第224話 故郷の味

 魔界探索はエレン達に任せて、俺はいつもの自堕落な生活に戻っていた。

 具体的には新人の蛇娘フェルパテットとイチャイチャしたり、フルンやエットの修行を見守ったり、料理中のアンやテナのお尻を揉んでみたりしていたわけだが、そうして遊んでいると、向かいのパン職人エメオちゃんが遊びに来た。

 彼女も揉んでもらいたいのかな、と思ったが違うようだ。


「新しいパンを試してみたので、味見をしてもらおうと思って」


 そう言っていろんなパンを並べる。

 エメオが所属するウェリオッタ・パン工房は、親方やハブオブの人柄からわかるように手堅いパンを作るが、アグレッシブなパンを作る職人も中にはいるようで、客層は広い。

 エメオ自身は後者のようで、ピーキーなパンも作るが、最近は俺のアバウトな情報を元にした日本風菓子パンを作ってくれることが多い。


「このチョココロネというパン、型が用意できなくてまだ普通の形ですけど、工房でもなかなか評判がよくて、うまく行けていると思うんですけど」


 そう言って出してくれたパンは渦巻き型ではなく普通のコッペパン風の形で中がくり抜いてあるのだが、味はなかなかいける。


「へえ、こりゃいいな。しっとりとしたチョコクリームがパンに絡んでうまい」

「そうなんです、パロンさんに用意してもらったチョコクリームがとても良くて」

「彼女も君と一緒でチョコ一筋だからな。どうだい、うまくやれそうかい」

「え、ええ、大丈夫、だと思います」


 と苦笑するエメオ。

 ご近所同士、うまく協業してもらおうと紹介したのだが、今のところ順調そうだ。

 まあパロンのあの性格とうまくやっていくのは、大変かもしれんけどな。


 エメオは自分でもパンを齧りながら、難しい顔をしていたが、不意にクスリと笑みをこぼす。


「どうしたんだい?」

「いえ、我ながら美味しいなあ、とおもって」

「はは、そうだな」

「うちはおじいちゃんがパン屋さんで、小さい頃によく食べさせてもらってたんです。その頃は山間の小さな村に住んでたんですけど、そこに住めなくなっちゃってパルツエーデの街に……」

「ふむ」

「おじいちゃんのパンがすごく好きで、子供の頃はあれが一番美味しいと思ってたんですけど、やっぱり痩せた土地で作った麦だったから、今の修行した私の舌で判断すれば、正直そんなに美味しいものじゃなくて……」

「うん」

「それでもやっぱり、あの味が懐かしくなることがあるんです」

「故郷の味ってのは、そういうものだよな」

「そうですね」


 そう言って笑うエメオちゃんの表情からは、何の屈託も感じられない。

 故郷に未練を残してきたわけではなく、ただ懐かしいだけなんだろう。


「サワクロさんの故郷の味って、どんなのですか?」

「俺はやっぱり、米かなあ」

「お米ってピラフとかにする?」

「そうだな、もっとも俺の故郷のお米はこの辺のとはちょっと種類が違って、水で炊くんだけど、ふっくら、かつ、もっちりとしてたまらん旨さだな」

「美味しそう。たしか東方のご出身なんですよね。こちらでは手にはいらないんですか?」

「うん、色々探してるんだけどね」

「あちらは海路も何かと物騒だって噂も聞きますし、難しいんでしょうねえ」

「そんな感じだな」

「ところで、今日はスィーダちゃんはいなんですか?」


 話が一区切り着いたところで、パンに群がる年少組を見回しながらエメオが尋ねる。


「うん、スィーダは師匠のクメトスのお供でね、今日は白象砦に行ってるよ」


 エレンが戻るまで探索は一時中止となったので、クメトスは元職場に出向いている。

 ほぼ引退したんだから、あまり顔を出しすぎないほうがいいと思うんだけどな。

 現役の連中もやりづらいだろうし。

 と言っても、クメトスもまだ三十前だし、現場に未練があるのかもしれないけど。


「何か用事があるなら、伝えておくけど?」

「いえ、そういうわけじゃ、ないんですけど」


 仕事があるからと言って、エメオは帰っていった。


 やはり同族同士、気になるのかな?

 この場合の同族意識ってのはどういうものなんだろうな。

 海外旅行に行った時に、たまたま出会った日本人みたいな感じなんだろうか?

 ちょっとピンとこないけど。

 そもそも外国にいる時の疎外感みたいなのって、言葉がほとんど通じないせいもあるだろうし。

 そういえば、この世界の言葉ってどうなってるんだっけ。

 外人でも同じ言葉を使ってるようだが。

 何度も聞こうと思ってたのに、下手に謎翻訳機能で言葉が通じるせいで忘れてたよ。

 忘れないうちに近くにいたアンに聞いてみた。


「外国語、ですか?」

「うん、そういうのは無いのかと思って」

「ありますよ。うちで言えばモアノアやウクレはスパイツヤーデの言葉ではありませんし」

「でも、みんな通じてるよな」

「それはもちろん通じますけど。通じない外国語と言うものもあるんですか?」

「俺の故郷じゃ、国ごとに言葉が別で全然通じないほうが普通なんだけどな」

「それでは交流も不便なのでは?」

「そうなんだよ」

「こちらではアクセントや言い回しで癖のようなものはありますけど、基本的には通じますね。もちろん魔物などの使う言葉は別物ですが」

「そうなのか」


 そこにタイミングよく帰ってきたエンテルが説明を引き継ぐ。


「こちらの世界でも、かつては複数の言語で人々の交流が断絶されていました。ですが一万年前にアビアラ帝国が興ると初代皇帝が言語を統一したとされています。これが現在でも我々が使っている言葉なのです」

「ほほう」

「もちろん、国や地域ごとに多少の差異はありますが、元は同じ言語が時代とともに変化したものです。方言などともいいますね」

「ふぬ」

「この国であればスパイツヤーデ州語派、モアノアの場合は北方のチャサ州語派、エットであれば南方系語派などと分類されており、それらを統括してアビアラ語族と呼びます。一般に距離の離れた地域ほど変化の差が大きいですね。魔界であればなおさらで、オーレなどはかなり表現が簡素化された言葉遣いですし、逆にプールの場合はアビアラ帝国時代の貴族言葉の影響を色濃く残しているといえましょう」

「ふむ」

「また異なる言語といえば魔物の言葉があります。よく研究されている言葉で言えば、ノズや一部のギアントが使う鼻行語族に分類される言語がありますね」

「ほう」

「それ以前の時代のものとなると、例えば私の研究対象であるペレラール時代の言葉などは文献自体が無いもので、存在自体が疑われていたのですが、ミラーのお陰で当時の言語の片鱗がつかめつつあります。ミラーによると当時の公用語、つまり公の場で使用できる言語のことで、そもそも公用語という言い回し自体が現代ではあまり使われないのですが、そのうちの一つ、公用語Aと呼ばれるものは現代の経典に残る女神の言葉に通じるものがあります。たとえば女神ネアルのネアは知識、ルは神を表すと言われていたのですが、そのルーツはこの言語にある可能性が高いのです」

「ほほう」

「すなわち、この時代は女神と同じ言葉を話していた、ひいては直接的に女神と交流していた可能性も!」


 だんだん解説がエキサイトしてきたな。

 その後延々とエンテルのうんちくを聞かされ、開放された頃にはぐんにゃりしていた。


「ご主人様、おつかれ?」


 そこに撫子とピューパーがやってきた。


「甘いの食べると、元気出るよ」


 とピューパーが手にした菓子パンを出すが、パンはさっきしこたま食べたんだよな。


「パンかー、美味しいけどさっきたくさん食べちゃったしな」

「そっかー、じゃあチョコは? チョコ貰ってくる!」


 そう言ってピューパーは返事も聞かずに出ていってしまった。

 撫子も追いかけようとして、ちょっと立ち止まって振り返る。


「本当に食べますか?」

「うん、そうだな。パロンの邪魔はしないようにな」

「わかりました」


 と頷いて、テケテケと走って出ていった。

 しかしなんだな、さっきお米の話しをしたせいか、美味しいご飯が食べたくなってきた。

 暖かいおにぎりに味噌汁……食べたいなあ。

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