第238話 お菓子屋さん
相変わらず妖精たちはけたたましく飛び交っていた。
あれで何か準備ができているんだろうか。
妖精のことは妖精に聞こうと、従者になったばかりのパロンを探すと、隅っこの方で岩に腰掛けて黄昏れていた。
相変わらずテンションの振り幅が大きいよなあ、と思いつつ隣に腰掛ける。
暫くの間、パロンは俺のことにも気が付かずに、ボーッと妖精たちの動きを眺めていた。
「手伝わないのか?」
そっと声をかけると、
「ぴゃーっ!!」
と驚いて宙を二、三度飛び跳ねる。
「ななな、なんじゃい! いつからおったんじゃい!」
「いや、さっきから」
「び、び、びっくりするやんけ」
「まあいいじゃねえか、従者になったんだろう」
「そ、そ、それとこれとは話は別じゃ! 今まで以上にドキドキするじゃろが! どうしてくれるんじゃ!」
「そう言われてもなあ、まあいいからここに座れよ」
叫びながら飛び跳ねるパロンを呼び寄せて隣に座らせる。
「それでパロン、あれって何か準備してるのか?」
「そりゃあ、あれじゃ、持ってくもんを全部取り込んだりしとるんじゃ」
「取り込む?」
「大抵は養殖した精霊を加工して作っとるからな、それを元の精霊に戻して取り込んどるんじゃ」
「お前もそういうのができるのか?」
「わしゃあ、もう人の匂いがしみすぎとるからのう。精霊もよってこんわ。われの嫁みたいに丁寧に呼びかけりゃ、ええんじゃろうけどのう」
「そんなもんか」
そいや、フューエルも精霊魔法とか言うのを使ってたっけ?
改めて見てみると、目の前にあった巨大なきのこ状のクッション的なものが、ふわっととろけて近くにいた妖精に吸い込まれていく。
なるほど、なんとなく雰囲気はわかった。
あちこち見て回ると、中には金属製のものもある。
「あれも精霊で出来てるのか?」
「うん? あれはどっかから拾ってきたんじゃろ、……おおっ!?」
「どうした?」
「あ、ありゃお菓子屋じゃ!」
パロンは飛んでいく。
後ろからノコノコついていくと、妖精たちが箪笥サイズの箱を掘り出していた。
「お菓子屋さんだー」
「お菓子だしてー」
「えーだめだよ、もう死んじゃってるよ」
「お返事しないよ」
「ちゃんとお墓に埋めとかないと」
「埋めよー」
そう言って箱を地面に埋め戻そうとする。
「お菓子屋さんってのは、それのことか?」
パロンに尋ねると、
「そうじゃ。昔、まだ生きとった頃は、頼んだらなんでもお菓子を出してくれとったんじゃ。こいつの作るチョコが旨うてのう。わしゃ、これがもう一度食べとうて里を出たようなもんじゃが……」
そう言って、大きな箱を愛おしそうに撫でる。
どう見ても自販機的な何かなんだが、それはさておき、壊れてるのかな?
「ちょっと見せてもらってもいいか?」
「そりゃあ、ええけどな」
見たところ、ステンレスっぽい謎の質感で、真ん中にくぼみがある。
ここから物が出てくるんだろうか。
「これ、動いてる……じゃなくて、生きてた頃はどんな風だったんだ?」
「どんな風って、いつもピカピカ光っとってな、わしらが頼むと、好きなお菓子を作ってくれたんじゃ」
「ふむ」
残念ながら、このお菓子屋とやらは、ステンレスの遺跡の設備同様、全体的につるつるしていて手のつけようがない。
直してやれればいいんだが……。
「もうええか? ちゃんとお墓に戻したるんじゃ」
「みんな引っ越すのに、お菓子屋の墓だけ残していくのは可哀想だろう。うちに連れて帰って改めて埋葬するのはどうだ?」
「そりゃあ、そうなんじゃが……ええんか?」
「俺は構わんぞ」
「そ、それなら……みんなもええんかのう?」
とパロンが聞くと、周りの妖精たちもくるくると飛びながら、
「いいよー、つれていこう!」
「一緒にお引っ越し!」
「お墓も一緒にお引っ越し!」
というわけで、お菓子屋さんは俺が一旦内なる屋敷に預かることにした。
パロンと一緒に内なる館に入ると、突然パロンが叫ぶ。
「あひゃ、なんじゃこりゃ、まぶ、まぶし……」
「おい、大丈夫か?」
「な、なんじゃちゅーんじゃここは」
「ここはなんか俺の中にある特別な場所らしいぞ」
「結界みたいなもんか」
「まあ、そんな感じだろ」
「あー、おどかしよる。われのツラみたいに周りが全部光っとるやんけ」
「そうか? 普通の草原みたいだが」
「目で見るとそうかもしれんけど、肌にビシビシと光が刺さりよるやんけ」
「きついんだったら、急いで出よう」
「べ、別にきつうはないわい。その、なんじゃ、われに全身を包まれとるような感じで……その、心地いい、ちゅーか」
「そうかそうか、ならもう少しここでイチャイチャしていくか?」
「どあほう! そういうデリカシーの無いことゆーとるんちゃうわ、まったく、さっさと外に出さんかい!」
せっかく従者になったのに、気難しいものだな。
まあ、そこもまた、かわいいと言えよう。
外に出ると、片付けは結構進んでいた。
物がなくなって、周りには光の粒子だけが漂っている。
その一つ一つが精霊だったり妖精だったりするようだ。
よく見ると、妖精にも色々あるようで、パロンと同じく、サイズが小さいだけでかなり人に近いものも居れば、人形みたいにデフォルメの効いた頭身のものも居るし、さらに火の玉みたいにただの丸いのも居る。
「妖精にも色々居るんだな。どう違うんだ?」
とパロンに聞くと、
「うん? そりゃあ、年経た妖精はだんだん知恵がついて人間に似てくるんじゃ……たぶん」
「たぶんって自分のことだろう」
「そない言われてものう。ああいう丸かった頃は、なんやフワフワ飛んどるだけで、言葉もわからんし、ただ毎日幸せな感じでおったような記憶だけが漠然とある、ちゅーか」
「なるほど」
「今の姿になってからも、毎日飛んだり歌ったり、お菓子食べたり蜂蜜酒飲んだりばっかりでなあ」
「ふむ」
「でも、お菓子屋が死んでもうて、自分らのお菓子だけじゃ満足できんで、しばらくしたらどうにも我慢できんようになって、里を飛び出したんじゃ」
「飛び出してからはどうなったんだ?」
「最初は魔族の村で小さい娘と仲良うなってな、その子が嫁いで死ぬまではそこにおったんじゃが」
「ふむ」
「緑のおばさんが何度も来てくれて、帰るようにも勧めとったんじゃけどな、その頃にはもうわしもすっかり変わってもうて、もう妖精とも違うなんか別のもんになってる気がしてな」
「ほほう」
「それで、緑のおばさんに術をかけてもろうて、地上に出たんじゃ。食いもんは地上のほうが豊富や言うてな」
「ふむふむ」
「それがまあ、地上のお菓子もさっぱりでな。肉や魚はおいしいのもそれなりにあったんじゃが、特にチョコはどうもイマイチじゃったな。結局自分で作るしかないわ思て、手に職つけてあちこち渡り歩くうちに、われんとこにたどり着いたんじゃい」
「そうかそうか」
「まあ、わしのことはええんじゃ。聞きたいことはわかったんかい」
「わかったような、わからんような」
「ええかげんな男じゃのう」
「まあいいじゃないか」
「ふん、まったく、なんじゃちゅーねん」
などと悪態をつきながらも、まんざらでもなさそうなパロンもかわいいな。
そうやってイチャイチャしていると、緑のお姉さんこと、カーネがやってきた。
「夜明けとともに、出発となる予定です。我々はここから一旦東に向かい、アーランブーラン王国を避けて、錆の海から南下して行くつもりなのですが」
「それはちょうどいい。私達も南東のカルボス島……だったかな、そこで仲間と落ち合う予定になっているのです」
「そうでしたか。あそこなら、たしかに手頃でしょう。目的地はスパイツヤーデのアルサという話ですが、船で帰るのですか?」
「ええ、アルサの地下にも、地上への出口があるんですが、ちょっと遠いので」
「あそこに通路があったでしょうか?」
「つい最近、見つかったんですよ。デラーボン自由領の近くに」
「なるほど。カルボスの地下なら、我々もルートとして選んでも問題ありません。パロンを救ってくれたお礼もありますし、是非ご同行させていただきたく思います。錆の海に出るまでは、危険な箇所もありますし」
「こちらこそ、パロンの事では感謝の言葉もありません。ですが、同行していただけるのであれば心強い」
「では、そのようにいたしましょう」
話が決まったところに、竜の騎士ラケーラがやってきた。
「導師よ、妖精たちの支度が済んだようだぞ」
「それはよかった。では夜明けとともに出発しましょう」
「その前に……」
と言って露出度の高いラケーラちゃんは俺に向き直る。
「先程の非礼は詫びよう。あのような状況とはいえ、貴公らの評価を誤ったのは我が失態であった、許されよ」
と謝ってから、更に言葉を続ける。
「ひとつ、紳士殿に頼みがあるのだが」
「承りましょう」
「無論、要求は一つ。貴公の従者たるクメトス殿と、今一度の勝負を望みたい」
このタイミングでそう来たか。
まあ、そんな気はしてた。
隣りにいたクメトスも、顔にこそ出ていないがやる気は満々って感じだな。
少しばかり考えてから、俺はこう答えた。
「ラケーラ卿。あなたの気持ちは分からぬでもないが、私はこの場において、本来無関係にも関わらず巻き込まれてしまった人間の安全を守らねばならぬ立場です。その責は我が従者であるクメトスの双肩にかかることになる。そのような状況でいたずらに私闘を認めるわけにはいきません。卑怯と思われるならば、この私をこそ、お笑いください」
俺の言葉にラケーラは憮然とした顔で立ち尽くしていたが、見かねた緑のお姉さんが、ラケーラの肩を叩く。
「ラケーラ、あなたには妖精たちの安全を守ってもらわねばなりません。私としても、無茶は困りますよ」
「むう、久しくない好敵手と思ったが、是非もない。クメトス殿」
とラケーラはクメトスに向かって話しかける。
「いずれ時と場所を変え、槍を交えると約束してもらえるだろうか」
それを聞いたクメトスは、キッと表情を引き締めて、
「喜んで、こちらこそぜひ、お願いしたい」
そう言って二人は熱い握手をかわすのだった。
話はまとまったので、俺たちも出発の準備を始める。
と言っても、身支度はできている。
先程のお菓子屋さんをはじめ、いろんなガラクタ、もとい妖精たちがかき集めたらしい遺跡の遺物を全部内なる館にぶち込んで持って帰るのだ。
これらの中には、鉄の層から出たのであろう、俺にもわかりそうな機械の残骸が色々あった。
持ち帰って調べれば、カプル達が喜ぶだろう。
「えー、ご不用になりました鉄くず、ステンレス、その他ございましたら無料にてお引き取り致しますー」
などと廃品業者のノリで、妖精の里を練り歩くと、妖精たちがドンドン持ってきてくれる。
「これあげるー」
「これもー」
「鉄ー、ステンレスー、鉄ー、骨ー」
「骨はいらんぞ」
「じゃあ、鉄ー」
妖精の協力で、瞬く間にガラクタの山が積み上がった。
こりゃあ、いい土産になるな。
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