第241話 ガーディアンvsアヌマール

 何が起きたのかさっぱりわからなかったが、どうやら聖剣を手に入れたアヌマールのすごい一撃を食らって、それを緑のお姉さんが結界で弾いたようだ。


「かつては金竜のブレスさえ防いだという、母の形見の人形ですが、流石にこの小さい欠片ではイマイチ、防ぎきれませんね」


 緑のお姉さんが言うとおり、敵の攻撃はまだ続いており、結界はそう長くは保ちそうにない。


「どうするんです?」


 と聞くと、困った顔で、


「どうしましょうか」


 などと返す。

 いやいや、ここはあんたがどうにかしてくれないと。

 デュースの知り合いだけあって、どこかピントがずれてるんじゃないか、このねーちゃん。

 あんまり人のことは言えんけど。

 それよりも、ネールは大丈夫だろうか。

 だいぶ弾かれたようで、ここからでは目視できない。


「外の二人はどうです?」

「少し距離を取ったようです。呼び戻したほうが良いですね」

「と言っても、この状況じゃ、声も聞こえんだろうし」

「太鼓で合図を送りましょう」


 そう言って指示を出すと、妖精たちがリズムを変える。

 それが二人に届いたのか、すぐにラケーラとネールが戻ってきた。

 ラケーラは地上に降り立つと、緑のお姉さんカーネにこう言った。


「すまぬ、導師よ。聖剣をやつに奪われてしまった。あれではもはや槍も通らぬ」

「仕方ありません。どうにかしてここから撤退したいところですが、この数では……。せめて妖精たちをかくまえる場所があれば」

「それは無理というものだ。一人や二人であれば、脇に抱えて突破することもできようが……」


 それを聞いて思いついたことを話す。


「だったら、妖精たちを俺の中に取り込むのはどうだろう?」


 というとカーネが、


「中? 紳士様が持つという、内なる館、というやつですか?」

「そうです。これぐらいの数ならどうにかなるだろうし。俺の従者たちもみんなしまいこんで、俺だけをここから逃してくれればいい」

「危険です!」


 それを聞いたクメトスが割って入る。


「あのような攻撃の元にさらされていては、いかにラケーラ殿といえども……」

「貴殿の言いようももっともだが、ここは私を信じてもらいたい。この槍にかけて、必ずや守り抜こう」


 とラケーラ。

 カーネもそれに続けて、


「そちらの覚醒したホロアの方と二人で運んでもらえば、私も同行できます。そうすれば結界を張りつつ、やつの手から逃げるぐらいは可能でしょう。いかがです?」


 とネールに話を振ると、ネールはクメトスに向かってこういった。


「良いと思います。ご主人様は私が必ずお守りします」

「ネール、あなたがそういうのであれば」


 話が決まったところで、俺がまとめる。


「よし、ならばさっさとやろう。妖精たちを集めてくれ、全部中に入れよう。パロン、中でみんなをまとめといてくれ」

「そりゃええけどな、大丈夫か、われ」

「どうにかなるさ。そら、みんな来た順からどんどんぶっこむぞ」


 俺が声をかけると、近くにいた妖精たちがキャッキャと騒ぐ。


「きゃー、なんか吸われてるー」

「すわれるー、あひゃー」

「きゃー、きゃー」


 などと遊園地のアトラクションのようなノリで、どんどん中に入っていく。

 物を取り込む時にはわからなかったが、妖精たちの場合、形が崩れて光になって、ペンダントのあたりに渦を巻いて吸い込まれていくように見える。

 だいじょうぶなのか、これ。

 まあ、さっきもパロンと一緒に入ったから大丈夫なんだろうけど。

 それにしてもすごい量だ。

 結構、時間がかかりそうだぞ。

 結界越しに空を見上げると、聖剣を取り込んだアヌマールは巨大な球形になって、そのサイズを広げており、時折地上に向かって黒い塊を飛ばしてくる。

 それが結界に弾かれる度に、地響きが起こる。


「間に合うかな、これ」


 妖精たちはせっせと俺の中に飛び込んでいくが、まだ半分は残っている。


「むずかしいですね。時間稼ぎが必要でしょう」


 そう言って、カーネが杖をつかむが、竜騎士のラケーラが止める。


「待たれよ、導師殿にもしものことがあれば、そもそも脱出もままならんではないか」

「ここの結界を破られれば同じことですよ」

「しかし……」

「都合の良い助っ人が、そう何度も現れるものではありません。後のことは任せます、あなたの判断で……」


 とカーネがいいかけたところで、思い出した。

 助っ人がまだいたじゃん。


「そうだ、助っ人ならまだ居るぞ。どうなってる?」


 足元のクロックロンに聞くと、


「キタゾ! キツヌヤールト、ケプスロールダ!」


 そう言って足を一本上に上げる。

 同時に巨大な塊が飛んできてピタッと止まった。


「おお、まってました、キっちゃん! ケプちゃん!」


 飛んできた巨大ガーディアンに声援を送ると、ピカピカと光って戦闘態勢に入った。

 小さい方のガーディアン、ケプスロールが十体ほどでアヌマールを取り囲み、バリバリと光を発する。

 今やガスタンク並の巨大な塊になった敵は、動きを止める。


「まさか、大型ガーディアンまで使役するとは」


 カーネが驚いているようだが、俺はガーディアンの応援と妖精たちの取り込みに忙しくて答える余裕がない。

 ケプスロールが結界みたいなものを張って、巨大なアヌマールをグイグイと押し縮め、その側で、でかい方のキツヌヤールが円柱状のボディをくるくる回しながら、何かやっている。

 このままいつぞやの青竜のように押し切るかと思った刹那、ケプスロールの一体が突然、真っ二つになった。


「あ……」


 俺がマヌケな声を上げると、更に続けて数体、ケプスロールが大根のように輪切りにされてしまった。


「なんじゃあ!」

「あれこそが聖剣ストルリングスの力。あの糸が、あらゆるものを分断するのです。しかし、あれほど使いこなすとは、やつは使い方を知っていたのでしょうか……」


 カーネは分析するように状況を眺めている。

 分断されたケプスロールはそのまま地上に落ちて数回バウンドする。


「やられちまったのか、あれ」

「マー大丈夫ダロ、アトデコアヲ回収シテヤレ」

「あとと言われてもなあ」


 残りは防御に徹しているのか、糸の攻撃を弾いているようだが、膠着状態のようだ。

 時折、糸状の光が弾かれるのが見えるが、アヌマールの攻撃は徐々に激しくなっているように見える。


「クロックロン、どうなんだ、あれ。勝てるのか?」

「ワカランゾ、敵モサルモノ、我々ハ去ルモノ、サッサト逃ゲル方ガイイゾ」

「そりゃそうだ、おおい、妖精たち、もっとペースを上げてくれ!」


 俺が叫ぶと、妖精たちは一斉に返事を返して、


「はーい」

「今行くー」

「すぐ行くー」

「ぴゅるるるるー」


 と一斉に俺に向かって突進してきた。


「ぎゃあっ!」


 妖精の群れにぎゅうぎゅう押されて思わず悲鳴を上げる俺。

 だが、残った妖精たちは、それで一気に俺の中に取り込まれてしまった。


「よ、よし、次はお前たちだ」


 続けてエメオ達を取り込む。

 その間も上空ではバリバリと戦いが続いているが、どうにも分が悪い。


「なかなか手ごわいですね。もう少し助っ人などは期待できないのでしょうか」


 とカーネ。


「いや、そろそろソッチの方でもなにか」

「流石に無理ですか。やはり私が出るしか……」


 といいかけたところで、今度はラケーラが声を上げる。


「何か来るぞ!」


 今度は何だ?

 色々出すぎて、ついていけんぞ?


「オー、殲滅級ガーディアン、ドコノ所属ダ?」

「殲滅級?」


 俺が問い返すと、代わりにカーネが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。


「あれは……」


 しかめっ面で答えてくれそうにないので、諦めて上を見ると、円柱形のガーディアン・キツヌヤールの背後に、その二倍はある巨大な人型のガーディアン……らしきものが現れた。

 他のガーディアン同様、真っ白いつるっとしたボディで人の形をしているが、足が短めで膝までしか無い。

 その代わり、長めの腕を広げてポーズをとる。

 その一歩前で、キツヌヤールは光の膜で無数の糸を防ぎながら、本体を展開していく。

 中央から二つに別れると、更に細かく分割して、人型ガーディアンの前に覆いかぶさる。

 それと同時に人型が口を開くと、砲身のようなものが伸びてきて、光が集まっていく。

 あそこからビームでもぶっ放すのか?


「ダストンパールガ、プロトン砲ヲ撃ツゾ。シェルターヲ作ルカラ集マレ」


 クロックロンたちが四角いボディを板状にくっつけて、俺達の周りで球状に丸まっていく。

 内なる館に入りきれていない連中がひとかたまりになると、完全にクロックロンの作ったシェルターに包まれてしまった。

 スキマ一つ無いせいか真っ暗だ。

 おまけに音も聞こえない。


「静かだな」


 と呟いた瞬間、ズーンと鈍い音が響く。

 ついでパタパタとクロックロンたちが剥がれていった。


「終ワッタゾ」


 クロックロンの言葉に改めて空を見上げると、あとに残っているのは巨大ガーディアンだけで、巨大なアヌマールは消えていた。

 何が起きたんだ?

 目を凝らして見上げると、先程までアヌマールがいたあたりに、小さくぽつんと光るものがある。

 よく見えないが、たぶん聖剣だ。

 小さい方のガーディアン・キツヌヤールから放たれた光によって、トラップされているようだ。


 緑のお姉さんカーネは、しばらく無言で人型ガーディアンを睨んでいたが、ふぅっと溜息をつくと、ラケーラに声をかける。


「ラケーラ、回収を頼みます」

「心得た」


 青白い光を放って舞い上がったラケーラは、聖剣めがけて飛んでいく。

 どうやら、片がついたらしい。

 周りを見渡すと、妖精の里はあちこちが穴だらけで、森の木々も相当倒れている。

 その隙間に、砕かれて動かなくなった骨が無数に転がっていた。

 酷い有様だ。

 元が何かもわからない骨の山に、少しだけ手を合わせてから、様子を見て歩いていると、穴の中からクロックロンが顔を出したり引っ込めたりして遊んでいる。

 タイミングよく出てきたところを、転がっていた木の枝でコツンと叩くと、


「オウッ、ヤラレター」


 と言ってひっくり返る。

 もぐらたたきか。

 もうしばらく遊んでやりたいところだが、後始末が先だな。


「お前たち、誰もやられてないか?」

「チョット、ヤラレテル、マア、概ネ、平気」

「そうか、動けそうに無ければ、俺の中に入ってろよ。さっきやられたキツヌヤールはどうなんだ?」

「様子ヲ見ニ行ッテルゾ、タブン、上ノ連中ガ回収シテ帰ルゾ」

「わかった、じゃあこっちで手伝うことはないか」

「ナイナ」


 クロックロンと遊んでいるうちに、ラケーラが戻ってきた。


「ご苦労様、ラケーラ」


 そう言ってかなり元通りに生えた右手で、指輪を受け取ろうとした瞬間、キンッ、と音がして、指輪毎カーネの右腕が地面に落ちる。

 足元に転がった指輪から溢れ出る糸がシュルシュルと固まり、人の形になると、そのスキマから黒い染みが溢れ出してきた。


「おのれ、まだ生きておったか!」


 ラケーラが叫び声とともに手にしたランスで敵を弾き飛ばす。


「大丈夫か!?」


 駆け寄ると、カーネは綺麗に切れた右腕を見ながら、


「まったく、人の右手を気安く何度も千切ってくれますね。ラケーラ、下がりなさい」


 そう言ってカーネは左手で杖を掲げる。


「戦神ウルよ、我に御加護を!」


 その言葉に続いて、呪文を唱えると、杖の先に直視できないほど眩しい光が集まってくる。


「これでも喰らいなさい!」


 カーネが地面に杖を突き立てると、集まっていた光が消える。

 同時に、アヌマールの足元から光の柱が立ち上り、全身を覆っていた黒い染みが消し飛んだ。

 あとには金色に光る小さな固まり、おそらくはコアが、ぼんやりと浮かんでいた。


「ラケーラ、トドメを!」


 カーネの合図で、ラケーラは「応っ!」と答えて、巨大な槍を構える。


「万象開化、愛染一閃、我が槍の前に六合ことごとく滅すべし」


 口上とともに、ランスの各部が変形して、より巨大なランスになる。


「我が一撃に日輪の輝きを見よ! くらえ、ドラゴン・アタックっ!!」


 ラケーラは雄叫びとともに、光のうねりとなってアヌマールに突撃した。

 すごい、必殺技の名前叫んでる。

 しかもだいぶダサいところが、なんか可愛い気がする。

 あれは自分で考えたんだろうか?

 などと相変わらずマヌケなことを俺が考えてる間に、ラケーラの一撃でアヌマールは消し飛んでしまった。


「こ、今度こそやったのか?」


 俺が独り言のようにつぶやくと、カーネが頷いて、


「コアが消し飛びました。他に分身がいたとしても、あれほどの力は無いでしょう」

「つまり、片がついたということですか」

「そういうことです」


 そう言ってニッコリ笑うと、カーネはぐらりと揺らいで、膝をつく。


「大丈夫ですか!?」

「ちょっと、魔力を使いすぎました。少し休めば回復するのですが」

「と言っても、ここじゃあなあ……」


 さっきも言ったとおり、あたりは酷い有様で、テントを張ることも出来ない。


「妖精に踊ってもらえば、少しは回復するかと」

「ではあなたも、中に入って休むといい」

「そうですか、では少しお邪魔するとしましょう。その前にラケーラ」


 こちらに向かっていたラケーラに声をかける。

 彼女の手には聖剣である、指輪が握られていた。


「ご苦労さまでした、ラケーラ」

「導師よ、随分と無茶をしたものだ」

「あなたこそ、あのオーバーな口上は改めてはどうです? 紳士様があっけにとられていましたよ」

「な、何を言う、あれは代々伝わる、由緒ある口上だ。竜の騎士の奥義だと本にも書いてあったぞ!」


 と顔を真赤にして反論する。

 ワイルドな風貌で照れると、ギャップで可愛い。


「まあ、貴女が気に入っているのなら、よいのですけれど」


 カーネは指輪を受け取ると、改めて俺に向かってこういった。


「ひとつよろしくお願いします」

「では、ご一緒に」


 そう言ってカーネと一緒に、内なる館に飛び込んだ。

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