第226話 型と道具
パロンの故郷に関して、いつもならエレンに丸投げするところだが、今は魔界の探索に出ていて不在なのだ。
そこで同じ盗賊でもある商人のメイフルに聞いてみたが、
「ちょいと当たってみましたけど、今のところなんとも言えまへんな。うちもここのギルドにはあんまり顔出さんようにしてましたからなあ」
「そうなのか」
「商人と盗賊ってのは、あんまりよろしゅうやってると、信用に響きますんでな。なんせなんぼでもズル出来ますからなあ」
「そんなもんか」
「せやから、エレンはんが帰るのを待つか、それとも大将自らが、うもう口説いて聞き出すんですなあ」
「食い物目当てに口説くなんて、不純じゃないか」
「なんや大将、あの子は好みまへんの?」
「そんなことは言ってないぞ」
「ま、うちが今言えるんは、それぐらいですなあ」
とのことだった。
しょうがない、自分で頑張ろう。
その日の午後、俺は裏庭で修行するクメトスとスィーダに付き合っていた。
といっても、ベンチに座って眺めているだけだが。
うちは侍やら騎士やらがたくさんいるので、当然武器の類も大量に揃っている。
各自愛用の剣や槍以外にも、練習用の数打ちや、木剣などが並ぶ。
今も武器を何本も並べて一つずつ使い方の基本を教えているところだった。
ナイフやメイス、幅広の大剣と持ち替えて型を披露する度に、同じ人間が使っているとは思えないぐらい動きに違いがあって、見ていて飽きない。
「あなたの祖父スェードルは文武百般、あらゆる武器に通じていましたが、ガモスの男性特有の巨大な体躯故に、やはり大きな武器を好むと言っていました」
そう言いながら、巨大な戦斧を振りかざすクメトス。
「こうした斧であれば、もう少し小さな手斧でも、力任せにギアントの体を断ち切ることもできるでしょう。あるいは甲冑の上から骨を砕くことも。この分厚い刃は多少の刃こぼれがあっても折れることは滅多にありませんから、そういう意味でも乱戦に向いています」
「でも、大振りで動きが遅くなっちゃうと付け込まれないかな?」
「技量差があればそうなりますが、乱戦の場合はそこまですきを突くのは難しいものですし、何より触れただけで致命傷になりかねない斧の斬撃を目の当たりにすると、どうしても間合いを取りたくなってしまうものです。結果的に自分で間合いがコントロールできるようになるでしょう」
ついで木を削り出しただけの棍棒を手に取る。
「こうした樫の棍棒も有効な武器となります」
「しってる、猟師のタンツおじさんが持ってた。それで猪にとどめを刺すって言ってた」
「そうですね。山中で武器が心もとない時は、ナイフで削りだしておけば重宝します」
次に二メートルを超える棒を構える。
「同じ木の棒でも、このような棍は、扱いが難しいものです。槍と同様、この長さ故の間合いが安心感を産むので、初心者向けでもあるのですが、ダンジョンのような場ではまず使いません。聞くところによると三メートルほどの棒を使ってダンジョン内の罠を調べるのに使うという話を聞いたことがありますが、実際にそれをしている冒険者は見たことがありませんね」
そう言って装飾の施された立派な槍を構える。
「槍は弓と並んで騎士のもっとも重要な武器ですが、歩兵も槍を構えます。かつては四メートルを超える長槍で槍衾を作り、騎兵の前衛を努めたこともあったそうです。現代では結界をより小さく、強固に張る戦術が主流なので、歩兵が前に出ることはなくなりましたが、それでも歩兵は槍を使用します」
話しながら槍を構えてしごいてみせるクメトスにスィーダが質問する。
「でも、私、兵士にはならないと思う」
「そうですね、ですが兵士やそれに類する集団、例えば軍隊崩れの山賊などと相対することはあるでしょう。今話していることは、すべて自分自身が身につけるだけのものではなく、広く世の中にある戦い方を学ぶためのものですよ」
スィーダはやっぱりまだまだせっかちのようだが、クメトスは根気強く教えているな。
「白象には歩兵がいませんが、赤竜騎士団の練兵では歩兵の集団が槍を運用する様子が見られます。機会があれば、一度見学に行きましょうか」
そろそろ指導も終わりかなと思ったところで、道場から帰ってきたフルンがシルビーを連れて飛び込んできた。
「ただいまー、あ、クメトス、今日は休み? 今修行中?」
「いえ、そろそろ切り上げようと思っていたところです」
「じゃあ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「今度出る大会に備えて、槍との戦い方を教わりたいと思って」
「それを私に?」
「うん、槍はクメトスが家で一番だから、クメトスが大丈夫ならお願いしたい!」
「わかりました。引き受けましょう」
そういうわけで、フルンとシルビーはクメトスの教えを請うことになったようだ。
いきなり実践訓練で、二対一で木剣と木槍を構えて対峙する。
以前もエディの槍を相手にフルンとシルビーで立ち向かったことがあったな。
あの時より二人共成長しているように見えるが、まだまだクメトスに歯が立つレベルではないようだ。
フルンなんかは相当強くなってると思うし、実際フットワークはクメトスより早く見えるんだけど、フルンが目にも留まらぬ速さで側面に回り込んで打ち込むと、クメトスは目に見える速さでそれをいなすのだ。
強さの比較ってのも相変わらず難しいもんだな。
俺の隣では、クメトスの弟子のスィーダが固唾を呑んで見守っている。
打ち合いはずいぶん長く感じたが、多分三十分も経っていないだろう。
フルンとシルビーがへばったところで終了となった。
礼を述べる二人に、クメトスは表情を崩さずにこう言った。
「二人共良い太刀筋です。ただ、槍の型をもう少し学んだほうが良いかもしれませんね。動きに対する知識がないようです。次はそのあたりを教えましょう」
修行がお開きとなったタイミングで、チョコ屋のパロンと、パン屋のエメオが両手にうまそうなケーキを抱えてやってきた。
「みなさぁーん、ケーキの試食タイムですよぉ。お腹をすかせてぇ、待っていたかしらぁ」
その声が聞こえたのか、家の中にいた撫子とピューパーも飛び出してきて、おやつとなる。
今日のおやつはバターケーキをたっぷりのチョコでコーティングした、いわゆるザッハトルテだ。
実に贅沢な味わいで旨い。
中身はエメオが焼いて、チョコはパロンが作ったらしい。
「サワクロさんに頂いたふくらし粉がとても良く膨らんで、すごくいい舌触りなんです」
とエメオも満足そうだ。
うちのふくらし粉はカプルやペイルーン達の特製で天然物の重曹に何やら混ぜてあるらしい。
ベーキングパウダーがどうのこうのと言っていたが、重曹とベーキングパウダーって別物なんだろうか?
ふくらし粉、すなわち重曹であるところの炭酸水素ナトリウムは天然物もあるのだが、ソルベー法のプラントを作りたいと言っていたので、先に手に入れた石灰から生成できるようになるのかな。
それとも馴染みのガラス工房向けなんだろうか。
ソルベー法といえばガラスだもんな。
産業革命の夜明けは近いかもしれない。
「そういえば、先日ケーキ型と一緒に用意してもらったナイフとかもクリームを塗ったりするのに便利で」
とエメオは切り分けながら話す。
チョコ屋の準備を兼ねて、思いつく限りの道具をシャミに頼んでおいたのだが、それのことだろう。
「これを使ってると、パンの道具ももう少し改良できるんじゃないかとか思うんですけど、親方はあんまり新しい道具とかは使わないんです。使い古した道具でこそ、技が生きるって言って」
「そういうのって素人には判断がつかんからなあ。エメオちゃんはどう思うんだ?」
「うーん、やっぱり親方の言葉は重みがあります。でも、こうしてケーキを作るのも楽しいので……よくわからないです」
と笑うエメオ。
「切り分けで思い出したんですけど、以前教わったパンをカットして売るって言うアイデア、最初は半信半疑だったんですけど、ジワジワと売上が伸びてるんです」
売ってるパンって小さいのも大きいのもそのまままるごと売っていて、四枚切りとかのカットしたパンってのを見たことがなかったので、なんとなく口にしただけだったんだが、どこにでも需要はあるもんだな。
「パンのカットぐらい、食べるときにすればいいと思ってたんですけど、案外、そうでもないんですね」
「食べるだけでいい人間には、その一手間も面倒だろうしなあ」
電気があれば、トースターも作れるんだろうけどな。
火の精霊石を使って、うまく作れないもんかな。
今度カプルに相談してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます