第236話 銀糸の魔女
銀糸の魔女と言えば今までに何度も聞いたことがある。
六大魔女の一人にして妖精の女王。
嫉妬に狂い、白薔薇の騎士に退治されたとかなんとかそういう話もあるが、まだ生きていたのか。
「みなさん、六大魔女はご存知かしら?」
「ええ、それなりに」
うちにも一人いるしな。
「六大魔女とは……」
緑のお姉さんは詩を吟じるかのように、朗々と述べる。
ひとつ晴嵐の魔女。
荒れ狂う光の嵐は、終焉を迎えたる太陽の断末魔のごとし。
ひとつ水密の魔女。
とどまること無く湧き出づる癒しの水は、すべてを潤し、やがて没する。
ひとつ緑花の魔女。
愛欲と慈愛、無私の暴力は雑草のごとく大地を覆い尽くす。
ひとつ岩窟の魔女。
動かざる岩に宿るは、動き得ぬ魂。
ひとつ銀糸の魔女。
嫉妬と執着が幾重にも絡み合う、かの糸に絡め取られたならば、二度と脱すること能わず。
ひとつ雷炎の魔女。
諦観の果てに、なお燻る炎は立ちふさがる有象無象を焼き払う。
「これぞ天地魔界の間に魔導の理をなす、六大魔女である。かつては祭りの囃子とともにそうした芝居がかかったものだけど、最近はほとんど聞かれなくなってしまいました。彼女たちが活躍したのは五百年も前ですから」
確かに聞いたことのない魔女も居るな。
「しかし、銀糸の魔女は今でもよく、芝居にかかっていますよ。最近も見ましたが」
「そうなのですか、最近、地上のことには疎くなっているので。その銀糸の魔女こそが、ここの妖精たちの女王なのです」
「妖精というのは、随分と長生きなのですね」
「寿命という点では、妖精たちは限りなく不死です。しかし、個としての彼女は、すでに随分と前に亡くなっているのです」
「というと?」
「彼女もパロンと同じように、ある人物を愛してしまった。しかし、その愛は報われず、暴走した力はやがて彼女自身を消滅へと導くはずだった……。だけど、彼女の力は強すぎたのです。強すぎる力自身が場を形成し、自我が消滅したあとも、その力だけが巨大な結界としてこの地に残った」
「力だけが……」
「この先に白い巨大な傘があります。あなた方も生簀の上からみていたのでは?」
「生簀?」
「森の外にある、鉄の層の遺跡です。あそこで精霊を飼っていたので、ここのものは皆、あれを生簀と呼ぶのですよ」
精霊って飼えるんだ。
たまにフューエルが使っているのを見るけど。
「では、あなたが戦っていたあの場所に女王……の結界が?」
「そうです、以前はこの一帯を覆い尽くすほど巨大な傘で、一国に匹敵するほどの勢力を保っていましたが、もはやそれも縮みきってしまいました。私は訳あって、女王の最後を看取り、できれば妖精たちの行く末も考えてやりたいのです」
緑のお姉さんは話しながらもゆっくり歩く。
俺たちもそれに合わせてゆっくり歩いているはずなのだが、周りの景色は列車から眺める風景のように、高速に流れていく。
「これは妖精の道と呼ばれるもの。精霊力の大いなる流れに身を任せれば、このようにたやすく移動できるのですよ。多分あなた方もこれに乗って、やってきたのでしょう」
「それはすごい」
「さあ、そろそろ着きます」
気がつけば、俺達は森ではなく、白く輝くドームの中にいた。
その中は甘い匂いときらびやかな光りに包まれ、おとぎ話の世界そのものだった。
「女王様!」
パロンはふわりと飛び上がると、ドームのてっぺんで光り輝く何かのところに飛んでいった。
よくわからないが、それは巨大な魔力の塊だった。
存在感はあるが、意志のようなものは感じられず、ただ何かの概念のようなものだけを発していた。
たとえば、力とか守とか、そういうイメージだけを発し続けているのだ。
その女王の側でパロンもまた何かを発していた。
多分それは、愛とか恋とか、そういうイメージだ。
それを受けた女王は、最後に大きなイメージを発し、そうして消えてしまった。
よくわからないが、何かを受け入れたような、悟ったような、そういうイメージだった。
あまりにも曖昧で、本当にそうだったのかは分からないが、こういうのはわかるより感じるほうが大事な気もする。
女王が光を失うと同時に、ドームを形成していた白い光もなくなり、あとには針金のような構造体だけが残る。
金属製のザルをひっくり返したとでも言おうか。
それがスルスルと縮むと、先程まで女王がいたところに縮んでいき、ここからは見えなくなった。
代わりに妖精たちがフワフワとパロンの周りを漂っている。
パロンはしばらくそこに佇んでいたが、フワフワと降りてくると、手にした小さな塊を緑のお姉さんに渡す。
「これ……」
「ありがとう、パロン」
見るとその塊は指輪だった。
緑のお姉さんは指輪を宙に浮かべると、呪文を唱える。
たちまち細い糸が溢れ出し、今までのように白いドームが空を覆った。
「偉大なる女王は永遠に去りました。私がここを維持できるのはほんの僅かな時間。皆は新たな里を目指して旅立たねばなりません。さあ、支度を始めるのです」
その声に合わせて、周りで押し黙っていた妖精たちが一斉に舞い上がる。
びっくりするほどすごい数だ。
しばらく見とれていたが、気がつくと緑のお姉さんが隣に立っていた。
「あなた方を地上までお送りしたいのですが、このような状況では今すぐとは参りません。そのことについてご相談したいのですが」
「ご配慮感謝します。一応、私の従者達が手配をしてくれているはずなのですが、如何せん、この地のことが何もわからず」
「ここは魔族の支配も及ばぬ地、しかも今は六鬼と呼ばれるアヌマールの一人が、この秘宝を狙っているのです」
そう言って宙に浮かべた指輪を指差す。
指輪からは無数の糸が伸びていた。
「それは一体?」
「これは女神ウルの残した聖遺物のひとつ、聖剣ストルリングスと呼ばれるもの。そしてメルクナルコを魔女足らしめていた力の源泉なのです」
「聖剣? エンベロウブとかのあれですか?」
と俺が言うと、隣でおとなしくしていたフルンがぴょんと顔を出し、
「エンベロウブは家にあるよ! ステンレスも切れる!」
それを聞いた緑のお姉さんは驚いて、
「まあ、あれをどこで?」
「えーと、山のてっぺん! みんなで掘り出した! えーとガムリ岳……だったかな?」
「たしかに伝承にあった山ですが、あそこには祠があるだけで何もなかったはず」
「えーとね、紅が魔法で調べて、デュースが氷を何メートルも溶かしたの」
「デュース!? もしや雷炎の魔女デュースですか?」
「うん、おんなじ従者でねえ、すごい魔導師。友達?」
「あの人が従者になったのですか!?」
「そうだよ」
「なんということでしょう。私がこの地にとどまっている間に、そのようなことが。ではあなたが彼女を?」
と言われて頷く俺。
「それを聞けば、亡き両親もどれほど喜ぶか……」
そう言って彼女は俺に向き直った。
「申し遅れました。私の名はカーネ。緑花の魔女マーネと白薔薇の騎士フタヒメの娘、カーネと申します」
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