第207話 探偵と馬 前編
まだエディが魔界に出張中だった頃のことだ。
街の警吏であるヘンズ曹長がやってきた。
彼は言ってみれば時代劇の岡っ引きだ。
ただし岡っ引きが同心のプライベートな子分だったのと違い、こちらは騎士団直属の兵士で、むしろ同心に近いんだけど、衣装が着物じゃないことを除けば、どう見ても岡っ引きなんだよな。
彼はいつもコズという長身の若い男を連れていたが、今日は俺好みの美少女と一緒だ。
「コズの野郎が一人前になりましてね、めでたく他所の受け持ちで独り立ちしやしたもんで、こんどはこのウルーダの面倒を見ることになりやした。何かとご不便をお掛けするかと思いやすが、ひとつかわいがってやってくだせえ」
と頭を下げる。
彼はこの辺りの担当だが、何かとうちのことを気にかけてくれる。
まあ、俺の正体やボスであるエディとの関係を知っていれば、自然とそうなるだろう。
それを拒むのも野暮ってもんだし、まあなんだ、地元のおまわりさんと仲良くしておいて、損はないよな。
「旦那さん、よろしくたのんまさぁ。あっしはウルーダ、以後お見知りおきを」
と美少女は威勢がよかった。
「お、元気だな。うちも客商売なもんで、何かとトラブルもあるもんだ、よろしく頼むよ」
「あいよ、まかせときぃな」
そう言って下っ引のウルーダちゃんは、威勢よく帰っていった。
入れ違いに、アウル神殿の元巫女であったハーエルの友人が訪ねてきた。
同じ巫女仲間であるメイド族の娘だ。
ハーエルはコミュ力というか社交性に若干問題があって、引きこもって本ばかり読んでいるタイプだ。
本人は友人もほとんどいないつもりだったようだが、同僚たちは別に彼女を避けるわけでもなく、友人として今でも付き合ってくれているようだ。
いつぞやの祭りの時以来、ハーエルの認識も若干変わったようで、最近はこうして友人が遊びに来る。
あるいは身寄りもおらず神殿で育ち、そのまま神殿で巫女として仕えているようなメイド族にとって、神殿の外にいる友人は格好の遊び相手なのかもしれないな。
「……それで我らがグルーネワイデンの三連覇も危うし、ということなのよ」
「それは、大変ですね」
さっきまで小声で話していた二人の声が、徐々に大きくなる。
断片的に聞こえてきた話から察するに、年末の競馬の話をしているようだ。
巫女さんもギャンブルを嗜むんだろうか。
もう少し聞き耳を立てようと思ったら、うちのもう一人の巫女であるアンが、両手に書類を抱えてやってきた。
「年末年始のパーティのお誘いや、納税の確認など、いろいろ書類が溜まっておりますので、今のうちに片付けていただきたいのですが」
とのことだ。
「そういうのは、フューエルのほうが得意だろう」
「奥様は何かとお忙しいので、こういう簡単なお仕事だけでもなさっていただかなければ」
「まあ、そういうことならしょうがないな」
先延ばしにする理由を考えるのも面倒なので、さっさととりかかることにした。
二時間ほど頑張ってあらかた片付いた頃には、すでにハーエルの友人は帰ってしまったようだ。
従者たちとお茶を飲んでいたハーエルに、さっきの話を聞いてみる。
「神殿が馬主になっている馬がありまして、グルーネワイデンというのですが、これが年末のレースに出るので皆で応援していたのです。それが、何でもここに来て騎手のラドッポという方が行方不明だとかで」
「行方不明とは穏やかじゃないな」
「はい、街の警吏などにも届け出ているようですが……」
「犯罪に巻き込まれたとか、そういうアレか?」
「それもわからないようです。詳しくは聞いていないのですが、突然いなくなったと今朝届け出があったとか」
「ふむ」
「グルーネワイデンは優勝候補でしたから、レースが近づくに連れて、これから騒ぎが大きくなっていくかもしれません」
「難儀な話だな」
その時は、ただの世間話に過ぎなかったのだが、夜になってエレンが帰ってくると、少し話が変わってきた。
「へえ、旦那も例のおウマちゃんのこと知ってたのか」
「ハーエルに聞いてな」
「なるほどね。どうもこれが胡散臭い話でねえ」
エレンが胡散臭いというぐらいだから、相当アレなのだろう。
「なんせ年末の大レースに絡む話だからね、かのグルーネワイデンは種馬がアルサ競馬の帝王アシュピリーゼ、母馬も元優勝三回の名馬ベルーネワイデンだ。この騎手のラドッポもベテランで何度も優勝してるしね」
「ふむ」
「緑組の方で手を回してるようなんだけどね、どうも芳しく無くて」
緑組とは、この街の盗賊ギルドのボスである緑色土竜の配下のことだ。
「それで、芳しくないとは?」
「このラドッポって騎手が、どうやら借金漬けだったってことはわかってるんだけどね」
「ふむ」
「でまあ、金貸し連中にあたってみたところ、どうやらこちらでも消息を掴めてないようで」
「胡散臭いな」
「レースに絡んだ犯罪じゃないかってことで、騎士団も動くかもしれないんだけど、ほら、今赤竜は旦那の大事なお人が地下に潜ってお留守だろ、いまいち動きが悪くてねえ」
「ふぬ」
「かたや最近人気がうなぎのぼりの白象騎士団は、単純に人手不足で如何とも」
そこで白象と言う単語に反応したのは、元白象騎士団にして俺の従者であるエーメスだった。
「人探しぐらいであれば、わざわざ現役の騎士が動くまでもありません。私が当たってみましょう」
などと言えば、今までエーメスと仲良く飲んでいた元赤竜騎士団のレルルもしゃしゃり出て、
「人探しなど、見習いでもできる仕事であります。元筆頭代理殿のお手をわずらわすまでもないでありますよ、ここは自分が」
「むう、私では力不足だというのですか」
「そんなことは言ってないであります。まったくエーメスは話を聞かんでありますな」
「ならば私に任せなさい」
「私が!」
「私こそ!」
また喧嘩を始めた。
本当に仲がいいよなあ、この二人。
「そういうことなら、みんなで探すとするか」
俺も仲間に入れてほしかったので、強引にそういうことにしてみた。
レルルとエーメスも乗り気である。
「お、ご主人様もお出ましでありますか、なんだか面白くなってきたでありますな」
「最近は訓練ばかりで腕もなまっていた所。先日の魔界遠征では留守居を預かり活躍の場を得られませんでしたが、今度こそは」
「自分はしっかり活躍したでありますがな。やはり供に選ばれたからにはそれなりの覚悟を持ってことにあたったでありますよ」
「むうう、私とて同行していれば……なぜ、前回は私をお連れくださらなかったのです!」
とエーメスが俺に食って掛かる。
「いや、あの時は護衛が十一小隊のハウオウルちゃんだったからな、仲のいいレルルを連れて行ったほうが向こうも喜ぶと思って」
と言うと、レルルが情けない顔で、
「そ、そんな理由で自分を選んだのでありますか」
「いやいや、もちろん、最近はめっきり腕を上げて役に立つという前提があればこそだぞ」
「本当でありますか? どうもご主人様は調子がいいでありますからな」
「くそう、俺も信用ないな」
「信用がないことにかけては自分のほうが上でありますよ」
「変な自慢をするんじゃない!」
翌日、惰眠を貪ってしまい、遅い朝食を取ってからのんびり出かける。
お供はもちろん、エーメスとレルルの二人だ。
実は昨日の段階ではエレンを連れていけばどうにかなるだろうと軽く考えていたのだが、起きてみるとすでにエレンはいなかった。
あてが外れてしまったが、まあ、散歩だと思えばどうということもなかろう。
ひとまず、例の競走馬のいるタラーレン牧場に向かう。
ここは街の北東、湖の東港からほど近い草原にある。
牧場に併設された厩舎で競走馬を調教しているそうだ。
うちからはちょっと遠いので二人は自分の馬に乗り、俺はエーメスの後ろにまたがって行く。
相変わらず乗馬は厳しいものがある。
そろそろ馬ぐらい乗れないと困るとは思うんだけど。
たどり着いた牧場は、こじんまりとした平原といった感じで、馬が何頭ものんびりと草をはんでいた。
「さて、どうするんだ?」
と尋ねると、エーメスが、
「どうしましょう。ここの牧場は騎士団にも馬を提供しているので来たことはあるのですが、今日は特に紹介状も持っておりませんし、いきなり話を聞くというのも……」
そこでレルルが勝ち誇ったように、懐から書状を取り出す。
「そんなこともあろうかと、今朝一番で騎士団の詰め所に行って、これを用意してきたでありますよ」
「なんだそりゃ」
と尋ねると、
「例の騎手失踪調査の委任状であります、右のもの、騎士団の命により、かの事件を調査するものなり」
「ほほう、手回しがいいな」
「ローン殿が珍しく上機嫌で、すぐに用意してくれたであります」
「最近、いつも機嫌悪いのにな」
「更年期障害と言うやつでありましょうか、人間には、そういうものがあると聞くであります」
「そんなこと言ったら、ぶん殴られるぞ」
「き、気をつけるであります」
名目をゲットしたのでズカズカと乗り込んでいくと、若い調教師らしき娘と、やはり若い娘が何やら話し込んでいた。
調教師はぼってりしたエプロン姿で飼葉桶を手にしたおさげの娘で、もう一人は、先日ヘンズ曹長に紹介された、子分のウルーダちゃんだった。
「それで、今回はラドッポ騎手への依頼は見合わせようと言う話だったわけで?」
「……私としては、そうでした」
「ですが、馬主の方ではなんと?」
「教会側では、ラドッポ騎手を押していたようです」
「そういう場合、どちらが優先されるんでやんしょ?」
「馬に乗せる騎手は、調教師が決定するのが原則です。ですが……」
「建前通りには行かないと言うわけでやんすか」
「……そう考えてもらって、構いません」
「ほな、手間取らせてすんまへんな、また来るかもしれまへんけど、よろしゅう頼んますわぁ」
どうやらウルーダちゃんも例の事件で聞き込みをしていたらしい。
彼女はこちらを見て俺に気がついたようで、話しかけてきた。
「おやまあ、ピーチの大将はん、毎度おおきにでやんす」
何弁だろうな、彼女の喋りは。
メイフルみたいなコテコテの関西弁でもないようで、とにかくインチキ臭い。
そもそもこの世界の言語はどういう基準で脳内翻訳されてるんだか。
外国語とかもどうなってるんだろうな。
外人でもみんな言葉は通じてるようだが。
よく考えたらウクレとかエットって外人なんだよな。
言葉で困ったことがないので、ほとんど気にしたことがなかったけど。
「そちらは牧場見学……やおまへんな、どないしはったんで?」
「なに、ちょいと野次馬根性が疼いてね、様子を見に来たのさ」
「ははぁ、お宅はんもお人がわるうおますな。うちのボスもなにやらお宅はんには頭が上がらんようで」
「そんなことはないだろう、むしろ親分にはこちらが世話になってるよ」
俺がウルーダと話している間、レルルとエーメスの二人は何をしてるのかと思えば、馬を見てはしゃいでいた。
そういや二人共、速駆の名手で馬も好きだったか。
調教師の女の子は名をアスレーテといい、先の紅白戦でレースを見ていたそうで、二人を覚えていた。
「お二人ともとても優雅で勇ましいかけっぷりで、馬も実にのびのびと走っていて、見ていて気持ちよかったです」
調教師が言うと、二人は照れる。
「今日は騎士団の御用でしょうか? 来年の供出の話はまだだと思うのですが……」
と言うとエーメスが、
「いえ、今の我々は騎士団を退任しております。今日はその……」
言いよどむエーメス。
調教師ちゃんはあまり例の話題を好ましく思ってなかったようだから、切り出しにくいのかもしれない。
そこでレルルが、
「じ、実は馬を見に来たでありますよ、アスレーテ殿。うちに仔馬が一頭いるでありまして、馴致を始めたところでありますが、来年の春に長旅に出るに際して、あと二、三頭用意しておきたいと」
「そ、そうなのです。年少の駆け出し冒険者がいまして、今から馬を与えて訓練を、とも考えているのです」
とエーメス。
仔馬とはフルンがかわいがっているシェプテンバーグのことだが、たしかにウクレやエットたちに馬を与えてもいいのかもしれない。
「そうでしたか。ですが、春に生まれた子馬はすでに引き取り手が決まっておりまして。来春の新しい子であれば……」
「そ、それはそうでありますな。今は時期が悪いでありましたな、あはは」
「戦場には向きませんが、旅であれば、引退した競走馬などが何頭かおりますので」
「お、それは良いでありますな。是非とも拝見したいでありますよ」
結局、二人は牧場にいた馬を走らせて遊ぶだけ遊んだようだ、いい気なもんだ。
帰路もご満悦で、存分に馬を走らせて満足したらしい。
俺も調教師のアスレーテちゃんの指導を受けて、少し乗馬の練習をしてみたが、やっぱりうまく行かなかった。
太腿の筋肉が足りないのでは、とのことだったが、意識して鍛えたほうがいいのかなあ。
肝心の事件に関しては、何も聞けなかったが、別に本気で問題を解決する気はなかったので、それはそれでいいんだけど。
アスレーテちゃんも可愛かったしな。
年の頃は二十代なかばでフューエルよりもちょっと上ぐらいなので、可愛いという年齢でもないのかもしれないが。
あと、人当たりはいいが、気は強そうな気がした。
翌日。
下っ引のウルーダちゃんが、遊びに来た。
「まいど、大将はん。例の騎手の件ですけどな、やっと騎士団が動くようで、うちのボスも駆り出されてまいましたわ」
「だったら、君もこんなところで油を売ってる場合じゃないだろう」
「そりゃあ、おっしゃる通りかとおもいますけどな、大将も気になるやろ思いまして、手土産代わりにごっつええネタを幾つかおすそ分けしまひょ、思いましてな」
ウルーダちゃんの話によると、騎手のラドッポは借金の他に、西通り界隈に巣食うやくざ者と組んで八百長もしていたという噂があるそうだ。
ひとしきり話し終えたウルーダちゃんにお茶とお駄賃を差し出す。
「こりゃまた、よろしいんですかいな」
「はは、君だって調査するのに費用はかかるだろう」
「そりゃあ、おおきにですわぁ」
などと言って帰っていった。
こういうのもなんだか捕物帳の楽隠居みたいな感じで楽しいな。
入れ違いにエレンが帰ってきたので話を聞く。
「どうだ、何かわかったか?」
「お馬ちゃんの件かい? あっちはお手上げだね」
「ほう、なんかやくざ者だの、八百長だのときな臭いようだが」
「旦那も結構調べてるじゃないか。可愛い子分でも捕まえたのかい?」
「まあね」
「旦那もマメだねえ。じゃあ、僕も出し惜しみしないでネタを提供しようかな」
エレンの話はこうだ。
精霊教会の神官の一部にギャンブルが流行っていて、当然競馬も大人気らしいのだが、そこは世俗の様々な階級と深い関わりを持つ教会関係者のこと、いかがわしい連中との結びつきもあったりなんかして、要するに神官が八百長に絡んでいるらしいとのことだ。
「聖職者がそういうことやってると、親近感が湧いていいよな」
「そういうことをサラリと言えちゃう旦那が、僕は大好きでねえ」
「照れるな」
「とにかく、神殿がご贔屓にしている騎手達が八百長してたのは間違いないって世間では見てるようだね。ギルドの見立てじゃまだ五分五分だけど。いかがわしい金が動くと、もっと僕らの網に引っかかるもんだからねえ。それはさておき、今度の失踪はレースに絡んでトラブルが起きたんだろう、ってところは僕らの間でも共通の認識なんだけど」
「だけど?」
「何がどうなって騎手がいなくなったのか、そもそも生きているのかいないのか、生きてるならどこにいるのかとかが、なんにもわからなくてねえ」
「ふぬ、その騎手に身寄りはないのか?」
「独身みたいだね。親兄弟は不明。東のタバッソあたりから流れてきて、十一年前に騎手としてデビュー、その後着実に成果を上げてるようだよ」
「例のグルーネ……なんだっけ」
「グルーネワイデン」
「そう、その馬は一番人気なんだろ? それが八百長するってことはわざと負けるんだろうから、そうなると二番人気は誰なんだ?」
「ベクトフォガードン、騎手はパリドーという若手のイケメンで人気があるね。馬主は、実はバンドン商会の幹部の一人でねえ」
「ほう」
「メイフルにそれとなく調べてもらったんだけど、ガードが固くていかんとも。ただ、こちらは八百長に絡んでる様子はなさそうでね」
「そうなのか」
「とにかく、どーも、よくわからないんだよね」
「何がだ?」
「いなくなって得する人間が誰なのかってことでね」
「ほう」
「だってそうだろう、一番人気がイカサマで負けるからこそ大穴になるんであって、事前に騎手が変われば掛け率も変わる。でも、誰が乗るかによって当然それは変わってくる」
「ふむ、失踪か監禁かはわからんが、八百長と違ってリスクを犯してまでやるメリットはよくわからんな」
「となると、怨恨の筋かと思うんだけど……」
「けど?」
「まあ、このラドッポって男は借金もあって酒癖も悪くて嫌われてたようだね」
「容疑者は多いのか」
「でも、殺すほどじゃないよなあ、って感じでねえ」
「それもそうか、借金ってどれぐらいあったんだ?」
「七百万ぐらいかなあ、把握してないのもあるかも」
日本円だとその数倍ってところかな?
その額ならあるいは殺しに発展してもおかしくないのかもしれないが、場合によっては数万円でも殺しちゃったりするわけで、原因としてはなんとも言えないな。
むしろ騎手が借金を苦に自殺とかのほうがわかりやすいよな。
「トップ騎手ならそれぐらい稼ぎでどうにかなるんじゃないのか?」
「そんなには儲からないと思うけど、それにラドッポはここのレースにしかでないからね。都の大レースとかに出る騎手だともっと稼ぐはずだけど」
「ふむ」
「そんなわけで手詰まりでね。たぶん素人の仕業じゃないかなあ、と思うんだよね」
「素人?」
「盗賊にせよゴロツキにせよ、そういう輩がやれば、たとえ正体はわからなくても、それなりに動機、この場合は金銭的な流れみたいなものが見えるもんだけど、どうも素人が突発的にやったんじゃないかと思うんだよね」
「だから、逆に盗賊ギルドでも尻尾がつかめないのか」
「そういうことさ。ま、騎士団が人海戦術に出るならどうにかなるんじゃないかな」
「どうにかって?」
「まず、目ぼしい連中を根こそぎとっ捕まえて尋問するのさ」
「乱暴だな」
「普段から目をつけてる胡散臭い連中もついでにしょっぴいて、穏やかな正月にしようって寸法だよ」
「そういうのを、俺の故郷じゃ別件逮捕とか言って、なにかと問題になるぞ」
「こっちでも相手が有力者だったりすると、あとで揉めたりするねえ」
「チンピラならいいのか?」
「そこは捕まえる側の人気次第だけど、赤竜は人気あるからねえ」
「怖いなあ」
「怖いねえ」
社会の闇を垣間見たので、その話はそこで打ち止めになった。
それから数日が過ぎて、エディが休暇に入り、毎日ブラブラとうちに遊びに来ていたある日のこと。
今日はエディがフルン相手に稽古をつけていた。
ひとしきり木刀で打ち合ってから、エディは額の汗を拭ってこう言った。
「フルン、あなたほんとに強くなったわねえ。グックの知り合いもいるけど、ほんとあなた達の種族は天性のセンスがあるわ」
「そうかな? でも、強くなったのはわかるし、まだエディに勝てそうにないのもわかる!」
「私だって、赤竜の旗を背負ってるんだから、簡単には負けられないわよ」
「うん、まだまだ頑張る! それよりも、汗かいてるよ! 一緒に水浴びる?」
「水は勘弁して、お風呂でもいただこうかしら」
「うん、沸いてるよ!」
「いいわね、ハニーも一緒にどう?」
エディがこちらを見ていやらしく笑うが、丁重に遠慮しておいた。
「あら、残念」
浴室に消える背中を見送ると、入れ違いにメガネ参謀のローンがやってきた。
「よう、エディなら今、入浴中だぞ」
「それはまた随分と休暇を満喫しているようで」
「君も休暇じゃなかったのか?」
「エディが休んでいるのに、私まで続けて休む訳にはいかないでしょう」
「そりゃ、ごもっとも。それで、何か起きたのかい?」
「紳士様はグルーネワイデンと言う競走馬はご存知で?」
「ん? ああ、なんかあったな、そういうの」
数日たっただけですっかり忘れていたようだ。
俺も忙しいからな、主にご婦人のお相手で。
「レルルが調べたいと言っていたので、てっきり紳士様が興味を持たれていたのかと」
「俺じゃなくて、うちのハーエルが気にしててな」
「彼女は神殿の元巫女でしたね」
「で、その件で進展があったのかい? 騎手の死体が上がったとか」
「それはまだですが」
「まだってことは、やっぱり死んでたのか?」
「容疑者を逮捕した、ということです」
「ほほう、どんなやつだい?」
「タラーレン牧場で調教師をしている……」
「アスレーテちゃんか!?」
「……よくご存知で」
あ、またローンの機嫌が悪くなったぞ。
「いやほら、レルル達が調査しに厩舎にいった時に、俺も付き合ってだな。乗馬の手ほどきなんかを受けたりしたんだよ」
「とにかく、厩舎に隣接する宿舎の私室から血の着いたラドッポ騎手の衣服と、同じく血の着いたナイフが見つかりまして」
「ほほう、地味そうな子だったけど、大胆なことをするな」
「ええ、調べた所、彼女は騎手を変えようとしていたようですね」
「そんなことを言っていたな」
「そこのところからトラブルに発展したのではないかと見ています」
「ふむ。じゃあ、今から彼女を締め上げるのか? ポーンも前に派手に拷問とかしてたけど」
「人聞きの悪い、それは凶悪な賊の話でしょう。我が国は文明国です。尋問は文化的に行いますよ。他所の騎士団は存じませんが」
「そりゃあ、良かった」
「それで、エディに報告をと」
そこまで話したところでエディがお風呂から上がってきた。
麻の肌着に綿入りのベストを羽織っただけのラフな格好で、しっとりと濡れた金髪がピンクに火照った肌に張り付いていやらしい、もとい、色っぽい。
「あらローン、来てたのね。あなたも一風呂あびてきたら? ここのお風呂、内風呂とは思えないぐらい立派でいいわよ」
「遠慮しておきます。それよりも……」
今言ったような話をして確認を取ると、ローンはさっさと帰ってしまった。
働く女性は凛々しいが、つれなくもあるねえ。
「さて、それじゃあ出かけるか」
俺が言うと、エディがキョトンとした顔で、
「あらどこに?」
「もちろん、件の厩舎だよ。探偵の出番ってわけさ」
「探偵ってなあに?」
「うん? ああ、個人で犯罪を調査する仕事のことさ」
「何処かでそういうのを聞いた気もするわね。それにしても物好きねえ、ハニーの故郷にもそんな仕事があるの?」
「まあね。ほら、ちゃんと着替えてコートを羽織って、暖かくしないと湯冷めするだろう」
「こんな寒い日は私みたいな美女と、しっぽり酒盃を酌み交わすものじゃないの?」
「事件を解決してからのほうが酒の味も引き立つのさ」
面倒そうなエディの背を押して、俺達は再び牧場へと向かったのだった。
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