第213話 魔族の娘 後編

 さすがの俺も、ちょっとだけあっけにとられながら、目の前の蛇女ちゃんを眺める。

 こういうの、なんて言ったっけ……ラミア?

 まあ、それはいい。

 それよりも、流れる血の量からして、深い傷を負っているようだ。


「大丈夫、落ち着いて、お嬢さん。取って食ったりはしないから。それよりも、傷を見せてもらえるかな?」


 と優しく語りかけると、娘は怯えながらも俺の目をじっと見てきた。


「ひどい……こと、しませんか?」

「しないしない、したこともない」

「ほんとう……ですか? でも、人間は……」

「人間は信用できないかい?」

「お、おババが、人間は…恐ろしいから、近づくなって……」

「じゃあ、紳士の言うことならどうかな?」


 言いよどむ彼女の前で、俺は指輪を取ってみせる。


「あ、あぁ……、なんて温かい光……」

「俺を信じてくれるかい?」

「は……はい」


 娘は痛みも忘れたかのように、恍惚とした顔で俺を見つめて、うなずく。

 たまには役に立つよな、俺も。


「信用してくれてありがとう。それより、随分と血が出ているね」


 見ると、足というか、下半身の中ほどに傷跡がある。

 エレンいわく、どうやら、なにかの罠にかかったようだという。


「ハーエル、頼む」

「かしこまりました」


 ハーエルはすぐに傷跡を見るが、やはり傷は深いらしい。


「折れた刃か鏃のようなものが中に残っているようです。これを取り出さないと」

「魔法でぱぱっとは行かないか」

「はい、申し訳ありません。ここで手術をするのは難しいかと。一旦、痛みを抑えてから、どこかに運ばなければ」

「そうか。よし、お嬢さん」

「フェルパテット……です」

「フェル?」

「フェルパテット、名前……です」

「じゃあフェルパテットちゃん。俺はクリュウと言う。普段は正体を隠してサワクロと名乗っているんだけどね」

「は、はい」

「どうやら、傷をひらいて破片を取り出す必要がありそうだ。君の家は近いのかい?」

「あの……その……」

「うん?」

「家は……内緒……で」


 そこでエレンが耳打ちする。


「たぶん、どこかに隠れ里があって住んでるんだよ」

「ああ、なるほど」

「となると、話さないだろうねえ。次善の策としては、ここで僕が手術するってところかな」

「できるか?」

「人間相手ならやったことはあるんだけどねえ。かなり痛むけど、大丈夫かな」


 俺は改めて蛇女のフェルパテットちゃんに話しかける。


「家がダメなら、ここで治療しようと思うが、大丈夫かい?」

「あ……でも……」

「このままじゃ、歩けないだろう」


 蛇は歩くとは言わんかもしれんが。


「かなり痛むと思うが、大丈夫かい?」

「はい……大…丈夫、です」


 エレンはその場ですぐに手術にかかる。

 手術と言っても、ナイフで傷を切り裂いて鏃を取り出すだけだ。

 エレンはよく切れそうなナイフを取り出し、革袋の酒をかける。


「痛むけど我慢してよ」


 と言ってフェルパテットの傷口にも酒をかけると、彼女はウッとうめく。


「いい子だ、じゃあ、これを咥えて」


 エレンは丸めたハンカチを渡す。


「叫んで舌を噛んじゃうとまずいからね。さあ、行くよ」


 コクリと頷くのを見て、エレンは傷口にざっくりとナイフを突き立てた。

 フェルパテットは脂汗を流して呻くものの、決して暴れずに耐えている。

 強い子だな。

 俺も彼女の手を握り、汗を拭ってやりながら、必死に励ます。

 鏃はかなり深く食い込んでいたが、エレンの手早い手術でどうにか取り出すことができた。

 血がべっとりとついた鏃は、とても痛そうだ。

 フェルパテットは痛みのあまり、意識がもうろうとしているようで、声をかけても返事がない。

 ただ、その目だけが、俺を必死に見つめていた。


「さあ、よくがんばったね。あとは魔法で傷を塞げば……」


 エレンが台詞の途中で急に振り返り、なにか叫ぼうとした瞬間、それより早くフルンが飛び出して、腰の剣を一閃した。

 同時に真っ二つになった矢が、地面に転がる。

 なんだ、敵か?

 蛇女のフェルパテットちゃんを狙う冒険者か何かが……。

 だが、矢の飛んできた方を睨みつけていたフルンは、剣を下ろすとこう叫んだ。


「フェルパテットは無事! 今治療が終わったから、出てきて!」


 しばらくの沈黙の後、遠くの木の上から、何かが地面に飛び降りたのが見えた。

 そのままこっちにまっすぐ歩いてくる。

 腰の刀に手をやり、警戒しているのがありありと分かる。

 蛇女ちゃんの仲間だろうか?

 しかし、見たところ完全に人型だ。

 あるいは、普通の魔族ということだろうか。

 顔には頭巾を巻いているので、よくわからない。


「彼女に何をしたっ!」


 声からすると、女のようだ。


「怪我をしてたから、治療した! あと少しで治るから、待って」


 フルンの答えに頭巾の女は沈黙したまま距離を保つ。

 どうやら、様子をうかがっているようだ。

 その間も、ハーエルは魔法を唱えている。


「おまえ、グッグか?」


 頭巾が尋ねると、フルンがそうだと答える。


「グッグがこんなところで何をしている」

「私はあの人の従者だから、ここにいる」

「従者? グッグを従者にするような酔狂な男なら、マートルも助けると?」

「ご主人様は、女の子に弱いから、困ってれば誰でも助けるの!」

「ふん……嘘ではなさそうだ」


 そう言って、彼女は頭巾をとった。

 その下から現れたのは、真っ白いくせっ毛に大きな犬耳。

 フルンと同じ、犬耳のグッグ族だった。


「どうやら、妹が世話になったようだ。礼を言う」


 そう言って彼女は頭を下げる。


「なに、困ってる美人はほっとけない性分でね。もうすぐ治療は終わる。後は任せていいかな」


 俺がそう言うと、犬耳のお姉さんはコクリと頷く。


「しかし、君一人で運べるかな? この子は結構ウエイトがありそうだが」


 そんな俺の疑問にエレンがそっと答える。


「グッグの成人なら大丈夫さ」


 ハーエルの呪文で傷はどうにかふさがり、血も止まる。

 蛇女のフェルパテットちゃんはすでに気を失っていたが、苦しそうな感じはない。

 たぶん、大丈夫だろう。

 俺の手をきつく握りしめていた手をほどいてやり、もう一度額の汗を拭ってやる。

 後のことを犬耳お姉さんに任せて、俺達はその場を後にする。


「この礼は後日」


 別れしなに、犬耳お姉さんはそういった。

 あのお姉さんの名前も聞いておきたかったなあ、などと思いつつ、残してきた仲間と合流した。




 数日後。

 蛇女ちゃんの事を忘れかねていた所に、来客があった。

 例の犬耳お姉さんだ。

 彼女は馬に引かせた荷馬車にいっぱいの肉や果物を運んできていた。


「先日は妹が世話になった。改めてお礼に来た次第、どうか収められたい」


 そう言って頭を下げるので、俺は素直に受け取っておいた。

 彼女を招き入れて、改めて話をする。

 どうやらあの蛇女ちゃんはすっかり良くなったらしい。


「あの場で治療したのが良かったようだ。幸い傷跡も盛り上がり、熱も出ていない。もうすぐ今までどおりに歩けるだろう」

「そりゃあ良かった」

「あの場にいなかった村の連中は、人に助けられたなどと、まだ半信半疑だがな」

「まあ、そんなもんさ。それにしても、よくここがわかったな」

「臭いを辿った。グッグなら容易いことだ」

「へえ、大したものだ」


 このグッグ族のお姉さんは名をウェルパテットといい、蛇女のフェルパテットの姉だそうだ。

 もちろん、種族が違う以上、義理の姉なのだろうが、わざわざ聞くようなことでもないな。


「詳しくは話せぬが、我らは魔族と古代種が人里を離れ、ともに隠れ里にて暮らしている。普段は人里に降りることなど無いのだが、妹は少々お転婆でな。時折ああして森の外を覗きに行っていたようだが、あの日は運悪く、罠にかかったらしい。以前はあのような罠などなかったのだがな」

「最近、あの森も物騒だからな」

「そのようだ」

「しかし彼女にそんな冒険癖があったのか。おしとやかそうに見えたんだけどな」

「マートル族を見て、たとえ冗談でもおしとやかなどという人間がいるとはな」

「マートルと言うのは、あの半身蛇の種族のことかい?」

「そうとも。魔界でも珍しいと聞くけどね、大事な私の妹さ」

「そんな妹さんのお役に立てて、俺も嬉しいよ」

「そこで、だ。その可愛い妹のために、今日はやってきたのだ」

「というと?」


 犬耳お姉さんは、一瞬、なんとも言えない表情になってから、こう切り出した。


「あの子、どうやらあんたに一目惚れでね。うわ言のように、あの方にもう一度会いたい、あの人のおそばでお仕えしたい、なんて言い出すんだ。私はてっきり、矢に毒でも塗られてたのかと思ったよ」

「そりゃあ光栄だね。俺も今まで何人も従者を持ったが、マートル族というのは見るのも聞くのも初めてだ。立派に主人が務まるか自信がないが、君から見てどう思う?」

「あんたも正気かい? どこの世の中に魔族を、しかも獣人の魔族を従者にする奴が居るっていうんだい」

「さあなあ、しかし俺の従者には魔族も獣人も、巨人だって居る。そこにちょっと下半身が蛇っぽい子が増えたところで、大した違いは無いだろう」


 俺の言葉を受けて、ウェルパテットは周りを一瞥する。

 自分で言うのもなんだけど、うちもバリエーションが豊かだよなあ。


「なるほど、妹はあんたのことを、ただ素晴らしいお方だとしか言わなかったが、主人としての器ではあるらしい」


 そう言ってから、ウェルパテットは改めて頭を下げる。

 彼女は俺が紳士だとは話してないようだな、正体を隠していると言ったからだろうか。


「あんたがその気なら話は早い。一度うちの長にあってくれるかい?」

「ああ、いいよ」

「なら決まりだ」


 来るものは拒まずがモットーの俺としては、断る理由はないのだが、蛇女を従者として迎えに行くと聞いたフューエルは、


「あなたがそういう人だと、わかっていたつもりですが、自分がいかに狭い常識で物事を想定していたかを思い知らされますよ」

「理解のある奥さんで助かるよ。まあ行ってくるわ」


 ウェルパテットの案内で、俺は蛇女ちゃんに会いに行く。

 お供は冒険組の精鋭数人、それにプールだ。

 お供としては珍しい人選だが、犬耳のウェルパテット姐さんが言うには、


「あんたが魔族を従者にしているというのなら、それを見せてやってほしい。そうすれば村の者も説得しやすいだろう」


 とのことだ。

 言い換えれば、俺は今から村人を説得しに行くってことだよな。

 まあ、隠れ里でひっそり暮らす魔族ともなれば、ホイホイと街に出ていくわけにも行かないのだろう。


 森の獣道を進むこと二時間。

 不意に視界がひらけて、小さな集落にでた。


 木の枝を編んで、その上から泥を塗り重ねた作りの家が、ポツポツと並んでいる。

 家の中に人の気配はあるが、姿を見せない。

 そんな中を俺はいつもどおりに歩く。


「この先に長老がいる」


 とウェルパテット。


「どんな人だい?」

「そうだな、随分と長生きさ。もう、三百年以上生きてると聞く。実際のところはわからないがね」

「手ごわそうだ。それで、フェルパテットちゃんは?」

「一緒にいる。さあ、この先だ」


 彼女が案内したのは、集落の一番奥まったところにある小さな小屋だった。

 長老が住むにしては貧相な建物だ。

 扉をくぐると、六畳間ほどのワンルームの中央には囲炉裏があり、その奥には小さな祭壇。

 そして正面に小さな老人が座っていた。

 隣には蛇女のフェルパテットちゃんも控えている。


「長老、件の御仁をお連れした」

「ご苦労じゃった」


 答えるしわがれ声の老人。

 だるまのようにちんまりとして、幾重ものカラフルな衣にくるまっている。

 見た目では分からないが、女性のようだ。

 対面に腰を下ろして挨拶を交わす。


「お客人、ようこそおいでくだされた、わしが長老じゃ」

「サワクロです、お招きいただき、光栄です」


 長老さんは、どうやら目が悪いらしい。

 ほとんど閉じたまぶたには、目やにが浮いている。


「一族の娘をお助けいただいたこと、改めて礼を申す。よもや人に助けられるとは思うてもおらなんだが」

「私も森のなかで魔族を助けるとは思いませんでしたが、どうやら元気になったようで」


 蛇女ちゃんのほうを見ると、彼女は顔を真赤にしてうつむく。

 正統派美少女っぽい反応だなあ。


「すでにお聞き及びかと思うが、この娘は大層そなたに執心しておる。だが、古代種ならいざしらず、魔族を従えるとあらば、なまなかの人間では務まらぬことぐらい、ご承知であろう」

「わかりますよ、獣人であっても世間の目は厳しい物。彼女は町中ではいささか、目立つでしょう」

「と言って、そなたの側に居るためにと、四六時中篭っておったのでは、いずれ心が病んでしまうもの。ここで過ごすのが一番であろうと信じてはおるが、若いうちはそうした声は届かぬものと見えてのう」

「それは仕方がないでしょう」

「わしらもわけあって魔界をおわれ、この土地に安住の地を求めたが、晩年になって余計な不安は抱えたくないもの。ひとつそなたがわしを、いやこの村の者たちを安心させてくれぬものか」

「つまり、彼女を守れるだけの力を示せと?」

「勝手なこととは思うがの、そうしてきたからこそ、我らの安息はこれまで保てたのじゃよ」

「いいでしょう、もとよりそのつもりで来たのです。それで、どういったことをお望みです?」

「簡単なことよ、そこに居るウェルパテットと腕試しをしてくれれば良い。相手はそなたでも良いし、そなたが我が剣と頼むものでも良い」

「わかりました」


 そんなこともあろうかと、セスを連れて来ていたのだが、セスをちらりと見ると、彼女は目配せでフルンを指す。

 そういうことならと、俺はフルンを指名した。


「フルン、頼むぞ」


 俺に呼ばれたフルンは大きく頷くと、一言、


「任せて」


 と躊躇なく言った。

 よし、任せた。


 表に出ると、いつの間にか村人たちが集まっている。

 羽のある者、長い角、青い肌、するどいツメ。

 一目見て地上の人間とは違って見えるものもあれば、俺達とほとんど変わらないものもいる。

 だが、みんな魔族だったり獣人だったりするようだ。


「そちらの侍でなくて良いのか?」


 ウェルパテットはそう言うと、フルンが答える。


「私が、やる!」

「なぜだ? 相手を侮るほど、未熟でもあるまい」

「あなたがグッグだから!」

「いいだろう、では、来い!」


 立会が始まる。

 得物は木刀だが、今のフルンなら木刀でもまともに斬りつければ肉は裂け骨は砕けるだろう。

 それはおそらく相手も同じことだ。


 ウェルパテットは見るからに強そうだ。

 それでなくてもグッグ族ってのは天性の剣士だと聞く。

 フルンも相当強いが、一回りは年上であろうウェルパテットは技量、経験共に上回っていてもおかしくない。

 実際、対峙する二人の様子を見ても、ウェルパテットのほうが余裕があるように見える。

 だが、それならセスが出ればいいんだろうけど、セスはなぜフルンを出したのだろう。

 なにか考えがあったのだろうか。

 そんなことを考える間にも、時間は過ぎていく。

 向かい合った二人の剣士は、微動だにしない。


 その時、枝に積もった雪が、不意にバサリと落ちる。

 同時に、二人が動いた。

 勝負は一瞬だった。

 切り込んだウェルパテットの木刀は真っ向から大上段にフルンの頭を狙う。

 それをなんとフルンは左腕を出して受け流した。

 同時に僅かに体をそらし、右腕一本でウェルパテットの胴をなぎ払う。


「うっ……」


 とうめいて、ウェルパテットは片膝をつく。

 どうやら勝負は、フルンの勝ちのようだ。




「随分と無茶をする、腕はまだ痛むか?」


 ウェルパテットが尋ねると、


「うん、痛い。でも、骨は大丈夫そう」

「はは、木刀ごときでグッグの骨は断てぬよ」

「うん」

「だが、真剣であれば、確実に腕は落ちていたぞ?」

「でも、そうしないとあなたには勝てなかったと思う」

「腕一本で勝ちを取ったか」

「私は、ご主人様のために絶対勝たなきゃならなかったから、そうした」

「絶対……か。それに引き換え、私はお前を倒すという目的があっただけで、そこに必死の覚悟というものはなかったと見える」

「うん、たぶん、本気だったらあんな大ぶりはしなかったでしょ?」

「そうだな、そうかもしれん」

「そうしたら、私もあんな受け方できなかったと思う」

「だが、実際に腹を切られたのは私だ。これが真剣であったら、今はない」


 そう言ってうなずいてから、ウェルパテットは立ち上がり、村人の方に向き直る。


「どうかな、長老。それに皆の衆。私は、良いと思うが」


 ウェルパテットは、周りを囲む村人にそう語りかける。

 周りの連中は動揺しているようで、返事がない。

 たぶん、ウェルパテットが相手を負かして、それで一件落着とするつもりだったのだろう。


「不満かね? では、他のものが試してみるか?」


 ウェルパテットの問には誰も答えない。

 さて、困ったな。

 村人たちの気持ちもわからんではないが、俺としては是非ともあの蛇女ちゃんを連れて帰りたいところだ。

 かくなる上は紳士パワーで丸め込むかと考えていると、誰かが俺の肩をたたいた。

 振り返るとプールだった。

 プールは俺の前に歩み出ると、長老に話しかける。


「パーラよ、まだ納得できぬか? しばらく見ぬうちに外見だけでなく、心まで老けこんだようだな」

「むう、わしの名を知るそなたは?」

「盲ても耳は聞こえよう。三百年の長き年月の間に、妾の声を忘れたか」

「声……まさか、いや、そんなはずは……あの方は女神の呪いで……」

「解けぬ呪いなどない。我が呪いは我が罪とともに浄化され、今再びこの地で生を得たのだ。この者、紳士クリュウの従者としてな」

「なんと……ではあなたは……」

「いかにも、魔王エデトの娘、プールだ」

「おお、おお、たしかにそのお声は姫さまのもの、まさか再び生きて貴方様とまみえることができようとは」

「それはこちらのセリフだ。我が眷属が今も生きていたとはな」

「おお、女神よ、感謝いたします。感謝いたします……」


 長老は後は感極まって言葉にならなかった。

 村人たちは突然の事態に混乱している。

 どうやら長老はプールの昔の知り合いらしい。

 それならそうと最初から言えばいいのに、もったいぶるからフルンが怪我をするじゃないか。

 と思ったが、後で聞いたところでは、あまりに外見が違いすぎて、プールも途中まで気が付かなかったらしい。

 目の見えぬ長老もまた、同じというわけだ。




「魔王さま亡き後、彼の国は徐々に衰退していきましてな」


 落ち着いた長老は、当時のことを話しだす。

 女神の奇跡で全滅は免れたものの大災害で国土がボロボロなうえに、跡継ぎであったプールは石像になるし、隣国は攻めてくるしで、この婆さんは親しい物を集めて落ち延びたそうだ。

 その後、紆余曲折を経て、この地に隠れ住んだらしい。


「わしを除いて当時の仲間は皆死んでしまいましたがな、今の住民の三割ほどはそのものたちの子孫、残りははぐれてさまよう獣人や、地上での奴隷生活から運良く逃げ出した魔族などを匿ったものたちでしたな」


 ここは完全なかくれ里というわけではなく、騎士団は存在を知っているらしい。

 この森を管理する白象騎士団が二百年前に再結成された時に、調査隊がやってきて村人と遭遇したそうだ。

 でまあ、いろいろあって、魔族として首輪をつけるという条件で最終的に黙認するということになったという。

 少なくとも村の方ではそう思っていたが、実はその情報は現在の騎士団には伝わっていなかったようだ。

 後で確認した所、クメトスは知らなかったからな。

 三日かけて書類をひっくり返した結果、どうにかその事実を確認したわけだ。


「我らは今でもエディアンの民、ひいては姫さまの家臣でございます。いずれは故国の再興をと願っておりましたが……老いさらばえた身ではもはやそれも……」

「もはや魔界も地上も、魔王など欲してはおるまい。だが、今を生きる魔族に、今この時、仕える主人が必要な者もおろう。妾もそうであったが、その娘もそうなのであろう」

「仰るとおりでございましょう。全ては、姫の仰せのままに」


 長老が納得したことで、話は決まった。

 蛇女のフェルパテットちゃんは、めでたく俺の従者となることになった。


「どうぞ、末永くおそばに仕えさせていただけますよう」


 きれいなとぐろを巻いて、頭を下げるフェルパテットは今までにない退廃的な魅力を感じさせるが、中身はかなり奥ゆかしいお嬢ちゃんっぽいな。

 彼女を用意の馬車に乗せ、下半身を隠せば、人間と見分けはつかない。

 町中を散歩させることは難しいだろうが、一緒に住むには支障がないだろう。

 うちに連れ帰り、いつもの様に念入りに契約を済ませる。

 ちゃんとできるのかと心配してたんだけど、大事な部分は人間の腰と、蛇の胴の境目のあたりにめり込むように付いていた。

 それにしても、あの艶めかしい下半身は、俺に新たな喜びを与えてくれそうだなあ。


 外見のインパクトこそあるものの、フェルパテットはどこにでもいるような普通の女の子だった。

 今は新人の常として、フルンの双六洗礼を受けている。

 子どもたちが怖がらないかと思ったが、ピューパーがフェルパテットのしっぽにまたがって遊んでいるぐらいなので、大丈夫だろう。

 一息ついてフューエルと飲んでいると、小さくため息を付いてこういった。


「先ほど初めて見た時は、流石にあの姿に目を見張ったのですが、ああしてフルン達と遊んでいると、別にどうということはないものですね」

「そうだろう、すぐ慣れるんだよ」

「あなたは慣れ過ぎだと思いますが。あなたの故郷には、ああした種族は多いのですか?」

「まさか、言葉をしゃべるような生き物は人間一種類しかいないよ」

「では獣人などは?」

「いないいない、プリモァみたいに耳が長い、ぐらいの差もない。精々肌と髪の色が違うぐらいだ」

「なんと。にも関わらずそれほどとは。内陸の人間などは、古代種を遠ざけて暮らしているがゆえに、余計になじめないのだと言われておりますが」

「そうなのかもなあ、まあ、俺が格別節操が無いだけだろう。そもそも、種族というなら紳士とかいうわけのわからん存在のほうがよほど特殊じゃないか」

「それをあなたが言っては、身も蓋もないでしょうに。とにかく、世間の目だけは気をつけさせなければいけませんね。最低限、騎士団には話を通しておかないと」

「だろうな」


 そのへんは明日にでも折り詰めを抱えてエディのところに行くとしよう。

 隣を見ると、黙々と飲んでいたプールは、少し酔った目付きで、フェルパテットを眺めている。


「ふふ、ああしてマートルが戯れている姿を見ると、昔を思い出すな」

「というと?」

「マートルは我らの眷属でもあったが、代々宮廷の踊り子として、重宝されておったのだ。もっとも三百年前の時点でも、その数は随分とへらしておったがな」


 そこでデュースが思い出したかのようにこう言った。


「そういえばー、マートルは地上ではウワバミなどとも呼ばれていましたねー、人里に現れては酒を奪う蛇だとー」

「そうだな、もとを辿れば、我らはすべて同じ竜の眷属、古の呼び方をすればドラゴンか、その末裔であったという。我等も羽の生えた蛇、ミズチなどとも呼ばれていたそうだな」

「王の中の王、竜王とその一族ですねー。魔族の源流は全てそこに辿れるという話もありますがー、いささか眉唾でしょうかー」

「うむ、そもそも純血のドラゴン族などは、とうの昔に滅んだのだ、確かめようもあるまい」

「でしょうねー、ドラゴンと同じ姿をしたホロアもまったく生まれていませんしー」

「フェルパティットも、あのものの祖先はパーラとともに落ち延びたものだったと言うが、同族はすでにおらぬらしい」

「みたいですねー、居るかもわからないつがいを求めてさまようよりはー、ご主人様に仕えたほうが幸せになれるんじゃないでしょうかー」

「ふふ、それがわかるのは、本人のみよ」

「あらー、わかっていたから従者になることを勧めたのではー」

「ふん、そうだとしても……」


 そこでプールは俺を一瞥して、


「言わぬが花というものよ」


 そう言って、グビリと杯をあおると、ふたたびフェルパテットに優しげな眼差しを向けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る