第214話 神返しの神事
はー、明日で今年も終わりかー、色々あったよなー。
女の子と知り合ったり、従者が増えたり、嫁さんができたり。
長旅をしたり、家ができたり、やっぱり女の子と知り合ったり。
その他あれやこれやとまあ、疲れるわけだ。
などとぼんやり考えながら、裏庭で遊ぶ子どもたちを眺めている。
中心にいるのは従者になったばかりの蛇娘フェルパテットで、下半身に毛布をかけてベンチに座っていれば、ちょっと控えめな女の子にしか見えない。
「私、こんな風に森の外で遊んでみたかったんです。だから時々森の外れまで外の様子を見に行ってたんですけど」
「それで罠にかかっちゃったのか」
「前はあんなのなかったのに……、ご主人様が助けてくれなかったらどうなってたか」
「そうだなあ。それより、もう傷は痛まないか?」
「はい、もうすっかり。傷跡も目立たなくなりました」
そう言って毛布の上から足元を撫でる。
この毛布の下には、滑らかで真っ白な美しい体がとぐろを巻いてるんだよな。
巻いてしまうと、おもったよりコンパクトなので、見た目じゃほんとにわからないんだけど。
ただし移動するとその独特の動きで、一発でわかるだろう。
「ねえ、フェル、つぎフェルの番」
そう言って牛娘のピューパーがフェルパテットにお手玉を渡すと、器用に回してみせる。
のどかなもんだ。
寒いけど。
そろそろ中に入ろうかと思っていたら、チョコ職人のパロンちゃんがくるくる踊り狂いながら隣の作業場からやってきた。
「みなさぁあん、ごきげんよぉ、今日もぉ、おいしいチョコレートがやってきましたよぉ」
そう言って歌いながら手に下げた籠から、できたてのチョコをみんなに配って回る。
「サワクロさぁんもぉ、しっかりたべて感想くださいねぇ。きょうはぁ、ナッツがぁ、はいってるのよぉ」
いつもよりさらに甲高い声で、胡散臭いソプラノ歌手みたいなノリで歌って踊りながらやってくると、かなり怖い。
普段の甘ったるい喋りも怖いが、糖分とカフェインのとりすぎでおかしくなったんじゃなかろうか?
「あらぁ、今、何か失礼なことを考えませんでしたぁ? 妖精はぁ、そういう感情の変化にぃ、敏感なんですよぉ」
「妖精じゃなくたって、この糞寒い中に一人だけオツムに春が来たかのように浮かれてる人間がいれば、どういう気持ちになるかぐらいはわかるだろう」
「じゃかぁしいわいっ!」
例のごとく、突然素に戻って怒鳴るパロン。
周りのみんなはもう慣れたようだが、一人慣れていなかったフェルパテットだけが驚いて体をすくめる。
「あらぁ、ごめんなさぁい、あなた新顔ねぇ。どうかしらぁ、私のチョコぉ」
フェルパテットはちょっと怯えながらも、口にしたチョコの感想を素直に述べる。
「は、はい。こんなに蕩けそうなお菓子、はじめて食べました」
「そうでしょぉ、私のチョコはぁ、どんな人でもたちまちとろけちゃう、あまいあまぁい……」
そこまで言って、パロンは目を細めてフェルパテットをまじまじと見つめる。
すこし首を傾げてから、下半身をくるむ毛布に視線をやって目を凝らす。
「ぎゃぁあっ! へび、へびいいいぃっ!」
ひっくり返って地面を転がり、また変身が解けてしまった。
俺の足元で頭を抱えてがたがた震える小さなパロンを抱え上げる。
「こら、可愛い女の子を見てそんなにビビると、あっちが傷つくだろう」
「う、うるさいわい、蛇は妖精の天敵なんじゃ、あいつらすぐにわしらを丸呑みしおるんじゃい」
「俺の従者がそんなことするわけ無いだろう」
「そんなもん、信用できるかい、蛇は蛇なんじゃ!」
一方のフェルパテットは、自分のせいで怖がらせたと知って、ショックを受けているようだ。
「ご、ごめんなさい、私…あの……」
「まあ、気にするな。こいつはちょっとオーバーなんだよ。なんせ妖精だからなあ」
とアバウトに慰める。
「妖精さん……なんですか。ほ、ほんもの?」
「ああ、本物だよ。見てみろ、この小さい体にふわふわした感じ」
「ほんとだ、私達とぜんぜん違う」
「そうだろ、だからまあ、大目に見てやってくれ」
「は、はい。あの、驚かせてごめんなさい。私、マートル族だけど、妖精とか食べないので、その、安心してください」
フェルパテットが謝ると、パロンは俺に抱きかかえられたままガクガク震えていたが、恐る恐る振り返り、
「ふ、ふん、なんじゃい、たかが魔族やんけ、わしが本気出せば、魔族ぐらいけちょんけちょんのプーじゃ」
などと強がっていた。
まったく、忙しい娘だな。
適当になだめながら、奥にいるデュースのところまで連れて行く。
「あらー、また戻っちゃったんですかー、そんなスキだらけでよく今まで人里で暮らしてこられましたねー」
「うるさいわい、今まで一度だって解けたことなかったわい、ここの環境がおかしすぎるんじゃ!」
「そうですかねー、まー、そんなこともあろうかと御札を用意しておいたのでー、プールを呼んできて術をかけなおしましょうかー」
と言って、デュースはパロンを連れて行ってしまった。
ホント世話のやける娘だ。
遅れてフェルパテットが床をズリズリこすりながら入ってきた。
「あの、ご主人様……、今の妖精さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、デュースが元の姿に戻してやってるから」
「そうですか、よかった。でも、妖精さんって初めてみました。やっぱり人間の世界にはいろんな人がいるんですね」
「いやあ、うちは特別、変わり種が多いから。世間じゃそこまでじゃないよ」
そこまで言ってから、俺も随分こちらの世間に馴染んできたんだなと気がつく。
年が明けたら、三年目だしなあ。
昼食を取ってダラダラしていると、クメトスが帰ってくる。
すでに休暇に入っていたクメトスだが、今日は年内最後の訓示を垂れるとかで朝から白象砦に出向いていたのだ。
「代理として務めるのも、あと僅かとなりました。名残惜しくもありますが、あとは仲間たちに任せれば良いことです」
クメトスは淡々と語る。
何かと融通がきかず、杓子定規なクメトスだが、その内面にはそれなりに熱い部分もある。
きっと言葉には表せない思いもあるのだろうが、それを問いただすような野暮はよそう。
「ところで、次の代理はどうなるんだ? それとも新しい団長が決まるのか?」
「団長は今のところ無理でしょう。騎士団の団長は、正式には女神のお告げを受けたものがなるのですが、そういつも都合よくお告げをいただけるわけではないので、多くの場合は実力とバックボーン、つまりはお金ですが、それの伴うものが騎士院の承認を得て国王陛下に願い出る、という形を取ります」
「へえ」
「エンディミュウム様もその形で団長に就任されました」
「なるほど」
「ですが、我が騎士団には、その、わざわざ団長に願い出るような者はなかなか……」
まあ、あまり名誉ある騎士団ってわけじゃないようだしな。
名誉はともかく、出世とか権勢とかには縁がなさそうな所に金をぶっ込む貴族もあんまりいないと言うことか。
「そこで、新たな代理を立てるのですが、先の団内投票で、五号隊副長のユルーネと決まりました」
ユルーネというと、あのおかまっぽいやつか。
「かのものは家柄もよく、槍も馬もよくします。まだ若いのですが、人望もありますので見事に努めおおすでしょう」
「そういえば、エーメスとも仲が良かったようだな」
「はい。一見、男とも女とも取れぬところはありますが、ああ見えて人当たりもよく、団内でも深く信頼を得ています」
「なるほどねえ」
「ところで、私が正式に引退してからになると思うのですが、先々代の団長に挨拶に参りたいと思いまして」
「ほう」
「この度騎士院議員を引退して隠居することになり、そのお祝いに。メリエシウムがいれば一緒にと思っていたのですが、まだ当分は旅を続けるようですね」
「そのようだな」
「そんなわけですので、試練が始まるよりも前の適当な時期に、少々お暇を頂きたいと思いますので、よろしくお願いいたします」
などと話していると、来客がある。
蛇娘フェルパテットの姉、ウェルパテットだ。
手土産を持って、挨拶に来てくれたらしい。
「森で取れた猪だ。妹は大食いでな、これではたしにならぬかもしれぬが」
「なに、うちには大食らいが山ほどいるんで平気だよ。姐さんもよく食うだろう?」
「子供の頃ほどではないさ、あの子も良く食うかい?」
あの子とは、もちろんフルンのことだ。
同族同士、気になるのかもしれない。
「そりゃあもう」
「だろうね。私は今じゃ、食うより飲む方ばかりさ」
「ちょうどいい、旨い酒が有るんだ。一杯やっていってくれ」
今朝、サウの母が届けてくれた酒樽を指差す。
「挨拶だけのつもりだったが、勧められた盃を断ったとあっては、グッグの名がすたるな」
そう言ってウェルパテットは笑う。
大きなグラスになみなみと注いだ酒を一息に飲むと、
「ほう、うまいな、いい酒だ。これだけのものは里ではなかなか手に入らぬ」
「詮索するわけじゃないが、ああした暮らしは大変そうだな」
「たしかに……。だが、あそこに住むものは、その方が遥かにマシ、と言ったものが多いのだ」
「なるほどね」
「それにしても、フルンといったか。このあたりではグッグを見たことはなかったが、あの子はどこの村の出だ?」
「あいつは、エツレヤアンの西の森に住んでいたと言ったな。年寄りと子供が僅かに暮らしたところを魔物に襲われて、あいつは孤児になってたんだよ」
「ふむ、たしかに、グッグの集落はこの国でもかなり失われたと聞く。では、両親などもいないのか」
「フルンは長老に育てられたようなことを言っていたな。出稼ぎで傭兵などをしているのがたまに帰ってくるようなことも聞いたが、二親のことは聞いてないな。なんせ俺があまり過去のことを聞かないからな」
「そうか、ならば私も聞くまい。代わりに、私達姉妹のことを、少しだけ話そうか」
そう言ってウェルパテットは自分達のことを少しだけ話した。
ここよりはるか西の国で生まれたウェルパテットは、他のグッグ族がそうするように傭兵、ないしはフリーの冒険者として剣を頼みに稼いできた。
そんな暮らしの中で、ある時、強力な敵に破れ、仲間と思っていた連中に見捨てられ、瀕死の状態であの隠れ里のそばで倒れていた所を、まだ幼いフェルパテットが助けてくれたらしい。
その後ウェルパテットは村の一員として迎え入れられ、フェルパテットの姉となった。
ウェルパテットと言う名もその時村から贈られたそうだ。
フェルパテットの両親は、彼女を産んだ時にはすでに高齢で、数年前に亡くなったとか。
里に居場所を求めてたどり着いた連中と違い、あそこで生まれたフェルパテットにとっては、隠れ里の暮らしはいささか窮屈だったのだろう。
「そんなわけで、里には恩義が有るが、それ以上にフェルパテットには幸せになって欲しいとも思っていたのだ」
杯を大胆に煽りながら語るウェルパテットは、別に返事を求めているわけではないのだろう。
俺も黙って酒を飲み、話を聞く。
そこに新年の挨拶で道場に出かけていたセスとコルスが戻ってきた。
セスはウェルパテットの姿を認めると、こちらにやってくる。
「あの折はどうも」
「おお、先日の侍殿ではないか」
「今日は妹御に会いに?」
「まあ、そんなところだ」
型どおりの挨拶を済ませると、ウェルパテットは先日のことを訪ねた。
「おぬしがあの子の師だと聞いたが」
「さよう」
「単刀直入に聞こう、なぜあの子を立ち会わせたのだ?」
「ふむ……それは」
セスはすこし首を傾げてから、
「フルンがあなたと立ち会いたくて、ムズムズしておりましたので」
「それだけで? もし負ければ、フェルパテットを得ることは叶わぬと言うのに?」
「そちらに関しては、心配しておりませんでした」
「というと?」
「例えあの場で機会を逃しても、我が主が一度従者に、と決めた相手であれば、なんとしてでも手に入れたでしょう。ですから、そのときは私の面目が立たぬと言うだけのことで、フェルパテットをそう長くまたせることはないと、考えておりました」
「ほう、ホロアと言うものは、そこまで主人を信頼するものか」
「ホロアに限らず、従者であれば、皆そう有るものですよ」
「私にはいささか得心が行かぬが、まあよい。それで、あの戦法はお主が授けたのか?」
「いえ、私は何も。フルンは森ではじめてあなたに会ってから、なんども頭のなかで立ち会う姿を想像していたようです。その結果があれだったのでしょう」
「なるほど。何れにせよ、私はあの子と立ち会って負けた。それはすなわち、フェルパテットを託すに足ると信頼した、ということだ」
そう言ってウェルパテットは酒を飲む。
「はは、今日は酒がうまいな」
本当にうまそうに酒を飲むウェルパテットの目尻はほんのり湿っているように見えたが、見なかったことにした。
そこに今度は、表で遊んでいたフルンやフェルパテットたちがやってくる。
「ねえさん、来てたのなら、声をかけてくれればよろしいのに」
そう言ってズリズリ這いよるフェルパテット。
その背中にはピューパーがまたがっている。
「いらっしゃい、ウェルパテット!」
とフルンも飛んできた。
「おお、邪魔しているぞ。どうだ、腕はもう平気か?」
「うん。アザも消えた!」
フルンはぷにぷにした腕を差し出す。
「この猪、ウェルパテットのお土産?」
「ああ、そうだ。是非食べてくれ」
「うん! じゃあお礼に、お酌する!」
そう言って、ウェルパテットの隣りに座った。
いつも元気なフルンだが、今日は一際ニコニコしてるな。
同族ってのがやはり嬉しいのかな。
なんにせよ、フルンが嬉しそうだと俺も嬉しいな、などと思いながら視線をずらすと、向こうの柱の陰に尻尾が見える。
あれはエットの尻尾じゃないか。
どうやら隠れてコチラの様子をうかがっているらしい。
何やってるんだ?
と五秒ほど考えてから気がついた。
猿娘のポロ族は、犬耳のグッグ族と仲が悪いんだった。
毎日フルンとべったり一緒にいるから忘れてたよ。
ウェルパテットは人間ができてそうだから大丈夫だろうし、呼び寄せてみようかな?
しかし、こう言う問題は根が深いから、俺の脳天気なノリで判断するのもいかがなものかと……。
などと悩んでいる俺を見て気がついたのか、ウェルパテットもこちらを覗き見るエットに気がついたようだ。
「あそこにいるのは、もしやポロか?」
というウェルパテットにフルンが、
「うん! エットって言って、おんなじ従者でねー、一緒に剣も習ってるの」
「そうか、ポロとグッグが肩を並べてな……」
ウェルパテットはちょっと自嘲気味に笑うが、改めて俺に向き直ると、
「妹は良い主と良い家族を得た。改めて礼を言う」
妹思いの犬耳姐さんは、そう言って改めて頭を下げた。
そんなふうに言われると、俺も柄にもなく、くすぐったくなるな。
「さて、長居をしてしまった。暗くなる前に帰らねばな」
ウェルパテットはそう言って、満足そうな顔で帰っていった。
翌日は大晦日だ。
昼飯を待ちながら暖炉の前でまったりしていると、昨夜まで領主様として勤労に勤しんでいたフューエルが、寝ぼけ眼で起き出してきた。
「おはようございます、あなた」
「もう起きていいのか? 今日はもうゆっくりできるんだろう」
「これ以上寝ると、体が布団になりそうですよ」
そう言って俺の隣に腰を下ろす。
寝起きのすっぴんで、非常にだらしない格好をしているフューエルはなかなかチャーミングだ。
「今日は午後から、劇場に鑑賞に行くのでしょう?」
年越しの合唱や劇を見に行くのだが、そこには俺の馴染みの、春のさえずり団も出ている。
「夜はなんかの神事があるんだよな」
「ええ、ちょうど日をまたぐ時間になります」
「そんなに遅いのか。撫子たちも行きたがっていたが、起きていられるかな?」
「どうでしょうか、すぐそこの広場から見られるので、起きてさえいれば大丈夫だと思いますが」
まあ、なるべく連れて行ってやるとしよう。
「その後の予定としては、明日は実家に戻って両親に挨拶を。数日はこちらでゆっくりして、その後はテライサの村にある別荘まで、お祖母様に年始の挨拶に行く予定です。例年であれば、そちらで一月ぐらい過ごしてもよいのですが、従者を全員連れてはいけませんし、多分すぐに帰ってくることになるでしょう」
「ふむ」
「あとは、春の収穫時期まで、私自身はあまりやることがないので、あなたの都合に合わせていただければと」
「そんなもんか。といっても、せいぜい森の遺跡の探索ぐらいしかやることないけどな」
「そうですね、ウクレの実践訓練もしたいところですし、それでよいのでは?」
「俺はあんまり探索とかしたくないんだけどな」
「例の本屋の娘の言う、舟とやらも探さなければならないのでは?」
「そういやそうだった。ってことは魔界かー、魔界に潜るとなんかしばらく目がチカチカするんだよな」
「私もぜひ一度じっくり魔界を回ってみたかったので、楽しみですね」
「魔界を回るなら、足が要るよな。馬車は持っていけないし」
「そういえば、あなたの内なる館、とやらに馬車を持ち込む実験をしておいては?」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「早速やってみましょう」
「そりゃいいが、せめてその寝間着を着替えて、ついでに顔ぐらい洗ってきたらどうだ? テナに見つかると絞られるぞ」
「おっと、そうでした。では、あなたの方で準備をしておいてください。すぐに戻りますから」
とフューエルは浴室に向かった。
カプルたちに手伝ってもらい、どこまで搬入できるかを試す。
あり物の木材で寸法違いの枠を作り、それを持ち込んでみるのだ。
試した所、対象に俺が触れていなくても、持ち込もうと思えばそれでいけるらしい。
その結果、持ち込みに関しては、かなり大きなものまで大丈夫なことがわかった。
確認できた最大のサイズで十メートル四方だろうか。
ただ、持込み先の地面がただの草原なので、うまく平らな地面に乗らないと、馬車の場合まずいかもしれないとカプルは言う。
「せっかくなので、今のうちに地面を慣らしておきましょうか」
と言って、カプルはミラーを数十人連れ込んで、一気に地面を平らにならしてしまった。
「セメントが実用化できれば、ここを塗り固めても良いですわね」
「そうかもしれんな」
「今日のところは、ひとまずこれでいいと思いますわ。明日、奥様の実家に行かれるのでしょう。その時に幌馬車を持ってこられては? 魔界遠征の際に持っていくなら、あれが手頃かもしれませんわ」
「ああ、そうかもな。乗り慣れてるし」
冒険組の大半を連れていけば、二十人からの大所帯だ。それだけをまとめて運ぶならあの馬車がいるよな。
「では、そのつもりで準備を進めておきますわ」
そんなことをするうちに、昼飯時になる。
晩はごちそうだと言うので、軽めに食事をとって、出かける支度をする。
劇場に着くと、すでにエディたちも来ていた。
他にはフューエルの姪っ子である、いや、すでに俺の姪でもあるエマちゃんも来ていた。
「ご無沙汰しております、おじさま!」
「よう、エマちゃん。元気かい?」
「はい。今日は春のさえずり団の皆さんとお会い出来るのを、楽しみにしていたんですの」
お上品に頷く姿は天使のように愛らしいが、この子はイマイチ何を考えてるかわからんからな。
「年が明けたら、おじさまもひいおばあさまところに行かれるのでしょう?」
「ああ、その予定だよ」
「私も行きますから、そうしたらおじさま、一緒に馬に乗って散歩に参りましょう。あそこは雪もありませんし、きれいな高原がありますの」
「ははは、そりゃ楽しみだな」
しかし、馬かあ。
先が思いやられるな。
その後はみんなで劇や演奏を堪能したり、春のさえずり団の面々を賞賛したりしてまったり過ごす。
春のさえずり団はなにげに解散の危機だったはずだが、今日のところはそれを感じさせる様子はなかったようだ。
彼女たちのプロデュースを任せてある演出家のエッシャルバンに相談したいところだが、この時期はなかなか捕まらないんだよな。
そのへんは、年が明けてから考えるか。
深夜の目抜き通りは人混みで溢れている。
俺は特別に夜更かししている年少組を連れて、神返しの神事とやらを見に来ている。
秋の祭りでは海から引っ張り上げた真四角の神輿を人力で湖まで運んだわけだが、今度はそれを海に返すらしい。
しかも、こんな夜中に。
日本ならそろそろ除夜の鐘が鳴り出す頃合いだ。
「話には聞いてたけど、直接見るのは初めてなのよね」
と言うのは、現在絶賛休暇中の赤竜騎士団団長様であるエディだ。
何故か俺ではなくフューエルと腕を組んで、湖の見える場所に陣取っている。
エマちゃんは流石に帰ってしまったようだ。
「秋の祭りは盛大で活気に満ち溢れていますけど、こちらは実に厳かで静謐に包まれた、女神の思し召しを実感できる儀式だと思いますよ」
とフューエル。
果たして、どんなイベントなんだか。
アンと一緒に子どもたちの面倒を見ていた元巫女のハーエルが解説する。
「さあ、そろそろ始まりますよ。皆さん、しっかりと目を開いて見てください。すぐに終わりますから」
すぐに終わるのか?
どういうことだと聞こうとしたら、周りから歓声が上がった。
その声につられて湖を見ると、湖面がまばゆく輝いている。
何じゃありゃ、と思ったら、空の彼方から三つの光る星が降ってきた。
高速で飛来したそれは、水面ギリギリで止まると、三角に並び、クルクルと回り始める。
それに合わせて水面に渦が生じ、中から巨大な神輿、つまりあの時運んだステンレス製の匣が飛び出してきた。
「飛ぶのか!」
思わず叫ぶが、周りのみんなは見とれていて俺の声など届いてはいないようだ。
ちょっと気恥ずかしくなって、視線を真後ろにそらすと、そちらにも何か浮いている。
丸い塊の上に棒が立っている。
いや、棒じゃないな……あれは、人じゃないか?
「おい、あっちのあれはなんだ?」
近くにいた巫女のハーエルに尋ねると、彼女は振り向いて首を傾げ、ついで驚く。
「な、な、なんですか、あれは!」
「知らないのか?」
「あんなものは今まで現れたことがありません!」
「え、でも、なんか人っぽいのも乗ってるし。お前の仲間じゃないのか?」
「ち、違います! あんなものは知らな……」
ハーエルが言い終えるより早く、水面から飛び出した匣が空に舞い上がった。
と同時に、周りの地元民が一斉に、
「かみこさまーっ!! おかえりませーっ!!」
と叫びだした。
あとはやかましくて会話にならない。
飛び上がった匣はくるくるとまわって空高く舞い上がり、三角に並ぶ星もそれに追従し、謎の人型シルエットも後を追う。
そのまま一塊となって、海の方に飛んでいった。
見えなくなると同時に、叫び声も収まる。
一瞬の沈黙の後、周りの観客が一斉に声を上げて新年を祝い出す。
「おめでとうございます、あなた」
「おめでとう、ハニー」
フューエルやエディも口々にお祝いの言葉を述べるので、俺も返すが、さっきのやつが気になって仕方がない。
「何かあったの、ハニー」
と尋ねるエディに、
「なんか人っぽいのが空に浮かんでただろう」
「人? 後ろから飛んできてたやつ?」
「そうそう」
「人だったかしら? あれがどうかしたの?」
「ハーエルも、普段はあんなものはないって言うから」
「ふーん、でも別におかしなことも起きてないし、そういう年もあるんじゃない?」
「そんなもんか?」
「女神様のすることは、よくわからないわよ。それよりも、早く帰って朝まで飲み直しましょ、今日は新年のお祝いよ! 引き継ぎが終わったらローンたちも来るって言ってたし」
「なら帰るか、子どもたちも寝かさないとな」
というと、パンテーにおんぶされて眠そうにしていたピューパーが、
「えー、まだ大丈夫、私も起きてるー」
「早く寝ないと、明日の初詣においていかれるぞ」
「うー、起きるー、起きるからー」
と駄々をこねる。
「しょうがないな、今夜は特別だぞ」
「やたー、ご主人様、すきー」
それを聞いたパンテーは、
「いいんですか、ご主人様」
「まあなんだ、子供の夜更かしって、特別なもんだからな。今日みたいな特別な日にはいいのさ」
だが、ピューパーは喜んだだけで満足してしまったのか、家に着く前にパンテーの背中で眠ってしまった。
家に帰ると暖炉の前で飲み明かす。
昨日のうちからしこたま飲み食いしてるので、正直お腹はいっぱいなのだが、酔っ払ってるとどうにかなるものだ。
「今年はいよいよ、試練の年ですね」
改めて乾杯しながら、フューエルがそう言う。
「面倒くさいよなあ、楽に終わるといいんだけど」
フューエルはうちの従者たちを見渡しながら、
「これだけのメンツを揃えていれば、どうにかなるのではありませんか?」
「そうかもしれんが、その分、みんなも苦労するじゃないか」
「それは、そうでしょうけど」
そこで隣のエディが、
「先行してる紳士連中も結構苦労しているみたいね。三つ目の試練あたりで止まってるらしいわよ」
「新聞によると、どいつもこいつも凄そうじゃないか。うちは何より俺が頼りないからな」
「そうねえ、ハニーの御威光も、人間相手じゃないと効果ないみたいだし」
「まあね」
「そういえば、フューエルはついていくのよね?」
とエディが尋ねると、
「行きたいのは山々ですが、何ヶ月も領地を空けるのは……」
「リンツ卿はまだ引退したわけではないのでしょう?」
「そうなのですけど、最近はすっかり私に任せっきりで」
「いいじゃない、ハニーがホロアマスターの称号を獲れば、大手を振って跡取りになれるんだから、その後に正式に隠居していただくということで、今年だけ頑張って貰えば」
「そうですねえ……」
と考え込むフューエル。
「ハニーも何かいいなさいよ」
「うーん、まあついてきてくれると嬉しいんだが、そもそもこの家を完全に空けるわけじゃないつもりだったので、そうなると何人かは残るわけだ。となると残った連中を任せられるのはフューエルになるんじゃないかとは思ってたんだけど」
「ああ、そうなのね。でも、試練なんだから全員連れていくべきだわ」
「その方がいいのかな?」
「それはそうよ。従者にとってまさに最高の奉仕の機会でしょう。例え試練の塔に入って剣を振らなくても、主人とともにあって支えるってのは、かけがえのない意味があるわ」
「なるほど、そう言われると連れて行かなきゃダメだな」
「そうでしょう」
どうも俺は試練を軽く考えがちだったが、世の中の評価を見ると、そうなるかもなあ。
それに関してはきちんと考えておこう。
とはいえ、ミラーやクロックロンを実質一人と考えたにしても、四十人近くいるわけで、旅をするには大変だよなあ。
なにか画期的な方法を考えないと。
やっぱり内なる館に全部突っ込んでいくしかないのかな?
そこに仕事を終えたローンとポーンがやってきて、改めて飲み直しとなった。
まあいいや、細かいことは全部忘れて、じゃんじゃん飲むとしよう。
今日はめでたい正月だ。
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