第222話 森のダンジョン その四

 探索をはじめて三日が過ぎた。

 今日も目一杯探索してヘロヘロになって帰ってきたが、残念ながら、鉄の層から現実的な穴掘りでステンレスの層に至る事ができそうな場所は見つかっていない。

 穴掘り担当のクロックロン達は出番を待ちかねているようだが、仕方あるまい。


 今のやり方は筋が悪い気もするな。

 かわりに下水道の地下から潜るという選択肢もあるのだが、こちらはすこし後回しだ。

 なんとなれば、スィーダの従姉クローレちゃんの動向を知りたいからだ。

 もっとも、あれから一度も顔を合わせていないのだが。

 行商人が通る時間に合わせて地下闘技場に着くように探索しているのだが、どうもキャラバンの中にはいないようだ。

 あるいは稼いだ日銭で遺跡を探しているのかもしれない。

 やはり、もう少し話を聞いておくんだったなあ。


 ひと風呂浴びて、暖炉の前で途方にくれていると、サウナで搾っていたエンテルがやってきた。

 風呂上がりのしっとりした肌に身につけているのは、バスローブだけだ。


「お疲れのようですね、ご主人様」

「ちょっとね。どうも何をすりゃいいのか、わからなくてなあ」

「遺跡へのアクセスの目処は立たないのですね」

「そうなんだ。それもあるけど、スィーダがなあ」

「そちらは焦らずとも良いのではありませんか? 私ども古代種は、ホロアとはまた少し違う心の働きで、主人を選ぶような気がします。相性が良ければ出会って即従者に、とはなかなか行かぬものです。特にまだ若いあの子には、それなりの段階が必要なのだと思います」

「そんなもんかね」


 などと生返事を返しながら、バスローブ越しに柔らかい所を揉んでいると、今度はフューエルが風呂から上がってきた。

 そのまま隣に腰掛けると、体を押し付けてくる。

 自分のも揉めということだろうか。

 まあ、言われなくても揉むんだけど。

 だが俺が手を伸ばすより早く、フューエルは話を切り出す。


「レーンから聞きましたが、そちらは今日も成果がなかったんですね」

「まあね。そっちはどうよ」

「ウクレとオーレの実践訓練を進めているのですが、なかなか覚えも良くて、結果が出せていますよ」

「そりゃあ、何より」

「あの子たちもそろそろ、あなたに成果を見てもらいたいでしょうし、一度こちらのパーティに入ってみては?」

「そうだなあ、頑張ってくれてるなら、見てやらんとなあ」


 見てやらんとといえば、留守番組の相手もしてやらんとな。

 探索に出ると、ついしんどくてゴロゴロしてしまうからなあ。


 新入りの蛇娘フェルパテットはすっかり打ち解けたようで、昼間は炊事などを手伝い、夜は子どもたちと遊んでいる。

 特に牛娘のピューパーが懐いているようで、


「尻尾がかっこいい。つるつるしてピカピカしてる。私もおっぱいは二つでいいから、こんな尻尾が欲しかったかも」


 などと言っていた。

 子供の興味って、どこで引っかかるのかわからんな。

 しばらく子どもたちの相手をしていると、アンがやってきて、夕飯の前に風呂に入れと促す。

 俺は帰ってきた時に一度入っているのだが、せっかくなので主人自らみんなの体を洗ってやろうと一緒に入ることにする。

 撫子やピューパーはゴシゴシ洗ってやるとおとなしくじっとしていて、洗い終わるとさっさと湯船に飛び込んでしまうのだが、フェルパテットは慣れていないのか、顔を真赤にして恥ずかしがる。


「あの、体ぐらい自分で洗えます…から」

「ははは、そんなことはわかってるよ」


 などと言いながら両手を石鹸まみれにしてにじり寄る。

 手作りの天然石鹸はいまいち泡立ちが悪いぶん、余計にヌルヌルしていて、こう言うときはかえって都合がいいんじゃないかという気もするな。


「ご主人様、その、困ります、わ、私が洗ってさしあげますので」

「それは後で頼むよ、今はお前のその洗ごたえのある体をだな」

「うう、だめ、だめです」


 ズルズルと洗い場を這って逃げるフェルパテット。


「逃げちゃダメだよ」

「逃げちゃダメです」


 そこに撫子とピューパーが湯船から飛び出して、フェルパテットを押さえつける。


「よし二人ともでかした、しっかり抑えてろよ」

「あ、ぅう、ご、ご主人様、だめ……」

「ふはは、まずはそのもっちりとした上半身を……」

「や、だめ、ぁあ……」


 そんなに恥ずかしがられると、ますます楽しくなるわけで、俺はフェルパテットのながーい体をくまなく洗いつくした。

 上半身はまだ成長の余地を残しつつも、しっかりと量感のあるいい体つきだが、下半身の蛇の体は、なんというかつるつるしていて、とても滑らかで、ゴムとも金属ともちがう、なんとも言えない感触だった。

 もっと魚の鱗みたいにゴツゴツしてるのかと思ったけど、上から下に向かって撫でるととても滑らかで、逆方向だと少し引っかかる感じなんだな。

 とにかく、すごくつるつるしてて、いくら撫で回しても飽きないのだが、フェルパテットがもう限界と言わんばかりに顔を真赤にして大変そうだったので、これぐらいで勘弁することにした。


「いやあ、洗った洗った」

「ううぅ、あ、ありがとうございます」

「こちらこそ、大変ありがとうございました」

「ぁう、ご、ご奉仕が、こんなには、恥ずかしいなんて……」


 ここまで恥ずかしがられるのも新鮮だなあ、と思ったが、あとで聞いたところによると、フェルパテットはあの小さなかくれ里で生まれ育ったせいで、スケベ方面の知識が極端に薄いというか、潔癖に育っていたようだ。

 それであれだと、まあ刺激が強すぎたかもしれないな。

 もう少し清く正しいご奉仕生活を勤しむべきだったかも。


 お風呂をしこたま堪能して、冷たいエールをあおっていると、今度はチェスチャンピオンにしてうちの経理を一手に賄っているイミアが俺を呼びに来た。


「クントのことで、相談がありまして」

「というと、例の人形のことか?」

「はい。そろそろ納期なのですが、ちょっと雲行きが……」

「うん?」

「年末に確認しに行った時は、多少遅れは有るものの順調に進んでいるように思えたんですけど……」


 イミアには暮れに一度、視察に行ってもらっていたのだ。


「年が明けて急に連絡が途絶えがちになりまして。近いうちにもう一度視察に行こうかと」

「ふむ。探索の方が行き詰まってるし、俺も行ってみようかな」

「いいんですか? ご主人様が来てくださるなら、私も助かりますけど……」


 というわけで、こちらは後日、行ってみることにした。

 工房はゲートを利用しても半日はみっちり移動にかかる田舎らしい。

 宿の手配もいるかもしれないので、その辺の段取りを決めていると、今度は大工にして我が家の製造部門におけるプロデューサー役であるカプルがやってきた。


「商店街の拡張ですけど、工事の目処がつきましたので、来週ぐらいから取り掛かりますわ」

「ほう」

「うちと同じく、ジングのところに頼むことになりましたわ」

「棟梁はまたこっちに来てるのか」

「ええ、近場の街で仕事を終えたそうなので、呼びましたの」

「彼なら安心だしな」


 今のところ、商店街には新たに次の七軒がオープンする。


 果物屋エブンツの妹夫婦が開く料理屋。

 ガラス製品を扱うシロワマ工房のアンテナショップ。

 漁師のホム夫婦がやる魚屋。

 南方商人フリージャのコーヒー屋。

 妖精パロンのチョコレートショップ。

 うちがやる画廊。

 そして、冒険者ギルドの新しい事務所。


 ギルドはともかく、なるべく時期を合わせて一斉にオープンしたい。

 他にも土木ギルドの事務所とか、冒険者向けの宿の計画もあるが、こちらはまだ手付かずだ。


「しかし、一気に店舗数が倍増するわけか、うまくいくといいなあ」

「そうですわね。私も小売業には詳しくありませんけれど、三年で半分残ればいいほうだと、メイフルは言っておりましたわね」

「そんなもんか。知り合いばっかりなので、なるべくうまくいってほしいもんだな」

「こればっかりは、努力と才能だけで解決する問題でもありませんものねえ」

「だよなあ。俺もなるべく顔をだすけど、工事の方は任せるよ」

「かしこまりましたわ」


 なにか客寄せの仕組みも、考えとかないとな。

 しかし、新年早々忙しいなあ。

 エディも街にいないし、フューエルは探索とウクレの指導に打ち込んでてあんまり遊んでくれないし。

 新しい出会いでも求めて、頑張るか。




 翌日はスィーダ達も一緒になって、ルート一を探索することにした。

 こちらは色んな所から魔物が湧き出してきて、なかなかスリリングなダンジョンだ。

 アトラクションじゃなくて命がけの探索なので、のんきにスリルを堪能するわけにはいかないんだけど。


 古めかしい岩肌の通路を進むと、前方から剣戟の音が聞こえる。

 どこかのパーティが戦闘中なのだろうが、様子をうかがっていた紅が、こちらに魔物が近づいているという。

 おそらくはノズが三体、ということだ。


「偵察を出すか?」


 と俺が聞くと、エレンが首を振ってレーンに話しかける。


「もう、そんな余裕はなさそうだよ。どうする?」

「では、ちょっと下がって、先程の広い通路で待ち受けましょう。オルエンさんとクメトスさんが前方に立って壁を。残りは陣形を維持しつつ、先程のところまで五十メートルほど後退。エレンさんは先行して進路を確保してください」


 レーンの指示で俺たちは後退の準備を始める。

 今日は合同パーティということで二十人からの大パーティであり、多少分散しているとはいえ、進むのも戻るのも時間がかかる。

 じわじわと後退していると、目的地の手前で敵と遭遇してしまった。

 敵のノズは体表が紫で背中にいくつもコブがある変種だ。

 かなり強いらしい。

 クメトスとオルエンの二人は危なげなくさばいているが、反撃のきっかけがつかめない。

 おまけにここはまだ通路が狭く、二人が並ぶと後衛はほとんど手が出せなくなってしまう。

 それは人間より体のでかいノズも同じなのだが、要するに手詰まりだ。


「うう、師匠、大丈夫かな」


 後ろでハラハラしながら見守っているスィーダに、フルンが落ち着いてこう言った。


「今はまだ大丈夫、息も乱れてないし、動きも完全に見切ってる。だけど、決め手に欠けるから、ああなる。それは相手も同じで、あまり強く攻めてこない。もう少し場所を変えたほうがよかった」

「そうなの?」

「うん、だからレーンも下がろうって言ったんだけど、思ったより敵の動きが早かった! そういうこともある!」

「場所でそんなに違う?」

「自分の有利な地形を知るのも大事! んーとね、剣の速さとか、捌く技術とか、そういうのって強さの半分ぐらい。自分のほうが格下でも、地の利を得たら同等以上の戦いもできるから!」

「そんな違いとか、まだ考えたことない」

「スィーダは力が強いから、どうしても大振りになるでしょ。だったら広いところで思いっきり動けるほうが力が発揮しやすいと思う」

「あ、それならわかる。狭い所苦手かも」

「でも、あんまり大振りすぎてもスキだらけになるから、今度は周りに隠れるところがないと囲まれて不利になっちゃう」

「う、前に一人でやられた時、広い部屋でそうなった」

「うん、そういうのもね、一つずつ覚えておくの。でも、あんまり理屈で考えてもしょうがなくて、狭いところが苦手でも、通路の幅が一メートルならダメなのか、二メートルならもう大丈夫なのか、とかは、やってみないとわからないから、こう言う時にちゃんと動いて、覚えておくと、次からはちゃんとできる」

「う、うん」

「もうちょっと下がろう。そろそろだから」

「なにが?」


 問には答えず、フルンはゼスチャーでスィーダを下がらせる。

 下がったところにオーレが一歩前に出て、小さな杖を振るう。


「真ん中!」


 オーレが叫ぶと、タイミングを図っていた前衛のクメトスとオルエンがさっと下がり、空いたスペースにオーレの呪文が炸裂した。

 キーンと響く激しい金属音と同時に二体のノズの間が凍りつき、ノズは棍棒を振りかぶったポーズのまま固まる。

 次の瞬間、ウクレが小さな小さな火の玉を数発放ち、凍りついたノズの体を貫いた。


 数秒後、火の玉が貫通した箇所がひび割れ、徐々に亀裂は大きくなり、やがて二体のノズは砕け散ってしまった。


 後方にいた最後の一体は逃げ出そうとするが、右足が凍りつき動けない。

 まごまごしているうちに飛び出したセスに首を切り落とされてしまった。

 うーん、危なげのない戦闘だった。


「ふたりとも、見事な呪文だったな」


 俺がウクレとオーレを褒めると、嬉しそうに頷く。

 二人が俺のために、健気に修行に打ち込んでいるのだと思うと、なんだかじーんと来るものがあるな。




 その後も、そんな調子で戦闘をこなし、再び終点の闘技場にたどり着く。

 戦闘が多かったせいか、予定よりちょっと遅くなってしまったようだ。


「時間が遅くなったし、休憩は軽めにして、引き上げるか」


 外に出て魔界の景色を見下ろしながら俺がそう言うと、フューエルが腰を下ろす場所を探しながら答える。


「まあ、慌てるものでもないでしょう。それよりも、お腹が空きました。あなたも支度を手伝って下さい」


 と言って、クロックロンに担がせていたコンテナを開ける。

 中にはあれこれお弁当が詰まっているようだ。


「随分立派なのを持ってきたな。そういうところまで、テナの真似をしなくてもいいと思うが」

「何を言っているのです。この大人数ですよ、ただの行動食でも支度をする手間は相当なものです」

「そりゃあ、そうかもしれんが」


 フューエルに促されるままに、俺も折りたたみのテーブルやチェアを並べる。

 だんだんハイキング度が上がってくるな。

 支度を終えて、さて何を食べようかと思ったら、フューエルがいそいそと隣にやってきて、バスケットを開く。


「その、珍しく、料理などを、してみたんですけれど……」


 などとほんのり頬を赤らめる。

 ははあ、手作りのお弁当か。

 そういうイベントが有るなら、早く言ってくれよ。


「こりゃあ、うまそうだ。頂きます」


 と早速一口。


「うまい」


 よかった、ちゃんと美味しい。


「そうですか、料理も久しぶりだったので、ちょっと不安だったのですが」


 などと言いながら、フューエルも食べる。

 魔界の入り口で奥さんの手作り弁当を食べながらニヤニヤしていると、闘技場から商人のキャラバンが出てきた。

 スィーダは立ち上がって必死に従姉のクローレの姿を探すが、今日も見つからなかったようだ。


「居ない、みたい。もう商人のお手伝いはしてないのかな?」


 ションボリしながらつぶやくスィーダをフルンたちが取り囲んで励ます。

 麗しい友情だなあ。


「あなたも何か言ってあげないのですか?」


 とフューエル。


「いやあ、あれだけ友だちがいれば大丈夫さ」

「そうでしょうか? 確かに友人は心の支えになりますし、クメトスも剣の道においては支えになっていると思いますが、あの子にはもう少し色々なサポートが必要なのでは?」

「それはそうだと思うんだけどな、スィーダは体一つで村を飛び出すような子だから、基本的には一人で立てると思うんだけどな」

「しかしそれは、故郷や両親と言った支えから、あの従姉の人形師のところに新たな支えを求めてさまよってるだけかもしれませんよ」

「そうだとしたら、問題かもしれんが、そもそもスィーダが拠り所にしてるのはあのぶっとい剣であり、亡くなった爺さんだろう」

「あの大剣の使い手だったという方ですか?」

「そうそう、その爺さんみたいになりたいんだろ。従姉の件は、言ってみれば単に家を出るきっかけだったんじゃないのかな」

「そういうことなら、たしかに今のままでも良いのかもしれませんが、それではあなたの出番はないのでは?」


 と言ってにやりと笑うフューエルに、俺は飄々と答える。


「あの子がこの先、主人を欲しくなった時に、一番に駆けつけるためにここにいるのさ」

「それはまた、殊勝なことで」


 結局、俺の役割ってそれぐらいしかないので、ちゃんといるべき時にいるべき場所に居られるように注意するぐらいだよなー、とかなんとか最近は思ってるんだけども。

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