第175話 大掃除

 神殿地下の大掃除が始まった。

 と言っても別に開幕のイベントが有るわけではなく、この日を目安に冒険者が続々と集まってきているというだけだ。

 集まった冒険者は、そのまま黙々と地下に潜る。

 ま、そういう商売だしな。


 我が家の商売は、売店だ。

 初日は俺も店の裏方に入る。

 うちの売店屋台は事前に準備していたのでしっかりしたものだ。

 サウの手書きの看板もインパクトがある。

 周りも急ごしらえのでっち上げとはいえ、縁日の屋台程度の店構えが並んでいる。

 それっぽくていい。

 消耗品以外にも、安い剣や盾なども並んでて、見て回るだけでも楽しいし。

 隣で店を出すオングラーの爺さんは、昨日までの準備で張り切りすぎて腰を痛めてしまい、今日は休みだ。


「申し訳ありません、うちの主人が年甲斐もなく無理をするから……」


 などと彼の従者であるエヌは平身低頭していたが、まあ、年寄りはいたわらんとな。

 そもそも、先の祭りでは商店会長として根回しだのなんだので随分と頑張ってもらったのだ。

 困ったときはお互い様というわけで、うちの者を何人か彼女のフォローにつける。

 商品の搬入は昨日までに済ませていたので準備も万端。

 あとは客が来るのを待つだけだ。

 というか、待つまでもなく俺達が店を出している地下大広間は朝から大勢の冒険者で賑わっている。

 みんな今日に備えて来た連中だ。

 つまり、消耗品などの準備も昨日までに済ませているのが大半で、この時点でさほど客は来ない。

 うちもそれなりに経験を積んだので、その辺の流れはわかってる。

 だからこのタイミングで売るのは、パン屋のハブオブから卸したお弁当だ。

 事前に市場調査などをした結果、三種類用意してみた。


 あぶった肉をガッツリ挟んだスタミナサンド。

 酢漬けの野菜とチーズを挟んだレディースサンド。

 それにおやつ代わりにつまめるラスクとジャムだ。


 レディースに関しては一種の賭けだが、こっちの女性もきっとって売り文句に弱いと見たのだ。

 前の恋愛成就の御札も馬鹿売れだったしな。

 あとは美容と健康とかもいいかもしれない。

 まあダメならダメで名前を変えればいい。

 逆に、懐かしのなぞなぞはやめておいた。

 今は紳士クリュウの店じゃなくて、サワクロのピーチヒップだからな。

 そんなわけで、多少見切り発車なところはあるが、今回の売り物はこんなところだ。


「そこのお姉さん、スタイルに気を使いながらもしっかり腹にたまる、レディースサンド見たってや」


 我が家の大商人メイフルの呼びこみに、ふらふらと客が吸い寄せられる。

 朝一で宿から出てきた連中は、大半が携帯食の干し肉やビスケットのたぐいしか持っていない。

 そんな連中の目の前でウマそうなサンドイッチを包んでやれば、食いつくってもんだ。

 最初に集まっていた連中がいなくなる頃には用意したパンもなくなっていた。


「思ったよりええペースですな。レディースサンドいけますで」


 とメイフル。


「みたいだな、俺もどうなるか不安だったが」

「レディースチェスとかもいけますかな」

「ピカピカにデコると売れるんじゃないか?」

「デコ?」

「デコレーション、装飾だよ。キラキラした宝石とか金粉とかをまぶして、とにかく綺羅びやかにするんだ」

「ははあ、わからんでもないですな。おなごはピカピカが好きですしな。特に船乗りはケバいの大好きですし」

「あとレディースデイってのもあるな。毎月一日と十五日はレディースデイで半額とか、そういうのをやるんだよ。男の買い物は割とアバウトだけど、女は割引に弱いだろう。利益を落としても売上を増やす戦術だな、たぶん」

「なるほど、そりゃよろしゅうおますな。そうですな、大掃除の三週間で三回ぐらいセールの日をつければええんですな」

「でも、俺の故郷じゃ慣れてるけど、こっちでいきなりやると男性客が怒らないかな」

「そりゃ怒りますやろな。ほな男性の日も作りますか。それともカップルとかはどうですのん。男女一緒に来たら割引とかで。ダンジョンでナンパする口実にもなって、双方にウケますで」

「そりゃいいな。じゃんじゃんやろう。俺にも声かけてくれる子はいないかなあ」

「ほな、表に立っときなはれ。一人ぐらいは引っかかるんちゃいまっか?」

「だと嬉しいんだけどなあ」

「どないしましたん、あれだけホイホイ引っ掛ける大将が、えらい弱気ですな」

「どうも最近、知り合う度に苦労が多い気がして。特に従者にならない系の美人と知り合うと」

「贅沢言いすぎですわ、世の中には女の子の手も握ったことのない男性もわりと居りますで」

「下を見ても慰めにはならんだろう」

「そら、持ってるもんの考え方ですわな。もっと下の方におる人ほど、下を見て自分を慰めますねんで」

「身もふたもないこと言うなあ」


 メイフルと不毛な話をする間にも、商品はどんどん売れる。

 パンを手にとった客が、例えば下痢止めを切らしていたことに気がつく、あるいは巧みなセールストークで気が付かせると、せっかくだからとついでに買っていく。

 あるいは足を止めた時に、隣のお札屋にちょっと変わった札があると興味を惹かれて手に取る。

 メイフルの商売は、特にそういう客の心理の動線をしっかり読んでいるよなあ、と感じることが多い。

 そうこうするうちに、追加のパンも入荷したので、メイフルの呼びこみにも精が出る。


「さあ、みなさん買っとくれやす。下に潜ってから気付いても遅おますで。化膿止めに熱さまし、痛み止めに下痢止め、隣では御札も一揃えあつこうてますんで見てってや。焼きたての美味しいパンもおますで!」


 メイフルは楽しそうに声を上げる。

 大口の商いもいいが、こういう小売の啖呵売が一番様になってるよな。


 最初の冒険者集団が地下に消えたあとに、俺の従者である騎士のエーメスたちがやってきた。

 こちらは売店の助っ人ではなく、探索に潜るパーティだ。

 メンツはエーメスをリーダーに、エレン、ネール、そしてミラーが二人。

 ミラーは大きな荷物も担いでいた。


「予備の装備はここにおいておこうと思いまして。あとからデュース達も来るはずです」


 エーメスはそう言って、予備の剣や水袋などを置いていく。

 この売店はベースキャンプも兼ねているのだ。


「三時間ほどで戻る予定です。それでは、行ってまいります」


 そう言って潜っていった。

 エーメス組は遊撃隊として行動し、後続のデュース達に何かあればフォローに回る。

 念話があるメリットを最大限に活かすわけだ。


 それから少し遅れて、そのデュース組がやってきた。

 こちらはフューエルのお供だ。

 デュース、フューエルの他に、ウクレとオーレの弟子コンビと、コルス、紅、レーンがいる。

 また、騎士団からの案内役として三人ついていた。

 騎士は全員うちの顔見知りなので、たぶんローンが気を利かせたのだろう。

 精霊教会の依頼で潜るフューエルには頼めばいくらでも騎士や僧兵がつくのだが、フューエルの希望でデュースをはじめ、うちのメンツを中心に揃えたらしい。


「今日は下見なのでー、すぐに戻ると思いますよー」


 とデュース。


「前から思っていましたが、そういう小売業はとても様になっているのでは?」


 そう言って笑うフューエル。


「フューエルも一度やってみろよ。案外面白いぞ」

「どこの世の中に貴族に客商売を勧める人がいるのですか」

「ホントは興味あるんだろう」

「……考えておきます」


 フューエルはわりと好奇心旺盛だよな。

 彼女たちも見送り、さらに少し過ぎてから、今度は団体様がやってきた。

 一ダースの騎士に同数の僧兵、見るからに強そうな冒険者たちにまじり、セスやハーエル、ミラーも一人もいる。

 そして一団の中央にいるのは、どっかの国のお姫様、エームシャーラだった。

 白いラメ入りのテカテカしたワンピースの上に、金ピカの細身の甲冑をつけている。

 見るからにゴージャスな王族って感じだ。

 どこぞのビキニアーマーも割とナンセンスだが、あの鎧も派手すぎてちょっと実戦向きじゃない気もするな。

 お供の騎士は見慣れないシンボルの鎧を身につけているので赤竜ではないようだ。

 彼女の国から率いてきたのだろうか。

 そのお姫様がぞろぞろと団体を率いながら歩いて行く。

 派手だなあ。

 セス達はこちらに一礼だけしてそのまま潜っていった。


 そういえば、今一人のゲスト結界師、コンツとパエの夫婦はどうしたんだろう。

 と思っていたら、ちょうどそこにやってきた。


「紳士……もとい、サワクロ殿、こちらにおいででしたか」


 相変わらず堅苦しく挨拶するコンツ。

 隣のパエは控えめに会釈する。

 こちらもお供は騎士が三人に、僧兵が一人だ。

 やっぱりさっきのお姫様が特別なんだな。


「今からかい? 他の二人は先に行ったよ」


 俺の言葉に、コンツがこう答える。


「ええ、少々出遅れましたな。妻はどうにも朝が弱くて」


 それを聞いた妻のパエは頬を赤くして顔を背ける。


「ははは、まあだれにでも苦手なものはあるものさ」

「デュースやゴウドンのような規格外の人物を見ていると、必ずしもそうとは言えない気がするのですが」

「そうでもないぞ。デュースは最近うちにきた女中の家庭教師に戦々恐々としてるからな」

「まさか! 一体、どんな人物が?」

「テナと言って、デュースの古い知り合いだと言っていたな。そういえば彼女も神霊術師だとか」

「ほう、私は存じませんが、さぞ名のある……」


 そこでパエが反応して、


「テナとは、ランツールのテナですか? レッデ族の」

「そうそう、たしかレッデ族だったな、子供並みに小さくて。ランツールというのは知らんが、知り合いかい?」

「はい。ランツールとは彼女の出身地ですが同門の先輩にあたります。彼女は私が師のスーホーイーデに入門した時には、すでにマスターとして独り立ちされたあとで、少女時代に一度都でお会いしたことがあります。かれこれ二十年ほど前でしょうか。たしかシャボア家にお仕えしていると」

「今はフューエルという領主のお嬢さんに仕えているよ。そのお嬢さんの紹介で今はうちで指導してくれているんだ」

「フューエル様といえば、今回結界師として参加されている噂のフィアンセの方ですね。一度ご挨拶はしたのですが」

「ははは、それはあくまで噂であって、現実にはそのようなことはまったく無いんだよ」

「まあ、そうなのですか?」


 コンツが何かを思い出した様子で、


「フューエル……そうか、思い出しました。たしかデュースに弟子入りしていた娘ですな。デュースが南方に渡る前に、一度引き合わされたことがあります。そうでしたか、彼女が紳士殿の」

「ははは、だから違うと言っているだろう」

「いやいや、私もキッツの大殿に身を固めろと言われた時は、そのように意固地になったものですが、混乱する時期は一時だけでいざ結婚してみれば、あとはなかなか良いものですよ」


 とコンツが言うと、パエが呆れた顔で、


「まあ、まるで人を麻疹か何かのように」

「はは、スマンスマン」


 どうも朝から惚気けられてしまったな。

 話題を変えよう。


「そうだ、君たちぐらいのベテランだと意味が無いかもしれんが、今、ここの冒険者ギルドではこんな仕組みを始めてな」


 といってパンフレットとともに冒険倶楽部の概略を説明する。


「なるほど、私も駆け出しの頃にデュースやゴウドンのような一流の冒険者の世話になってここまでこれましたが、誰もがそうした機会を得られるわけではありませんからな、後日、ギルドにも顔を出してみましょう。なにかお役に立てることが、あるかもしれません」


 とコンツが言うと、パエも、


「テナ殿にもご挨拶を差し上げたいですし、紳士様のお宅にもまた伺ってもよろしいでしょうか」

「ああ、歓迎するよ。いつでも来てくれ」


 二人を見送り、再び奥に引っ込む。

 それにしても世間は狭いな。

 というよりも、一流の人間同士の世間は狭いというべきか。


 朝のラッシュが過ぎると、大広間の人通りはまばらになる。

 俺たち商売人は、この間に商品を補充したり、遅めの朝食をとったりする。

 しばらくは冒険者が出てくる心配はない。

 冒険者の方もせっかく潜ったんだから、それなりに稼ぐまでは出てきたくないだろうしな。


 今回の探索では、最初の一週間は特に決まりもなく、皆が好き勝手に魔物を狩る。

 その後、所定の場所にあの三人の神霊術師が順番に結界を貼り、それに合わせて結界の領域を広げていくという寸法だ。


 それなら結界を張る三人は一週間後に潜れば良さそうな気もするが、そこはダンジョンの下見なども兼ねているらしい。

 以前、青の鉄人ゴウドンやオズの聖女リースエルらとともにエツレヤアンの地下洞窟で結界を貼り直した時は、割と簡単にやっていた気がするが、あの規模の結界をさくっと張れる術師というのはこの世界に数人しかいないんだそうだ。

 先ほどのパエも凄い術師だったはずだが、そこまでは及ばないという。

 しかも、このダンジョンはあそこよりも遥かに広いので、何段階にも分けて張ることになる。

 そのため、事前に何度も足を運び、準備をするらしい。

 それと平行して冒険者による魔物狩りもするのだとか。

 現実のダンジョン管理ってのは、大変なんだなあ。

 管理で思い出したが、ダンジョンに欠かせない中継キャンプの設営にかかわる土木ギルドのどうのこうのってやつは、どうなってんのかな?

 気になってメイフルに聞いてみたところ、こんな答えが帰ってきた。


「週末にでかい会議があるそうでっせ。盗賊ギルドからも人が出るようですけどな、短期的には、冒険者上がりの土方を集めて、ダンジョン専門の人足チームを作るそうですな」

「ほほう」

「要は騎士団なんかのサポートがのうても、ちゃんと自分の身を守れるようにするっちゅう話ですわ。と言っても自分らが戦うようやと無駄ですからな、それこそ傭兵連れてったほうがええわけですから」

「だろうな」

「なるべく、戦わんでもええぐらい短期間でキャンプを構築するノウハウやら、資材の運搬にまつわるあれこれやら、そういうのを早いとこ確立して、三年ぐらいで軌道に載せたい、みたいな話ですな」

「会議はまだなのに、そこまで決まってんのか」

「ここまではただの要望ですねん。会議ではそれを具体的にどうするんかを決めるわけですわ」

「なんか揉めそうな会議だな」

「そうですなあ」


 こっちは流石に門外漢過ぎて、口を挟む余地はないかな?

 しかし、会議が週末ということは、そろそろアフリエールの祖父母もくるわけだ。

 アフリエールにかぎらず、年少組はみんな祖母に会うのを楽しみにしてるようだし、歓迎しないとな。

 週末といえば、巨人のメルビエの姉の出産もその頃のはずだ。

 最近、日付に縛られる用事が増えてきた気がする。

 旅の途中はもっといきあたりばったりだったからなあ。

 しかしそうなると、手帳が欲しくなるな。

 プログラマだけど、スケジュール管理は紙の手帳でやってたんだよ。

 ああいうのが売ってれば欲しいところだ。

 いや、まてよ。

 よく考えたら、秘書になれそうな従者もいっぱいいるじゃん。

 秘書とか前の会社の社長にも居なかったぞ。

 よし、そういう子に頼もう。

 早速、側に控えていたミラーを呼ぶ。


「今から予定を言うから覚えといてくれ。ついでに適当な形で一覧にまとめといてくれれば助かる」

「かしこまりました、お役に立ちます。そういうことは大得意です」


 とやけにはりきって返事をする。

 早速、当面の予定を思いついた順に伝えておいた。


 昼になると、早いパーティはもう上がってくる。

 戦闘がなくても一時間程度で小休止をはさみ、三時間程度で大休憩と食事、ここで上がる場合もあれば、さらにもう三時間ほどというのが標準的な探索スタイルだ。

 フィールドだと夜明けとともに活動を始めるので、昼過ぎには一日の探索を終える。

 逆にダンジョンだと街が近いこともあり、九時頃から探索を初めて三時頃に上がる事が多いが、もちろん夜明けとともに潜る連中もいる。

 そうした早出の連中はそろそろ終わる時間なわけだ。

 あるいは、三時間で終了ということもある。

 逆に人混みを避けて夜だけ潜る連中もいるらしいが、これは少数派だ。

 うちのエーメスたちも、今日は三時間と言っていたから、そろそろ戻るはずだ。

 そんなことを考えながらダンジョンの奥を眺めていると、先にデュース達が戻ってきた。

 初日だけあって軽めだな、と思ってよくみると紅が誰かを担いでいる。

 もしや誰か怪我をしたのかと慌てて駆け寄ると、背負われているのはうちのメンツではなかった。


「どうしたんだ?」


 と尋ねると、フューエルが答える。


「地下三階でノズに襲われているところを保護しました。ウクレが知り合いだというものですから」

「知り合い?」


 改めて紅に背負われた人物を見ると見覚えがあった。

 人物というよりも、隣のレーンが手にしている巨大な剣に、だ。

 祖父の形見の大剣を振り回していたミモア族の娘だ。

 名はスィーダだったな。


「この子か。ノズと一人でやってたのか?」


 と聞くとレーンが、


「はい、我々が発見した時にはすでに足をやられて動けない状態で、危ないところでした」

「無茶するなあ」

「幸い、命に別状は無いのですが、暴れるので魔法で眠っていただきました」

「お前がかけたのか?」

「そうです! 修業の成果が実り、ついに睡眠魔法を会得しました!」

「凄いじゃないか、いつのまに」

「と言いたいところなのですが、実はまだ会得といえる練度ではありません。先程も二十七回詠唱してやっと眠らせることが出来た次第で」

「そりゃあ、ちょっとな」

「それでも、私に使えることはわかったので、今後は鍛錬を積むのみです」

「頼もしいな。それで、彼女はどうするんだ?」

「この奥の救護室に預けてきましょう」


 そう言って紅とレーンは広間の奥に設置された救護室に向かった。

 あの娘、ローンが勧めていた剣術道場にも行かなかったんだな。

 それほど焦っていたのか、あるいは単に金がなかったのか。

 冒険倶楽部の取り組みで、ああいうとんがった冒険者までフォローすべきなのかどうか。

 難しい問題だよなあ。



「あの方、例の冒険倶楽部というものに参加されていたのでしょう?」


 売店の奥で一旦腰を下ろしてから、フューエルがそう言った。

 フューエル達に助けられた例の娘は、足の怪我はそれなりに重いが、命に別条はないらしい。


「俺達と一緒に講習を受けたんだ」

「それであのような無茶をするのでは、効果があるとは言いがたいですね」

「そうだなあ。とは言え、思い込みの激しそうな子だったからな」

「と言うと?」

「祖父の形見の剣を使うと言ってこだわってたみたいでな」

「なるほど。ガモス族の男は皆二メートルを越す大男ですから、あれぐらいの大剣は使うでしょうね」

「ガモス族? 彼女はミモア族じゃないのか? あのずんぐりした体型はそうかと」

「たしかにミモアにも似ていますね。ハーフかも知れません。両者は近親族だと言われていますし。ただ、彼女にはガモス特有の角がありましたから」

「角? ヘルメットじゃないのか」

「あれは本物の角ですよ。ヘルメットに穴を開けているのです」

「なるほど、そうだったか」


 まあ、おっぱいが四つあることに比べれば、角が生えてるぐらい普通かもしれん。

 俺はおっぱいのほうがいいけど。

 そういや牛娘も小さい角があったっけ?


「それで、今日はもう上がるのか?」

「そのつもりです。一応、結界用の触媒をいくつか設置したりはしたのですが、三週間ほどの長丁場です。下に拠点がないのも面倒ですし、一回あたりはこれぐらいに抑えておくのが良いでしょう」

「君の友人はまだ戻ってないようだぞ」


 例のフューエルのライバル、エームシャーラのことに関して軽く話題を振ってみる。

 このライバルの仲直りってのが、テナから出された宿題だしな。


「エムラのことを言っているのでしたら、お気遣いなく。彼女が何をしようが、知ったことではありません」

「そりゃまあ、いいんだけどな。テナが心配していたぞ? 大事な友人だからと」


 そう言うと、フューエルは面白いほど顔をしかめる。


「そもそも、エムラの方から事あるごとに難題をふっかけてきてはトラブルになっていたのです。いい迷惑ですよ!」

「そういうのは端から見ると、仲がよく見えるんだよ」

「あいにくと私は当事者なのです」

「そりゃ、もっともだ」


 そうやって話すうちにエーメス達も戻ってきた。

 こちらは何事も無く、探索を終えたらしい。


「セス達は、いつ戻るんだろうな」


 俺が口にすると、ミラーが答えて、


「現在、地下十二層にいます。通常探索における最深部ですが、これから戻るとのことです。最短で一時間半ほどでしょうか」

「なるほど、張り切ってるな、あのお姫様」

「先陣を切って、多くの魔物と渡り合っています。先程も氷の結界を貼り、ノズの群れを釘付けにしたうえで、騎士を使って敵を粉砕しました。セスは今のところ、出番がありません」


 見てきたようなことを言うが、実際ミラーは見てきたんだろう。

 すべての個体が同期をとって、同じものを見聞きしているというし。


「まあ、セス達は出番が無いぐらいのほうがいいだろう。それよりも、聞きたいことがあったら直接ミラーに聞いたらどうだ?」


 側で聞き耳をたてているフューエルに言うと、


「別になにもないと言っているでしょう。私はそろそろ失礼します。今後の方針を立てねばなりませんし。デュース、先ほどの件について相談しましょう」


 デュースがそれに答えて、


「そうですねー。では我々はそろそろー。お先に失礼しますよー」


 そう言ってデュースの組は帰っていった。

 これから家で作戦会議らしい。

 俺はセス達が戻ってくるまでは、待ってるとしよう。


 その後、二時間ほど過ぎてから、お姫様一行は戻ってきた。

 広間の一角に陣取り、同行の騎士や、セスたちにも丁寧に労いの言葉をかけて、姫は逗留先の貴族の屋敷へと戻っていった。

 セスとエーメス、ミラーの三人がこちらに戻ってくる。


「よう、おつかれさん」


 三人を労うと、セスは満足そうに今日の結果を語る。


「なかなか、興味深い経験でした」

「ほう」

「デュースの強力な魔法は見慣れていたつもりですが、エームシャーラ姫は非常に多彩かつ的確な術と、無駄のない用兵で見事な探索ぶりでした。魔法を主体とした、あのような戦い方もあるのだと、とても勉強になったと思います」

「そりゃあよかった。義理だけでこなすような作業じゃ、つまらんしな」

「はい、できればフルン達も連れて行きたいぐらいでした。もう少し行儀よくできれば良いのですが」


 と苦笑するセス。

 探索組が全員戻ったので、店員組を残して俺達は一端家に帰ることにした。

 売店の方は二十四時間営業で対応する。

 大半の冒険者はさっき言ったように朝型で行動するが、中には夜動くものもいる。

 ダンジョンの中は昼も夜も変わらないし、混雑を避ける意味もあるからだそうだ。

 夜勤担当にはオルエンと紅が入り、あとはミラー達が数人実務に当たる。

 まあ、特に問題はないだろう。


 神殿を出たところで、レルルとモアノア、荷物を山積みにしたクロ、そしてミラー四人と出会った。

 夕食の差し入れらしい。


「お、今帰りでありますか、お疲れ様であります」


 とレルル。


「そっちは炊き出し部隊か、ご苦労さん」

「兵站は用兵の要でありますからな。明日以降の商品の搬入も我々の担当でありますよ」

「おう、任せたぞ」

「頑張るであります!」


 レルルと別れて、通りを歩きながら、今回の探索や商売における運用について考える。

 夜の店番における用心棒役、というのは例えばオルエンなら一人で十分なわけだ。

 もちろんオルエンのような生身の従者に完徹させるわけには行かないので、交代は必要だがそこは紅がいるしな。

 そして、雑用というか店番などの実務はミラーがほぼなんでもこなす。

 つまり従者一人にミラー数人で運用すれば、かなり効率よくいろんな仕事が回せると思う。

 逆にミラーだけでこなせる作業というのはなんだろう。

 家での家事、炊事洗濯などは任せても大丈夫だろう。

 探索はどうか?

 一桁ナンバーの戦闘向けに調整した十人だけで考えても、ちょっと不安が残る。

 剣の腕は、先の講習会で知り合った夫婦冒険者よりはマシだといえる程度にはちゃんと練習出来ているらしい。

 だが、自由にやってもらうにはダンジョンという場所は、いささか特殊すぎる。

 魔道士や僧侶、盗賊といった異なる能力の専門家との組み合わせが不可欠だろう。


 そこまで考えて、先の講習会のことを思い出した。

 実習で同行した五人は全員戦士だった。

 平均しても半数以上が戦士だという。

 それも、大抵は剣術修行の経験もなく、単に剣や斧なら振り回せるというだけの自称戦士だ。

 さっき怪我をした角娘のスィーダちゃんみたいなレベルの戦士はゴロゴロいる。

 ついで多いのが魔道士だが、これも一日に火炎弾を数発飛ばせるだけ、みたいなのが多い。

 うちのウクレのようにきっちりトレーニングを受けた魔道士となると、たとえ初歩レベルでも使い物になるが、その数はぐっと限られてくる。

 要はその辺りのド素人ばかりが余っているので、ド素人同士で組んで大変なことになるわけだ。

 これが僧侶や盗賊だと、基本的に素人がいないので引く手あまただが、わざわざ野良で冒険をするような人間はいない。

 冒険の成功度を上げるには、バランスのよいパーティ作りが欠かせないのだが、その時点ですでにハードルが高い訳だ。

 そう考えると、冒険倶楽部の前途は、かなり厳しそうな気がするなあ。

 もっと考えなきゃダメかもしれない。




 家に帰ると先に帰っていた冒険組の連中がフューエルも交えて打ち上げをやっていた。

 まさかこれから毎日ここで宴会する気じゃないだろうな。


「ご主人様、おかえりなさいませ」


 アンが出迎えてくれる。


「あっちは景気よくやってるな」

「ええ、フューエル様も上機嫌で、なにやら楽しげに飲んでおられます」

「そりゃあ、なにより」

「先にお風呂になさいますか? フューエル様やデュース達は先に使いましたし、残りはご主人様たちだけかと」

「そうだな、じゃあ、入るか」


 セス達は先に装備の手入れをするということで、俺だけ風呂に向かう。

 風呂場の入り口には簡単な脱衣所があって、先に入ったのであろうデュースたちの服が山積みになっている。

 さくっと服を脱いで湯気の煙る浴室に飛び込むと、先客があった。

 じゃぶじゃぶとかけ湯をしながら湯気越しに見ると、小さくてムッチリしたシルエットだ。

 モアノアかな?

 と思って湯船に浸かって声をかける。


「おう、モアノアか? 今帰ったぞ」


 そう言って軽く揉んでやろうと手を伸ばすと、ピシャリと叩かれた。


「おかえりなさいませ、紳士様。ですが、お戯れは程々に」

「おわ、テ、テナか」


 よく見ると、お湯に浸かっていたのは女中教師のテナだった。

 子供並みに小さな体でありながら、うなじから肩のラインがむっちりといやらしい体つきをしている。


「未婚の女性を、そのような目で見るものではありませんよ。以前も申したでしょう、克己心を養ってくださいと」

「いや、その、すまん。アンが誰も入っていないと言ってたもんだから、まさか君がいるとは」


 慌てて顔を背ける。


「お嬢様方の給仕を終えて、隙を見てさっと入るつもりだったので、アンも気が付かなかったのでしょう」

「いや、ほんと、ごめんなさい」

「さて、許すべきか、許さざるべきか」

「誠にもって、申し訳なく。すぐに出るんで」


 慌てて立ち上がりかけると、テナに呼び止められた。


「ふふ、まあ良いでしょう。そんなにすぐに上がると、風邪を引きますよ。ちゃんと肩までおつかりなさい」

「はいはい、そりゃもう仰るとおりに」

「私も、もう少しだけ、温まらせていただきますよ」


 そう言って、並んで肩まで浸かる。

 なんだか、妙なことになってきちゃったな。

 百まで数えれば、許してもらえるんだろうか。

 そんなことを考えていると、隣のテナは、なめらかな動きでお湯をすくってはこぼし、あるいはうなじへと手をやると、すっと肌にそって手をすべらせる。

 色っぽいんだか、子供っぽいんだかよくわからんな。

 とは言え、ジロジロ見るわけにもいかないので、なるべく顔をそらしていると、彼女の方から話しかけてきた。


「ところで、探索の方はいかがでした?」

「うーん、そっちはまあ、順調じゃないかな?」

「エームシャーラ様もおいでだったのでしょう」

「ああ、セスが同行していたが、なかなかの術師だと感心していたな」

「あの方の流派は、私ともリースエルの大奥様とも違い、攻撃的な術をお使いになるはずです」

「用兵も巧みだと言っていたな」

「きっと、たゆまぬ鍛錬をなされていたのでしょう」

「流派といえば、同じく結界を張る作業にあたっている、パエ・タエと言う術師が君の後輩だと言っていたな」

「パエ? ……ああ、以前、師に引き合わされたことがありますね。なかなか優秀な子だったかと。キッツ家に仕えていたのでは?」

「今もそうだよ。今回、依頼を受けて来ているそうだ」

「そうなのですか。お嬢様はそのあたりのことを何も申さぬものですから」

「フューエルの神霊術も、君が指導したそうじゃないか」

「お嬢様に頼まれまして基礎を少々。大奥様を差し置いて、おこがましいとは思ったのですが、如何せんあの方はどこかの魔道士同様、放浪癖の度が過ぎまして、ほとんど家におられませんでしたので」

「みたいだな」

「旦那様……リンツ卿は正反対に内向的なお子で、一日中事務仕事を好むような方だったのですが、フューエルお嬢様は、どうもそちらの血はあまり継がなかったようですね」

「みたいだな。いつもすごい馬車を乗り回してるし」

「あの道楽も、いささか度が過ぎると思うのですが、今はお嬢様が領地の陳情や訴訟の解決に当たられているもので、しかも領地は山に分断された不便な土地が多いものですから、移動のためにはしかたがないのだと言いはって」

「彼女がいいそうなことだ」

「本当に、誰に似たのやら」


 お風呂で開放的になったのか、今日のテナは饒舌だ。

 時折視界に入る彼女の短い手足は、何故か妙に色っぽい。


「一つ、紳士様にお聞きしたいのですが」

「なんだい?」

「私のような子供じみた体でも、男性の興味を引くものなのでしょうか?」

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

「ふふ、どうしてでしょうね。ですが、立派な殿方と何も身につけぬ状態でこうしている、というのは私にも初めての経験で、きっと自分に自信がないのでしょう」


 そう言ってテナは妖しく笑う。


「一般論と、俺自身の好み、どちらを答えるべきかな?」

「ぜひ、紳士様のお好みを、お聞かせ願いたいですね」

「俺は見た目以上にガキだから、そんなふうに言われると、口説かれてるんじゃないかとうぬぼれちまうかもよ?」

「まあ、お上手だこと。そうやって従者を口説き落とすんですの?」

「いやあ、そっちは口説かれてばかりだね」

「ですが自ら主人を選ぶホロアと違い、人間の女姓は、男の言葉を待つものだそうですよ」


 その彼女の言葉に、不意に笑いがこみ上げてしまう。


「なにか、おかしなことをいいましたかしら」

「いやなに、フューエルは君に似たんだな。リースエルでもデュースでもなく、彼女は君の弟子なんだと、なんとなくそう思えてね」

「まあ……」


 一瞬驚いてから、テナは艶めかしく微笑み、こう言った。


「本当にあなたは、女を口説くのがお上手なようで。これ以上ご一緒していては、おとされてしまいそう。お先に失礼しますよ」


 そう言って浴室から出て行った彼女も、また随分と男殺しな女だと思いながら、俺は湯船に深く身を沈めたのだった。

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