第177話 内弟子
「たぁ、たぁっ!」
裏庭に、角娘スィーダの掛け声が響く。
クメトスの弟子となった彼女は、朝早くにやってきて、ずっと木刀を振るっているのだ。
今朝もその様子を二階のテラスからのんびり眺めている。
サイズ的には普通の木刀だが、俺と同じ鉛入りの重いやつだ。
今日で三日目のはずだが、彼女は俺が見ても分かる程度にはへっぴり腰だ。
しっかり治療を受けたからか、ガモス族というのが彼女の言うとおり頑丈なのかは分からないが、怪我の方はもう支障ないようだ。
「切っ先がブレています、もっと落ち着いて、一振り一振りをもっと大切に振るのです」
クメトスの指導の声は厳しい。
スィーダは種族の違いなのか、筋力は俺より遥かにあると思うんだけど、要は腰が入ってない。
力の入れ方というか、運び方が悪い。
だから剣もぶれる。
俺もすでに一年以上セスに剣を習い、実戦経験もそれなりに積んだだけあって、それぐらいのことはわかるのだ。
それはそれとして、汗だくのスィーダが薄着なのはわかるが、側で立って見ているだけのクメトスも薄手の麻のシャツ一枚で見てるこっちが寒くなるな。
「あと十回!」
「はい。たぁ、やぁ!」
スィーダはどうにか振りぬいて、その場に力尽きる。
「少し休憩しましょう。汗を拭きなさい」
そう言ってクメトスはタオルを放り投げてやる。
スィーダは手を上げる元気も無いようだったが、
「あ、ありがとうございます」
どうにかそれだけ答えて、再びダウンする。
クメトスの修行はハードだからなあ。
気陰流剣士にして忍者でもあるコルスが言うには、
「拙者もセスも剣術道場で学びましたからな、拙者の所はそうでもござらんかったが、セスがいたのはそれなりに大きく、子供も通うような道場だったのでござろう。であれば当然、客商売として程々の所から教えるノウハウというものがあるでござるよ。それに引き換えクメトスは生粋の騎士でござろう。ああいったものは最初から選ばれた能力の持ち主を限界まで鍛えるための修行でござるからな。両者の修行に違いがあるとすれば、そこでござろうな」
とのことだ。
「さあ、休憩は終わりです。次は槍を構えなさい」
まだヘロヘロのスィーダにクメトスが命じる。
ヘビーだなあ。
「わ、私は剣を学びたいのであって、槍も必要なんですか」
ここまで黙々と練習していたスィーダちゃんが、クメトスに初めて反論した。
バテたのかな?
だが、クメトスは簡潔にこう言った。
「あなたの祖父は武芸百般、剣だけでなく槍も弓も名人と呼べる腕前でした」
そう言われては、祖父を目指すスィーダも素直にやるしかあるまい。
スィーダは立ち上がって、たんぽ槍を構える。
練習に使う、ダミーの槍だ。
「そうです。腰はもっと落として、深く構えるのです」
「はい!」
健気に頑張ってるなあ。
そのまま稽古は続き、昼前になってやっと終わる。
「ありがとう、ございました……」
フニャフニャになって崩れ落ちるスィーダ。
「さあ、その程度で音を上げてどうするのです。ガモスの血はそんなものではないでしょう。汗を拭ったら食事を取り、午後は薪割りです」
「は、はい、領主様」
「ここでは領主ではなく、師です。師匠と呼びなさいといったでしょう」
「はい、師匠」
スパルタだなあ。
俺は寒くなったのでうちの中に戻る。
そろそろ昼飯だしな。
今日の昼飯は、辛めに煮込んだお肉と芋だ。
家事組しか家に残っていないので、量も控えめだな。
そんな中でガツガツと景気よく飯を食うスィーダに、牛娘のリプルがつきっきりで給仕をしている。
それにしてもすごい食欲だ。
「ガモスもミモアもよく食うだべ、その間の子なら、もっと食うだべ」
料理人にしてミモア族であるモアノアはそう語る。
モアノアもよく食って体もぽっちゃり丸いしな。
あまりの食欲に、初めはクメトスも遠慮させようとしていたが、見てて気持ちいいので、食えるだけ食わせるように言っておいた。
幸い、エツレヤアンの頃と違って、食費に困ることはない。
僅かな豆をわけあって暮らしてた清貧時代はもう去ったのだ。
「はい、スィーダさん、おかわり」
リプルがスープを手渡すと、
「うまいうまい、ほんとにうまい」
と言いながら次々と口に放り込んでいく。
「スィーダ、こっちのお肉は辛いから気をつけて」
「うまいうま……からい! から、うま、からっ!」
「だから言ったのに、ほら、ミルク!」
「うまい、あまい、からい」
「ふふ、ほら、こぼさないで食べて」
「うん、もったいない」
「はい、これも食べる? りんごのシャーベットだけど」
「なにこれ、つめたい、うまい、あまい、うまい!」
リプルも、楽しそうに餌付けしてるなあ。
それにしてもよく食うな、まるで一日分食いだめするかのような勢いだ。
まさか、ほんとに食いだめしてるんじゃないだろうな。
だいたい、あんな戦い方じゃまともに稼げてなかっただろうし、仕送りとかあるんだろうか?
そもそも、宿とかどうしてるんだろう。
後でそれとなく話を振ってみよう。
午後、裏庭から、薪を割る音が響いてくる
指導を終えて一息ついたクメトスに話を聞いてみた。
「で、どうだ、彼女は物になるのか?」
「どうでしょうか。そもそも、ガモスもミモアも、男は大きく、女は小さい種族です。成人であるモアノアも今のフルンとさほどかわらぬ身長でしょう。スィーダも伸びてあと数センチではないでしょうか。そうなるとあの大剣を自在に振り回すのはなかなか……」
「そりゃ困るな」
「そちらは、まったく手がないというわけではないのですが、なんと言いますか、やはりあの年までまったく修行をしていないので。むろん、まだ遅いという歳ではないのですが、どこまで伸びるのかは、まだなんとも……」
「はは、弱気だな。らしくないんじゃないか?」
「申し訳ありません」
「メリーもエーメスも、お前に槍を学んだと行っていたじゃないか」
「あの二人は、比べてはなんですが、元より才能もありましたし、先々代団長であるデライア卿……今は都で騎士院に居られますが、初めにあの方の薫陶を受けています。あの方と比べれば私など及ぶところでは……」
「ふむ」
真面目すぎる人間は、考えが負のサイクルに入ると、どんどんダメな方に落ち込んでいくからな。
どこかで切り替えてやらんと。
クメトスは案外手がかかるタイプだよな。
「まあ、なんだ。まだ始めたばかりだろう。俺なんてセスに剣を習って一年以上になるが、未だにほとんど素振りばっかりだぞ。フルンはあんなに技とか習ってるのに依怙贔屓と思わんか?」
「いえ、それは……むしろフルンが剣をとってまだ一年ということのほうが驚きです。あれは十年学んでもなかなか到達できる域ではないかと」
「そうなんだろうな。つまり、それだけ個人差ってのは開きが大きいんだよ」
「たしかに。ガモス族は本来、森の王者などとも言われ、屈強な体からくり出される力は、素手で巨木をへし折るほどともいわれます」
「そりゃまたすごいな」
「実際、彼女も力だけなら相当なもの。そこを伸ばしてやれば……、しかし……」
そう言って、ますます悩み込んでしまった。
一度セスにも相談しておくべきだよなあ。
あっちは例のお姫様のお供で苦労してそうだし、もうちょっとあとでもいいか。
そもそも、スィーダはなぜ祖父の剣を継ごうと思ったのだろうか。
あの体型で、巨大な剣を使うのはいくらなんでも無理があるだろうに。
なんにせよ彼女は必死ではあるが、それでいて例えば元船幽霊のネールのような悲壮感は感じられないんだよな。
もっと無邪気というか、一途というか、焦りというか。
そこのところを聞いてみると、
「どうも本人が何も語らぬので、故郷に手紙を出しておきました。いずれわかるかもしれません」
「そうか」
「ただ、あの者の祖父は親族だけでなく村の者が誇るに足る人物でしたから、孫として憧れたとしても、無理は無いでしょう」
「そんなに立派だったのか」
「はい。特に二十四年前の冬のことは、私もはっきりと覚えています。その年の冬は雪が深く、私は村を出て保養地に向かう前に街道が閉ざされ、珍しく村で過ごしていたのですが……」
村の子供と雪遊びをしていた幼少のクメトスの前に、突然血まみれの男が現れた。
男は旅の商人と名乗り、山越えの最中に正体不明の魔物に襲われたという。
村では男を介抱し治療してやったが、これが罠だった。
男は山賊の一味で、村の様子を探っていたのだ。
傷も自分たちでつけたもので、見かけの割には浅い傷だった。
村が手薄なことを確認した男の手引で、囲いは破られ、あわや大惨事というところでスィーダの祖父スェードルが一人で山賊どもを退治したのだ。
「それは恐ろしいほどの剣の冴えでした。あの大剣ガルペイオンをスェードルの巨体が振るう度に、山賊どもの首や胴がポンポンと宙を舞うのです。不謹慎ながら、その姿はまるで大道芸のようでしたが、同時に私は卓越した本物の剣技というものを初めてみたのです。いずれはあのような豪剣をと、今でも私の目標でもあります」
「ふむ、凄いな」
「ですから、あの子がガルペイオンを継ぐというのであれば、やはりそれだけのものを求めたくなってしまうのかもしれません。これは私のわがままであるのですが」
「だが、その思いは彼女も同じだろう」
「そうだと良いのですが、私のおせっかいが、果たして彼女のためになるのか……」
「まあなんだ、人を指導するってことは、相手の人生のいくらかを決定づけるということだ。悩んで当然さ」
「はい、肝に銘じておきます」
我ながら偉そうなことを言ってるが、俺の行動や決断は、多くの従者たちの人生に影響を与えてるんだということも、忘れちゃダメだよな。
コタツでお茶をすする間にも、薪割りの音は続く。
あれも修行の一環らしいからな。
しかし、寒いよなあ。
「また雪が降り始めたみたいです。そろそろ、スィーダには上がってもらったほうが……」
リプルがやってきて、クメトスにそう告げると、
「雪で斧がぶれるようでは修行になりません」
とにべもない。
すぐ悩む割に、こういう杓子定規な所はぶれないな。
「そ、そうですか」
リプルが我が事のように落ち込むのを見て、慌ててクメトスはこう言った。
「いや、確かにそろそろ十分でしょう。よし、今日はもう上がらせます。リプル、あの者のために、熱い茶などお願いできるでしょうか」
それを聞いてリプルは嬉しそうに、
「はい、では今すぐ」
土間に駆けて行った。
「あのような顔で願い事をされると、どう返していいのかわかりませんね」
クメトスは苦笑しながらそういった。
「修業が必要なのはスィーダだけじゃなさそうだな」
「まったくです。では、失礼」
デレたな。
いや、ちょっとずつうちに馴染んできてるのかな。
クメトスが裏庭に出ていくのと入れ違いに、デュース達が帰ってきた。
フューエルも当然のように一緒なあたりがアレだな。
仕事が終われば普通は自分の家に帰るんじゃないかと思うが、何故かうちで装備をといて思いっきりくつろいでいる。
まあ、いいけど。
一緒に帰ってきたフルンとエットが、俺のところに飛んできて、
「ねえ、スィーダもう帰っちゃった? クメトスは?」
「今、修業を終えたところだ、裏庭にいるぞ」
「ほんと! 行こう、エット!」
「うん!」
二人はバタバタと裏庭に飛んでいった。
元気だねえ。
俺はそこまで元気じゃないので、暖炉の前でくつろいでいるデュースやフューエルたちのところに行ってみた。
「お疲れさん、今日の戦果はどうだい?」
太鼓持ちのようにご機嫌を伺うと、ソファにふんぞり返ってワイングラスをあおっていたフューエルが面倒くさそうに答える。
「最低ですね。今日は地下七層の、地図の古い場所の確認を兼ねて歩いていたら、エムラのパーティと出くわしまして」
「例のライバルか」
「基本的に受け持ち範囲は決まっているのですが、どうも境界あたりの地図が古く、重なっていたようです。それ自体はしかたのないことなのですが」
「ふむ」
「なぜか、どちらが多くの魔物を狩るかという競争になってしまい」
「受けなければいいだろう」
「私に逃げろというのですか!」
「いや、受けたいなら別にいいじゃん。で、勝ったのか?」
「それが途中で、魔物の数でいくのか、コアの価値でいくのかと言い争いになり」
「そういうのは先に決めないとな」
「競技でもあるまいし、あの場でそこまで気が回るものですか!」
「それもそうだな」
「とにかく、無駄に消耗してしまいました」
「まあ、なんだ。もう一杯」
ワインをついでやると、それを一気に飲み干して、更にグラスを突き出す。
それにしても、フューエルの方も面白そうだな、次はついていってみようかな。
などと考えながら、改めて注いでやろうとした時に、背後から鋭い声が響いた。
「なんですかお嬢様、その態度は。まるで山賊の首領ではありませんか!」
声の主はもちろん元女中頭にして我が家の従者たちの家庭教師であるテナだ。
フューエルの教育係も務めていたらしいテナは、こういう時は容赦無い。
「い、いたのですか、テナ」
「いるに決まっているでしょう。クメトス様を見習ってはどうです? 若き戦士の師として己と弟子を厳しく律し、導こうとしておられます。かたや同じ領主の身分でありながら、明るいうちから他所様のお宅でふんぞり返り、酒を煽るなどもってのほか。あなたも弟子を持ったのでしょう」
「だ、だって、疲れていたんですもの」
「だってではありません! 紳士様もそうです。そういう流されやすい態度が隙を生み、周りの人間にも悪い影響を与えてしまいます。良いですか、あなたはそこにいるだけで、多くの人に影響を与える存在なのですよ!」
「はい、すいません」
俺にまでとばっちりが。
「反省したら、皆でこれを飲んでください。蜜柑をたっぷりと絞ったジュースです。柑橘類は体に疲れを残さないといいますからね。明日も探索なさるのでしょう」
飴と鞭の効いたテナのお説教が終わったので、俺は裏庭に行ってみる。
こちらでは、ほのかに舞い散る雪の下で、スィーダやフルン達がテーブルでお茶を飲んでいた。
中で飲めばいいのになあ、と思って側によると、フルンが俺に気がつく。
「あ、ご主人様も来た、一緒にお茶飲む? リプルが入れてくれたミルクティー、おいしいよ!」
「中で飲めばいいのに、なんでまた、こんなところで」
「なんでってなんで?」
「寒いだろう」
「うーん、そうでもない。みんなは?」
フルンが聞くと、エットやスィーダ、それにクメトスは全員平気だと答える。
「あ、でもリプルはすぐに戻っちゃったから、やっぱり寒いかも。ここは寒くない人向け!」
「ははは、まあお前たちなら平気だろうな」
クメトスも、
「村ではもう少し経つと何メートルも雪がつもります。それに比べればこの程度はまだ冬とは呼べない寒さでしょう」
「そんなもんか。でも、そうなるとやっぱり年が明けないと村には行けないかなあ」
「そうですね、思ったより私も忙しく、それにスィーダのことも引き受けた以上は、疎かには出来ませんし」
そう言ってクメトスと一緒にスィーダを見る。
スィーダは美味しそうにお茶を飲んでいた。
「そういえばスィーダちゃん、いつ頃この街に来たんだ?」
と聞くと、お茶を飲む手を休めて、
「二ヶ月ほど前……です。ここが一番近い、大きな街だし……神殿のダンジョンの噂とか、り、領主様のことも、聞いてたし、村長が困ったことがあったら、騎士団に行けって、手紙も書いてくれて……」
「そうか、まあ頼れてよかったな」
「あんた……いや、貴方様は、領主様の主人なんでしょ? や、やっぱり偉いのか、じゃない、偉いのですか?」
「ははは、本当に偉い人に、お前は偉いのかとか聞いたら大変だぞ」
「うっ、ごめんなさい」
「まあ、俺は普通の商人兼冒険者さ。じゃあ、二ヶ月もどこで暮らしてたんだ? 宿代も馬鹿にならんだろう」
「う、うん。あの、神殿の、木賃宿に……」
「木賃宿?」
代わりにクメトスが答えて、
「神殿には無宿人や流しの人足などに寝床を提供する施設があるのです。小麦を持ち込めば、ただで寝床とパンが貰えるそうです」
「ああ、そういうのか。クメトス、弟子に取ったからには内弟子としてここに住まわせてやれよ、そんな暮らしじゃ力もつかんだろうに」
「よろしいのですか?」
「いいんじゃないか? 二階に小部屋がいくつか開いてるだろう。テナの部屋も家馬車からそっちに移すみたいだし」
そう言うと、フルンが立ち上がって、
「いいの!? ホントはね、今夜辺り頼もうと思ってたの! お酒いっぱい飲んだ後ならうまくいくかなってリプルやエットと相談してたのに、頼む前にご主人様から言ってくれるなんてやっぱり凄い! ご主人様大好き!」
「ははは、そうかそうか、俺もいい主人だなあ。で、どうする、スィーダちゃん」
本人に聞くと、師のクメトスの顔色をうかがうように、
「あの、いいのか? ちが、いい、ですか?」
「そうですね、主人の許しも得たことです。ぜひ、そうしなさい」
クメトスもうなずく。
「う、うん、ありがとう、師匠」
「私ではなく、主人に言うべきでしょう」
「そうだった、ありがとう、えっと」
「サワクロだよ」
と俺が答えると、スィーダはぱっと顔を明るくして、
「サワクロさん、ありがとう。ホントはもう、麦を買うお金もなかったんだ。どうしようかと思って」
「いきあたりばったりだなあ、もう少し計画的に生活しないと大変だぞ」
「う、うん……」
そこでフルンが、
「野宿でご飯もないとねー、すっごい辛いよ!」
「そうそう、寒いし、お腹減るし、あたしも大変だった!」
エットも頷く。
「じゃあ、二人で手伝って、スィーダの部屋を用意してやってくれ」
「うん、でもね、考えてたんだけど、裏庭にテント張って暮らすのどうかな?」
とフルン。
「いや、中が良くないか? 寒いぞ?」
「寒くないよ?」
「そうかな?」
「テント、今使ってないし、カプルが折りたたみのベッドとかいっぱい作ってたから、あれと棚を並べればお部屋になるよ! かっこいい!」
「そりゃ、お前が住みたいだけだろう」
「うん! じゃなくて、えーと、その、かっこいいから! どうかな、スィーダ」
とフルンが聞くと、
「テントかっこいい。冒険者が野宿してるの見て、憧れてた。爺ちゃんも、昔旅してたって言ってたし」
「でしょ! いいよ、テント。すっごい吹雪の時だけ、中にはいればいいし。じゃあ、テント建てよう!」
そう言って裏庭にテントを建てることになった。
以前の子供用テントをベースに、前室として大きめのタープを張る。
テントの底にはスノコと安物のじゅうたんを敷き詰め、その上にベッドとテーブル。
さらに小さな棚を置いて、収納用の籠を並べればあっという間に完成だ。
「すごい、かっこいい!」
「いい!」
「あたしもここ住む!」
スィーダ、フルン、エットの三人は口々にそう叫ぶ。
この三人はどうもレベルが一緒だな。
オーレあたりも気が合いそうだが、撫子やピューパーは逆にもう少し大人ぶってるところがあるな。
「ちゃんとランプも吊るしてあるから夜も平気!」
とフルン。
「この前室のところにちゃんと火床と椅子も用意して焚き火でリラックスできるようにしないとな」
と俺が言うと、フルンが、
「うん、それいるよね! 焚き火が一番大事。テントと焚き火は、セットじゃないとダメ!」
「とにかく、火をおこそう。薪取ってくるか」
「うん、じゃんじゃん燃やそう」
というわけで、薪を並べて火をおこす。
はあ、火があると和むな。
「すごい、あったかい。こんな家、想像できなかった」
スィーダはえらく気に入ったようだ。
まあ、キャンプは楽しいもんだ。
毎日暮らすにはどうかと思うが、飽きたら中に入れてやればいいだろう。
他の年少組も出てきて、楽しそうに火を囲む。
スィーダはあっという間にうちに馴染んだ気もするな。
それをしばらく見守ってから屋内に入ると、フューエルはまだワインを飲んでいた。
こっちも馴染み過ぎだろう。
「飲み過ぎじゃないのか?」
「これぐらい、飲んだうちに入りません。やっと喉の渇きが取れたので、これから本格的に飲むのです」
「なら、俺ももらおうかな」
腰を下ろして、側に控えたミラーからグラスを受け取る。
それにフューエルがワインを注いでくれながら、こう尋ねてきた。
「外で何をしていたのです? 寒いのはすぐにいやがるでしょうに」
「そうなんだけどな、例のスィーダちゃんがクメトスの弟子になっただろう、だから内弟子としてうちに住まわせようかとね」
「そうやって、すぐに若い娘を囲い込む」
「人聞き悪いなあ」
「で、どこに住まわせるのです?」
「最初、二階の空き部屋にと思ったら、何故かテントがいいと言い出してな、裏庭にテントを立ててやったよ。」
「この寒空に……」
「俺もそう言ったんだけど、どうもあいつらはこれぐらい寒くないらしいぞ」
「獣人は暑さ寒さに強いですからね」
「そんなもんか」
「この世界でもっとも脆弱なのは、我々アーシアルの民ですよ」
「そんなに違うもんかね?」
「どうでしょうね、普通に暮らしているとわかりませんが……ただ、魔力に関しては違いがあると思います。人間、つまりアジアルともアーシアルとも呼ばれる民は属性の相性こそ無いものの、上限という点では劣ることが多いのですよ。妖精の血を引くエムラのように膨大な魔力を持つものは、得てして古代種に多いのです」
「妖精って、彼女は人間じゃないのか? 見た目じゃわからなかったが」
「何代にもわたって人間と交わったせいで、今ではほぼ人間と変わらないそうです。そもそも、本当に祖先が妖精なのか、別の古代種なのか、それともただの言い伝えなのかは彼女にもわからないそうですが、彼女の家系、というかあの国の王族は言い伝えでは古い妖精の末裔であると、そういう建前なのです。それに実際、彼女の魔力はとても強いのですよ。ちょっと妬ましいほどにね。彼女こそ神霊術より魔道士を目指すべきでしょうに……」
「なるほどねえ。しかし妖精っているんだな。精霊とは違うのか」
「精霊は精霊石の霊的な表れであり、どこにでも溢れているでしょう。妖精は、言ってみれば単にそういう種族です。羽があり、より純粋な魔法的存在であったとか。まあそういう意味では精霊に近いともいえますが……」
「ややこしいな」
「ややこしくはないでしょう。一体、どんな場所で育てば、そこまで教養に隔たりができるのです? 前から思っていましたが、紳士様は教養というか、変わった知識だけでなく、価値観なども相当なギャップを感じるのですが」
「そこはお前、とんでもなく遠い田舎なんだよ」
「どうも胡散臭いですね、魔界の住民でも、もう少し我々と共通点が多いと聞きますが。貴族的でもなく、庶民的でもなく、まるで太古の賢者か仙人かというような浮世離れした言動も見受けられます。その一方で、女性と食事のような欲求にはとても執着しますし」
雲行きが怪しいので、強引に話題をそらそう。
「そういえば、魔界といえば、前に潜ったあの先を探検してみようと思うんだけど、魔界に行くのってどうすりゃいいんだ?」
フューエルは一瞬眉をしかめるが、そこで追求はやめてくれたようだ。
最近、優しいなあ。
「……なぜ、またそのようなことを?」
「ちょいとわけありで探しものをね。もうちょっと詳細がわかれば教えるんだけど、まだ現状じゃなんとも」
「そうですか。別に魔界に降りること自体は問題ありません。地位協定がありますから」
「地位協定?」
「魔族が神に反乱し、調伏された際に結ばれた、いわゆる不平等条約ですよ。魔族は常に地下にあり、決して地上を犯すべからず。もしいでる時は、隷属の証として奴隷の印を受けよ、とまあ、そういう条約です」
「なるほど、そういやプールにも首輪つけてるもんな」
「これは地上に出てきた魔物を討伐できる法的な拠り所でもあるのですが、逆に地上の民が魔界に行くのは何も問題がありません。もっともこれは建前ですけど」
「というと?」
「丸腰で地上人が魔界をうろついていれば、あっという間に身ぐるみ剥がされて、奴隷市にでも流されるでしょうね」
「ふむ」
「ですから、自衛の手段を十分に持つか、土地の有力者、国王なり部族長なりに話を通して、その庇護下に自分を置かねばなりません。魔界で何かするためには、まずそこからはじめなければ」
「なるほど。で、具体的にはどうするんだ?」
「我が国は、それほど魔界に友好国がないのですよ。ローゼルなどは交流が盛んですが」
「ローゼル?」
「ウクレの故郷の国ですよ、北方の、我が国と敵対している」
「ああ、そういうのあったな。すっかり忘れてたよ」
「普通は忘れないと思いますが」
「まあいいじゃないか。じゃあ、お上頼みでコネを作るのは難しいのか」
「そうですね」
そこで黙って飲んでいたデュースが一言、
「そう言えばアームタームは魔界とつながっているので、交流が盛んだと聞きますねー」
それに答えてフューエルは、
「へえ、それは初耳ですね。ですがもう、反対の耳からすべて抜け落ちてしまいました」
「そこまでムキになるフューエルというのも珍しいですねー。よほどあのお嬢さんのことが気になるんですねー」
「なりませんよ!」
「そうですかー、でも私も気になりますねー、今日はじめてご挨拶しましたがー、今にも飛びかかられんばかりの殺気を感じましたねー。私は何もした覚えがないんですけどねー」
「私だってありませんよ! まったく、なんでこんなことに!」
結局フューエルは夜までうちでくつろいで、晩飯まで食ってから帰っていった。
スィーダも一緒に食事をとったあと、建てたばかりのテントに入った。
フルン達もあっちで遊んでいるようだ。
相性はいいんだろうなあ。
一方、クメトスの方は難しい顔をしながら食事が進んでいないようだったので、俺が一杯ついでやると、
「あ、これは……ご主人様も一献」
クメトスが俺にお酌を返しながら、こう言った。
「昼間はありがとうございます、私ではあそこまで気が回りませんでした」
「スィーダのことか」
「はい。剣を教えるとなると、どうも剣の上達のことばかり考えてしまい、それ以外の暮らしといったことまで思い至らぬようで。やはり私には上に立つ視点というものが抜けているようです」
「まあ、それはそれでいいさ。お前は剣を教えればいいし、それで足りない部分は他の誰かが気を配るわけだ。実際、俺が言うまでもなくフルン達が考えてたみたいだしな」
「そのようですね、聞けばあの子たちは幼い頃から随分苦労したとか。それに引き換え、私はどれほど恵まれていたか。返す返すも恥じ入るばかりです」
「そんな深刻になるようなもんじゃないぞ、それぐらい個人差の範疇だ」
「そうなのでしょうか」
「そうそう」
クソ真面目なところは相変わらずだな。
というか価値観が一つしか無いんだな、クメトスは。
メリー同様、世間知らずと言ってもいいが。
まあ、そこが可愛いんだけど。
ほんとうに足りなくて困る部分があれば、俺やみんながフォローすればいいだけだしな。
むしろ、たまには俺が活躍できる場が欲しいぐらいだ。
スィーダちゃんの方ももう少し面倒を見てやりたいが、こちらはのんびり見守るしかないよな。
それよりも、神殿地下の大掃除や、アフリエールの祖父母の件もある。
メルビエの姉の出産ももうすぐだし。
この年末は忙しくなりそうだ。
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