第202話 カマクラ
裏庭の隅には、以前の旅で使った家馬車が置かれている。
うちの中に置くスペースが無くなったのでこっちに引っ張りだしたわけだ。
カプルが作り、自らの住まいとしていたこの家馬車は、彼女が俺の従者となったときに、そのままうちのものになった。
旅の道中では、快適な居住空間を提供してくれたこの馬車も、今では特に使いみちがあるわけではなく、物置のようになっている。
それじゃあもったいないので、先日こしらえたトイレに繋がる渡り廊下の先に家馬車をおいて、直接出入りできるようにした。
要は離れのようなものだ。
家馬車の一階は、以前は風呂などもついていたが、今は内装を解体してシンプルにしてある。
そこにテーブルを置いて、窓から湖が見渡せるようにした。
小さな暖炉で火を焚くと、部屋が狭い分、屋内より暖かく感じる。
今日も目の前でコーヒーを入れてくれる騎士オルエンの立派なおしりと共に揺れるスカートを眺めていたら、外から牛娘のリプルと長耳のアフリエールが入ってきた。
「ご主人様、こちらにいらしたんですね」
とアフリエール。
「ああ、そっちは何してたんだ?」
「育てた薬草を収穫してたんです」
「大変だな」
「春からの試練に備えて、変わったお薬も用意しておきたいってペイルーンが言ってました」
「そうか」
「ご主人様が試練に行ってる間にお使いになる薬を用意しておかないと。試練の間、お役に立てない分、今頑張っておこうと思って」
「そうかそうか、よろしく頼むぞ」
二人はそのまま家馬車の二階に上がっていった。
そこが薬草干場になっている。
俺は淹れたてのコーヒーを飲みながら、寒そうな湖を眺める。
遠くの方では漁の船が出ていて、あの仕事も大変そうだなあ、と思う。
まあ、なんだって大変なんだけど、俺の仕事はかなり大変じゃないほうだよな。
むしろ極楽に近い方じゃないかな。
前世とやらがあったら、俺は相当な徳を積んだ、ちょー善人だったに違いないだろうなあ。
などと罰当たりなことを考えていると、フルン達が道場から帰ってきた。
戻るなり、何やら雪の積もった裏庭で遊びはじめたようだ。
しばらく様子を見ていると、雪を固めてブロック状にし始めた。
どうやら、カマクラを作るらしい。
タフだなあ。
完成したら入れてもらおう。
二階で用事をしていたリプルとアフリエールの二人も、外に出てフルンたちに合流したようだ。
しばらくその様子を眺めていたら、今度は集会所からイミア達チェス組の四人が戻ってきた。
最初馬車の横を素通りしていったが、俺がいると気がついたのか、中に入ってきた。
「なんだ、ここで黄昏れておったのか」
と魔族のプール。
「まあね、結構暖かいだろ」
「そうだな、集会所は寒くていかん。あちらにももう少し暖房がほしいところだな。でないと、年寄りどもは卒中で倒れるのではないか」
「そりゃまずいな。あっちの暖房ってどうなってたっけ?」
「今は小さな焚き火台を中央において、それで温まっているだけだ」
「薪ストーブでも入れればいいんじゃないのか?」
「あれは煙突がいるのではないか?」
「そうなのかな、よく知らないけど」
「そういう時は、素直に専門家に聞くべきであろう」
「つまりカプルか。ちょっと下を覗きに行くか」
と席を立ちかけたら、燕が口を開く。
「ちょうど向こうが探してるみたいよ。今こっちに向かってるわね」
「そりゃ良かった。あいつもたまには外の冷気に触れるべきだろう」
などと言っていると、すぐにカプルがやってきた。
「こちらにおそろいでしたのね。探しておりましたの」
「こっちも用があったんだ。先に聞こうか」
「では、まずこれを」
カプルは手にした箱の中から金属のパーツをいくつか取り出す。
見たところ、カラビナとハーケンだな。
昔、頼んだような気もするな。
「以前から試作していましたけど、強度が取れたので試していただこうかと」
「ほほう」
「例のスマホから得た知識ですけど、ジュラルミンという合金ですわ。アルミは安価に採掘されるのですけど、あの柔らかいアルミに銅を混ぜるだけでこの強度が得られるとはおどろきですわね」
「アルミは安いのか。あれってボーキサイトを大量の電気分解でとかなんとか、そういうのじゃなかったか? かなりお高いものだと思っていたが」
「スマホにはそのような情報がありましたけど、こちらではアルミはアルミ鉱とよばれる鉄の層から大量に取れるのですわ」
「へー、そうなんだ」
鉄の層って鉄とコンクリートでできた遺跡のことだよな。
つまり精錬済みのアルミが大量に備蓄されてたってことだろうか。
「安いので、鍋などにはたまに使いますけど、脆すぎて防具などには向きませんでしたの。でもこのジュラルミンなら、鎧や馬車の外装も作れそうですわね」
「作れるかもなあ、俺の故郷じゃ、そういうのも多かったはずだ」
「現在、シャミが精錬の精度を上げる実験をしていますの。鋼とはまた扱いが違うようで苦心していますけど、アルミも大量に買い付けましたし、遠からず量産できると思いますわ」
「そりゃ楽しみだ。とにかくこのカラビナは、後でエレンが戻ったら試してみよう」
「おねがいいたしますわ。それで、ご主人様の方は?」
「ああ、隣の集会所でな……」
暖房がほしいと伝えると、カプルはうなずいてこういった。
「あちらは煙突用の穴がありませんので、たしかに薪ストーブは難しいですわね。予備の焚き火台はありますから、ひとまず、それを幾つか持って行かれては?」
「そうするか」
「改造してもいいのですけれど、あそこの大家さんと話をつけなければ」
「隣ってどこだったっけ?」
「この家と同じ、ライハット海運の所有ですわね。たしかご近所の町内会で借り受けて集会所にしていたのだと思いますわ。うちで買い取って、綺麗に改装しても良いかと思いますわ。うちを買うときにも、まとめて手放したいようなことを言っていたそうですし。あそこの二階はまったく使っていませんでしたし、中で軽食を出す店を置いても良いかもしれませんわね」
「ルチアのところの出前客を食っちまわないかな」
「うーん、それはありますわね。なにか、かぶらない店がありませんの?」
「店なあ」
あの集会所で出す店……イメージ的にはフードコートみたいになるのかな?
とすると定番はジャンクフードのハンバーガーにうどん、たこ焼きなんかもいいな。
「なにか思いついた顔ですわね。後でメイフルにでもご相談くださいな」
「そうしよう」
そんな成金みたいに土地をポンポン買って大丈夫かと思うが、まあ大丈夫なんだろう。
話しているうちに、裏庭ではカマクラが完成していた。
ひょこひょこと、ここにいたメンツで出向くと、フルン達が手を振って迎え入れてくれる。
「ようこそ! できたてホヤホヤのカマクラ! あったかいよ!」
とフルン。
「おう、立派なもんだな」
「うん、エットがね、正月はカマクラを作ってそこに神様を祀るんだって」
「ほほう」
言われてみると、奥に小さな氷の祭壇があって、エットが拾った猿神の象が祀ってある。
お香が炊かれ、独特の匂いが漂っていた。
そう言えばアンもよく、うちの神棚で香を焚くな。
すぐに消すのであまり臭わないけど、神殿だとよく嗅ぐ匂いだ。
エットはその前で手を合わせて、
「故郷では冬に雪が積もったら地上に出てこうやってた。ペイカントではあんまり派手にやると怒られるんだけど、アンに聞いたら別にいいって言ってたから、ここに祀った。これでお正月も安心!」
「そりゃよかった」
「この街の神様は、年越しのお祭りしないの? 前のかみこさまーってやつとか」
エットが尋ねると、フルンも一緒になって、
「ないの? イミア知ってる?」
と聞くと、一緒にカマクラに来ていた地元民のイミアがこう言った。
「神返しの神事というのがあるの。巫女が湖に運んだ神輿を、再び海に返すの。秋祭りほど派手じゃなくて、すぐに終わるんだけど、みんなで目抜き通りに出て見るのよ。夜にやるんだけどみんなで明かりを持って出迎えるの。とてもきれいよ」
「すごい、楽しそう!」
と騒ぐ子どもたち。
よくわからんが、見に行かんとなあ。
ハーエルもまた何かするのだろうか。
前の祭りが巫女としての最後の仕事だと言っていた気もするが。
その後、フルン特製双六で遊んでいると、砦に行っていたクメトスと、お供のスィーダが帰ってくる。
カマクラをみたスィーダは喜んで、
「凄い、カマクラだ! みんなで作ったの?」
と問いかけると、フルンが、
「うん、エットが作るって言ったから作った」
「雪を固めたんだ、うちのあたりじゃ、雪を積んでから掘って作る! ね、師匠」
スィーダが言うとクメトスもうなずいて、
「ええ、子供の頃、冬場は数えるほどしか村にいなかったのですが、何度か作ったことがあります。村の子たちがそこで夜を明かすと聞いて憧れたのですが、日が暮れる前に私は屋敷に戻されてしまい、悲しかったのを覚えていますよ」
「だったら、師匠もここに泊まればいい。きっと楽しい!」
「ふふ、そうですね。明日は休みですし、お邪魔してもよいでしょうか」
などと楽しそうにやっている。
俺は程々のところで切り上げて、家の中に戻ると、フューエルが客の相手をしていた。
相手はアームタームの姫君エームシャーラの腹心シロプスちゃんだ。
地下の大掃除以降、個人的にも何度かお世話になっている。
具体的には魔界に詳しい彼女に、色々レクチャーを受けているのだ。
本屋のネトックの依頼もあって、遠からず魔界に行かなきゃならないだろうからな。
あとエディの事もある。
会いに行こうと思いつつ、会いたい気持ちと会いづらい気持ちがせめぎ合ってなかなか会いに行けないな。
なんせフューエルと結婚してから一度も会ってないからなあ。
どういう顔で会えばいいのか難しい問題だ。
これだけ従者がいるのに、何をいまさらと自問する自分もいるわけだが、従者なんてもんは日本にはいなかったからなあ。
なんというか、これはこういうものだと自分で納得してしまっているし。
だからこそ、エディには妻よりも従者になってもらいたい気がしてるのかもしれない。
逆にフューエルがどう考えてるのかとか、そっちの方も不安になる。
従者相手にそんな心配したことなかったからなあ。
それはそれとして、シロプスちゃんは、いつものように余裕のある顔でフューエルと話している。
小柄ながら、とても強い騎士の彼女は、今日は主人であるエームシャーラ姫の使いで来ているようだ。
「おや、いらっしゃい。姫様の具合はどうです?」
「近頃はすっかり良いようで、暇を持てお余しておるようじゃ。たまには紳士殿もご訪問くだされ」
その後しばらく歓談してシロプスちゃんは帰っていった。
「それで、今日は何の用事で来てたんだ?」
フューエルに尋ねると、
「大したことではありませんよ、お茶会を開きたいので出てこいというのです。彼女のところにはお見舞いと称して随分といろいろな方が見えているようですが、一人で相手をするのは飽きたのでしょう」
「暇を持て余しながら飽きるとか、お姫様も大変だな」
「まったくです」
「それで、退院はいつなんだ?」
「体はすっかりいいようですが、どうも魔力が安定しないそうで。私の血が混じったせいなのかもしれませんが」
「そういうものか」
「わかりません。血を移す、などという治療はあまり聞きませんので、なんとも判断がつきかねます」
「俺の故郷じゃ普通なんだが、あっちには魔法はないからなあ」
「一人も使えないのですか?」
「ああ、魔法なんて迷信のたぐいだからな」
「そうなのですか、実際あなたもまったく魔法は使えないようですし。紳士の発するオーラのようなものは、魔力と似ていると思うのですが」
「それに関してはよくわからんな。とにかく、退院したらお祝いしないとな」
「退院と言えば、お向かいのオングラーさんが今朝、床払いをなさったとか」
「お、そうなのか」
オングラー爺さんは、うちの向かいで御札を売ってる神霊術師だ。
先の大掃除の際に腰を痛めていたのだが、ただのぎっくり腰かと思えばヘルニアだったようで、なかなか治らないので紅にみさせて判明したのだが、その後の治療のかいあってどうやら治ったらしい。
「なら、お祝いにいかんとな」
「アンがすでに手配しているかと。明日にでも一緒に参りましょう」
商店会長としてもお世話になっているしな。
俺の正体を知っているオングラー爺さんは、フューエルと結婚したことも一応知っている。
その話をしたときに、こんなことを言っていた。
「お前さんの立場もあろうが、町内の連中にいつまでも隠せるものでもなかろう。試練に行くときには、商店街のものだけでも、打ち明けたほうが良いのではないかね?」
その時は曖昧に答えておいたが、俺もそう思う。
そもそも、正体を隠した理由はわけのわからん追っかけ連中から身を隠すためだったんだけど、彼女たちも飽きたのか、最近はすっかりいなくなったようだしな。
もっとも現時点で俺の正体を知らないのは、お隣のルチアと、果物屋のエブンツ兄妹ぐらいのもんだけど、今後商店街の店が増えるとまた面倒かもな。
色々と、考えることが多いねえ。
そんなことを考えていたら、料理人のモアノアが大きな鍋を抱えて裏口からでていく姿が目に止まった。
近くにいたアンを捕まえて尋ねると、
「フルンがカマクラで食べる鍋を頼んでいたようですよ」
「つまり、あれを今から食うのか」
「そのようですね」
「だったら、俺もご相伴に預からんと」
「もうすぐ夕飯ですから、程々になさってくださいよ」
アンのセリフを聞き流しながら、俺は裏庭へと急ぐのだった。
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