第203話 魔界遊行 前編
空が赤い。
空と言っても人工の天井だ。
その天井が真っ赤に輝いて大地を照らしている。
つまり、ここは魔界だ。
年の瀬も押し迫ったこの時期に、俺は魔界まで来ていた。
それというのも、昨日、赤竜騎士団参謀にしてメガネがチャーミングなローンがやってきて、こんなことを言ったからだ。
「……というわけで、紳士様には是非とも魔界までお越しいただきたく」
「何がというわけなんだよ」
「今、お話したでしょう。エディが長引く交渉であなたの顔を見られずに、すっかり拗ねてしまったのです。ですから、彼女を慰めるために、是非とも魔界に」
「いやまあ、エディのためなら地の底だろうが雲の上だろうが出向くのもやぶさかではないが、今、年末でちょー忙しいんだけど」
実際に忙しいのは従者たちで、俺はさほどでもないのだが、俺が行くとなると冒険組の少なくとも半数は動員することになるだろうしなあ。
フューエルも行きたいようなことを言っていたが、年が明けるまではまったく余裕がなさそうだし。
俺自身も、エディの顔を見に行きたいとは思っていたのだが、いざ魔界に行くとなると、やはりしんどいよな。
ほら、エディのいない間にフューエルとナニしちゃったとか、色々あるじゃん。
そんな俺の苦悩はお構いなしに、ローンはこう言った。
「忙しいのはどこも同じです」
「そりゃまあ、そうなんだけどな。それで、どれぐらいかかるんだ?」
「そうですね。エディが滞在している街まで半日、向こうで二、三日滞在したとして、五日もあれば」
「年内にはまだ十分戻ってこられるか。ちょっと待ってろよ、おーい、フューエル」
ひとまずうちの奥さんを呼ぶ。
「なんです? これから屋敷に出向いて……あら、ローン殿がいらしてたのですね、お構いもせずに」
フューエルが頭を下げると、ローンが、
「こちらこそ、不躾なお願いに参ったところです」
「と言うと?」
そう尋ねるフューエルに俺が答える。
「魔界まで行ってエディの機嫌を取ってくれだとよ」
「ではやはり、あちらは難航しているのですか。先日、エムラに聞いたのですがエディが交渉中のデラーボン自由領領主バッズはなかなかワンマンなタイプで、交渉は難しいのではないかと言っていましたね」
「そうなのか」
「きっと苦労しているのでしょう、早く行って差し上げなさい。私も行きたいところですが、流石にもうしばらく手が離せませんし」
「まあ、お前がそう言うなら、行ってくるか」
「それが良いでしょう。でも、できれば年が明ける前に帰ってくださいよ。子どもたちも神返しの神事を一緒に見ることを楽しみにしているのですから」
自分が見たいと言わないあたりが、フューエルのいいところだよな。
「なんだかよくわからんが、頑張るよ」
そういった次第で、俺は魔界に来ていた。
どうせ行かなきゃ駄目な気はしてたんだ。
きっかけが向こうから来てくれたのは、むしろ幸いと言える。
お供の従者十人ほどと、護衛の十一小隊、そして案内役のローンに連れられて、以前の森のダンジョンからまっすぐ下り、竜に襲われた大きなスタジアムから外に出る。
警備の行き届いたダンジョンをこのメンツで潜れば、さしたるトラブルもなく一気に抜けられる。
そこから山を下って用意された馬車に乗り、三時間ほど行ったところにデラーボン自由領の都、ラブーンがある。
都と言ってもアルサの街よりかなり小さく、直径二、三百メートルの城塞都市と言った感じだ。
その街の一角に、エディが逗留している屋敷があった。
エディが執務中の部屋に入ると思いっきり不機嫌な顔で書類をめくっていたが、俺に気がつくと満面の笑みで走り寄ってきた。
「まあ、ハニー! どうしたの、こんなところで。まさか夜逃げでもしてきたんじゃないでしょうね」
「君の顔が見たくなってね、ダーリン。俺をほっといて、魔界の王様と遊んでるって聞いたものだから、いてもたってもいられなくなったのさ」
「嬉しいわ。それでフューエルは?」
「彼女はこの時期に何日もあけられないってことでな、すまんが代わりに手紙を預かってきたよ」
と手渡すと、その場でエディは読み始める。
読み終えて顔を上げたエディはにやりと笑う。
「なんて書いてたんだ?」
「魔界までは目が届かないので、ご自由にどうぞ、ですって」
「怖いこと言うなあ」
「もう、尻に敷かれてるの?」
「もうと言うか、最初からそうじゃなかったか?」
「そうかもしれないわね。彼女のほうが、あなたのコントロールはうまかったかも」
「酷いこと言うなあ」
「とにかく、奥で少し休んでて。長旅で疲れたでしょう。これを終わらせたら、バッズ殿下に紹介するわ」
「いや、俺は別に君の顔を見に来ただけなんだが」
「そう言わないでよ。あなたの異様なカリスマで、殿下を丸め込んで貰いたいものだわ」
「無茶なこと言うなあ」
あれこれ思い悩んだ割に、いざ会ってみるとどうということはなく以前のように会話が弾む。
さっさと会いにくればよかったな。
結局、俺はエディにバッツ殿下とやらに引き合わされた。
王様は真っ黒い甲冑を身にまとい、一段高くなったけばけばしい玉座に腰掛けていた。
巨大な甲冑と刺繍を施されたマント、そして黒いマスクを身に着けていた。
なんというか肌が露出している部分がない。
戦場ならともかく、お城の玉座までフル装備じゃなくてもいいんじゃないかなあ。
ちょっと怖いぞ。
「その方が噂の桃園の紳士であるか。活躍の程、聞き及んでおる」
マスク越しのくぐもった声は、なんというかこう、いかにも魔界の王様って感じで怪しかった。
適当にそれっぽい応対をしてその場はやり過ごしたが、なかなかめんどくさそうな感じだな
面会が終わると、今度は晩餐となる。
俺はエディをエスコートしながら、パーティを楽しんでいた。
ほとんどが魔族ということで、プールに似た褐色の連中が多いが、中には地上の人間も何人かいる。
「主に商人ね、例の森のダンジョンが開いたから、交易しようと乗り込んできたみたいよ」
「商魂たくましいな」
「この辺りは安定した経路がなかったから。ほら、あなたの従者もいる巨人の村、あのへんのダンジョンもつながってるって噂だけはあるんだけど、あそこって場所が悪いから冒険者も潜らないのよね」
「街から遠いもんな」
「そうよねえ。それ以前にスパイツヤーデはあまり魔界と交流がないのよね。草の根はともかく、国家レベルのおつきあいが」
「何故だ?」
「最大の原因は地理的な問題ね。国策として魔界に通じる穴は塞ぐんだけど、それというのもスパイツヤーデの下は辺境が多くて取引したくてもまともな国が無いのよ」
「なるほど」
「その点、このデラーボン自由領は領土は小さいけど経済は活発だし取引相手としては申し分ないないのよ。しかもスパイツヤーデの同盟国であるアームタームのやはり同盟国である魔界のファビッタ国、ここはかなりの大国なんだけど、そこを宗主国として仰いでいるから、言ってみれば友達の友達の子分ってわけよ。お付き合いの相手としては手頃でしょ」
「わかりやすいな」
「だから、あの森のダンジョンからの経路が確立できれば、商人も大喜びってわけで、突き上げがきついのよね」
「そもそも、何を手こずってるんだ?」
「竜よ、竜」
「竜?」
「前に青竜がでたでしょう、ガーディアンとやりあった」
「ああ、あれな」
「あれがあの後、手負いのままこの国で暴れたらしくて、殿下自ら応戦して追い払ったそうなんだけど、仕留め損ねたのよね 。しかも、殿下も手傷を負って、やっと回復したばかりらしいわ」
「そうなのか」
「で、竜を仕留めるまでは、あの一帯を開放するわけには行かぬ。あの山の近くに巣があるに違いないので、それを仕留め、国民を安んじてからどうのこうのって話よ」
「じゃあ、倒せばいじゃないか」
「簡単に言わないでよ、あのクラスの竜だといくらなんでもねえ。短期決戦だとあなたの従者の雷炎の魔女と、青の鉄人ぐらいを呼ばないと厳しいんじゃないかしら」
「そんなにか。そもそも、今回はデュースを連れてきてないぞ、あいつにはフューエルの相手を任せてきたからな」
「そういえば、師弟だって聞いたわね。まあいいわよ、すぐにどうこうするつもりはないから。本格的に竜を狩るなら、まずは慎重に巣を探して結界を貼り、万全の体制で挑むものよ」
「なるほど」
「で、その体制をどうするかが目下の焦点ね。お互いあんまり兵も兵糧も出したくないじゃない。そもそもうちが大規模に遠征するわけにも行かないでしょう。領地内ならともかく。そういうわけで大変なのよ」
「まあ、頑張ってくれ」
「気楽に言ってくれるわねえ。あら、今日のホストがお出ましよ」
エディが奥の扉を指差す。
てっきりさっきの王様かと思ったら、純白のドレスを着飾った綺麗なお姫様が出てきた。
褐色の肌に白いドレスがよく映える。
美人だなあ。
「彼女は?」
「アウリアーノ姫、バッツ殿下の妹君よ。殿下は城内では謁見の間以外で人と会わないから。ここのしきたりらしいわよ」
「引きこもりじゃないのか?」
「さあ、遠征の時は別だけど」
「ふーん」
「鼻の下のばしてないで、きっちりご機嫌を取ってきてちょうだい。外交は彼女が一手にしきってるのよ。ここからがあなたの出番よ!」
笑って俺の背中を押すエディ。
つまり王様相手じゃ分が悪いので、妹君を俺のモテ能力で口説いてどうにかしろということか。
というか、そういう冗談なわけだ。
だからといって、ここで口説いてしまって悪いということにはなるまい。
頑張ってみよう。
「アウリアーノ姫、お初にお目にかかります、クリュウと申します」
姫さまの前で、魔界風の挨拶をする。
エームシャーラ内親王殿下の腹心の部下、シロプスちゃん直伝のお作法だ。
遠からず魔界に行くだろうと言うことで、最初プールに教わっていたのだが、三百年も石像をやっていたせいか、いささか古臭いらしく、魔界に詳しいシロプスちゃんにご教示願ったわけだ。
「お目にかかれて光栄ですわ、紳士様。魔界の作法にお詳しいのですね」
品のある笑顔で話しかける姫。
「友人に教わりまして」
「その御方のお名前をお聞きしても、よろしいでしょうか」
「アームタームの騎士、シロプス殿です。バッツ殿下は知己であったと聞き及んでおりますが」
「まあ、シロプス様。私も存じておりますよ。かつてとてもお世話になりましたの。あの方はお元気でしょうか?」
「ええ、それはもう」
「それは何よりなことでございます」
思わぬところから話題が弾み、俺は魔界のお姫様と会話を楽しんだ。
褐色の肌に薄い金髪、背中が大きく開いたドレスの背後には、控えめな羽が生えている。
プールと似ているので同じ種族なのかもしれない。
「ところで、紳士様は魔族も従者としているとか」
「ええ、プールと言いますが、よく仕えてくれています」
「ふふ、魔族を従えるのは紳士様といえども、骨が折れるのでは?」
「いえいえ、種族を問わず、皆私にはもったいないほどの忠誠心でしてね」
「結構ですこと。兄は部族をまとめることに、日夜腐心していますけれど、とてもとても……」
「私などは紳士という肩書がなければ、何のしがらみもありません。ただの個人同士の関係です。しかし殿下はこの国を背負っておられる、そのご苦労は私などの及ぶところでは……」
「ご謙遜を。貴方様のご偉業は、この地の底までも届いておりますのに」
などと話すうちに、なんだかこのおとなしいだけの魔族のお嬢さんから、じわじわとプレッシャーを感じるようになってきた。
やはり王様の妹ともなれば、美人なだけで済むはずがないか。
プールだってああ見えて、肝が座って貫禄もあるしなあ。
「明日は兄が鬼退治をご一緒したいと申しておりました。ご参加いただけるでしょう?」
突然アウリアーノ姫がそう切り出す。
鬼退治とは、また物騒だな。
「お誘いいただけるのでしたら、喜んで。あなたもご一緒なさるのですか?」
何気なく尋ねると、姫さまは驚いた顔で、
「まあ、私も? ふふ、私はエンディミュウム様のように武芸が達者ではありませんのよ?」
「これは失礼を。こうして会話していると、あなたも随分と腕が立つように見受けられましたので」
「そのように言われたのは初めてですわ。ですけど……そうですわね、幼いころはよく、今はなき父と狩りに出たものです」
そこで言葉を少し切ってから、
「もし兄の許しが得られましたら、明日はご一緒させていただきましょう」
「私も、楽しみにしております」
よくわからんが、どうにか彼女と次のステップに進めたぞ!
明日も頑張って口説こう。
姫さまと別れてエディとともにパーティ会場を後にする。
エディたちの逗留先で、改めて飲み直しながら、さっきの話をする。
「良く、あの姫さまを引っ張り出せたわね」
「そりゃあ、頑張ったからなあ」
「ほんと、見境なしね」
「酷いこと言うなあ。ところで鬼退治ってなんだ? 鬼がいるのか?」
「鬼ってのはギアントのことよ。この辺りでの呼び名。鹿や猪の代わりに、このへんじゃギアントなんかを狩るのよ。森に入ればいくらでもいるから」
「なるほどね」
「大丈夫? ギアントぐらい自分で倒さないと、格好がつかないわよ」
「手長とかじゃなければどうにか」
「頼りないわねえ。ま、可愛い従者に助けてもらうことね」
そういう自分は、いつ俺の従者になってくれるんだろうと、喉元まで出かかったセリフを飲み込む。
それができるなら、エディは躊躇するタイプじゃないもんな。
物事には、順序とタイミングというものがあるのだ。
翌朝。
俺はエディやバッツ殿下、それに真っ白い甲冑を着たアウリアーノ姫と一緒に鬼退治に出る。
幸いなことに、移動手段は馬ではなく馬車だった。
馬車というか戦車か。
チャリオットともいうな。
馬に引かれる二人乗りのやつで、立ったまま乗る。
ここから弓や槍で得物を仕留めるのだ。
想像しただけで非常に難しいと思う。
そもそも、剣は人並みに使えるようになったつもりだが、槍なんてほとんど経験がない。
まして弓に至っては、未だに満足に的に当てることさえできないのだ。
まあ、今回はオルエンを連れてきたので、あいつに一緒に乗ってもらえば大丈夫かな。
と思っていたら、何故かアウリアーノ姫と仲良く戦車に乗っている。
何でも姫さまの要望だとか。
思ったよりも積極的だな。
押し負けそう。
エディはというと、部下の騎士と一緒だ。
俺の従者は、オルエンとセスが戦車に乗り、他は後続の歩兵と一緒についてきている。
主催者のバッツ殿下も同じく部下が手綱を引いている。
「お誘いいただいた以上、ご一緒していただけるのでしょう」
と笑うアウリアーノ姫。
「紳士様、ぜひ私に、良い所をお見せくださいね」
困ったな、こういう展開は想像してなかった。
まあ、なるようになるだろう。
「おまかせを」
爽やかに微笑んで、俺は手にした槍の石づきで足場をとんと叩いた。
一行は緩やかなペースで街道を進む。
目が慣れてきたのか、あまり景色の赤さが気にならなくなってきた。
改めて見ると、このあたりの家は漆喰のものが多い。
この辺は漆喰が普通に使われているのか。
カプルに教えると喜びそうだ。
「魔界の町並みは、やはり珍しく感じるものですか?」
ちょっとキョロキョロしすぎたのか、アウリアーノがそう尋ねる。
「ええ、まず素材から違うんですね。この辺りは豊富に漆喰が使われている」
「地上にはございませんの?」
「そうです、特にスパイツヤーデにはほとんどありません。私の故郷では珍しくもないのですが」
「違いは空の色だけかと思っていたら、そのような差もあるのですね」
「姫は地上に行かれたことは?」
「いいえ、一度も。紳士様が私に首輪を付けて、連れて行ってくださるかしら?」
「まさか、そんな恐れ多いことはできませんよ」
「まあ、残念ですわ」
そういや、魔族が地上に出るときは、奴隷の首輪をつけなきゃ駄目だったか。
お姫様にそんなことはさせられんよなあ。
プールにはしてるけど。
不用意なことは言わないように気をつけよう。
やがて一行は森の入口にたどり着く。
俺達が降ってきた山、その山頂が魔界の天井につながっている山の麓に広がる森だ。
狩りはここでするとのことだ。
ここから見上げると、山の斜面の一部が大きく崩れている。
以前、大型ガーディアンと青竜がバトルした跡らしい。
見るからにひどそうだ。
たしかに、あれほど山を削っちまうような奴と戦うのは並大抵のことではあるまい。
狩りの手順はこうだ。
まず、殿下の部下が森に分け入って、魔物をあぶり出す。
出てきたところを戦車で追い掛け回して仕留める。
この辺りのギアントは結構手強く、中には魔法を使うものもいるので、割と命がけらしい。
「まずは兄が参ります。静かに、ご覧下さいね」
と言って姫は真面目な顔で先頭に立つ兄殿下の後ろ姿を見つめる。
あまりに真剣な顔なので、話しかけづらい。
じっと見ていると、森が騒がしくなる。
僅かの間を置いて、ギアントが三匹、森から飛び出してきた。
ちょっと手ごわいやつだ。
バッツ殿下は戦車を走らせると、三匹の中央に突っ込んでいく。
駆け抜けざまに槍を突き入れること三度。
一度の無駄もなく三匹の魔物を倒してしまった。
たちまち沸き起こる喝采。
いや、大したもんだ。
俺なんて、あんな速度で走らされたら、立ってるだけでも難しいよ。
などと人事のようなことを考えていたら、いきなり俺の番になった。
先ほどと同じようにギアントが炙りだされてくる。
「さあ、紳士様。手綱はお任せください」
と微笑むアウリアーノは、手綱を握る手に力を込める。
その表情は完全にいたずらっ子のそれだ。
これ、完全にハメられたやつだ。
気がついた時にはもう遅く、戦車は猛スピードで走り始めた。
危うく振り落とされるところをしがみつき、どうにか槍を構える。
「一気に駆け抜けます」
戦車は上下左右に激しく揺れ、返事を返すこともできない。
俺は必死の思いで足を踏ん張り、左手で戦車の握り手を掴み、右手で槍を構える。
それにしてもすごい速度だ。
落ちたら下手すりゃ死ぬかも。
「衝撃は相当なものです、槍に体を取られぬように」
とアウリアーノ。
言葉の意味を咀嚼するよりも早く、敵が目の前に迫っていた。
次の瞬間にはもう、通りすぎているだろう。
俺は無心でギアントのでかい腹めがけて槍を突き立てた。
右腕に激しい衝撃がかかる。
同時に血しぶきがほとばしり、右手を持って行かれそうになる。
俺は何も考えずに槍を手放した。
「お見事!」
アウリアーノの言葉に振り返ると、背後でギアントの巨体が崩れ落ちるのが見えた。
俺が仕留めたのか。
やるじゃないか、俺。
「伏せて!」
え、と前に向き直った瞬間、俺の顔めがけて何かが飛びかかってきた。
必死で頭を下げると、そのすぐ上を通り過ぎていく。
「オグル獅子です! 気をつけて、奴らは馬より速い!」
方向転換した今の魔物は、すぐに俺たちを追いかけてくる。
「あれも狩りの獲物か?」
「いいえ、この辺りにはいないはずですが、おそらく森の向こうから移動してきたのでしょう。かなりの群れです」
アウリアーノの言うとおり、あちこちでライオンのような魔物が狩りの一行を襲っている。
あれがオグル獅子か。
「兄の援護に向かいます。しっかり捕まって!」
そう叫ぶとアウリアーノは戦車を旋回させた。
猛スピードで曲がると車輪がきしみ、激しい土煙が沸き起こる。
だが、追いかけてきていたオグルも素早く方向転換する。
「右のレバーを、その赤いやつです。それを引いてください」
言われるままにレバーを引くと、戦車の後部から、何かの液体が飛び散る。
その液体を踏んだオグルが、豪快に滑って転倒してしまった。
油か。
「次、合図をしたら青いレバーを」
「よし」
レバーを握って待ち構えていると、右からオグルが飛びかかってくる。
「今です!」
合図に合わせてレバーを引くと、側面から槍が飛び出し、オグルの下肢を貫いた。
どこのスパイカーだよ、これ。
「凄い発明品だな、この戦車」
「あら、紳士様はお分かりくださいます? 家臣たちは実用性のないおもちゃだとすぐ馬鹿にするのですが」
「今の活躍を見れば、考えも変わるさ」
「だと良いのですが……伏せてっ!」
とっさに身をかがめると、側面の茂みからオグルが飛び出してきて俺の頭の上を飛び越していった。
一頭はそれで凌いだが、続けざまにもう一頭が戦車の側面に体当りする。
その衝撃で片側の車輪が砕けて、転倒こそ免れたもののガタガタと地面を引き刷り始めた。
俺は必死になってアウリアーノ姫に覆いかぶさり抱きしめる。
激しい衝撃であちこちぶつかり、痛い。
でもこれ、後でもっと痛くなるやつだなあ、などとピントのずれたことを考えていると、姫が叫ぶ。
「黄色いレバーをっ!」
俺は目の前にあったレバーを引く。
すぐにガチャンと大きな音がして、どうやら馬をつなぐパーツが外れたようだ。
同時に、戦車の足場の部分の板が外れて、中から緑色の液状のものが飛び出してきた。
液体はたちまちあたりに飛び散り、足場や俺達の体を覆う。
次の瞬間、戦車は横転し、俺と姫は空高く吹き飛ばされてしまった。
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