第191話 合コン
夕方。
果物屋のエブンツとパン屋のハブオブが迎えに来た。
今日はこれから三人で飲みに行くのだ。
「では、行ってらっしゃいませ」
アンに見送られ、俺達は夕暮れ時の街に繰り出す。
「今年ももう終わりかあ、お前が来てからこっち、ずっと忙しすぎたからヘロヘロだよ」
エブンツが空を見上げてつぶやくと、ハブオブもうなずく。
「ですけど、そのおかげで僕達も随分稼がせてもらいました。商店街の客の入りも何倍にもなりましたし」
「まあな、この調子で行けば、数年後にはもっと店も増えて、立派な市場になってたりして」
「どうでしょう。西の空き区画にも店が入ってくれるといいんですが」
「東側の住宅街とかも、昔は店が出てたんだろう?」
「らしいですね。そういえば、パンテーさんが店を出していたところは、結局どうなるんです?」
ハブオブが俺に話を振る。
「さあなあ、一応、うちで買い取ったんだけど、何かするのかな?」
「小さいですけど、何か良い店を入れたほうが良いでしょうねえ」
「それは思う。お前らだと、何屋が良いと思う? ある程度、方向性を絞って誘致するのもいいかもってメイフルは言ってたけどな」
「そうですねえ。飲食店は、たくさん並んでいるほどかえってお客さんが呼べて相互に利益があるといいます。今はルチアさんの店がメインで、うちやエブンツさんの店はぼちぼち出る程度でしょう。例えば焼豚や、フライなどを出す屋台があると、内容もかぶらなくていいと思います」
「なるほどねえ。食い物屋が一、二軒増えれば、祭りの時みたいに常時テーブルを端っこの方に連ねておいてもいいしな」
「そう思います。学生さんなどは特に、安くてたむろして話せる場所を好むようですし」
それを聞いたエブンツは、
「うちは逆に、あまり学生がたむろしてると高級果物を買う商売人や貴族の女中なんかが近寄りづらくなるしなあ」
「ああ、そういう問題がありましたか」
とハブオブ。
「ま、うちも最近は店頭より直接卸す固定客が増えてきたけどな。とある商館なんかは来客用に常時果物を買ってくれるし」
「良いですねえ。私ももう少し単価の高い商売をしたいです。やはりなかなか数をこなしても売上が……」
大掃除も終わったことだし、年末に向けて、また何か商売のネタを考えないとな。
そう、大掃除はあの一件のあと、すぐに片付いた。
テナが、ご褒美ですよといって、一人で残りの結界をさっさと張ってしまったのだ。
それなら最初からやってくれよと言いたい気持ちもあるが、そうしていれば、フューエルとその親友の仲直りはならなかっただろう。
エームシャーラ姫は治療がうまくいったようで、順調に回復している。
フューエルは毎日お見舞いに行っているが、特にデレることもなく、相変わらず口喧嘩をしているらしかった。
退院したら、一度国に帰るらしいが、それはもう少し先のことだ。
一方、今回の不祥事の責任を負うこととなったローンはしばらく謹慎していたが、エームシャーラ姫と俺の嘆願書により、軽い沙汰で済むらしい。
俺のサインに効力があるのかなあ、と思わなくもないが、神殿元貫主のヘンボス爺さんに相談した所、自分よりも効果的だと言われたので、漢字のフルネームでサインしておいた。
実際、ローンはあまり怒られなかったようなので効いたのだろう。
この貸しはエディにつけておこう。
そのエディとはしばらく会ってないが、どうしてるんだろうな。
あと、フューエルとも目一杯いい感じになった気がしたのに、その後、なんの進展もない。
どうしたもんだろうな。
まあ、俺も奥手だしな。
薄暗い通りを、三人で話しながら歩いていると、突然後ろから声が掛かる。
「ハビィ! こんな時間にどこいくの?」
振り返ると、大きな岡持ちを抱えたいい女が立っていた。
だが、声をかけられたのは俺ではなく、パン屋のハブオブのようだ。
「お、お嬢さん。配達ですか?」
「そうよ、レキーラの宿屋でパンが足りないって言うから」
「こんな時間に、ご苦労さまです」
「お連れさんはお友達?」
「え、ええ。同じ商店街の。今から飲みに……」
「へえ、珍しいわね。あなた、うちにいた時は全然、そういうの行かなかったじゃない」
「いや、あの頃は……」
「あはは、まあうちもお給料少なかったしねー。そうだ、もう仕事上がるから、何かごちそうしてよ」
「で、でも、連れが……」
「じゃあ、他にも二人連れてくるから。ね、そっちのお兄さんもいいでしょ?」
と俺に話かける。
「もちろん、美人のお誘いを断る野暮はここにはいないさ」
「そうこなくっちゃ。お店どこ?」
「この先の双子の満月亭が行きつけなんだけどね」
「じゃあ、そこで良いわ。すぐ行くから」
そう言って彼女は岡持ちを抱えて走っていった。
その後姿に手を降っていると、後ろで固まっていたエブンツが俺に食ってかかる。
「お、おい、何勝手に決めてるんだよ、し、知らない女の子と酒とか、飲んだことねえぞ」
「いいじゃねえか、いい機会だ。練習だと思って頑張れ」
「頑張れって、何をどうすれば……」
「いいか、まずカッコつけようとするな。お前はいいやつだが、あんまりかっこよくはない。無理をするとボロが出る。普通で十分だ」
「ふ、普通ってなんだよ! 俺は女の子と飲んだことないって言ってるだろ!」
「あー、じゃあ、あれだ、親戚の口うるさいおばさんの前でおとなしく飲む、みたいな」
「それが普通なのかよ」
「普通じゃないかもしれんが、方向性としてはそんなもんだ」
「わ、わかった」
「あと自慢話もするな。聞かれたことは話を半分ぐらいに削って程々にな。女の子にマニアックな説明とか薀蓄とか語るな。基本的に頷いて肯定だけしてろ。食事一回分ぐらいならそれで保つ」
「ほんとか?」
「まあなんだ、とにかく、可愛い子が居てもいきなり狙おうとかするなよ」
「わ、わかってるよ」
「とにかく大事なのは慣れだからな。大体、お前んちの客は大半が女性だろうが」
「そうなんだけどよう。それにしても、あれがハブオブの彼女か。田舎から出てきたにしては随分垢抜けてるよな」
エブンツがハブオブの肩を叩きながら言うと、ハブオブはモゴモゴと、
「い、いや、彼女は……」
言いよどむ。
代わりに俺がつっこんだ。
「バカおめえ、あの子が田舎から出てきたように見えるか? だいたい今の会話聞いてりゃわかるだろう。大方ハブオブがこの街で修行してたパン屋の娘ってところだろう」
「よ、よくわかりますね」
俺の単純な推理に驚いてみせるハブオブ。
「いや、わかるだろう。で、ハブオブに惚れてると」
「なに、じゃあお前、二股か?」
とエブンツ。
「ち、違いますよ、僕には故郷に……」
「だから二股なんじゃねえか」
「彼女とは、別に……その、良くして下さいますが」
「くそう、なんでお前らはそう……」
嘆くハブオブの頭を叩く。
「やっかむな。あと間違っても余計なこと言うなよ。お前は女の子の前でさわやかにする練習だけしてろ」
「そういうお前はどうするんだよ」
「俺は美人がいると酒がおいしくて嬉しいな」
「くそう、余裕かましやがって」
打ち合わせを終えて、俺達は店に入る。
ここはエブンツの義弟が料理人として働く、大きな料理屋だ。
いつも繁盛している。
店に入ると馴染みの女給ハンプスがやってきた。
「あら、お揃いでようこそ。いつもの席でいい?」
「やあ、ハンプス。今日は待ち合わせでね、奥は空いてるかい?」
「大丈夫よ。相手は美人?」
「君と比べなければね」
「相変わらずお上手ね」
「今日はよろしく頼むよ」
そう言って、彼女にチップを多めに渡す。
「まかせて、私のジェラシーをたっぷり振りかけてあげる」
案内された奥のスペースは半分囲われた小部屋になっており、ランプも一段暗く雰囲気が出ている。
「へえ、こんな部屋もあったんですね」
ハブオブは素直に感心しているが、エブンツは俺に向かって、
「なあ、ああいうやり取り、どこで覚えるんだ?」
「どこって、どこだろうな?」
「はあ、どう考えても理解できん」
「人には向き不向きがあるんだよ。それよりせっかくだ、いい酒を頼もう」
「先に頼むのか?」
「何があるか、確認しないとな」
「そろそろ、来るかな?」
「来るわけ無いだろう。女の支度は遅いぞ」
「そ、そうなのか? たしかに、うちの妹も出かけるときは時間かかるな」
「そうだろ」
「でも、どんな子が来るんだろ? なあ、俺、変なカッコじゃね? 笑われねえかな」
「気にし過ぎだよ、でも気は抜きすぎるな。本気で全力を出して、普通にしてろ」
「お、おう」
「ま、酔わない程度に食前酒でもちびちびやって待つのさ」
そう言って、シャンパンを頼む。
ただのスパークリングワインだが、シャンパーニュ地方がなくてもシャンパンで通じるあたりが、俺の脳内翻訳のいい加減なところだな。
「うわあ、なんかすげぇ緊張してきた」
とエブンツ。
「お前は少し飲んどいたほうがいいかもな」
「酒の味がわかる気がしねえ」
「青春の味だと思え。それよりお前、乾杯の仕方ぐらい練習したほうがいいな。ご婦人はそういう所を割と見てるからな」
「乾杯にやり方とかあるのかよ」
「あるよ、まずグラスをこう持ってだな……」
付け焼き刃の特訓をしつつ、ボトルを半分ほど開けたところで、美人が三人やってきた。
「おまたせ、先に始めてくれてても良かったのに」
ハブオブの彼女(?)がそういってわらう。
笑顔の魅力的なお嬢さんだな。
「いえ、そんなには待っていませんよ。さあ、どうぞ」
ハブオブが女性陣を席に招く。
こう見えて、ちゃんとハブオブはエスコートできるようだ。
まあ、そうじゃないとモテないよな。
俺も立ち上がって、応対する。
エブンツもワンテンポ遅れて俺の真似をしたようだ。
そこに、いいタイミングでハンプスが極上のワインを持ってきてくれる。
後で請求が行ったらアンに怒られそうなやつだが、ここは友人二人のために俺のおごりだ。
「では、乾杯」
俺が音頭を取って六人の男女が乾杯する。
エブンツはうまくやったようだ。
細長いテーブルに、男女向かい合って座る。
「ねえハビィ。まずはお連れさんを紹介してよ」
ハブオブの彼女がそう言うと、ハブオブはおずおずと紹介を始めた。
「え、えっと、隣がサワクロさん。最近商店街に越してきたのですが、チェスなどのゲームの商いをされています。とても商才がお有りで、先の祭りでもいろんなイベントを企画していただいて、大成功でした。そうだ、お嬢さんも食べられたでしょう、あのホットサンドは彼の考案なんですよ」
「へえ、あれはとても美味しかったわ。父も参考にしたいって言ってたもの」
続いて、エブンツの紹介。
「そのとなりがエブンツさん。うちの隣で果物屋をやっています。山向うの農園から仕入れた新鮮な果物は、ちょっと高級ですけど土産物などに人気があります」
まるで見合いだな、と思いつつ、だまってハブオブの説明を聞いている。
「最後に、僕がハブオブです。パン屋をやっています。以前、お嬢さんのお店で修行させて貰ってました。独立してからも、なにかとお世話になってまして……」
「ありがと、じゃあ次はこちらね」
と彼女が紹介を引き継ぐ。
「一番端の、エブンツさんの向かいがリリエラ。小麦の仲買人で私の幼なじみなの。うちの独身者がほとんど帰っちゃってたから、無理矢理誘っちゃった」
「よろしくおねがいします」
リリエラという女性は頭を下げる。
年の頃は二十二、三かな。
フューエルと同じぐらいだろう。
一見シックだが、かなりいいドレスを着ている。
相当なお金持ちと見た。
でもたぶん、俺の両隣の男性陣は気づいてないだろう。
なんで俺が気づくかといえば、フューエルが同じブティックのスーツを着ていたからだ。
襟元の意匠が特徴的なんだよな。
ちなみに、俺が今シャツの上から羽織っているベストも、同じぐらいのグレードのものだ。
テナ曰く、悪目立ちせず、わかるものだけわかる格好をするのが身だしなみの基本だとかなんとか。
「真ん中がエメオ、ハビィと入れ違いに入ったうちの職人よ。半年で見習いから正規の職人になったの。ハビィよりも優秀かもよ」
それを聞いたハブオブは素直に驚いてみせる。
「それは凄い。あの親方が半年で認めるとは」
「でしょう」
そう紹介されたのは、まだ少女の面影を残す、小柄な娘だった。
可愛い顔を俯けて、恥ずかしそうにしている。
頭にニットの大きな帽子を被ったままなのが気になるな。
どうも人間ではなさそうだし、耳でも隠してるのかな?
体系的にはうちのモアノアに似ているので同じ種族かもしれないが、ちょっとわかりづらいな。
あるいは帽子の下に小さな角でもあるのかもしれない。
だったらスィーダと同じガモス族かな?
それはそれとして、かなり胸がでかい。
背が低い分際立って見える。
でかいなあ。
「うちの住み込みで、ほっとくとパンばかり作ってるから、今日は無理矢理連れだしてきたの」
「お嬢さん、無理矢理ばかりじゃないですか」
「何を言ってるの、そんな都合よく女の子は余ってないのよ。最後に一番余ってた私がチュリエッテ。ウェリオッタ・パン工房の娘よ。生憎とパンを焼く腕は微妙なので普段は事務仕事をしているの。よろしくね」
少々皮肉の効いた自己紹介が終わる頃には、料理が運ばれてきた。
ちょっとしたコース料理だ。
話のペースは、パン工房の娘であるチュリエッテが握る。
彼女の話術はなかなかに巧みで、街の時事ネタから異国の話題まで、豊富に飛び出してきて、実に楽しい。
何より、ハブオブがそれを楽しそうに聞き、チュリエッテもまたハブオブを楽しませるために話題を選んでいるようだ。
良いカップルじゃないか。
惜しむらくは、自分たちが良いカップルであるとの自覚が、ハブオブに無いところだな。
彼女もヤキモキするだろう。
話題が落ち着いたところで、チュリエッテが手にしたグラスを眺めながら、こう言った。
「それにしても美味しいワインね。聞いたことのない銘柄だけど、高いの?」
「チュレ、料理の値段を聞くなんて、はしたないわよ」
お金持ちの友人、リリエラがたしなめる。
「あはは、ごめんごめん。でもハブオブ、結構儲かってるんだ」
「いえ、それほどでも」
頭をかいて恐縮するハブオブ。
「独立するって言った時、お父さんも結構ショックだったみたいだけど、うまく行ってよかったわね」
「親方には、ご迷惑をかけてばかりで」
「むしろ、将来のライバルは今のうちに潰しておいたほうが良いんじゃないって、私は言ったんだけど」
「お嬢さん、そりゃあんまりです」
「あんまりなのはあなたよ!」
俺もそう思うが、少しは助け舟を出してやろう。
「チュリエッテさん、ワインがお気に入りなら、もう一本頼みましょう」
俺が提案すると、目を輝かせて、
「え、いいの? じゃあ頼んじゃお。おねーさーん」
チュリエッテは大声でウエイトレスを呼ぶ。
やってきたのは馴染みのハンプスだ。
エブンツの妹の友人らしいが、ここに来るといつも給仕してくれる。
愛想とスタイルが抜群に良い女性だ。
「ごめんなさい、それはもう切らしてて」
「あら、残念」
「代わりに、似た系統の味で、こういうものが」
さりげなく今のやつの三倍高いワインを勧める。
勧めながら俺にウインクしてくるあたり、ハンプスも強烈だな。
「じゃあ、それでお願い」
ノーウエイトで注文するチュリエッテ。
まあ良いけどな、と苦笑しながら目線を動かすと、リリエラが興味深そうにこちらを見ていた。
なんか試されてる気がするぜ。
「リリエラさんも、なにかお好みのものがあればどうぞ」
「そうね。じゃあ、私は……」
と最初のワインの半額ぐらいのやつを頼んでくれた。
あ、この金持ちお嬢さん、いい人だ。
「エメオさんはどうです?」
俺の正面にいるニット帽の少女に声をかけると、こちらは必死に目の前の料理を食べていた。
「え、あ、おいしいです」
そう言って食べる手を休めてうつむく。
「お口にあってよかった。ここは庶民的なものから、ちょっと気の利いたものまで色々出してくれるので、重宝しているのですよ。彼の義理の弟も料理人をしていて、これがまた腕がいい」
隣のエブンツを見ると、こちらも黙々と食べていた。
「ん、なんだ?」
食べながら俺に尋ねるエブンツ。
「いや、なんでも」
「それよりもこの肉、すげー柔らかいぞ。なんの肉だ?」
「羊だよ、子羊」
「まじで、羊ってもっと臭くないか?」
「子羊だとこんなもんだ」
「へえ、すげえな。うちのあたりじゃ鹿か猪しかいなかったからな。この店、こんなのもあるのか」
あれだけ緊張してたくせに、いざ美人を前にしたらそっちのけで飯を食ってるんだから、こいつも大物だよ。
そんな風に楽しい合コンは続く。
ついでに高価なワインもどんどん消費されていく。
「お姉さん、もう一本!」
チュリエッタが景気よく頼む度に、ハンプスが喜んで飛んで来る。
くそう、しばらく来ねえぞ。
「サワクロさん、大丈夫? 少し酔われたんじゃない?」
そこで金持ちお嬢様のリリエラが俺に話しかけてきた。
「なに、ちょっと夢見心地でね、少々刺激的だけど」
「ふふ、チェスのお仕事というのは、儲かるんですの?」
「いやあ、ああいうものは、子供相手に数を稼ぐか、高級志向でマニアに売るか、いずれにせよニッチな商品ですよ。それに引き換え、小麦を扱うとなると、規模が違うでしょう」
「そうですわね、ただ、相場の変動が大きく、いつも綱渡りですの。自然の影響も受けますし。そこは果物もそうでしょう?」
リリエラが今度エブンツに話を振るが、振られたエブンツは、まだ飯を食っていた。
「え、いや、あの……なに?」
「果物の相場も安定しないだろう、って話だよ」
俺が助け舟を出す。
「ああ、いや、そう、そうなんです。特に今年は夏に嵐が続いて、だいぶダメに成っちまった」
「私どもの取引のある農家でも多くの収穫が半減して、かなり大変なことになってましたわ」
「そりゃひどい。うちも実家が農園で、こっちは従兄がついでるんだけど、半分もいかれちまったら首くくるはめになっちまう」
「では、直営で小売を?」
「いやあ、うちは親父がドジって山一つやられちまって。いま農園をついでる従兄はやり手なんだけど、まだまだ数が回復しなくてね。食い扶持を稼ぐために、俺と妹がこっちに出てきて、知り合い関係のを仕入れて売ってたんだけど、これがまたさっぱり」
「あら、でも今は羽振りがよいのでしょう?」
「うーん、まあ、なんだろ、サワクロが知恵をくれたおかげで、ちょっとこう客層が変わって良くなったかな」
「サワクロさん、本当にやり手ですのね」
再び話題が俺に戻ってきた。
まあ、エブンツにしてはうまく会話できたほうか。
すぐどもって喋れなくなるしな。
「アイデアがたまたま上手くいっただけですよ。客商売は成功以上に失敗も多い。だが失敗を恐れていては、商機を逃すばかりってね」
「投資も同じですわ。私も最近、父について市場に出ることが増えてきましたけど、とても緊張するものですわ」
「でしょうね。うちも新商品を作るために、だいぶ苦労しているところですよ」
などと互いを牽制するような会話を繰り広げる。
相手が美人だと、こんな会話でも楽しいな。
そうするうちに、料理が進み、ついでにパンも出てくる。
俺の前でもしゃもしゃと食べ続けていたパン職人のエメオちゃんは、肉より先にパンに手を伸ばす。
「おいしい、これ、親方の味……」
それを聞いたチュリエッテもひとつまみして、
「あらほんと。卸してたかしら、ここ」
「それは僕が卸した分ですよ」
ハブオブが照れながら話すと、チュリエッテが身を乗り出して、
「ハビィ!」
「は、はい」
「なんでぇこの味が出せて家を継がないのよぉ! そんなに婿に来るのが嫌だったのぉっ!」
とハブオブに掴みかかる。
いかん、彼女相当酔ってた。
「はっきりいいなしゃいよ、どうなのよぉっ!」
「ちょ、ちょっとお嬢さん……」
「なにがぁお嬢さんよ、うちを出て行ったのにお嬢さんもへったくれもないでしょうがぁっ!」
慌てて俺たちが止めに入るが、結構パワフルだ。
そこにパン職人のエメオが果敢にタックルをかます。
「はにゃしなさいよエメオ! ちょっとおっぱいでかいからってこの身長差がぁあればぁ!」
まあ、確かにでかいとは思ってたんだ。
小柄ででかいのは、なかなかいいよな。
パン職人のエメオちゃんは、職人ゆえに力があるのか、あるいは胸がでかいからかは分からないが、暴れるチュリエッテをがぶり寄りで抑えこんだ。
「まったく、みっともないわね、チュレ」
呆れ顔で介抱するリリレラ。
「もぐぐ……」
酔っぱらいお嬢さんは、酔いつぶれてしまったようだ。
どうやらこれで、お開きだな。
「あの、サワクロさん、どうしましょう」
途方に暮れた顔で俺にすがるハブオブ。
元はといえば、お前がしっかりせんから悪いのだ。
「そりゃあ、お前がおぶって連れてくしか無いだろう」
「そうですよねえ……」
騒ぎを聞きつけたのか、女給のハンプスもやってきた。
「大丈夫? 水持ってきましょうか?」
「いや、ひとまず大丈夫だ。今日はもう引き上げるよ。悪いがお代はうちにつけといてくれ」
「それはいいけど、じゃあ馬車を呼ぶ?」
「そうだな……ハブオブ、彼女の家は近いのか?」
「ええ、ここからなら五分程度ですよ」
「そうか、ならいいだろう。世話かけたね」
と言って、もう一度心づけを渡す。
ハブオブが彼女を背負って、店を出た。
とんだ合コンになっちまったな。
ハブオブは途方に暮れているが、その背中でチュリエッテは幸せそうに寝ている。
「こんなパーティは初めてよ」
その様子を見たリリエラが苦笑する。
「俺もだよ」
「あら、あなたはもっと女性に苦労してそうだけど」
「まさか、俺は平凡な商人で……」
「へくしゅん」
そこでかわいいくしゃみが響く。
振り返ると、パン職人のエメオが寒そうにしていた。
俺は羽織っていたコートを彼女にさっと着せる。
身長差でダボダボだが、そこも悪く無い。
「あ、あの……」
突然のことに驚く少女に、爽やかに笑いかける。
「職人に病気は禁物。冬の夜風は体に障るからね」
「は、はい……」
ポッと頬を染めてうつむく姿は可愛い。
最近、こういうタイプは居なかったからなあ。
「あら、暖かそう。私もちょっと寒くなってきたかも」
リリエラが首をすくめてエブンツの方を見るが、話を振られたはずのエブンツはというと、
「うわ、ホントだ、こりゃ寒い。ヘックショイッ」
オーバーにくしゃみをして、羽織っていたコートのボタンを閉め始めた。
ダメだこりゃ。
振られたリリエラはというと、
「ほんと、こんなパーティ初めて」
と逆に笑い出してしまった。
「今度、埋め合わせをしますよ」
俺が謝ると、
「ええ、待ってるわ」
と面白そうに、リリエラは微笑んだのだった。
翌日、夕方になってハブオブがやってきた。
「昨日はとんだことになって、すいませんでした」
「なに、俺は楽しかったけどな。エブンツもいい勉強になったんじゃないか?」
「そう言ってもらえると……。そうだ、これ、昨日、彼女が迷惑をかけたからと彼女の実家から届いたので」
そう言って直径五十センチぐらいはある大きな円形のパンを二つ、とりだした。
「いいのかい?」
「ええ、昨日はあんなことを言ってましたが、親方のパンは僕の何倍も美味しいですから、ぜひ食べてください」
「じゃあ、いただくよ」
「それと、昨日のお代を。彼女、すごく飲んでたでしょう。かなりいったのでは?」
「なに、合コンの参加料ってのは高く付くもんだ」
「とにかく、僕もいくらかは……」
そう言って財布からお金を取り出すが、その手を抑えて、
「まあ今回はいいさ。ただ今度彼女とデートするときに、あのワインはやめとけ。とくに二本目のやつだ」
「そ、そんなに高いんですか?」
「うーん、まあなんだ、今出した分でも足りないから」
「ええ!? た、足りないというのは、全部で?」
「いや、一本で」
「そ、そんなに!?」
「まさか、あんなに飲むとはなあ」
「じゃあ、リリエラさんのは? 彼女、ああ見えてかなりの資産家なんですよ」
「ああ見えてと言うか、すごくいい服を着ていただろう」
「そうなんですか? 僕はどうもそういうのは疎くて……」
「まあ、わからなくてもいいさ。彼女のワインはむしろかなり安い。俺達でもちょっとしたお祝いなら頼んでいいレベルだな。だいぶ気を使わせたと見える」
「そうなんですか、彼女はパン工場にたまに遊びに来ていたんですが、とても気さくなお嬢様で、人気があったんですよ」
「だろうな」
「それにしても、サワクロさん。なんでそんなに高いお酒のことを知ってるんです? 僕達といった時は、一度も頼んだことが無いでしょう」
そりゃあおまえ、フューエルやエディがしょっちゅう持ち込むからだよ。
とは言えないので、
「ほら、うちの絵描きのサウがいるだろ、あいつの実家は酒蔵だから、詳しくなるんだよ」
「そういうものですか」
「それはいいんだけどな。どうするんだ、彼女のこと」
「え?」
「チュリエッテ、だったか。いい子じゃないか、彼女。お前にベタボレだぞ」
「う、やっぱり……そうなんですね。どうして僕なんか……」
「そういうのに、あんまり理由はないと思うぞ」
「でも……僕にはコラゥが……」
「コラゥ?」
「故郷の、幼なじみで……僕が街で店を出すまで、待っててくれて」
「ふむ」
「この間の祭りの最後にも来てたんです。繁盛してるところを見て、喜んでくれて……それで、その……」
「うん」
「それで、年が明けたら、い、一緒に……」
「結婚するのか」
「は、はい」
「そりゃめでたいな」
「その、支度金とかがいるので、お弁当などもそちらにお願いしてたんですが……」
「ふむ」
「まさか、お嬢さんがそこまで……あの人は誰にでも優しいから……」
「うん」
「サワクロさん、僕はどうすれば……」
そんなもんは知らん、と放り出したい気もするが、なかなかそうも行かないよな。
男の友情は淡くとも断ちがたいものなのだ。
「田舎の彼女も、人間なんだよな」
「はい……」
人間の女性は、地球のそれと同じく、やきもちを焼く。
従者のように何人もとお付き合いとは行かないもんだ。
これが貴族であれば、複数の妻を娶るのが半ば義務みたいなものなので、そこまででもないが、トラブルを避けるためにも、普通は二、三人止まりだという。
まして庶民であるハブオブが二股かけるのは、かなりハイリスクだ。
もっとも、ハブオブはそんなつもりはなかったんだろうけどな。
「それで、お前の本命はどっちだ?」
「え?」
「本命だよ。どっちが好きなんだ?」
「え……あの……」
「ふむ、言いよどむということは、あのお嬢さんにも、多少は気があるのか」
「そ、そんなことは……う、ううぅ、僕ってやつは……」
とうとう頭を抱えてうめき出した。
青春だねえ。
「まあ、なんだ。どちらを選んでも、程度の差はあれ、みんな傷つく。そういうもんだ」
「うう、僕はただ、美味しいパンを作りたかっただけなのに……」
「よしよし、まあ元気出せ。あと、あまり酒を飲み過ぎるな。こういう時に酒に頼ると、癖になって抜けられなくなるぞ」
「……はい」
「できることなら、相談にのるからな」
「ありがとう、ございます……」
そう言ってハブオブはトボトボと帰っていった。
まったく、どうしたもんかね。
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