第235話 竜の騎士

 目立たないように明かりも足元だけをピンポイントで照らしているので非常に歩きにくいが、俺達はどうにか森の中まで逃げ込んだ。


「ここまでくれば、大丈夫でしょう。深い森が我々の気配まで隠してくれます。その大きな倒木の下が、身を隠すのに良いかと」


 クメトスが足元の藪を避けながら、指し示す。

 直径が何メートルもある巨大な倒木は、まだ真新しく、地面も乾いている。

 ここなら朝まで粘れそうだ。


 エメオとパロンは内なる館にいれておこうかと思ったが、エメオが怯えているので一人にはさせづらい。

 だからといって、この少ない人数を分けるのもリスクが大きい。

 それにパロンも目の届くところに置いておかないと、容態が急変するかもしれないし。

 急変したらどうするのかと言えば、ダメ元で内なる館のゲートに飛び込んでみる事を考えていたが、味方である可能性にかけて、妖精らしき連中のもとに向かうという選択肢も出てきた。

 何れにせよ、今は落ち着いて寝ているようなので、慌てる段階じゃないと思う。


「じゃあ、当面の方針としては、クロックロンが来るまで隠れてて、その後妖精らしき連中の様子を伺いつつ、コンタクトをとるか、家を目指すか決めるということで」

「それで良いかと思います」


 俺の言葉にクメトスが同意し、他の皆も同様に頷く。

 外は寒いのでタープを使ってスキマに目張りをすると、倒木の下は簡易のテントになる。

 地面が乾いていると言っても森の中なので小さな虫とかが結構いて、直接座る気にならない。

 さっきも使ったコットをベンチ代わりに使い、更にカプル特製のディレクターズチェアなども引っ張り出す。

 我ながら、なんでも取り出せて便利だな。

 日本にいた頃に知ってたら、もっといくらでもいろんなことができたんじゃなかろうか。


 火が焚けないので、みんな身を寄せ合って寒さを凌ぐ。

 フルンとシルビーは一緒に毛布にくるまって、小声でなにか楽しそうに話している。

 愛らしい少女二人が身を寄せ合ってキャッキャウフフしている姿は、このような危機的状況においても心をなごませてくれるんだなあ。


 一方のエメオはパロンを胸にだいて毛布にくるまっている。

 大きな胸にパロンの顔が埋もれている所は、なかなか見どころではあるが、状況がこうだと冷やかす気にもなれずにもったいない。

 従者ならもっと積極的に慰めてやれるんだけどな。


 クメトスはスィーダの隣にじっと座っている。

 スィーダはそんなクメトスを時折不安そうに見上げると、クメトスがそれに気づいて優しく頭をなでてやる。

 そうすると安心するのか、スィーダはじっと座りなおす。

 その繰り返しが見ていて微笑ましい。


 で、俺を慰めてくれるはずのエーメスは、先程まで足跡などの痕跡を消すために戻って色々やっていたようだが、今は表で見張りに立っていた。

 結構、張り切ってるよな。

 エーメスは肝心な時に置いてきぼりを食らうことが多いので、そのせいだろうか。

 せっかくなので、ねぎらっておこう。

 倒木の下から這い出して、木陰に立つエーメスに話しかける。


「どんなもんだ?」

「先程の喧騒が嘘のように、なにもないようです」

「夜の森って、もっとやかましい気もするけどな」

「はい、鳥の鳴き声さえ聞こえません。不気味なものです」

「まあ、何も出ないなら、それに越したことはないが」

「他の皆は、休んだのですか?」

「いや、流石にこの状況では眠れんだろう。とにかく、朝を待つさ」

「見張りはおまかせください」

「頼りにしてるよ」


 と言って、肩をぽんと叩くと、エーメスは満足そうに頷く。

 再び倒木の下に潜り込むと、不安そうな顔のエメオと目があった。


「もう少しの辛抱だよ。朝には救援が来るし、地上では救出のためにみんなが準備をしているからな」


 というと、エメオは俺の目を見てこう言った。


「ありがとうございます。助けは、サワクロさんの従者が来てくれると思うので、きっと大丈夫です。でも……」

「パロンのことかい?」

「はい。全然目を覚まさないし……、何より妖精のことだから、今の状態がいいのかどうかもわからなくて」

「そうだな、あの普段からやかましいパロンがこんな風にしてると……」

「そうそう、パロンってばやかましいよねー」

「よねー」

「まったくだよな……えっ?」


 突然、子供っぽい甲高い声が無数に響き、俺は無意識に返事を返してから、異変に気がつく。


「なんじゃあ!」


 俺が叫ぶと、腰掛けていた地面やら天井代わりの倒木やら、色んな所からカラフルに輝く妖精がにょきにょきと生えてきた。


「パロンだー、帰ってきてるー」

「でも寝てるよ?」

「青くなってる! 女王様みたい!」

「ほんとだー、ねえー起きてー」

「起きなよパローン」


 パロンの周りをくるくる回りながら、妖精たちはパロンに話しかける。


「だめだー、おきなーい」

「誰か飴もってなーい? 口に突っ込めば起きるよー、昔やったことある!」

「やったやった、パロン鼻から飴吹き出してた!」

「飴持ってる?」

「持ってない、食べちゃった!」

「ラケーラが昨日くれたよ!」

「じゃあ、ラケーラだ、呼んでくる!」

「もう来てるよ」

「来てる」

「表に来てた!」


 妖精たちの会話は耳に刺さるようで、口調こそ違うもののパロンに負けないぐらいやかましい。

 しかし、表に何が来てるって?

 様子を見ようと倒木の下から身を乗り出すと、何かが吹っ飛んできた。


「のわっ!」


 飛んできたものと一緒くたになって転がりかけた俺を、クメトスが支えてくれた。


「大丈夫ですか!」

「ああ、俺は……ってエーメス!」


 なんと吹っ飛んできたのはエーメスだった。


「も、申し訳ありません、不覚を取りました……」


 見たところダメージは受けていないようだが、エーメスほどの実力者が吹き飛ばされるとは何事だと改めて外を見ると、青白い光を放つ何かが立っていた。


「そこのもの、妖精をさらいなんとする!」


 青白い何かはそう決めつけて詰問する。


「いや、別にさらったわけでは」

「この期に及んで言い逃れなど無意味と知れ!」


 あ、これきっと話を聞かないタイプだ。

 コルスもそう言えばこんなだったな。

 だとすると、あれこれ説明しても聞いてくれないかもしれないけど、どうしようか。

 やっぱり、紳士の御威光で畳み掛けるのが一番かな。

 俺が指輪を外そうとするより早く、クメトスが飛び出した。


「わが主人を拐かし呼ばわりとは、何たる無礼!」


 と槍を構える。

 ああ、ここにもあまり話を聞かないタイプがいたんだった。

 最近しおらしくなってたので忘れてたよ。


「ほう、先程の小娘よりはやると見える。名を聞いておこうか」


 少し目が慣れてきたのか、青白い光の輪郭がはっきりしてくる。

 人のようだが、お尻から太い尻尾が生え、ながくてザンバラな髪は特に青く輝いている。

 そして額には立派な角が二本。

 身につけているのはビキニだった。

 ビキニアーマーとかじゃなくて、多分動物の毛皮っぽいブラとパンツだけの高露出度装備。

 装備と言うか、水着、ないしは下着。

 しかも、体が光ってるのでシルエットが強調されて凄くセクシーだ。

 顔つきもなんかワイルドだし。


「我が名はクメトス。このお方の従者にして、元白象騎士団二号隊筆頭!」

「騎士であったか、ならばこちらも名乗らずばなるまい」


 そう言って手にした槍を一閃すると、体を包む光が消し飛んだ。


「我が名はラケーラ。もっとも古き血脈を受け継ぐ竜の騎士! 地上の騎士よ、我が双角の輝きを恐れぬのなら、かかってこい!」


 自ら竜の騎士と名乗った露出度の高いネーチャンは、巨大なランスを構えてクメトスを誘う。


「ゆくぞっ!」

「おうっ!」


 と応えたクメトスは、一足で飛びかかり槍を突き出すが、竜の騎士ラケーラは軽くいなす。

 クメトスは軽快なステップで次々に槍を繰り出し、受けるラケーラも巨大なランスでそれを受け返す。

 何度も立場を変えながら攻防は続く。

 気がつけば、周りの妖精たちも輪を描いて踊りながら囃し立てている。

 戦いは互角に見えたが、装備の差か、力量の差か、徐々にクメトスが押されてきた。


「ふんっ!」


 ラケーラがランスを振るうと、クメトスの槍が折れて弾き飛ばされてしまった。

 こんどこそ俺の出番だとばかりに指輪を外して名乗り出ようとすると、いつも怯えてばかりのスィーダが走り出て、


「師匠!」


 と叫び、手にした大剣ガルペイオンを投げ渡す。

 呼吸もぴったりに飛び上がったクメトスが受け取ると、そのまま空中で体を捻り、ガルペイオンを振り回す。

 たちまち巻き起こる突風に、竜の騎士も間合いを取る。


「ほう、なかなかの業物と見た。ならば受けてみよ、我が魔槍ペレストロンの繰り出す、稲妻の如き一撃をっ!」


 そう言ってランスを構えるラケーラ。

 一々セリフが芝居じみてるよな、彼女。

 それよりも、今更気がついたが、あのラケーラとかいう騎士、浮いてるんだよな。

 背中からは虹色の光が溢れて羽のようにも見える。

 妖精が飛び回ってるせいで、つい見逃してたけど、見た目は角と尻尾が生えた獣人っぽい外見で、全身からうっすらと青白い光を放つところは覚醒したネールのようでもあるし、羽なんかはオーレにも似ている。

 竜の騎士ってのがどこまで竜なのかはわからんが、とにかくなんかすごく強そうだ。

 俺の名誉のために戦っているクメトスの勝利を信じてはいるが、そもそも戦う必要ないよな。

 睨み合う二人の決闘者に俺の声が届くとも思えないので、とりあえず周りで囃し立てる妖精に話しかけてみた。


「そこの妖精のお嬢ちゃん、ちょっといいかな」

「なになに? 今いいところだから手短に」

「実はだな……」

「あー、ラケーラが出た! がんばれー」

「ちょっと話を」

「あーん、いまだめ、ねえあの相手の人、名前は?」

「え、ああ、彼女はクメトスだ」

「クメトス! かっこいい名前! どっちも応援しないと!」


 そう言って妖精ちゃんはぴゅーんと飛んでいってしまった。

 なんて気まぐれ、かつわがままな連中だ。

 こんな状況じゃなければもっと積極的にお近づきになりたいところだが、今はこの無意味な戦いを止めないと。


「どっちも頑張れー、がんばれー」

「いくさだー!」

「いくさだドン、ドンドン。いくさだドン。ドン、ドドンッ!」


 妖精たちは激しく回りながら口々に太鼓の音を叫ぶ。

 フューマンビートボクサーかよ、と突っ込みかけたが、ドンドン叫んでいる妖精の一部が、徐々に丸い形に変わっていき、なんと太鼓の形になってしまった。

 太鼓と化した妖精を、別の妖精が打ち鳴らす。


「そーれ、いくさだいくさだ、ドンドンドンッ!」

「やーれ、いくさだいくさ、ドドンドンッ!」


 妖精たちに応援された二人の騎士は、あふれる光りに包まれて、ますます力がみなぎっているようにみえる。

 こんな戦い、見たことないぞ。


「次でケリをつけよう」

「応っ」


 ラケーラの声に、クメトスが答える。

 いつしか俺は、二人の戦いを止めようという気が失せていた。

 なんとなれば、これは騎士同士の崇高な決闘だからだ。

 その証拠にエーメスは腕を組んで真剣に見入っているし、フルンも妖精に混じって応援している。

 ならば俺も、素直にクメトスを応援するとしよう。


「いけ、クメトス!」

「やあっ!」


 俺の声に答えるようにクメトスはガルペイオンを大上段に振りかざし斬りかかる。

 迎え撃つラケーラもランスを脇に構えてそのまま突進した。


 ゴオオオオオオッ!


 二人の激突で生じた爆風に目がくらむ俺。

 それでも頑張って結果を見届けようと目を凝らすと、振り下ろしたガルペイオンと、ラケーラのランスが空中で競り合ったままだった。


「むううっ!」

「ぬぬぬっ!」


 二人の騎士は一歩も引かずに鍔迫り合いを続ける。

 最初こそ竜の騎士が押しているように見えたが、武器を変えたせいか、妖精の応援が効いてるのか、今や二人の戦いは互角だった。

 無限に続くかと思われたその対決は、突然の落雷で終わりを告げる。

 二人の決闘者の間に落ちた小さな稲妻は、両者を遠ざける。

 クメトスは剣を構えたままだが、ラケーラはそれでランスを収めてしまった。


「導師よ、これほどの名勝負に、なぜ水を差す」


 ラケーラはあらぬ方に向かって話しかける。

 慌ててそちらを見ると、森の奥から何かが近づいてくる気配があった。

 よく分からないが、なにかすごい力を感じる。


「もう、十分でしょう」


 森の奥深く、闇の中からよく響く声がしたかと思うと、たちまち木々がさっと開いて道を作る。

 その奥から、凄まじい速さでゆっくり歩いてくる魔導師の姿があった。

 緑色のコートに緑の三角帽、もしかしなくてもこれが緑のおばさんだろうか?


「しかし、この者たちは妖精を!」


 そう言って詰め寄るラケーラを緑のおばさん、いや、お姉さんぐらいかな、その彼女がいなす。


「真に悪しき者であるなら、妖精たちがそちらの騎士殿を応援したりはしないでしょう。それぐらいは、あなたにもわかっているのでは?」

「だが……」

「ラケーラ、あなたはただ、槍を交える相手を見つけて、浮かれているのでしょう」

「そ、そのようなことは」

「ですがここは少し離れすぎています。どうしてもというのであれば、続きはあとになさい。そちらの騎士殿も、よろしいかしら?」


 緑のお姉さんに問われたクメトスは、黙って頷く。

 次に緑のお姉さんはエメオが抱きかかえるパロンのところまですうっと飛んでくる。


「あぁ、パロン、このような姿になって、あなたも恋を知ってしまったのね。お相手は、そちらの殿方かしら?」


 そう言って俺に振り返る。


「もし彼女が俺を好いてくれているのなら嬉しいが、彼女ははっきりとは言ってくれなかった。その挙句に、そんな状態になってしまったのです。あなたなら彼女を治すことができるでしょうか?」


 俺がそう話すと、彼女は黙って否定も肯定もせず、こう言った。


「あなたは妖精のことを、どのくらいご存知かしら?」

「なにも……、ただ一途で情熱的だ、としか」

「そうね、とても一途で……、彼女たちの思いは純粋で、単純で、とどまるところがない。それは肉体という枷がないから。純粋な思考は際限なく広がり、やがて溢れる思いは場の限界を超え、相が変わる」

「相?」

「水が蒸気に転じるように、妖精を形作る精霊の相が、赤から青へと変わる。そうなると力は発散し、瞬く間に燃え尽きてしまう。かの……銀糸の魔女のように」

「銀糸の魔女って、伝説の?」

「かの魔女は妖精でありながら愛を知り、それゆえに破滅した。このままではパロンもいずれそうなるでしょう」

「そんな……」

「取れる手段は、多くはありません。ひとまず、移動しながら話しましょう」


 俺達は緑のお姉さんに促されるままに、森の中を歩き出した。

 不思議なもので、緑のお姉さんの周りの木々は、彼女を避けるように周りに広がっていく。

 空間が歪んでいるかのようだ。


「お連れのホロアは、あなたの従者のようですね」

「ええ、そうです」

「ホロアもまた、契約によって主人の相へと転じる。一度そうなれば、主人の一部として生も死も共有するのです。いいかえれば主人が従者の存在を担保しているようなもの」


 よくわからんが、従者にすれば大丈夫ということか。


「では、俺がパロンを?」

「そうです、従者にすれば、彼女はあなたの存在する限り、あなたの一部として存在できるでしょう」

「しかし、彼女はそれを望むでしょうか?」

「望んだからこそ、このような姿になってしまったのですよ」

「だったら……、俺は彼女の望みを叶えたい」

「わかりました。では、パロンを起こしましょう。僅かの間であれば、抑えられるはずです」


 そう言って緑のお姉さんはパロンを抱きかかえて、何かの呪文を唱える。

 しばらくするとパロンの体から出ていた青い光が収まり、静かに目を開いた。


「……こ、ここは」

「パロン、気が付きましたか?」

「み、緑のおばさん! ええところに、わしゃ味噌と米がほしゅうて」

「ふふ、随分と食い意地がはっているのですね。チョコレート以外にも興味が出てきたのかしら?」

「そ、そりゃあ……」

「味噌は誰のためにほしいのかしら?」

「だ、誰って、べつにわしゃあ」

「自分のため? それとも、あちらの殿方のため?」


 そう言って俺を指し示す。


「わ、わりゃあ、なんでこんなところに! ってそもそもここはどこじゃい!」

「自分の生まれ故郷も忘れたのかしら。あなたは覚醒し、暴走し、妖精の道を通ってここまで来てしまったのよ」

「わ、わしが覚醒!? さ、さよか、わし、やっぱり……」

「好きになってしまったのね。チョコレート以外のものを」

「あんたの言うとおりじゃったわ。人の社会に混じれば大事なものが増えていく、いずれそれは自分を滅ぼすっちゅーてな」

「ええ、だから妖精は里から離れては生きていけないの」

「けどなぁ、わしゃあ最高にうまいチョコを作れたんじゃ。あいつのお陰で、わしゃあ」

「だから好きになったのかしら?」

「そないなもん、わかるかい。あんなピカピカ光る姿を毎日見とったら……。ただ、気がついたらチョコよりアイツのことばっかり考えとって、わしゃあ、何しとるんじゃって……」

「そうね、何かを好きになるのに劇的な出会いも、運命的なプロセスも必要ではないわ。ただ、好きという結果があれば、それで十分なのよ」

「わしには、ようわからん」

「では、その気持に身を任せなさい。あの人に心を任せなさい。あとのことはそれから始まるのよ……」


 そう言って緑のお姉さんはパロンを俺の前まで連れてくる。


「よう、調子はどうだ?」


 俺がやさしく尋ねると、パロンは顔を真赤にしてこう答えた。


「な、な、なんじゃいわれ! そ、そんなキラキラした顔で見つめても、わ、わしゃなあ」

「うん」

「わ、わしは……なんで、こんな……」

「うん」

「チョコが食べとうて、里を出ただけやったのに」

「うん」

「なんやわからんけど、わし、なんでこんな気持になっとるんやろ」

「俺もよくわからないけど、そういうことは、よくあるみたいだぞ」

「ううぅ……」


 とうつむくパロン。


「……ち」

「うん?」

「血じゃ、血! 契約ちゅーんは血をかわすんじゃろが。わしの気が変わらんうちに、はよう血をよこして契約せんかい!」

「よしよし、じゃあ、これで契約だな」


 俺はいつものように指先を切り、血を与える。

 それを恐る恐る舐めたパロンは、たちまち体が赤く輝き、すぅっといつもの妖精の姿に戻った。

 戻ったはいいが、キョトンと俺の方を眺めている。


「どうした?」


 と顔を近づけると、急にまた顔を赤くしてワタワタと取り乱す。


「な、な、なんじゃい! 急に顔近づけるんちゃうわ! ど、どきどきするやんけ!」

「ははは、そりゃあ何より。遠慮はいらんので、いくらでも俺にときめいてくれ」

「や、やかましいわ! まったく、よりによって、なんでこんなこまし男に……女王様のいうとったなんちゃらの騎士とは大違いやんけ」


 そう言ってため息をつき、パロンは空を仰ぐ。


「……なんじゃ? なんで森のなかで天井が見えとるんじゃ? 女王様はどないしたんじゃ!?」


 慌てて問いただすパロンに、緑のお姉さんは優しく答える。


「あなた達の女王は、もう傘を維持するだけの力も残っていないの。今では湖の畔に小さな傘を残すだけ」

「そ、そんな……」

「だから、あなたが帰ってきてくれてよかったわ。みんなもう、お別れを済ませてあるのよ。だからあなたもお別れにいきましょう。あなた達の女王にして、偉大なる銀糸の魔女、メルクナルコに」

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