第243話 ドラゴン族
久しぶりに乗る幌馬車の感触は悪くない。
御者台から見えるのは、見慣れた太郎と花子の尻ではなく、連なって馬車を引くクロックロンだった。
俺達は妖精の里をあとにして、魔界の旅の途上だ。
でっかいガーディアンが連れて帰ってくれると良かったんだが、あれに乗るのは無理らしい。
仕方ないので、当初の予定通り、自力で帰ることにする。
妖精の里を出て湖を周り、小さな山を超えると、馬車が通れるぐらいの道に出た。
そこで幌馬車を引っ張り出して、クロックロンに引かせているわけだ。
「かつてはこの馬車で、旅をしていたのですね」
と言うのは隣りに座るエーメス。
そういえば、ここにいる面子でアルサまでの旅をともにしたのはフルンだけなんだよな。
キャビンもスカスカで、実に頼りない。
女体がひしめいているぐらいが、俺にはちょうどいいのではなかろうか。
早く帰って、みんなの顔が見たいねえ。
具体的には奥さんに膝枕してもらいながら、パンテーとデュースのでかいおっぱいに挟まれたい。
挟まれたいなあ。
などとぼんやり考えていると、エーメスが話しかけてきた。
「ご主人様、どうしました?」
「うん?」
「なにやら、ぼーっとしておられたので」
「いや、べつにたいしたことじゃないさ」
「そうですか。気苦労も多いでしょうが、我らがついております。ご安心ください」
「ありがとう、頼りにしてるよ」
どうも、誤解されてしまったようだ。
レーンあたりなら、俺が何を考えていたかお見通しなんだろうが、エーメスには発想の柔軟さが足りないようだな。
エーメスもおっぱいの方は柔らかいんだけどなあ。
エメオやラケーラがいると、なかなかおいそれと揉むわけにはいかないけど。
などと、マヌケなことが考えられるぐらいには、平穏を取り戻している。
あれ程の死闘を繰り広げたのは、つい今朝方のことなんだけど、飯でも食ってのんびりしてれば、だいたい都合の悪いことは忘れちまうよな。
この道は、森を切り開いて作られたもののようで、時折、魔族の商人が乗る馬車とすれ違う。
いぶかしそうにこちら、というよりも馬車を引くクロックロンを見ているが、特に咎めるものもなく、皆そのまま素通りしていく。
ラケーラの話では、地上人はそれほど珍しくはないそうだ。
「このあたりまで来る地上人ともなると、歴戦の冒険者か、それを引き連れた商人だ。お互い事を荒立てるでもなく、やり過ごすものだ」
と言う。
地上人である俺達よりも、馬車を引くクロックロンのほうが物珍しいのかもしれないな。
それよりも気になるのは、最初の目的地だ。
「このペースなら、夕方にはレラの村に着こう。今日はそこで休むのが良いだろう」
キャビンから顔を出したラケーラがそう言った。
そのレラ村まで行けば、念願の米やら味噌が手に入るはずなのだ。
楽しみだなあ。
森の木々は結構高くて、遠くまで見通せない。
こう言うところには得てして魔物がひそんでいるものだ。
しかもここは、魔物の本場である魔界だ。
十分に警戒しているのだが、ここまで一体も目にしていない。
森の街道を抜けるにはもう少し進まなければならないらしいが、今日はもう疲れてるので何も出てくれるなよ、と思いながら前方を眺めていたら、光るものが飛んできた。
怪しいものではなく、偵察に出ていたネールだ。
「おう、おつかれさん。どうだった?」
「森は穏やかでしたが、所々に大きな力を感じます。地上とはやはり違いますね」
「そんなもんか」
「ところでご主人様、傷の具合は?」
「うん、まあ大丈夫だ」
今朝の戦闘で、あちこちに打撲を作っていたが、ひどいものはなかった。
内出血してるところなどはネールが魔法で治してくれたが、軽いスリキズ等は薬を刷り込んである。
ネールの呪文は強力だが、わりと雑なので、深い切り傷をくっつけて止血することはできても、軽い擦り傷を綺麗に治す、みたいなことは出来ない。
未だに魔法のことはよくわかっていないが、先天的な能力とその練度、どちらかが欠けてもうまくは行かないようだな。
何れにせよ、俺の傷はじっとしていれば気にならないレベルだ。
「しかし、ホントお前も来てくれて助かったよ。クロックロンだけじゃ、細かいところで困るからな」
ネールはあの日、いつものように一人でダンジョン内の墓所を参っていたが、帰りしなに団体でダンジョンに潜るクロックロンと遭遇し、事情を聞いてそのままついてきたのだという。
当初は百体以上いたクロックロンたちも、道中で散り散りになり、最終的に最短コースで俺たちのところについたのは、ネールがまとめていた三十体ほどだけだったのだ。
ネールがいなければ、あのタイミングで着いていたかも定かではない。
ちなみに、ネールがクロックロンに同行していることは、燕たちも知らなかったらしい。
ネールはネールで独断で行動しがちな所もあるのだが、家の方に点呼を頼んだときも、ネールは墓場にいるので大丈夫だろうと数に入れず、そのまま確認を忘れていたそうだ。
やはり向こうも混乱してたんだろうなあ。
また誰か心労で倒れたりしないように、なるべくこまめに連絡だけでもいれておこう。
「クロックロンですが、この先で一体見つけました。我々はここよりもう少し北側の森を抜けてきたのですが、どうもこの先にもまばらに散らばっているようです」
「そうか、まあ、今ここにいるだけでも数は足りてるし、好きにさせてやれ」
馬車を引いているのが四体、キャビンで待機しているのが四体、さらに何体かが周りを巡回しているはずだが、定期的に呼び戻さないとどっかに行ってしまいそうだな。
あとは内なる館で妖精たちと遊んでいるはずだ。
馬車を出す時に中に入ったら、パロンがひぃひぃ言いながら飛び回っていたが、新しい女王様には頑張ってもらうしか無いよな。
陰ながら応援するしか出来ない主人を許してくれ。
スィーダとエメオは疲れがたまっていたのか、キャビンで寝袋にくるまって眠っている。
まあ、疲れるよな。
俺も疲れたし。
今朝の件に関しては、もう少し上手く立ち回れたんじゃないかと思わなくもないが、省みるに大型ガーディアンの助っ人を頼んでおいたのが生死を分けるポイントだったと思うのでギリギリ及第点かな。
エメオたちを内なる館にしまい込むのが遅れたのは失敗だったが、不可抗力の範疇かなあ。
幸いなことに、俺以外にはほとんど怪我らしい怪我もなかったし。
後でクメトスと反省会でもしておこう。
そのクメトスは、眠っているスィーダの横に腰を下ろして、優しそうな顔で寝顔を見守っている。
わりと母性に溢れてるな。
甘えたくなってきたが、次の機会に取っておこう。
「ねえ、何か見えてきたよ!」
御者台の上にいたフルンが声を上げる。
「どれどれ」
「なにかねー、でっかい壁みたいなの」
前方の街道を覆う森が切れて、その向こうに巨大で真っ白い柱がみえる。
試練の塔と同じようなステンレス製っぽいが、大きさがその比ではない。
遠くてスケール感がはっきりしないが、天井を支えるかのようにまっすぐ伸びている。
天井までの高さが二キロはあるはずだから、直径一キロぐらいはあるんじゃなかろうか。
そんな巨大な柱だ。
「見えてきたか、あれが女神の柱だ」
キャビンの奥からラケーラが顔を出す。
「女神の柱? 何処かで聞いたような……」
「オーレが出てきたところだよ!」
フルンが上から顔を出す。
「ああ、たしかそんなことを聞いたような。魔界の太陽とかなんとか」
と俺が答えると、ラケーラが、
「それは柱の消えた跡にできた穴のことであろう」
「そうだったのか。丸い穴が空いてたはずだが」
「そうだ。導師に聞いた話だが、あの柱は魔界に点在し、天井を支えているそうだ」
「へー、まあ支えはいるよな」
と言っても、どんな技術があればこんな構造が作れるのかもわからないし、どれほどすごい技術があったところで、こんな構造にする理由がわからない。
地下都市が巨大化しすぎたってのなら、まだわかるけど、これって地上のほうが作り物だもんなあ。
まるで魔界、つまり本物の地面の上に蓋でもしているようだ。
この星って地上だけだと、ちょっと魔法なんかがあったりするだけの、近世っぽい世界でも通じると思うんだけど、魔界に来るとファンタジーというかSFというか、要するに作り物っぽさが増すよな。
そのあたりの謎に興味はあるんだけど、どうもろくに情報が集まらないな。
まあ、専門家であるエンテルたちでもわからないというのだから、仕方ないのかもしれない。
俺も職業プログラマが務まる程度に理系だから、未来を予測することは出来ても、過去を想像するのは苦手なんだよ、たぶん。
などと考えていると、ふわっと耳元に何か柔らかいものが当たる。
横から前を覗いていたラケーラの癖っ毛の強い髪の毛だった。
「うん? なんだ、紳士殿」
「いや、覚醒だっけか、光を発していない時は、普通の人間みたいだなと思って」
実際、今は青白い肌に白い髪の、ちょっとやんちゃそうなネーチャンだ。
性格もフランクで、少し話しただけでみんなともすっかり打ち解けてしまった。
彼女はドラゴン族のホロアらしい。
ドラゴン族とは竜の血族ともうたわれた、いにしえのホロアだそうだ。
そして、この外見には非常に見覚えがあるんだよな。
「覚醒しておらぬ時は、そちらのネール殿とて同じであろう」
「まあ、そうなんだけど覚醒したホロアってのは、他にもいるのかい?」
「わからぬ。導師の話ではドラゴン族は皆、覚醒していたと聞く」
「他人事みたいだな、君がそのドラゴン族なんだろう?」
「そのはずだがな。私は数年前に起こされるまで、長き眠りについていたのだ。そして目覚める前のことは何もわからぬ。記憶喪失というやつらしいな」
「記憶喪失?」
「うむ。眠りの術に問題があったらしい。その為に、自分の過去などはほとんど覚えておらぬ。幸いなことに戦い方は忘れておらなんだがな。導師が言うには、話す言葉からアビアラ帝国の何処かの時代ではないかと言っていたが、それもよくわからぬ」
「アビアラ帝国ってことは一万年前から千年前ってことか」
「そうらしいな、だが、その名前にも聞き覚えはないのだ」
「そりゃあ難儀だな」
「はは、しかし忘れてしまっていては、それが困ることなのかどうかもわからぬな。強いて言えば、仲間がおらぬことだけが、物寂しくはある」
「そうか」
「導師は私を伴い、あちらこちらと仲間の痕跡を探して旅をしてくれたが、ドラゴン族は影も形もなく、私が最後の竜の騎士であろう」
「それなんだけど、俺の従者に一人、君にそっくりの子がいてな」
「まことか?」
「まだ子供なんだが、最初から覚醒していてな、トンボみたいな羽が生えてくるんだが、角や尻尾はなくて」
「それらは、幾度かの脱皮とともに生えてくるのだ。うむ、そうだ、そうだった。今、突然思い出したぞ、私も幼い頃にそうだった気がする」
「え、じゃあ他にも思い出したのか?」
「……いや、そのことだけのようだ」
「そうか、残念だな」
「そうでもないぞ、導師は、共に旅をし、知見を増やせばば記憶を取り戻すよすがとなるやも、と言っていたが、実際にそうであったことがわかったのだ。この先もこうして旅をし見聞を広めれば、残りの記憶も取り戻せるかも知れぬなあ」
「なるほどね。で、話の続きだが」
「うむ。では今もどこかにドラゴンの里があるのか?」
「いや、そいつは赤子の頃に一人で魔族に拾われてな、岩から生まれたと言い聞かされていたそうなので、ホロアの一種だろうとは思っていたが、そもそも今、ホロアってやつはメイドにスクミズ、ブルマの三種類しかいないそうじゃないか」
自分で言ってて、この種族名にはまだ慣れないな。
俺の脳内翻訳も、もう少し気の利いた訳をしてくれればいいのに。
「導師にもそう言われた。そうか、何らかの形で卵が残っていたのか……、しかし一人とはいえ、同族が生きていたというのは心強い。ぜひとも会いたいものだな」
「俺としても、ぜひあってやってほしい。オーレも……その子の名前だが、あいつも自分の正体が何なのか、それなりに気にしていたようだし」
「ふむ」
「そういえば、オーレは極端に暑がりなんだが、君もそうなのかい?」
「うん? ああ、子供の頃はそうだ。うちに秘めた魔力の炎が体内で燻るのでな。それが成長とともに結晶化して角となって生えてくると、人並みに落ち着いてくる」
「そうだったのか」
「うむ、そうだそうだ、たしかにそうだった」
とラケーラは嬉しそうに頷く。
なるほどねえ。
しかし、こんなところでオーレの正体がわかるとは。
旅の道中で、もう少し色々わかるといいな。
それよりも彼女自身のことも聞きたいところだ。
と言っても、ほとんど覚えてないってことだが、何があったんだろうな。
まあ、なんにせよ、女の子と仲良くなることは、俺に課せられた大事な使命だよな。
頑張ろう。
などと決意を新たにしていたら、どうやら村に近づいてきたようだ。
美味しいお米がたくさんゲットできるといいなあ。
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