第211話 チョコレート

 大皿にうず高く積まれた、おからの煮付けをつまみながら酒を飲む。

 豆腐作りの実験過程で大量に出たおからは、ダイエットにいいということでクッキーやハンバーグに混ぜてあれこれ消化しているのだが、いかんせん量が多すぎて消費が追いつかない。

 お陰で豆腐の方はかなりいい線いってるが、固める部分でまだ試行錯誤が続いているようだ。

 俺はプルプルの絹ごしが好きなので、料理人のモアノアには頑張ってもらいたい。

 その分、余ったおからは頑張って消費するぜ。


 しかし、こういう和食の場合、ミリンっぽい料理酒はあるんだけど、醤油が無いのが困りどころだな。

 この世界ならあるに違いあるまいと思って八方手を尽くして、醤油や味噌を探してもらってるんだけど、やはり発酵系の調味料はむずかしいのかもな。


「南方に魚を発酵させた料理が結構あるらしいんで、そのへんから調べとるんですけどな。南方となるとなかなか手が回りまへんでなあ」


 と大商人のメイフル。


「まあ、よろしく頼むよ。それよりも、南方と言えば先日のコーヒー豆屋はどうなった?」

「フリージャのお嬢はんなら、今頃、海の上でっせ」

「そうなのか」

「バンドンの定期航路に乗れるように手配しましたんでな。年明けにはガッツリ豆積んで帰ってきますわ」

「大丈夫なのか?」

「そないな保証なんぞありますかいな。投資なんちゅうもんは、例えば十個投資して、二つ三つ成功したらええほうで、その三つで十個分の投資を回収して更に儲けが出ればよろしゅうおますねん。もちろん、成功するように手は回しますけど、普通は駄目ですわな」

「まあ、そんなもんか。しかし、投資される方は自分の事業が全てなんだから、ダメ元で投資されてると思うとたまったものじゃないかもな」

「何言うてますねん。世の中、金のリスクが一番面倒ですからな。そこをクリアできた時点で、事業としてはすでに半分成功したようなもんですがな。大抵はそこまで行けずに挫折しますねん」

「なるほど」

「それよりも、最近カカオが人気ありますねん。この街でもチョコを扱うお高い店が増えてましてなあ」

「何度か食べたな。ちょっとボソボソして、あんまりうまいものでもなかったが」

「そうでっか? あれでも人気あるんですけどな」

「俺の故郷のチョコはもっとなめらかでまろやかだったなあ」

「そうそれ、そういう知識が重要でっせ」

「そうかな」

「そういう大将のさりげない一言が、大金を生むんですがな」

「なるほど、さすがだな、俺も」

「ま、そこんところは、あとで聞きますけどな。チョコはつい最近まで貴族向けばっかりでしてんけど、最近徐々に庶民にも手が届く用になったんで、カカオの輸入量が増えてますねん」

「そうなのか」

「それでフリージャはんのとこはコーヒーがメインですけど、カカオやってる親戚もおるらしいんで、コーヒー扱う代わりに、独自ルートでカカオも仕入れられるようにしよう、思いましてな。ま、コーヒーがダメでもカカオで元が取れれば十分って寸法ですわな」

「ふむ」

「大将もかわったスイーツとか知ってますやろ、その知識を拝借して、この先フリージャはんが店を出すときにはコーヒーとならんでチョコの店も出来ればええと思っとるんですけどな」

「ははあ、でもチョコと言えばワインが合うって言うな」

「そうなんですかいな、チョコはお茶と合わせるのが普通やってききますけど」

「うーん、まあソッチのほうが普通かもしれんが。コーヒーは甘くして飲むほうが受け入れやすいようだし、甘いチョコとセットで広めるのもいいな」

「とにかく、そういう知識をたっぷり絞り出してくんなはれ。料理人は手配してますんでな。たのんますでー」


 とのことだ。

 まあなんだ、フリージャちゃんは可愛かったし、彼女のためだと思えば俺のやる気も出るというものだ。




 その翌日。


「すいませぇん、こちら、サワクロさんのお宅でよろしかったでしょうかぁ」


 ふんわりした声が裏口から響く。

 ちょうど台所にいた俺が出てみると、ゆったりしたワンピースにふわふわの赤毛、そして濃いめのそばかすがチャーミングなガーリー系の女の子が立っていた。


「いらっしゃい、お嬢さん。私がサワクロですよ」

「まあ、はじめましてぇ、私、パロンともうしますぅ」


 そう言ってふわふわと頭を下げる。


「バンドン商会のご紹介でぇ、こちらでパティシエをお探しということでぇ」


 そういえば、メイフルが料理人を手配していると言っていたな。

 彼女を中に通して、早速メイフルを呼んだ。

 メイフルはパロンちゃんを客間に通すと、何やら打ち合わせを始めたようだ。

 ちょっと天然っぽい子に見えたが、あのタイプはわざとキャラを作ってる可能性も高いので、現時点ではなんとも言えないな。

 大事なのは料理人としての腕前だろうから、どうでもいいんだけど。

 どうでもいいと言いつつ、気になるものは気になるので、それとなく様子をうかがっていたが、メイフルが何を話しているのかはわからなかった。


「それではぁ、よろしくおねがいしますぅ」


 と言って、ガーリー系パティシエちゃんは帰っていった。

 早速メイフルを捕まえて尋ねる。


「思ったより若い子が来はったんで、どうかと思うんですけどな、腕の方はうちだけやと図りかねますんで、大将や女将にも試してもらいますわ」

「で、どんな店を考えてるんだ?」

「そこは彼女にプロデュースしてもらおう思うんで、あんまり考えてないんですけどな」

「お前にしてはアバウトだな」

「そない何でもかんでもコントロールしよう思たらあきまへんで。コンセプトを揃えるんは大事ですけどな。うちの商店街の場合は、庶民がちょっと高望みするぐらいの高級志向ですねん。せやからチョコのスイーツはおあつらえ向きな商品やから、誘致するにはピッタリ、後は専門家に任せる、ちゅーわけですわ」

「なるほどね」


 その日の晩、チョコのことが気になって、久しぶりにスマホで調べ物をする。

 めぼしい情報のたぐいは、燕から日本語を教わったミラーが軒並みスマホから抜き出して、逐次この国の言葉に翻訳して書類にまとめているようで、カプル達はもっぱらそちらを参照している。

 お陰でやっと俺の手元に戻ってきたわけだ。

 まあ普段は従者たちの姿を撮影して眺めるぐらいしか使い道ないんだけど。


 そのまた翌日、パティシエのパロンちゃんがやってきた。

 カゴいっぱいにチョコを持ってきたようだ。


「こちらがぁ、今作ってるチョコなんですけどぉ、まずは食べてみて頂きたいんですぅ」


 と差し出したチョコは、四角くカットされた、普通の板チョコのように見えた。

 試しに一つ、口に放り込んでみると、なかなかなめらかな舌触りで、食べ慣れたチョコに近い。

 味はかなり渋めだけど。


「ふむ、よそで食うのより美味しいな。いいんじゃないか、なめらかな舌触りで、とろっと蕩けるし。テンパリングだっけ、これちゃんと温度を考えて固めないとだめなんだよな」


 昨夜、スマホで予習しておいた付け焼き刃の知識をもとに、それっぽいことを言うと、パロンちゃんが俺の胸ぐらをつかんで叫ぶ。


「われ、なんでそげなこと知っとるんじゃ! わしが古い伝承漁りまくって三年がかりでようやっとここまでこぎつけたっちゅーのに! 言え! 言わんかい!」


 俺をブンブンゆすりながら叫ぶ。

 こわい。

 やっぱり猫かぶってたうえに、あっという間にボロを出すあたりが、後先考えてなさそうでちょー怖い。


「げふげふ、い、言うから、教えるからゆるして……」

「はっ! や、やだぁ、私としたことがぁ」


 急に手を離してくねくねと誤魔化そうとするが、今更、無理があるだろう。


「そのわざとらしい喋り方は、聞きづらいから勘弁してくれ」

「や、やかましいわいっ! 可愛いおなごのイメージっちゅーもんを大事にしとるんじゃ! これぐらいやらなあかんじゃろが!」

「言っちゃ何だが、あざとすぎて、かえって怖かったぞ」

「うぐぐ、こ、こないなはずやなかったんじゃい……」


 パロンちゃんは、少し落ち込んだ素振りを見せたが、すぐに持ち直す。


「で、わりゃあ、料理人には見えんが、どこでそれ教わったんじゃい?」

「俺の故郷じゃ、昔からよく食べてるんだよ」

「どこじゃ! そりゃなんちゅー国じゃ!」

「秘密だよ! それよりもチョコのことだろう。固まったチョコってのは、目に見えない結晶っていう構造があってだな、その構造の型によって、味が変わるんだ」

「なんで見えんもんがわかるんじゃい」

「特殊な魔法でわかるんだよ」

「その魔法を教えんかい!」

「俺も知らん。知らんでもチョコは作れる。とにかくだ、一度四十五度で溶かしたチョコを、二十五度まで冷やして、さらに三十一度まで温めてから、冷やして固めると、美味しい構造のチョコになるんだ」

「ドって何じゃ!」

「温度のことだよ」

「温度ちゅーんは、温けえとか冷たえとかのことじゃろが」

「それを具体的に、数値で表すんだよ。料理でも小麦の重さとかを量るだろう」

「おう」

「それと一緒で、温度もきっちり測って料理するんだ。水が氷る冷たさを0度、お湯が沸騰する温度を百度として、百分割するんだよ。例えば肉のローストなら内部の温度が六十度以上なら火が通ってるとかな」

「具体的に、どないやってそれを量るんじゃい!」

「えーと」


 どうするんだろ、紅やミラーは温度が測れるけど……。


「うちに、温度が調べられる人形がいるから、やらせればいい」

「わしができんじゃろが!」

「そこはお前、企業秘密だ」

「けち臭え事ぬかすなや!」

「そういうことを言うなら、もう何も教えんぞ」

「え、あ、やだぁ、旦那さぁん、ケチケチしないでおしえてくださいよぉ」


 また、急に元のフワフワにもどった。

 戻っても一度剥がれた化けの皮は戻らないわけで、なんかあやしいスナックの婆さんみたいなノリになってきたな。

 ガーリー系はどこに行った。


「まあいいや、じゃあ、俺が知ってることは全部教えてやるから、さいこーにうまいチョコを作ってくれ」


 というわけで、テンパリングの仕方や、ミルクチョコの作り方など、付け焼き刃の辞書知識を全部一気に喋ってみた。

 予習しといてよかったぜ。


「すっごーい、あまりにもぉ、一度に教わりすぎてぇ、どこから手を付けていいのかわからないですぅ」

「しかし、君のチョコは、最初から街で食べたのよりもうまかったぞ」

「あれは古い文献おぉ……」

「文献って、なんの?」

「それはぁ……そのぉ……」


 と急に言葉を濁す。


「なんだよー、俺も秘密のレシピを教えてやったじゃないかー、教えてくれよー」

「で、でもぉ、掟がぁ……」

「けちけちすんなよぉー」


 つられて俺まで変な話し方になってるな。

 そこに、フューエルと遊んでいたらしいデュースがやってきて、テーブルの上のチョコに目をつける。


「あらー、美味しそうなチョコレートですねー。地上のチョコはー、飲むやつかー、ボソボソのやつばかりであまり好きじゃなかったんですよー」


 と言って、一口つまむ。


「うーん、これはおいしいー、妖精の里を思い出しますねー、妖精はお菓子作りが大得意でしてー」

「わりゃぁ妖精の里に行ったこと有るんかいっ! どこの里じゃっ!」


 今度はデュースに食って掛かる。


「どこと言われてもー、あれはどこでしたかー。それよりもあなたー」

「な、なんじゃい!」


 デュースは少し首を傾げて、懐から御札を一枚取り出し、パロンちゃんのおでこに貼り付ける。


「ぎゃー!」


 たちまちパロンちゃんの体は煙を吹いて掻き消えた。

 かと思うと、体長五、六十センチほどの小さな女の子が光りながら宙に浮いているじゃないか。


「あらまー、やっぱり妖精でしたねー」

「ぎゃー! ぎゃー! わりゃ何晒すんじゃいっ! 変身がーっ、術がーっ!」

「まったく妖精はいたずら好きで困りますねー、うちの主人を化かすつもりだったんですかー」

「ち、ちゃうわい! わしゃ、昔食ったチョコがもっぺんたべいもんじゃから、里を飛び出したんじゃ!」

「ほんとうですかー」

「嘘なんぞつくかいっ!」

「まー、そうかもしれませんねー、妖精は一途で情熱的ですからー」

「うぎぎ、術を貼り直すんは大変なんじゃ……、明日の仕事、どないさらすんじゃいっ!」

「掟を破ってー、人里で暮らしていればー、それぐらいのリスクは覚悟しているのではー」

「覚悟しとっても、困るもんは困るんじゃいっ!」

「困りましたねー」

「だから、困っとるんはわしの方じゃっ!」


 その様子を呆れた顔で眺めていた大商人のメイフルは、なだめるようにこういった。


「まあまあ、パロンはん。しばらくうちに篭って打ち合わせをしてもらうってことで、あちらには伝えとくさかいに、堪忍したってんか」

「そ、そうか、まあ、あんたがそない言うなら……」


 そこでデュースが、


「たぶんフューエルかプールならー、変身の術も心得があると思うのでー、手伝ってもらいましょー」


 と言って、パロンちゃんを地下室に連れて行ってしまった。

 あとに残ったメイフルは、


「なんや変わった感じのお嬢はんやとおもてましたけど、まさか妖精とはいささか想像を超えてますわ。うちも始めて見ましたで」

「やっぱり珍しいものなのか」

「そうですな。南方とか、魔界の辺境あたりでしか目にすることないんちゃいまっか。大抵は森に篭ってでてきまへんし」

「ふーん」

「あれは精霊なんかと一緒で、実体が曖昧らしいですな。あの小さい体も、必ずしも実体ではないとか」

「覚醒したネールみたいなものかな」

「どうでっしゃろな。そういうのはデュースはんか女将はんが詳しいんちゃいまっか」

「あとで聞いとくか」

「それにしても、身分証もちゃんと教会の発行した正規の物やったんですけどなあ」

「妖精であることを隠してたなら、偽造してたってことか」

「どっかの段階で、偽造したんでっしゃろな。まあ、魔族の不法移民を仲介するブローカーなんぞもおる、ちゅー話しですし、油断できまへんな」


 まあでも、最初のフワフワ系よりは、あの短気なチョコマニアっぽい路線のほうが馴染みやすい気がするな。

 などと考えながら小一時間ほど待っていると、下から再びガーリー系フワフワ少女にもどったパロンちゃんが戻ってきた。


「さきほどわぁ、お騒がせしましたぁ」

「中身まで戻っちまったな」

「これがぁ、本来の私なんですぅ」

「別にいいけどな」

「せっかくなのでぇ、教わったやり方を元にワンランク上のチョコを目指そっかなぁ、なんて思ったりしてるんでぇ、よろしくおねがいしますねぇ」


 なかなか一筋縄では行かなそうだ。

 パロンちゃんは、バンドン商会の系列店で雇われ料理人として働いているらしい。

 メイフルが人を探した時に、専属ではない人間の中から都合の良さそうな人物として、紹介されてきたそうだ。

 あるいは素性や性格の胡散臭さから、押し付けられたのかもしれない。


 結局、メイフルは彼女を雇うことに決めたようで、現在改装中の商店街の西側で店を出すらしい。

 パロンちゃんは、しばらく改装中のパンテーの家に住み込んで、チョコを作り続ける事になった。

 あそこは画廊にするために改造する予定だが、最低限の炊事場は有るし、道具は彼女の自前のもので事足りる。

 あとはミラーを二人ほど手伝いに貸すことにした。

 チョコ作りは何時間も捏ね続けたりして、重労働らしい。


 そうして、数日が過ぎた。


「ミルクチョコがぁ、結構いい感じになってきたのでぇ、サワクロさんに試食していただこうかとぉ」


 と言って、パロンちゃんが新しいチョコを持ってきた。


「どれどれ」


 と口に含むと、まろやかなミルクチョコになっている。


「おお、いいじゃないか」

「牛乳を混ぜたりしたことはあったんですけどぉ、ちっともうまく行かなくてぇ。粉末にしたミルクを入れるってのわぁ、すっごいアイデアだと思いますぅ」

「ふむ、うまく出来てるぞ」

「あとぉ、脂分をうまく分離するのにぃ、ミラーさんが頑張ってくれるのでぇ。あれって自分でやるのはかなり無理があってぇ」

「行けると思うぞ。試しにルチアの店で出してみようか」

「お隣の喫茶店ですよねぇ、なんどか顔を合わせたんですけどぉ、ちょっと近づきづらいというかぁ、壁を感じるっていうかぁ」

「その喋り方をやめれば、すぐに仲良くなれるよ」

「やめろと言われてもぉ、私はこれが普通ですしぃ」

「じゃあ、そのフワフワ動きながら喋るのだけでも……」

「いちいちやかましいわっ! わしもあれこれ考えてこう言う喋りしとるんじゃい! 人間社会はようわからんし、この体維持するだけで魔力めちゃくちゃ使いよるし、チョコもなかなかうもうできんわ仕事は大変やわカカオは高いわ魔力は薄いわ女王は怒っとるかもしれんわで、わりゃそこんとこわかっとんのか!」

「うんうん」


 実に短気だよな。

 この調子じゃ、店を開いても接客中にすぐボロが出るんじゃ……。


「まったく、なんじゃ、ちゅーんじゃ」

「それにしても、うまいな、このチョコ。子どもたちにも食わせてやろう」

「さっきわしが食わせたったわ! そもそもじゃ、わりゃどんだけ従者にしとんじゃ! わりゃどっかの王様か!」

「いや、普通の商人だが」

「寝言ぬかすんちゃうわ! 人間とも魔族とも、力の色がちゃうやんけ! 妖精の目はなんでもお見通しなんじゃ!」

「うん? ああ、そういうのな。実は俺、紳士なんだ」


 と言って、おもむろに魔力を消す指輪を外すと、俺の発する光を浴びたパロンちゃんが叫ぶ。


「ぎゃー! まぶしい! 目がー! とけるぅ! うぉおお! とけるんじゃああああぁぁっ!」


 叫びながらゴロゴロ転がったかと思うと、また小さな姿に戻ってしまった。


「おいおい、大丈夫か?」

「な、なんちゅうありがたい光を撒き散らしとるんじゃ! 危うく溶けて実体無くなるか思たわ、こんあほんだらぁ!」

「すまんすまん、まさかそんなになるとは」

「妖精ちゅーんわな、半分精霊みたいなもんじゃから、そういうドエライ魔力もろにくらうとアカンのじゃ!」

「ははあ、難儀なもんだな」

「まったく、何考えとんじゃ! また縮んでもうたやんけボケナス! この間の魔導師連れてこんかい!」

「あー、デュースは今日はフューエルと一緒に出かけててなあ。夜までには帰るだろうが」

「なんちゅーこっちゃ、さいてーじゃ最低! 最低の雇い主が最高の条件で仕事させるとか、どないなっとんじゃ、ほんままったくなんやちゅーねん!」

「どないと言われてもなあ」


 パロンちゃんは妖精の姿のまま、フワフワと彼女の作業場に戻っていった。

 外に出て、姿を見られなきゃいいけど。


 パロンの毒気に当てられて疲れ切った俺は、気分転換に表に出てみたところ、ちょうどお隣の喫茶店店主ルチアが、表のテーブルを掃除していた。


「ようルチア、精が出るな」

「どうしたの? 頼りない顔して。二日酔い?」

「いやあ、チョコの食い過ぎでな」

「そういえば、今度チョコレートのお店開くんでしょ? パロンさんだっけ、先日、顔を合わせたので挨拶はしといたんだけど……」

「付き合いづらそうか?」

「ま、まあ、なかなか打ち解けづらいというか……」

「彼女も苦労してああいうポーズを取ってるだけみたいで、根はいい子だから、仲良くしてやってくれよ」

「あ、やっぱり? ああいう子ってたいてい田舎で何かあったとかで、街に出てきてイメージ無理やり変えたとか、そういうのがあったりするのよね」

「ほほう」

「だから逆に気を使っちゃって、難しいのよねえ」

「そんなもんか。まあパロンはチョコづくりに命をかけて故郷を飛び出してきただけなので、そこのところだけ気にしてやればいいんじゃないかな」

「そういえば、ハブオブさんのあとに来たエメオさんも、パン一筋って感じで気難しそうよね」

「そうだな。エメオちゃんも、都の方で結構苦労してたらしいし」

「獣人だもんねえ」

「そうなあ」

「私はお店を開くのが第一で、喫茶店にしたのは修行時代にこれが一番向いてそうだったからってだけなので、あまりそういう思い入れみたいなのはないのよね。その分、融通がきくんだけど」

「エブンツも果物に思い入れは全然ないとか言ってたな」

「でも彼の見立てはなかなかのものよ。あと、ああ見えて美的センスが結構あるわよね。彼の装飾したフルーツとかかなりのもので、貴族屋敷でも評判いいらしいわよ」

「そうなのか、意外だな」

「人間、どんな長所があるわからないものね」

「まったくだ」

「とにかく、うちでも美味しいチョコレートを出したいから、うまく計らってよ」


 そう言ってルチアは店に引っ込んだ。

 俺もこれ以上、体が冷える前に戻るとしよう。

 温かい、ホットチョコでも飲みたいところだな。

 チョコの食べ過ぎで、ニキビが出なきゃいいけど。

 まあ、この年だと、ニキビというより吹き出物だよなあ。




 チョコ職人の妖精パロンちゃんは、毎日フワフワとチョコ作りに精を出している。

 夜明けとともに起き出してミラーをこき使ってひたすらチョコを作り、午後は試作品を持って俺のところに来て食わせまくるという感じだ。

 正直、チョコの食べ過ぎで辛い気もする。

 フューエルなどはパロンがくる時間になると、仕事があるからと言って屋敷に出向くようになってしまった。

 子どもたちは喜んで食べているのだが、先日、エットが思いっきり鼻血を出したので、少し控えさせることにした。


「試食してもらえないとぉ、改良が進まないじゃないですかぁ」


 ふわふわしながら、俺の前にチョコを積み上げるパロン。


「そりゃそうなんだが、ものには限度があるだろう」

「それよりもぉ、なにか新しいレシピはもうないんですかぁ?」

「ふむ、でもこの板チョコ一本で攻めるのでもいいんじゃないか? 梱包用の銀紙も目処が付きそうだし」


 チョコの梱包と言えば銀紙だろうということで、アルミ箔に紙を裏打ちしたあの包み紙を作るべく、色々手を回した結果、どうやら作れそうらしい。

 メイフルいわく、


「これやと空気に触れるんも防げるみたいですし、湿気も防いで油紙よりええかもしれまへんな。こりゃ売れまっせ」

「量産できるかな?」

「錬金術でこの薄さの箔を作るんは難しいらしいですな」

「ほう」

「こう言う板とかは板金屋の連中がつくるんですわ。板金屋ちゅーんは錬金屋に比べると世間では一等劣るように見られとるんですけど、なかなかどうしてええもん作るところも多うおますねん。特に鉄を鍛える技術は板金屋、その中でもいわゆる鍛冶屋の専売特許ですわな。今回も昔冒険者向けの装備を仕入れてたコネがありましたんで、そっちを頼ったらええ職人がおましてなあ……」


 と言った感じで、銀紙の目処もついた。

 それをパッケージするケースも、サウがいい感じにデザイン中だ。

 もちろん、肝心の板チョコも、こっちの世界じゃちょっとお目にかかれない滑らかで蕩けるようなミルクチョコだ。

 こいつが売れないわけはないだろう。

 とは思うのだが、パロンちゃんはどうも自信がないようだ。


「たしかにぃ、すっごく美味しいんですけどぉ、お値段もお高いですしぃ、それになんていうかぁ、チョコを食べる習慣というかぁ、こんなに高いものを買うならぁ、なにかそういう動機のようなものがぁ」


 値段は確かに高くつく。

 日本円で言えば、板チョコが一枚三千から五千円ぐらいと言ったところだ。

 まず、原価が高い。

 砂糖はそこまで高くはないが、カカオが高い。

 あと作業時間が長い。

 ミラーは俺が言えばいくらでもただで働くんだろうが、商売なので将来的には外部の人間、つまりパロンちゃんが自分で雇った人間をつかって、給金を払って作ることを考えなきゃならない。

 粉ミルクを作る手間も馬鹿にならないしな。

 そういうことを全部加味すると、これぐらいの値段になってしまう。

 カカオが安くで仕入れられれば半額ぐらいには抑えられると思うが、最終的には五百円ぐらいにしたいよな。


「値段の方は、もうすぐカカオを仕入れるめどが立つから、もうちょっとどうにかなるんじゃないか?」

「そこは期待してるんですけどぉ」

「習慣のほうか」

「やっぱりぃ、ここぞというところでチョコを買って食べるようなぁ、そういうことをぉ」

「そういえば、俺の故郷ではバレンタインというイベントが有ってな。女の子が意中の相手にチョコを手渡して愛を告白するんだ」

「まぁ、それはロマンチックですねぇ、そんなイベントがあればぁ、みんなちょっと無理してでも買うんじゃないでしょうかぁ」

「二月十四日だから、まだだいぶ先だけどな。日にちは別にいつでもいいよな」

「年に一回だともったいないので、毎月やればいいんですよぉ」

「それもいいな。でも、小さな店でキャンペーンを打っても広まるかな?」

「それはぁ、難しいでしょうねぇ」


 テレビ広告でも打てればいいんだけど、この世界にテレビはないからな。

 テレビはないけど、芝居はあるか。

 そういう小芝居を一本やってもらって、ついでに春のさえずり団に店の前でそれっぽい歌でも歌ってもらって一大キャンペーンを繰り広げればチョコが馬鹿売れするんじゃ……。


 というわけで、メイフルと相談の上、演出家のエッシャルバンのところに話を持っていった。

 うちがスポンサーになるので、広告劇をつくってくれというわけだ。


「なるほど、広告芝居というものはないわけではないのですが、精々幕間に寸劇を流す程度なのですよ」


 そういうエッシャルバンは、白薔薇の騎士の講演が目下大成功中でたいそう忙しいのだが、わざわざ時間を取って会ってくれたのだ。


「宣伝と言っても、今度出すチョコレートショップの宣伝をするというよりは、バレンタインという風習をブームにして貰いたいんだ。その結果として、店の方にバンバン客が来ると」

「ふむ、いつもながらサワクロさんは面白い提案をしてくれる。つまり、このチョコレートを贈ると言う行為をキーにした芝居を作るわけですな」


 そう言って俺が手土産に持ってきたチョコをかじると、エッシャルバンは少し驚く。


「おお、これはすごい味だ。最近のチョコというのはこんなにうまいのですか」

「いやあ、そいつはうちの特別製でね。味に自信はあるのでぜひとも売り込みたいんですよ」

「なるほど、そうなると脚本はどうなるだろう……やはり前回と同じく、口コミを引き起こすような……、若い娘たちが胸を焦がすような恋愛……、舞台の後に想い人のもとに駆け出し、胸に秘めた思いを打ち明けたくなるような……うむ、そうだ、なるほど……」


 とエッシャルバンはまたいつものように自分の世界に篭ってしまった。

 こうなると、あとは任せておいて大丈夫なはずだ。

 ただし、こちらは最短でも三ヶ月ぐらいはかかると思われる。

 むしろそんな短期間で舞台ができるのか気になるが、そこはエッシャルバンに考えがあるようだ。


「それで、どう思う? キャンペーンまでお店のオープンを待つか、事前に開いておくか」


 俺が尋ねると、メイフルがこう答える。


「そりゃ、開いとくべきでっしゃろな。もしキャンペーンがうもう行っても、店の体勢が整ってないとさばききれまへんで」

「ふむ」

「それに、肝心のモノはええんですから、地道に客を確保しとくのも大事ですわな」

「なるほど」

「なんにせよ、フリージャはんが戻るのは待ってもええかもしれまへんな。たぶん、何割かはコスト下がりまっせ」

「それに、工事もおくれてますし、そない早うはあけられまへんで。チョコ屋とコーヒー屋、セットでオープンぐらいでもよろしゅおまんな」

「そんな感じか」


 話はまとまり、パロンちゃんも納得したので、今後の方針はそのようになった。

 具体的に動き出すのは二月ぐらいだろうか。

 あとは時が来るのを待つだけだな。

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