第217話 メロンと蜂蜜

 シルビーの身の振り方を何とかしてやらんとなー、とか、なるべく本人の意向にそうかたちで手助けしてやりたいよなー、などと考えながらこたつでゴロゴロしているとお腹が空いてきたので、台所を覗くと、土間に木箱が無造作に積まれている。

 中には沢山のメロンが入っていた。

 このクソ寒い時期にどこから手に入れたんだと思ったら、南方からの輸入品で、市場で叩き売りしていたらしい。


「ちぃと大味だども、炒めるだけでのうて、サラダやマリネでもええだし、シャーベットにしてもええだな」


 と料理人のモアノア。

 カットしたやつをひとつつまんでみたが、たしかにそのまま食うにはちょっと厳しいな。

 それでもそこそこ風味はあるので、加工すれば美味しいのかもしれない。

 などとぼんやりメロンの山を眺めていたら、ふいに口から言葉がこぼれた。


「メロンパンが食べたい」

「メロンパン? なんだすか、それは」

「えーとだな、メロンみたいなパンというか」

「メロンが練り込んであるだすか?」

「いや、そうじゃなくてだな。こう、普通のパンの表面にクッキー生地が塗ってあってだな、それがパリパリに甘く固まってるんだ」

「うーん、ようわからんだすが、試してみるだすか。明日の朝にでもいくつか作ってみるだすよ」


 その翌日。

 モアノアは色々なメロンパンを作ってくれたのだが、どうも思っていたのと違うな。

 もっとも、日本で食ってたメロンパンだって、店によって千差万別だったのでなんとも言えないのだが、強いて言うなら表面のクッキー生地が硬すぎるのと、中のパンが普通のバゲットみたいでちょっとパサパサし過ぎというところだろうか。


「こう言うときは、本職に相談するだよ」


 試作品を幾つか抱えて、斜向かいのパン屋に向かう。

 ハブオブの代わりに入ったエメオちゃんは、今日も楽しくパンを焼いていた。


「メロンパン、ですか。これがそうなんですか?」


 俺の話を聞いて、試作品を手にとって見る。


「俺も故郷ではよく食べていたんだが、大雑把な作り方しかわからなくてな」

「そうですか、これはこれで悪くないと思いますが」


 と試作品をちぎってつまむエメオ。


「もっとこう、皮の部分が柔らかいけどサクッとしてて、中はふわっと柔らかくてだな」

「中はもっと柔らかく仕上げればいいと思いますが、クッキー生地の部分も……そうですね、後は味を調整するとか」

「うーん、もっとサクっていうか、シャリシャリっていうか、何が違うんだろうなあ、俺しか食ったこと無いので俺がわからんものを求めても仕方ないんだろうけど」

「シャリ……ですか、砂糖でしょうか、菓子パンの表面には良く砂糖をまぶします」


 そう言いながら、エメオちゃんはざっくりと砂糖をまぶしてみる。

 たしかにこうすると、なんかシャリシャリしてそれっぽい。


「それにしても、この甘いクッキー生地はパンに合いますね。頭で考えると焼き菓子とパンは組み合わせが悪そうですけど」


 などと話していると、奥から年配の職人がぞろぞろ出てくる。

 助っ人に来ている職人で、毎日交代でこちらに入っているらしい。


「おや、お向かいの大将、来てたのかい」

「今度はまた、何のパンを持ってきたんだね?」

「先日教わったアンパンは好評でねえ。ただ、小豆というやつが、たまにしか手にはいらないので、ひよこ豆と栗で餡を作ってみたんだよ。味見してみるかい?」

「干し柿でも作ってみたいねえ」


 などと口々に勝手なことを話しながら、試作品のメロンパンを食べる。


「なるほどねえ、この皮がサクッと香ばしくて歯ごたえもあって……となると、中はふんわりさせたほうがいいかね」

「モッチリさせてメリハリつけたほうがいいんじゃないか?」

「何か香りのアクセントもほしいねえ。干しぶどうでも入れてみたらどうだ?」

「シロップを練り込んでみるかねえ」


 だそうだ。

 まあ、オリジナルのメロンパンとは程遠いものになるかもしれないが、後はプロに任せておこう。

 そろそろお暇しようかと思ったら、ちょうどエメオちゃんが休憩に入るところだった。

 せっかくなので、お茶に誘ったところ、OKを頂いた。

 デートでルチアの店も味気ないので、二人で西通りまで足を伸ばし、品のいい店に入る。

 温かい店内から通りの景色を眺めつつ、蜂蜜のたっぷりはいったお茶を楽しむ。

 まったりして、心地良い時間だが、話題がないな。

 無くても会話はできるのだが、あえて何も話さずにまったり過ごすのも悪くない。

 そうして、お茶を半分平らげたあたりで、ふいにエメオちゃんが笑う。


「ふふ、なんだか不思議な気分です」

「どうしたんだい?」

「だって、あの噂の殿方と、こうして二人っきりでお茶を飲んでいるんですから」


 彼女はそれに返答を求めているわけでもなく、ただ独り言のようにそう言って楽しんでいるようだった。

 この子はまだ微妙に距離を感じるな。

 わだかまりがあるというか。

 故郷では色々あったのかもしれないが、こちらに来て念願のパン屋で修行して、親方にも認められて店のひとつを任されるまでになっている。

 十分満たされていると思うんだけどなあ。

 そもそも、なんでエメオちゃんはパン屋に憧れたんだろうな。

 幼い頃にパン屋に命を救われた……なんてことはないか。

 たんに好物なだけかもしれない。

 その後もまったりをお茶を楽しむうちに、話題は共通の知人へと変わる。


「……それで、お嬢さんったら、最近ではハブオブさんよりコラゥさんと仲良くしてるんです。従者だったら分かるんですけど、恋敵とそんなにすぐに仲直りできるものなんでしょうか」

「さあなあ、単にウマがあったんじゃないか? だってあの二人はあの時が初対面だったんだろう。それでいきなり喧嘩を始めたから、相手を知る機会もなかったわけじゃないか」

「そう、ですね」

「だけど、ひとつ屋根の下で同じ釜の飯を食って毎日修行していれば、徐々に相手のこともわかってくるし、その結果仲良くなれそうだった、ってだけじゃないのか?」

「うーん、よくわかりませんけど、おっしゃってる理屈はわかります。じゃああの二人、一緒に奥さんになるつもりなんでしょうか」

「そればっかりは当人次第だなあ。ハブオブにそこまでの甲斐性があれば、それが一番丸く収まるのかもしれないが」

「ハブオブさん、腕は良いんですけど、ちょっと奥手すぎるんじゃないでしょうか」

「しかし、二人のガールフレンドは、どっちも強気だろう。バランスが取れてるんじゃないかな」

「そういうものでしょうか」

「つまり、ひとそれぞれで決まった形はないんだろうさ」

「そうなんですか。故郷では何もかも杓子定規だったので、私もなかなかそんな風には考えられません」

「ここはアルサの街さ。大海原を自由に行き交う船乗りたちの街だ。それは陸に住むものにさえ、自由に進む風を与える。あとはただ、自分の背負った帆を広げて風を受けるだけさ」


 何処かの酒場で聞いたような口上をそれっぽく述べると、エメオちゃんはくすりと笑った。


「ふふ、サワクロさんって、ほんとうにそこらの気のいい若旦那って感じですね。先日の後光のさすお姿を見てなければ、紳士様だなんて今でも信じられません」

「信じなくてもいいのさ、俺はただのチェス屋の店主だよ」

「じゃあ、パン屋の娘とデートしてても、不思議じゃないですね」

「まったくもってその通り」

「でも、そろそろ帰る時間のようです。お茶、美味しかったです」

「また誘ってもいいかな」

「はい、喜んで」


 エメオちゃんを送って家に帰る。

 いい子だねえ。

 ああいう素直な頑張り屋さんが従者になってくれると嬉しいんだけど、あの子は従者として脈があるのかないのかわからんな。

 彼女にはパン屋として一人前になるという目標があるからな。

 俺にできることは、せいぜいレシピの一つや二つを提供するぐらいか。


 レシピと言えば、あのお騒がせな妖精ちゃんはどうしてるんだろうな。

 微妙に気になるが、顔を合わせるとまた面倒なことになりそうなので、今日のところは顔を出すのはやめておこう。

 どうせ新しいのができれば、向こうから来るだろうし。

 などと思いながらも、微妙に気になって家に帰って裏庭からチョコ職人のパロンが使っている家の方を覗くと、彼女がベンチに腰掛けていた。

 しかも、人生に疲れた中年サラリーマンみたいな感じで黄昏れている。


「どうした、パロン。チョコの食べ過ぎで下痢か?」

「じゃかぁーしいわー、わしゃー、メランコリックな気分なんじゃー」


 セリフこそいつものアレだが、口調は気の抜けた炭酸より腑抜けたかんじで、かなりダメそうだ。


「普段、気合い入れ過ぎなんだろう。酒でも飲むか?」

「あー、酒のう……。故郷の蜂蜜酒が懐かしいのぅ」

「なんだ、ホームシックか?」

「そうじゃのぅ、あれを見とったら、なんぞ故郷の妖精の里が思い出されてのう」

「あれ?」


 パロンが顎で示したのは、湖の上空の、何もないあたりだった。


「あの空になにかあるのか?」

「空とちゃうわい、湖の上の方に妖精の道がー、浮かんどるじゃろうがー」

「妖精の道?」


 改めて目を凝らしてよく見るが、何も見えない。


「うーん、わからんな」

「なんじゃわりゃぁ、紳士の癖に、しまらんのぅ」

「そうは言われてもなあ」

「あれに乗れば、故郷までひとっ飛びなんじゃがのう。今更どの面下げて、女王に会える、ちゅうんじゃい」

「何かしでかしたのか?」

「……妖精は基本的にシマから出んもんなんじゃ。女王の庇護から出てまうと、色々混じってまうんでなあ」

「ふむ」

「それでもわしゃ、チョコがくいとうてのぅ……」


 なんだかよくわからんが、重症だな。

 うちに戻って酒蔵を漁ると、うまい具合に蜂蜜酒が一本出てきた。

 こいつを飲ませてやろうとグラスを手に再び裏庭に出たが、すでにパロンちゃんはいなかった。

 まあ、たまにはわけもなく落ち込むこともあるよな。

 パロンの手伝いをしているミラーに蜂蜜酒のボトルを渡して、あとで届けてやるように頼んでおいた。

 俺の方はわけもなくいつも通り酒が飲みたくなったので、口直しにこたつに潜ってのんびり辛い酒でも、飲むとしよう。

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