第237話 魔女の娘
カーネと名乗った魔導師に、俺も自己紹介をする。
緑色のコスチュームを纏った流れるような金髪の女性は、年齢不詳というか正体不明というか、イメージがつかみにくい人物に思えた。
「では、紳士様がデュースを従者にしてくださったのですね」
「ご両親の名はデュースの昔語りで何度も耳にしていました。よもやその娘さんにこうしてお会い出来るとは」
娘さんって言うけど、両親の活躍した時代から考えると、多分五百歳ぐらいだよな。
先程から見せる桁違いの魔法からして、やはり普通の人間ではないのかもしれない。
それ以前に、白薔薇の騎士も女だったんじゃ?
こっちの世界じゃ女同士で子供が作れるのか?
いや、単に養子かもしれないけど。
「デュースとはかれこれ三百年は会っていないかと思います。デュースは両親の死後も、長く黒竜会退治の途に就いていたはずですが、今も彼女は討伐を続けているのでしょうか?」
「いや、聞いた話ではすでに残党は確認できておらず、今はもう俺の従者として毎日ゴロゴロ過ごしていますよ。ちょっとたるみ過ぎじゃないかってぐらいに」
「まあ、そんなことに。私の覚えているデュースは、いささか痩せすぎではないかという印象だったのですが」
「そういう話は聞いたことがありますが、今の姿しか知らないので、どうにも想像がつきかねます。そうだ、デュースにあなたのことを話せば喜ぶでしょう」
と念話で燕に話しかけるが通じない。
「念話ですか、申し訳ありませんが、この結界の中では通じないと思います。あとで場所を変えましょう」
結界か、燕がこの辺が見えないって言ってたのもそのせいかな?
「さて、何から話せばよいのか。私はある目的のために魔界を旅しており、その途上で両親とも因縁のあるここの妖精たちと知り合いました。はじめは時折訪れ、いずれ来る女王の死を見届けるだけのつもりだったのですが、女王の力が弱まると、例のアヌマールがこの聖剣を狙いだしたのです」
「あの黒い足のやつですね」
「そうです。それ故、私はここを離れられず、パロンのことも気にかかっていたのですが、今こうして全てが丸く収まり、胸をなでおろしております。しかも旧知の吉報を添えて」
「パロンはもはや私の大事な従者です。そんな彼女のために尽力してくれたあなたのお役に立てたのなら、何よりです」
話す間も、妖精たちはフワフワと飛びながら、周りのものを動かしている。
単に動かしているだけで引っ越しの準備をしてるようには見えないんだけど、どうなんだろう。
「新しい里を目指すと言っていましたが、それはどういう?」
「この地は妖精たちが住まうには、本来危険すぎる場所です。女王の加護があったればこそ、この地に長く安住できたのですが、これからはそうではありません」
「危険というと、やはり物騒なんですか?」
「妖精は精霊の一つの現われですから、襲われても死ぬことはないのですが、ここは精霊の力が弱すぎるのです。かつては生簀で精霊を飼うことで精霊力を維持していたのですが、女王の結界が失われると、それもたちまち霧散してしまいました。このような場所では存在が薄まり、消えてしまうでしょう。もっと精霊力の強い代替地の候補はいくつか有るので、これから彼女たちを連れて旅に出る予定です」
「できることなら、お力になりたいところですが」
「その志だけでも十分です。それよりも、念話で連絡を取ろうとしていたのでは?」
「そうだった、うちの連中が心配しているかもしれません」
「結界の外に出ればつながるはずです。今しばらくは大丈夫だと思いますが、六鬼の手がどこにひそんでいるかわかりません。気をつけて」
俺は仲間を伴い、結界の外に向かう。
途中、フルンがパロンの手を取って、ニコニコと話しかける。
「パロンよかったねー、もしかして従者になる気ないんじゃないかって、ちょっとだけ思ってた」
「ふん! せ、先輩面しおっても、わしにはそういうのは効かんぞ! 妖精ちゅもんは、どこまでも自由なんじゃ!」
「えー、そんなことしないよ! 剣士は奥ゆかしいの!」
「なにいうちょる、われが一番、チョコも食いよるやんけ!」
「だっておいしいもん!」
「そ、そじゃろ! ようわかっちょるやんけ、わしのチョコはうまい」
「うん、おいしい!」
などと仲良くやっている。
そんな様子をニヤニヤしながら眺めていると、背後から攻撃的な視線を感じた。
恐る恐る振り返ると、エメオが恨めしそうな顔でこちらを睨んでいるのだった。
モテル男はつらいなあ。
つらいので、とぼけてことさら明るく話しかけた。
「パロンが元気になってよかったな!」
「そうですね」
「どうした、あんなに心配してたのに、嬉しくないのかい?」
「嬉しいですよ?」
「ほんとに?」
「本当です!」
「そりゃあ、よかった」
「そうですね!」
と言い捨てて、先に行ってしまった。
プリプリしてるエメオもかわいいなあ。
うちの面子って、奥さん以外ヤキモチとか焼かないからな。
古代種でも人間っぽいタイプとかいるんだろうか。
それとも都の方で育ったからとか、そういう違いが有るのかな?
ふと気がつくと、少し遅れてクメトスと歩いていたシルビーがこちらを見て苦笑する。
「ははは、ちょっと恥ずかしいところを見られちゃったかな」
「いえ、サワクロ殿のご婦人のあしらい方は、見慣れたつもりでしたが、こういうのはまた……」
「シルビーは難しいことを言うなあ」
「そうでしょうか?」
「どうかな」
「しかし、サワクロ殿と行動をともにしていると、驚くことが多すぎます。妖精を目の当たりにしたのも初めてですが、先程の魔導師の力たるや、目を見張るばかりで」
「俺も驚いてるよ」
「それに、かの六大魔女の一人、銀糸の魔女の終焉に立ち会ったなどと、思わず胸が熱くなってしまいました」
そう語るシルビーは、言葉通りに目を輝かせている。
すっかり素直でいい子になったねえ。
俺も少しは彼女の成長の役に立てているんだろうか。
「なんにせよ、色々と問題が片付いたようで安心しました。これで後はクロックロンの到着を待てばよいのでは?」
「シルビーはまだわかってないな」
「そ、そうでしょうか?」
「こうやって油断してると大抵、何かしでかして大変なことになるんだよ、俺ってやつは」
「それはあまり自慢できることではないのでは?」
「まあ、そうなんだけどね」
などと話すうちに、結界の外に出ていた。
思ったより境界が曖昧だな。
あのワイヤーみたいなのはどうなったんだろう。
さっきまで真っ白いドームの中にいたのに、気がつけば薄暗い森の側にいた。
まあいい、早速燕を呼び出そう。
「おーい、起きてるか?」
(起きてるわよ! 急に連絡がつかなくなったから心配するじゃない!)
「すまんすまん、じつはだな」
とあらましを説明すると、デュースの声が聞こえた。
「まー、ではそこにカーネが? 彼女はまだ生きていたのですねー、そうですかー、まさか銀糸の魔女がそんなことにー、私は面識なかったんですけどー」
「今ちょっと取り込み中でな、またあとで彼女と話せるようにするよ」
「おねがいしますねー、いやー、それにしても懐かしいですねー」
用件を伝え終えたので、俺達は再び、結界の中に戻った。
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