第218話 三人のガモス

 クメトスの弟子となったガモス族の角娘スィーダだが、最近は小姓として、いつもクメトスの側についている。

 小姓というと、お殿様の後ろで刀を持って控えてるようなイメージがあるが、スィーダの場合は騎士に従う兵士のようなものだ。

 赤竜騎士団は本格的な歩兵部隊もあるのだが、白象騎士団の場合は規模が小さい上に、騎士がやってる自警団、みたいな感じなので、まとまった数の歩兵はいない。

 給料を払う余裕のある騎士が、一人ないしは数人の歩兵を連れているような感じらしい。

 だから湖で有事の際には、漁師たちが騎士団の手足となって働くこともある。

 消防団みたいなものかな。


 そもそも、スィーダ自身に騎士になる気がないので、あくまで側に仕えて修行しているだけと言った感じなのかな。

 詳しいことはよくわからないが、とにかく、最近はいつも一緒にいるということだ。

 更に連絡係としてミラーも一人付き添っている。


 クメトスはもう引退しているようなものだが、相変わらず砦に通っていた。

 今日も日が暮れてから舟に乗って三人が帰ってきた。

 船はスィーダが漕いでいる。

 剣の方はイマイチだったスィーダだが、舟はなかなかの腕前だとか。

 自分の感覚だとピンとこなかったけど、移動手段として小舟は結構使うもののようだ。

 帰ってきて、クメトスと一緒にお風呂に入って背中を流したり、身の回りを整えたりと甲斐甲斐しく世話をしているらしい。

 俺もクメトスのお世話をしたいなーと思ったが、申し訳ないのでスィーダちゃんに譲っておこう。


 夕食後。

 今日は朝からの雪でスィーダのテントは埋もれてしまったので、流石に二階の空き部屋に移っているのだが、自室に戻る前にフルン達と遊んでいた。

 遊びながらも、スィーダはせっせと自分の角を磨いている。

 黒褐色に光る角には、よく見ると大理石のようなマーブル模様が入っており、所々、黄色や紫に光っていて立派なものだ。

 長さは短いが大きさも子供の腕ぐらいはあり、ちょっと前寄りに生えた角は、上向きにツンと反っている。


「スィーダ、今夜も角の手入れに余念がないな」

「うん、ガモスの嗜み。毎日、綺麗に乾拭きして、時々ワックスを塗る」

「へえ、やっぱりちゃんと手入れしてるから、そんなに綺麗に光ってるんだな」


 と俺が褒めると、


「そ、そうかな?」


 うつむいてモジモジと照れる。

 反応がかわいいな。


「調子はどうだ? 騎士に使える仕事も、楽じゃないだろう」

「うん、初めてのことが一杯で、すごく、勉強になる。師匠はいろんなことができるし、皆に信頼されてるし、すごい。師匠に教えてもらえて、良かった」

「そうかそうか、しっかり頑張れよ。お前なら落ち着いてじっくりやれば、きっと一廉の剣士になれるさ」

「うん……でも」


 と少し思いつめた顔で、スィーダは言葉を濁す。


「なにか、慌てるような事情があるのか?」

「ううん、大丈夫。じっくり頑張る。サワクロさんもありがとう、おやすみなさい」


 そう言ってスィーダは二階に引き上げた。

 それを見送ったテナが、俺に酌をしながらこう言った。


「ああして、皆が楽しくやっているのを横目に二階に引き上げるのは、なかなか寂しいものでしたよ」

「そうかい? まあ、そうかもなあ」

「あの子を従えるつもりは、あるのでしょう?」

「俺は一貫して来る者は拒まず、だよ」


 と笑うが、さて、あの子はどうしたものか。

 今はまだクメトスに任せる段階だよな。

 先のシルビーのことといい、俺が今すぐどうにかしてやれることというのは、案外少ない。


「フルンたちとあれだけうまくやれているのですから、相性も悪くないのでは? 先延ばしする理由もないかと思いますけど」

「しかしまあ、目標のある人間、特に若いうちは他の全てをなげうってでも、それに邁進したほうがいい結果が得られるものだろう。今の半端な状態で俺の従者になったら、彼女の目標に支障が出たりはしないかな?」


 と俺はいつも思ってるんだけど、根拠は自分の経験則みたいなもんだから、どんなもんだろうな。


「一理ありますが、若いからこそ、適切な手助けを要する場合もありましょう?」

「それはそうなんだが、現時点で俺やクメトスがしてやれることはこれ以上ないと思うぞ」


 つまり、時間をかけて彼女の腕を上げてやるぐらいしか、出来ないということだ。

 それ以上を望むなら、彼女から具体的な要望を出してくれないとな。


「あの子が村を出た理由というのは、まだわからぬのですか?」

「そうなんだ、それさえ教えてくれれば、もっと別の手のうちようもあるんだろうが……」

「結局はあの子次第、というわけですか」

「だから言ってるじゃないか、来る者は拒まずってね」

「そのようですね」


 その後はいつものように夜を過ごした。




 うちの斜向かいのパン屋は、ハブオブからエメオちゃんへと滞り無く引き継がれたようだ。

 毎日、住み込みで元気に働いている。

 夜明け前からパンの仕込みをやって、街が動き出すと同時に、店を開いて売るわけだ。

 もちろん、まだ修行中の身なので、時々工房に戻ってそちらの仕事もしているらしい。

 なかなかのハードスケジュールだよな。

 彼女もスィーダ同様、自分の目標に向かって邁進しているのだろう。


 店が開いて一月ほどだが、ハブオブ一人でやっていた頃よりパンの種類も増えて、客の評判も良いようだ。

 早速噂を聞きつけたのか、近くの住宅街から買いに来る客も、ちょっとずつ増えている。

 今は冬休みなのでメイン客である学生は少ないが、もうすぐ新学期が始まれば、更に期待できるだろう。


 うちでもハブオブの頃から結構な量のパンを仕入れている。

 主食として食べるパンは毎日モアノアが焼くのだが、凝った菓子パンなどは子どもたちのおやつに最適だ。

 午後のおやつ時には、子どもたちがお小遣いを握りしめて買いに走っている。

 今日もクメトスとの修行を終えたスィーダちゃんが、撫子とピューパーに手を惹かれて、買いに行くところだった。

 せっかくなので、俺もついていくことにする。


「お芋の練り込んだパンが、すごく美味しいんです」


 と撫子が言うと、


「わたし、黒パンが好き。黒砂糖がすっごく甘くて、ママのミルクと一緒に食べるとすっごいおいしい」


 とピューパー。


「スィーダちゃんは、何が好きなんだ?」


 そう俺が尋ねると、スィーダは少しはにかんで、


「私は、まだ行ったことがなくて」

「そうなのか」

「か、買い食いは勿体無くて……」


 そういや、スィーダちゃんはお金を持ってなかったんだっけ。

 いや、でも内弟子になってからはクメトスが給料というかお小遣いをやっているようなことを言っていたはずだが。

 そこのところを、それとなく聞いてみると、


「師匠はお小遣いをくれるんだけど、冒険に出る時の足しにしようと思って貯めてる。ご飯は毎日貰えるし、後はずっと修行したり馬の世話をしたりだから、お金使わなくても、大丈夫」

「そうかそうか、偉いなあ。じゃあ、今日は俺が奢ってやろう。いつもうちの事をしてくれているしな」


 と言うとピューパーが、


「えー、じゃあ私も、私も!」

「おっしゃおっしゃ、みんな買ってやるぞ。でもあんまり食い過ぎると、晩ごはんが食えなくなってママに怒られるからな、手加減しろよ」

「うん!」


 わかってもらったところで、パン屋についた。

 ちょうどエメオが焼きたてのパンを並べているところだった。


「サワクロさん、撫子ちゃん達も、その、いらっしゃいませ。ちょうど焼きたての黒パンが、えっと、ありますよ」


 エメオちゃんはまだ微妙にぎこちない笑顔を見せて俺たちを迎え入れる。

 二人で話すときには、もっと馴染んでるんだけど、接客となると、なかなかスムースには行かないようだ。


 撫子達は皆、必死になって買うパンを選んでいるが、俺は一歩下がって商売の様子をうかがう。

 店の内装は前と変わらず、並んだワゴンと棚の上に多くのパンが綺麗に並んでいる。

 商店街の傾向として、程よく高級志向なのだが、品揃え的にもいい感じになってきている。

 エメオちゃんはピューパーたちの矢継ぎ早の質問にしどろもどろになりながら答えているが、どうにか接客できているようだ。

 店の奥では年配のベテラン職人が、今もパンを焼いている。

 俺が口を挟む余地はなさそうだな。

 というわけで、自分のパンを選ぼうとしたところでスィーダがエメオに話しかける。


「お前、ガモスか?」

「え、あ……はい、そうです、けど」

「なんで角隠す? 小さくても気にしちゃ駄目だって、死んだ爺ちゃんも言ってたぞ」

「ぅ、その、わたし、は……」


 エメオは大きな帽子を被って頭を覆っている。

 あれでは角は確かに見えない。

 スィーダに悪気はないんだろうが、エメオちゃんは獣人であることでだいぶ苦労してたようだし、あまり触れられたくない所だろう。

 返答に困るエメオちゃんのために、俺が助け舟を出す。


「スィーダ、パン屋ってのは髪の毛が落ちないように、ああして大きな帽子を被るもんなんだよ。言ってみればあれがパン屋の正装だ、邪魔しちゃいかんぞ」

「う、そっか、ごめんなさい。私、知らなくて」


 スィーダが謝ると、エメオもうつむいて答える。


「い、いいんです。あの、あなたもサワクロさんの従者なんですか?」


 エメオが尋ねると、スィーダはわたわたと手を振って否定する。


「ち、ちがう、私は、サワクロさんの従者の、えっと、その弟子なんだ。内弟子、つまり居候」

「そうなんですか」


 あとは気まずい雰囲気で会話が続かない。

 とはいえ、俺もそんなところまでフォローするほどお節介ではないので、撫子たちとパン選びに専念した。


 調子に乗ってしこたまパンを買って家に帰ると、来客があった。

 魔導師風のフードを着た小柄なお嬢さんだ。

 はて、どこかで見覚えがあるな、と思ったが、俺が思い出すより早くスィーダがかけ出した。


「クローレ! 来たのか!」


 叫びながら駆け寄ってフード娘の手を取る。


「スィーダ、久しぶりですね、元気そうで何よりです」

「うん、クローレも!」


 クローレと呼ばれた娘は顔を上げてニッコリ微笑む。

 ああ、思い出した。

 以前、冒険者ギルドで少し話した女の子だ。

 たしか森のダンジョンに興味があるとか言ってたな。

 金色の瞳が印象的なのはそのままだが、頭にはスィーダに劣らない立派な角があった。

 彼女もガモス族だったか。

 ってことは、例の親戚が彼女だったのかな?


「連絡がないから心配してた、ついに行くのか? どこだ? もう決まったのか?」


 スィーダは興奮気味に質問を浴びせるが、クローレはそれをたしなめるようにこう言った。


「あなたのご両親から手紙を頂きました。私と一緒に旅をしようと、村を出たそうですね」

「うん、約束だもんな、一緒に炉を探すんだろう? アルサに行くって手紙で言ってたから、ここにいれば会えると思った!」

「確かに約束はしましたが……今のあなたにはまだ早いでしょう。叔父さん達も心配していましたよ」

「だ、大丈夫だ! 師匠についてしっかり修行を……」

「そのことも今、あなたのお師匠様から伺いました。まだ、一人で実戦に出られる段階ではない、ということも」

「で、でも……約束が」

「もちろん約束を忘れたわけではありません。いずれあなたが冒険に出られるようになったら、私とともに炉を探しにダンジョンに潜りましょう。ですが、今はまだだめです。今日は、あなたにそのことを告げに来たのです」

「ク、クローレ……」

「今日はあなたの顔が見られてよかった。今は森のダンジョンに潜っていますが、時々、この街に買い出しに戻ります。また、会いに来ますから、いい子にしているのですよ」

「クローレ、まって……」


 それだけ言うと、フードのクローレ嬢は俺にも頭を下げて去っていった。


 ふむ、つまりスィーダは今の彼女と一緒に冒険するために修行してたんだな。

 でも自分が未熟なことを人一倍理解していたスィーダは、早く一人前になろうと焦っていたわけか。

 しかし、フードの彼女も、スィーダを連れいていく気はなかった、と。

 単純な話だが、それ故に当人には深刻な問題だったのだろう。

 子供の約束ってのは、素朴なゆえに重いものだよな。


「従姉のクローレは、人形師パペッティなんだ」


 改めてスィーダに話を聞くと、今日はすんなり話してくれた。

 パペッティというと、人形を作ることを生業にしている連中だ。

 今もシャオラ・べレースというパペッティに、うちのクントの体を作ってもらっている。


「昔、まだ爺ちゃんが生きてる頃に遊びに来て、約束したんだ」


 クローレは当時、こう言ったのだそうだ。

 今はまだ見習いだが、いずれ自分も人形師として独り立ちする。

 その為には人形を作る炉を手に入れなければならない。

 それは地の底深く、古代の遺跡に眠るという。

 いつかそれを探しに行く時には、一緒に冒険に出て欲しい、と。


「私、約束したのに……今がその時なのに、全然役に立たなくて……へっぽこで」


 スィーダは涙をポロポロ流しながら、パンを食っている。

 それじゃあ、味もわからんだろうに。

 見かねたクメトスがなにか言いかけるが、こちらはうまく言葉に出来ないようで、言いかけては口をつぐむのを繰り返している。

 クメトスも不器用だからなあ。

 俺もなにか言ってやりたいが、舌先三寸で丸め込むような真似はできないし、そうなると掛ける言葉はないんだよな。

 結局、いくら言葉で繕ったところでスィーダが現時点で弱い以上、先ほどのフードのお嬢さんの力にはなれないからだ。

 他のことなら、強さ以外で役立つこともできるだろうが、冒険ってやつは結局力が全てみたいなもんだからなあ。


 重苦しい空気の中で、不意に顔を上げると、クメトスの後ろでフルンが自分を指差している事に気がついた。

 はて、何を言いたいのかと一瞬考えて、すぐにひらめいた。

 スィーダが従姉の役に立てなくても、俺達が彼女の手助けをしてやれるじゃないか。


「スィーダ、実は君に相談があるんだがな」

「え?」

「実はうちも今度、森のダンジョンに潜ることになっているんだが、また行ってみるかい?」

「え? え?」

「冒険者になるなら、冒険者としての修行も必要だろう。どう思う、クメトス?」


 とクメトスに尋ねると、


「え……あ、はい。それはその、確かに、現場に出るのは成長の早道ではありますが」

「そうだろう、年も明けたことだし、そろそろ本格的な遺跡の調査に入る頃合いだ。少しずつ、探索を進めるべきだと思う」

「はい、それは良い考えだと思います」


 クメトスも俺の言いたいことがわかったのだろう。

 さっきのフード娘と同じダンジョンに潜っていれば、何らかの形で関わることにはなるだろう。

 それがいいのかどうかはわからんが、今の状況のままスィーダがこれまでどおり修業を続けるのは難しいと思う。

 まだ若いスィーダにそこまでの覚悟を求めるのは酷というものだ。

 今はそういうところから、やっていくべきだろうなあ、と思う。


 そうと決まれば、早速相談だ。

 レーン……はまだ神殿から帰っていなかったので、エレンを探すと、ちょうど出かけるところだった。


「この寒い中、どこに行くんだ?」


 と聞くとエレンが、


「ちょっと森のダンジョンの様子を見にね」

「何かあったのか?」

「それがわからないから、見に行くのさ。最近、だいぶ冒険者が増えたらしいからね」

「ほほう」

「ま、それはいいんだけど、遺跡の方が何やら入口がなくなったって話を聞いてね」

「入口?」

「ほら、前にあっただろ、クメトスが足止めした場所」

「あの広間か」

「あそこを抜けて、ネールのいたお墓に行けたところだけど、あそこってステンレスの遺跡の奥にも通じてたじゃないか」

「そうだな」

「あっちが通れなくなったらしくてね」

「通れないとは?」

「文字通り、通路が随分手前で土に埋め戻されちゃったらしいんだよ」

「そうなのか。でも、それじゃあ、あそこの出入りは?」

「それはほら、あの時十一小隊が下って来た道があるじゃないか、あっちから行けるんだけど、っていうか、今もそっちを通っていってたんだけどね」

「ふむ」

「とにかく、中に入れる場所があそこだけだったから、そこが塞がれてるとなると厄介だと思ってね」

「そうだな。まあ壁はあのエンベロウブとか言う剣で切ろうと思えば切れると思うが」

「うん。ただ、それにしたってこじ開ける場所の見当はつけなきゃ駄目だしね」

「ふむ」

「あのでかいガーディアンがいた闘技場っぽい所はいけるんだけど、あそこはまた別っぽいだろ」

「鉄の層って感じだったよな」

「そのへんも含めて、見てこようと思ってね」

「そうか、それはそれとして、スィーダのことなんだが」

「話は聞いてたよ、それもあわせて、下見をしてくるよ」

「よろしく頼む。寒いし気をつけてな」

「たぶん、戻るのは明日になるよ。何かあったら紅に言ってくれればいいから」


 とエレンが言うと、同行する紅が頷く。

 エレンに紅、そしてコルスのいつもの偵察トリオを見送った。

 さて、俺も少し支度をするとしようかな。

 探索は面倒でなんとなく先送りしてたけど、こうなっては仕方あるまい。

 大事な従者の弟子の為だからな。

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