しく炊けるもんだが」

「そうなんです、アバウトすぎるんです。こちらの権助さんにも聞いたんですが、パロンさんのやり方ともぜんぜん違うし。強火で一気に沸騰させろとか、まずはとろ火でとか、どう考えても同じ料理の作り方とは思えないんですけど……」

「パンは発酵させたり寝かしたりと手間も多いしな」

「そうなんです。温度管理もちょっと失敗するとうまく膨らみませんし。それに比べると、いくらなんでもこのお米というのは雑すぎるんじゃ」


 芯が残ってても炊きなおせるしな。

 そこがいいと思うんだが、ベテラン職人のエメオちゃんとしてはいささか不満らしい。

 まあ頑張ってもらおう。

 ちなみに、権助というのは飯炊き下男の総称だそうだ。

 そう言えば落語とかでも、たまに権助って出てくるよな。

 いつぞやの三河屋もそうだったが、俺の知らない意味の言葉に翻訳してくる脳内翻訳も、いかがなものかと思うよ。


 うまい飯をしこたま詰め込んで、俺は何人かの供を連れて、アウリアーノ姫のところに出向く。

 町の外には各国の軍隊が天幕を広げて駐留し、その間には仕事を求めてやってきた冒険者や傭兵などがぞろぞろと溢れている。

 例えば、筋肉隆々の大男が、空き箱の上に立ち、


「我こそはサップ地方一の豪傑にして鬼殺しのロンザーン。我が豪剣を欲する王は、ここに金の山を築く価値があるとおもわれよ」


 みたいに自分を売り込んでたりする。

 もちろん、昼間から屋台の前で飲んだくれてる連中もいて、酔っぱらい同士で腕相撲などして盛り上がっていた。

 ってよく見たら、腕相撲で巨漢の男をひねり倒したのは、ビキニアーマーのアンブラール姐さんじゃないか。


「おや、色男。奇遇だねえ。あんたも柱の噂を聞きつけたのかい?」

「まさか、俺は物見遊山の帰り道さ。あんたらは柱に?」

「まあね、もしかしたら、例のルタ島に上がる道があるんじゃないかと思ってねえ」

「しかしこのへんって、ルタ島よりだいぶ北じゃないのか?」

「ああ、たぶんアッシャの森の西の外れぐらいじゃないかね。もうシャムーツの領内かねえ」

「そんなもんかな。それで、おたくの姫さんは?」

「あっちで飲んだくれてるよ」


 そう言って指差した先には、テーブルでジョッキを山積みにしている二人連れがいた。

 一人は俺のライバル紳士であるカリスミュウルで、もうひとりは彼女の連れらしい。

 フードを目深にかぶっているのでよく見えないが、前も一緒にいた気がするから、従者なんだろう。


「よう、昼間から景気良くやってるな」


 気さくに話しかけると、カリスミュウルは嫌そうな顔で、


「どこにでも現れおるな、貴様は」

「そりゃ、こっちのセリフだよ」

「だが、無駄足だったな。柱は開いたものの、中は空だ」

「みたいだな、まあ俺は単に通りがかっただけなんだけどな」

「ふん、負け惜しみをいいおって」


 そう言ってジョッキを煽るカリスミュウル。

 今日はフードを取っていても、後光がさしていないようだ。


「今日は地味だな。もっとピカピカ光ってる方が貫禄あるぞ」

「ふん、別に貴様を真似たわけではない! 魔界で必要以上に目立つ必要もないと言うだけじゃ!」


 そう言って手にした黒い指輪を見せる。


「そりゃあ、殊勝なこって」

「貴様だけか? まさかエンディミュウムもいるのではあるまいな」

「彼女は今頃地上でお仕事だろ。俺たちと違って忙しいんだよ」

「貴様と一緒にするな! もう行け、まずい酒がますますまずくなる」

「へいへい」


 そう言って踵を返すが、去り際に一言、


「そうそう、あの柱はなんかやばいらしいぞ。深入りしないほうがいいかもな」


 ついでに、魔界でも露出度満点のアンブラール姐さんに別れを告げて、俺は当初の予定通り、アウリアーノ姫のところに向かう。

 街から一キロぐらいの、小川の辺に駐留しているらしい。

 各国の駐留地の間を抜けると、派手な鎧を着た騎士の一団や、貧相な装備の歩兵など、目白押しだ。

 そのなかで、大きな大砲を何門も牛に引かせている部隊があった。


「へえ、ああいう大砲もあるんだな」


 と俺がつぶやくと、お供のエレンが、


「大砲は攻城戦にはつきものらしいからね。ステンレスの遺跡に効くわけ無いと思うけど」

「銃器のたぐいはほとんど見ないが、大砲はあるのか」

「火炎魔法を筒の中で爆発させて、鉄の玉を飛ばすらしいよ。盗賊には縁のない武器だけどね」

「へえ、魔法でね」

「そういえば、大昔は念力で飛ばしたって話もあるなあ」

「念力?」

「念動力だったかな? 物を動かす魔法でね、精霊魔法とも神霊魔法とも違う、特殊なやつらしいよ」

「なるほどねえ」


 魔法には縁のない俺だが、そんな超能力みたいなのがあればいいだろうな。

 たとえばほら……スカートをめくるとか。

 他に使い方が思いつかん。

 俺には魔法など無くても良かったのかも知れん。


 アウリアーノ姫の駐留地の近くまで来ると、見張りの騎士が俺に気づき、すぐに奥まった天幕に案内された。


「まあ、紳士様。無事なお姿を拝見して、安心いたしました」

「姫には何かとご苦労をおかけしたようで、感謝の言葉もありません」

「そのような堅苦しい挨拶は、私どもの間には、ご不用でございましょう、おほほ」


 などと笑う。

 相変わらずいい気なもんだ、この姫さんも。

 まあ俺としても、こう言うタイプの方が付き合いやすい気もするが。


「それで、どうだい? 殿下直々の親征の成果は得られそうかい?」

「まあ、意地悪な紳士様。うちに限らず、どこの国も、何の成果も得られていないでしょうに」


 そう言って奥に鎮座するバッツ殿下をちらりと見る。

 今は他にだれもいないので、殿下、もとい殿下の人形は座ったまま動かない。

 デラーボン自由領の領主バッツと言えば、豪腕の剣豪で知られる若き王だが、その実態は妹のアウリアーノが魔法で操る人形なのだ。

 かの国では代々、男の王が継ぐしきたりか何かで、跡継ぎが女の時はこうして人形を使うらしい。

 また彼女の血統は、人形を操る術に長けているのだとか。

 かつては千体の人形兵を操り覇を競った王もいたらしい。

 そんな凄腕の一族でも、空っぽの塔からお宝を得ることはできないようだ。


「それで、紳士様の方では、何か情報をお持ちですの?」

「姫にとっては、吉報とは言い難いが……」


 と前置きしてから、話を続ける。


「うちの従者の一人が、女神様のお告げを聞いたといってね。柱に災害が起こる、近づいてはならぬ、ってね」

「まあ、そのような。いかに紳士様の従者と言えども、そのような益体もない話を……と切り捨てたいところですが、実は似たような噂を今朝方耳にしました」

「ほう」

「隣のカーザンス州領主、ペラージン卿の兵舎の片隅で、ボロを着た老婆が皆の前でこう演説したそうです。柱が開くは古来より厄災の前触れである。いずれこの地は灰に埋もれるであろう。早々に立ち去るが良い、と」

「ほう」

「しかしこれはどうやら、軍隊に自分たちの寝床を追われた無宿者の一部が、狂言をばらまいているのだろう、という話もありまして」

「ふむ」

「正直、聞きすてておったのですが、紳士様の口から、同じ話を聞いたとなれば、打ち捨てるわけにも参りませんね」

「しかし、何がどうやばいのかは、さっぱりわからんのだよな」

「災害とは得てしてそういうものでしょう。先の青竜騒ぎもそうでした。竜の脅威を知識で知ってはいても、いざ相まみえると、あれほどのものだとは。あの時紳士様のお力添えがなければ、我が国の領民にどれほどの被害が及んでいたか、想像もできません」

「あれはお互い様というかだな」

「そういえば、ここへの遠征中に、再びあのときのガーディアンが空を飛ぶ姿を見ました。もしや紳士様がまた何かと……」

「さあ、しかし世の中物騒だから、何があってもおかしくないよな」

「そうおっしゃらずに、お教えくださいまし。アーランブーランの西は未開の土地が広がっていると聞きます。我らとしても、錆の海を迂回してこの先へと通商の版図を広げられればと。此度の遠征はその意味でもなにかと……」


 と相変わらず野心たっぷりに身を乗り出して語るアウリアーノ姫。

 そろそろたしなめた方がいいのかなあ、と思っていたら、急に兵士が飛び込んできた。


「姫、た、大変です!」

「何を取り乱しているのです」

「きょ、巨人が! 天をつくような巨人が柱に」

「巨人?」


 俺達が慌てて天幕から出ると、一キロ以上は先にある柱の側に、びっくりするほど巨大な巨人が立っていた。

 巨人といえばうちにもメルビエというオムル族の巨人がいるが、彼女はせいぜい三メートル。

 オムル族一の大きさであるメルビエの父でさえ、七メートルかそこらだ。

 だがあの巨人は、百メートルはあるようにみえる。

 はっきり言って、生き物の大きさとは思えない。

 まるで巨大なビルに手足が生えたかのようだ。

 ゆっくりと柱の回りを周回しながら、周りを見下ろしている。

 周りに集まった連中は、流石に各国の精鋭らしく、取り乱してはいないが、距離を取って静観しているようだ。


「あのようなものが、どこから現れたのです!」


 アウリアーノが問いかけると、部下の一人が、


「わかりません。気がついたらあそこに……」

「何をバカなことを。とにかく、全隊、臨戦態勢で待機、私は殿下に……」


 と言いかけたところで、腹の底に響くような声があたりに轟く。


「女神の子らよ。この地より、退くが良い。ここはやがて、光の元に、沈むであろう」


 低音が効きすぎて音割れしてるかのような凄い声で、巨人が俺たちにそう宣言した。

 あっけにとられる俺たちを他所に、巨人は柱の周りを一周すると、同じセリフを何度か発し、やがてふっと消えてしまった。


「消えた!? では幻覚だったと?」


 したたかな姫も、あれを目にしては動揺を隠せないようだが、あとで確かめると、巨人が歩いたあとには巨大な足跡が残っていた。


「これはただならぬ事態となったようです」

「そのようだな。俺は一旦仲間のところに帰るよ」

「今はどちらに?」

「アンファンの街で間借り中さ」

「そうですか。どうも通常の遺跡のようにはいかぬようですね。未だガーディアンさえ出てきておりませんし。私どもも、街のあたりまで、撤退したほうが良いかもしれません」

「そうすることをお勧めするよ。もっとも、街なら無事という保証もないが……」


 姫の所を去ろうとすると、再び別の伝令が現れた。


「姫様、柱の奥が開きました!」

「なんですって!?」

「現在、各国がこぞって進行中! 我々の先遣隊も現在ライホーン以下七騎が潜入しました」

「それで、状況は?」

「柱の奥は迷路状の構造となっており、未知の魔物と、大量の精霊石が発見された模様」


 あちゃー、お宝が出ちゃったのか。

 そうなると、みんな乗り込むわな。


「紳士様、状況が変わりましたわ。我々はこれより、全隊を率いて柱に乗り込みます。もしものときは、念仏の一つも、唱えてやってくださいまし」


 などと言ってウインクしてから、部下に向かってこう叫ぶ。


「我軍はこれより柱に進行する。全員、殿下に続け!」


 いつの間にか出てきていたバッツ殿下が巨大な戦斧を掲げると、周りの兵士も一斉に鬨の声を上げる。

 俺は出ていったアウリアーノちゃんを見送ってから、トボトボと帰路につくことにした。


「いいのかい、旦那」


 同行していたエレンが、そう尋ねる。


「いいもなにも、他所の王様の決断に口を挟むほど、俺は自信家じゃないよ」

「姫様じゃなくて、僕達のことだよ。お宝が出たそうだよ?」

「お前、俺がお宝ぐらいで大事な従者を危険に晒すと思うか?」

「思わないねえ。ただ、遺跡には何かと用があるだろう?」

「うん?」

「本屋のネトックの依頼や空の上に行く方法とか、そういうのさ」

「そういやそうだったな」

「せっかく入口が開いたんだ。ちょっと覗くぐらいは、してもいいと思うけどねえ」

「結局、行きたいのか」

「行軍ばかりで、体がなまっててね」

「うーん」


 としばし悩んでから、


「いや、やはりやめよう。メーナが心配するだろうからな」

「了解。だったら、さっさと戻ろうか。さっきの巨人の姿は、きっと街からも見えてたはずだ。心配してるよ」


 帰りしな、先程カリスミュウルと会った所を通ったが、彼女たちの姿は見えなかった。

 柱に潜ったのか、安全なところまで下がったのか。

 まあ、アウリアーノ同様、自分の責任で勝手にやるだろう。

 俺は俺が責任を負うべき従者のところに戻るのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る