第239話 筋肉と魔力
内なる館の中で、かき集めたガラクタを積み上げていると、クメトスが話しかけてきた。
「先程は申し訳ありませんでした」
「うん?」
「このような状況でありながら、私はラケーラ殿との決闘を、楽しもうとしていたようです」
「はは、まあよくある話じゃないか、俺なんかそういうのはしょっちゅうだぞ」
「しかし……」
「それよりもどうだ、次があったら勝てそうか?」
「わかりません。槍の扱いは互角だと思うのですが、あの者はもっと力を秘めているように思います」
「ふむ、たしかに俺でもわかるぐらい、魔力っぽいのがあふれてるもんな」
「はい、それを凌ぐだけの魔術は、私にはありません」
そこに近くで遊んでいたフルンがやってくる。
「あのねー、さっきの試合見てて、わかったんだけど」
「なにがだ?」
「魔力の使い方っていうか、そういうの!」
「使い方?」
「うん、前から不思議だったんだけど、私、背は小さいけど腕太いでしょ、だから力も結構あるんだけど、私より腕の太いテナと腕相撲すると私のほうが強いの」
「ほう」
「でもね、私の半分ぐらいしか太くないセスには勝てなくて、筋肉って腕の太さで力が決まるってご主人様言ってたでしょ」
「言ったっけ?」
「うん、前教えてくれた」
まあ、教えたのかもしれない。
一時期、算数とか色々教えさせられたからな。
最近はミラーあたりが指導してるようだが。
「それがなんでかなー、と思ってたんだけど、さっきのラケーラは、すごく魔力が見えてたでしょ、だからわかった。魔力がね、腕をこう、伝わってて、一緒に動いてるの。だから筋肉以上の力が出るんだと思う」
それを聞いていたクメトスも、
「たしかに、騎士の訓練でも、魔力を全身に巡らせる修行をします。あれは魔法抵抗を高める初歩的な結界の技として行うのですが、その状態だと、力のみなぎりも感じるのです。精霊の加護を得る、などとも言うのですが、先程の勝負の際も、妖精の声援でいつも以上に力を出せていたように思います」
「気陰流でもねー、魔力を丹田に貯めろっていう! 丹田ってお腹のことだけど、そこに貯めて、斬りつける一瞬だけ開放するの! でも、今まで漠然としててわからなかったんだけど、さっきの勝負を見てなんかわかった! 魔力で斬るんだと思う!」
バトル漫画の気みたいなやつかな?
最近は見慣れちゃってたけど、おかしいとは思ってたんだよ。
俺と肉体的には大差ないはずなのに、大岩を砕いたり、何メートルも飛び上がったり。
「なるほど、たしかに気陰流の技は、インパクトの瞬間だけに大きな力を感じます。それ故に動きを読むのが難しいのですが」
「でもクメトスは私の動き、全部見えてるよね」
「それはまだ、動きに無駄があるからですよ。筋肉のりきみ、余分な溜め、そうしたものの一つ一つが、動きを予測させます。切っ先の動きが見えなくても、どこに来るかがわかっていれば、かわすことは容易です」
「うん、セスも言ってた!」
「しかし、セスほどになると、ほとんどそれがわかりません」
「でも、練習だとちゃんと受けてるよね?」
「それは守りを固めて、打ち込める場所を絞らせているからです」
「みんなそう言うけど、まだよくわからない。フェイントとは違うんだよね?」
「目的の点では、同じかもしれません。こちらの動作によって相手の判断を誤らせるか、相手の攻撃を誘導するかの違いでしょうか」
「打ち込んで欲しいところを自分で選んだって思わせるんだよね」
「そうです。その上で限られた選択肢の中からかろうじて反応するのですが、最近のセスの剣技は神がかっています。もはや私では太刀打ちできぬかもしれません」
「セスって最近、全然剣を握ってないのに、なんかどんどん強くなってる気がする」
「それは達人の域に達しつつあるのでしょう。達人ともなると頭の中だけで架空の立ち合いを行い、それを血肉にするものだと聞きます」
「うーん、わかるようなわからないような」
「フルン、あなたならいずれわかるでしょう」
「ほんとに? やったー」
そう言ってフルンは喜ぶ。
いやあ、みんな頑張ってるなあ。
まあ俺も一人従者にしたので、頑張ったと言えよう。
あと二人分、頑張らないと。
きっとレーンあたりが何人増やして帰るか、賭けをしてるに違いないからな。
せっかく、魔界に来ていることだし、素敵な出会いにも期待したいところだ。
内なる館から出ると、エメオとパロンが食事の支度をしていた。
声をかけようとするが、会話の内容がちょっと気になって、隠れて盗み聞きをする。
エメオちゃんの機嫌がどうかも気になるし。
「でも、本当に良かった。パロンさんが目を覚まさなくて、一時はどうなることかと」
「ふん、別にわれのせいちゃうわい、わしはなるべくしてなってもうたんじゃ。思えば里を出たときから、そうなる運命やったんかもしれん」
「それで、その……従者になるってどんな感じなんですか?」
「そりゃあ……わかるかい、そんなもん。われが自分でなって考えんかい!」
「私は……そんなんじゃ」
「そんなんじゃなければ、なんなんじゃ」
「だって、私、獣人だし、それに……」
「あほぅ、わしなんか妖精やぞ? どこの世の中、好き好んで妖精なんぞ従者にするアホがおるんじゃ、あのアホぐらいじゃ!」
「あほあほって、紳士様なのに」
「あれがアホやのうて、なんなんじゃ。ええか、わしらの女王はな、ずっと心が空っぽやったんや。わしらがなんぼ話しかけても、蜂蜜を捧げても、もうなんも満たされへん。それでもずうっとわしらの上で見守っとったんや。じゃが、あのアホは中身パンパンや。パンパンすぎていつでも光が溢れとるんじゃ。そういうやつは、普通なんもいらんねや。それでも、こんな魔界の辺境くんだりまで来て、怒りもせんと二つ返事で従者にしてまうねんぞ、それがアホやのうてなんなんじゃ。わしゃなんも言えんわ」
「言ってることが難しくて、よくわからないけど……、でも」
「まあ、好きにせえ。ぉわ、スープ煮えとるやんけ」
「あ、いけない……」
うーん、何か難しい話をしてるな。
パンパンってのはあれかな、俺が絶倫すぎるってことかな。
照れるなあ。
まだパロンにご奉仕してもらってないけど。
そもそも、あのふにゃふにゃした体でできるんだろうか?
家に帰ってからの楽しみにしておこう。
片付けを終え、俺達は早めの朝食をとる。
さっきのスープとビスケットだが、緑のお姉さんと竜の騎士の二人にも振る舞うと、殊の外喜んでくれた。
竜の騎士ラケーラなどは、
「ここはいささか甘いものが多すぎて辟易しておった。この塩気のきいたスープなどは実に良い。こちらのワインも刺激的だな。いや、ありがたい」
そういやエディも最初似たようなこと言ってたなあ。
騎士好みの味とかあるんだろうか。
緑のお姉さんカーネは、ビスケットをかじりながら、今日の予定を相談する。
燕の話では、クロックロン達はもう少しかかるらしい。
到着を待っても良かったが、カーネが出発を急ぎたがっているようだったので、少し先で合流することにした。
例のアヌマールが復活する前に、少しでも早く出たいらしい。
「遠目には完全に押しているように思えましたが」
と尋ねると、
「夕べは女王の結界の上だったからです。私一人が身を守るのであればともかく、妖精たちを無事に連れて行くためには、リスクは避けたいのです」
「なるほど」
「そこでまず湖を迂回し、南の山を西廻りで越えて、昼までにレラの村まで行きたいと思います。そこまで行けば馬も手に入るでしょうし。道中はけわしいのですが、距離にして十キロほどですからどうにかなるでしょう」
「先程の妖精の道というのを使えばすぐなのでは?」
「あれは限られた経路しか無いのです。しかも私では空は飛べません。あなた方はおそらく肉体を転じて精霊と同化して、ここまで流れてきたのでしょう。それができれば、同じ場所まで瞬時にお送りできるのですが」
「なるほど、そこまで都合のいいものではないんですね」
俺の言葉に頷いてから、カーネは思い出した様にこう言った。
「レラの村には米や味噌もあります。パロンの話ではあれがお好きだとか」
「そうなんですよ。できれば土産に買っていきたい。いっそ貿易したいぐらいで」
「米を作っているのは、ここから南の、赤の海沿いの沿岸地方ですね。このあたりは本当に辺境ですから、地上との交流もありませんし難しいのですが、土産にするぐらいは可能でしょう。今年は豊作だったと聞いていますし」
「それは良かった」
食事の最中、ちらりとパン屋のエメオを見ると、みんなに給仕しながら楽しそうに話している。
拗ねてなければまあいいや。
スィーダは一生懸命、スープを飲んでいた。
俺に見られていたことに気がつくと、びっくりして話しかけてきた。
「な、なに?」
「いやあ、うまそうに食ってるなと思って」
「うん、夕べはあんまり喉を通らなかったけど、なんか急にお腹空いてきて」
「そりゃよかった」
「さっき、妖精が蜂蜜の飴くれたから、それを舐めてたからかも」
「ほう、そんなうまそうなもんが」
「うん、すごく美味しかった。あとでサワクロさんの分も、貰ってあげる」
「よろしく頼むよ」
食事を終えると、いよいよ出発だ。
面倒なことにならなきゃいいけど。
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