第178話 土木ギルド
「さあさあ、あわてない。全員のおみやげがありますからね」
その日の午後に来訪した、エツレヤアンの土木ギルド長であるレオルドとその妻、すなわちアフリエールの祖父母は、うちの年少組に囲まれて熱烈な歓迎を受けていた。
特に熱心に手紙を出していたオーレなどは初めて会う祖母を見て興奮気味だった。
「すごい、本物! おばあちゃん!」
「まあ、あなたがオーレね、いつも手紙をありがとう」
「うん、オーレ。よくわかったな! すごい!」
「わかりますよ、こっちが撫子で、そのとなりがピューパー、フルンとウクレは知ってるわね。そしてあなたがエット」
「すごい、あたしもあたった。ばあちゃんってすごい!」
「まあまあ、そんなに飛びつかないで。私はそんなに頑丈ではないのよ」
などと実に楽しそうだ。
ばあちゃんっ子だった俺もまざりたい気分だが、流石に自重しておいた。
ここは大人としてお子様方に譲ってやろう。
「いやはや、賑やかになっておるの、紳士殿」
と笑うのはアフリエールの祖父レオルドだ。
土木ギルドの長である彼は、今度のギルドの会合に出るために、ここアルサの街に来ていた。
もちろん、半分ぐらいは孫の顔を見に来たのであろう。
肝心のアフリエールは傍に座ってニコニコしているだけだが、まあそれぐらいでいいのかもしれない。
「それにしても、エツレヤアンを出て半年かそこらで、また随分と名を上げたものじゃ。さすがは紳士殿」
などとレオルドは勝手に納得している。
相変わらず、ワンマンジジイだな。
イミアの祖父といい勝負だ。
「それで爺さん。例の会合とやらは、うまく行きそうなんですか?」
と話を振ってみると、途端に商売人の顔になる。
「うむ、それじゃよ紳士殿。お主、冒険者ギルドと組んで面白いことをはじめておるそうじゃな」
「冒険倶楽部のことですか?」
「そうそう、こちらでも少し話題になっておるが、つまるところ、今度の我々の目論見も全ては冒険者次第。冒険者に目一杯稼がせて、その落とす金をあてにしとるわけじゃからな」
「そりゃあ、そうですね」
「そこの所の底上げと言うのはもっとも根幹に関わるわけじゃ、それに目をつけるとは、さすがは紳士殿」
さっきも似たようなこと言ってたな。
「というわけで、じゃ。お主も会議に出んか? なに、別に前に立って演説せいとは言わん、わしにつきおうて側におるだけでも良い」
「ふむ……面白そうですね。もっとも、土木工事は門外漢ですが」
「儂らとて冒険は門外漢、同じことじゃよ」
「そういうことなら、お供しましょう」
話は決まり、あとは宴会だ。
みんなで目一杯もてなして、老夫婦が宿に帰る段になると、年少組の猛烈な引き止めに会い、結局二階に泊まってもらうことになった。
実はこんな事もあろうかと、アンたちと相談して部屋を用意しておいたんだよな。
それにしても、うちは親無しも多いから、あの二人に来てもらえてよかったな。
俺もちょっとだけホームシックになった気がするぜ。
帰ったところで迎えてくれるのは、あのせんべい布団だけなんだけど。
翌日、迎えの馬車に乗って、俺はレオルドの爺さんとともに、アルサの土木ギルドへと向かった。
同行者は面白がってついてきたメイフルと、秘書代わりのミラーが一人。
俺もスーツでパリッと決めているが、この二人も臙脂色のビロードのスーツで固めている。
仕事できそうだなあ。
「土木ギルドはお役所仕事が多いですからな、なかなかコネができまへんねん」
メイフルはコネを作る気まんまんだ。
町の中央を横断して王立学院の近くで馬車を降りた。
会議場は土木ギルドが入っている、なんたら商工会館とかいう古くて立派な建物だ。
石造りの広間には立派な柱が並び、豪華なシャンデリアがずらずらとぶら下がっている。
廊下に置かれた花瓶一つとってもすごく高そうだ。
神殿なんかもゴージャスなんだけど、ここはその百倍ぐらい金がかかってるように見える。
俺達が到着すると、すぐに品のある老執事が出迎え、俺達を案内する。
導かれたのは落ち着いた雰囲気のサロンだ。
暖炉が煌々と燃え、一癖も二癖もありそうな人物が数人、談笑していた。
そのうちの一人がこちらに気づいて挨拶に来る。
「おお、レオルド、久しいな」
「ガッディーダ、お前さんこそ元気そうじゃ」
「なに、俺の方が三つも若い、当然だ」
「この歳になって三つなど誤差みたいなものじゃ」
「そうはいかんよ、ところで、お連れの御仁は? お前さんの息子にしては似とらんな」
「紹介しよう。こちらは今をときめく、桃園の紳士クリュウ殿じゃ」
「おお、これはこれは」
そう言って握手を求められる。
「当アルサギルドの長、ガッディーダと申します、お見知り置きを」
「クリュウです。今日はレオルド殿の厚意に甘えて、勉強させていただこうと思います、ひとつよろしくお願いします」
「いや、こちらこそあなたのご高名は聞き及んでおります。そうか、確かレオルドの孫娘を従者になされたとか」
「ええ。よく尽くしてくれます」
「それは何より、レオルドも喜んでおりましょう。彼とは丁稚時代に共に学んだ仲で、お互い入婿というところまで共通の腐れ縁なのですよ。さあ、他の皆さんも紹介しましょう」
その後、何人もお偉いさんを紹介される。
中には他所で顔を合わせたことのある人物もいた。
金持ちの世間も狭いからなあ。
その後、支度が整ったということで、会議室に移る。
これまた立派な廊下を挟んだ一室に、二十人ほどが入れる小さめの会議室がある。
そこに全員が収まると、女神に祈りを捧げ、ついで会議が始まった。
進行役は、髪をポマードでテカテカに固めた、目付きの鋭い美人のネーチャンだった。
アルサの土木ギルドのなんたら部長とか言ってたな。
「……そこで、現在問題となっているのは、ダンジョンの入口から、ダンジョン内の各キャンプ地への資材の搬入です。荷馬車が使えない、地盤が不安定、高低差があるなどと悪条件が重なり、更に魔物に襲われる危険があり、丸太一本運ぶのも困難な状況がままあります」
美人がキリッと話すと様になるなあ。
「こちらの資料を御覧ください。先のアッシャの森探索時の赤竜騎士団による設営状況です。うちの方から技師を派遣しておりましたが、浸水などの影響もあり、このように通常の工事の三倍の輸送コストが……」
森のダンジョンの話か。
あの時は冒険者にまで頼んで運ばせてたもんなあ。
その後、みんなグダグダと話していたが、要約すると、現状で移送コストを改善するアイデアはない、ギルドとしてどこから収益を上げるのか、騎士団との契約をどうするのか、みたいな話だった。
会議は割と短時間で終わり、その後は再びサロンで自由にビジネスの話をする。
俺はコーザスのギルドから来たペットンと言う若い男と雑談交じりにグラスを傾けていた。
「それで、紳士様も、アッシャのダンジョンには潜られたのでしょう」
「ええ、冒険者としてね」
「私を始め、土木ギルドの人間は、大抵が幼い頃から奉公に上がるか親の仕事を継ぐかして、土木の世界に生きておりますから、なかなかそちらのことがわからないのですよ」
「それはお互い様でしょう、私も土木工事が何をしてくれるかはわかっても、堤防一つどういう仕組で作るのか、とんとわかりません」
「確かに、その隔たりは、我々のビジネスにとって、今後深刻な問題となるのは明らかなのですが、長老方はどうも従来通りに騎士団や教会から請け負う形でしか、仕事を進めようとはせんのですよ」
「それはそういうものでしょう。ですが慣習というのはそれ相応の理由があって出来上がるもの。上辺のメリットだけで新しいことを始めると、慣習が覆い隠していたデメリットに食われる、などということもよくあることです」
「仰るとおり、流石に私も何度か痛い目を見ましたのでね」
そこにさっきのポマードべったり美人がやってきた。
「あら、殿方二人でどんな悪巧みを?」
「やあ、ルエール。さっきの進行、見事だったよ」
「ありがとうペットン」
そう言って二人はグラスを合わせる。
「紳士様、ご挨拶が遅れました。私、当アルサ土木ギルドのルエールと申します」
「クリュウです、よろしく」
近くで見ると、鋭く見えた彼女の目つきは、若干タレ目気味で妖しく、それゆえにかえって底が見えない感じだ。
「お二人は随分仲が良いようですが?」
と聞くと、ルエールが自信に満ちた笑みを浮かべる。
「ええ、私とペットンは共に都で土木のいろはを学びましたの。今では共に異なるギルドの部長職ということで、良いライバルですのよ」
異世界でいろはもないだろうと脳内翻訳に突っ込みつつ、こんなきつそうな美人と学生時代を過ごしてたらどんなだったろうな、と顔に出さずに妄想する。
「それは羨ましい、あいにくと私は故郷を捨てて旅の果てにここまで来たものですから、幼い頃から競い合える相手というのは、羨ましい存在です」
「ですが、紳士様には試練に挑む、他の紳士というライバルがいらっしゃるでしょう」
「世間的にはそのようですが、如何せん、新聞に載る名前しか知らないライバルではね」
唯一顔を合わせたことがある紳士は、あんなんだったしな。
「それもごもっとも。ところで紳士様は歴戦の冒険者でもいらっしゃるのでしょう、ぜひそのお話をお聞かせ願いたいですわ」
そこでペットン青年がルエールに、
「僕も今、その話をしていたところさ」
「まあ、自分だけ抜け駆けするつもりね」
「君に遅れを取る訳にはいかないからね」
「意地悪な人ね、紳士様は、そのようなことはなさらないでしょう?」
ツリ目だかタレ目だか判別のつきにくい美人が俺に視線を向ける。
「もちろん、何でもお聞きください」
「では早速」
と身を乗り出してくる。
ワイシャツの襟元から覗く首がちょっとエロい。
「先程の議題にもありましたけど、資材搬入というのはとても大きな問題ですわ。物さえ揃えば、あとは別に御殿を建てるわけでもないのですから、言ってしまえば並の人足でも出来ますもの」
「森のダンジョンでも、冒険者まで狩りだしての人海戦術でしたからね」
「ええ、そう聞いております。ただ、ダンジョンの場合、むやみに頭数を増やしては危険も増えるでしょう? 現場での怪我は、最近は保証などがうるさくて」
俺の知る限り、貨物に関する保険はあるが、労働者への保険というのはなかった気がする。
当然、冒険者にもない。
「たしかに、あの資材は大変ですね。拠点であるキャンプにしても、要所では木の杭を並べて壁を作ります。あれは頼もしいのですが、いささか過剰ではないかという気もしますね」
俺が持論、と言うほどでもない素人の感想をのべると、彼女もうなずいて、
「そこのところは必要があるから、という騎士団の説明なのですが、もう少しコンパクトには出来ないのかと。つまり、手数が増やせない以上は、最終的に持ち込む資材を減らすしか無いわけですから」
「たしかに。ただでさえ水や食料など、必要な物資は他にもあるわけで」
「冒険者は、長いダンジョンの場合、何日も中に篭もるのだとか。当然それへのサポートも重要になりますし、我々ギルドとしても、そこのところも含めた営業というものを考えています」
「ダンジョンでの小売を?」
「いえ、その一つ手前の配送を。いわばダンジョン向けの運送業というわけですね」
「なるほど、しかしそこは陸運商などの領分ではないのですか?」
「あちらは街道沿いの商売がメインですから、まだこちらには本格進出しておりません」
「先日も神殿地下にカルバーノ輸送が荷物を搬入しているところを見ましたが」
「よくご存知で、現在は精霊教会からの受注で搬送しているはずですが、個別の商人との提携はまだのはず」
「なるほど」
「いずれにせよ土木資材は運ぶのです。同じラインで同じ場所まで運ぶのですから、都合が良いでしょう。ライバルがあまりおらず、需要だけがある所に乗り出すというのは、商売の基本でしょう?」
「それはごもっとも。騎士団の方でも、そこのところはかなり負担となっているようですし。彼らにしてみれば、槍を持って敵と戦うことこそが本分で、冒険者の荷物運びにあの力を浪費させるのは、無駄というもの」
「そうなのです、紳士様にご賛同いただけて自信が持てましたわ」
そう言って細めた目元は、ちょっと少女っぽい茶目っ気がある。
この美人、わかってて表情作ってるんだなあ。
怖いねえ、乗せられないようにしないと。
いや、むしろ積極的に乗せられたい気もするけど。
「やれやれ、君にはかなわないな。当然、すでに準備は進めているのだろう」
隣でにこやかに聞いていたペットン。
こいつも、一癖も二癖もありそうな感じだよな。
「ふふ、そこは内緒よ。あなたこそ、何か腹づもりがあるのでしょう?」
「我がコーザスは塔の修復目処がいまだ立たずに、冒険者ギルドの方でも頭を抱えているようでね、当面は様子見さ」
「あら、そんなことを言っていていいのかしら」
「僕としては、今こそ新規事業に乗り出すチャンスだと思っているのだけどね」
「ならば自分でおやりなさいな」
「君ほど、僕は信用がなくてね」
「謙遜は商人の悪徳よ」
「それはごもっとも」
その後は街の景気の話などの雑談をして、お開きとなった。
レオルドはそのまま旧友とどこかに飲みに行くらしく、俺はメイフルらとともに家路につく。
「大将も商売の駆け引きが、ちいと板についてきはりましたな」
とメイフル。
「そうかな? 相手が美人だったからじゃないか? そっちはどうだったんだ?」
「想像以上に土木ギルドは商売に関して保守的でんな、やっぱ大口仕事が多いですからなあ」
「若い連中はそうでもなさそうだが」
「そうですなあ。バンドンの方で陸の販路を探しとるんですけど、土木ギルドは一つの選択肢には上がっとるんですわ。ただ、うち的にはイミアはんの実家とも懇意にしとりまっしゃろ。そのへんはまあおいおい考えますけどな」
「ふむ」
バンドンとはメイフルの古巣のバンドン商会のことだ。
海運メインの総合商社みたいなもので、かなり大きな商いをやっている。
「ところで、大将は土木ギルドの件、なんぞ素敵なアイデアはありますの?」
「材木や石材に代わる、なんか気の利いた素材があればいいんだろう」
「軽くてコンパクトで、できれば何年も保つようなもんですな」
「虫のいい話だなあ」
例えば、以前カプルと話していたコンクリートを手に入れられたとしても、輸送コストの面ではそれほど差はないよな。
もちろん強度や自由度などではメリットは多いだろうけど、重いセメントを運び、水も確保して砂利と混ぜて固まるまで待つ、ってのはなかなか難しいだろうなあ。
などと考えながら、神殿に続く目抜き通りに出ると、ちょうど配達帰りのレルル達に出会った。
「おう、お前らも帰りか」
「そうであります。本日も売上は上々、夕方にもう一度、輸送するでありますよ」
などとガーディアンのクロに乗っかったまま、レルルはゼスチャー込みで説明する。
「そりゃあご苦労さん。しかし大変だろう、あれだけ運ぶとなると」
「そこはクロがいるでありますよ。馬力で比べれば、ハナにも負けない力強さであります」
「クロもごくろうさん」
「マカセロ、ボス」
足元でクロが足を一本上げる。
三本足でレルルを乗せても揺るぎもしない。
頼もしいな。
……ん?
「どうしたでありますか?」
「そうか、その手があった!」
「な、なんでありますか、ご主人様」
動揺するレルルはほっといて、クロに話しかける。
「お前のいた基地に、いっぱい仲間が居たよな。あいつらも俺のいう事聞いてくれるかな」
「聞クゾ、ワタシノ周到ナ根回シノ結果、ボスガ我ラ技術院ガーディアンノボスダ。アイツラ、物分リ良イ。軌道管理局ハ偏屈」
「根回しって、そういうもんか」
「ソウダ、タブン、ソウカナ。何カヨウナラ、呼ブゾ!」
「おう、すぐに……いや待て、お前らがぞろぞろ街道を歩くとパニックになるな、世間ではガーディアンはへたな魔物より厄介な敵扱いだからな」
「ソコハボスガ、根回シ、スルベキダナ」
「いや、そうなんだけどな。こう、とりあえずバレずに数十体ぐらい……迎えに行けばいいのかな?」
俺が悩んでいると、側で聞いていたメイフルが話しかけてくる。
「大将、またおもろいことひらめきましたな」
「おう、わかるか」
「わかりますがな、ガーディアンを荷運びの人足にするんでっしゃろ。考えてみればこれほどの適任はおまへんわな」
「そうだろう。泥道でも壁でも移動できて、馬力や耐荷重も馬並み、おまけに言葉も通じるし」
「よろしゅうおますな。ダンジョン専門と割りきってリースしても、こら、すごい需要が見込めますで。なんせ元手がいらんのんがようおますな」
「そうだろう。とにかく、誰かやってあそこまで迎えに行くか」
「そうですなあ、流石に人も付けずに地上を歩いてると大変ですわな」
そこでクロがまた手を上げて、
「見ラレナケレバ良イナラ、隠レテクルゾ。海ニ出テ海底ヲ進メバ、マズ、バレナイ」
「行けるか?」
「オソラク、オオムネ、ナントナク」
「アバウトだな」
「海マデ出ルノガ、ムズカシイ」
「なるほど」
「そういうことなら、自分に任せるであります!」
レルルどんと胸を叩く。
「行ってくれるか」
「あの洞窟の近くにエメレトールという神殿があるであります。あそこはゲートが有りますので、自分であれば一日で洞窟まで行けるであります。それにあのあたりの巡回は第五小隊のはずなので、顔見知りであります。いざとなったらもみ消すであります」
「おお、そうか。よし、帰って本格的に相談しよう」
「了解であります」
家に帰ると、アフリエールの祖母が年少組に囲まれて、楽しそうに遊んでいる。
でも明日には帰るんだよなあ。
誰か泣かなきゃいいけど。
その夜。
帰ってきたレオルドを交えて、色々相談する。
「なるほど、ガーディアンに荷運びを。紳士ともなると、儂ら庶民には想像もつかんことをしなさる。そもそも、ガーディアンが言葉を交わせるなどということも、今まで知らなんだわい」
「ガーディアン、フレンドリー。勝手ニ禁止領域ニ忍ビ込マナケレバ、攻撃シナイ」
とクロ。
「はは、そうかそうか。確かにそうかものう。魔物と違って、ガーディアンがダンジョンから出てきたという話も聞いたことがないしな。で、じゃ。もしこやつのような者が……そうじゃな、一つのダンジョンに二十体、いや、長物は二体一組となるか、そうじゃな三十体あればほとんどの搬入を任せられるじゃろう。そうなると人足のコストが一日五千として……」
とレオルドは計算を始める。
「ふむ、こんなもんでどうじゃ?」
とレオルドがメイフルに紙に記したメモを示すと、
「この子らは特殊なメンテも要りますからなあ、そのへんも織り込んで三倍はみてもらいまへんと。なんせ替えのきかんもんですからな、すぐ壊れる土木人形とはわけがちゃいますで」
「そんなにか! ふむ、試してみんとわからんが、話通りの働きをするのであれば、危険手当も見込んで、確かに最低でも人間の倍は見ても良いな。なんせダンジョンというのは、儂らには未知の領域じゃからな」
「そうでっしゃろ。そこはケチるところとちゃいまっせ。そっちのギルドを通して斡旋する、ちゅーことで、普通の仲介やとこんなもんでっしゃろ、ですから……」
と二人は具体的な取り分の話に入ってしまった。
まだ、ガーディアンが来たわけでもないのになあ。
「ボス、話ハツイタゾ。ワタシノ同型二百体、出セル」
「おお、そんなにか」
「ヒトマズソレダケ、後ハ、状況次第」
「うむ、じゃあ迎えに行けばいいんだな」
話は決まり、翌日、レルルとクロに行ってもらうことにした。
早朝、支度を終えたレルルとクロ、そして愛馬のミュストレークを見送る。
「順調に行けば、明日の夕方には帰るであります」
「おう、二人共、気をつけてな」
「任せるであります」
意気揚々と出かけていった。
まあ、クロもいるし、最近のレルルはヘッポコから普通ぐらいには成長したしな。
あとはなんといっても彼女も根っからの騎士なのだ。
たぶん、大丈夫だろう。
でもやっぱりエーメスぐらい、つけたほうが良かったかなあ。
「大丈夫ですよ、ご主人様。レルルはうまくやります」
俺の不安を見ぬいたのか、アンがそう言った。
「そうだな、あいつも結構成長したし」
「はい、それにクロも居ますし」
俺と同じこと考えてるな。
確かにクロはおちゃらけてるようで、わりと頼もしいからなあ。
順調に行けば、今日の夕方までには洞窟につく。
そこで待機しているガーディアン二百体を率いて、夜のうちに海岸まで進む。
その後、ガーディアンをすべて海に出してレルルは戻ってくる。
海に入ったガーディアンは沿岸を泳いで進み、アルサの東を流れる川沿いに遡上し、運河を通ってエッサ湖に入り、うちの裏庭に来るという計画だ。
微妙に不安が残るが、海に入るところまで行けば、あとは大丈夫だろう。
今日は今日で、色々やることがある。
まずレオルドをイミアとサウの祖父であり、陸運商ボーア商会会長であるボーアに紹介しなければならない。
従者は家族同然なので、両者は遠い親戚みたいなものだからな。
で、どちらも大きな商いを抱える商売のトップだ。
ボーアは段階的に娘夫婦に仕事を任せつつあるそうだが、それでも現時点では責任者である。
そういう立場であれば、コネができたら積極的に利用するのが当然なのだ。
俺だって従者をゲットするためなら、できることは何でもやるつもりだが、金儲けとなると、そこまで食指が動かんのだよなあ。
で、出かける準備をしていると、表でどすんと大きな音が響いた。
メルビエかな、と思って立ち上がると、俺より三倍早くフルンとエットが飛び出していった。
「おかえり、メルビエ!」
「おかえり!」
二人に出迎えられたメルビエが、大きな荷物を脇において、二人を抱え上げる。
「んだ、今帰っただよ」
「あのね、今、おばあちゃん来てるよ!」
「おばあ? だれのおばあだ?」
「アフリエールのおばあちゃん!」
「そうだべか、ちょうどよかっただ、土産もたんとあるでよ」
「すごい、昨日に続いて、今日もおみやげ!」
フルンとエットの二人は、おみやげの木箱を担いで入る。
入れ違いに俺がメルビエを出迎える。
「おかえり、早かったな」
「んだ、おかげさまで昨日の朝、無事に生まれただよ」
「おお、そうか、そりゃめでたい。とにかく入れ、みんな気になってたんだ」
うちに入ってみんなに報告すると、わっと歓声が上がる。
出産には期待もあるけど、不安もあったんだよな。
巨人は並の人間より相当頑丈らしいが。
一通りみんなで喜んだあと、メルビエと話す。
「それで、すぐに行ってもいいのか?」
「んだ、二、三日開けた方がいいだな。あねさんも安泰だども、やっぱり産後はちぃと弱っとるだで」
「そうか。ちゃんとプレゼントも用意してるから、いつでも行けるぞ」
「んだぁ、あねさんも喜ぶだぁよ」
この地方では、子供が生まれると赤い精霊石を埋め込んだスプーンを送るらしい。
それはそれとして巨人サイズの特注品をシャミが用意して、俺はカプルに頼んで、赤ちゃん向けのガラガラを作ってもらった。
似たようなおもちゃはこちらにもあるらしいが、筒状で中に木の玉が入ったものだ。
色もカラフルにつけてある。
あと、名前は知らないが、ベッドの上に吊るしてぐるぐる回す奴も作ってもらった。
気に入ってもらえるといいけど。
「じゃあ、明後日ぐらいかな。お前はどうするんだ?」
「あねさんが心配だで、日が暮れる前にはまた戻るだよ」
「そうか」
「今日は報告に来ただけだで。んだら明後日に迎えに来るだ」
「ふむ、でもこっちから直接行くよ、前にも行ってるんだし」
「そうだべか?」
「ああ、あちらにもそう伝えといてくれ」
「んだぁ」
めでたい知らせで割り込みが入ったが、当初の予定通り、レオルドの爺さんをイミアの祖父のところに、連れて行かねばならない。
改めて支度をして、出かける。
レオルドの他にボーアの孫のイミアと、あと盗賊のエレンもついてきた。
「金持ちが他所の土地を出歩くときは、それなりに気を使うもんさ」
とのことだ。
ボーアの方でもしっかり準備をしていたらしく、たっぷりと歓待されてあとは年寄り同士の世間話みたいなものだ。
「陸の商売、ちゅーもんは、昔からこの国ではないがしろにされておったからのう、そこで儂らエィタのような獣人にも手を伸ばす隙があったわけで」
「そうですな、儂ら土木ギルドも、仕事は海岸と河川の治水が大半で、陸路は街道を除けばどうにも手付かずのところが多い」
「いかにも、それで儂らも馬車が通らず難儀することもまだまだありますな」
「流通は未だ水路が主流ですからな」
「とはいえ、内陸にも村は多い。都の連中は壁に閉じこもって旨い汁だけ吸い上げとる」
「まったく、山むこうの連中は、何事につけてもそれですからな」
「さようさよう」
などと爺さん二人は意気投合している。
俺はイミアの母親が入れてくれた、甘いお茶を静かにすすっていた。
和むねえ。
「そこでじゃ、紳士殿」
和んでいたら、いきなりボーアが話を振ってきた。
「なんでしょう?」
「街道の整備は十年単位の仕事じゃが、それはそれとして、近年話題のダンジョン開発に、儂らも乗り出してみようと思っておっての」
「隠居するんじゃなかったんですか?」
「そうじゃ、ボーア商会は娘夫婦に譲る。今もほとんど任せておるからな」
「そこで余生はチェスを打って過ごすんじゃ?」
「バカモン、それは仕事の合間で十分じゃ」
「まだ働くんですか?」
「うむ、小さい会社を作っての、儂同様口うるさい連中を引っ張っていくんじゃよ。あまり上のもんがようさん残っとってもやりづらいじゃろうが」
「それは良いお考えで」
「そこで、お主の意見を聞きたかったんじゃよ。ずばり冒険者に売るならなんじゃ?」
「そんなもんがあったら自分で売ってますよ」
「そう言わずに教えんかい」
「無茶言うなあ、レオルドの爺さんなら、何を売ります?」
今度は土木ギルドのレオルドに話を振ると、
「そうじゃな、儂もそれをお主に聞きたかった。昨日あそこの若い娘が話しておったじゃろう。アルサのギルドでなにか売ると」
「聞いてたんですか」
「もちろんじゃ」
そこでボーアが、
「なんと、土木ギルドも商売を?」
「うむ、そうじゃ。ボーアさん、あんたは互いに孫を従者に貰ってもらった、いわば親戚筋じゃからな、アルサのギルドは儂にとって同業のライバル。むしろ他業種のお前さんと組むほうが良かろうて」
「それは心強い。というわけじゃ、紳士殿」
結局、俺に戻ってくるわけか。
うーん、冒険者に欠かせないもの……武器や御札、いやもっとプリミティブなものを。
……あれか。
「そうですねえ、じゃあ、水かな」
「水?」
とボーアは首を傾げる。
「そうです。無いと困る大事な水」
「しかし、それは今でも売っとるじゃろう。いや、まてよ。お前さん、商店街でも妙に高い果物や、恋に効く御札なんぞを売っとったな」
「よくご存知で」
「それぐらいは見とるわい。そうか、そういう水を売るのじゃな」
「ええ、まあそうです。例えば氷で冷やした冷たい水。このあたりの井戸ではなく、高地の有名な水源からとった水。そういう付加価値の高い水をブランドにしているんですよ」
「うーむ、しかし、水は水じゃしなあ」
「売れないかもしれませんね。けど、売れたら美味しいですよ、元が水だし」
「ふむ。水源といえば、ここから北のオルボ村に良い水がある。うちの娘が嫁いだ酒蔵があるんじゃがな」
「ああ、サウの実家の」
「そうじゃ、あそこの水は実に良い。そうじゃな、あれをどうにかして」
そこで隣で聞いていたレオルドも、
「ふむ、水か。考えたこともなかったが、確かに街では内地でもなければ水は旅人も宿で勝手に汲んでいくからのう。じゃが、ダンジョンでは水もワイン同様買うのじゃろう?」
「ええ、中で騎士団が売ってたりしますね」
「ふむ、水はワインと違って許可もいらんはずじゃ。もし、本当にそこに付加価値がつくならやる価値はあるか」
「でも、やはり難しいとは思いますよ。俺の故郷でも水を売る商売はあったんですが、最初はなかなか苦労していたようです。一度買うのが当たり前になると、むしろ水道……もとい、井戸などの水よりそういうブランド水を好む連中も出てくるぐらいですが」
「なるほどのう、ではどうじゃ? 水を汲み出し凍らせる工場を共同で作り、搬送から販売までやるというのは、工場はうちで作るし、小売はちとわからんが」
「ふむ、そして流通は儂か。面白いのう」
「なんせ元は水、投資リスクは最低限で済む」
「他にも山間にはうまい水が多い、そういうものを調べ上げれば、ブランドにできるのう」
「どうせやるなら、他が考えんようなもんのほうがいい。そうじゃな、供給体制までしっかり用意してから、一斉に売り込みをかけるのが良かろう」
などとノリ気の爺さん二人は、俺をほっといて盛り上がり始めた。
大丈夫かいな。
まあ、二人共ベテランだ、失敗したらしたで、引きどきはわかってるだろう。
「紳士殿、話は決まったぞ」
とボーア。
「そりゃあ何より。儲かったらなんか旨いもんでもごちそうしてください」
「ははは、任せておけ。それよりも、儂らは小売は素人なもんでな。お主んとこの、あの商売人に一つレクチャを頼みたいのじゃが」
「それはかまいませんが、今は神殿の方の商売が忙しいので、すぐには無理ですよ」
「うむ、どうせ下調べにしばらく掛かる。金も集めんといかんしのう」
その後、適当なところでお開きとなり、俺はレオルドの爺さんとともに家に帰った。
「遅かったのですね、良い話ができたのですか?」
レオルドを出迎えた彼の妻がそう尋ねると、
「うむ、まあこれからの話しじゃがな。ま、帰ってから話そう」
「帰り支度はできていますよ。ゲートの予約時間まで、あまり間がないでしょう」
「そうじゃな、では、そろそろおいとまするか」
レオルドがそういったのを耳ざとく聞きつけた年少組がわっと寄ってくる。
「えー、もう帰るの?」
「やだ、あと一日!」
「せめて晩ごはん食べようよ!」
などとしがみつく。
「ほらほら、おばあちゃんを困らせるんじゃない」
俺がそう言って引き離すと一旦離れるが、それでも悲しそうにしている。
そういう顔されると、俺も辛いぜ。
「ほら、あなた達。そんな顔をしないで。また会いに来ますから」
レオルドの妻がなだめると、オーレがパッと明るくなる。
「ほんと?」
「ええ、だからまた、手紙もちょうだいね」
「うん、いっぱい書く!」
「私も!」
「あたしもかく!」
などと一斉に言い出す。
みんな健気でいい子だねえ、さすが俺の従者だ。
「では紳士様、お世話になりました」
「こちらこそ、お気をつけてお帰りください」
孫であるアフリエールはゲートのある神殿まで一緒に行かせてやった。
エレンもボディガードにつけてやる。
皆で手を振り、一行を見送った。
「帰っちゃったね、おばあちゃん」
フルンがしんみりとつぶやくと、オーレもうなずいて、
「手紙! 今から書く!」
「うん、書こう!」
みんな揃って奥に引っ込んでいった。
タフだな。
泣く子が居なくてよかった。
安心したら、なんだかジーンと来て俺が泣けてきたぜ。
歳かなあ。
こういう時は、美女の胸の谷間に、安らぎを見出すべきだな。
誰がいいかなあ、と考えながら家に入ろうとすると、ちょうどフューエル達が探索から帰ってきたところだった。
あの形の良い胸は俺用じゃないけど。
「おかえり」
うちの前で出迎えると、フューエルは、
「ただいま戻りましたよ」
と答えてから、一瞬眉をしかめるが、そこは無視してこう続ける。
「お客人は、もう帰られたのですか?」
「ああ、今さっきね。そっちは順調かい?」
「おかげさまで」
「さっきイミアの爺さんからいい酒をもらってきたんだ。あれでも飲んで、くつろいでくれ」
「良いですね、今日はまた随分冷えますし」
「そう思って、暖炉もしっかり火が入ってるぞ」
「それは何よりのごちそうですね」
「それと今朝、入れ違いにメルビエが戻ってな、無事に生まれたってよ」
「まあ、それはおめでたい。早速お祝いに行かなければ」
「一応、明後日あたりに行こうかと思ってな。君も行くかい?」
「当然です。では早速、段取りを考えなければ。さあ、いつまでこんな寒い軒先に突っ立っているのです。早く入りますよ」
そう言って笑うフューエルを迎え入れながら、今日はしこたま飲もうと、心に決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます