第225話 米と味噌

 この国で手に入る米といえば、いわゆるインディカ米のような長粒種だ。

 こいつはピラフやリゾットにでもすれば結構食えるが、ご飯として炊いて食うのはパサパサしすぎてだいぶ無理がある。

 異世界ぐらしも三年目になると、故郷の食い物が恋しくなるようで、最近は米、味噌、醤油あたりを求めてあれこれ調べてもらっているのだが、どうにも手に入らない。


「はー、ご飯と味噌汁が食べたいなー」

「味噌汁とは何です?」


 と隣りにいたフューエルがそう尋ねる。

 どうも思わず声に出ていたらしい。


「俺の故郷の食べ物なんだけどな、不意に懐かしくなったもんでなあ」

「そういえば、何やらメイフルに故郷の食材を探させているそうですね。ホームシックなんですか?」

「そこまでじゃないと思うが、懐かしい味が、たまに恋しくなるのさ」

「お金で解決する問題であれば、どうにかしてあげられると思うのですが、異世界ともなると、こればかりは」

「こっちの世界も、たいてい似たものがあるからどっかにあると思うんだけどな。まあ、のんびり探してみるさ」


 などと話していると、撫子とピューパーがきゃっきゃ言いながら走ってきた。


「あのね、パロンにチョコ貰おうと思ったら、パロンがうんこ食べてた」

「うんこ?」

「あれ絶対うんこ、茶色くてすごい匂い」

「ははは、まあ妖精のすることだから大目に見てやれ」


 そこまで言ってから、急にピンときて、俺はパロンのところに走りだした。

 裏口から駆け込むと、パロンは手についた茶色い何かを舐めていた。


「おい、パロン、おまえ……」

「な、なんじゃわりゃぁ、こりゃあうんこちゃうわい、こりゃなあ」

「おお、お、お前それ、味噌じゃねえか!」


 興奮して思わず叫ぶ。

 この芳しい香り。

 間違いない、味噌だ。

 それに網で焼いている真っ白い塊はまごうことなき白米のおにぎり!

 パロンは手にした白米のおにぎりに味噌を塗って、こんがりと炙ったところに醤油らしきものを垂らしていた。


「なんじゃわれ、知っとったんかい。こいつは故郷から持ってきた秘蔵の樽なんじゃい」

「くわせろ! いいから食わせてくれ」

「またんかい、こりゃわしの昼飯なんじゃ!」

「なんでもごちそうしてやるから、俺に今すぐそいつを食わせてくれぇ」

「あほぅ、握り飯ぐらいでそない泣くやつがあるか! まったく、しょうがないやっちゃのう」


 そう言って恵んでもらった握り飯を手にした俺は、我慢できずに頬張る。


「うう、うめぇ、これだよこれ、俺はこれが食いたかったんだぁ、もぐもぐ」

「けったいな男じゃのう」

「うぐぐ、ここまでうまいもんだとは思ってなかったぜ……」

「そんなに味噌が好きなんかい」

「故郷で食ってた頃は、そうでもなかったんだけどなあ。こうして久しぶりに口にすると、なんとも言えない感慨深さが」

「そうじゃのう、故郷の味っちゅーのは、そういうもんじゃのう」

「はあ、ふるさとの味だなあ」

「われの故郷も米食うんかい」

「そうだな、パンもちょっとは食うんだけど、基本は小麦より米だなあ」

「そうじゃのう、米の味は忘れられんのう」


 二人でしみじみしながらおにぎりを頬張っていると、いつの間にかフューエル達が土間に立っていた。


「あー、ご主人様もうんこたべてる!」

「あなた、一体何を……」

「ええい、おまえらそんな目で見るんじゃない! こいつは立派なくいもんだよ! うめえんだよ!」

「たしかに、どことなく香ばしくていい匂いが……。しかし、見た目はなんとも」

「まあいい、別に無理に食わなくてもいいぞ。あんまり物がないらしいからな」

「そういう煽り方をされたら、食べたくなるのが人情というものでしょう」

「そうともいうな、じゃあ、ほれ」


 とおにぎりを半分分けてやる。


「この白い部分は、なんです?」

「米だよ米」

「では、あなたが言っていた故郷の食べ物というのはこれなんですか」

「そうそう、まあいいからパクっと言ってみろ」

「……では」


 フューエルは複雑そうな顔をしていたが、俺に促されると観念して頬張る。

 思いっきりはいいよな。


「もぐもぐ……んぐ、これは、なんとも香ばしくて、それでいてもっちりと甘みもあって、美味しいものですね」

「そうだろうそうだろう、いやあ、うまいなあ」


 懐かしい味を堪能し終えてから、パロンに出処を尋ねる。


「この米と味噌、お前の故郷ってことは、妖精の国で作ってたのか?」

「えー、これはぁ、里じゃなくてぇ」


 いつの間にか、ふわふわモードに戻ってるな。


「近くにある集落で取れたものをぉ、仕入れてもらってたんですけどぉ」

「それはこの国からでも輸入できたりするもんなのか?」

「うーん、どうでしょうかぁ、ちょぉっと遠いですしぃ」

「しかしこれを一度口にした以上、食わずにいるなどということができようか」

「そうおっしゃられてもぉ、私にも都合がありますしぃ。あなたこそご自分の故郷から輸入されてはぁ」

「それができれば苦労はしないんだよ」

「でもぉ、私もぉ」

「そこをどうにか」

「じゃかわしぃわい! わしだって帰れるもんなら帰るんじゃ! 一度は捨てた故郷の空じゃ、おいそれとは仰げるかい!」


 パロンは怒り出して追い出されてしまった。

 うーん、仕方ない。

 また今度機嫌のいい時に、詳しい場所でも聞いてみよう。

 こんな時にエレンがいれば、うまく調べてくれたんだろうけどなあ。

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