第240話 骸骨戦士
支度を整えて、点呼を取る。
妖精たちはきゃっきゃと飛び回っているが、緑のお姉さんが声をかけると一箇所に集まった。
里いっぱいに広がってたように見えた妖精たちも、一箇所に集まるとそれほどでもないように感じるんだけど、よく見たら縮んでたり重なってたりする。
よくわからん連中だなあ。
「では、結界をときます。長い旅になるでしょうが、心して行きましょう」
カーネが右手を上げ、宙に浮いた指輪をつかむと、空を覆っていた白い光がさっと消え、後に残った格子状の糸がすうっと指輪に飲み込まれていく。
その全てが消えた瞬間、クメトスが叫んだ。
「何か居るぞ!」
叫び声と同時に、黒い影がカーネを襲う。
とっさにカーネは身をかわすが、避けきれずに右手を肘から食いちぎられた。
間髪挿れずに左手を振るい、何かの術を唱えると、今や黒い狼の形になった敵を凍りつかせる。
だが、黒い狼はかろうじて凍らなかった首だけになって、飛び去った。
「ラケーラ、逃してはいけません!」
「応ッ!」
ラケーラは地面を蹴ると、光の塊になって狼の首を追う。
双方は空中で何度も激突しながら、空に舞い上がっていく。
「油断してはいけません、敵はまだいます!」
カーネの言葉に周りを見ると、地面からいくつも黒いシミが滲み出していた。
やばい状況だ。
俺はとっさにエメオの隣に立ち、剣を抜く。
その周りをクメトス達が固めるより早く、黒い影が襲い掛かってきた。
どうやら何かの骨が動いているようだ。
以前戦った、似非アヌマールのたぐいだろうか。
こんなことなら骨もしまっておけばよかった。
こいつらは力はかなり強いのだが、自我が無いようで、のっそりと無秩序に殴りかかってくるだけだ。
ゾンビ映画の走らないゾンビって感じだ。
お陰で俺でも対抗できており、ゾンビ風骸骨戦士を相手に、必死にエメオを守る。
俺の後ろではスィーダが半泣きで剣を振るっている。
手を貸したいが、流石にそこまでの余裕がない。
俺も泣きたくなってきた。
泣こうかな?
などと考えていると、目の前の骸骨戦士が一瞬で消し飛んだ。
「ご主人様、大丈夫?」
フルンが小ぶりな剣を振るいながら、俺の前に立つ。
「おお、フルン、助かった!」
「うん!」
今やすっかり頼もしく成長したフルンが周りの敵を蹴散らしてくれる。
その隣では同じくシルビーも剣を振るう。
美少女コンビの活躍で、少し余裕ができたので空を見上げると、さっきの狼の首とラケーラちゃんの戦いは続いていた。
空中で螺旋を描きながらガツンガツンと激突する二つの塊の対決は、ちょっと俺たちが手出しできるものではない。
「まさか分身を忍ばせていたとは……」
カーネがやってきて、そう言った。
見ると右手は肘から食われて、血が滴っている。
「その腕、大丈夫なのか!?」
「腕は大したことはありませんが、聖剣を奪われてしまいました。ラケーラが取り戻してくれると良いのですが」
「いや、腕も大丈夫そうには見えないが」
と俺が言うと、カーネはクスリと微笑んで、
「紳士ともあろうお方が、そのように取り乱すものではありませんよ。腕などはいくらでも生えてきます」
そう言って左手を右肘に添えると、にゅるっと新しい腕が伸びてきた。
あ、生えるんだ。
しかも微妙にゆっくりで、ちょっと気持ち悪い。
「それよりも……」
カーネは手を生やしつつ、天井を見上げる。
「やはり、居るようです。夕べあれほどのダメージを与えたはずなのですが、まだあれだけ動けるとは……」
つられて俺も天井を見上げると、赤い天井のスキマから、何かが滲み出していた。
夕べのアヌマールか。
あの時と違って足を伸ばしては来ない。
「やつの手に聖剣が渡ると、大変なことになります」
「しかし、彼女は大丈夫か?」
ラケーラはかなり押されているようにみえる。
「結界を張るために、魔力を使いすぎてしまいました。それを見越して、夕べは徹底的に叩いておいたのですが、おそらく結界を張り直す瞬間を狙って、分身を忍ばせていたようです」
「何か、手はあるんですか?」
「ありませんね。今、妖精たちに陣を張ってもらうために呼び集めていますが、間に合わないでしょう。ラケーラの頑張りに期待するしか」
「都合よく助っ人が現れたりとかは?」
「そんな虫の良い話はないでしょう」
と呆れ顔のカーネ。
「いや、割といつも都合よく……そうだ」
こんな時こそ、どでかいガーディアンの用心棒に助っ人をお願い申し上げねば。
というわけで、燕に連絡する。
(わかったわ、今クロが確認を取ってるから、少し待ちなさい)
「よろしく頼む。そういやクロックロンは?」
(そろそろ着くはずなんだけど、かなり広範囲に広がっててどこに居るか把握しきれないのよ。そのあたりはどうも見えづらいし)
「そうなのか」
(しかし、まいどまいど都合よくピンチになるわね)
「都合良くはないだろう」
(そうかしら。あ、行けるみたいよ。五分ほど待てって)
「わかった」
念話を打ち切り、カーネに話す。
「あと五分で助っ人が来てくれる。それまでどうにか凌げば」
「では、その言葉に期待しましょう。ただし戦闘時の五分というのは、案外長いものですよ」
そう言って無事な方の左手を振るうと、指先から無数の火の玉が飛ぶ。
いつの間にか黒い骸骨が、再び俺たちを取り囲んでいた。
「幾つか、強いものも居るようです。気をつけて」
カーネは這い寄る骸骨たちの群れに飛び込んでいき、少し距離を取って魔法で敵を薙ぎ払っている。
クメトスも同様に、大剣ガルペイオンを振り回して骸骨戦士を粉砕していた。
その合間を縫うようにしてやってきたエーメスが、俺の守りにつく。
「ご主人様、今のうちにエメオとスィーダとともに、内なる館にお隠れください」
「それがいいな」
答えながら二人を見ると、フルンとシルビーに守られながら、ガクガクと震えていた。
「よし、二人共、そこを動くな」
俺が二人を取り込もうと歩み寄った瞬間、足元から骸骨が這い出してきた。
背丈が俺の倍以上はある、ヤバそうなやつだ。
丸太みたいな太さの骨でできた腕で、ぶん殴ってきたのを紙一重で避けるが、バランスを崩してゴロゴロと転がり、エメオ達と距離が離れてしまった。
「だれか、二人を……」
いいかけたところで、更なる一撃を食らいそうになって飛び退く。
あまりの敵の多さに、エーメスとも距離が離れてしまった。
どれだけ骨が埋まってたんだよ!
墓場かなんかだったのか、ここ。
「くそう、あと何分だよ」
(三分五十秒よ)
と燕の声。
「ご丁寧にどうも」
(ちょっと、よくわからないけど大丈夫なの?)
「あんまり、大丈夫じゃないかも」
(クロックロン達にも急がせてるから、頑張りなさい!)
「そうす……うわっ!」
骨の拳骨をかろうじて交わす。
エメオとスィーダはフルン達が守ってくれてるはずだが、俺も誰かに守って欲しいぜ。
「わ、わりゃあ、大丈夫なんか?」
いつの間にか頭の上辺りにパロンが飛んでいる。
「見ての通り大丈夫じゃない、なんとかならんか?」
「なんとか、ちゅーても、みんなびっくりして散り散りで……、おーい」
とパロンは声を上げて妖精たちに呼びかける。
「呼んだー?」
「なーに、パロン」
「今大変なんだよー」
「たいへーん」
ちっとも大変じゃなさそうな口調で、くるくる回る妖精たち。
「いそいで踊るんじゃ、骨どもを鎮めんと旅に出られんぞ」
パロンが叫ぶと、
「それ、こまるー」
「よーし、踊るよー」
「踊れー」
妖精たちがくるくる回ると、どこからともなく太鼓の音が響き出す。
これ、和太鼓っぽいよな。
ノリが表で。
裏ノリな春のさえずり団とはだいぶ違うよなあ。
などと一瞬考えてから、そんなことをしている場合ではなかったと我に返る。
妖精たちが踊りだすと、周りに光が溢れて、なんだか力が湧いてくる。
同時に骸骨たちの動きが更に緩慢になってきた。
「スィーダ、周りを見なさい、あなたでも戦える相手です、しっかりと周りを……」
と叫ぶクメトスの声が聞こえる。
周りがごちゃごちゃしていてよくわからないが、クメトスもスィーダ達をフォローできていないようだ。
フルンとシルビーもうまく立ち回れていないようにみえる。
気陰流はあんまり集団戦が得意ではないとセスも言ってたしな。
やはり俺がどうにかするしかないな。
俺がどうにかするってのは、剣を振り回して敵をなぎ倒すんじゃなくて、うまく状況を見極めてみんなを誘導するってことだ。
よし、ちょっと落ち着いてきたぞ。
今やばいのは俺とエメオとスィーダだ。
「よし、パロン、いい感じだ。その調子でエメオ達も守ってくれ」
「そないゆーても、数が足りんわい。われだけで精一杯じゃ」
「じゃあ、エメオ達の方に誘導してくれ、あの子たちが一番危ない」
「こっちじゃ」
パロンの導く方に、剣を振りまくりながらすすむ。
妖精の光りに包まれると、骸骨にまとわりつく黒い靄が消し飛んで大半が崩れ落ちる。
それでも残った強そうなやつを避けながら、時折邪魔な骨を砕く。
砕けた骨も、地面でひょこひょこ跳ねているが、ある程度砕けると攻撃力はなくなるようだ。
あと、武器を持ってないのが助かるよな。
俺も鎧越しに何箇所か殴られたが、軽く痛む程度で済んでいる。
アザぐらいはできてそうだけど。
そうこうしながら骸骨の群れをかき分けて、どうにかエメオ達の見える所まで来る。
「みんな、無事か?」
と声をかけると、
「ぶ、ぶ、無事じゃないです!」
「た、たすけて、サワクロさん、師匠ーぅ!」
泣きながら叫ぶエメオとスィーダ。
「今行くぞ!」
そう返事を返して、進む俺。
ええい、埒が明かん。
「きゃあああああっ!」
ああ、エメオの悲鳴が。
くそう、ちっとも近づかんぞ!
妖精が守ってくれても、骸骨の壁が邪魔で全然進めない。
「だりゃあああっっ!」
がむしゃらに剣を振りまくって突進する俺。
だが、気合ぐらいで急に強くなるわけでもなく、三歩進んで二歩戻る状態を繰り返す。
しかも崩れた骨が足元で跳ねて歩きにくいし。
いかん、焦っちゃダメだ。
こう言うときこそ、一体ずつ確実に仕留めていかないと。
クロックロンでもでかい方でもいいから、早く来てくれないかなあ。
泣き言のようにつぶやきながら、俺はまた一体、骸骨戦士を砕いた。
冷静さは維持しているものの、それゆえに見えてくるものもある。
具体的に言うと、俺や妖精たちが倒すより骸骨が地面から生えてくるペースのほうが早いっぽいってことだ。
だめだ、なんか別の作戦考えないと。
……ってそんなに都合良く思いつくか!
作戦なんてものは戦闘が始まる前に立てるものであって、いざ戦いが始まってしまってから劣勢を覆すのに必要なのは、圧倒的な力とか、援軍とかだろう。
俺にそんな力はないし、援軍はすでに頼んだので、あとはそれが来るまで耐えるだけだ。
というわけで、冷静かつ慎重に、敵から身を守りつつ時間を……、
「おわっ!」
あれこれ考えてたら、でかい骨が顔の側をかすめた。
「くそったれめ、くたばれ、くたばれ!」
結局、やけくそになって剣を振り回す俺。
「助っ人、助っ人はまだか、クロックローン、早く来てくれぇ!」
「キタゾ!」
「え!?」
声のした上空を見上げると、バッタのように飛び跳ねる大量のクロックロンが俺たちの上から飛んできた。
「うぉぉ、よく来た!」
クロックロン達は俺達の周りに着地すると、バリバリと放電を始める。
雷撃に囚われた骸骨達の動きが止まる。
骨でもしびれるのかな?
「伏セタ方ガイイゾ!」
クロックロンの声に慌てて伏せると、どこからともなく、氷の礫が降り注ぎ、骸骨達を次々に砕いていく。
何の魔法だ?
と空を見上げると、青い光が俺の目の前に舞い降りた。
ネールだ!
「遅くなりました、ご主人様」
「ネール! お前も来てくれたのか!」
「お話は後、皆と合流してください」
「おう」
クロックロンが結界を張り、ネールが薙ぎ払ってくれたおかげで周りにいた骸骨軍団はほぼ一掃される。
「みんな無事か!?」
駆け寄って確認すると、どうにか大丈夫そうだった。
いつもギリギリの綱渡りでしょうがねえな、俺も。
「申し訳ありません、ご主人様。あまりの数に、手間取ってしまいました」
とエーメス。
「いや、大丈夫だ。それよりも……」
と俺は空を眺める。
はじめは狼の頭のようだった敵は、数倍に膨れ上がり、ラケーラちゃんはかなり押されていた。
「随分と、多くの助っ人を呼ばれたようですね」
緑のお姉さんカーネがやってくる。
「まさか、ガーディアンを使役する者が現代にもいたとは」
「昔はいたんですか?」
という俺の問には答えず、こう言った。
「そちらのホロアに、ラケーラの加勢をお願いできるでしょうか。私は妖精たちを指揮して、援護します」
カーネが言うのはネールのことだろう。
ネールなら空を飛んで戦えるからな。
「よし、ネール。やってくれ。あの黒い奴が持っている指輪を、天井に潜んでいるアヌマールに渡すわけには行かないんだ、あの青い方と協力してぶっ飛ばしてくれ」
「かしこまりました」
青白く輝きながら空に向かって飛んでいくネール。
ネールも強いんだけど、相手も得体が知れないからなあ。
そうこうする間も、クロックロン達が格子状に並んでバリバリと電撃を放ち、結界を作っている。
ただしそうしているのは半数ぐらいで、残りは妖精と一緒にくるくる回って遊んでいた。
「さああなた達、陣を描いてラケーラを応援するのです」
緑のお姉さんが声をかけると、妖精たちは渋々集まってくる。
妖精とクロックロンはメンタリティが同じ気がするな。
気がつけばあたりに妖精たちの太鼓が響く。
徐々に自分たちが結界に包まれていくのを感じる。
夕べ遠くからだとわからなかったが、妖精たちの発する魔力がうねりとなって、徐々に高まっていくのがわかる。
「すごいな、これが妖精の力か」
「そうです。それ故に、彼女たちは静かに里で暮らすべきなのです」
と緑のお姉さん。
今や溢れんばかりに高まった魔力が、上空で戦うラケーラとネールに注ぎ込まれると、青く輝く二人の姿が一回り大きくなり、巨大な狼の首を貫いた。
「やったか!?」
そう俺が叫んだ瞬間、
「指輪が!」
緑のお姉さんの声に目を凝らすと、先程まで狼の首があったあたりに光る小さな点が見える。
そしてその上からすごい速度で伸びる、一本の黒い筋。
ラケーラとネールの二人もそこに向かうが、一歩間に合わない。
黒い筋が光の点をつかむと同時に、凄まじい光を発して、二人が弾き飛ばされたのが見えた。
「いけない、こちらにも来ます」
緑のお姉さんはそう言うと、懐から小さな人形を取り出し、天に掲げる。
「女神アウルよ、我が盾となりて皆を守り給え」
その言葉と同時に、今まで感じたことのないような強力な結界が張リめぐらされた。
次の瞬間、激しい衝撃とともに、あたりが真っ白になった。
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