第216話 帰ってきたシルビー
宇宙も魔界もひとまず先送りにして、引き続き正月気分を満喫していた、雪の深い日。
不意にシルビーが遊びに来た。
地下室でフルン達とひとしきり稽古をした後、俺のところにやってきて、こう言った。
「実はこの度、家名を売ることになりました」
あんまりさっぱりした顔で言うものだから、最初意味がわからなかったが、つまり代々の領地を手放すということらしい。
「領地だけでなく、スーベレーンの家名ごと、売ることにしたのです。でなければ、どうにも我が家に溜まった借金は処理できぬようでしたから」
「そうか、大変だったな」
たぶん、そんな一言で済ませられるような問題ではないのだろうが、残念ながら、他に掛ける言葉が浮かんでこなかった。
そんな俺の気持ちを見透かしたかのように、シルビーはにっこり笑う。
「いえ、これで私も肩の荷が下りました。幸い、母も快方に向かっておりますし、父もこれで吹っ切れたようです」
「それで、これからのことは?」
「はい、学業も続けたいのですが、貴族でなくなると、学費が必要になりますから、まずはこれを稼がねばなりません。そこで当面は、道場に住み込みとして下働きなどをしながら、そこで得たお金で学業を続けたいと思います」
「うん」
「ただ、それだけでは生活費もたりませんので、修行を兼ねて冒険者稼業もやってみようかと。なんといっても、剣の他に何も学んできませんでしたから」
それだけ話すと、シルビーは帰っていった。
それを見送ったフルンが俺のところにやってくる。
「ねえ、シルビー、私の事なんか言ってた?」
「いや、特には」
「そっかー」
「何かあったのか?」
「うん、あのね、私に一緒に冒険者としてパーティを組まないかって」
「ははあ、それで?」
「ダメだって答えた。私はご主人様のために剣を使うから、それとは別にシルビーの為には戦えないと思って」
「そうか」
「うん、何かひとつの用事とかで、探索を手伝うぐらいならいいんだけど、毎日の稼ぎにするなら、ずっと付き合うことになるでしょ。そうしたら急にやめられなくなるし、もしご主人様の為に働かなきゃならない時に、ちゃんと剣を振るえなくなると困るから、だから……」
「シルビーには、そう言ったのか?」
「うん」
「そうか、ならシルビーもわかってくれるさ」
「そうかな?」
「ああ、大丈夫さ」
俺に大丈夫と言われて、フルンは少し安心したようだ。
フルンの言い分は正しいんだろうけど、正しいってだけで何でも押し通せりゃ、苦労はしないんだよな。
フルン自身もそう思ってるからこそ、納得出来ないところがあるのかもな。
こんな問題で悩むには、まだフルンは若すぎるだろう。
俺がなんとかしてやらないとなあ。
シルビーのこととなれば、まずエディに相談すべきだが、彼女はしばらくこちらには戻ってこないらしい。
忙しいだろうし、仕方あるまい。
しかし、エディはシルビーのことを知ってたのかな?
多分知ってたんだろうな。
それで、年末に会いに行っていたのかもしれない。
しかし、シルビーも大変だな。
あの若さで色んな物を背負い過ぎだろう。
なんとかしてやりたいが、正直な所、俺がなんとかしてやれるところはすでに卒業してるよな、あの子の場合。
と言って、ほっとくわけにもいかず、とにかく誰かに相談してみようと、まずはフューエルに話を振ってみた。
「例のスーベレーンのお嬢さん、家名を手放してしまうのですか。没落したとは言え、アレほどの名家が……」
「家名ってホイホイ売れるものなのか?」
「ホイホイとは売れませんが、まれにある話です。この場合の家名とはすなわち元老院の議席ですから、成り上がった新興貴族は最終的に家名を買うか、姻戚関係を結ぶかしなければさらなる権勢はつかめませんし」
「なるほどねえ」
「しかし、どこが買うのでしょうか。建国以前から続く家系など、数えるほどしかありませんし……。それを買うとなると、思いつくところと言えば、ドーンボーンのキッツ家などでしょうか」
キッツ家といえば、エンシュームちゃんの家か。
「しかし、家名を売ったら、シルビーはもう貴族じゃないのかな?」
「代わりの家を用意しているとは思いますが、おそらくはほとんど特権のない名目だけの家名でしょう。例えばローン殿の家名であるフェインス。これはウェルディウス家に功のあるものに与える名だったかと」
「そういうのもあるのか」
「手柄を立てた庶民を取り上げる際に、与えたりしますね」
「ふむ」
この国って爵位とか無いっぽいからな。
全部ひとまとめに貴族って感じで。
たまに脳内翻訳で伯とかついてたりする気がするけど、たぶん言葉のノリなんだろう。
元老院とか騎士院って議会に席をもってるかどうかで貴族としての格が決まるっぽい。
そもそもこの国の貴族は建前上全員騎士らしい。
江戸幕府の支配階級が全部武士だったようなイメージなんだろうか。
よく知らんけど。
「例えばお祖母様のように、国への特別の功を賞する形で家を興すことを許されるとか。父の家名であるレイルーミアスは、亡くなったお祖父様のレイルームと言う性から取ったのですが、これはもちろん議席もありませんし、名前だけの貴族のようなものです」
「ふぬ」
「それを父の代で由緒あるシャボアとコーデルの両家から妻をとることで、やっと体裁が成り立ったのです」
「ほほう」
「ですが、父自身は血統を引いているわけではないので、若い時分は実績とコネを作るために都で官僚として苦労したようですが、まあその話は良いでしょう。とにかく、家を興すには三代かかるなどともいいますが、当家も私の代でやっと血統、領地ともに体裁の整った貴族となったわけです」
「大変だなあ」
「またそうやって他人事のように。まあ、我が家は特に問題もないので、あなたが気にすることはありませんが」
「苦労かけるなあ」
「どうも話がそれてしまいましたね。あなたが気にしているのは、シルビーさんのことでしょう」
「そうだった」
「それにしても、彼女は金獅子を目指していたと聞きますが、これで不可能になってしまったわけですね」
「そうなのか?」
「他の騎士団と違い、あそこは名誉と伝統ある家柄だけが選ばれるエリート集団ですから」
「ふむ、シルビーも辛いだろうなあ」
「せめて後見人として、援助してあげてはどうなのです?」
「それは、どうだろう?」
「フルンの親友なのでしょう、それだけでも援助する価値があるでしょうに」
「そりゃそうなんだけど、あの子も結構頑固だから、素直に受けるかどうか。スィーダにお小遣いをやるのとはわけが違うだろう」
「それはそうかもしれませんが……」
「ふむ、といっても金が無いとどうにもならんからな、セスにも相談しとこう。道場に住み込むようなことを言っていたし」
改めてセスに聞いてみると、流石に彼女はもう少し詳しく聞かされていたようで、
「そこはなんといっても大貴族のことですから、我々ではどうしてやることもできず」
「そうだよなあ。それで、道場に住み込むって?」
「本人はそのつもりのようですが、これも町民の次男坊あたりが剣に打ち込む、といった話とは訳が違います。あそこは若い男たちが雑魚寝で暮らすような場所ですし」
「そうなのか。それで、今日はどうしてるんだ?」
「もうしばらくは学校の寮が使えると言っていましたが、遠からず退寮することになるのでは」
「ふむ」
「なにかよい案は、ないものでしょうか」
セスもこうした問題には弱いようだ。
俺だって別に強いわけじゃないんだけどなあ。
足長おじさんにでもなってやればいいのかもしれないが……。
「まあ、要するに金だ。金を工面すればいいわけだ」
「しかし、あの子が施しのようなものを受けるでしょうか?」
「シルビーに直接手渡すから駄目なんだよ。奨学金とかないのか?」
「それはなんでしょう?」
「成績優秀で、金銭的に苦労している学生に学費や生活費を援助する仕組みだよ」
「そのようなものが。私も学校というものには行ったことがないので、なんとも……」
そうだったか。
よし、ちょっとエンテル……は今いないので、改めてフューエルに相談してみよう。
「奨学金ですか、制度としては聞いたことがありますが、この国ではないのではありませんか? どこぞの私学では商家が見込みのある若者に無料で学問をさせているといったことは聞きますね」
「ふぬ」
「そもそも王立学院は、貴族であればお金はかからぬものです。これは学問は貴族の礎であるという考えからですが、その代わり、庶民が払う学費以上の寄付を、普通はするものです」
「そうなのか」
「そうでなければ、あれほどの施設は運営できませんし。それで、あなたはその奨学金という制度を始めようと考えているのですか?」
「資金が工面できるなら、やってみてもいいかと思うんだがな、問題はシルビーがそれに乗るかであってだな」
「あなたが仕掛けたと知れば、利用しないと?」
「そこまで偏屈でもないと思うが、公正な制度にするとなれば、学業の成績などで客観的に対象を選ばなきゃならんだろう」
「そうかもしれませんね」
「以前、エマに聞いたんだが、シルビーは真面目で成績もいいが、学業がずば抜けて優秀というわけでもないようでなあ」
「では、駄目ではありませんか」
「駄目かもなあ」
「駄目だとわかっていて、何を相談しようと言うのです」
「だから、駄目なものをどうやればいいかを相談してるんじゃないか」
「まったく……、しかし、その奨学金という制度は、面白いかもしれませんね。シルビーさんのことはさておき、人を募れば出資者は集まるのではありませんか?」
「そうかな?」
「ええ、良いと思います。ちょっと小耳に挟んだ話なのですが、この年末は、アルサの神殿への寄付が少なかったとか」
「なぜだ?」
「先の白象騎士団の件、表沙汰にはなっていなくとも、噂にはなっているでしょう。そうなると白象への同情はそのまま神殿への批判に繋がるのです」
「とばっちりだろう」
「かと言って、国を批判するわけにも行かないでしょう。白象への寄付は増えたそうですが、余ったお金が今もくすぶっているかと」
「そうかな?」
「実はうちの方でも、神殿への寄付を減額しようと父が言っていましたし」
「俺、精霊教会に恨まれないかな」
「さあ、前貫主殿に伺ってみては?」
「あの爺さんに、あれ以上気を使わせるわけにはいかんよ。じゃあ、あれだ、奨学金は任せるよ。お前のほうでいい感じにやってくれ」
「わかりました、進めておきましょう。それにこれはエンテルの計画とも合うかもしれませんね。春までに基金を作り、学生を選びましょう」
奨学金の話はとりあえず決まったが、残念ながらこいつはシルビーの救済策としては弱いだろう。
何とかしてやらんと、シルビーだけじゃなく、フルンも心配してるだろう。
悶々と悩んだまま、数日が過ぎたその日の午後。
道場から帰ってきたフルンが、俺の前で畏まってこういった。
「ご主人様! おねがいがあります!」
「うん、どうした、フルン。そんなに畏まって」
「あのね、今度都で剣の大会があるの! それにシルビーとペアで出たいんだけど、いいかな?」
「剣の大会?」
「うん、道場からも何人か出るから、暮れからずっと特訓してたの。私もセスも大会に出る気はなかったんだけど、シルビーが急に出たいって。でも、年が若いとペアの奴しかないんだって、だから私が一緒に出る!」
「そうか、よし、いいぞ」
「やった! あのね、優勝すると賞金もいっぱい出るんだって」
「ほほう」
「でも、欲を出すと剣が曇るから、考えないほうがいいってセスが言ってた」
「そんなもんか。しかし、一度考えちゃうとやめられないよな」
「うん、今、頭のなかすっごい賞金のことばっかり考えてる!」
「お金が欲しいのか?」
「うーん、昔は欲しかったけど、今は別にいらない。お小遣い貰ってるし。でも、賞金があればシルビーが困らないかなって思うと、欲しい!」
「そうかそうか、じゃあ頑張って優勝できるといいな」
「うん!」
まあ、欲なんてもんは毒にも薬にもなるもんだ。
「あとね、強い人いっぱい来るらしいから、それも楽しみ」
「そうかそうか」
「シルビーのことは、たぶんご主人様がどうにかしてくれると思うから、ホントはあんまり心配してない!」
「そうかそうか」
「ご主人様、応援に来てくれる?」
「おう、行く行く、行かずにおれようか」
「うん、あー、すっごい楽しみ! あのね、シルビーとお揃いの服作ろうかとか、色々考えてるの」
「ほう、そりゃ楽しみだな」
「うん!」
とフルンは無邪気に喜んでいる。
まあ、そんな都合よく賞金が手に入るわけじゃあるまいし、なにか考えとかないとな。
それにしても最近、考えることが増えてきたなあ。
そろそろ行動しなきゃダメか。
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