第205話 お土産

 地下室にはいくつも部屋があるが、そのうちのひとつは大工であるカプルの作業場となっている。

 おもに木工作業のためのスペースで、普段は家具や馬車のパーツなどを作っているが、今日は十人ほどのミラーに指示を出しながら、粉を捏ねていた。

 魔界から入手した石灰岩を焼いたり混ぜたりしてセメントを試作しているらしい。

 エレンの貰ったサンプルとやらは樽数十個分もあって、どこがサンプルだよと最初は思ったのだが、考えてみれば王様のピンチを救った紳士様の手土産に、しけたものは持たせられないよな。

 もしかしたら、あちらの商人に気を使わせてしまったかもしれん。

 あるいは商機と飛びついたのかもしれないが、あの姫様の手回しかもしれないな。


「どうだ、調子は」


 と尋ねると、きれいな顔をしかめっ面にしてカプルが答える。


「難しいですわね。スマホ情報によれば、石灰岩を焼いて灰を混ぜたり粘土を混ぜたりするらしいのですけれど、定量的な情報が欠けているのでひたすら試行錯誤の最中ですわ」


 カプルの言うとおり、配合などを変えながら試している様子が伺えた。

 俺のスマホは最近はカプル達が専有していて、毎日のように知識を吸い出している。

 具体的には燕から日本語を教わったミラーが辞書などの情報を読み出して、文献化しているようだ。

 すでに分厚い辞書一冊分ぐらいは出来上がっているのだが、まだまだ増えそうだ。

 だが、事典の常として網羅的ではあるものの、情報が完全ではない部分で困っているのだろう。

 なかなか大変そうだが、それでも手元にある幾つかの固まりを手に取り、


「ですけど、たしかに鉄の層の岩と似たものが出来ておりますから、あとは強度や耐久性などを確かめれば良いですわね。と言っても実用になるのは半年から一年ぐらい、あるいはもっとかかかるかもしれませんわ」

「ふむ、うまくいくといいな」

「必ずいかせますわ。これがうまく行けば、建築が変わりますもの」


 とカプルは自信満々だ。

 自信があるのはいいことだ。


 カプルと分かれて上に戻ると、来客があった。

 先日、俺に無理難題を押し付けてくれた赤竜騎士団参謀のローンだ。


「先日はお世話になりました。まさか青竜の件まで片がつくとは」


 と珍しく機嫌がいい。


「なに、君のお役に立てて嬉しいよ」

「おかげさまで、エディもすっかり機嫌を直しまして」

「しかし言うほど拗ねてる様子でもなかったな。いつもどおりに見えたけどな」


 と言うと、またローンが眉をひそめて、頬をふくらませる。


「あなたがいてエディの機嫌が悪くなるはずないでしょう」

「すいません」


 よくわからんが、また怒らせてしまった。

 フューエルが丸くなった分を補うかのように、最近ローンが厳しいな。

 それはそれで、刺激があっていいけど。


「まったく、たまには誰か私の機嫌も……ぶつぶつ」

「ストレスを溜め込むのは良くないぞ」

「大きなお世話です!」

「エディと一緒に休暇は取らないのか? なんなら一緒に芝居でも見に行こうぜ」


 というと、すこし頬がたるんだ気がしたが、すぐに元に戻る。


「そういうサービスはエディや奥様にどうぞ。私は仕事がありますので」


 そう言って席を立つが、慌てて座り直した。


「肝心なことを言い忘れるところでした。紳士様はカリスミュウル様の消息をご存知ありませんか?」

「カリスミュウル? ……だれだっけ」

「森のダンジョンの地下でお会いしたでしょう、王族にして紳士であらせられるカリスミュウル殿下です」

「あー、あの時の生意気なやつか」

「……とにかく、その御方が、例の一件のあと消息が不明ということで」

「彼女もルタ島に渡るんだろう? 春までどっかで遊んで過ごしてるんじゃないか?」

「あなたじゃあるまいし。あの方はお忍びで旅をなされております。このように都から遠く離れた地では殿下のお顔を知るものも少ないですし、一度連絡が途切れるとなかなか……」

「なにか火急の用事なのか?」

「そうではないと思いますが、あれほどの要人が消息不明では困るのですよ。特にこの街を管轄する我々としましても……それなのにエディと来たら……ブツブツ」


 ほっときゃいいのにと言いたいところだが、怒りんぼのローン先生の機嫌をこれ以上損ねても面倒なので、あわせておいた。


「じゃあもし見かけたらすぐに連絡を入れよう。と言っても、俺はあまり街から出ないから、街の中だけだが」

「よろしくお願いします。それでは、私はこれで」


 ローンは軽やかに出ていった。

 ころころ機嫌がかわるな。

 初めてあった時はもっと無愛想だったから、あれでも随分馴染んだんだろう。




 しばらくしてフューエルと、それに同行していたエンテルやパンテーが帰ってきた。

 魔界土産の金塊を装飾品にするべく、その手の店に出かけていたらしい。

 うちの年長のご婦人方もそういうものはお好きなようで、ほくほく顔で帰ってきた。


「ごきげんだな」


 と言うとフューエルがすました顔で、


「このあたりでは、金はあまり目にしませんから、やはり気になってしまいますね。この独特の輝きは代えがたいものがありますので。私もそれほど持っていませんでしたし」

「気に入ってくれてよかったよ」

「シンプルなおそろいのリングにして、桃の刻印を入れようか、などと話してきました」

「いいんじゃないか?」

「あなたが注文なされた、例のなんでしたっけ、袖のボタン」

「カフスボタンか?」

「それも同じデザインにしてもらいましたよ」


 あまり装飾品には興味のない俺だが、カフスボタン、カフリンクスとも言うが、それにはちょっとばかり思い出がある。

 まだ、新人の頃、当時は受託開発ばかりで、俺も取引先に出向くことが多かったのだが、そこの部長さんが、何故か俺にお古のカフスボタンをくれたのだ。

 どうやらちょっといい品で、貰ったからには付けておかないとなあ、と思ったものの、当時の俺はボタンホールの開いたシャツを持っていなくて、慌てて買いに行ったのだった。

 安月給でわざわざシャツを買い足すのは無駄な出費で色々思うところもあったのだが、いざ付けてみると、ピンとたった袖口がおしゃれな気がして、思ったより気にいってしまい、その後も自分で買ったりもした。

 ところが会社が自主開発に切り替えると、俺もスーツを着ることは少なくなり、格好だけは西海岸のIT企業スタイルでTシャツにGパン姿で通勤することも増え、自然に忘れていたのだが、こちらに来てフォーマルなスーツを着るようになると、当然シャツも着る。

 そうすると忘れていたカフスボタンのことを思い出したわけだ。

 こちらのシャツは、パット見は地球のそれに似ており概ねシンプルだが、襟元にはちょっと過剰に装飾が入っていることもあって、そこが特徴的だ。

 逆に袖周りはシンプルにボタンで止めるだけで、カフスボタンに相当するものはないらしい。

 そういうものに詳しいテナに聞いたところ、


「袖口を留める装飾品と言うものは存じませんね。袖の下に腕輪をすることはあるでしょうが」


 とのことで、試しにシャミに作ってもらった。


「どうだ? 俺の故郷ではこんなふうに袖を留めるんだけどな」


 とフューエルに見せると、


「良いのではありませんか? 婦人物であればフリルなどで袖口を装飾することはあるのですが、そうしたボタンは珍しくて目を引くと思いますよ、あなたにしては、良い趣味だと思いますよ」

「俺ってそんなに趣味悪いかな?」

「悪いとはいいませんが、良い方向に目立つ要素はないかと」

「まあ、そういう方向ではアピールしてないからなあ」


 そんなわけで、シャミに作ってもらったカフスボタンがいくつかあるのだが、彼女は大工であって、宝飾職人ではない。

 純粋な装飾のセンスでは本業よりも多少劣るようだ。

 カプルも建具などの細工は一級品だが、宝飾となると勝手が違うらしい。

 デザイナーであるサウも、ちょっととんがっててフォーマルなデザインは苦手だしな。

 そこに今回のお土産があったので、俺の分も業者に頼んでみたわけだ。

 プロの作るものは、どんな仕上がりになるか、楽しみだな。


「仕上がりは年明けになるかと思います。あなたも楽しみにしていてください」

「そうしよう」


 話を終えると、俺は再び地下に降りる。

 事務所を覗くと、カプルはまだセメントを捏ねているようで、シャミとサウしかいない。

 サウはスランプなのか、しかめっ面でキャンバスに向かっているので声をかけずにシャミのところに行く。

 この事務所部屋のレイアウトもコロコロ変わるが、シャミは部屋の隅にコの字型の机をおいて、大量の細工道具に囲まれて篭っている。

 今は何か大きなペンダントのようなものを手に取り眺めていた。

 珍しくニヤニヤとご満悦だ。


「楽しそうだな、いいものが出来たのか?」

「あ、ご主人様、ちょうどよかった。見て」


 と手にしたペンダントを手渡す。

 見ると円盤にはガラスがはめられ、中に文字盤と針がある。

 つまり時計か。


「ほう、懐中時計か、ずいぶん小さくなったな」

「懐中?」

「こういうのは、懐にしまえるから懐中時計っていうんだ」

「なるほど、いい、それにする」

「うん?」

「その時計の名前」

「ああ、うん。しかし、この間作ってくれたやつでも随分小さかったが、あれに比べるとかなり小さいな」


 最近、枕元においてる時計のことだ。

 普通の目覚ましサイズだが、あれでもこっちの世界ではかなりの小ささだ。


「仕組みは同じ、小さい細工は、元々得意。前に作った細工馬車も、同じぐらい細かい歯車で作ってた」

「そうなのか、いやしかしこれはいいな。スーツの内ポケットに懐中時計を忍ばせるのって憧れてたんだよなあ」

「使って……と言いたいけど、それ、ちょっと失敗」

「うん?」

「精度が足りない。ゼンマイも、もたない。すぐ止まる。計算とちがう。もうちょっと、頑張る」

「そうか、まあ頑張ってくれ。そいや、こう言う時計って、裏面もガラス張りになってて、歯車が見えるのが多いんだよな。クルクル回ってるところを見るとカッコイイと思うぞ」

「いい、それいい、次、そうする」


 そう言ってシャミは再び研究に入った。

 最近は時計がブームなんだな。

 時間に縛られたくはないが、そういうのとは別の話で時計は重要だもんな。

 紅なりミラーがいれば正確に時間を計測してくれるけど、探索みたいにヘビーな活動をする時は客観的に時間を測って行動しないとなあ。

 サウを見るとやはりまだ頭を抱えて悩んでいたので、そっと事務所部屋を出る。


 上に戻ると、寝室の隅のほうでオーレとウクレが、ピューパーと撫子の相手をしていた。

 クッションを敷き詰めて飛んだり跳ねたりしているようだ。

 オーレがぴょーんと飛び跳ねてクッションにダイブすると、ピューパーも続いて飛び跳ねる。

 そうしてゴロゴロと転がってまたダイブする。

 撫子はあとに続かず、ウクレと一緒に座って様子を見ていた。


「どうした、撫子。一緒に飛ばないのか?」

「あんなにすると、クッションが壊れると思います。そう言ったんだけど、二人共聞かないので諦めて見てます」

「壊したらアンに怒られるもんなあ」

「怒られる時は仕方ないと思うんですけど、壊れたら修理するのが大変です」


 そういう撫子は、言葉とは裏腹にムズムズしている。

 その年齢で自制心ありすぎだろう。

 だが時に人は、やりたいことをやるべきなのだ。

 ここは俺が率先して、手本を見せなければ。


「そうだなあ。だが、時には怒られることを覚悟して遊ぶことも必要なのだ。見てろよ!」


 と言ってクッションの山にダイブする。

 バフンとめり込んで、ボヨンと跳ねる感じが非常に楽しい。


「あはは、ご主人来た。どう?」


 とオーレ。


「ははは、こりゃ楽しいな」

「うん、楽しいのに撫子はやらない」


 とピューパー。


「そんなことはない、撫子だってやるさ。ほら、おいで撫子」


 と呼び寄せると、パッと立ち上がって、ウクレの手を引いて走ってきた。

 そのままぴょーんと俺たちの間に飛び込む。

 ついでウクレも控えめに飛び込む。


「あはは、みんな来た。オーレ、たのしい、みんなも、たのしい」


 オーレが喜んでぴょんぴょん飛び跳ねると、釣られてみんなも飛ぶ。

 最終的にクッションが二つ三つお釈迦になったが、俺が代表してアンに叱られておいた。

 説教のあと、アンがいれてくれたホットレモネードをみんなで飲みながら、オーレやウクレの話を聞く。

 この二人は最近、魔法の修行がメインになっていて、いつも一緒にいるようだ。


「デュース、いっぱい無茶なこと言う。四角い氷と、丸い氷を作れとかいう。むずかしい。フューエルはどうだ?」


 オーレの質問に、ウクレは慎重に言葉を選ぶようにこたえる。


「えーと、奥様は……その、ご本人はなんでもおできになるので、私が出来ないのが悪いんだけど、出来ない理由がわかってもらえないというか」

「そう、それ、デュースも、こう、ぱぱっと呪文をとなえてー、とか、魔力を高めてー、とか言う。全然高まらない」

「そうそう、奥様も、スラスラーって呪文を唱えるんですけど、私全然出来なくて、魔力もちょうどいいぐらいにとか仰るけど、それがよくわからなくて、足りなかったりやり過ぎたりで……」

「あの二人、あんまり先生向きじゃない」

「そ、そんなことはないと思うけど」

「ばあちゃんもそうだった。凄い剣士だけど、教えるの下手。セスのほうがよっぽどうまい。従者になってから、剣、マシになった」

「そうなのかなあ?」

「絶対そう。新しい先生探そう。どうしようか、表に張り紙貼る?」

「それはちょっと、二人にそんなこと言ったら駄目よ」

「そうか、そうだな。がんばるしかないな」

「うん、年明けの探索にも連れて行ってもらえるように頑張らないと」

「あんまり魔法増えてない、足凍らす、礫、あと壁作るのだけ」

「私も火球……火の玉ばっかり。それをとにかく小さくして、正確に的に当てる練習ばっかり。幾つか呪文は教わったけど、そっちはあんまり練習させてもらえなくて」

「デュースも、三つでも多い、氷だけ作れって」

「奥様も火球さえ使えれば実戦では十分だって」

「自分たちは山ほど呪文使うのにずるい」

「うーん、でも、小さい頃やってた弓の練習でも、ずっと同じことやらされたから、修行ってそうなのかも」

「そうか、そうかも、どうかな」

「とにかく、教わるからには先生を信じないと。まだ私達、修行始めたばかりだもの」

「うん、そうだった。まだまだ、これから」


 二人の修行も一筋縄ではいかないようだな。

 レモネードを飲み終えた二人は、地下に降りて修業をするという。

 俺は再び暇になったので、裏庭に出ると、フルンとエットが弓の練習をしていた。

 こっちも修行中か。

 湖に向かって交互に矢を射っている。

 湖上には小さな板の的が浮いていて、矢が何本か刺さっていた。

 よく見ると的はクロックロンが構えているようだ。

 指導しているのは盗賊のエレンで、小さな弓を使っている。

 騎士のオルエンがフルンに弓を教える時はもっとバカでかくて俺には引くことも出来ないような剛弓を使っていたが、こっちはこっちでまた別物なのかな。


「もっと脇を締めて、握り手にもう少し角度をつけないと、また腕がミミズ腫れになっちゃうよ」


 エレンがアドバイスすると、フルンが、


「ねえ、なんでこっちの弓は矢を外っ側に置くの? オルエンの弓は体の側においてた」

「なんでと言われても、そういうもんだからねえ。離すときに少し弦が横にそるから、そのせいかな?」

「ふーん、これ、思いっきり引くんだよね」

「そうさ、一気に顔のところまで引いて、すぐに放つ。速射が命だからね。あ、外だと矢を番えやすいってのもあるかな」

「でもそれじゃあ、当たらないよ! もっとじっくり狙いたい!」

「まずは当たるギリギリの速度で覚えるんだ、次にどんどん速くする。とにかく狙わなくても思った場所に矢が飛ぶまで体で覚えないと実戦には使えないよ。まあ、そのうち当たるようになるさ」

「うん、がんばる」


 必死に頑張っているので、声はかけないでおく。

 スィーダちゃんは今日はいない。

 クメトスに従って砦に行っているのだ。

 最近は四六時中付き従っているようだ。


 しばらく眺めていると、水面が急に泡立ち、湖岸からぞろぞろとクロックロンが上がってきた。


「ヘイ、ボス、オツカレサン」

「おう、お前たちこそおつかれ、どこ行ってたんだ?」

「アッチコッチ」

「そうか」


 クロックロンはきれいに隊列を組んで、裏口から中に入っていく。

 多分地下の待機部屋に戻るのだろう。

 湖って塩水なんだけど、そのままで大丈夫なのかな?

 裏口の手前で軽く体を振って水をきるだけのようだ。

 まあ、大丈夫なんだろうけど。

 などと考えながら見ていると、次から次へと出てくる。

 確実に百体はいたんじゃないか?

 いつの間に増えたんだろう。

 遅れてた後続隊かな?

 まあいいけど。




 裏口から家に戻ると、台所でモアノアが落花生を茹でていた。

 こいつも魔界土産だ。


「枝豆みたいに茹でれってことだったもんで、やってみただぁよ」


 とモアノア。


「良さそうじゃないか」


 茹で上がった落花生の皮をむくと、中からホカホカの白い実が出てくる。

 口に放り込むと甘くてうまい。

 煎るのもいいけど、茹でるのもいいよなあ。

 パクパクと食っていると、ビールが飲みたくなってきた。

 こう言うときのために、取り寄せて冷やしてあるんだよな。

 瓶詰めされたビールの栓を抜き、グラスに注いでグビリとやる。

 うまい。

 昼間から飲むビールは格別だな。


「おう、モアノア、お前もやるか」

「んだら、いっぺぇだけ、いただくだ」


 彼女の差し出したコップに注いでやり、二人で乾杯する。


「最近調子はどうだ?」

「んだなあ、テナが来てから、すっかり楽になっただな。ミラーも仕事覚えるのはええだし、お陰で最近は料理だけしてればええだよ。レパートリーも増えただ」

「そうか」

「メルビエはそろそろ実家に行く回数、へらすように言ったほうがいいべ。メルビエもお人好しだで、姉さんに頼まれたら断れねえんだろうども、こげなさみー中、あんなに行ったり来たりじゃ体壊すべ。」


 メルビエの姉は母子ともに健康だが、どうにも妹頼みのようで、メルビエはあれからもちょくちょく出かけている。


「そうか、そうだな。帰ってきたら話しとくか」

「他はそだなあ、家事担当はみんな順調だべ。アンも最近はのんびりやってるだ。テナはやっぱベテランだなあ」

「ふむ」

「二人で思い出しただ。ごすじんさまは、どうだべ? おくさまに種ついたべか?」

「まだじゃないかなあ……ぐびぐび」


 こってりしたエールもいいけど、やっぱりビールは最高だな。


「んだべか、まあ頑張るだよ、アンやテナはすんげぇ気にしてるだよ」

「そうかあ……もぐもぐ」


 はー、落花生がうまいな。


「それよりも、先日はわざわざ魔界くんだりまで、団長のお姫さん迎えに行ったんだべ?」

「まあ、そんなところだな」

「んだら、なんで連れてけえらなかっただよ。おらご馳走しようと待ってただに」

「そりゃすまん。彼女も宮仕えで大変なんだよ。だが、そろそろこっちに戻ってくるらしいぞ」

「あのお姫さん、えれえ食って飲むだで、腕のふるいがいがあるだぁよ」

「またしっかりごちそうしてやってくれ」


 などとまったりやっていると、レーンやエーメスなど神殿図書館に篭っている連中が帰ってきた。


「今日は早いな」


 声をかけると、レーンが匂いをかいで見せながら、


「何か美味しいものでもありそうでしたので、それは何です?」


 と茹でた落花生を指差す。


「この間の土産だよ、まだ温かいぞ」

「どれどれ、ほほう、これはまたしっとりと甘くて良いですね」

「そうだろう」

「では、私も一杯いただきましょうか」


 と隣に腰を下ろす。

 ミラーが入れてくれたエールを一杯やってから、レーンはこう切り出した。


「ご主人様が、魔界にコネを作ってくださったので、年明けの遠征が随分とやりやすくなりました」

「というと?」

「前にもお話したかと思いますが、魔界を探索するにはそれなりに手間がかかります。どこかの国に協力を求めるのが一番なのですが、ご主人様のおかげを持ちまして、すぐに査証が取得できました」

「査証?」

「えーと、世間ではビザとか入国手形といいますね。まだ国交のない国ですから、入国には然るべき筋を通して相手国に許可を求めるのですよ」

「ああ、そういうのね」

「先日は騎士団の同行人ということで入国したわけですが、次は我々のみで出向くわけですから、そうした資格が必要なのです。まあ地位協定だけで無くてもよいのですが、何かあったときに便宜を図ってもらえますし。そこで事前に申請だけはしておいたのですが、帰国後すぐにデラーボン自由領から許可が降りまして、今日、受け取ってきたのですよ」


 と何やら書類を見せる。


「手早いな」

「あの姫様はなかなかのやり手のようですね」

「みたいだな」

「とにかくこれで、ほぼ支度は整いました。できれば正確な地図も欲しいところなのですが、同盟国でもなければ、これはなかなか」


 そう言ってレーンは落花生をまとめて口に放り込む。


「もぐもぐ、本当に美味しいですね、これ、もぐもぐ」

「そうだろ、もぐもぐ、煎るのもいいが、茹でるのもなかなか」

「地上ではあまり見ない豆でしたので、こちらで買えるとよいのですが、もぐもぐ」

「そうなあ、もぐもぐ」


 あとはひたすら食べて飲んでを繰り返した。

 魔界の方は、みんなに任せておけばどうにかなるだろう。

 俺はもう、年内は仕事納めかな?

 いや、ひとつ残ってたか。

 ネトックにゲートのことを聞かなきゃ駄目なんだった。

 といっても、彼女もなかなか捕まらないからなあ。

 ま、そのうちどうにかなるだろう。

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