第180話 パペッティ
探索をサボって、朝から暖炉の前でぼーっとしている。
ぼーっとしてるので、思考も散漫としてまとまらない。
無心でぼーっと燃え上がる薪を眺めていると、メラメラと沸き立つ炎が、生まれては消えていく。
オルビエの赤ん坊は可愛かったな。
撫子は生まれた時からすでにそこそこ育っていたので、赤ちゃんって感じじゃなかったし。
俺も結婚したら、子供ができるのかなあ。
日本にいた頃は、結婚なんて考えたことなかったけど。
それでも、故郷の友人は概ね二十代で、速いやつだと高校を出てすぐに結婚してたけど、逆にIT業界の友人知人は男女ともに独身が多くて、やっぱり住む世界が違ったのかなあ、といまさらながらに思う。
引き続きぼーっと暖炉の炎を眺めていると、ぼんやりとした赤ん坊のシルエットと、それを抱きかかえるフューエルの姿が浮かんできた。
あー、かわいいなあ、としばらく眺めてから、慌てて妄想を打ち消した。
まずいまずい、変なこと考えると、顔に出てしまう。
いや、でも……そろそろちゃんと口説いたほうがいいんだろうか。
その前に宿題か。
フューエルとエームシャーラ姫の関係修繕という、テナに出された宿題がある。
そのためには、エームシャーラ姫とお近づきにならないとな。
とはいっても、ガードが硬いしなあ。
フューエルもああ見えてガードが硬いし。
アンだって普段あんなに真面目で堅物なのに、出会って即にアレだったからな。
従者と嫁がここまで違うものだとは思わなかった。
そもそも従者にならない相手と一緒に暮らす事になったら、どう接していいのかわからん気がしてきた。
むしろ、それが普通の関係だろうに。
従者との関係は、最初こそ戸惑ってたけど、今じゃそれが自然な気がするんだよな。
うろ覚えの両親との暮らしや、祖母との日常の延長に、今の暮らしがあると思える。
まず家族になってから、関係を深めていくような。
相性ってのはそれがうまくいくことを保証する、誰かが決めた仕組みなのかな。
誰かってのは、たぶん女神様なんだろうなあ。
じゃあ、それが保証されていない相手とうまくいくのかというと、それは俺と相手がお互いに担保していかなきゃならないわけだ。
そんなリスキーなことを当たり前にできるなんて、世の中の夫婦ってのは凄いな。
俺の両親もそうだったんだろうか?
オルビエ夫婦はこれからうまくやっていけるのかな?
先日来ていたレオルドの老夫婦は、色々失敗もしていたはずだが、今はうまくやっているように見える。
俺はフューエルとうまくやっていく自信があるのだろうか?
フューエルに限らないけど……いや、やっぱり当面の問題としてはフューエルと。
いっそ、がばーっと押し倒して既成事実を……いやいや、何を考えてるんだ俺は。
あれか、これが意識してるってやつか?
やっぱり俺はフューエルに惚れてるんだな。
うん、まあ、知ってたけど。
控えめに言っても、魅力的だもんな。
相性はあまりよくなさそうだけど。
いや、そこはあんまり関係ないな。
そうだ、関係ないんだよなあ。
俺がフューエルを好きだから、彼女にも好いてもらいたいんだよな。
従者は自分で主人を選んで、それを俺が受け入れるわけだけど、結婚ってのはたぶん、双方が求めることで成り立つわけだ。
そこに相性で保証された安定した場は必要なくて、ただ互いの想いというか吸引力だけで成り立つんだろうな。
つまり、常時その引力を発生させていないと場が安定しないわけか。
ふむ、なんだか自分で何言ってるのかわからなくなってきた。
考えるのをやめよう。
……はぁ、あったかい。
暖炉ってやつは、いくら見てても飽きないな。
そういえば、海外では暖炉の映像を流すTV番組があると聞いたことがあるが、これは実にいいものだ。
暖炉の上の柱時計に目をやると、午前十時を少し過ぎたところだ。
昼飯には早いなあ。
キッチンの方では、モアノアとパンテー、それにアンが何やらお菓子を作っていた。
側のテーブルではテナがミラーに裁縫を教えているようだ。
うちのメンツの大半は神殿地下の探索と商売に出ていて、家には数えるほどしか残っていない。
まあミラーが二百人以上いるけど。
二百人といえば、ガーディアン達は無事にこちらに向かってるんだろうか。
あの子たちが家につけば、やることも増えるんだけどなあ。
そんなわけで、俺はひたすら一人でぼーっとしている。
平和だなあ。
日本にいた頃って、休暇は何してたっけ?
最後の方は休暇自体なかったけど。
学生の頃はよく本を読んでたな。
時代小説が多かったのは、祖母の影響だろうな。
あとは……なにしてたっけなあ。
まあいいか。
せっかく、ぼーっとしてる時に、つまらないことを考えるもんじゃないな。
いや、こういう時だからこそ、無駄なことに思いを巡らすのが贅沢ってものか。
なんにせよ、寒い日に火にあたってぬくぬくと過ごす喜びというのは、他に代えがたいものがあるな。
それにしても、このところ何も起きないな。
自発的に何もしてないと言ってもいいが。
用事はあるが、事件がない。
とはいえ、こんな日に神殿地下に潜る気にはならないし、地下基地も同様だ。
今日も雪がぱらついてるので散歩にも行きたくない。
となると、ボーっとするしか無いじゃないか。
誰か遊びにくればいいのになあ。
フューエル達は神殿地下の大掃除だし。
エディにもしばらく会ってないなあ。
メリーは元気かなあ。
今頃、どこにいるんだろう。
彼女は手紙とか出しそうにないしな。
エンシュームちゃんはどうしてるんだろう。
パエの話では、まじめに学問に勤しんでいるようだが。
俺はちっとも進歩してないし、次に会ったら愛想を尽かされそうだな。
エマやシルビーにも会ってないな。
シルビーは年末は実家で過ごすと言っていたが、もう帰ったのかな?
帰るなら挨拶にぐらい来てくれそうなものだが。
あー、暇だ。
やっぱり散歩に行こうかな。
でも寒いよなあ。
改めて時計を見る。
十時十五分だ。
十分ぐらいしか過ぎてない。
下にはカプル達がいると思うが、あいつらも仕事してるしなあ。
すぐ側にミラーが控えているけど、彼女たちは雑用をこなすのは得意だが、主体的に俺を楽しませてくれるタイプではない。
ロボットだからというより、社交経験が少なすぎるのかもしれない。
立ち上がって窓から外を覗く。
小さな窓からでは、外の様子はよくわからないが、曇ってるのは確かだ。
雪もまだわずかに降っているようだ。
ひゅうっと首筋を風が吹き抜けて、思わず首をすくめる。
暖炉ってすごい勢いで空気を吸いあげるから、わりと風が起きるんだよな。
再びソファに戻って、毛布にくるまる。
日本にいた頃は、たまの休日にぼーっとしているとすぐに眠くなったものだが、最近はあまりそういうことはない。
夜、しっかりと寝てるからだろうなあ。
よし、遊びに行こう。
外着に着替えて、ミラーを一人伴い外に出る。
「いやあ、やっぱ外は寒いな」
思い切って出たのはいいが、かなり寒い。
雪はまばらだが、時折吹き付ける風は皮膚を切り裂かんばかりの鋭さだ。
「現在、気温は二度です。風があるので体感温度はそれ以下でしょう。地面も凍結していますので、お気をつけ下さい、オーナー」
ミラーは暑くも寒くもなさそうな顔でそう言う。
「ところで、どちらに行かれるのですか?」
「別に決めてないなあ。ひとまず、街の中心を目指そう」
「かしこまりました」
用事はなくとも昼飯前に一時間も歩いて腹をすかせておけば十分だろう。
陽の光も一日一回ぐらいは浴びときたいしな。
曇ってるけど。
それにたまには街をうろつかないと新しい出会いもなさそうだし。
ネールとクントを従者にしたあとの出会いといえば、変な紳士とかを除けば、テナとスィーダぐらいか。
テナは魅力的な女性なので積極的に狙って行きたい相手ではあるが、とんでもないコブ付きだしな。
ちと精神的ハードルが高い。
世間的にはコブのほうが本命だと思われてるようだが。
俺的にもなんだか本命な気はしてるけど。
そもそもどちらから攻略すべきか、難しい問題だな。
スィーダちゃんの方は、とにかく彼女が人並みの戦士になれるまで見守るほうが先決だろう。
あるいは彼女が焦って修行する理由を探るべきかな?
そんなことを考えながら歩くうちに、東通りの市場に出た。
大きな市場はここと港通りにあるが、後者はほとんど行ったことがない。
せっかくなので港通りまで……と思ったが、海沿いはもっと寒そうなのでやめた。
暇つぶしならこっちで十分だ。
寒空の中、市場は今日も賑わっている。
ここをさらに東に抜けると高級店が並んでるんだけど、このあたりはまだ庶民的な感じだ。
広い通りの両サイドにずらりと並んだ屋台には、ありとあらゆるものが並んでいた。
「ミラー、なにか欲しい物とかあるか?」
「それは私の個人的欲求を満たすもの、ということでしょうか」
「まあ、そうなるな」
「私の欲求はオーナーの要望を満たしお役に立つことだけですので……なにか命じていただければ、それで満たされるのですが」
「なるほど」
「この回答は、ベストとは言えないであろうと承知してるのですが、ウィットに富んだ返答をするには、まだ学習が足りないようです。申し訳ありません」
「じゃあ、どこかの店に入って一休みするか。かなり寒いしな」
この通りは昼は市場が立って屋台が並び、夜になると飲み屋が開く。
今時分だと入れそうな店は限られている。
ブラブラと眺めながら通りを歩き、目についた店に入った。
表で肉の塊を炙りながらいい匂いを立てている。
ケバブみたいな感じだが、味はどうかな?
店内の半数は、けばい格好の船乗りねーちゃんだった。
この世界の船乗りは基本的に女性なんだよな。
陸の運送は男が多い。
陸運業であるイミアの実家も、人足はほとんど男だそうだ。
空いた席につくと、背中を丸めた爺さんが注文を取りに来た。
「おすすめはなんだい?」
爺さんは黙って壁のメニューを指す。
炙った肉をパンで挟んだものらしい。
周りもみんなそれを食べている。
あとはショットグラスできつそうな酒を煽っているな。
食事を摂る気はなかったが、酒だけ頼むのもなんだし、軽く食っとくか。
肉と酒を頼み、暫し待つ。
先に出されたのは酒だ。
グラスになみなみと琥珀色の酒が注がれ、小さな果実と塩が添えられている。
「テキーラを飲むときは先にライムをかじってから飲みな、塩は時々舐めるんだ」
それだけ言うと爺さんは奥に下がる。
なるほど、テキーラか。
会社近くのバーで何度か飲んだ。
もっとも名前が一緒だからといって味まで一緒かどうかはわからんが。
ライムの方は、皮が緑じゃなくて黄色いしな。
丸いレモンと言った感じだ。
ライムをしゃぶってグラスを舐めるようにちびちびやる。
効くなあ。
合間に舐める塩が甘い。
いけるな。
しかし、こういう飲み方の作法まで、偶然似てしまうものなんだろうか。
まあ、似てしまうのかもなあ。
あるいは似ているから俺の脳内翻訳はテキーラと呼ぶのか。
逆に酒自体の味はあまり似てない気もする。
何度も飲んだことはないのでうろ覚えだけど。
日本に住んでた頃も、偶然の一致なんていくらでも目にしたが、それが異世界だからって変わるわけでもないのだろう。
なにより、人間がこれだけそっくりなんだしな。
料理を待つ間に、ミラーに話しかける。
「どうだ、家の仕事は順調か?」
「まだ、ベストとはいえないと思います。私が製造された当時とあまりに文化のギャップが有り、身につけた家事知識がまったく役に立ちません。ですがマザーフレームやノードによる補完がないので私の知識は実地でアップデートするしかありません。その為に、非常にご迷惑をかけているのではないかと思われます」
「なに、この世界じゃ誰もがそうやって技術を身につけるのさ。特にハンデにはなってないだろう」
「そう言っていただけると、助かります」
「マザーってのはどこにあったんだ?」
「物理的な位置は不明です。おそらくセキュリティ上の問題で隠されていたのではないでしょうか」
「なるほど。で、今はそれにはつながらないと」
「はい」
「そういや、お前の収納されてた施設と地下の……なんだっけ、軌道管理局か、あれって別もんなのか?」
「はい。あちらはおそらく軍の施設で、私がいたのは民生用の区画です」
「要するに、普通の商品……と言っていいのかわからんが、そういう扱いか」
「そうです。オーナーが確定するまで、あそこで保管されていました」
「ふむ、随分待ったんだろうなあ」
「そうですね。百年毎に起動して施設のチェック、メンテ等をしながら、あの日を待っておりました。外界とも遮断されていたので、エミュレーションブレインの負担を下げるために、極力起動回数を減らすなどの工夫が必要でした」
「そうかあ」
そんなことを話すうちに料理が来た。
うまそうに湯気を立てる肉に、まずはかぶり付く。
「うめえな」
「実にワイルドな味といいますか、辛いですね。モアノアのまろやかな味付けとは文化的差異を感じます」
「たまに辛いのも作ってくれるんだけどな。それにしても、こいつはビリビリくるな」
唐辛子が効きまくったチリソースがうまい。
独特の香ばしさもあるな。
見ると細かく刻んだ香草が散りばめてある。
こういうのを食べると、山椒も欲しくなるな。
麻と辣はセットで欲しくなる。
花椒がビリビリに効いた麻婆豆腐が食べたいなあ。
今度探してみよう。
酒とスパイスですっかり温まったところで店を出た。
外は相変わらず寒いが、ほてった体を冷ますためにマフラーを外すと汗ばんだ首筋がひんやりと心地いい。
それにしても後を引く辛さだ。
酒で焼けた粘膜が余計に敏感になっているのかも。
なにかミルク的なものを飲みたくなり、都合よく牛娘の屋台でも出てないかなあ、と探すが見当たらない。
代わりに果物を搾って出す店があった。
そこでマンゴーっぽいジュースを二つ頼む。
一口飲むと、ねっとりと上品な甘さが口に広がってうまい。
「うめえな、これ」
「おいしいですね」
店員に聞くと、やはりマンゴーと答えたが、ほんのり柑橘系の匂いもする。
一つ見せてくれたが、ボコボコと突起のある形状は、俺の知ってるマンゴーじゃないな。
旨いのでエブンツの店にあるなら、取り寄せてみよう。
そのまま店を去ろうとして、不意に隣の客に目がとまる。
灰色の古びた皮のローブを纏い、フードは目深に被って顔はよく見えないが女の子のようだ。
背格好はフルンよりちょっと大きいぐらいかな。
大きな杖を背中に担いでいるので魔道士かもしれない。
フードに積もった雪の量からして、ずっと外を歩いてきたのだろう。
そういえば俺が来る前からいたな。
ジュースを飲みながら様子をうかがうと、じっと値札を見ている。
かと思うと時々財布を取り出し、中を確認し、再び値札を見る。
「よう、嬢ちゃん。買うのかい? 買わねーのかい?」
しびれを切らした店員がそう尋ねるが、フードの少女は答えない。
飲みながらしばらく見ていると、彼女はちらりとこちらを見る。
どうもミラーを見ているようだな。
なにか言いかけたが、再び視線を目の前のジュースに戻した。
どうするのか興味があったが、俺が飲み終わっても微動だにしなかったので、結局その場を離れた。
「金銭的に困っていたのでしょうか?」
とミラー。
「かもな」
「オーナーは女性に親切であることに定評があると聞いていましたが、彼女に施しはなさらないのですか?」
「行き倒れならともかく、ジュースぐらいで悩んでるところにいきなり奢られても困るだろう」
「なるほど。ただ紳士という階級は地位と徳を併せ持つものだとも聞いておりますので、そうした人物からの施しは、名誉なことではないのでしょうか」
「どうかな、正体隠してるしなあ。まあ、あれだ、縁があったらまたどこかで会うのさ」
「そのようなものですか。どうも、本日はあまりお役に立てていないようで、申し訳ありません」
「そうでもないさ。こうやって特に何もない一日ってのが大事ってね」
「それは、理解できると思います。恒常性がもたらす平穏、というものですね」
「ま、そうだな」
ミラーはロボットだから感情の機微がわからない、などということはないと思う。
そもそも、エミュレーションブレインという彼女の頭脳は、実際の人間の脳を文字通りエミュレートしているので、基本的には差がないらしい。
燕や紅も同じ仕組だという。
前から感じていたが、ミラーに足りないところがあるとすれば、やはり経験なのだろう。
そこは毎日何十体も稼働して平行して経験を積んでいるので、たぶんすぐに普通になるんじゃないかな。
いや、人事のように言ってないで、もっと俺が相手をしてやるべきか。
ミラーに限らず、新しい従者ほど、まめに相手をしてやらんとなあ。
特にクントだ。
体を持たず、火の玉状態の彼女は、精神年齢的にはピューパーや撫子と同じぐらいで、よく一緒に遊んでいる。
だが、体がないために、いつも周りをふわふわ飛んでいるだけだったりして、可哀想なんだよな。
人形の体を用意してやるつもりでいるが、早く目処だけでもつけてやりたいところだ。
東通りから神殿に抜ける目抜き通りに入ると、正面に巨大な神殿の建物が見える。
今頃頑張って探索や商売をしているはずだが、陣中見舞いはまた明日にするか。
そろそろ帰ってもいいが、昼飯にはまだ微妙に早いよなあ。
「現在、十一時半です。あと三十分ほど時間を潰せば、ベストだと思います」
とミラー。
これはつまり、あと三十分デートしたいという意思表示だな。
我ながら、脳天気な解釈をするものだと呆れながら、ふと思い立って、俺は次の角を曲がる。
曲がってすぐのところに、小さな看板が出ている。
そこには控えめにこう描かれていた。
『冒険者ギルド・アルサ支部』
つまり、ここが冒険者ギルドの事務所だ。
冒険者として数回来たことがあるが、以前はガラガラだったのに、今日は小さな事務所に随分と人が集まっている。
受付では爺さんとおばさんが二人で冒険者をさばいていた。
ここの職員は、課長のサリュウロを除けば全員パートだ。
前に来た時はあと一人、丸い男がいたはずだが、サリュウロ共々、姿が見えない。
壁の掲示板を見ると、仕事の依頼が書かれたビラの横に、ひときわ目立つポスターが貼られている。
サウがデザインした、冒険倶楽部の募集ポスターだ。
出足は好調だったようだが、今もそれなりに客が入っていることを考えると、いい感じなのかもしれない。
換金する客はみんな、会員証を見せている。
そのうちの一人が俺を見て寄ってきた。
「おや、サワクロの大将じゃありやせんか。いつぞやはどうも」
同年代のひょろっとした盗賊だ。
顔に見覚えがあるな。
たしか、シルビーと初めてダンジョンに潜った時に出会った男だ。
瀕死の仲間を守って戦っていたところを、助けたんだった。
一人のようだが、あの時の仲間はどうなったのだろうか。
それとなく聞いてみると、
「おかげさまで、みんな命だけは助かったんですがね」
「そりゃあよかった」
「しかし、女の方は思ったより傷が深くてねえ。結局、引退しちまいやしたよ。つれの男と所帯を持って田舎に帰るってね」
「そうかい、だったらあんたは困るだろう」
「なに、あっしは元々雇われもんでね」
「へえ、じゃあ今はどうしてるんだ?」
「今はあの時の僧侶と一緒に、あちこち助っ人でね」
「あんたほどの腕だ、仕事には困らんだろう」
「いやあ、それがなかなか。河岸を変えようかと思ってたところに、なにやら大将の肝いりで面白いことを初めなすったでしょう」
「あれかい?」
そう言ってポスターを指差す。
「うちのギルドでも気にしてやしてね。うまく仕事が回るなら乗っかろうってんで、仲間も何人か、やらせてもらってるようで」
「そりゃあいい、俺としても、うまく行ってほしいからな。よろしく頼むよ」
「へへ、そちらは盗賊のご入用はないでしょうが、何ぞありましたら、このドラッダに気軽にお声がけを。この先にあるペンルの立ち飲み屋をねぐらにしてますんで」
そう言って男は出て行った。
そうして話す間にも、次々と冒険者が出入りしていく。
繁盛してるじゃないか。
というよりも、むしろ混み過ぎじゃないか?
冒険者も叫んでるし。
まあ、冒険者はすぐ叫ぶけどな。
どうやら、資金が尽きて換金が滞っているらしい。
せっかく客を呼んでも、こういうことがあると離れていくだろう。
どうしたものかと見ていると、今度は騎士が四人ほどやって来た。
何かと思えば、現金輸送だ。
つまり換金したコアを運び出し、金を持ってきたわけだ。
騎士が受付に声をかけると、奥からサリュウロが飛び出してきた。
「ご苦労さまです! ひとまず奥に、ささ、どうぞ。みなさまも、今しばらくお待ち下さい、すぐに再開いたしますので!」
と叫びながら、騎士を招いて奥に引っ込んでしまった。
あの様子じゃ、声をかけるわけにも行かないな。
諦めて外に出ようと扉を開けると、入ってきた人物にぶつかってしまう。
「おっと、すまんな」
そう言ってよろめいた相手に手を伸ばす。
とっさに差し出された手を掴んで引き起こすと、さっきのフードの少女だった。
「よう、大丈夫かい?」
少女は無言でコクリと頷くと、手を離した。
フードの下からちらりと覗いた顔は、見かけより小さくて可愛い。
金色の瞳がギロリとこちらを睨みつけるところも、なかなか風情がある。
少女は、初め受付に並ぼうとしたが、混雑っぷりをみて、足が止まったようだ。
「ちょいと資金切れらしいぞ、だがすぐに再開するよ」
と話しかけると、少女はちらりとこちらを見て、
「そうですか」
とつぶやく。
「ここは初めてかい?」
「はい」
「ここのギルドは今、面白い仕組みを始めてね。こっちにパンフレットがあるから見ておくといい」
そう言ってテーブルに置かれた案内を手渡す。
少女はそれを受け取って、顔を上げた。
「あなたは、ギルドの方ですか?」
「いいや、単なる常連さ」
「そうですか。ここをホームにされているのでしたら、森のダンジョンのことはご存じですか?」
ネールがいた、あのダンジョンのことだろう。
「うん? 例の騎士団のお宝のやつか。俺も先月まで潜ってたが、あいにくともう宝は無いようだぞ」
「宝は別に良いのです。あそこで巨大ガーディアンを目撃したという話をご存知ですか?」
「ああ、見た見た。こーんなでかくて白いやつだろ、基点級ガーディアンだっけか」
俺がそう言うと、少女はキッと俺を睨む。
「なぜ、その呼び名を! あなたはパペッティなのですか? 道理で変わった人形を連れていると……」
もしかして、あの呼び方は一般的ではなかったか。
そういや、クロがそう言ってただけだったっけ。
「いや、その、みんなそう呼んでたから。なんだい、パペッティって」
「……失礼。違うのなら構いません。それで、そのガーディアンは?」
「さあ、青竜と戦ってたな。俺はその場で逃げたからわからんが、負けたとか言う話も聞いたぞ」
「ここで地図は買えるのでしょうか」
「売ってたと思うけどな。俺が潜ってた時はまだなかったが」
「そうですか」
そう言って少女は再び受付の方に目をやるが、まだ混み合っている。
「見たところソロのようだが、一人で行く気かい?」
「そうです」
「あそこはかなりヤバイ連中が出てたから、気をつけたほうがいい。結界もまだないしな。キングノズやアヌマールを見たって話も聞いたな」
「まさか、キングノズはともかく、アヌマールなど迷信です」
「そうかい? まあ、ヤバイのは確かだ。稼ぐならここのアルサ神殿の地下ダンジョンが、今なら狙い目だと思うがな」
それには答えず、少女はパンフレットに目を通す。
「この冒険倶楽部というものに加入すると、薬などが貰えるとありますが、本当ですか?」
「ああ、俺ももらったぞ。今なら会費も無料だしな」
「すぐに貰えるのでしょうか」
「一時間ほどの講習がある。毎日朝一番でやってるな。あとは週二、三回ほどの頻度で実地講習もあって、それを受けるのが必須だという話だ。ひとまず朝の講習を受けるだけで薬は貰えるはずだぞ」
はずというか、俺達が仕様を決めたわけだが。
「色々ありがとうございます。いずれ機会がありましたらお礼を」
そう言って少女は頭を下げる。
「なに、冒険者同士、気にすることはないさ。うちもたまに森のダンジョンに潜るだろうから、会った時はよろしくな」
そう言って、少女と別れた。
「オーナー」
昼時で賑わう通りを歩いていると、ミラーが話しかけてきた。
「今のが噂のナンパでしょうか」
「なんの噂かは知らんが、あんなものはただの世間話だよ。なんせまだ名前も聞いてない」
「そうでした。ですが、オーナーが街で親身に話しかけた相手は、遠からず従者になる可能性が高いのでそのつもりでいろと、アンにも言われております」
「そんなことを言ってるのか、しょうがねえな。まあ、わざわざ嫌われるようなことをしなけりゃ、気にする必要はないよ」
「かしこまりました」
それにしても、曰く有りげな少女だったな。
ガーディアンのことを知ってるのだろうか。
そんなことを考えていると、再びミラーが口を開く。
「オーナー、よろしいですか?」
「どうした?」
「アンからの連絡で、三河屋に寄って、御用聞きを寄越すように頼め、とのことです」
「ふぬ」
うちで三河屋といえば、サント商事のことだ。
近所で手広く日用品を売る大店で、塩や麦などはほとんどここから一括で仕入れている。
ちなみに、三河屋ってのは特定の店名じゃなくて、日用品の小売店によくある屋号だったらしいな。
アン達が突然三河屋とか言い出すので何事かと思って調べたら、そういうことだった。
異世界に来てから知るようなことじゃないよなあ。
少し寄り道して三河屋に寄り、家に帰るとちょうど飯時だった。
アンが出迎えて、こう言った。
「お使いなど頼んでしまい申し訳ありません。探索のお弁当を多めに作っていたら、麦を切らしてしまいまして」
「そうか。三河屋は後で人を寄越すってさ」
「ありがとうございます。6号もお疲れ様でした」
そういってアンはミラーを労う。
控えめな昼飯を食って、まったりしていると来客があった。
人形好きの貴族にしてフューエルの従弟で、俺が義兄弟の契りを強引に結ばされた末弟のアンチムだ。
相変わらずのなよっとした色白美少年だが、中身は人形マニアの変態だ。
「突然の来訪、失礼致します。兄者に置かれましたはごきげんうるわしゅう」
「固い挨拶はいいよ、よく来たな。今日はどうしたんだ?」
「リンツ卿のところに呼び出されまして、せっかくですのでぜひご挨拶にと」
アンチムは気を使っているのか、こざっぱりとした平民じみた格好で、馬車も少し離れたところに停めて人形を一人連れただけでやってきていた。
俺が試練を控えて世を忍んでいるというのを、馬鹿正直にとらえて気を使っているらしい。
根は真面目でいいやつなんだろうなあ。
君の従姉は高級馬車をバンバン乗り付けてるのにな。
「色々とご活躍のほどは耳にしております。近年では都でも何かと噂になっておりますよ」
「そんな大したことはしてないんだがな」
「そういえば、新しい人形が増えておりますね。あれも発掘品でしょうか」
そう言ってミラーを見る。
「ああ、彼女たちはここの地下から出てきたんだよ。いい子だろう」
「よいレガートですね。現在の工房では作れない見事な一品です」
「レガート?」
「はい、これは人形工房の隠語のようなものですが、発掘品の人形は、今の工房では再現できない素材を使っているのです。それらを総称してレガートと呼びます。とくにある種のステンレスで出来たレガートは国宝級の価値をもつものもありまして、兄者のお持ちの人形も、あるいはそれに匹敵するやも」
「ほほう、たしかに素材が違うからな」
うちにはいないが、アンチムが連れているような現代製の人形は木や粘土をベースにできているようだ。
それに比べると、紅やミラー達は金属やプラスチックのようなもので出来ている。
燕などは一見しただけでは人形とはわからない。
独特のコアの気配があるので、よほど鈍い人間以外はわかるんだけど。
「ところで、ご依頼の子供の人形なのですが」
そう言ってアンチムは話題を変える。
「そうだった。で、どうだい?」
「私の住む、カルテン村の外れに、小さな人形工房があるのです。ここの先代は非常に良い職人で、私が人形の素晴らしさに目覚めたのも、彼が作る人形に幼いころから触れていたことが大きな要因なのですが……」
「ほう」
「本来ならそこに頼みたかったのですが、惜しくも彼は先年亡くなり別を探しておりました所、まだ若輩ではありますがあとを継いだ娘が私のもとに庇護を求めて参りました。その者が、子供の素体を作っても良いと申していまして。兄者もご存知かと思いますが、人形工房はどこも閉鎖的で、なかなか新しい形状の素体を作ろうとはいたしません。経験豊富とは参りませんが、彼女は見どころのあるパペッティですし、継続して素体を育てることを考えると、適任ではないかと思います」
「パペッティ?」
「これは失礼。錬金術のパペッタなどと語源は同じだと言われておりますが、これも工房の隠語で人形職人を指す言葉です。すぐ専門用語を使うのは悪い癖だと、先日もボルボルの兄者に叱られたばかりでしたのに」
そう言って綺麗な顔を赤くしてはにかむ。
ちょっとかわいいじゃないか。
従弟だけあって、どことなく顔立ちもフューエルに似てるしな。
そんな趣味はないけど。
そういやすっかり忘れてたが、小さいころ兄弟が欲しかったんだよな。
親がいないので出来ようがなかったんだが、せっかく出来た義理の弟だ、大事にしてやろう。
しかし、顔が似ていても体格がガッツリ男だと、やっぱり雰囲気は違うものだな。
肩幅とか、腰のくびれの位置とか、違いはたくさんあるものだ。
女体を大量に観察したことで、逆に見慣れない男の体型の特徴まで見えるようになるのか。
やはり日々の積み重ねは大切だなあ。
まあ、それはそれとして、そろそろ男装の美少女とか現れてもいいと思うんだけどなあ。
そんな漫画みたいな奴はいないか。
「いかがでしょう、兄者」
「よし、お前が勧めてくれるなら、一度その職人に会ってみよう」
「では、後日連れてまいりましょう」
「来てくれるのか? 俺が行くのが筋な気もするが」
「いえいえ、兄者はお忙しい身。それに我が村はゲートを使っても丸一日かかります。かの者も今は仕事が取れずにまいっていますから、丁度良いでしょう」
「ふむ、任せたぞ」
「ところで、人形に封じるという娘はどのような?」
「お、そうだったな。クントを呼んできてくれ」
側にいたアンに頼むと、アンが行くより先にクントが飛んできた。
「なーにー、呼んだー? 呼んだー?」
「おう、来たか。こっちのお兄さんが、お前の体を作る職人を紹介してくれるってよ」
「ほんと! やった! ありがとー! おにーちゃん!」
そう言って頭にポンと乗る。
「こら、客人に失礼だろう」
「あれ、この人、フューエルと同じにおい。なんで?」
「彼はフューエルの従弟、つまり血がつながってるんだよ」
「卵が同じってこと? 私とネールも一緒だよ」
「似たようなもんさ、さあ、こっちに来なさい」
手招きすると、アンチムの頭から、俺の手にぴょんと飛んで来る。
「その子は、精霊なのですか?」
「いや、ホロアなんだが、未熟なまま生まれてね、体をもてなかったんだよ。だから代わりに人形の体をと思ってね」
「なるほど、そのようなわけが。それなら、早いほうが良いですね、なるべく都合をつけて、すぐにでも来られるように手配いたします」
そう言ってアンチムは帰っていった。
俺の頭に乗っかってクルクル回りながらクントが尋ねる。
「ねえ、あのおにーちゃんが体くれるの?」
「あのお兄さんが紹介してくれるんだよ」
「だれを?」
「体を作れる人をだよ」
「ふーん、よくわかんない! でもいいや、からだー! やったー!」
そう叫んで、外に飛び出していった。
まあ、喜んでくれればそれでいいや。
あとは、ちゃんと作ってやれるかだな。
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