第223話 失踪
俺は義兄弟の末弟であるアンチムからの手紙を読んでいた。
無駄に畏まった手紙を要約すると、以前、アンチムの紹介で依頼した人形工房の職人が、なんと失踪したらしい。
もちろん、依頼した人形の制作も放置してだ。
「しかし、そんなに無責任なタイプにも見えなかったんだがなあ」
と俺が言うと、取引を任せていたイミアも、
「はい。職人気質で、若さの割に偏屈なほど厳格に取り組んでいるように思えたのですが」
「うん、俺もそういうタイプだと思ったよ。遅れることはあっても投げ出すようには見えなかったんだけどなあ」
「しかし、こんなことになるとは。私もまだ取引先の目利きがなっていないということですね、申し訳ありません」
「気にすることはないさ。最終的に決めたのは俺だからな。それにまだ、ダメだと決まったわけではないだろう。何かやんごとない事情があったのかもしれない」
「そうですけど、祖父がこのことを知ったら大目玉です」
と苦笑するイミア。
アンチムによると、職人のシャオラちゃんと相棒のリックルちゃんは置き手紙を残していたそうだ。
手紙には、わけあってしばらく工房を空ける、依頼の件は戻り次第早急に再開する、とあり、後は謝罪の意が簡単に述べられていた。
「いつ戻るか、とかは書いてなかったんですか?」
「アンチムによると、そうみたいだな」
「なにか、仕事上のトラブルだったのでしょうか」
「夜逃げと言えば借金が相場だが……」
「資金繰りはうちの渡した前金で大丈夫だったはずですけど。やはり、もう少し早めにこちらから出向くべきだったのかも……」
「まあ戻ると言ってたんなら、それを信じよう」
それはそれとして、俺としてはクントが残念がるであろうことが心苦しいが、そのことでイミアや職人たちを責めても仕方がないのだ。
撫子たちと遊びに行っていたクントが戻ると、俺は体の完成が伸びる旨を伝えた。
「えー、体できないの? できないの?」
と俺の膝の上でくるくる回りながら、火の玉娘のクントは俺の話を聞いていた。
「うん、予定だとそろそろのはずだったんだけどな、少し伸びるみたいだ」
「どれぐらい? 百年? 二百年?」
「はは、そんなには伸びないよ」
「そっかー、そっかー、ならいいかな。すぐだよ」
と納得してくれたようだ。
時間の感覚がだいぶ俺とは違うようで助かった。
むしろ俺よりネールのほうが気を揉んでいるようだったが、ひとまず大丈夫だろう。
それにしても、困ったな。
困ったからと言って、今できることはないんだけど。
最近、こんなのばっかりだな。
いくら脳天気な俺でも、なんだか気が滅入ってくるぜ。
「というわけで、どうしたもんかな」
暖炉の前でデュースと談笑していたフューエルのところに愚痴りに行く。
「何が、というわけなのです」
「いやだってほら、どうにもしてやれんけど、何かしてやりたいなあってこともあるじゃん」
「それはわかりますが」
「このやり場のない気持ちを夫婦仲良く分け合って、困難に立ち向かおうとかそういうあれだよ」
「まったく……」
そう言ってフューエルは少し考える素振りをしてから、デュースの顔を見て苦笑し、ついでにため息を付いて自分の太ももを二回、ポンポンと叩いた。
お許しが出たので、俺はさっそうとフューエルの膝枕で横になる。
「甘えたいのなら、素直にそうおっしゃればいいのに」
「俺だって、言うのが恥ずかしいことぐらいあるさ」
「そういうことに、しておきましょう」
そうしてしばらくまったりしていると、気持ちも落ち着いてくる。
「それにしても、スィーダの従姉といい、例のベレース工房といい、なんか人形師に縁があるな」
「そうですね。私も今まで関わったことがないので、人形師がどういう職種なのか、わかりかねるのですが」
「どういうって、普通の職業とは違うもんなのか?」
「工房と言っても、エンテルのような学者の工房や、カプル達のような大工工房と違い、あれは錬金術などと同様、秘密結社の類ですから」
「そういや、仕組みとかは秘密なんだよな」
「炉を用いて人形を生ずる、と言われていますが、それがどんなものかさえ知られていませんし」
「それじゃあ、ここで気を揉んでるだけ無駄だよなあ。やっぱ、連絡を待つしかないか」
「何かあればまた、アンチムが知らせてくれるのでしょう?」
「そう言ってたよ。あいつも手紙越しでも気の毒になるぐらい、謝ってたな」
「そうですか。そう言えば先日、あれの母に会いましたが、誰か良い縁談の相手はないかと最近はそればかり」
「あいつは人形を崇拝しているボルボルと違って、自分の娘か何かみたいに可愛がってるからなあ、嫁さんとか今更いらないんじゃ?」
「しかしそれでは、家は広がりませんよ。他所の血を入れて家系を連ねなければ」
「そういうのはやりたいやつがやればいいと思うんだけどなあ。そもそもあいつ、今いくつだっけ?」
「まだ二十に満たないのでは?」
「ふーむ」
兄としてアンチムの将来にも気を使ってやりたくはあるが、今は手一杯なので、また今度考えてやることにしよう。
そのまましばらくイチャイチャしていたら、エレンがやってきた。
「取り込み中に申し訳ないんだけど、ちょっといいかな」
「どうした、腕枕でもしてもらいたくなったか?」
「それはまた今度お願いするよ。それよりも、例の人形師のことだけど」
「例の、とはどっちだ?」
「クントの件で依頼してる方さ」
「ほう」
「と言っても、元はスィーダの従姉の方なんだけどね」
「というと?」
「従姉の動向をこっちでもつかめないかと思って、あちこち手配してたんだけど、どうも数日前に、それっぽい連中が街で大量に保存食なんかを買ってたみたいでね」
「ほほう」
「その時、四人いたらしくて、最初の報告ではプリモァの四人組とあってスルーしてたんだけど、例の人形師の件を聞いて、今再確認してきたところ……」
「ふむ」
「どうもそのうちの一人は少し小柄で全員が従姉の彼女と同じようなフードをかぶっていたとか。でもって、キャラバンに同行してた盗賊の話でも、同じような四人組を魔界で見かけたって話でね」
「ほう。つまり、例の二人が合流して四人で何かやらかしてると?」
「まあね」
「でも、あの子たち、知り合いだったのか?」
「世間は狭いからねえ。同年代のプリモァやガモスで、同じような風体で、魔界にいるとなると、それなりにね。そもそも人形師って狭い業界らしいしね」
「なるほど」
「なにより、どっちも旦那絡みの知り合いだからね、どんなに薄い可能性でも、ありうるんじゃないかと思ってね」
「ははは、俺も罪作りな男だな」
「というわけで、僕らだけで先行して、魔界で動向を探ってこようと思うんだけど」
「ふむ、じゃあ任せた」
「了解。まだ予想だけど、長旅の支度をしていた所から見て、例の森の遺跡じゃなくて、別の何処かを目指してるんじゃないかな」
「しかし、人形の炉ってのは、遺跡にあるんだろう?」
「だからほら、あの入り口もわからない遺跡じゃなくて、どこか彼女たちだけが知っている遺跡のたぐいが魔界にあるんじゃないかと思ってね」
「なるほど。じゃああの従姉ちゃんも、単に魔界への入り口として森のダンジョンに潜ってたのかな」
「そこも含めて、調べて来ようと思ってね。いつものように紅とコルスの三人で行くから、連絡はマメに入れるようにするよ。魔界は勝手がわからないから、例のお姫様の協力を仰ぐことになると思うけど、構わないかな?」
「おう、お前たちのいいようにやってくれ」
それで話は決まり、三人は翌朝早くに出かけていった。
何か情報がつかめるといいな。
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