第244話 レラの村

 レラの村と言うのは、近年できたばかりの小さな農村らしい。

 農閑期の今、若い男は出稼ぎに出ており、村民の大半は女子供に老人だった。

 はじめは訝しんでいた村長にペンドルヒンの薬売りだと名乗ると、急に態度を軟化させて薬を分けてくれと頼まれる。

 どうやらペンドルヒンの名は魔界でも有名らしい。

 馬車に手持ち分があったので、それを少しばかり売ってから村長に話を聞く。


「あいにくと米は全部売れてしもうたんじゃ、わしらの食う分しか残っとらんわ」

「今年は豊作だと聞いていたのですが」

「そがい言われても、この辺りの領主であるラブローの殿様が全部買い占めてもうてのう、お陰で正月は盛大にやれたんじゃがな、がはは」


 などと笑う。

 景気が良いのは結構だが、俺の米はどうしてくれるんだ。

 美味しいご飯を楽しみにしてたのに。

 がっかりしていると、薬のお礼に夕食に招待してくれると言うので、そちらに期待することにした。


 村外れでテントを張り、今夜の寝床をこしらえる。

 支度ができたところで、内なる館の様子を見に中にはいった。


「おう、わりゃ来おったかい。外の様子はどうじゃ」


 とパロンが寄ってくる。

 ずっと小さな妖精の姿のままなので、口調のワイルドさが際立つな。


「今日の目的地のレラの村に着いたところだ。そろそろ晩飯だが、お前も出てくるか?」

「そうじゃのう、まだ精霊の塩梅があげなままで、安定しちょらんが、まあええじゃろ」


 パロンの言うとおり、妖精たちは精霊らしき光の塊を出したり取り込んだりしながら、ちょっとずつ形を整えていっている。

 どこから持ってきたのか、数メートル程度の低木もあちこちに生えていた。

 その木が呼吸でもしているかのように、精霊を吐き出している。

 もはや目につく限りがファンシーな妖精ワールドだ。


「これ、最終的にはどうなるんだ?」

「寝床が出来たら、次は畑じゃな。苗もちぃとばかりは持ってきちょるが、仕入れてこんとあかんじゃろうな」

「畑って普通の畑か?」

「普通ちゅわれても困るが、育てるもんは普通じゃ。米でもミカンでもなんでも育てるわい。これだけ精霊がおれば、いくらでも育つじゃろ」

「ほほう、そりゃ頼もしいな。なんか村には米が無いらしくてなあ、ここで栽培してくれるなら、食べ放題じゃん」

「余れば食えるじゃろが」

「あまらんのか?」

「わからん」

「わからんか」

「あとのう、地上に出てわかったんじゃがな、妖精が育てるより、土と太陽で育てたほうが美味いな。いや、美味いちゅーか、味の幅にむらがあるが、大抵は地上のほうがうまい。なんちゅーか妖精の作るもんは、全部同じ味なんじゃ」

「そんなもんか」

「そんなもんじゃ」


 ひとまず妖精のことは放っといて、パロンと一緒に外に出た。

 表では、焚き火の側で、エーメスがクロックロンに話を聞きながら、地図を作っていた。


「この子がちょうど我々の進行方向を通ってきたと言うので、今、状況を聞き取っているところです」

「ココカラココマデ、全部森。ココデモ兵隊。真ッ赤ナ海ガアッテ、仲間ガ四体飛ビ込ンダ、マダ海ノ上ダナ」

「随分兵隊が多いが、すべてこちらの柱の方に進軍していたのですか?」

「ソウダ、何体カ、荷馬車ニ忍ビ込ンダ、ワラニクルマレ、オ休ミ中」

「気づかれねばよいが。ではこの街道は、十分馬車が通れるものなのですね」

「ソウダ、デモ、チョット単調。森ノホウガ、楽シイナ。根ッコノ隙間ヲピューット通ル」


 出来上がった地図を見せてもらうと、まだまだ道のりは遠そうだ。

 ここから南には赤の海と呼ばれる海が広がっていて、その沿岸沿いに、東に向かう。

 百キロも進めば北東に、今度は錆の海というのがあって、その東岸を回り込めばアルサの地下に続くらしいが、そこまでは行かずに、女神の柱の手前で南下して、カルボス島を目指す。

 順調に行って、一週間かな。

 途中、柱のあたりで、エレンたちと合流できるはずだ。


 ワインをちびちびやりながら地図を眺めて、クメトスと相談する。


「道中はいいとして、柱のあたりに兵隊が集まってるってのが気になるな」

「先ほど、村長殿も領主が米を買い占めたと言っておりました。おそらくは兵站の確保が目的でしょう、しかも突発的な徴発となると……」

「戦争でもあるんだろうか? だったら、柱の方は避けたほうがいいかもしれないが」

「そこの所も、情報を確認しておくべきでしょう」

「そろそろ、村長から迎えが来るんじゃないかな?」


 と村の方を覗いてみたら、先程の村長がやってきた。


「お待たせしましたな、支度が整いましたので、どうぞ……」


 と村長がいいかけて、急に固まる。


「よ、よ、妖精!」


 どうやらパロンの姿を見て驚いたようだ。


「ああ、こいつは私の従者で……」

「妖精じゃー、妖精が攻めてきおったー!」


 泡を吹いて逃げていく村長。

 なんか面倒なことになってきたぞ。


「おい、パロン。お前ら、なんかこの村にしたのか?」

「うん? そげなこと知らんわい、わしが里を出た頃は、こげなとこに村なんぞなかったんじゃ」

「そうなのか、そいや新しい村だとか言ってたなあ」

「しかし、わしが住んどったペテリ村でも、最初こそ物珍しそうにしとったが、別にあげに驚くような腑抜けはおらんかったぞ?」

「なんか、他の連中がいたずらでもしたんじゃないか?」

「里から出るとも思えんが、可能性としてはあるかも知れんのう……」


 妖精と敵対した村民が襲い掛かってくるのでは、と緊張するが、しばらくしてやってきたのは、赤児を背負った若い女だった。


「妖精がおるちゅー、話じゃったが、山向こうの妖精かのう?」


 そう言って話しかけてきたのは、なかなか恰幅のいいご婦人だ。

 武器を持っているわけでもないようだし、なにより、赤児を背負って襲い掛かってくることはないだろう。


「驚かせてすみません、こいつは俺の従者でして、たしかに山向こうに住んでたんですよ」

「へー、わりゃ、妖精を従者になあ。わしのばーさまも、そこの里の出の妖精と仲良うしちょって、パロンちゅー名前じゃったが、わりゃ、知っとるね?」

「パロンといえば、こいつの名前だけど……」


 と俺が言うと、パロンが飛び上がる。


「わりゃ、わしを知っとんのか? もしかして、ランシャの身内か?」

「ありゃー、ほんまじゃ、パロンじゃ。覚えとらんか? ドリーシャじゃ、一番下の孫の」

「ほんまじゃ、ドリーシャじゃ! わりゃ、ペテリ村から出とったんか」

「そうじゃ、この辺の土地が空いた、ちゅーもんで、旦那と一緒に移り住んでのう」

「背負っとるんは、われの子かあ、われも、でこぅなったのう」

「そりゃそうじゃ、パロンが村を出てから、もう二十年じゃ。わりゃ、ちっともかわらんのう」

「そんななったか」

「まさか、地上もんの従者になっとるとはのう。例のなんちゃらちゅーお菓子はできたんかのう」

「おうおう、ばっちりじゃ。手持ちがあったら、われにも食わしたりたかったが、おしいこっちゃ」


 どうやら、パロンの知り合いらしい。

 相変わらず世間は狭いよな。

 まあでも、パロンの故郷も近いんだし、知り合いがいてもおかしくないか。


 パロンとその知り合いの人妻が盛り上がっていると、先程逃げた村長が恐る恐る戻ってきた。


「お、おい、ドリーシャ、わりゃ、大丈夫か?」

「おう、大丈夫じゃ、昔話したじゃろ、わしの故郷に住んどった、妖精のパロンじゃ」

「じゃ、じゃあ、森の魔女が攻めてきたんとちゃうんじゃな?」

「ちゃうわい、安心せえ」


 方言まみれで話を聞くのもしんどいな。

 話をまとめると、村長を始め村の人間は、以前銀糸の魔女の領地だったこの土地の結界がなくなったので、入植してきたのだそうだ。

 この十年ほどで山の向こうまで小さくなっていた結界は、もはや泉のほとりに白いドームを残すだけで、妖精もすでにいないのではないかと噂していた。

 だが、この一帯では妖精の女王は恐ろしい森の魔女として古くから知られており、村長もその噂を小さい頃から信じていたので、いつ妖精が攻めてくるかとビクビクしていたそうだ。

 その上、このところ山の向こうから毎晩のように太鼓の音が聞こえるときたもんだ。

 アレこそ伝説の魔女の太鼓だと、夜もおちおち眠れなかったとかなんとか。

 だったらこんなところに来なけりゃいいのにと思うが、この辺りの土地は肥沃らしく、その魅力に勝てなかったと言う。

 まあ、そういうやつもいるよな。


「大丈夫、妖精の女王は永遠にこの地を去り、妖精たちもまた、同じく去りました。俺とパロンは、それを見届けるために、この地を訪れたんですよ」


 と適当なことを言って、村長をなだめる。


「そ、そげなことがあったか、じゃあ、もう山向こうの土地も安心なんじゃな」

「とはいえ、妖精の里の跡地は荒れているし、その北には鉄の層の廃墟が広がる。あまり近づかないほうがいいだろうな」


 俺がそう言うと、村長は身震いして、


「わ、わしらにはこの土地だけで、手一杯じゃ。ここが安心なら、それでええんじゃ」


 と頷いていた。

 その後、予定通り、夕食を御馳走になった。

 極上の米に、味噌で仕立てた海鮮鍋は、思わず涙がちょちょぎれるような旨さだった。

 是非とも持って帰りたかったが、無いものは仕方あるまい。


「そういえば、領主様はなぜ、米の買い占めを? まさかいくさでも始まるんじゃ?」


 と聞くと村長は、


「そげなことはねえ、なんでも柱が開いた、ちゅーて、兵を率いて調査するそうじゃ。うちの男衆も、その人足で出向いとるんじゃ。西の荒れ地の開拓もせにゃならんのじゃが……」

「柱が開く? 女神の柱のことですかね?」

「そじゃそじゃ、あれがぱかーんと開いて、中に入れるそうじゃ。女神様、御開帳ー、ってな、がはは」


 なにががはは、だ。

 それはさておき、女神の柱って、天井を支えてるやつだよな。

 たぶん、ステンレスの遺跡の一部だろう。

 その中に入れるということは、お宝の匂いがプンプンするじゃないか。


 食事を終えてテントに戻ると、俺は早速燕に連絡を取った。


(柱が開いたと言うような話はー、聞いたことがありませんねー)


 とデュース。

 ついでエンテルが言うには、


(女神の柱は、神代から不変であると言われています。もし、その中に入れるとしたら、それは非常に興味深い話ですね。ぜひとも入ってみなければ)

「とはいえ、場所が場所だからなあ」

(おそらくセラータの柱と呼ばれるものだと思いますが、こちらで集めた情報が正しければ、カルボスの地下から、二日ほどの距離です。幸い、明日の午後の船が取れそうですから、ちょうど柱で落ち合えると思います)

「そんなに行きたいか」

(それはまあ、千年に一度の好機かと)

「そこまでいうなら、仕方ないな。たぶんエレンたちとも、そこで合流予定だし。しかし、あまり家を開けるのもなあ。留守番の連中が心配するだろう」

(それはそうですが……)


 その時点では、話はまとまらなかった。

 ついで、紅の方とも念話で連絡を取る。


(ちょうど連絡を取ろうと思っていました、マスター)

「何かあったのか?」

(我々は今、バッツ殿下率いる精鋭百騎と行動をともにしています)

「なんでまた」

(まさにその、セラータの柱が原因です。我々が案内人を借り受けてデラーボンを出た直後に、情報が伝わったそうで、今朝方合流しました。魔界の人々は遺跡の宝に特に執着するようで、他の国からも、件の柱に出征しているようです)

「面倒だな、まさか戦争をおっぱじめたりしないだろうな」

(柱は神聖な存在であり、女神の従僕である魔族にとっては、その地を血で汚すことは恐れ多いので大丈夫だ、とアウリアーノ姫は申しておられます)

「あ、やっぱ姫もいるのね」

(はい。マスターの無事を、少しでも早く確認したいと、今日も馬車を駆っておいででした)

「ははは、もてる男は辛いなあ」

(私の樹脂製の鼻も高く伸びた気がします)

「そりゃ結構。エレンやコルスも問題ないか?」

(軍隊での行動ゆえ、融通がきかない所が不満のようですが、それ以外は問題ありません)

「まあ、世話になってるから、無下にはできんよな。じゃあその柱で落ち合う方向で頼むよ」

(了解しました、マスター)


 というわけで、今後の行動が決まってしまった。

 決まってからエメオちゃんを早く連れて帰らなきゃだめだったことを思い出したが、当の本人は味噌鍋に舌鼓を打って満足そうにしていた。

 あの子も良くわからんな。

 まあいいや、あとでそれとなく伝えておこう。

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