第176話 恩人
朝、神殿に向かう連中を全員送り出してから、俺は暖炉の前に陣取る。
昨日の今日でなんだが、今朝はサボりだ。
なんというか、まだ気力が回復してないんだろうな。
あるいは、単に寒いからかもしれない。
今うちに残っているのは大半が家事組で、今日もテナの指導を受けながら、いつもどおり仕事に勤しんでいる。
テナが来てから、どう変わったのかはまだ俺には分からないが、アンを始め、どことなく立ち居振る舞いに品が出てきた気がする。
そういえば、フューエルの屋敷のメイドはみんなお上品だったよな。
あれが良いのかどうかはわからんが、いざとなればああいう風にできる練習をしておく必要はあるのかもしれない。
なんといっても紳士様の従者なんだしなあ。
紳士様というのがどれほど立派なのかは紳士である俺さえもよく知らないわけだけど。
俺が特別、知らなすぎるだけか。
それでも俺だって、紳士について一通り勉強はしたんだけどな。
曰く女神の盟友、曰く偉大なる血族、などなど、なんだかよくわからないけど特別な身分らしい。
後光が指してるしな。
ただ、この世界の連中も具体的に紳士が何なのかはわかってないらしい。
個々の紳士も王族だったり、屈強な戦士だったりと様々だ。
ただ、人の上に立つような立派な人物であることが多いそうで、結果的に俺もそうあるべきだと思われているのだろう。
面倒ではあるが、可愛い従者から期待されれば、一つ応えてやろうかなという気にはなる。
気にはなるが、やっぱりしんどいので今日はサボりというわけだ。
まあ、たまには良いよね。
たまにと言えば、昨夜遅くに白象砦から戻ったクメトスが珍しく寝坊して、丁度起き出してきた。
「もう、皆出発してしまいましたか」
冷たい水で顔を洗ってきたクメトスがさっぱりした顔でそう言う。
あまり冷たい水で洗うと、美容に良くないんじゃないかなあ、などと考えつつ、返事を返す。
「今さっき出かけたよ」
「砦で寝起きしていた頃は、どれほどの遅番でも、夜明けとともに起きられたのですが、こんなにも布団の魅力に打ち負かされるのは、子供の頃以来です」
「うちは寝たいだけ寝ていいことにしてるんだ。寝不足は万病のもとだしな」
「なるほど、確かに我々も体が資本ですから」
そう言って微笑むクメトスは、どこまでが冗談なのかわかりづらいな。
「朝飯は食ったのか?」
「いえ、先に汗を流してからにしようかと」
つまり今から朝練か。
寒いのに元気だなあ。
そういえば、今朝はみんな朝練抜きで探索に出て行ったので、俺もやってないんだった。
「よし、じゃあ俺も付き合って素振りでもしよう」
「それは良いお考えです。ではご一緒に」
結論から言えば、この思いつきは大失敗で、小一時間足らずの間とはいえ、みっちりクメトスにつきっきりで超絶ヘビーな指導を受けてしまった。
エットがぼやくのもわかる。
朝食ったものを戻しかけるほどしごかれて、ヘロヘロになって今は湯船に浸かっていた。
浴室には、一緒に朝練を終えたクメトスと、いつ寝てるのかわからない地下室の主、カプル、シャミ、サウのアーティスト三人組がいた。
「どうしたの、ご主人様。朝からご奉仕でヘロヘロ?」
前衛的デザイナーのサウが若くて張りのある肌にお湯をしたたらせながら、かわいい猫耳をピンと立てている。
「こっちの方のご奉仕をたんまりとな」
と剣を構えるポーズを取ってみせる。
「ああ、それね」
「そっちは徹夜明けか?」
「ううん、昨夜は下で寝てたわよ。今起きたところ。これから神殿に行ってみようかと思って。屋台がでてるんでしょ?」
「そうだな、メイフル達が出張ってるぞ。代わりにうちの店番はイミアがやってるからな」
「そうみたいね。とにかくほら、商売の現場も、見ておきたいじゃない。私、屋台とかあまり経験ないし。実家は造り酒屋だから、直接小売とかしないし、おじいちゃんとこも運送業って中間業者でしょ。現場を見ないとわからないこともあるじゃない」
「そりゃそうだ。じゃあ、俺も一緒に行こうかな」
「ほんとに? そういえば、ご主人様と一緒にでかけたことってあったかしら?」
「どうだっけ。お前いっつも篭ってるからな」
「じゃあ、デートね。ねえ、クメトスもどう?」
サウはクメトスに声をかける。
「良いのですか? あなたがデートに誘われたのでは」
「いいじゃない、だって私、クメトスともほとんど話したことないもの」
「面目ありません。いつも家を開けてばかりで、新参者として恥じ入るばかりです」
「ああもう、そういうのは無し。同じ主人に仕えるなら姉妹も同然って言うじゃない。喧嘩したわけでもないのに謝るとか無しよ」
「はい、申し訳……あ、いや。わかりました。では、一緒に参りましょう」
「じゃあ、決まりね。カプル達はどうする?」
今度はカプルに話を振ると、湯船にデカイ胸を浮かべてたゆたっていたカプルは、
「そうですわね、クメトスが行くのなら、ボディガードは不要でしょうし、ご主人様の盾も仕上げたいので残りますわ」
「同じく」
顎までお湯につかったシャミも頷く。
「そう、じゃあ、三人で行きましょうか」
話が決まったところで支度を整えて、うちを出た。
探索はしんどいけど、デートなら話は別だ。
街を東にすすみ、目抜き通りに出ると、すでに多くの人で賑わっている。
年末で忙しい時期ではあるが、それ以上に普段は見かけない冒険者も多い。
道中も裏通りの安宿から、ぞろぞろと出てくるパーティを見かけた。
「巡回要員として、白象でも依頼を受けたのですが、今年は例年より雪が多く、山手に人をとられてまだこちらには人が回せないのです」
とクメトス。
「まあ、今までだってこっちは担当してなかったんだろ?」
「はい。ですが、前団長の意思を継ぐためにも……」
「そんなに思いつめるもんじゃないさ。きっかけは突然にやって来るが、人のやることは結局、ちょっとずつしか変わらんよ」
「そうなのでしょうね。あるいはこれは、何代もかかる大きな変化なのかもしれません」
真面目顔で話していると、サウが突っ込んできた。
「へー、クメトスは見るからに真面目そうだけど、ご主人様もそういう真面目な話ができるんだ」
「俺は可能なかぎり相手に応じた話をするんだよ。だからお前、俺が不真面目な話ばかりしてると思うなら、それはお前がそういう話題ばかり振ってくるってことだな」
「あら、私だってご主人様にはあまり絵の話をしないでしょ。ご主人様に通じそうな話題をチョイスすると、結局冗談やゴシップだけになるのよ」
「結局は全部おまえの主観じゃねーか。つまり、不真面目なのはお前だけだ」
「主人の管理者責任ってものがあるでしょう。クライアントの責任よ」
「よし、じゃあ、真面目なことを言ってみろ」
「え、急にそんなネタ振られても困る」
「ネタじゃねえ!」
「じゃあ、何なのよ!」
「そりゃお前、なんだろうな? クメトスはどう思うよ」
と真面目な顔で聞いていたクメトスに会話を振ってみる。
「はい、つまり……双方の話題の主体がどちらにあるか……ということでしょうか?」
と応えるクメトスに、サウがチョップをかます。
「違うわよ! どっちがボケでどっちがツッコミかって話よ!」
「あの……意味がよく」
「筋金入りね……。いい、例えば私がこんな風にボケるでしょ、『昨日も夜空を見ながら描いてたら、うっかり朝日を描いちゃってたわ』って。そしたらクメトスならどうツッコむのよ」
「それは……書き間違えたのですか?」
「何言ってんのよ、徹夜して朝になったからに決まってるでしょ!」
「徹夜は健康によくないと、ご主人様も言っておりましたが」
「うぐぐ、手強いわね」
顔をしかめるサウと、首を傾げるクメトス。
「そりゃあサウ、お前のボケがつまらんのが悪い」
「たしかに、ちょっとつまらなかったわね」
「ボケるならもっと誇大アピールした方がいいぞ」
「と言うと?」
「夜中に朝日の絵を描いてたら、あまりの絵のうまさに世界が勘違いして明るくなっちゃった、とか」
「そもそも私が太陽を描いたら、まぶしすぎてキャンバスが焦げちゃうわね」
そうサウがボケたらクメトスが真顔で、
「そういう魔法があるのでしょうか」
とボケ返す。
そこで、俺とサウは揃ってチョップを決めつつ、
「なんでやねん」
二人で景気よく突っ込んだのだった。
サムい会話で疲労した頭を休めるべく、参道の屋台で甘いお茶を買い求める。
「こういうお店を、遠目に見たことはあったのですが、実際に買うのは初めてです」
そう言いながら、クメトスは恐る恐る口をつける。
「あまい……こういう飲み物もあるのですね」
嬉しそうにつぶやきながら、さらにもう一口。
それを見ていたサウは、
「むう、真面目も度を越すと、それはそれで色っぽいのね。勉強になるわ」
「色っぽいとは?」
再びクメトスが真顔で問い返す。
「クメトスが美人だってことよ」
「そ、そうでしょうか。無骨な女だと、恥じ入るばかりなのですが」
「そんなことないわよ。私も油断するとテレピンの匂いが染み付いて取れなくなってるから、もうちょっと自分を磨かないとねえ」
「サウは、とても愛らしい姿をしています。自分があなたの年頃には、すでに槍を振るう腕は盛り上がり、指のマメは何度も潰れて固くなっておりました。今も変わらぬこのような指で主人に触れるのは、いささか情けなくもあるのですが」
「そうじゃないでしょ、その手があるから、槍でご主人様を守れるんじゃない。私は絵筆でご主人様のために商品を作ることはできるけど、戦場で敵は倒せないもの」
「たしかに。そうでなければ、見かけはまったく違う私とあなたが、共に従者である意味が、見えなくなってしまいますね」
「そうそう、やっと会話のやり取りが成り立った気がするわ」
「はい」
と互いに笑い合う。
年齢も一回り近く違うが、それ以上に生い立ちも能力も違うこの二人が、同じように従者として俺の側に居てくれるのは、考えてみると不思議なものだな。
お茶で一服して落ち着いたところで、軽く食べるものを探す。
朝食を外で取ろうと、二人は何も食べずに出てきたのだ。
俺は朝、皆と一緒に食べたけど、軽いものなら食えるだろう。
ブラブラと歩いていると、今朝、水揚げしたばかりの魚をフライにして売っている店があった。
香ばしい油の匂いが食欲をそそる。
「美味しそうね、あれにするわ」
とサウ。
「朝から揚げ物とはヘビーだな」
俺がしみったれたことを言うと、
「うちの父さんみたいなこと言わないでよ。百年の恋も冷めるわ」
そう言ってサウは笑う。
「そりゃあまずいな。よし、食うぞ、俺のも買ってくれ」
サウに頼むと、三人分の魚フライと一緒に揚げた芋も買ってきた。
揚げ物で揚げ物を食うのか。
やっぱ無理しなきゃ良かった。
などと思いつつ、一口かぶりつくと、
「お、なんかさっぱりしてるな」
「ええ、これはなかなか。後口が良いというか」
とクメトス。
「ほんと。油が違うのかしら? さくさく行けるわね」
サウもぺろりと平らげてしまう。
俺もモシャモシャと食べながら、周りの様子をうかがうと、荷物を山積みした荷車が何台も神殿の方に向かっていた。
地下探索のための物資かな?
あれってどこがやってるんだろうな。
小売業にはギルドというものがなく、商店街や、町ごとに何かしらの組合がある。
うちのシルクロード商店街が商店会を作ったのもその流れだ。
市場がある東通りには、アルサ商工会というのがあって取りまとめているらしい。
それとは別に、教会か領主が商売の許可と徴税権を持っているので、そちらとも関わることになる。
運送業にはそれぞれ陸運組合、海運商会という名のギルドがある。
土木ギルドが街毎にわかれているのと違い、こちらは陸路や海路ごとに縄張りが決まっているそうだ。
ややこしい。
「今の荷馬車、カルバーノ輸送ね、旗をこれみよがしに立ててたわ」
サウが油のついた指をしゃぶりながら顔をしかめる。
「知ってるのか?」
「おじいちゃんの商売敵よ。内陸の方から出てきて最近、この辺でも仕事を受けてるわ。ほら、普通運送業は海運が主流じゃない、そこの大きいところは大抵人間、つまりアージアル族が仕切ってるんだけど」
「そうなのか?」
「そうよ。だけど陸運は、言っちゃ何だけどこの国じゃ格下だから、私達みたいなエィタでも成り上がるチャンスがあるのよ。それでおじちゃんも手押し車一台から身代を築いたって言ってたけど」
「へえ、すごいもんだな」
「でもカルバーノは母体が大きな海運商で、その子会社みたいな感じでブイブイいわせてるのよね」
「ほほう」
「そうだ、前にイミアが神殿で絡まれてた時に助けてくれたんでしょ? あの時の相手がカルバーノの雇われ人足よ。絶対知ってて喧嘩売ってきてたんだから」
「ははぁ、そういうのだったのか」
「まあ、商売敵と喧嘩するのはよくあるけどね。うちの村も名水の里だからあと二軒酒蔵があって、特に片方は家と仲が悪くて、祭りの度に若いもんが喧嘩ばっかりして」
「ははは、まあそういうもんだろう」
「そうなんだけど。でもカルバーノがやってるなら、おじいちゃんもやってないのかしら?」
「どうだろうな、帰ったらイミアに聞いてみるか」
「そうね」
そんなことを話すうちに、神殿についた。
神殿の脇にある地下への入口は、少し混雑していた。
下の大広間へと続く階段はとても狭いので、人が増えればこうなる。
大きな物資のたぐいは、別途明かり取りの穴からリフトで降ろすのだが、人はここを通って行くしかない。
列に並ぶか、後回しにしてお参りでもしてくるか悩んでいると、列整理をしていた赤竜騎士が一人、こちらによってきた。
馴染みの女騎士、モアーナだ。
「これはサワクロさん。それにクメトス団長代理もご一緒とは。ご視察でしょうか」
気さくなモアーナの問いかけにクメトスが答える。
「いえ、今日は、いわゆるデート、というものです」
「それはそれは。では邪魔者は退散しましょう。何かありましたら、うちの者に気軽にお声がけを」
そう言って去っていく。
モアーナはまだ二十歳前だと聞いたが、しっかりしているよなあ。
「彼女は確か第八の……」
「モアーナだ。レルルの同期でね、うちも顔なじみだよ」
「そうでした、たしかサウォーナ地方のセイフォン家の出だと聞いた覚えがあります。メリエシウム前団長と同様、騎士の名門の一つですね」
「そうなのか、俺はそういうのは疎いからな」
「ご主人様は、異世界……というところから参られたのでしょう。どのような世界なのか、想像もつきませんが、王や貴族がいないとか」
「まあな、形だけの王族みたいなのはいるんだけど」
「それでどのように国を収めるのでしょう」
「国民全員が選挙で議員を選んでな、選ばれた議員が法律を決めるんだ」
「共和制……というやつでしょうか。大戦前にはあったと聞いておりますが」
「まあ、そんな感じだ」
「しかし、間接的とはいえ全国民が政治に参加するとは、さぞ民度の高いお国なのですね。ご主人様は徳があるのはもちろんですが、知識や価値観の多様性にとても優れていて、私のような凝り固まった頭からは想像の付かないアイデアというか、見解が次々と出てくることにいつも驚かされているのです。それもそうした生まれに寄るものなのでしょうか」
「さあなあ、あんまりここと変わらん気もするけど」
結局俺たちは列に並び、地下の大広間に降りることにした。
地下へと続く階段は狭い。
万が一魔物が溢れだした時に、物理的に侵攻を妨げるために、わざわざ狭くしてあるのだというが、ちょっと荷物が多いとすぐにつかえる。
周りはそう言った荷物を抱えた商人か、フル装備の冒険者ばかりなのに比べて、うちはクメトスが腰に剣を帯びているほかは、俺もサウも丸腰だ。
そんな場違いな格好のまま、大広間のうちの屋台へと向かう。
「おや、大将。珍しい組み合わせですな」
メイフルが景気よく出迎える。
「まあね、組み合わせが違うとまた違った魅力が見えるもんだ」
「ええこと言いますな」
「それで、今日の景気はどうだ?」
「順調でっせ。お弁当ももう全部捌けましたし、薬も次の補充まで保つかどうかあやしいですな」
「ほう、予定よりいいな」
「大将も降りてくるのに時間かかりましたやろ。例年より人がだいぶ多うて、混んでますさかいに、上まで戻らずここで済ます連中がようさんおりますねん」
「なるほど、そりゃあ入れ食いだな。でも、なんで今年は多いんだ?」
「つい先日まで、森のダンジョンでようさん集まってましたからな。足代ケチった連中は、ついでにここも漁っていくつもりなんでっしゃろ」
「なるほど」
屋台にはメイフルの他に、手伝いのミラーが五人。
あとは長耳銀髪美少女のアフリエールと、獣耳コンビのフルン、エットがいる。
アフリエールはエツレヤアンの頃からよく店番に立っていたが、フルンとエットは用心棒らしい。
軽装だが、ちゃんと武装して在庫の前に立っている。
勇ましいな。
売店を見学に来たサウは、興味深そうに商売の様子を見ながら手伝っている。
「どうだ、なにか勉強になるか?」
「そうね。お客さんが商品に目をとめた時の動線みたいなものが、こうして見てるとわかるわね」
「ほほう」
「やっぱり、こういう所だと欲しいものが決まってるせいか、丸薬の文字を探して歩いてるっぽい人が多いわね。うちの看板を見て足を止めてる人がさっきから何人もいたわ」
「ふむ」
「メイフルに言われた時は、あの看板もちょっとバランスが悪いんじゃないかと思ったけど、むしろもっと必要な情報に最短距離で至るような工夫がいるわね」
「そうなあ」
看板にはデカデカと丸薬とかパンとかの売り物がダイレクトに書いてある。
確かにデザイン的には如何なものかと思うが、考えてみれば日本でも焼き鳥の赤ちょうちんとか、わかりやすいシンボルがあるんだよな。
「薬売りなら薬売りってわかりやすいシンボルは無いのか?」
と聞くと、
「うーん、メイフルの話では無いらしいわね。同じ薬でも、置き薬で有名なペンドルヒンの薬売りは緑の三角帽子がシンボルらしいわよ。でもそれは使えないし」
「ほほう、そういうのがあるんだな。なんか考えたほうがいいかもな」
「そうね。あとは……ここは思った以上に暗いから、色合いはもうちょっとコントラストをよくした方がいいかも。あそこに照明もいるわね。ほら、例のエッシャルバンが色々やってたじゃない、あの要領よ」
エッシャルバンとは有名な舞台演出家で、先の祭りのコンサートでお世話になった人物だ。
祭り以来、バンドの四人とも会ってないんだけど、どうしてるかな?
週末に劇場で前座をやらせてもらっているらしいんだけど。
今度見に行かないとなあ。
「帰ったら、ちょっとデザインを見なおさないと」
そう言ってサウは仕事モードに入ってしまった。
代わりにメイフルが話しかけてくる。
「そういや、昨日フューエルはんらが連れてきた娘はん、今日も潜ってましたで」
角娘のスィーダちゃんのことだ。
「大丈夫なのか? 足はかなり深手だったろう」
「気持ち足を引きずってましたな。危ないんちゃいまっかなあ」
「しょうがねえな」
「下の連中にはミラーを通じて伝えとりますねんけどな、ここも広うおますから、都合よくフォローできるかどうか」
「まあ、彼女の選んだ道だしなあ」
「せやけど、大将が気にしてはるんでっしゃろ」
「実はそうなんだ」
「大将が気にするおなごは、うちらも気になりますねん」
「ふむ」
しかし、あの子はどうなんだろうなあ。
メリーの時と同じく、庇護欲がそそられる相手ではあるが、従者にしたいのかな?
もっとも、今隣りにいる従者のクメトスだって、初見では堅苦しそうなおばさんだったもんなあ。
なるべく、可能性は潰さない方向で頑張りたい所存だ。
しばらく品出しなどを手伝っていると、エーメス組が戻ってきた。
装備をといていた騎士のエーメスが俺達に気がつくと寄ってくる。
「ご主人様、それにクメトスも来ていたのですね」
「まあね、陣中見舞いさ。手ぶらだけどな」
「ふふ、我らはそのお顔を拝するだけで、元気百倍ですよ」
「御利益あるな、お賽銭はここに頼む」
と手のひらを差し出すと、
「ではこれを」
と言ってエーメスは袋から何かを取り出す。
「何だこりゃ?」
よく見ると、錆びと汚れでディティールが潰れているが、どうやら指輪らしい。
「エレンの見立てでは、最低数百年は前の、おそらくは南方由来の指輪だとか。魔物が持っていたのですが、どこかで拾うかどうかしたのでしょう」
「ここで拾ったってことは、墓場の死体から取ったんじゃないのか?」
「そうかもしれませんが、遺体の装飾品はほとんどが盗掘などで漁られ、残っておりません。どこで手に入れたのやら」
「ふうん、そんなもんか。磨くと綺麗になるのかな?」
「それを専門にする職人もいるそうですね」
「ふむ」
汚れてくすんでいるが、よく見ると青く綺麗な宝石だ。
値打ちものかもしれんな。
「お前たちはもう上がるのか?」
「そうですね。デュース達が戻るまでは待機しますが」
「あっちも、そろそろかな」
ミラーに確認すると、
「あと十五分ほどの予定です」
とのことだ。
帰り支度をしながら、デュース達が戻るのを待った。
売店組に別れを告げて、戻ってきたデュースたちと一緒に混雑する階段に向かうと、例の角娘と出会った。
今日は無事に引き上げたらしい。
いや、足をまだ引きずっているので、流石に諦めて上がってきたのか。
なんにせよ、無事でよかった。
角娘のスィーダはこちらに気がつくと一瞬気まずそうな顔をしたが、恩人を無視するほどへそ曲がりではないらしい。
「き、昨日は……世話になった」
ぶっきらぼうに言うと、フューエルが答えて、
「傷はもう良いのですか」
「だ、大丈夫だ」
「そうは見えませんが。まだ足を引きずっているでしょう」
「すぐに治る」
「正しく治療しなければ、治るものも治りませんよ」
「ガモスの血は人間とは違う! これぐらい平気だ」
と取り付く島もない。
俺以外にはとても人当たりのよいフューエルでこれなのだから、ちょっと手ごわいかなあ、と思っていたら、すっと前に出たクメトスが話しかけた。
「そのような未熟な状態で、ガルペイオンを継ごうなどと良くも思い上がったものです。あなたはあの偉大なスェードルの名を汚すつもりですか?」
厳しく言い放つクメトスに驚くスィーダ。
「な、なんでその名前を……」
「郷土の英雄を知らぬものがおりましょうか。大きくなりましたね、スィーダ」
「わ、私も知ってるの?」
「自分の村の領主の顔ぐらい、覚えておきなさい。もっとも、私もめったにテーレス村には戻りませんでしたが」
「領主!? レ、レビオック様?」
「そうです。幼いあなたがご両親に連れられて挨拶に来た日のことは、よく覚えていますよ」
「……り、領主様といえども……これは、わ、私の問題で」
「もちろんそうです。ですが私も無関係ではないでしょう。あなたが生まれる前に、私はその剣とあなたのお祖父様に救われたのですから」
「だ、だから私もお祖父様みたいに!」
「今のあなたでは無理ですね」
「そ、そんなことは!」
「自分でもわかっているのでしょう」
「そ、それは……」
そこで黙りこくるスィーダちゃん。
どうやら彼女はクメトスの領地の出身らしい。
この偶然に驚くよりも、やはり縁があったのだな、と納得するのが最近の俺だ。
「どうでしょう、私もあなたのお祖父様には借りがあります。それを返させてもらえませんか」
「え?」
「あなたがその剣を使いこなす手助けを、私にさせて欲しい、ということです」
「領主様が?」
「いけませんか」
「そ……それは、その。領主様がおっしゃるなら」
「決まりですね。では、まず初めにこちらのフューエル様に先ほどの非礼を詫びるのです。本来であればあなたが気安く口をきけるお方ではないのですから」
「それは……一体、どういう?」
「剣の道は理屈より形から、まずは頭をお下げなさい」
「は、はい」
促されるままにフューエルに頭を下げるスィーダ。
ついでクメトスも頭を下げる。
「我が領民の非礼、お詫び申し上げます」
「お気になさらずに、クメトス卿。こうしているときは、私もただの冒険者ですから」
フューエルは相変わらず優しい。
スィーダはレーン達にも一通り頭を下げて、あとは叱られた子犬のようにシュンとなる。
こういうところもかわいいな。
まずは傷をしっかり治せ、ということで、しばらく探索は休み、治療しながらクメトスの修行を受けることになった。
このわんぱくお嬢さんも、領主様にきつく言われては、さすがに素直になるらしい。
トボトボと俺たちのあとからついてくる。
というかさっきまでのつっぱり具合がウソのように素直すぎる気もする。
しょんぼりし過ぎというか、足も痛そうだし、これはアレか、ギリギリだったところに突然自分のことを知っている領主が現れて修行を命じられて、張り詰めていた糸が切れたんだな。
あと一日遅ければ、危なかったんじゃなかろうか。
なんにせよ、彼女を保護できてよかった。
彼女はまず、俺の家に寄って、治療を受けることになった。
「それで、どうするんだ?」
クメトスに聞いてみると、
「あの者は、立ち振舞を見るだけでわかりますが、あまりに基礎ができていないようです。祖父は優れた戦士だったのですが、あれの父は体が弱く、母も温和なミモアだったので、おそらくは誰からも手ほどきを受けたことがないのでは」
「ふむ」
「そこでつい、あのように申してしまいましたが、よろしかったでしょうか」
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます。それに、先ほどメイフルが言っていた、気になる娘、というのはあの子のことなのでしょう」
「聞いてたのか」
「はい。であるなら、これもまた貴方様の従者の義務ではなかろうか、と思いまして」
「ははは、わかってきたじゃないか」
「ありがとうございます」
そう言ってクメトスは笑う。
そして、これがクメトスなりの、目一杯のジョークなのだろうということも分かる程度には、俺も主人スキルが上がったんだなあ、と思うわけだ。
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