第220話 森のダンジョン その二

 翌日。

 森のダンジョンまでは、木を切り倒し、石を取り除いて馬車が通れるだけの道が作られたこともあって、三十分足らずで着く様になっていた。

 入り口の周りには屋台やバラックが並び、まるで小さな集落のようだ。

 商家の大きな馬車の横には荷物が山積みされていた。

 あれを担いで魔界まで運ぶのだろう。

 それとも、魔界から仕入れた商品だろうか。


 一角に騎士団の詰め所もあった。

 以前よりもこじんまりとした天幕に、小さな酒樽を抱えて挨拶に行くと、見知った顔の騎士が詰めていた。

 神殿地下の大掃除で護衛をしてくれた、ルッコリという五十前の男だ。

 かなりのベテランで、次期小隊長候補だとも聞いているんだけど、第八小隊長が引退したらしいこの時期にこんなところで冷や飯を食っているようだと、あまり見込みはないのかな?

 などと、余計なお世話なことを考えていると、ルッコリはやや疲れた顔で俺を歓迎してくれた。


「おお、サワクロ殿。先ごろは大変お世話になりました」

「こちらこそ。しばらくこちらに潜ろうかと思うので、よろしくお願いします」


 と言って土産の酒を渡すと、かしこまって受け取る。


「ところで、こちらの様子はどうです?」

「そうですな、現在、魔界への経路は三つ。うち二つが……」


 と事前に調べておいた内容とほぼ同じことを話す。

 ここで何か現場でしか知り得ない情報でも出してくれると、彼の株もぐっと上がるんだろうが、どうもだめっぽいな。


 とにかく、当面の目的は、塞がってしまったステンレスの層への入り口を探すことだ。

 ステンレスの壁を切り裂ける聖剣エンベロウブを持ってきたので、外壁さえ見つかれば、そこから侵入できる。

 というわけで、まずはルート二を通って、鉄の層にあった居住区らしきフロアをもっと念入りに調べて、ステンレスの層への入り口を確保することにする。


 ダンジョン入口のほど近い空き地に馬車を止め、準備を始める。

 俺が装備の点検をしていると、スィーダが緊張した面持ちで、自分の剣を確かめていた。


「スィーダ、緊張してるのか?」

「……ちょっと、ううん、だいぶ、緊張してる」

「そうか」


 ちゃんと緊張してるのはいい傾向だな。

 かつて一人で潜っていた頃は、逆にもっと突っ走ってたからなあ。

 修行の成果が出て、自分の未熟さを客観的に評価できるようになったのかもしれない。


「ダンジョンではクメトスから離れるなよ」

「う、うん……」


 その隣ではクメトスが黙々と甲冑を身に着けていた。

 ダンジョン向けの軽装備だが、やはり貫禄がある。

 なにより、騎士は体格が違うんだよな。

 胸板とかは厚いし、腕も太くはないが硬くてみっちりしていて、なんというか強そうだ。


 視線を反対方向に向けると、フルンとシルビーが楽しげに会話していた。

 シルビーもせっかくなので誘ったのだ。

 報酬と称して、小遣いぐらいやれるしな。


「シルビーはどうだ? 久しぶりの探索だろう」

「はい、今日は楽しみにしてきました」

「随分成長したな。始めてきたときから、まだそんなに経ってないだろうに」

「そうでした。あのときの私は、あちらの彼女のように、緊張で固まっていたのでしょうね」

「はは、そうだったな。まあ、あんまりお宝は期待できないが、しっかり頑張ってくれ」

「はい、本日はよろしくお願いします」


 支度を終えたところで、出発する。

 俺はクメトスやスィーダたちと一緒にルート二を経由して鉄の層を探索する。


 シルビーを含む残りのメンツは、別パーティとして魔物の多いルート一に向かう。

 少しでも稼ぎやすい方に行かせよう、という魂胆だ。

 そちらにはデュースやフューエルも入っているので、心配いらないだろう。

 どちらのパーティにもクロックロンが十体同行しているので、よほどの魔物でない限りは、そもそも問題ないんだけど。

 うちも、随分強くなったよなあ。

 アンやペイルーンと一緒に初冒険に出たときから比べると、雲泥の差だよ。




 シルビー達のパーティとは、青竜と戦った闘技場あとで合流することにしてある。

 俺達は通い慣れたルート二を通ってオアシスに設置された十三号キャンプまで進む。

 このあたりまで来ると、俺も勘を取り戻したのか足取りも安定してくる。

 一方のスィーダは、本格的なダンジョン探索に緊張しっぱなしのようだ。

 神殿地下に連れて行った時は、他の冒険者や騎士団の連中がうじゃうじゃいたけど、こちらはあまり人がいないしな。

 それでいて、相当な広さを持つ天然モノのダンジョンなので、まだ慣れないのだろう。

 レーンに長めの休憩を提案してみると、


「そうですね、久しぶりの探索です。ダンジョンの空気に体を慣らすためにも、大休憩と行きましょうか」


 俺が大丈夫な以上、他のメンツに問題があろうはずもないが、ここは当然スィーダに合わせての休憩ということだ。

 俺達は赤竜の天幕近くに腰を下ろす。

 以前はこのキャンプ地に白象と赤竜の天幕が並んでいたが、今は赤竜のものしかない。

 白象は地上に小さな拠点をおいて、ルート三の警備だけをしているらしい。

 このルート二は商人のキャラバンが護衛とともに大体一日一往復、通るだけということだ。


 火をおこしてお湯を沸かし、お茶を淹れる。

 地上ほどではないが、このあたりも結構寒い。

 温かいお茶は体だけでなく、心まで温めてくれるものだ。


 クメトスの隣でお茶をすするスィーダは、落ち着かない様子で時折周りを見回していた。


「どうした、スィーダ。何か気になるのか?」

「うん、ここ、本当にダンジョンの中? かなり明るいし、草も生えてるし」

「こういうのはオアシスって言ってな、精霊石の明かりで草が育つんだよ。エットの故郷は、これをさらにおっきくした地下都市だったそうだぞ」

「すごい、そんなのあるんだ。世界は広いんだな、師匠は行ったことある?」


 スィーダがクメトスに尋ねると、


「いいえ、南方には行ったことがありません。故郷の領地と都、そしてこの街を含めて、数えるほどしか行ったことがないのです」

「そうか、師匠でも行ったことないのか。じゃあ、私は無理かな」

「そんなことはありませんよ。あなたがこの先冒険者を続けるのであれば、むしろ一つの土地にとどまることはないでしょう」

「冒険者……うん、そうだな……」


 スィーダは難しい顔で悩む。

 スィーダの場合、従姉の手伝いがしたいのであって、職業冒険者になりたいわけではないんだろうしなあ。

 悩むスィーダを見て、クメトスは何か別の言葉をかけようとあれこれ考えているようだが、うまく言葉が出てこないようだ。

 こんなことならフルンにこっちに来てもらえばよかった。

 スィーダに限らず、子どもたちはフルンがいればそれだけでハッピーでいられるようだし。

 目的に応じてパーティ構成を決めてしまったが、ちょっと失敗だったか。


 赤竜の天幕に詰めていた顔見知りの騎士に、スィーダの従姉であるクローレの消息を尋ねてみたが、思い当たる冒険者は見ていないとのことだ。

 こちらのルートに来る冒険者の大半は、商人の護衛として集団で行き来しているのがほとんどで、フードをかぶった魔導師風の冒険者、と言うだけでは該当者が多すぎて記憶に残らないという。

 たぶん、ここで遺跡を探していると思うんだけどなあ。

 あるいは他の冒険者と一緒にルート一に進んだか。

 ルート三は例のゴーストシェルの墓場のあたりで行き止まりになってしまったので、あちらにいるとは考えづらいし。

 事前情報でも、あちらに冒険者が来ることはまずないと言っていたからなあ。


 俺達は特に情報も得られないまま休憩を終えて、更に先に進むことにした。

 この先に鉄の層の地下マンションみたいなフロアがあったので、ステンレスの層に入るなら、そこが一番近いのではないかと考えている。


 オアシスの裂け目に架かる橋を越え、下に向かう分岐を下る。

 ここは切り立った裂け目に鎖がかけてあるだけの急な坂だったはずだが、今は壁も少し削って木枠を組み、鉄製のしっかりした階段がかかっている。


「商人がこちらのルートを通るということですので、荷運びの人足が通りやすいようにしたんでしょうね」


 とレーン。

 そこから敵に出会うこともなく、コンクリートのマンションもどきにたどり着く。

 改めて紅のセンサーで調べてみるが、遺跡に通じる経路は見つからない。


「この辺の壁を無理やりクロックロンに掘ってもらうのはどうだろう?」


 と紅に聞くと、


「直接計測はできませんが、以前入手した地図の情報と比較すると、結構な距離を掘ることになります。岩盤の程度によりますが、事前の検証から推定すると、クロックロンをフル稼働して二、三週間という見積もりです」

「結構掛かるな、もう少し調べたほうがいいか」


 俺達は手分けしてマップを確認しながら、この一帯の調査を進めた。

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