第210話 知恵と教養

「なるほど、たしかにゲートが開いていますね」


 そう言って首を傾げる僧侶のレーン。

 遠い親戚のお偉いさんの葬儀を終えて帰宅した俺達は、内なる館に出現したゲートの前にいる。

 一般教養的な問題に関しては、とりあえずレーンに聞いてみるのが一番だ。


「これに入ったら、ポンダーロに出たのですね」

「ああ、当初の目的地だな」

「つまり、機能的には既存のゲートと同じであるらしいということですか」

「そうなのかもなあ。やっぱりゲートとして使えるのかな?」

「使えるかもしれませんが、残念ながら、タグがありません」

「タグ?」

「目的地を示す、荷札のようなものです。これはゲート公団しか作り方を知りません」

「ああ、そういえばゲートは何もなしに入ると、なにもないところに放り出されるとか聞いたな」

「その通りです」

「タグってのは具体的にはどんなものだ? 俺は見たことないんだけど」


 と言うと一緒にいたフューエルが、


「手のひらに乗る程度の金属の箱です。それを身に着けてゲートをくぐり、目的地で返却するのですよ。先日も私が持っていたのですが」

「そうなのか。そう言えば最初のときもデュースが一緒だったから、あいつが持ってたんだろうな」

「同行者がいる場合は、タグは一つで、若干割引があるのですよ」

「なるほどねえ。しかし、そうなると試しに入って見る訳にはいかないな」


 レーンも頷いて、


「そうですね、大変危険だと思います。普通、ゲートを発見したら国か公団に届け出て管理してもらうのですが、ここはご主人様のプライベートな世界ですから、一般に公開するわけにも行かないでしょう」

「だろうな」

「ひとまず、このゲートは保留ということにしておきましょう」

「それがいいな」

「ご主人様のことですから、どうせ遠からずゲートを利用する仕組みを手に入れていただけるでしょう」

「じゃあ、またナンパしに行かないとな」

「ゲート公団は秘密結社のようなものですから、ナンパのやりがいがあると思いますよ」

「気楽に言ってくれるなあ」


 ゲートの周りに用心のために簡易の柵を作ってひとまず封印しておいた。


「それにしてもここは気候も穏やかで過ごしやすい場所ですね。外の寒さとは大違いです」


 フューエルは周りを見渡してそう言う。


「最初ここに家でも建てようかと思ったんだが、地盤がやわいそうなので、やめといたんだ」

「そうでしたか。もっとも、あなたとともに出入りしなければならないとなると、何かと不便でしょうし、この場所を生活の一部とするには向いていないのでしょうね」

「ふむ」

「ところで、大きな馬車などは入るのでしょうか?」

「どうだろう、手荷物ぐらいは行けたんだけど、あとで試しとくか」

「馬車が入るなら、春からの遠征でも、船に積めないサイズの馬車を運べるでしょうし」

「一応、そういう用途も想定してはいたんだが、まだ試してなかったな」

「それに、うちの倉庫が一杯で……」


 倉庫というのは、フューエルの馬車コレクションのことだろう。

 まだ、一部しか拝んでないんだけど、かなりのものだ。

 とはいえ、生活に支障が出ない限りは、人の趣味に口をだすもんじゃないよな。

 俺もおっぱいを眺めながらお酒を飲むのをやめろと言われたら、泣いてしまうかもしれん。


 ゲートの件はさておき、ライバル紳士であるカリスミュウルちゃんのことだ。

 帰宅してすぐにローンに彼女のことを、簡単に報告しておいた。


「では結局、再び魔界に戻ってしまったということでしょうか」

「だと思うぞ。葬儀が終わると、そのままどっかに行っちまったからな」

「そうですか。できればあの方から都に一報を入れておいていただきたかったのですが、仕方ありませんね。年が明けたらサアバアナ卿の国葬があるので、その時には戻られるでしょう」


 あまり喜んでくれた様子はなかったが、まあいいだろう。

 このお礼は後日とだけ言って、ローンは話題を変える。


「先日の騎手失踪事件について、どうも紳士様のご活躍が漏れているようで」

「そうなのか?」

「うちの方に来た取材はすべて拒否しておいたのですが、一社だけ、詳細を記事にしているようですね」


 と懐から新聞を取り出す。

 見ると、『名探偵K、アルサの街に颯爽降臨』との見出しで色々書いてある。

 Kのところは実際はこの世界の文字で、俺のクリュウって名前の頭文字に当たる。

 はっきりとは描いてないが、あの事件の事が結構詳しく書いてある。


「団のものにもむやみに口外せぬように言ってはいるのですが、作戦に関わることならともかく、こうしたゴシップ程度だとやはりそこまで厳格には……」

「いいんじゃないか? 人の口に戸は立てられんよ」

「しかし、紳士様がお困りになるでしょう」

「俺も控えめに生きてるつもりだけど、気がついたら目立ってるしなあ」

「控えめにするつもりはあったのですね」

「そりゃもちろん」


 と言う俺の言葉を聞いて微笑むローン。

 笑ってる方がローンは可愛いよな。


「新聞社というものは、圧力をかけるとかえってムキになるもののようで、扱いが難しいのですが、一度責任者を呼び出して念を押しておこうとは考えています」

「そういうのは最後の手段さ。そもそも、新聞ってやつは記事が売れてナンボの商売だろう。俺みたいな平凡な男よりもっとニュースバリューのあるネタが沸いてくれば、勝手に忘れるさ」

「紳士様ほど都合のいい取材対象も、そうはいないと思うのですが」

「ま、実害が出るまではほっとけばいいさ」


 と言って、その場は別れたが、その時の新聞をこたつの上に放り出しておいたら、今日になってフルンとエットが読んでいた。


「ねえ、これ、ご主人様のこと? 探偵ってなに? 紳士のこと?」


 まだ、それほど字の読めないエットはすぐ聞きに来る。


「探偵ってのは、事件を解決する専門家だよ。探偵ある所、解決せざる事件なし」

「事件って悪いこと? スリとか?」

「もっと大事件さ、国の宝が奪われたりするようなことだな」

「すごい、悪そう。でもご主人様弱いのに、そんな悪い人と戦って平気?」

「もちろんだよ。探偵は剣じゃなくて、頭の良さで戦うからな」

「たしかにご主人様かしこい! ご主人様の言うことってほとんどわけわからないけど、すごく賢そうに見えるから賢いと思う」

「ははは、そうだろうそうだろう」

「そっかー、探偵って凄いんだ」


 いたく探偵が気に入ったエットのために、うろ覚えの古典探偵小説や捕物帳を、適当にこちらの世界風にアレンジしながら話してやったら、随分と喜んでくれた。


「すごい、それ、本当の人?」

「うーん、あんまり本当じゃないかな」

「じゃあ、あたしが本物の探偵になれば、それより凄い人になれるかも!」

「そうだな、がんばれ」

「うん、悪い盗賊をやっつける」


 そこに、どこからともなくやってきたエレンが、


「はは、じゃあエットは僕のことも捕まえるのかい?」

「ううん、エレンは良い盗賊だから、探偵の味方! えーと、だから、なんだっけ? さっき出てきた……そう、お上の狗!」

「やな役どころだなあ。僕は旦那やギルドの掟には従うけど、お上や騎士団には従わないよ」

「えー、そうなの? でも、探偵の味方ならするよね?」

「そうだなあ、エットの協力ならするかな」

「やった! エレンが味方してくれれば百人力!」


 などと楽しそうにやっている。

 もっとも、俺は探偵ごっこには飽きたので、次に事件が起きたら未来の名探偵エットに任せよう。


 その日の夜、フューエルとしっぽり飲みながら、さっきの新聞の話をしたら、どうやら桃園の紳士様は定期的に記事になっているらしい。


「大半は大衆紙のようで、私もそれほど読んだことがなかったのですが、高級紙のデイリーに、あなたの詳細な記事が時々載るようです。たいてい好意的な記事で、ゴシップまがいの話題が出たときも、それを批判する記事が載っているようですよ」

「俺のファンなのかな」

「物好きな記者もいるものです」

「誰かを崇拝するのは、子供のうちだけにするべきだな」

「エットやスィーダのことですか?」

「まあね」

「いつもフルンのあとをついて回っていますね。と言っても、フルンはあの年で増長するでもなく、常に自分をわきまえているようです。セスの薫陶が行き届いているのでしょう」

「だよなあ。俺の真似をしたんじゃ、ああはならないよな」

「あなたの真似をできる人は、めったにいないと思いますよ」

「褒めてはいないよな」

「夫をけなすほど、スレた妻には、まだなっていないつもりですが?」


 と言って、フューエルは笑う。

 その後、アンが件の新聞を持ってきてくれた。

 俺のことが書いてある新聞は、大半を収集しているらしい。

 物好きな記者に、物好きな従者か。


 いくつかに目を通したが、たしかに俺のことが書いてある。

 最初に大きく取り上げたのは、飛首の事件からのようだ。

 その後に起きた白象にまつわる一連の事件は、特集を組んで丁寧に記事がかかれている。

 俺の正体はぼかしながらも、白象の醜聞にまつわる真実や、教会や国の対応などもまとめられていて、俺の知らなかった部分も参考になるぐらいだった。


「その記事を受けて、世論は白象支持に回ったようですね。特にこの街での影響は大きかったと思います。教会が貧乏くじを引くことになったのは、いかがなものかとは思いますが、クメトスに余計な負担がかからなかったことなどは、うちとしてはありがたいですね」


 とアン。


「しかし、よく調べてるな。もしかして、いつも俺のことを見張ってるんだろうか」

「どうでしょうか、うちにそれらしい記者が取材に来たことなどはありませんが」

「ふむ」


 俺を見張ってると言えば判子ちゃんだが、彼女はこういう社会に絡むようなことはしないよなあ。


「そういえば、今日の新聞では、桃園の紳士の正体が赤竜騎士団団長だとする説に真っ向から反論していましたね」


 と別の新聞を取り出しながら、そう話す。


「そんな説があるのか」

「最近、大衆紙では散見されますね。ご主人様が事件を解決したときには、たいていエンディミュウム様もいらっしゃいましたので」

「そうでもないだろう」

「いない時はいないで、正体を隠していたからだとかなんとか」

「いい加減だなあ」

「正確さより、話題をいかにショッキングにするかしか考えていないようですね」

「俺の故郷でも、いいかげんなニュースほど、大人気だったしなあ。みんな信じたいことを信じさせてくれるニュースを求めてるんだよな」


 そこでフューエルが、


「真実を秘めるほうが、支配階級には都合が良いものです。嘘は無知に等しく、崇拝もまたしかり。嘘を信じている限り、大衆の目は閉じているのと同じこと。にも関わらず大衆は好んで嘘を求め、我が眼を閉じようとします」

「現実を見て生きるのは、庶民にはしんどいんだよ」

「あなたはもう庶民ではないのですから、目を開いて貰わなければ困りますが……、その点に関しては、心配はないようですね」

「そうかな?」

「あなたの魅力とは、あまり関係ない気がしますが、一緒になるにあたって、多少気が楽なところではありましたね」

「それは褒めてるんだよな」

「ええ、もちろん。貴族の婚姻には、感情以外の要因のほうが、多くを占めるものですから」


 と言って、フューエルはもう一度笑う。

 回答を間違えると、怒られるところだよな、たぶん。


 フューエルとの新婚生活は、まだ新鮮な緊張感が失われておらず、毎日が楽しいのだが、たまには別の刺激も求めたい。

 別の刺激と言えばいとしのダーリンだが、今日は姿を見せないな。




 翌日。

 エディが飲み過ぎで寝てるんじゃなかろうなと心配して、騎士団の詰め所を覗いてみると、第八小隊のモアーナがいた。


「あら、サワクロさん。明日はよろしくおねがいしますね」

「明日?」

「レルルのことですよ」

「ああ、そうだった」


 レルルとモアーナ、そして十一小隊隊長のハウオウルの同期三人が楽しく会食をするそうだ。

 レルルは嫌がっていたが、そこは主人としてびしっと言い聞かせておいた。


「大丈夫だよ、あいつもすっごく楽しみにしてたから」

「ふふ、それを聞いて安心しました」

「ところでエディは?」

「団長は手紙を受け取ったとかで、ゲートで出かけてしまいました」

「手紙って、ラブレターかな」

「大切な紳士様に何も言わずに街を離れたということは、案外そうかもしれませんね」

「妬けるなあ」

「ポーン殿は同行されましたが、ローン参謀は奥においでですよ、お聞きになってみては?」

「最近、ローンは冷たいんだ」

「冷たい理由は、ご自分の胸に聞かれては?」

「君も手厳しいなあ」


 まあ、なんだ。

 本当のところは、理由がわからなくもない。

 彼女にとって主筋であるエディを差し置いて、フューエルと結婚しちゃったのが、彼女にしてみれば面白くないのかもしれない。

 あるいはエディを妹に置き換えてもいい。

 彼女自身の嫉妬……はあるのかどうか、俺にはわからんな。

 彼女ぐらい複雑な大人になると、矛盾した異なる感情を同時に抱えていてもおかしくないもんだ。

 その点俺は、まだまだ子供だねえ。

 その場はそれで引き上げたが、夕方になってエディがやってきた。


「よう、今日はもう来ないのかと思ったよ」

「あなたの顔を見ないと、翌日の化粧のノリが悪いのよ」

「たっぷりと潤いを補充していってくれ。さっきサウのお袋さんがいい酒を届けてくれたんだ」

「それは楽しみね」

「裏庭に、バーベキュー用のコンロを作ったから、そっちでどうだい?」

「この寒空の下に外で飲むの? あなたも風流を通り越して酔狂ね」

「毎日引きこもってると、それぐらいの刺激が欲しくなるのさ。それよりも、昼間モアーナに聞いたが、どこかに出かけてたんだって」

「ええ、ちょっと野暮用でね」

「気になるじゃないか」

「女には秘密がたくさんあるのよ」


 裏庭は一面の雪だが、雪を均らして上げ底のコンロを置いている。

 ファミリーキャンプや花見なんかのバーベキューでよく使うやつだ。

 シャミに頼んで作ってもらった。


「へえ、この焚き火台みたいなやつ、いいわね。立ったまま調理できるし、構造もシンプルで」

「この足は折りたためるんだ。軽いし持ち運びに便利だぞ」

「いいじゃない、野営のときに、地面がぬかるんでても使えそう。どこからこういうのを仕入れてくるの?」

「男にだって、ちょっとぐらいは秘密があるのさ」


 そんなことを話しながら酒を飲む。

 すでに日は沈み、西の空が青紫に染まっていた。

 フルンが湖に向かって手を振っている。

 見ると沖に船の明かりが見える。

 クメトスが帰ってきたようだ。

 今日で彼女も仕事納めと言っていた。

 非常時には出向かなきゃならないんだろうけど。


「遅くなりました、只今戻りました」


 とクメトス。


「おつかれさん」

「エンディミュウム殿もいらしていたのですね」

「毎日お邪魔しちゃって悪いわね」


 とエディ。


「いえ、ところで、例の次期団長代理の件では、上申に際してお口添えいただき、ありがとうございます」


 クメトスは改まって頭を下げる。


「いいのよ、ちょっと騎士院にも圧力かけとかないと、私も融通効かないから」

「都は相変わらずのようですね」

「そうね、陛下も高齢だし、先日内謁したときも、早く引退したいってぼやいてたから、選挙も近いわね」

「陛下はもしやご健康がすぐれないのでは? そういう噂もお聞きしたのですが」

「あの噂は自分で流してるのよ、年齢からすれば相当元気な方だと思うんだけど」

「では、何故引退を?」

「元気なうちに引退して余生を過ごしたいんでしょう。ここだけの話だけど、次の有力候補はあのカリスミュウルなのよね」

「ご立派な方だと伺っておりますが」

「彼女はねえ、初等科の同期で、いっつも張り合ってたから腐れ縁なのよ」

「そのようなことが」

「王族でしかも紳士でしょう、スペツナ校は周りもほとんど貴族の子女ばかりだけど、あの後光を浴びちゃうと、子供なんてあっという間にひれ伏しちゃうのよね。で、なんか癪だから私も張り合ってたんだけど、あの子も私もちょー負けず嫌いでそりゃあもう大変で」


 なんか想像できるな。

 エディと同年代なら二十代の後半なのか。

 それにしてはもうちょっと若く見えたが、それにしても、たかが握手で張り合うようなお嬢さんだもんな。

 クメトスの方は返答に困ったのだろう、強引に話題をずらしてきた。


「そ、それよりも、順番から言えば、ウェルディウス家から選出される可能性もあるのでは?」

「どうかしら、うちはもう長いこと口出しばかりで。どうせなら宰相を出すほうが都合がいいじゃない」

「そういうところは、私にはわかりかねますが……」

「都はさておき、あなたの引退は、年明けには通ると思うわよ」

「はい、これでやっと私も従者として思う存分、主人に尽くせるというものです」

「いいわねえ、私はいつまで団長やってるんだろ」


 二人が話す間、俺は黙って肉を貪っていた。

 こう言うときは何も言わないに限る。


 そこにエンテル達、学者グループが帰ってきた。

 仕事の時によく着ている、エツレヤアンのユニフォームだという大きな襟の立った独特のコートは貫禄があるな。


「これはエンディミュウム様、ようこそ」

「おかえりなさい、先生。そう言えば聞いたわよ、児童向けの講座を開くとやらで、是非とも席を取りたいって、うちにまで話が来てたわ」

「まあ、それはとんだご迷惑を。といっても、今回のものはなるべく庶民向けにしたいと考えておりまして。いずれ貴族向けの物もとは検討していますけれど」

「そうなのね、アカデミアと違って、学校は高く付くものねえ」

「ええ、最近は身の回りのものが何もかも贅沢になってきておりますけど、大半の庶民の暮らしというものはさほど変わりもなく、日曜学校に何度か通っただけで、最低限の読み書きさえ満足ではない子供も、まだまだ多いのです。そういう状況は、できれば改善したいと」

「貴族の中には、庶民が知恵をつけると政情が乱れるなんて言う人もいるけど、私はそうは思わないのよね。やはり知恵と教養は国の基盤よ」

「仰る通りです」

「それよりも、まずあなた自身は工房を開かないの? 先月だったかしら、アカデミアの考古学部長がうちに来てあなたのことを話してたわ」

「それはそうなのですが……主人が試練を終えるまでは、なかなか」

「いっそこの街で開けばいいんじゃない? あなたも栄誉あるアカデミアの教授なのよ、そこのところはしっかりしておかないと。王立学院にも然るべきポストを用意できると思うけど、ここって史学しかないんだっけ?」

「ここに居を据えるかどうかも定かではありませんし……。ただ、幾つか発掘の計画も申請しておりまして、その前に仮でも良いので立ち上げる必要があるとは、考えていたのです。その際にはご協力をお願いするかと思いますが」

「むしろこちらからお願いしたいところよ。アカデミアも最近は影響力が強くて、あちこちに人材も提供しているでしょう」

「あれは先代から続く総長の方針ですね。現代の勇者は剣ではなくペンで戦う時代である、であるならば我々はペンで戦う勇者を育てるのだ、と」

「都でも結構な派閥になってるわよ、その点あなたは既存の貴族のパトロンも保たず、素性のよくわからない紳士様の従者と来てるでしょう」

「世間的にはそうでしょうね」

「あなたとコネを作りたい人も大勢いるはずよ」

「週末などは、学院に面会の申込みがわんさと来ておりますよ」

「やっぱり」

「学業のじゃまになるので大半を断っておりますが」

「それで納得する?」

「そういう人には、主人である紳士クリュウが試練を控える身であり、今手がけている教育以外の面でこれ以上世事に関わることは控えたいなどと言っておりますよ」

「あはは、それはいいわね」


 いいのかなあ?

 とは思うが、まあどうでもいいや。

 エンテルもけっこう大変なんだな。


 難しい話はそこまでで、後は再びバーベキューの続きとなる。

 すでに日は暮れているが、裏庭は家の壁や湖岸の桟橋など、あちこちにランプを灯しているので、夜でも明るい。

 この不思議な空間で過ごす時間は悪くないものだ。

 刺すような寒さも、アルコールが効いているせいか、それほど気にならない。

 バーベキューのコンロの他にも、焚き火が二箇所で炊かれている。

 フルンとエットが火のついた薪を持って走り回り、オーレとスィーダがそれを追いかけ回している。

 元気だねえ。

 焚き火のそばでは撫子とピューパーがマシュマロを炙っており、それをパンテーが優しい表情で見守っている。

 母性が溢れてるなあ、俺もそばに行って甘えたい。

 甘えたいが、おっぱいをしゃぶりながらママーとか言ってる所をフューエルに見られでもしたら、相当面倒なことになるよな。

 大人は大変だな。


 そのフューエルはエディとなにか楽しそうに話しているが、間に割って入りづらい。

 そこにメガネ参謀のローンがやってきた。

 どうやら帰りの遅いエディを迎えに来たらしい。

 だが、ほろ酔い加減のエディに軽くあしらわれて、呆れた顔で俺のところにやってきた。


「まったく、紳士様からも何かおっしゃってください」

「まあいいじゃないか、せっかくの休暇だ。君も一杯やるかい?」

「今夜は夜勤が……、では一杯だけ」


 隣に腰を下ろして、グラスを手にする。

 そんな彼女にうまい酒を注いでやりながら、最近の動向を伺う。


「森のダンジョンの結界は、現在術師の選定を行っています。リースエル様に打診したのですが、冬の間は腰が痛むとかで。パエ・タエ殿も身重の体ではどうにも。さすがにあのようなことのあったあとでエームシャーラ様に頼むわけにも行きませんし、フューエル様も、お忙しいご様子で……」

「結界を張れる人材って、あまりいないのか?」

「いえ、いなくはないのですが、このような公務に近い面倒な仕事を引き受けてくださる方となるとなかなか」

「ギャラの支払いが悪いんじゃないか?」

「そんなことはないと思うのですが、どうにも神霊術師は利己的……と言うと語弊があるかもしれませんが、おのれの目的や使命を重視しすぎて、社会性に欠けているような気が」

「まあ、フューエルもエームシャーラ姫もあんなんだったしな」

「……どうも今のは失言だったようです。そんなわけで、結界を張るのは春以降になるのではないかと考えています」

「結構のんびりだな、結界なしでも商売はできるのか?」

「騎士団の負担は増えますね。現在は白象を中心に我々も多くの人員を割いていますが、結界ができれば、魔物のコントロールが効きますから、負担はかなり減るのです」

「なるほどね」

「現在は白象でつかう食料までうちがもっていますので、これが結構な負担で」

「大変だな」

「せめて輸送だけでもコストを下げたいのですが、商人たちは文句ばかりで面倒なところは押し付けてきますし……」


 輸送と言えば、クロックロンを使った商売の話があったが、現在は保留中だ。

 なんというか、いつも楽しそうに遊びまくっているクロックロン達を見ると、仕事にこき使うのが悪い気がしてなあ。

 イミアとアフリエールの実家の爺さんコンビが何かやり始めるまでは、おあずけだ。

 ローンは結局、酒を三杯ほど飲んで一人で帰っていった。




 翌日、レルルがおめかしして出かけるのを見送る。

 同期のモアーナ、そして魔族の血を引くというハウオウルちゃんとデート、もとい忘年会だ。

 最後までしかめっ面をしていたが、あれで大丈夫だろうか。

 一緒に表で見送ったエーメスも、


「ハウオウル殿は立派な武人だと思いますが、レルルはなにゆえあそこまで避けるのでしょうか?」


 立派な武人だった自分だっていつも仲良く喧嘩してるじゃないかと、喉まで出かかったセリフを飲み込んでこう言った。


「あいつはコンプレックスの塊だからなあ」

「同期の出世に対抗心を持っているということでしょうか?」

「どうかな?」


 対抗心というよりは、あいつのコンプレックスは内に向かうタイプだと思う。

 見かけで強がってはいるが、ヘイトが他人に向かうことは無いもんな。

 要するに、一人で抱え込むタイプだ。

 そういうタイプは周囲の同情を引きやすいものだが、それが本人にプラスかどうかはなんとも言えないな。

 だからエーメスだってレルルが気になって仕方ないんだろうが、あのハウオウルちゃんだって、きっと同じことなんだろう。

 レルルのコンプレックスの根底にあるのは、腕が立たないというその一点にあるわけだが、それが改善に向かう今なら、徐々に良くなっていくんじゃないかなあ。

 でも、それは何年もかかる話だろうし、俺としては見守るぐらいしかないんだよな。


「しかし、こう言っては何ですが……」


 とエーメスは俺を見て言う。


「ホロアにとって、紳士の従者としてお仕えすることにまさる栄誉は、無いと思うのですが」

「そんなもんかね?」

「どうでしょう。私も、今の日常があまりに、その……普通すぎて」

「ふむ」

「クメトスの代理として小隊を率いていた時は、誇らしさと同時に責任の重みが常に私を縛っていたと思うのですが、今はそう言ったものはなく、まるで学生か隠居とでもいうか」

「あれだろ、俺に似てきたんだろ」

「なるほど……あ、いや、これは失礼を」


 と言ってエーメスは恐縮するが、その顔はまんざらでもなさそうだ。


 会話が途絶えたところで、例のごとくエディがやってきた。

 まるで夏休みに毎日遊びに来るクラスメートみたいなノリだな。


「あら、ハニー。この寒空の下に表に出て、私を待ってたの?」

「まあね、今日は何して遊ぶんだい、ダーリン」

「お買い物に行こうって、フューエルと約束してたんだけど、聞いてないの?」

「初耳だな。まあ、行くと言われれば、どこにでもついていくけどね」

「その果てしなくへりくだった態度のどこから、あれほどの威厳が生まれてくるのかが不思議なのよね」

「生まれてないんじゃないのか?」

「ここ一番で、あなたが大見得を切ると、名のある騎士や領主でも、思わずひれ伏しちゃうわよ」

「そうかな?」

「そうでしょう。まあいいけど、ほら、早く支度して」

「へえへえ」


 エディにフューエル、お供にはアンとテナが、そして今日はエーメスも連れて行くことにした。

 この間の騎手事件の時に置いていったことで、拗ねてると困るしな。

 綺麗どころを引き連れて街を歩くと目立つので、移動は馬車だ。

 東通りの高級ブティックに馬車を乗り付ける。

 すごく豪華な内装で、正直入りたくないレベルだ。

 フューエルとエディは顔パスみたいでズカズカと入っていくし、アンとテナは肝が座っているのか、平気でついていく。

 躊躇しているのは俺とエーメスだけだ。


「こういうのって、なかなか慣れないな」

「私はまったく無理です。外でお待ちしていてもよろしいでしょうか」

「自分だけずるいぞ、俺だって外で酒でも飲んでる方がよっぽど気楽だよ」

「ですが、ご主人様は紳士ではありませんか」

「お前だって騎士で紳士の従者だろう」


 騎士は階級的には貴族だし、隊長級ともなればそれなりに社交界で活動することもあるそうだが、貧乏騎士団だった白象出身のエーメスは、あまりこう言う場所には馴染めないようだ。

 そんな感じでぶちぶち言い合っていると、フューエルが戻ってきて、


「二人共何をやっているのです、今日は年始の挨拶でお祖母様にお贈りするものを整えに来たのです。時間がかかるので早く来てください」


 と引っ張られた。


 どんなに場違いな場所でも、開き直って堂々と振る舞うぐらいのことはできるんだけど、しんどいのはしんどいよな。

 なるべく平然とした顔でソファに腰掛けて、買い物の様子を見守る。

 フューエルとエディにはそれぞれ店員がついて、色々注文を聞いている。

 フューエルは祖母、つまりリースエルへの贈り物を見立てているのだろうが、エディは何を買っているのだろう。

 買い物が一段落ついたところで尋ねると、


「田舎で療養中の友人に贈るものをね」

「へえ、悪いのかい?」

「いいえ、最近はだいぶ良いようよ。あなたも知っている、シルビーの母親のことよ」

「そうなのか」

「手紙をもらって、昨日会いに行ってきたのよ」

「昨日の用事はそれだったのか。シルビーにも会ったのか? 今、実家に帰ってるんだろう」

「ええ、元気そうだったわ。年が明けたら戻るので、あなたにもよろしくって」

「そりゃあ、よかった。フルンも寂しがってるからな」

「そうね、でも彼女には友人だけじゃなくて、頼りになる後見人が必要なのよ、ハニーみたいな」

「俺より君のほうが頼りになるだろうに」

「そんなことないわよ、私の場合はしがらみが多すぎて、大したことは出来ないもの」

「シルビーの実家は、大変なのかい?」

「そうね、それに関しては、彼女が戻ってから、また話す機会もあると思うわ」


 とのことだ。

 買い物を終えて店を出ると、不意に従者の気配を感じる。

 あたりを探すと、通りの向こう側にレルル達三人がいた。

 どうやら、この辺りでショッピングを楽しんでいるらしい。

 そういえば、ハウオウルは祖先が魔族とはいえ、伝統ある貴族らしいし、モアーナも同様だ。

 レルルだけがホロアなんだよな。

 あいつのことだから、もしかしたら、そういうところにも引け目を感じてるんじゃないだろうか。

 せめてお金だけでもいっぱい持たせてやればよかった。

 などと思って眺めていたら、アンが話しかけてきた。


「今、レルルがいましたね」

「買い物中らしいな」

「小切手帳を持たせたのですが、レルルは自分で支払えているでしょうか」

「持たせてたのか。俺もちゃんと小遣い持たせてやればよかったなあ、と思ってたところなんだよ」

「あのお二人は生まれもよろしいそうですから。レルルが気後れしてないと良いのですが」


 するとエディが話を聞いていたのか、こんなことを言った。


「赤竜だと見習いのうちから、上流社会のマナーも一通り身につけさせるのよ」

「ほほう」

「特に庶民上がりの騎士は出来ない子も多いから、いざという時に恥をかかせる訳にはいかないでしょう」

「気配りしてるんだなあ」

「バダムがそういうところに細かいのよね。彼みたいな生え抜きの騎士ほど社交界のパイプが少なかったりして苦労するから。本当なら彼が団長でも良かったのよねえ。彼の家柄だと、ちょっと弱いから裏方でずっと面倒見てもらってるんだけど」


 バダムはエツレヤアンにいた頃に世話になった赤竜騎士団の指南役だ。


「そんなわけだから、うちの子なら買い物ぐらいで戸惑うことはないと思うんだけど、レルルだからねえ」

「レルルだもんなあ」

「でもまあ、それぐらいどうってことないでしょう。ハウオウルは顔には出さないけど、かなり楽しみにしてたみたいだし」

「そうなのか」

「彼女、いつもむっつりしてるから何考えてるのかわからないんだけどね」

「そういう感じではあったな」

「隊長に抜擢するときも渋ってて、最初は若さと経験の無さから遠慮してるぐらいに思ってたんだけど、どうもレルルと同じ第五小隊に行きたかったみたいなのよね。でもレルルがあなたの従者になったでしょう、それで隊長職を引き受けてくれたような気もするのよねえ」

「随分と、一途なお嬢さんだな」

「だからって引き抜いちゃだめよ。今、部隊再編で忙しいんだから」

「面倒くさそうなことやってるな」

「最近、街道をまたいで魔物や山賊が出ることが多いから、ドルンが第二機動部隊として十五小隊以下を再編することになってその人員確保なんかで大変なのよ」


 ドルンって誰だっけ?

 聞いたような名前だが、覚えてないということは多分おっさんのたぐいだろう。


「人員確保ってことは、騎士を増やすのか」

「そうね、見習いはいっぱいいるから、経験と腕前に応じて叙任するんだけど、部隊を新設できるほど一度に増やすとなると、国の承認が降りないのよね」

「なんでまた」

「エンディミュウム卿は騎士団を私物化しているとか、マタール回廊に軍事力が集中しすぎるとか、うるさいのよ。そんなに言うなら自分たちでやってきて、魔物を退治しろって言うのよね」

「はは、立場は違えど、どんな組織でも良くあるパターンだな」

「まったく、現場の苦労なんて全然知らないんだから」


 とエディは愚痴りながらグラスを煽る。

 俺達は場所を高そうなブティックから、高そうなレストランへと移していた。

 しかし、エディはああ言ってるけど、赤竜騎士団は概ねエディの実家の私設軍隊のような扱いになっているとか。

 フューエルの母方の方でも、将来的に親戚になることを見越して大量に寄付をしたり、色々お付き合いはあるようだ。

 やな話だねえ。

 そういう話題は高い酒で飲み下して、旨い料理をお上品に堪能しておいた。




 夜になって、レルルが戻ってきた。

 思いの外、上機嫌だ。


「いやあ、自分少々、飲みすぎてしまったでありますよ」


 などと言って、早々に寝てしまった。

 てっきり、何かしでかしてくるんじゃないかと思ってたので拍子抜けだが、たかが忘年会ぐらいで事件を起こされても困るわな。

 レルルが満足してるなら、それでいいのだ。

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