第182話 鉄分
「シロプス殿は、姫にお仕えして長いのですか?」
せっかくなので、俺を警護してくれている、かわいい騎士のシロプスちゃんに話しかけてみた。
「うむ。余の氏族は代々アームターム王国に所領を与えられ、王家に仕えてきたのじゃ。特に姫君の親衛隊として、一番の武芸者が部族の代表としてお仕えする習わしでな」
「しかし、族長なのでしょう?」
「そうじゃ、成り行きでな。余があとを継がねばならぬこととなったが、余を超える武芸者が居らぬでな。領地も案じられるが、姫も目が離せぬ。まこと、宮仕えはままならぬものよ」
とカラカラ笑う。
案外、サバサバしてるな。
「それに引き換え、紳士殿はその高貴なる血筋のほかは何処にも縛られず、自由闊達にご活躍と聞く。余も今少し若ければ、槍一つで放浪の旅などもできたであろうか……」
「紳士という肩書は、自分の知らぬところで独り歩きするようで、これはこれで、ままならぬものですよ」
「はは、そうであるか。いずれの身分も、それぞれに縛られるというもののようじゃな」
「身分とは、そういうものでしょう」
「そうじゃそうじゃ、紳士殿。そこが一番、重要なところじゃよ。我が姫に置かれても、そこのところをもう少しわきまえていただきたいが、さて……」
そこでシロプスは足を止める。
「セス殿、後ろは任せたぞよ」
「お任せください」
セスはそう言って、俺の前に立つ。
どうやら敵らしい。
シロプスは、肩に担いだ手槍を握り締めると、数回しごいて、足を一歩踏み出す。
更にもう一歩、ついで踵をピシっと合わせる。
同時に、ドシンという音が響いて、彼女の周りが金色に光りだす。
「王立騎士団、七本槍が一人シロプス、推して参る! ちょいやっ!」
そう叫んで通路の闇に突進すると、たちまち剣戟が沸き起こる。
彼女の体に張られた何かの結界は、ずっと光り続けているので、闇の中でも行動がよく分かる。
どうやら相手はピンク色の変種のノズで、この階層にしてはかなり手強い相手だ。
だが、彼女は余裕を持って魔物を退けた。
俺を護衛していたセスも、感心しながらこう言った。
「姫のお連れした騎士団は、皆なかなかの手練ですが、彼女は特に素晴らしい。テナもそうですが、レッデ族というのはあの小さな体のどこにあれほどの力を秘めているのか」
「凄い力押しって感じだよな」
「それこそまさに騎士の戦い方です。純粋な力で敵を防ぎ、薙ぎ払う。私ども剣士は少数の戦いでは有利となりますが、集団戦ともなれば、あの圧倒的な力に太刀打ちできぬでしょう」
「ふむ」
逆にダンジョンだと剣士の方が有利とも言えるのか。
しかし、ダンジョンの場合は、後衛を守る壁役もいるしな。
そこにシロプスが戻ってきた。
「お見事です、シロプス殿」
「うむ。ところで、今のうちに貴殿に謝っておかねばならぬな」
そう言って、この小さなお殿様は俺に頭を下げる。
「シロプス殿、顔を上げてください。なにゆえ急にそのような」
「そもそも、姫があのようなくだらぬわがままを言わねば、紳士殿にこうして先行していただく理由もなかったのじゃ」
「そのようなことは、気にしていませんよ。それに、半分はフューエルが悪い」
「貴殿の婚約者の姫君のことじゃな」
「世間的には、そのようで」
「なんじゃ、望まぬ婚姻であったか?」
「いや、そういうわけでもないんですが」
急に柄にもなくしどろもどろになる俺。
フューエルのことだと、どうも調子が狂うな。
「はは、若さゆえのなんとやら、か。余は姫が留学中のことは存ぜぬゆえ、当時のことは詳しくは知らぬのじゃ」
「そうでしたか」
「じゃが、ここで何度かお会いした限りでも感じたが、良くも悪くも姫のお心を捉えて離さぬお方のようじゃ」
俺の腰ぐらいまでしかない、小さくて可愛い女の子が、達観した殿様口調で話す姿は、なんというか、こう、可愛いなあ。
見た目ではテナとさほどかわらなく見えるが、年齢はどれぐらいだろう。
やはり百歳前後とか、そんなところかな?
「フューエルもそのようですよ。彼女があれほどムキになる相手と言うのは、他に知りませんので」
「なるほどな。テナ殿はフューエル姫にお仕えしておると聞く。であれば、お二人の仲直りを紳士殿に託されたか」
どうやらお見通しのようで。
「では、紳士殿のお手前を、とくと拝見させてもらおうかのう」
そう言ってシロプスちゃんは笑う。
見かけと中身がぜんぜん違うなあ。
レッデ族はだいたい人間の五倍ぐらいの寿命らしいが、かといって成長速度が五分の一ということはないだろう。
少なくとも精神面に関しては。
人間たちと同じ時間感覚で過ごせば、百年の人生を歩めば百年分の経験があるはずだ。
百歳なら二十歳相当、みたいな考え方はしないほうがいいかもな。
もっともサンプルが二人だとわからないし、それ以前にシロプスちゃんの年齢を聞いてなかった。
テナがフューエルのお目付け役であるのと同様、シロプスちゃんもエームシャーラ姫の右腕なのかもしれない。
となると当然、俺の為人を見極めるために同行させたわけだ。
あまりカッコ悪い所は見せられないよなあ。
さて、どうしたものか。
せっかくだし、シロプスちゃんを参考にさせてもらうか。
そんなことを考えるうちに、ダンジョンを出た。
御茶会などしてのんびりしていたせいか、すでにフューエル達は地上に戻っていた。
「あら、紳士様。なぜセス達と? テナはどうしたのです?」
「彼女たちはあとからくるよ。それよりもフューエル」
急に真顔になって、彼女の前に立つ。
「な、なんですか、急にそんなまじめな顔で」
少したじろいで顔を赤くするフューエル。
こういう可愛い反応をされると、からかいたくなるが、今日の所はぐっとこらえて頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「は? 何故、突然謝るのです、また何かしたのですか?」
「いや、これからしようかと思って」
「何を訳のわからないことを」
「だから、ごめんなさい!」
「おやめなさい、気持ち悪いではありませんか」
「じゃあ、許してくれる?」
「子供でもあるまいし、理由も言わずに一方的に謝る人がありますか!」
「そうは言われても、俺にも都合というものが」
「そんなものは知りません!」
「ほんとうに、ごめん」
「だから何だというのです」
「実は……」
もうすぐ戻ってくるテナとエームシャーラの二人と仲良く、パエのお見舞いに行って欲しいと伝えると、フューエルは呆れた顔でこう言った。
「話はわかりましたが、それと紳士様が頭を下げることになんの関係があるのです」
「そりゃあ、もちろん……」
「もちろん?」
「秘密だ!」
「なぜ、秘密にするのですか!」
「話せないからに決まっているだろう」
「そんな馬鹿な話がありますか」
「世の中は馬鹿な話と理不尽な話で九割方できてるんだよ!」
「怪しい厭世家みたいな理屈が通じると思うのですか!」
「まあいいじゃないか、それで引き受けてくれるのか?」
「まったく……そこまで殿方にされて、断れるわけがないでしょう」
「それでこそフューエルだ。帰ったら秘蔵の酒を開けるよ」
「そんなものが隠してあったのですか。最初からそういえば、それで十分なのですよ」
「ははは、そこはそれ。俺にも都合があるんだよ」
「まったく、あなたは本当にわからない人ですね」
俺がテナの宿題をこなすために、フューエルに無理をさせるんだから、俺が謝るのが筋なんだよな。
結果的にフューエルにとって良い方向に事が進むかどうかは、また別の話であり、そこはフューエル自身が責任をもつべき所だ。
結局、仲直りってのは当事者同士でするもんだからな。
ちらりとシロプスちゃんのほうを見ると、にっこり笑って頷いていた。
どうやら、及第点ぐらいは貰えたらしい。
しばらくして、テナとエームシャーラが戻ってきた。
それを待ち受けるフューエルは、腕を組んで反り返っている。
「あら、エムラ。今日は随分と遅かったんですね」
「ええ、フムル。テナにお茶を御馳走になっていたもので」
「ダンジョンで茶会とは、随分と優雅でいらっしゃること」
「あなたこそ商人に混じって革袋のワインを飲む姿が、随分と板についているようですね」
会って早々仲いいなあ。
「では、お嬢様もご一緒いただけるので?」
テナが聞くと、フューエルはますます胸をそらして、
「もちろんです。何も不都合はありませんよ」
「結構、では参りましょうか」
エームシャーラの護衛の大半はここで別れ、俺達は少数で神殿内の病院に向かう。
賓客用の病室の一つに、パエとコンツはいた。
「おお、これはみなさまお揃いで。いたみいります」
頭を下げてコンツが皆を迎え入れる。
パエはベッドで体を起こしていたが、元気そうだ。
まあ、ただのつわりなら入院の必要もないのだろうが、貧血もあったらしく、大事を取って寝ているそうだ。
病室は賓客用というだけあって、大きな部屋に立派なベッドが置かれ、窓も大きく午後の柔らかい日差しがたっぷりと取り込まれていて暖かい。
「急な話でびっくりしたが、まずはおめでとう」
俺が代表して祝いの言葉を述べると、パエははにかんでうなずき、コンツは頭をかく。
いい夫婦だよな。
ベッドの脇にあるソファに腰を下ろして、出されたお茶をいただく。
何故か俺の両隣にフューエルとエームシャーラが座っているが、今更これぐらいで動じる俺ではない。
人心地ついたところで、ベッドからパエが改めて頭を下げる。
「本当に、このような私事で皆様に御迷惑をお掛けすることは、心苦しく思うのですが」
それを聞いたテナが、
「後のことは私が引き受けましょう」
「テナ殿にも、随分とご無沙汰をしていたというのに、このようなことまでお願いすることになりまして……」
「こんなことは、迷惑のうちには入りませんよ。それよりも、まずは体をいとうことです」
「ありがとうございます。めまいなど、今まで感じたことがなかったのですが」
「つわりの際には、よくあることです。古くより血が足りぬということで、精のつくものを食べさせると良いと聞きますが」
「医者もそのように申しておりましたが、元より、食が細い方ですし」
「そのようですね。昔会った頃と比べて、背ばかり伸びて、手足の細さはあの頃のまま」
「お恥ずかしい。神霊術の基本は体力だと教わっておりましたのに」
「人によるでしょうが、師はよくそう言っていましたね」
「あのたくましい筋肉に、幼いころは憧れたものです」
「なるほど、それであなたの夫も、彼に劣らぬ筋骨隆々とした偉丈夫なわけですか」
「いえ……それは」
と顔を伏せるパエ。
なるほど、マッチョ好きか。
それを見ていたフューエルが、
「紳士様なら、貧血に効く食べ物なども、ご存知なのでは?」
「うん? そりゃやっぱり鉄分が多いものをだな」
「鉄分? あの金属の鉄ですか?」
「あ、いや、まあ、似たようなものだが」
うっかり余計なことを言ってしまった。
「鉄と血にどのような関係が?」
「その、なんだ、血には鉄が混じってるんだよ」
「本当ですか? あのように硬いものが血に溶けるとは考えられませんが」
そこでエームシャーラ姫が、
「しかし、血には魔力の源であるエルミクルムが溶けているのでしょう? あれは元は精霊石だという話もあります。石が血に転じるのであれば、鉄もまた液体に変わることがあるのでは?」
「精霊はガスのように気体となることもあります。これは氷から水、そして蒸気へと変わるのと同じこと。ですが鉄は鉄のままでは?」
「いいえ、鉄も釜で熱すれば液体になるではありませんか」
「変化するという点では同じかもしれませんが、あれは湯を沸かす時の何倍もの熱を要するでしょう。溶けた鉄に触れただけで、人は燃え上がってしまいますし、冷めれば再び固まります。その点蒸気は一度冷ませば空気と変わらぬ温度で、宙に溶けているではありませんか」
「たしかに、血が煮えたぎっている、などという所は見たことがありませんね」
「そういえば、そういう魔法のことは聞いたことがあります。雷撃系の術で、相手の血を煮立たせるというものが……、どうでしたか、デュース」
フューエルがデュースに尋ねると、
「そうですねー、血というよりー、水分なら何でも煮立たせる術というのはありますよー。ただこれは場所を限定するのが難しく危険なので使わないですねー。味方を巻き込んでしまうかもしれませんしー。火の術でお湯を沸かすより早くて良いのですけど」
デュースが会話に加わったことで、それまで二人仲良く話していたエームシャーラが急に我に返ってツンツンし始めた。
「あら、うわさに聞く雷炎の魔女様にも不得手なことがありますのね」
「そうですねー、私は火炎が専門で雷撃はあとから学んだものですからー、相性的にも火の術が向いてますしー」
そこでフューエルが、
「ホロアが二系等の術を使うだけでも、素晴らしいことですよ。神霊術一筋のエムラにはわからないでしょうけど」
「そういうあなたは火炎魔法を無事に習得できたんですの? 火の玉フューエルさん」
「お望みとあらば、あなたのその無駄にひらひらしたフリルを綺麗に燃やすことも可能ですわよ」
「あなたに私の結界の中で、炎が起こせるかしら?」
「精霊術には結界を無効化する物もありますから」
「魔術、神霊術の次は精霊術ですか、本当に落ち着きのないこと。以前はことあるごとに雷炎の魔女のことばかり追いかけていたのに、最近では紳士様との噂ばかりが聞こえてきますわよ」
「別に噂になるようなことはありません!」
「あら、そうでしたか。では、私が噂になっても、構いませんわよね?」
そう言ってエームシャーラは、俺に腕を絡めてくる。
ついでに割りと大きめの胸が押し当てられていい塩梅だ。
二年前までの俺ならナマの感触に気が動転して、しでかしてただろうな。
だが、紳士として少なからず名を成した今の俺は、おっぱいの一つや二つどうということはないのだ。
三つぐらいだとヤバイかもしれんが。
「ちょ、何をしているのですか!」
「あなたには何もしていませんわ」
「そういうことではありません、離れなさい!」
「あら、どうしてあなたがムキになるんですの? 関係ないのでしょう?」
「一般論の話をしているのです! いやしくも王族のすることではないでしょう!」
「王族といえども私の母は傍系。国王である父上には立派な皇太子が居られます。それにスパイツヤーデのような大国と違い、我が国には紳士の血統を持つものはおりませぬ。私が紳士様の従者の末席にでも加えていただければ、むしろ国をあげて歓迎することでしょう」
「ほ、ほ、本気で言っているのですか、エムラ!」
「あら、冗談だと思いますの?」
「ひ、人の身で従者などと」
「私どもは妖精の血を引く家系。私にも小さいながら、レアルコアがありますわ」
「エ、エ、エムラ、あなた!」
見てる分には楽しいが、そろそろ釘を差さないと、ベッドの上のパエが動揺しているようだ。
うちの従者やテナは涼しい顔をしてるんだけど。
「姫さま、お戯れはそこまで。パエさんに余計な不安を与えてしまいますよ」
そういってたしなめると、
「まあ、私としたことが」
あわてて絡めた腕を離す。
「ごめんなさいね、パエさん。少々、悪ふざけが過ぎてしまいました」
そう言われて呆気にとられていたパエは、
「い、いいえ。そのようなことは」
パエはそれで落ち着きを取り戻すが、フューエルの方はますます興奮してしまう。
「やはり、冗談だったのですか! 一体何を考えて……」
そこで俺が仕方なく、
「まあまあ、落ち着けよ。姫様も古い友人に会えたことで、童心に返っただけのことだよ」
「なんですか、あなたまでエムラの味方をして。まるで私だけが子供のようではありませんか」
「誰だって子供に返る瞬間はあるものさ。だけど、本当の子供との違いは、大人に戻るタイミングをわきまえてるところだよ」
「むう、またそのように……、本当に口だけは達者で……」
ぶつぶつ言いながら、フューエルは冷静さを取り戻したようだ。
「それで紳士様、血が鉄で出来てるとはどういう意味ですか?」
とフューエル。
まだその話題を引っ張るか。
「えーとだなあ、血ってのは呼吸して吸い込んだ空気を体中に運ぶ役割があるんだよ」
「空気を?」
「他にも食べ物の吸収した栄養分を運んだりもするんだが」
「栄養……というのは、食べたら元気が出るような物、という概念的な事柄を指す言葉では?」
「概念的でもあるし、具体的なものでもあるんだよ。それを吸収して運ぶんだけど」
「どこに運ぶのです?」
「主に筋肉だな。筋肉は栄養と空気、まあ酸素とも言うが、それを元に縮んだり伸びたりするんだよ」
「そのような説は初耳です」
フューエルが驚くと、エームシャーラが、
「そういえば、古い文献で見たことがあります。骨は骨、肉は肉を作る。それゆえ、私どもの国では、小魚を骨ごと食べねば、骨の太い立派な騎士に成れぬ、などと子供に言い聞かせるのですが、それも栄養と関係しているのでしょうか?」
「体を動かす方と作る方はまた別なんですが、まあどちらも栄養ですね。それで、血が鉄で出来てるというのは……」
この説明、何処までしなきゃならないんだろう。
「鉄が空気に触れたままほっておくと、錆びるでしょう。錆びたらどうなります?」
「それは……錆びて赤い粉が浮いて、いずれはもろく崩れ……あ、ではあの赤い粉が?」
とエームシャーラ。
「そう、錆びるというのは、鉄と空気がくっついたことで変化した状態を言うんですよ。それが体の中でも起きてる。大雑把に言うと、細い鉄の粒が血の中にはあって、それが吸い込んだ空気と結びついて錆び、赤くなるという寸法です」
「では、血の色というのは、錆びた鉄の色ですの?」
「そうですね」
「言われてみれば、血の匂いと言うのは何かに似ていると思っていのたですが、あれは鉄の匂いなのでしょうか」
「ええ」
「とても興味深いお話でしたわ。紳士様は、どこでそのような知識を学ばれましたの? やはり故郷の……なんというお国でしたでしょうか」
「日本という、辺境の小国ですよ」
「さぞ優れた博士が大勢いらっしゃるのでしょうね」
「はは、まあ故郷のことは、あまり申せぬのですが」
「国交もない国のことですから、さもありましょう。ですけど、紳士様ご自身の知識を、私に教えて下さる分には構わないでしょう?」
「人の体の仕組みに、興味がお有りですか?」
「人というよりも、この世界そのものに興味がありますの。空がなぜ青いのか、魔界はなぜ赤いのか、ホロアや古代種は主人を見つけると何故光るのか、そして女神は何故そのような仕組みをもってこの世界をお作りになられたのか」
「それは、とても難しい問だ。私に答えられるのは、はじめの空の青さだけ、ですね」
「まあ、ぜひお聞きしたいですわ」
「いいでしょう。ですが今日はお見舞いの席。後日、日を改めて」
「そうでした、私としたことが、つい興奮してしまって。でも、私にばかりレクチャしていただいて、よろしいのですか? 後ろであなたのフィアンセが睨んでおりますよ」
そう言って妖しく微笑むエームシャーラ。
俺をダシにして挑発してるなあ。
「大丈夫、彼女に睨まれるのも、私の仕事のようですから」
と言うと、フューエルが、
「それはどういう意味ですか!」
「どうと言われてもなあ」
「そんなことより、私も空の色は気になります」
「じゃあ、今度姫と一緒にレクチャさせてもらおう」
「なぜ、一緒になのですか。今夜家に帰ってから教えてくれればいいでしょう」
「同じ説明を二度もするのは面倒だろう」
そこでエームシャーラが素で驚いて、
「まあ、お二人はすでにご一緒にお暮らしでしたの? もっとも、婚約はなされていることですし、お屋敷に入られていても不思議は……」
と言うと、フューエルが慌てて否定する。
「ち、違います!」
「では、今夜家に帰って、とは?」
「そ、それは、探索のあとはデュースと翌日の打ち合わせのために、一旦紳士様のお宅を訪問しているのです、そのことを指していったまでのこと」
「まあ、そんなにむきになって。あなたは昔から言い訳をするときは、後ろめたい時ほど動揺してましたわね」
いやらしい目つきで勝ち誇ったように言うエームシャーラ。
「あなたこそ、そうやって揚げ足を取る所はちっとも変わってないじゃないですか!」
「昔よりはもっとうまくなったつもりですわ」
「自慢になると思っているのですか!」
そろそろ取っ組み合いの喧嘩になりそうだったが、そこは無視してお茶をすすりながら、途方に暮れていたコンツに話しかける。
「それで、コンツ。当面はどうするんだ?」
「医者の話では、数日様子を見て問題がなければ退院して良いと」
「そうか、そりゃあ良かった。そういえば、君たちの主家にはもうこのことは?」
「昨日、手紙で伝えたところです」
「姫も喜ぶだろう」
「ええ。ですが姫は現在、都を離れ、とある山荘で修行の身。あの方のもとに手紙が届くのは、もうしばらく先のことでしょうな」
「そうだったか。君たちがいないと、彼女も寂しいだろうに」
そこでパエが、
「それが、先日、手紙が届いたのですが、何やら面白い出来事があったとか。戻ってきたら話して聴かせるので、無事に戻って来いとのお言葉で」
「じゃあ、退院後は帰るのかい?」
「そのことですが、私はともかく、うちの人だけでも探索のお手伝いをと」
「そりゃあ、コンツほどの戦士がいれば心強いだろうが、今、彼が守るべきはあなたでしょう」
俺がそう言うと、パエはポッと頬を染めてうつむく。
ほんと健気で可愛い人妻だなあ。
俺の両隣のお嬢様方に、ご指導いただきたいところだ。
あまり長居をしても悪いので、俺達はパエの元を辞した。
帰り道、フューエルはいつもの三倍はツンツンしていたが、果たして進歩があったのだろうか。
だがまあ、取っ掛かりはできたかな。
とにかく、なるべく毎日、ダンジョンに潜ることにしよう。
こういうのはマメさが一番、大事だよな。
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