第212話 魔族の娘 前編
最近、東通りにチェスクラブができたということで、いつも隣の集会所で遊んでいるチェス組も、時々そちらに出向いている。
そこで今日は俺も付き合って遊びに来てみた。
「遊んでいるとは人聞きの悪い。これも営業というやつの一環であろうに」
と言ったのは小綺麗なホールの片隅で俺と一緒にお茶を飲んでいたプールだ。
魔族である彼女も、羽が取れた今では、単に異国風の褐色美女にしか見えない。
「営業ねえ、そういえば、ここもメイフルがだいぶ手を回したらしいじゃないか」
「そう言っていたな、地道に需要を増やすのが一番だと言って、街の名士から協力を取り付け、資金と場所を確保したらしい。あそこの壁に、出資者の名が並んでいるだろう」
プールが指差した壁には、金ピカのネームプレートがこれみよがしに並んでいる。
「そうして地ならしをしておいて、将来的にはこの街にチェス協会を立ち上げるそうだな」
「それでか、ここは身なりの良い連中が多いもんな」
ホールを見渡すと、いつぞやのサロン程ではないが、ちゃんとした調度品が並び、皆小綺麗な格好でお上品にチェスを楽しんでいる。
チェスの愛好家は多いのに協会が無いのは音頭をとる人間がいなかったからのようだが、今後は変わっていくんだろう。
「ここは会員制らしいのでな。ちょうどこの建物の裏口には、もっと庶民的な場も用意してある。イミアはだいたい、そちらに居るのではないか?」
「そうなのか」
「あやつはここの空気はいまいち馴染まぬといっておったな。妾はどちらでも良いが、エクなどは自然にしておるな」
たしかにエクはどこかのご婦人とチェスに興じている。
よく見るとチェスではなくうちの将棋のようだ。
ちゃんと宣伝してるんだなあ。
「将棋って人気あるのか?」
「まだ、人気という段階ではあるまい。ただ、このような場に好んでくる者達の興味を引くだけの魅力は持ちあわせて居るようだな」
「だったら、後は根気強く宣伝するだけだろうな」
TVのような宣伝媒体がない以上、どこまでも口コミ頼みなわけで、そうなると影響力のある人間に知ってもらうしかないんだよな。
ボードゲームであれば、チェスの高段者や、有名なコレクターなどがそれにあたるんだろう。
それを見越して、メイフルは手を打ってるんだろうな。
それにしてもメイフルは小さな冒険者向けの道具屋で修行していたはずだが、こんな大商いのノウハウまで持ってるんだなあ、と改めて感心する。
しばらく見学した後に、プールとチェスクラブを出る。
「さて、どっかで軽く食事でも……」
周りを見回すと、人混みに知った顔を見出した。
プールと同じ褐色の肌に、ざっくりと刈り込んだ金髪のボブが映えるオーイットちゃんだ。
以前、商店街の祭りで世話になったバンド春のさえずり団のムードメーカーで元気な子だ。
「やあ、オーイットちゃん、今日は一人かい?」
「あ、サワクロさん、ご無沙汰してます」
最近は舞台で歌ったりもしているそうで、なかなかの人気者だと聞く。
大晦日のチケットも貰っているので、楽しみにしていたところだ。
「ちょっと学校に用があって、その帰りです」
「お昼は食べたのかい?」
「ううん、まだ」
「春のさえずり団の一ファンとして、是非ともごちそうさせてもらいたいんだが、どうだろう」
「え、でも、いいんですか?」
「もちろんさ」
「じ、じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかな。うちだと昼がないから、パンでも買って帰ろうかと思ってたんだけど」
「はは、いいタイミングだったな。じゃあ、行こうか」
褐色娘二人を連れて、手頃な店を探す。
学生相手なので、気取りすぎず、それでいて落ち着いた店を選ぶ。
だいたい、このあたりの店は地元民であるイミアが一通り連れてきてくれたので頭に入っている。
それとは別に、最近フューエルに高級店を連れ回されたりもしてるけど。
うちの奥さん、結構金遣いが荒い気がするよな。
メイフルに言わせれば、貴族にしてはマシな方だそうだが。
領主としても有能で、税収も潤っているとか聞くけど、詳しいことは知らない。
入った店は、魚料理とスィーツが自慢の店だ。
若い女の子には甘いものを食わせておけ、みたいなおじさん的短絡思考の結果だ。
学生にはちょっと高いだろうが、お手軽にうまいものを出す。
給仕にチップを渡し、奥の静かなテーブルを用意してもらう。
でてきた料理は、今日もなかなかのものだった。
伊勢海老ならぬトッサ湾名物のトッサ海老をまるごと平らげて、人心地つく。
「それで、舞台の方はどうだい?」
「公演のあるときは忙しくて、すごく声援も貰ってるんだけど、最近はどこまでが自分たちの人気なのか、それともお世話になってる劇場そのものの力なのかとか、わからなくなっちゃって」
「はは、急に人気が出ちゃったからな」
「サワクロさんのところの商店街で歌わせてもらったときが、ある意味、一番実感が持てたかも」
「まだまだ、これからだろう」
「んー、でも、ペルンジャが春には故郷に帰っちゃうから、多分それで解散かなあ、って話してるんですよね」
「そうなのか」
ペルンジャといえば、南方からの留学生だったな。
お姫様だという話だったが、オーイットちゃんは知ってるのかな?
「ペルンジャちゃんは、卒業するのかい?」
「いえ、まだなんだけど、何でも家の都合って言ってたなあ。ペルンジャ、自分のこと話さないからわからなくって、もしかして、留学費がなくなったんじゃないかなあって思うんだけど、だから私達のバンドの儲けで、どうにかできないかってヘルメ達とも話してたんだけど、でも、まだ本人には言ってなくて、それでえっと……ご、ごめんなさい、変なこと話しちゃった」
「大事な友だちだからね、まだ離れ離れにはなりたくないんだろう」
「……うん、せめて卒業まではと思うんだけど」
お金の問題じゃないと思うけど、家の都合だと、簡単には変わらないんだろうな。
「私のことばっかり話しちゃって、ごめんなさい。あの、プールさん……でしたっけ」
「うむ、妾の名を覚えておったか」
「チェスの大会で打ってるところを見てたから。ねえ、プールさんって、もしかして私と同じルドラ族?」
「いや、妾はエデトの民ともエディアンとも呼ばれておったが……有り体に言えば、魔族だな」
「え!? またまたー、魔族がそんな風に地上で暮らしてるわけないでしょ」
「そうは見えぬかな? この首輪は飾りではないぞ?」
「え、え……ほ、ほんとに?」
心底驚くオーイット。
「魔族は珍しいであろうが、本当のことだ」
「ご、ごめんなさい。驚いちゃったりして」
「気にすることはない、そういうものだ」
「ううん、でも……私もルドラだから。ルドラってこんな金髪で褐色の肌の古代種だから、よく魔族だって罵られたりして」
「確かに似ておるな、あるいは太古の昔は、近しい種族であったのかもしれぬ」
「そうらしいですけど、どうなんだろ。結局、どこに住んでるかの違いでしかないのかなあ。ちっちゃい頃は、人間のほうが良かったなんて思ってたんだけど」
「ふむ、妾はそのように考えたことはなかったが、もしも幼い頃に地上に出て迫害される境遇であれば、あるいはそう考えたかもしれぬな」
「私の両親もそういうのが嫌で、内陸からこっちに出てきたんだって。ここだと古代種でも普通に暮らせるから」
「内陸はそうではないか?」
「法律では権利は保証されてる、とかいうんだけど、お仕事も選べなかったり、子供はいじめられたりで、あんまりいい思い出はないんです」
「ならばそのような土地は捨てて正解だな、お主の両親は良い選択をしたとみえる」
「うん、私もそう思う。お陰で、バンドもできたし、サワクロさんたちにも会えたし」
そう言って、オーイットちゃんはいつものように笑う。
オーイットちゃんは明るいだけじゃなくて、それなりにいろんな問題を抱えてるんだなあ。
まあ、誰でもそういうもんだけど。
脳天気なのは俺だけか。
オーイットと別れて、帰路につく。
道すがら、珍しくプールは自分のことを話した。
「エデトの民とは、我が父である魔王エデト、そしてエデトの名を継ぐ代々の王とその一族のことを指しておったが、跡を継ぐはずの妾がこの体たらくではな」
プールは女神の呪いとやらで、魔王エデトの死後三百年も石像にされていたのだ。
目覚めてみれば三百年後ってのは、どんな気分なのか、俺には想像もつかない。
「エンテルがその後のことを調べてくれたが、人の住めなくなった領地は荒れ、一族は離散したそうだ。三百年であれば、あるいは一人や二人は当時を知るものも残っておるやも知れぬが、探すあてもあるまい」
「珍しく、センチメンタルじゃないか」
「ふむ、柄ではなかったな」
「いやあ、たまにはそういう表情も、グッと来るけどね」
「ふん、貴様の趣向に付き合うのは、骨の折れる事よ」
そう言って笑うプールの表情からは、過去のしがらみを感じさせるものはない。
だが、お姫様ってのは俺の知る限り、みんな面の皮が厚いからな。
プールがなくしてしまったものを取り戻してやることはできんだろうが、代わりの何かをひとつぐらいは、俺が与えてやれてるといいんだけど。
翌日は珍しく天気が良かったので、久しぶりにハイキングに出た。
フューエルの持つおしゃれな馬車を太郎と花子に引かせて、年少組を中心に、十人ほどで家を出る。
雪でぬかるんだ街道を、海岸沿いに西に進む。
右手には深い森、左手には海が広がり、なかなかの絶景だ。
「私、こんな綺麗な馬車でお出かけするの、初めて」
御者台にすわるピューパーが喜ぶと、隣の撫子も、
「奥様の馬車は、どれもカッコいいです」
「うん、かっこいい。」
「前に乗ってた幌馬車は、快適だけど、見た目はちょっと頼りなかったです」
「それ、みたことない」
「あの馬車は、奥様のお父さんのところにあったとおもう。そうですか、ご主人様」
尋ねる撫子に、そうだと頷き返す。
「それに乗ってたの?」
「うん。お父さんとお母さんが馬車を引いてて、ずっと旅をしてて、その途中で私が生まれたんです」
「ふーん」
「生まれる時、お母さんのお腹から出るのが怖くて、嫌だったんだけど、ウクレとご主人様が引っ張ってくれたら急に安心して、出てこれました」
「ふーん、私、生まれる時のこととか、なんにも覚えてない」
「どうして?」
「みんな知らないと思う。赤ちゃんの時のことなんて、覚えてない」
「私は生まれた時はもう赤ちゃんじゃなくて子供だったから、覚えてたのかな?」
「そうなの?」
「今と身長とかはあまり変わってないです」
「そっかー」
撫子とピューパーは普通に話してるけど、撫子は生まれた時のことまで覚えてるのか。
やっぱ普通じゃないよなあ。
まあいいけど。
森に沿って広がる草原に馬車を止める。
このあたりは地形的にめったに積もらないそうで、子どもたちが遊ぶぐらいの地面は確保できた。
街は雪でいっぱいなので、わざわざ出かけてきたかいがあったってもんだ。
ちなみに今日は、バドミントンや野球の道具を持ってきている。
作ってもらうのが一番大変だったのが野球のボールで、子供が遊んでも大丈夫な軟球的なものを頼んだのだが、どうも程よく弾むゴムというものがなかったらしい。
ゴム自体は盾を作る際にも緩衝材として色々調べて工夫していたようで、スマホやら燕を相手に、硫黄だの加硫だのと何やら頑張っていたが、いつの間にかいい感じのものが出来ていた。
で、実際に作ってくれたカプルは、
「おかげで、素晴らしいゴムができましたわ。この硫黄、この世界では火石などとも呼びますけど、北方あたりでそこそこ取れるのですが、これと錬金術の応用で、こんなに弾むゴムができましたの」
「ほほう」
「作ってから知ったのですけれど、魔界にもとても強度と弾性の高いゴムがあるそうですわ。きっとご主人様の故郷と同じ技術がこの星でも発明されていたのですわね」
「ふむ」
「これは他にも応用が効きそうで、楽しみですわ」
とのことだ。
なんでも頼んでみるもんだな。
まあ、実用的な使い方はカプルたちに任せて、俺はボールで野球をするのだ。
今日はみんな野球を知らないうえに、人数も少ないので、一通りキャッチボールを練習してから三角ベースでもやろうと思う。
たぶん、キャッチボールだけで終わりそうな気もするけど。
真新しいグローブやバットで適当に遊んでいると、フルンたちとキャッチボールしていたエレンが寄ってきた。
「どうした?」
「うん、風に血の匂いが混じっててね」
「ほほう、魔物か?」
「狩をしてるだけかもしれないけど、用心したほうがいいね。ちょっと見てくるから、様子がわかるまで、みんなを集めといてよ」
「おう、頼んだぞ」
護衛役のオルエンやエーメスを中心に、みんなを集める。
あのエレンが用心しろというからにはした方がいいに決まっているのだ。
撫子たちを馬車に乗せていると、街道を通る集団が目に入った。
武装しているようで、警戒しながら様子をうかがうと、そのうちの二人が、こちらを見てやってくる。
どうやら、知った顔だ。
「こんにちは、サワクロさん。こんなところでどうしたんですか?」
そう話しかけてきたのはエルメラちゃん。
以前、冒険倶楽部の講習で一緒になった若い冒険者だ。
もう一人も当然、彼女の相棒であるカーナちゃん。
「俺はピクニックにね。君たちはそんな厳しい恰好でどうしたんだ?」
二人はいかにも冒険者という出で立ちで、彼女に同行する者たちも同様だった。
「それがなんだか魔物が出たっていうから」
「この辺でか?」
「ちょっとわからないんだけど、うちの村がこの先にあって、村の人が魔物っぽいものを見たって言ってて」
「ほほう」
「それで、ちょうど今、学校が休みだから家に帰ってたんだけど、魔物退治はお手のものだろうとか言われちゃって、村の青年団と一緒にさがしてるんです」
「エルメラが魔物なんてちょろいとか自慢話するからよ」
カーナが突っ込むと、エルメラはとぼけてみせる。
「それで、どっちに行くんだ?」
「とりあえず、もう少し街道沿いにアルサの方に行ってみようかと。森のなかは、私達だけじゃ不安だし、様子を見てから騎士団に掛け合おうかなって」
「そうか、気をつけてな」
二人を見送って、俺は帰り支度を指示する。
エレンの報告待ちだが、地元民が警戒しているなら、やはり何かいるのだろう。
フルンやオーレならいざしらず、撫子やピューパーを戦いに巻き込むわけには行かんからな。
支度を終えたところでエレンが戻ってきた。
「手回しが良いね、もう帰り支度が済んでるじゃないか」
「実はさっきな……」
とエルメラたちのことを話す。
「へー、村をね。それはたぶん、別物だと思うけどなあ」
「というと?」
「僕が見たのは、旦那好みの美人の魔族でねえ。ちょっと怪我をしてて、警戒してたから近づきはしなかったんだけどね」
「ほう」
「首輪をつけてたから、地上に住んでるんだと思う。でも、この辺にあんな魔族が居るなんて聞いたことが無いんだよね」
「ほほう」
「どうする、旦那」
「危険はないのか?」
「それはなんとも言えないけど、もし冒険者に見つかったら、その状況じゃ狩られちゃうかもね」
「つまり、俺に保護しに行けと」
「旦那ならそうしたがるんじゃないかなあ、と思ってね」
「そうまで言われちゃ、仕方ないな」
俺はエレンとフルン、それにハーエルにミラーを一人伴い、件の魔族とやらに会いに行った。
森を歩くこと十分。
茂みの影に、その魔族はいた。
「だ、だれ!」
俺達の気配に気づいた魔族の娘は、茂みの向こうから警戒の声を上げる。
「大丈夫、危害を加えるつもりはない。怪我をしてる女の子がいるようなので、助けに来たのさ」
「だ、だめです、こっちに来ないで!」
「だが、そちらに行かないと、治療もできないぞ?」
足元を見ると、なにか大きなものを引きずったあとに、血が滴っている。
「だめ、来ないで! 来ないでください!」
「連れには僧侶もいる。こんなに血が出てるじゃないか」
「で、でも……」
「さあ、いい子だから。そっちに行くよ」
拒まれるとますます興味が湧いてくる。
さて、俺好みの美人の魔族とは果たして。
「いや、こないで、来ちゃダメ」
ずりずりと地面を這いずるような音とともに、彼女がもがいているのがわかるが、どうやらもがくばかりで身動き取れないようだ。
俺は茂みをかき分けて、彼女のところまで近づいた。
「いや、だめ、見ないで!」
いやよいやよもなんとやら。
拒絶の言葉を聞き流して進む俺の前に現れたのは、ほんのり青白い肌に流れるような黒髪。
肌には麻のシャツをまとい、なんと下半身はすっぽんぽん。
なるほど、俺好みだ。
「た、たすけ……ゆるして、悪いことしないから、ちゃんと首輪もつけてるから、お願い、ゆるしてください!」
震えながら草むらにうずくまる彼女は、確かにエレンの言うとおり美人だった。
ただし上半身だけ。
下半身はちょっと評価しづらいな。
なぜなら真っ白いウロコに覆われた、蛇の姿をしていたからだ。
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