第221話 森のダンジョン その三

 そのまま調査を続け、気がつけば一度の戦闘も経ないまま、俺達はダンジョンの出口である、地下の闘技場跡にたどり着いた。


「なにこれ、これもダンジョン?」


 と驚くスィーダ。


「ここは大昔の闘技場か何かの跡だよ」

「大昔?」

「たぶん何千年も前の人が、ここで何かの競技を楽しんでたんだろうなあ」

「競技? 競馬とか?」

「そうだな。あるいは演劇かもしれないし、あんがい議会だったかもしれないな」

「ふーん、よくわからないけど。魔族が使ってたの?」

「たぶんなあ。たぶんばっかりですまんが、昔のことだから、よくわからんのだ」

「あ、アフリエールが、そういうのを習ってるって言ってた。一緒に来れば何か教えてもらえたかも」

「そうだな、近いうちにあいつらも連れてきてみるか」

「うん」


 遺跡へのアプローチが可能になれば、改めてエンテルたちにも来て貰う予定なので、その時につれてくることもできるだろう。


 予定では、シルビー達のパーティもここまで降りてきて合流、その後、一緒に地上まで帰る予定だったのだが、あちらは何度か戦闘を行って遅れているらしい。

 あと一時間ぐらい、とのことだったので、ここで待つことにした。

 闘技場の壁の裂け目から外に出ると、魔界の風景が広がる。


「すごい、ほんとに真っ赤だ。これが魔界……」


 スィーダは目の前の景色に息を呑んでいる。

 まあ、インパクトはあるよな。


 魔界の天井まで届く山の頂から見下ろすと、東の方には大きな山と青い光が降り注ぐ穴が見える。

 そこまでの土地は森に覆われていて、魔族はあまり住んでいない無法地帯だとかなんとか。

 そこから北に視線をずらすと、アウリアーノちゃんの居るデラーボン自由領だ。

 デラーボン自由領ってのは一つの国の名前じゃなくて、ファビッタ国というのを宗主と仰ぎつつ主権を持った国の集まりで、アウリアーノちゃんのところはその中でも有力な国の一つらしい。

 昔のドイツみたいなものかな。

 よくわからんけど。

 西の方にはアーランブーラン王国とかいう国もあるらしいが、ここからじゃよく見えないな。

 南の方も山の反対側なのでわからない。

 概ね、わからんことだらけだ。

 我ながら、なんにも知らないな。

 俺がソクラテスの境地に至りかけたところで、スィーダが素っ頓狂な声を上げる。


「どうした、スィーダ」

「あ、あそこ! なんか、でかいの! なんか!」


 そう言って麓の森を指差すと、おそらく二十メートル以上はあろう木々の間から、上半身を突き出した人型の何かがのっそりと歩いている。


「でかっ!」


 つられて俺も叫ぶと、クメトスも寄ってきた。


「あれは……あれも魔物なのでしょうか?」


 とクメトス。


「わからん、五十メートルぐらいあるんじゃないか?」

「それぐらいはあっても、おかしくないと思います」

「前に倒した竜だって、あそこまではでかくなかったぞ」

「あのような生き物も居るのですね。なんと世界は広いことか」


 それに答えてスィーダも目をキラキラさせながら、


「うん、すごい、街からちょっと魔界に来ただけで、こんなすごい景色が見られるなんて、ほんと、すごい。ねえ、師匠もそう思う?」

「ええ、思いますとも。こんな光景を目にするなんて、想像もしたことがありませんでした」

「すごい、冒険って凄い」


 師弟仲良く巨人に興奮していて可愛いな。

 しかし、もしあんな超巨大生物と戦うことになれば洒落にならんと思うんだけど。

 まあいいか、もしかしたら温厚な種族かもしれないし。


「それにしても大きいですね!」


 と、いつの間にか隣に来ていたレーン。


「何か知ってるか?」

「いいえ! しかし、巨人として知られるメルビエ達オムル族でさえ平均四、五メートル。どんなにでかくても十メートルもありませんから、あれは桁違いのデカさですねえ」

「本物かな? 幻影とかじゃ」

「この距離であのスケールの幻影を見せているとすれば、それはそれでまた桁違いに強力な魔法ということになりますから、おそらくは本物でしょうね」

「そうかあ」

「神話には、百メートルを越す巨人なども出てきますが、神話以外でそこまででかい巨人の話は出てきませんし」

「そうなのか」

「はい。賢き霧の巨人などと呼ばれ、南の果にある、氷の世界に住まうと言われていますね」

「居るのかなあ」

「私は神話において、女神以外の人知を超えた存在に関しては懐疑的な方だったのですが、ご主人様に仕えてからは、色々と想像を超える物を目にしてきましたので、むやみに可能性を否定するのはやめることにしました」

「ほほう」

「新たな知識を糧として、溢れ出した知恵が私に新たな知慧を与えたと言えるでしょう」

「そりゃあ、めでたいことだな」

「まったくです」


 などとめでたい話をしているうちに、巨人は南の方へと歩き去ってしまった。

 しばし感慨にふけっていると、いつの間にか闘技場から集団が出てきた。

 どうやら商人のキャラバンらしい。

 毎日往復していると言うから、その連中だろう。


 集団はそのまま闘技場の外で足を止めると小休憩に入った。

 その様子を眺めていたら、再びスィーダが、今度は「ぴゃっ!」って感じの変な声を上げる。

 どうやらキャラバンの中に、従姉のクローレの姿を見出したらしい。

 すぐさま駆け寄りたいが、駆け寄っていいのか判断がつかず、俺達とクローレの方を何度も見てはムズムズしている。

 この子もいちいちかわいいな。


「せっかくだ、挨拶ぐらいしとくか」


 と俺が言うと、スィーダは「うん」と頷いて、そのまま駆け出そうとするが、クメトスに首根っこを捕まえられる。


「このような場所で、不審な行動を取るものではありません。あちらは商人の集団ですから、ことさら警戒しているものです」

「ご、ごめんなさい」

「さあ、落ち着いて挨拶するのですよ」

「うん」


 キャラバンはいくつかの商人のグループが一緒になって行動しているらしい。

 見たところ、護衛の冒険者も含めて百人はいる。

 俺達が近づくと、商人たちはチラチラとこちらを見るが、護衛の何人かは俺達のパーティを見知っていたようで、特に警戒されることもなくクローレちゃんのところまでたどり着いた。


「スィーダ、どうしたのです、このようなところで」

「探索! みんなで、探索に来た!」


 クローレは突然現れたスィーダに驚くが、同行する俺達をみて、頭を下げる。


「クローレはなにしてる? 護衛の仕事?」

「そうです。今は友人と二人で資金を稼ぐために護衛と人足の……」


 とそこまでいいかけると、後ろにいた分厚いマントの女が、割り込んでくる。


「まあ、あなたがクローレの言っていたスィーダさんですのね。ワタクシ、クローレと供にパペッティの術を学んだペリエージェと申します。まあまあ、昔のクローレにそっくりで、とても可愛らしいお嬢さんですこと、よろしくお願いしますね」


 ペリエージェと名乗った娘はマントのフードを脱いでスィーダの手を取る。


「あ、うん、その……よろしく、です」


 スィーダは顔を真赤にしてうつむきがちにそう答える。


「ふふ、本当に可愛らしい。後ろの皆様はスィーダさんのお仲間かしら?」

「う、うん、師匠とそのご主人様」

「まあ、そうですの。お見受けした所、さぞ名のあるパーティのご様子。良い師を得ることは道をなすにあたってもっとも重要なことですものね」

「うん、そう思う」


 人形師らしいペリエージェちゃんは、マントに身を包み、すこし赤みがかった銀髪をニットの帽子でまとめている。

 耳も長いのでプリモァなのだろう。

 ふんわりとした髪型と振る舞いで、そこはかとなくお嬢様っぽいが、装備は貧相な魔導師と言ったところか。


 さて、この二人の人形師と何を話したものかと悩んでいると、キャラバンの先頭で笛がなる。

 どうやら休憩時間が終わりらしい。


「あら、時間が来てしまいましたのね。名残惜しいですけれど、またいずれお会いしましょう。道中お気をつけて」


 ペリエージェはひらひらと手を振り、でかい荷物を担ぐ。

 従姉のクローレはスィーダの手を取って、


「私はもう行かねばなりません。スィーダ、あなたも気をつけて」


 それだけ言うと、クローレは大きな荷物を担いで同僚のペリエージェちゃんと出発してしまった。

 わりと淡白っぽいな、あの子は。


 スィーダは一行が山を下る姿を小さくなるまで見送っていたが、姿が見えなくなると振り返って俺とクメトスにこう言った。


「師匠も、サワクロさんもありがとう。クローレ、一人じゃなくて、ちゃんと仲間がいたみたい。たぶん、私よりずっといいと思う」


 そう言って笑うスィーダの表情は、安心したのか寂しいのか何とも言えない微妙な感じだったが、仕方あるまい。

 どうやらあのキャラバンはこの経路を使って魔界と交易しているらしい。

 クローレは遺跡を調査しているのかと思ったが、資金不足か何かの理由で人足仕事をしてるんだろう。

 となれば、ここを結構な頻度で行き来していると思われる。

 だとしたら、やはり当面ここの調査を続けていれば、クローレの動向も知れるんじゃないかなあ、と思う。

 今日のところはそれが知れただけでも、良しとしておくか。

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