第219話 森のダンジョン その一
なんとなく先延ばししていた森のダンジョン探索を、いよいよ開始する事になった。
前回はどこにあるかもわからないゴーストの墓場を求めてさまよったのだが、今回は一度は見つけた遺跡への入り口を探すのが目的だ。
下調べをしてくれた盗賊のエレンによると、
「ステンレスの層への入り口はどうも丸ごと塞がれちゃったみたいで、途中の洞窟も埋められた形跡があるんだよね」
「誰がそんなことを」
「そりゃあ、やっぱり、ガーディアンじゃないかなあ」
「なるほど」
「鉄の層は今までどおり通れるから、そこから手頃な場所を探すのがいいんじゃないかな」
とのことだ。
手頃な場所と言うのは、具体的には掘り返して通路を確保するのに手頃な場所ということだ。
前回は騎士団に依頼して掘ってもらったが、あの時と違い今はクロックロンがいるので、こいつらに人海戦術で掘ってもらうというのが基本戦略だ。
というわけで、今はカプルと一緒に湖の西の岩場で実験中だ。
「このあたりは硬い岩がむき出しになっていますから、ダンジョンでの
「はつりってなんだ?」
「大雑把に言うと、石壁を削ることですわね。今回はおそらく鉄の層を掘り進むことになるはずですわ。コンクリートで実験するのが一番ですけれど、今の試作品では十分な強度が出ていないので実験になりませんわね」
そう言ってカプルはクロックロンたちに手頃な崖の岩を掘らせている。
四本ある足を電動ハンマーのように器用に使ってガリガリ削っている。
年末の道路工事のような賑やかさだ。
「ヤレホレヤレホレエンヤコラー」
などと輪唱しながら掘り続けるクロックロン達は実に胡散臭い。
もちろん掘るだけでなく、掘り出した土を以前作ったコンテナに積み込んで運び出す作業も行っている。
掘削、積み込み、運搬が見事に連携されてよどみなく行われるさまは、機能美にあふれていてなかなか見ごたえがあるな。
「ミラーもそうなのですけれど、一旦手順を確立すると、ちょっとずつ最適化されていって短い時間で理想の動作に至るのですわ」
「ふむ」
「試行錯誤の末に熟練に至るという点では人間も変わらないのですけれど、人間の場合はもっとムラがあるものですから、色々と違うものですわね」
一緒に来ていたシャミのほうは、黙々と機材の確認をしている。
特に掘削担当のクロックロンの足先に付けたアタッチメントについて、頭を悩ませているようだ。
「クロックロン、力が強すぎて、先端がすぐ潰れる。これだと全然保たない」
「頑丈な盾とか作れるようになったのに、まだだめか」
「硬さにも、色々ある。一瞬の力、ジワジワかかる力、こすり続ける力、全部分けて考えないと」
「なるほどねえ。そもそも、そのアタッチメントとクロックロンの外装と、どっちが丈夫なんだ?」
「クロックロン、そんなに丈夫じゃない。ハンマーで殴ればヒビが入る」
「殴ったのか?」
「コンテナの取り付け中に失敗した。でももう、治った」
「そうか、まあ気をつけてやれよ」
「うん」
たしかにガーディアンは武器で攻撃すれば破壊できるから、その程度の強さなんだろう。
たぶん鋼鉄の分厚い鎧よりは脆いと思う。
当時の技術なら、もっと頑丈にできただろうに、なんでこんな半端な強度にしたんだろうな。
クロックロンに聞いてみたが、
「知ラン」
と、いつものつれない返事だった。
アタッチメントの強度の方は妙案が浮かばなかったので、ひとまず数で補うことにした。
半日ほど試した結果、十分な結果が得られたようだ。
「人の通れるサイズの穴を掘り進むのに、硬い岩盤でも一時間あたり最大で三十センチと言ったところですわね。二十四時間稼働で平均六、七メートルは進めますわ」
「へえ、結構掘れるもんだな」
「人力ではこうは行きませんわね。と言っても、アタッチメントの強度問題が解決しないと、フル稼働とは行きませんわねえ。最大限、掘る距離を短くしたいところですわ」
実験を終えて家に帰ると、レーンを中心に探索の準備も進んでいた。
「おかえりなさいませ、ご主人様。そちらの首尾はどうでしたか?」
「いい感じじゃないかな、一度に掘れる距離の制限はありそうだが、ちゃんと穴は掘れそうだぞ」
「それは何より。こちらも事前調査はほぼ完了ですね。ひとまず確認から入りましょうか」
エレン達の調査にくわえ、騎士団への聞き込みなどの情報を合わせると、現在の森のダンジョンの様子はこんな感じらしい。
「まず大きなルートが二つ、一つは最初に我々が潜ったルートです。三号キャンプから十三号オアシスを抜けて鉄の層、ないしはその近傍の通路を抜けて闘技場から魔界に抜ける道です。これは現在ルート二と呼ばれていて、あまり魔物もでないことから行商人のキャラバンが毎日一往復しているそうです。赤竜騎士団も主にこのルートを保守しているそうですね」
レーンは手元のメモを見ながら、更に続ける。
「もう一つがルート一。こちらが現在の探索のメインルートでして、以前冠水騒ぎがあった時に、三号キャンプから迂回したルートのことを覚えておられるかと思いますが、あちら側から下る道が先ごろ発見されまして、魔物も多く、分岐も複雑で大勢の冒険者がこちらに潜っているそうです」
「なるほど」
「今ひとつ、ルート三と言うのもありまして、こちらは以前我々の依頼で騎士団に掘ってもらった墓所へと通じるルートです。本来であればこちらが遺跡への最短ルートだったのですが、墓所の先で埋め返されてしまったために現在通行することが出来ません。さらに途中の分岐もほとんどないため、こちらは魔物もでず、冒険者も行商人も通りません。白象が墓所とヘンボス殿の警護のために巡回しているほかは誰も使っておりません」
「ふむ」
「というわけで問題は、どのルートを使用するか、なのですが……」
「まあ、うちとしてはステンレスの遺跡だよな」
「そうですね」
「その三つのルートで遺跡に近いのはどれだ? やっぱ墓所のある……えーと、ルート三か?」
「はい、今わかっている範囲だとそうでしょう。逆にルート一は森の西側に伸びているので、遺跡が湖の地下だとすれば逆方向に伸びていることになります」
「じゃあ、敵も出ないルート三がいいのかな」
「それはそうなのですが、もし万が一ガーディアンが大量に這い出してきて墓所を荒らすようなことになれば大変です」
「そんなことするかな?」
「わかりませんが、こちらからちょっかいを出す事になりますので、保証はできかねます」
「ふむ、まあ墓所を荒らされるわけにはいかんからな。じゃあ、当面はルート二を探すか」
「そうなりますね」
「しかし、他に遺跡を漁ろうって奴らはいないのかな?」
「いないでしょうね。鉄の層、あるいは近世以降の遺跡であれば大勢いるでしょうが、ステンレスの層の遺跡ははっきり言って金目のものが何もありませんから、ガーディアンを狩るのが趣味でもない限り、まず手を出さないでしょう」
「ふむ」
ダンジョンの様子はだいたいわかった。
もう一つ、もっと重要な事がある。
スィーダの従姉、クローレの動向だ。
フードのあの娘はどうやら人形師だったらしく、人形を作るための炉を探すためにダンジョンに潜っているらしい。
それは遺跡にあるということなのだが、鉄の層とステンレスの層のどちらの遺跡なのだろうか。
人形師が人形を作る技は、一般には知られていないらしく、うちの従者たちも何も知らなかった。
遺跡の専門家であるエンテルの話では、
「人形が発掘されるのは鉄の層からのほうが多いのですが、うちのクレナイやツバメ、それにミラーたちもすべてステンレスの遺跡で発見しています」
「ふむ。じゃあ、うちのはみんな少数派なのか」
「そうなりますね。ただいずれにせよ、人形を作る仕組みがわかっていないのでなんともいい難く」
「ツバメのボディを発見したときも、ミラーたちもガラスの筒に入ってたじゃないか。アレが作るための炉なんじゃないのか?」
と俺が言うと、エンテルの代わりにミラーが答えて、
「あれは保守管理用のメンテカプセルで、インキウムなどとも呼ばれていたかと思うのですが、別の場所で生成されたボディをあの中で培養し、エミュレーションブレインの調整などを行ったり、運用中の損傷を修理したりするものです」
「じゃあ、アレだけでは一から作れるわけじゃないのか」
「はい。そちらはデュプリムなどと呼ばれる装置だと思われます」
「なるほど。あのクローレちゃんは、それを探してるんだろうな」
「おそらくは」
「お前たちを作った、そのデュプリムとやらは、この近くにあるのか?」
「わかりません。体を製造された段階では当然我々に自我はありませんし、当時の記憶を補完しようにもマザーとのリンクがありません」
「そうだったな。だがまあ、そんなにかけ離れた場所で作って運んでくるとも考えづらいし、近くにあると考えるのが妥当か」
「はい、そう考えます」
とはいえ、俺の想像を超える技術を持った連中がどんな方法で生産してたかなんて、わからないんだけども。
兎にも角にも、ステンレスの層に取り付いて穴を開けて中の調査をしつつ、スィーダの従姉の動向も探る。
この二本立てで行けばいいのかな。
などと俺が悩んでいる間も、うちの奥さんは弟子を前にして冒険の心構えみたいなことについて、延々とうんちくを垂れていた。
やる気満々だなあ。
まあいいや、ここで頑張ればきっと女神様がご褒美に新しい従者を授けてくださるに違いあるまい。
そんな都合のいいことを考えながら、俺も準備をすすめるのだった。
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