第189話 鬼ごっこ 前編
「こんなものでどうでしょう?」
そう言ってカプルが見せたのは、ガーディアンであるクロックロンに取り付けるコンテナだ。
脚が可動する炬燵みたいな形状の天板部分に、爪を引っ掛けて固定する仕組みになっている。
爪はバネとロックでガッチリとハマるように金属パーツで出来ていて、箱自体は木製だ。
大きさは天板サイズをそのまま立方体にしたサイズだから、五十センチ四方といったところかな。
「もう少し大きくてもいいんじゃないか?」
「そう思ったのですけれど、試してみると脚があたって不便だとのことですわ。上げ底にしてマージンを取ることも考えたのですけれど、ちょっとバランスが悪いようですわね」
「なるほど、確かに蜘蛛みたいに本体部分が脚の関節より低くなる時もあるしな」
「そうですの。それで、本体側面に凹みが有りましたから、そこに引っかかるように調整してみましたわ。試しに砂などを入れてみたのですけれど、余裕を持って運べるようですわね」
「そりゃいいな、このサイズでも隊列を組めば相当運べるだろう」
「ええ。複数台で一つのコンテナを運ぶ、というのも考えておりますわ。というわけで、今日は試しに導入してみますわ。何を持っていくのが良いと思われます?」
「そりゃあ、水か氷じゃないか?」
「こんなに必要ないでしょう?」
「必要な物を実験で持って行くと、失敗した時困るだろう。水とかなら最悪のばあい、どっかに捨てることも可能だし」
「それもそうですわね」
などと言って、カプルは準備に戻る。
ちなみに今はまだ夜明け前だ。
一昨日の御茶会で精神的に疲れたまま、昨日も大掃除に行っていたので、すっかり参って早寝したせいか、こんな時間に起きてしまった。
まあ、早起き自体は慣れてるんだけど、電気のない世界で、日が昇る前に起きてもしょうがないんだよな。
アンでさえまだ寝てるし。
そこで皆を起こしちゃ悪いので、こっそり地下に降りてきたわけだ。
ここならいつでも照明と空調が完備されてるし、ミラーやクロックロンたちがいるしな。
エツレヤアンにいた頃から不寝番をしていた紅も夜はこっちにいて、今は俺のそばに控えている。
紅はミラーと一緒に、夜中も作業をしていることが多いカプル達のおさんどんなどもしているそうだ。
最近、めったに地上に出てこないサウやシャミはまだ寝ていた。
カプルは軽く仮眠をとって、コンテナの調整をしていたところだったわけだ。
準備に余念がないカプルを置いて、俺は控室にいるクロックロンを一体呼んで、魔法部屋に行く。
ここは最近オーレやウクレが魔法の修行をしている部屋だ。
「ドウシタ、ボス。遊ンデ欲シイノカ?」
「それもいいが、せっかくうちに来たことだし、お前の実力を見せてもらおうと思ってな」
「実力! 隠レンボト鬼ゴッコ、ドチラヲ知リタイ!」
「ははは、それはそれとして今度見せてもらうが、今日は戦闘でできることを知りたいな」
「戦闘カー、ソウナ、マー、我々ハ警備ト護衛ガ任務ダ、火器ノ類ハ装備シテイナイ」
「そうか」
「基本ハ肉弾戦。後ハ、ショックシールドダナ」
「それは何だ?」
「電気ヲ流シテ、気絶サセルゾ」
「穏便だな」
「我々ハ平和的ダ、ノードノ性格ノタマモノダナ」
「ノード?」
「マザーカラ分離サレタ、制御ノード。ワタシノ前ノボス、ココデハ、ノード18ヲ指ス」
「ほほう、お前たちにボスが居たのか」
「ソウ、ノード18ニハ、更ニ上位ノボスガイタ。マザーダ」
「マザーって、ミラーが言ってたのと同じかな?」
「ドウカナ。ミラーハ民生品、マザー・スクエール系列、カモ」
「なるほど」
マザーってのも複数あったのか。
「我々ハ、分散型ノ制御機構ヲ持ツ。上位トノリンクガ切レルト、新タナノードガボスニナル。上位ガ復帰スルト権限ヲ返上スル」
「ってことは、もしお前たちの元ボスが復活すると、帰っちゃうのか?」
「我々ハ契約満了ニ付キ、スデニ権限委譲済ミ。出向ノ際ニ、ボス直轄トナッタ。ボスノ上ニ立ツモノハナイ。ボス、エライ!」
「ははあ」
よくわからんが、そういうことらしい。
その後、クロックロンのオーソドックスな戦い方を見せてもらった。
なぜ、こんなことをしているのかといえば、新人の特技や欠点などはなるべく把握しておくべきだと、以前レーンにも言われていたからだ。
特に戦闘メンバーに関してはそこのところをしっかりやっておく必要があるからな。
三顧の礼で迎えたくなるような軍師をゲットするまでは、自分で頑張らないとなあ。
クロックロンはクロと同じく、四本の足を器用に駆使して素早く動きながら、敵を殴ったり突き刺したりできる。
ギアント程度なら二、三体で、ノズでも集団でかかれば勝てそうな感じだ。
数が多いことを考えれば、かなりの戦力だろう。
「防御が中心ってことだが、それじゃあ基本的には殴るか電気ショックのどちらかになるのか」
「ソウダナ」
「電気ショックってどうやるんだ?」
「コウヤルゾ」
と言って、ひょいと足を伸ばして俺の腕に触れると、ビリビリっときた。
「うわっ」
「ハハハ、本番デハ今ノ百倍グライデ、バッチリ気絶サセルゾ。ヤリ過ギルト死ヌゾ。マア、ナルベク不殺生ヲ心ガケルナ」
「暴徒鎮圧なら便利かもな。もうちょっと威嚇とか封鎖とか、そういうのに使える技はないのか?」
「ソウナ、シイテ言ウナラコレカナ。チョット離レテロ」
今度は足の付根からバリバリと放電し始めた。
「おお、こいつは効きそうだ。これなら狭い通路ぐらいなら封鎖できるんじゃないか?」
これがあれば、バリケード問題は解決ではと思ったら、
「ソウイウノニハアマリ向イテナイナ。コレハ最大デモ五分カナ。キャパシタ空、活動デキネーナ」
残念だが、そんな虫のいい話もないかあ。
「出力ヲ調整スレバ一時間グライハイケルゾ」
「それなら十分使い物になるだろ」
「ソウカ、ダッタラ技ダナ。技ニハ名前ガ要ルナ。プリーズ、ボス」
「また名前か……えーとそれじゃあ……クロックロン・コレダーで」
「オオ、強ソウダナ」
「そうだろうそうだろう、ここ一番でぜひとも俺たちを守ってくれ」
「マカセロ」
神殿の大掃除が終わったら、クロックロンを大量に導入したダンジョン探索も検討してみてもいいかもな。
年が明けたら、森のダンジョンに再び潜る予定だし、ああいう広いところはなんといっても数が必要だからな。
クロックロンと別れて上に戻ると、アンやモアノアが起きだしていた。
「おはようございます、ご主人様。下にいらしたんですね」
とアン。
「昨夜は早く寝過ぎちまったからな」
「無理をなさっているのでは?」
「他の連中はともかく、俺は大したことはしてないよ」
「だとよろしいのですが」
「とりあえず、お茶を頼むよ」
「今、お湯を沸かしますので、しばらくお待ち下さい」
台所のテーブルに腰を下ろし、朝の支度をするアン達を眺める。
気がつけば台所の配置も結構変わっていている。
こういうのも、テナの指導のおかげなのかね。
そのテナはまだ寝ているはずだが……と彼女が住み込んでいる二階の部屋のあたりに目をやると、扉が開く音がした。
ちょうど起きたところかな。
耳を澄ますと、廊下を歩く音、ついで階段の軋む音、あとは無音だ。
ここからだと階段は寝室スペースの反対側だが、目隠しの衝立が幾つかあって見えない。
一分ほどして、テナが台所に現れた。
「おはよう、テナ。早いな」
「まあ、紳士様こそ……おはようございます。昨夜はしっかりとお休みになれましたか?」
「ぼちぼちね」
「冬の夜は長いもの。あまり早く寝すぎては、皆も退屈しましょう」
「気をつけよう」
アンが入れてくれたお茶を、テナと二人ですすっていると、セスやクメトスなど、早起きな連中が起き始めた。
ここからいつもぎりぎりまで粘るデュースや燕たちまでが断続的に起きてくるわけだ。
お茶を飲んで温まったところで裏庭に出る。
まだ西の空は真っ暗だが、真上を見上げると、ほんのり明るくなっている。
足元も真っ暗だが、裏口と、トイレを結ぶ経路には常時ランプがかけてあって、夜でも一応歩ける。
トイレが外にあるのは仕方がないとして、屋根ぐらいは付けるべきだよなあ。
あと馬小屋に行くルートも。
裏口から出て左手、集会所の裏手は、うちの馬小屋になっている。
ここも古い倉庫だったらしいのだが、引っ越してきた時に改装して、今は花子達の小屋になっているわけだ。
馬も何頭もいるからな。
さらに、その先には牛娘親子のパンテーとピューパーが暮らしていた家もある。
年内いっぱいの契約だったところを、メイフルがとりあえず買い取ったと言っていたので、あれも何かに使うのかもしれない。
不意にそばからゴソリと音がして目を向けると、クメトスの内弟子であるスィーダのテント内に明かりが灯る。
更にゴソゴソと音がして、誰か出てきたと思ったらフルンだった。
「あ、ご主人様、おはようございます! 早いね!」
「お前もな。今日はそっちで寝てたのか」
「うん! エットとオーレも一緒!」
残りもゴソゴソと出てきて、俺に挨拶をすると、揃って朝の運動を始めた。
この寒い中、しかも寝起きなのに、果てしなくタフだな。
それを眺めているうちに、徐々に景色の輪郭が浮かび上がってくる。
ここまで来ると、後は急に明るくなるんだよな。
「あ、判子ちゃん、おはよう!」
フルンの声にそちらを見ると、おとなりの裏口から判子ちゃんが出てきた。
手には桶を持っている。
朝晩水汲みをするのが、彼女の日課だからな。
「おはよう、判子ちゃん。寒いと大変だな」
俺が話しかけると、五秒ほどの間を置いて、めんどくさそうに返事を返した。
「そちらこそ、毎日お墓に潜って、大変そうですね」
「まあね、たまには君も違うところに足を伸ばしちゃどうだい?」
「それはあなたがご自由にどうぞ」
それだけ言うと、井戸に向かって歩き始める。
が、不意に立ち止まって、こう言った。
「やってくる人間もいれば、出て行く人間もいるのです。せいぜい、利用されないようにすることですね」
「うん?」
「あまりトラブルを起こさないでくださいということです。あなたが何もしなければ、私は毎日、美味しいお茶を飲むだけで過ごせるんですから」
「なるべく、気をつけるよ」
井戸で水を汲む判子ちゃんを遠目に眺めながら、彼女のセリフの意味を考える。
やってくるってのは、彼女が言うからには異世界からやってくる、俺やネトックのような連中のことだろうな。
じゃあ、出て行くってのはその逆で、この世界から出て行く人間がいるってことか。
ネトックの断片的な話によると、すごく技術が進めばそういう次元を超えるようなことも可能になるっぽいが、この世界でもそんなことが可能なんだろうか?
たしかに、ステンレスの遺跡を作った連中は、地球なんかより遥かに進んでそうに見えるが、それは紅やミラー達を作った文明なんだよな。
それと比べると、判子ちゃんは更に訳がわからないレベルの高度な技術にも思えるが……。
いや、でもそういえば判子ちゃんは前にアヌマールにやられそうになってたよな。
となるとそこまで圧倒的な差があるわけじゃないのか?
それとも、アヌマールってのは、実は判子ちゃんレベルの何かを持ってるんだったりして。
そういえば、ここの判子ちゃんと、彼女の(本体)とかいう判子ちゃんはまたなんかギャップがありそうだったしなあ。
うーん、わからん。
それよりも外に出てて冷えきってしまったので、朝風呂にでも入って誰かのおっぱいでも眺めて温まろう。
おっぱいを見てると、いいアイデアが浮かびそうな気がするしな。
数時間後。
俺は再び神殿地下のダンジョンに居た。
今日は地下十一階だ。
ここのダンジョンは十三階までが管理下にあるので、あと全部で三層ということになる。
「ってことは、あと三日で終りか」
と俺が言うと、僧侶のレーンがこう答えた。
「残念ながら、この階層には二箇所ずつ張ることになります。つまり最短で四日ですね」
「なぜだ? ルート的な問題か?」
「いえ、それはうまく三箇所ずつで分断できるのですが、異なる質の結界を張るのです」
「というと?」
「大雑把に言えば、単純に強い魔物に特化した結界と、先日のコボットのように極端に数が多く組織だった、いわゆる軍隊を弾く結界ですね」
「しかし、結界はあれじゃないのか、数の多いものも弾くんじゃ」
「あれは限られた範囲でそうするというだけで、こちらは長い隊列などを検知する特殊な結界なのですよ。なんでも複数のトリガーで起動する結界をどうこうするといった仕組みらしいのですが、詳しくはわかりません」
「ほほう」
「で、その為に、この階層にある長さ百メートルの一本道の回廊に結界を張るのです」
「なるほど、そこを通る軍隊を弾くという仕組みか」
「その通りです」
「随分と丁寧にやるもんだな。エツレヤアンの神殿とか、一箇所しかなかっただろ」
「あそこは民間人が薬草の採取などもするので、かなり強めに制限をかけているんですよ。強くするのはむしろ簡単……というと語弊がありますが、まあ運用しやすいものです。なんでも排除すればいいのですから。逆に細かく階層ごとに分けたいとなると、こうやって手数が増えるわけですね」
「なるほど」
「しかも、ここから先は三層とも同じ強度の結界を貼ります。」
「想像以上に念入りにやるんだな」
「私も結界は門外漢ですが、強い魔物だけを弾くというのは、それだけ厄介なもののようですよ」
「なるほどねえ」
十階までは墓所が続いていたが、ここからはまた景色が変わってくる。
風化しているが、どうやら元は綺麗に磨き上げた大理石のようだ。
「見ての通り、この辺りはマーブルで出来ています。地上ではあまり見られないので、魔界起源のダンジョンではないかといわれていますね」
とレーン。
「ほほう、ってことは、下から掘り進んできたわけか」
「はい。とくにここから十三階までは、細い通路の迷路になっていて、明らかに迷宮としての意図をもって作られたのではないかと言われていますね。古い記録によれば、そこから魔界に通じる道は三本。それぞれがいつ作られたかは不明ですが、この上層の墓所を作るときに封印したっきり、現在は立ち入りが禁止されています。もっとも、魔物は勝手にやってくるわけで、あまり意味が無いのですが」
「勝手に潜る冒険者もいるのかな?」
「いるかもしれませんが、どうでしょうか。より強い魔物を求めるような連中は、魔界にいると思いますし、よほど酔狂なものでなければ、それ以前に十分稼いで、何か別の商売などを始めているのでは」
「そんなもんか」
「一生を冒険に費やす者は、多くはありません。商店会長のオングラーさんやシーリオ村のコン先生なども、すでに現役を退いて居られます。だいたい、四十から五十で引退、というのが一般的なようですね。もっとも、その歳まで現役で無事に乗り切れる冒険者は多くはないようですが」
「なるほど」
冒険倶楽部を考えるにあたって、冒険者についても色々調べてはいるんだよな。
ただ、千差万別でこれといったスタイルがあるわけではない。
ずっと個人やペアで活動したり、多いものだと百人規模の集団を運営して、半ば傭兵団のような連中もいると聞く。
言ってみればハイリスクハイリターンな肉体労働だが、猟師の一種だと言えなくもない。
野山の代わりにダンジョンをかき分け、肉や毛皮の代わりにコアを得る。
危険度も、魔法を使うような上位種を除けば猟と変わらないようだ。
凶暴な熊ならギアントより手強いし、たいていの猪は、コロコロより強い。
その認識はいいとして、実際の猟師がどういう風に組織だって活動していたのかの知識がないので、あまり役には立たないんだよな。
プログラマーの業務から類推できるものだと助かるんだけど。
まあ横着せずに、丁寧に調査やヒアリングを進めていくべきだろうな。
三時間ほどが過ぎた。
フューエルは無事に十階の長い回廊に結界を張り終える。
「おつかれさん」
「こういう広い奴は疲れますね。テナのように有り物の御札でしのげればいいのですが」
「あれはやはり難しいものなのか?」
「自分の書いた結界となじまないのですよ。そういうところでほころびが出るのですが、テナはうまくそれを吸収してしまいます。以前聞いた時は、心を自由にして相手に合わせるのだと言っていたのですが、何が何やらさっぱり」
誰かさんはワンマンだからなあ、と危うく口にしかけた言葉を飲み込んだ。
「終わったんなら帰ろうか。テナ達はすでに上で待ってるそうだぞ」
「そうですね、くつろぐにもここはあまりに殺風景……」
と当たりを見回していたフューエルが、急に目を留める。
「あれは何をやっているのです?」
彼女が指差した先では、カプルが何やら地面をほじくっていた。
「何やってるんだ?」
俺にもさっぱりわからなかったので聞いてみると、カプルは床に転がる割れた大理石を担ぎ上げる。
「大理石というのは、石灰と同じだとミラーが言うものですから、ひとつ持って帰ってみようかと」
「あー、そうだったっけ」
「石灰が熱で変化したもの、らしいですわ。これを焼くなり何なりすれば、石灰が得られるという話ですわ」
「ほう、そうなのか」
「あとは、貝殻でも良いという話でしたので、漁師の方にお願いして、今度分けていただくことになっていましたの」
それを聞いていたフューエルが、
「石灰……とはなんなのです?」
「フューエル様は、都の白園離宮をご覧になったことはありません?」
「ありますよ、真っ白い外壁のテラスがあるところでしょう」
「そうですわ、あの白い漆喰の元になる、とても高価な素材なのですが、なんでも鉄の層の、あの灰色の石を作る元にもなるのだとか」
「まあ、それは興味深い」
「とにかく、ダンジョンを破壊するわけにも行かないので、こうして崩れた部分を探していたのですわ。この程度のサンプルなら、頂いても支障が無いでしょうし」
そう言って、連れて来ていたクロックロンの背負った箱にそっと入れる。
「さて、お待たせしましたわ。引き上げましょう」
帰り道、カプルは石灰に関して調べたことを話す。
「素材としては知っていたのですけれども、やはり魔界でしか産出しないということで、地上ではほとんど使われることがないのですわ」
「そう言ってたな」
石灰なんてどこにでも溢れてそうな気がするが、やっぱりこの地上が人工物っぽいところが関係してるんだろうか。
「エリスタール公国という国では、鉄の層からの鉄の掘り出しが盛んなのですが、特にそこでも石灰を扱う技術は無いようで」
「ふむ」
「ただ、魔界には石を作る術というのがあるそうで、眉唾だと思っていたのですけれど、もしかしたらセメントというのがそうなのかもしれないと思いあたったのですが……」
「ですが?」
「どこでその噂を聞いたのかが思い出せず。シャミも知りませんでしたので、修行時代ではなく、一人でこもって箱をつくっていた頃にでも聞いたのかもしれませんわね」
「ふむ、しかしそれならそれで、魔界に詳しそうな情報源を探せばいいわけだな」
「それがこの国ではなかなか困難なのですわ。というわけで、ご主人様にはぜひとも頑張っていただきたいですわね」
「カプルも難しいことを言うようになってきたなあ」
「そろそろ、ご主人様の色に染まってきたのだと思いますわ」
「嬉しいことを言うねえ」
俺とカプルの会話をそばで聞き流していたフューエルは、なにか言いたそうに見えたが、何も言わずに、弟子のウクレと並んで歩いていた。
ウクレはすっかりフューエルに懐いちゃって、最近あんまり俺にかまってくれない気がする。
ちょっとさみしいぜ。
そういや、家でも家事のほかはずっと地下にこもって修行してるし、他の年少組とちゃんと遊んでるのかな?
といっても、年少組と一括りに呼んでいるが、ウクレはこの世界ではもう十分成人と呼べる年齢だし、長耳のアフリエールや牛娘のリプルだってそう違いはない。
猿娘のエットや犬耳のフルン、魔界生まれのオーレはまだだいぶ子供っぽいが、うちで文字通り子供なのは馬人の撫子と牛娘のピューパーぐらいなんだよなあ。
あと、たぶん火の玉っ子のクントも。
そのあたりはやはり、俺が責任をもって遊んでやらんとなあ。
それはそれとして、新入りのクロックロンの相手ももう少しするべきだが。
朝は実務的な話だけだったので、次は雑談か。
少し遅れて荷運びをしていたクロックロンに話しかける。
「コンテナの塩梅はどうだ?」
「バッチリフィット、軽快ナフットワークヲ御覧ジロ」
と言ってちょこまかと歩きまわる度に、中の石が動いて箱が壊れそうになる。
木箱だしな。
「クロックロン、そんなに動くと荷箱が保ちませんわ」
とカプルがたしなめる。
「オットソイツハ盲点。モット頑丈ニタノム。ワタシノ可能性ハコンナモンジャナイヨ」
「次は鉄で作りますわ」
他に話すことがなにかあったっけ、と二秒ほど考えてから、
「ところでお前の仲間はどうしてる?」
「モットモアグレッシブナ奴ハ、現在南方五百キロニ到達。新記録、ブラボー」
「五百キロってお前、どうやったらそんなに」
「海流ニ乗ッテドンブラコ」
「優雅だな」
大海原をさまよう姿を思い浮かべる。
それだけ南下すれば結構暖かそうだなあ。
いや、そもそも、ここは北半球なのか?
地軸の傾きとか四季とかどうなってるんだろう。
俺もたいがい、無頓着だなあ。
紅かミラーに聞けばわかるかな、と考えていると、先に紅が話しかけてきた。
「セスに同行しているミラーから連絡です。またコボットの群れに遭遇した、とのことです」
「またかよ、大丈夫なのか?」
「あちらは今のところ大丈夫です。ただ、先ほど我々が居たのと同様の一本道に閉じ込められているそうです。張ったばかりの結界があるので、そこで防いでいるようですが、現状で突破は困難かと」
「あまり大丈夫じゃなさそうだな」
「現在、魔物の分布を調査中ですが、非常に多くの魔物が、地下十一層と十層に分布しています。我々もこのままでは閉じ込められます」
「まずいな」
「誘導します、まずは九層まで脱出すべきです」
一瞬、セス達が気になったが、ここで俺たちも孤立しては救援も困難になるだろう。
「よし、とにかく脱出だ」
「では、先導します」
すでに撤収中だったので、俺達は小走りに上を目指す。
紅は来た時とは別のルートを通るようだ。
「物理結界はどうでござるか?」
コルスがフューエルに確認すると、
「あれはあまり自信がないのですが」
「拙者も、数が多いと厳しいでござるな」
「代わりに精霊に守ってもらいましょう」
そう言ってフューエルは、色とりどりの光の玉を呼び出す。
「テナの結界ほどあてにはなりませんから、基本的には盾で防ぐように」
とフューエル。
「次の角、右手にコボットの一軍が居ます。足止めが必要です。オーレが先頭を凍結させるのが良いかと」
紅が指示を飛ばすと、コルスがオーレを誘い前に出る。
「拙者がフォローするでござるから、躊躇なく前に出て、確実に凍らすでござるよ」
「わかった、やる!」
小走りのまま二人は先行し、分岐路で立ち止まる。
すぐに矢が数本飛んできたが、それらはすべてコルスが叩き落とす。
同時に、オーレが呪文を唱えた。
通路から白煙が流れてくる。
氷結呪文が決まったのだろう。
コルスがこちらに合図をよこし、俺達は一気にそこを走り抜けた。
途中ちらりと見ると、細い通路の床や壁に凍りついたコボットが十匹以上いた。
そしてその向こうには無数のコボットがワラワラといる。
「この先、十階への階段です。予定より五秒遅れています。急いで」
紅に急かされて、俺達はペースを上げる。
軽装の革鎧とはいえ、みっちり着込んでると重さよりもごちゃごちゃして走りづらいんだよな。
「デュース、登り切った小部屋の右手、東側の通路からコボットが迫っています」
再び紅。
「そうですねー、では雷撃で貫通しましょうかー。近くに他のパーティは居ませんかー?」
「この近くには確認できません」
「了解ですよー」
ついで紅はコルスに向かって、
「コルス、護衛をお願いします。私はナビに専念します」
「了解でござる」
丁度目の前に現れた階段を、コルスが一気に駆け上る。
ついで肩で息をしながらデュースも上る。
俺たちは警戒しながら、そこで一旦まつ。
五秒ほど経って、バリバリとすごい音がした。
「行きましょう。登ったら正面の通路です。カプルは殿を」
「かしこまりましたわ」
俺たちは一列になって階段を駆け上る。
十階に出ると、強烈な肉の焼ける臭がした。
ひでえ匂いだな。
だが、俺達は悪臭を堪能するまもなく、再び走り続ける。
「遅延が解消できました。このペースを維持してください、マスター」
紅はそう言うが、結構息が上がってきた。
俺もたいがいだが、デュースも相当しんどそうだ。
「どうする? オーレ、担いで飛ぼうか?」
オーレがデュースを心配するが、空中をショートカットできるならともかく、一本道だとたぶん走ったほうが速いんだよな。
「だ、大丈夫ですよー、さ、最近は少し痩せましたしー」
「ほらデュース、喋ってないで走らなければ」
とフューエルも急かす。
こっちは結構余裕あるな。
「いけません、敵が進路を変えました。背後に回りこまれます」
と紅。
「十秒後に背後が敵の射程に入ります。合図をしたら、マスターとカプルで後方に盾を。初撃を凌いだ後に、魔法攻撃を行ってください」
忙しいな。
とにかく、盾を構え直して。
「構えてください!」
紅の合図で、俺とカプルは立ち止まり片側の壁に身を寄せながら、盾を構える。
その後ろに残りのメンバーが隠れると、すぐに矢が数本飛んできた。
入れ違いにデュースが火球を大量に飛ばし、ついでフューエルが、何かよくわからない光の弾を放った。
「敵は若干後退しました。今のうちに行きましょう」
その後も必死に走り続け、どうにか九階までたどり着いた時には、全員汗だくになっていた。
「こ、ここなら安全なのか?」
「五分は大丈夫です」
と紅。
「それだけかよ、とにかく、少し水」
腰の革袋からグビグビと水を飲んで、人心地つく。
さて、ここからどうするかだな。
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