第206話 物語の人々
豪華な劇場は今、クライマックスの緊張感に包まれていた。
名優と名高いホラースン演じる白薔薇の騎士に迫るは、嫉妬の鬼と化した銀糸の魔女。
キックリ劇場の名物であるワイヤーで吊られた巨大な魔女の姿は、俺がみても十分に恐ろしい。
演出家エッシャルバンの真骨頂だという。
蔓のように伸びて無数に迫る魔女の手を次々と切り払い、逆に追い詰める白薔薇の騎士。
いざトドメという段で、魔女の喉元に突きつけた切っ先がはたと止まる。
しばしの沈黙。
やがて白薔薇の騎士は剣を収め、歩き去る。
あとには咽び泣く魔女だけが残り、幕が下りた。
更に沈黙。
安易な悲劇ではない怒涛の展開に、みんな飲まれているようだった。
我慢できずに俺が拍手をすると、あちこちから徐々に拍手が沸き起こり、やがて劇場を喝采が包み込む。
会場中がスタンディングオベーションだ。
俺も立ち上がって手を叩く。
かっこいいぞ、白薔薇の騎士。
VIP席の無駄に柔らかいソファに腰を下ろして、俺達は余韻に浸っていた。
具体的には俺の隣に、フューエルとデュース。
向かいのソファにはエディとローン、そしてポーンのお三方。
仕事を終えて休暇に入ったエディと一緒に、俺達は芝居を見に来ていたのだった。
「ああ、いいお芝居だったわね。白薔薇の騎士ってもうちょっと子供向けの気がしてたけど、今日のお芝居だと随分とシリアスでぐっと来たわ。最後、あんまりショックで拍手するのも忘れてたけど、よくある悲劇とも違う、こんなお芝居は初めてだわ」
とエディが言うとフューエルも、
「ほんとうに。嫉妬と孤独に狂った銀糸の魔女が愚かでもあり、哀れでもあり、なんとも胸が締め付けられる思いです」
「そうよね。かつての千日公演の時もみたけど、あの時はもっと、なんていうのかしら、わかりやすい話だったわよね。魔女が完全に悪役で」
「ええ、そうです。欲望に溺れた魔女が、最後に正義の剣に倒れるという話だったはずですが」
「そうそう、それが今度の舞台じゃ魔女の性格がぜんぜん違うんだもの。自分の元を去っていく白薔薇の騎士を忘れようとしても忘れきれず、徐々に心が壊れていく魔女の姿がなんとも……」
「とどめを刺せなかった白薔薇の騎士の胸中はいかほどだったか……」
と、乙女二人は非常に盛り上がっている。
まあ、俺がみてもいい芝居だったと思う。
思うが、実はこういう芝居になったのは、俺が余計なことを言ってしまったせいかもしれないんだよな。
秋祭りが終わった直後、打ち上げの場でエッシャルバンと飲んでいたときに、俺はどんな芝居が好みかと聞かれた。
芝居と言われても困るので、お気に入りの映画をいくつかかいつまんで紹介したのだが、少し前に流行りだったシリアスでオチが重い展開のものを説明したところ、エッシャルバンは驚いて、
「しかしそれでは、鑑賞後の満足感が得られないのでは?」
「それは見る側の経験にもよるんじゃないかな? 堅実な結末は言ってみればマンネリでしょう。マンネリは安心感はあってもどこか退屈になると思う」
「ふむ、ベテラン俳優が陥りやすい問題だね」
「それとは別に、見終わった時点で解消されない気持ちと言うか、物語への感情を何処かで解決したいという感情が心に残っていると、後々まで人々の話題に登りやすいんですよ」
「口コミを見越した話作りというわけか」
「俺の故郷じゃ、バイラル・マーケティングなんて言ったりしてたけどね、バイラルとは病気の元みたいな意味だが、病気が広まるように次々と人口に膾炙していくわけですよ」
「なるほど、ふーむ……」
半分ぐらいは仕事で世話になったゲーム系のプロデューサーが酒の席でたれていた講釈の受け売りだが、エッシャルバンは深く頷いて、
「次の芝居のクライマックスでひとつ博打を打ってみたいと考えていたのだが、話を聞くと、そういう物も良いと思う……もちろん不安は大きいが。ああ、だがしかし観てみたいな。サワクロさんの故郷の舞台が何処かで観られないものか……、いや、しかし観ないほうがいいかもしれない。観ると、今、私の頭のなかにあるイメージが壊れてしまう、ああ、そうだ、思いっきり人の心の内面をえぐるのだ。あえてシリアスに誇張しすぎることで、人の心を現実では味わえないほどに刺激する、にも関わらず多様な解釈を許す結末を用意すれば、物語の解決という拠り所を失った観衆の心はどこに向かうのか……それだ! いけそうだ……いや、いける、いけるぞ!」
あとは例のごとく自分の中に閉じこもってしまったのだが、きっとその結果がこの舞台だったのだろう。
賛否はあろうが、実にいい芝居だったと思う。
実際、フューエルとエディも目論見どおりに、やり場のない感情を持て余して盛んに感想を述べあっていた。
「きっと白薔薇の騎士にも葛藤があったのでしょうね……」
まだ感動していたフューエルが急に思い出したようにデュースに尋ねる。
「デュースは白薔薇の騎士と面識があったのでしょう? ご本人はどんな方だったのですか?」
と言うとエディも身を乗り出して、
「私も聞きたいわね、興味あるわ。そもそも雷炎の魔女って全部あなただったのね。さすがに七十年戦争の頃には代替わりしてるんだとおもってたけど……白薔薇の騎士が雷炎の魔女を愛馬の背に乗せて戦場を駆け抜けたくだりなんて、子供心に胸を躍らせたものよ。それで、どうだったの? ハニーより男前だった?」
二人に迫られて困り顔のデュースは、こう答えた。
「そうですねー、顔だけで言えば、ご主人様より相当美形でしたねー」
「そうなんだ」
「でも、美形というかー、美人というかー」
白薔薇の騎士とは五百年ほど前にいた実在の人物で、デュースとともに戦った仲らしい。
そこで俺が以前聞いた話を思い出してポツリと呟く。
「白薔薇の騎士って女だったんだろ?」
というと、エディが驚く。
「ええ!? 本当なの? そういう趣味だったの?」
そいや、自分も世間ではそういう趣味だと思われてるんじゃなかったっけ?
すっかり忘れてたけど。
驚くエディにデュースが答える。
「彼女はー、フタヒメは訳あって男装してたんですよー、彼女も相当苦労してましたからねー」
「じゃあ、物語のどこまでが本当なの?」
「どこまでと言われてもー、お話ではどうなってましたっけー」
「うちにあるサッパスの底本ではこうよ」
そう言って、エディはあらすじを語り始める。
とある国の若き王子ファタルは、仲間の裏切りで魔界に追放され、魔王フォルムの奴隷となる。
そこで賢者の助けを得て辛くも脱出したファタルは、妖精の女王の元で修行し力を蓄える。
その折に強力な魔力を持つ妖精の姫と恋仲になるも、魔王討伐を心に誓ったファタルは姫と別れ、いざ討伐の旅に。
女王から受け取った純白の鎧を身に着け白薔薇の騎士となったファタルは、見事魔王フォルムを倒すもその身に呪いを受け、愛を育むことの出来ぬ身体となる。
そして女王のもとに戻ったファタルが見たのは、彼恋しさのあまり魔物の姿となった妖精の姫こと銀糸の魔女だった。
悪鬼と化した魔女をやむなく討ち取ったファタルは、ひとり何処かへと去ったのだという。
「ははあ、いいお話ですねー」
「いいお話じゃないでしょう。白薔薇の騎士が女だと話が半分ぐらい成り立たないじゃない」
「まあいいじゃないですかー、あくまでそういうお話だということでー」
「そうかもしれないけど、気になるでしょ!」
「うーん、そうですねー。私も間接的に聞いた話なのですがー、奴隷となっていたのは本当でー、いいにくい目にあっていたようですよー」
「うっ、そうなのね」
「あと妖精の女王の力を借りたのはそうなんですけどー、女王の娘ではなく本人、メルクナルコと言う名でしたがー、彼女が俗に言う銀糸の魔女なんですよねー。その時点で彼女は魔界で相当な力を持っていたのでー。で、フタヒメにいいよった挙句に鎧を押し付けたらしいですよー。いいよったというかー、魔王フォルムとの勢力争いに巻き込まれたようなものですがー」
「ありがちな話ね。ところでフタヒメってファタルのこと?」
「そうですよー、少なくとも当時私たちは彼女のことをフタヒメと呼んでましたねー」
「私達って?」
「黒竜会討伐の仲間たちですねー」
「緑花の魔女とかね。雷炎の魔女と肩を並べて戦ったってよく出てくるわ」
「そうですねー」
「緑花の魔女って魔王ウェディウムを倒して勇者になったのよね?」
「あー、そうでしたっけー。ウェディウムは仲間だったんですけどもー」
「え、そうなの? 全然言い伝えと違うじゃない」
「そういうものですよー、なんせ五百年も前ですしー、私の記憶だってあてになるかどうかも怪しいですけどー」
「だいぶ混乱してきたわ。緑花の魔女って文武両道で素手でノズと殴り合いながら魔法で敵を焼き尽くしたとか」
「それはどうかと思いますがー、彼女も強かったですねー。一人で金竜を倒したとか言ってましたねー」
「その話って本当なの? ちょっと考えづらいんだけど」
「どうでしょうねー、でもあの頃はみんな強かったですねー。今の人は技も呪文もうまいんですけどー、なんというかパワーが足りないですねー。そういう私もあの頃に比べればすっかり魔力が衰えてしまいましたがー」
「衰えたって、何度かあなたの魔法は見せてもらったけど、桁違いだったでしょうに」
「うーん、どうでしょうかー、もう長いこと強力な魔法を使っていないのでわからないんですけどー、ここ数百年ですっかり地上の魔力は失われた気がしますねー」
「そうなの?」
「あの頃はシーラの森を丸ごと燃やしたりー、サムール海峡を凍らせたりー、そういうことができる魔導師が何人もいたものですがー」
「晴嵐の魔女パーチャターチね」
「あれは彼女の弟子がやったことでー、本人はそれこそ桁違いのー、とても恐ろしい魔女でしたねー」
「あなたが言うんだから、相当よね」
「彼女と渡り合えたのはラッド……今で言う伝説の傭兵ですかー、ドラゴンとも呼ばれていましたがー、彼ぐらいでしたねー。あの人がまた非常識な強さでー。彼に比べればゴウドンもまだ子供みたいなものでー」
「どうもあなたの話は信じがたいけど、そういうものだったの?」
「そうですねー、そういう人が当時は何人もいたんですよー。ですから合戦といえばほとんど結界の張り合いでー、結界が破れたほうが負けみたいな感じでしたねー。騎士が結界を得意とするのもその頃の名残でしょうねー、言ってみれば先日の青竜のブレスみたいなのが飛び交ってる感じでしょうかー。今考えると物騒ですねー」
「物騒どころじゃないわね。そう言えば騎士の教練として築城技術も学ぶんだけど、昔の……大戦から数百年前までのお城は城壁が低くて分厚いのよね。理由は諸説あって、大戦の影響で当時の築城技術が低かったっていうのと、火炎壁で攻撃されると壁の意味が無いからっていうのがあったんだけど、もし当時の魔法にそれだけの威力があったなら、その可能性も高いのね」
「そうですねー、ですけどー、あの頃は城壁に大量の黒の精霊石を埋め込んでいたのでー、魔法で直接攻撃するのは難しかったはずですよー、私は国同士の戦争には協力しなかったのでー、城攻めはあまり経験がないのですがー、大抵は弓と槍で直接やりあっていましたねー」
「あなたの記録は黒竜会討伐の時しか出てこないわよね。七十年戦争の終盤、カヌティー家の背後に黒竜会が関係しているとわかり、初めてあなたが陛下の招集に応じたとあるけど」
「そうですねー、あとは個人的な依頼しか受けなかったですからー」
「聞いていいのかわからないけど、どうして黒竜会ばかり相手にしてたの?」
「何故でしたかねー、もうあまり覚えていませんがー、きっかけとしては古い友人が生涯をかけて戦っていたのでー、その意志を継いだはずでしたねー」
「そうなんだ」
「ここ百年ほどはー、私も念入りに調査しましたけどー、もはや当時の秘術を継承するものはいなくなったようでー、もう黒竜会と関わることはないでしょうねー」
「秘術って?」
「もちろん黒竜召喚の秘術ですよー、代々ダーク・ソーズと呼ばれる神官が受け継いでいましたねー」
「へえ、そのあたりはよく知らないわね。ローンは知ってる?」
と参謀のローンに問いかけると、
「いえ、それに関しては金獅子のほうが資料が残っていそうなものですが」
「そうかもね、まあ心配いらないってことなら、慌てて調べるようなものでもないでしょうけど」
などとスケールのでかい昔話をしていると、VIPルームの扉がノックされる。
名演出家のエッシャルバンと、主演の男女が挨拶に回ってきたのだ。
VIPだと俳優の方から挨拶に来るのか、大変だな。
「やあやあ、サワクロさん、おかげさまで自分でも驚くほどの大成功でしたよ」
エッシャルバンが俺の手を取って何度も頷く。
「こちらこそ、いいものを見せてもらいましたよ」
「そう言っていただけると何より」
エッシャルバンも満足そうだ。
ちなみに最近まで知らなかったのだけど、演劇の場合、演出家が映画で言うところの監督なんだな。
つまり今の舞台のすべてを取り仕切っているわけだ、たいしたものだ。
俺とエッシャルバンが話す間に、エディとフューエルは俳優二人に賛辞を述べたりサインを貰ったりしていた。
結構、ミーハーだな。
銀糸の魔女を演じた女優は、劇団の若手筆頭でパリシャアナという。
妖精の役だからか過剰な装飾だったせいもあって、舞台の上ではよくわからなかったが、きつそうな目が色っぽいなかなか個性的な美人だ。
女優というよりもモデルっぽさがあるな。
どう違うのか、言葉で説明するのは難しいけど。
白薔薇の騎士役のホラースンと並ぶと親子ほどの差があるが、引けを取らない貫禄も有る。
プライドの高そうな女性だが、それにふさわしい見事な演技だったと、素人目にもわかる。
俳優たちが去ったあともご婦人連中は興奮冷めやらぬ様子で、まだワイワイやっていた。
俺も楽しんだけど、そこまでフィクションでキャーキャー言えるタイプでもないしな。
その後、場所を変えて食事の間も、女性陣はひたすら先ほどの舞台の話をしていて、話題に乗り損ねた俺は、黙々と食事をとる。
肉料理を平らげて、ちぎったパンを肉汁に浸して口に放り込むと、最近食べ慣れた味がした。
ハブオブやエメオちゃんのいるパン工房の味だ……たぶん。
「今日は随分、お静かですね。何か悩み事でも?」
と、舞台の話題には混じっていなかったメガネ参謀のローンが話しかけてきた。
「なに、料理を堪能していたのさ」
「パンを食べるにしては、随分と難しそうなお顔でしたので」
「単にこのパンが、近所のパン屋の味に似てると思ってね」
「パンの味の違いなど、わかるものなんですか?」
「どうだろうな、気のせいかもしれないけど。ところで、休暇は楽しめてるかい?」
「ええ、もちろん。年が明けたら私はしばらく各部隊を巡回しなければなりませんから、今のうちにしっかり休んでおきませんと」
「そりゃあ、ご苦労なこった」
「紳士様は、年明けは魔界に降りられるとか?」
「そうなんだ、ちょっと野暮用でね」
「よほどアウリアーノ姫が恋しいと見受けられますね」
「まさか、今の今まですっかり忘れていたよ」
ととぼけてみせるが、エディと話し込んでいたはずのフューエルが、耳ざとく聞きつける。
「アウリアーノ姫とは、例のバッツ殿下の妹君と言うお方ですか?」
それにエディが答えて、
「ええ、そうよ。褐色の美しい肌に一見儚げで、それでいて芯の強い美しさを秘めた、誰かさん好みのすごい美人で」
「それは聞き捨てなりませんね、もう少しその方のことを詳しく」
と迫るフューエルを抑えて、
「いや、話すようなことは何もないよ。それより舞台の話はどうなったんだ?」
「それはもう、十分話しました。何か魔界で手柄を立てられたとは聞いておりましたが、道理で妙に土産も多いはずです。あれはすべてその姫君からの贈り物だったのですか」
「だから、そういうのじゃないってば」
ヤキモチを焼かれるというのは、なかなか新鮮な感覚だな。
エディもニヤニヤ笑っていたが、それぐらいで満足したのか、話題を変えてくれる。
「そういえばバッツ殿下は傷の治りが芳しくないそうで、しばらく姫が摂政につかれるそうよ」
もげた首はうまく繋がらなかったと見える。
「そうか、俺も殿下のお陰で命拾いしたからな」
「そんなに危険なことがあったのですか?」
顔をしかめるフューエルにエディが、
「あら、聞いてなかったの? いつぞやの青竜が出て、ハニーが呼んだガーディアンが退治しちゃったのよ」
「初耳ですよ。よほど私に話したくないことがあったようですね」
「私ったら、余計なことを言っちゃったみたいね、オホホ」
といやらしく笑うエディ。
全然助ける気はなかったようだ。
その後、実は大したことがなかったとか、心配させたくなかったとか色々言い訳をしてるうちに、その日はお開きになった。
家に帰るとフューエルは飲みすぎたのか、早々に寝てしまう。
接待に忙しくていまいち飲み足りなかった俺は、あとに残ったデュースと、こたつに入ってグラスを傾ける。
「それにしてもー、フューエルはまだまだ子供ですねー」
「そうかな」
「普通はああいう場合ー、妻としての貫禄を見せてー、団長さんにマウントをとりにく所ですよー」
「怖いことを言うな」
「何と言っても相手は大物ですからねー。あるいはああしてー、一緒になってご主人様をからかう程度にはー、余裕があるんですかねー。そう考えると立派に成長してくれたものですよー」
「ますます、怖いことを言うな」
「それよりもー、例の大きなガーディアンですけどー、ガーディアンがあそこまで強いとは思いませんでしたねー」
「ガーディアンとはあまり戦ってないのか?」
「遺跡を荒らさなければー、まず戦うことはないですからー」
「そんな話を聞いた気もするな」
「前から思っていたのですけどー、もしかしてガーディアンはー、随分と手加減して戦っているのではないでしょうかー」
「そうなのかな?」
「どうでしょうかー」
「聞いてみりゃ早いな」
というわけで、手近なクッションをめくりあげると、下からクロックロンが一体でてきた。
「ナンダボス?」
「お前たちって、遺跡を守る時、やっぱ全力で相手をしてたのか?」
「ドウカナ? 相手次第。デモ、アンマリ頑張ルト、人間スグ死ヌ、追イ返スダケ」
「じゃあ、死なない程度にやってたわけか」
「気絶サセテ運ビ出ス、ヤリスギルト蘇生サセル。デモ、治ルトマタスグ来ル。人間、面倒。チョットハ遠慮シロ」
「そりゃすまん」
どうやら、あまり本気ではなかったようだ。
クメトスがあの時、九死に一生を得たのは、そういうガーディアンたちの事情も影響していたのかもしれない。
治療したネールの話では、外傷よりも魔力の使いすぎで、生命力が尽きかけていたようなことを言っていたからな。
ガーディアンたちも苦労してるのかな。
そう考えると、こっちの都合でこき使うのも気の毒になる。
もっと思いっきり遊ばせてやるか。
今でも十分、フリーダムだけど。
そこにモアノアが鍋を持ってきてくれた。
「出汁はあっただで、残り物でこしらえただども、ごすじんさま、あんま食ってねえ顔してるべ、これでもやってくんろ」
熱々に煮立った鍋はうまそうだ。
冬は鍋に限るな。
具は結構ばらばらで、魚のすり身に、肉団子、あとは根野菜に豆腐が入ってる。
それが魚のアラを煮込んだだし汁に煮込まれているのだ。
魚の油と塩の効いたスープが、冷えた体に染み渡る。
たまらんなあ。
時刻は十時を過ぎたところだ。
年少組や朝練組はすでに寝ており、周りで起きているのは台所組と、相変わらず七輪に張り付いているエレンたちだ。
エレンはすっかり七輪が気に入ったようで、夜になると七輪を抱えるようにして、メイフルやコルスを相手に飲んでいる。
あれはあれで悪くないんだけど、俺はこたつのほうが向いてるようだ。
一方、エンテル達学者組は、快適で集中できるからと、地下室のひとつを自分たちの書斎にしている。
先日ちょっと覗いたら、どこからかき集めたのか、大量の文献が真新しい書架に並んでいた。
多分、今もあそこに詰めてるんじゃないかなあ。
「はぁ、鍋は温まるな。冬場はこれに限るねえ」
こたつの対面では、家事組のアンやパンテー、テナにモアノアも腰を下ろして一杯やっていた。
お酒を飲まないパンテーだけは、甘い生姜湯を飲んでいる。
「ところでご主人様」
とアンが切り出す。
「なんだい、怖い話なら明日聞くけど」
「なにか後ろめたいことでも?」
「いや、別に」
「そうですか。なら良いのですが」
「で、何の話だ?」
「年末年始の料理の話ですよ。ごちそうを用意したいとは思うのですが、うちはいつも凝った料理を用意しておりますし、そこから更にとなると、なかなか悩みどころでして」
「そうだなあ、俺の故郷で正月料理と言えば、おせちなんだが」
「オセチとはどのような料理で?」
「料理と言うか、一種のお弁当だよ。宗教的な理由で火を使わないようにとか、料理しなくて済むようにとか、そういうかんじで、立派なお重に詰めておいてそれを食べるんだ」
「なるほど、では中身はなんでもよかったのですか?」
「うーん、煮しめとか焼き魚とかかなあ、保存が効くものじゃないとダメだが」
「うちは人数的にそればかりという訳にはいかないでしょうが、一つこしらえてみても良いですね」
「そうだな、参考までに俺の知ってるオセチはだな……」
と子供の頃を思い出しながらおせちの説明をする。
毎年、祖母の作ったおせちを食べていたはずだ。
今みたいにこたつに入って、あまり楽しくないTVを見ながら、栗きんとんとか伊達巻ばかり食べてたな。
当時は数の子が苦手で、こんなボソボソしたものの何がいいのかさっぱりわからなかった気がする。
そんなことを思い出しながら、正月料理に思いを馳せたのだった。
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