第174話 講習会

 冒険倶楽部と銘打って、冒険者ギルドと赤竜騎士団が始めた初心者冒険者向けサポート制度の試験運用が始まった。

 短期間とはいえ事前の周知がうまく行ったのか、初回の講習会は当初予定していた集会所ではスペースが足りず、神殿にある大きな講堂を借りきることとなった。

 つかみはバッチリということか。


 俺も様子見を兼ねて、講義を受けてみることにした。

 メンツは俺と紅、そしてレーンとウクレだ。

 魔道士の卵であるウクレもそろそろ実地でトレーニングを積むべし、とのフューエル先生の言葉もあり、連れてきたわけだ。

 ウクレもこう見えて元々遊牧民で弓なども巧みだし、俺より運動能力もある。

 あとは紅とレーンがいれば大丈夫だろう。

 師であるフューエルやデュースがついてこないあたりが、なかなかのスパルタ路線を感じさせる。

 なんか俺まで試されてる気がするぜ。

 そんなわけで、うちのメンツはパっと見は人形と奴隷、それにホロアを連れた、金持ちの道楽パーティと言った趣向だ。


 初回の講義は、ずばり、(死なない方法について)だった。

 講師役の騎士が壇上に立ち、主にダンジョンで起こりうる危険について説明する。

 あまり抽象的だと意味がなかろうということで、ここ数年の実際にあった死亡事故などを幾つも例にあげてケーススタディとして紹介していた。

 どうも講師が話し上手で、バラバラの遺体を発見したシーンの語り口などはまるで怪談でも聞いているような怖さがあって、若い女の子などは悲鳴をあげていた。

 そういえば、今日は新人が多いらしく、講習を受けていたのは三分の一ぐらいが十代の若者だった。

 加入時のアンケートによると、この講習のおかげで冒険にチャレンジしてみようと思った学生などが多くいるらしい。

 講習で素人を減らすつもりが、逆に増やしちゃってるんじゃないだろうか。

 逆効果になってなきゃいいけど。

 もっとも、それだけ潜在需要があるから、勝手に潜って大変なことになるわけだしな。


 ついでベテランっぽい僧兵が、魔法抜きでもできる応急治療について説明していた。

 簡単な血止めに始まり、打撲や裂傷の程度の見極め方など。

 興味深いのは、最初からトリアージを前提としてることだ。

 要は助かりそうな方から助けるというか。

 この辺は日常的に死と向き合う環境だから、自然とそうなるのかな?

 もっとも、以前シルビーと潜った時の冒険者のように、瀕死の恋人を優先しようとする事もまた人情としてはあるのだろう。

 そういえばあのカップルはどうなったのかなあ。


 講義が終わると実習だ。

 その前に参加者に特典として、薬が配られる。

 痛み止めや化膿止め、腹下しの丸薬、そして血止めの油だった。

 この辺りは冒険の必需品だが、案外持ってない初心者も多いと聞く。

 持ってないと使いどころもわからないんだろうな。


「えー、怪我って魔法でぴぴって治すんじゃないの?」


 などという声も聞こえた。

 エディたちの苦労もわかるってもんだ。


 冒険の舞台は、神殿地下のダンジョンだ。

 数パーティがセットで十人ぐらいの組になって、騎士が一人ずつ付き指導する。

 俺達が一緒になったのは、三十歳ぐらいの夫婦と、二人の女学生、そしてソロの女戦士だ。

 なぜか全員戦士だ。

 もっとも、割合で言うと冒険者の半数以上が戦士らしいのだが。

 うちが特殊すぎるんだろうな。

 俺がお金持ちと見た女学生二人は、どうやら俺に興味津々で盛んに話しかけてくる。


「サワクロさん、人形買えるぐらいお金があったら、冒険とかしなくていいんじゃないですかー?」

「女性の人形って馬車より高いんですよね?」


 などと言っている。

 冒険者になったのも、宝を見つけて一発あてるか、いい相手を見つけて身を固めたいとかそんな理由らしい。

 まあ、冒険者になる理由なんて、そんなものらしいけどな。

 日本の職業で例えるのは難しいが、例えばバブルの頃は宅配業で一千万円溜めて起業する、みたいな若者が結構いたらしいので、そういうノリに近いのかな。

 夫婦の方は、そこそこキャリアがあるが、大きなパーティに属したことがなく、経験は豊富とはいえない。

 そこでこの機会に飛びついたのだとか。


「毎日、日課のようにコロを倒してばかりじゃ、先行きが不安で。どこかで土地を買って畑でも、と思うのですが、先立つものが」


 だそうだ。

 今一人の女戦士は、小柄な体に祖父の形見だという大きな剣を背負っていて、少年漫画の主人公っぽさがあるが、足運び一つ見てもわかるように、どうやら腕の方はパッとしないようだ。

 単に小柄なだけかと思ったが、どうもフルンとさほど変わらない年齢だな。

 彼女が一番やばそうだが、


「私はいつか、この剣にふさわしい戦士になる!」


 などと鼻息を荒くしている。

 角の生えた丸いヘルメットもバイキングのようで勇ましい。

 最後に俺たちを指導してくれる騎士は、メガネをした美人のお姉さんで、ようするにローンだった。

 この場は、他人のふりをしておいたのだが、


「なんでわざわざ出てきたんだよ」


 とあとで聞くと、


「人手が足りないのです。第八の半数は街の警備に割いてますし。今後は白象にも依頼したいと考えています」


 とのことだ。

 神殿地下のダンジョンに降りて、大広間から奥の墓地に続く道へと入る。

 そこから細い石造りの通路を進むと、格子状に枝分かれした領域に出た。


「この辺りはコロやパサのような弱い魔物しか出ません。パーティごとに順番に戦っていただきましょう。ソロであるスィーダさんは私がフォローしますので、一人でお願いします」


 ローンのスピーチに全員が無言で頷く。

 女学生の二人などはかなり緊張しているようだ。

 小部屋に入ると、隅に何かの気配を感じる。

 巨大なスイカのお化け、コロだ。

 コロコロとも呼ぶが、どっちでも一緒らしい。


「では、バッダさんのパーティからどうぞ」


 とローンが夫婦パーティを指名する。

 夫がバッダで妻がファナリだったかな?

 さっき自己紹介を受けたが忘れてしまった。

 まあいいや。

 かれこれ十年は冒険者をやっているらしい。

 こういう浅いダンジョンやフィールドでコロばかり狩っているというだけあって、流石に慣れているのか緊張は感じられない。

 夫のほうがサブで妻が前に立つ。

 どうやら妻のほうが若干腕がいいらしい。

 いいと言っても、せいぜい俺と同程度なようで、夫が後ろから松明で暗がりを照らしながら、妻が短めの剣で岩陰のコロを突く。

 だが、妻の方は自分の体が影を作って、相手がよく見えていない。

 もうちょっと夫の方も考えればいいのにな。

 あと松明は消えないので、足元に放り投げたほうが見やすかったりする。

 そういうアドバイスでもすればいいのに、ローンは後ろで黙って立っている。

 まあ、彼女が何も言わないなら、俺も黙って様子を見ておこう。


 突然、ツンツン突かれたコロが怒り狂って飛び跳ねた。

 そのまま壁に跳ね返って妻の横をすり抜け、夫に体当りする。

 驚いた夫の方は盾で防ぐことも出来ずにモロに体当たりを食らってしまった。

 そのままもんどり打って地面を転がる。

 あれが痛いんだ。

 俺も初めての冒険で食らったからな。


「や、やぁっ!」


 妻のほうが慌ててコロに斬り付けると、体表を浅く切り裂いた。

 その隙に夫はゴロゴロと地面を転がり距離を取る。

 コロも狙いを妻の方に切り替えて飛びかかるが、今度は冷静に剣を構えると、ど真ん中に剣を突き立てた。

 見事、剣は根本まで突き刺さり、コロは絶命する。

 起き上がった夫が妻に話しかけた。


「ぜぇ、はぁ、はぁ、やったか」

「ええ、あなた怪我は?」

「打ち身だな、今夜は痛みそうだ」


 そこで初めてローンが口を開く。


「お見事でした。傷は大丈夫ですか?」

「どうにか……」


 と夫が答えると、


「あの衝撃なら、痛み止めを飲んでおくべきでしょう。下手をすると熱が出ますよ」

「しかし、あれぐらいで飲んじまったらもったいないんじゃ」

「薬は今のコロの儲けでも十分元が取れますが、もし一日寝込めば、その損失はどれほどになるでしょう」

「そ、そりゃそうだけど」

「冒険者は体が資本の商売です。怪我で寝込めば即収入が途絶えます。明日は動けても残ったダメージが明後日の怪我の原因となるかもしれません。怪我で長期のブランクを作らないことこそがもっとも重視すべき項目ですよ」

「たしかに、前に怪我をした時に一月も休んじまって、装備を手放しちまったことがあったんだよな」

「それもよくある話です。そして損失を取り戻そうと、分不相応なダンジョンに手を出して、それっきりというのも非常に多いものです」

「な、なるほど」

「リスクを抑えるための投資というのは贅沢ではありませんよ。むしろ初めから経費として探索予算に十分に織り込んでおくことが重要です」

「言われるまで考えたこともなかったな。おい、飲んでいいか?」


 と夫が妻に尋ねると、しぶしぶうなずいた。

 尻に敷かれてるんだなあ。


「あの、戦いかたにアドバイスはありませんか?」


 今度は妻のほうがローンに尋ねる。


「そうですね……」


 少し考える素振りを見せてから、


「そこのあなた。そう、あなたです」


 と俺に話しかける。


「なんだい?」

「ちょっとそこにうずくまってください」

「俺に魔物役をやれと」

「話が早いですね、よろしくお願いします」


 まあ、やれと言われたらやるけどね。

 俺は岩陰にしゃがみ込み、さっきのコロの真似をした。


「コロはこうして岩陰に隠れていることが多いのですが、このままではうまく剣もふるえません。そこで、剣でつついておびき出すのですが……」


 そう言って鞘ごと剣で俺の脇を突く。

 くすぐったいぜ。


「ですが、無理してつつくと隙も出来やすいもの。先程も見たようにコロの跳躍力は馬鹿にできませんから、近距離で隙を見せると危険です。そこで、例えば……」


 ローンは松明を手に取ると、いきなり俺の尻のあたりに放り投げた。


「うわっ!」


 慌てて飛び退く俺。


「とまあ、このようにして距離をとっておびき出すことが出来ます。」

「あぶねえだろうが!」

「魔物役を引き受けてくれたではありませんか」

「退治される役までは引き受けてないぞ」

「では、反撃してもよいですよ」

「跳びかかっていいのかい?」


 抱きつくしぐさを見せると、ローンは微笑んで、


「ええ、どうぞ」


 と腰の剣に手をかける。


「いや、やっぱそういうのはいいです」

「でしたら、そこでおとなしく立っていてください」

「はい」


 なんか最近、ローンのあたりがきついな。

 機嫌を損ねるようなことしたかな?

 したような気もするので、あまり追求しないようにしよう。


「このようにおびき出してしまえばこちらのもの。また、松明は戦闘時には足元に投げ捨てることで手が自由になります。あなた方はせっかく二人いるのですから、常に二人が前衛に立って戦うべきです。一対一と二対一では戦力差は三倍にも四倍にもなります。これは一人で二体以上の魔物を相手にする困難さを考えればすぐに分かるでしょう」


 こんな感じでローンのレクチャは続く。

 続いて女学生二人組だ。

 年の頃は女子高生ぐらいだろうか。

 こちらでは成人して嫁に行ってもおかしくない年齢だが、二人共アルサの王立学院の生徒だという。

 一人はちょっと小さめで赤みがかった髪と大きな瞳が愛くるしい元気いっぱいのお嬢ちゃんだ。

 名前はエルメラ。

 女の子の名前は、ちゃんと覚えてるぞ。

 実家は漁師で、アルサの街の西に歩いて半日程のところにある小さな漁村の出身だ。


「私、子供の頃から船酔いがひどくてさー、それじゃあと継げないでしょ、で、学校で商学をとってたんだけど、工房に行くお金もないし、ここだと海商ばっかりで、女だと船乗りでしょ、それも嫌だしー、冒険者で小金稼いで都に行きたいのよねー」


 という。

 今一人は彼女の幼なじみで名はカーナ。

 同じく漁師の娘で、淡い栗毛が柔らかくカールしていて愛らしい。

 エルメラの付き合いで冒険を始めたそうだ。


「うーん、エルメラ一人だとやっぱり不安ですし、こういうのもちょっとは興味あったんですよ、ですから」


 などという。

 漁村の生まれだけあって、足腰はしっかりしているようで、さっきの夫婦冒険者より剣を振るう姿は様になっている。

 赤毛のエルメラは手斧に丸い盾をうまく使って、コロを威圧し、栗毛のカーナがショートソードを勢い良く振り回してコロを刻んでいく。

 そうやって危なげなく仕留めてしまった。

 仕留めたら魔物の死体からコアをはぎ取るのだが、人型の場合はだいたい腎臓と心臓の間にある。

 コロの場合は、口の近くだ。

 どこにあるかがわからないと、コアを見つけるまで敵の死体を切り刻むことになるので、結構グロい。


「これが苦手なのよねー、でもコアを剥がないとお金にならないし。代わりにやってくれる人がいればいいのに」


 そういいながらも、二人はザクザクと死体を刻んでいく。

 手慣れたもんだ。

 さっきの夫婦より冒険者向きじゃなかろうか。


 ついで紅とレーン。

 うちは四人パーティなんだけど、他との兼ね合いで二人ずつにわけられてしまった。

 まあ、ダンジョンだとどんなトラブルで別行動になるかわからないしな。


 で、この二人は当然危なげなく仕留める。

 その次は俺とウクレだ。


「ご主人様。私で大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だろう。狩りの要領で行けばいいのさ。それにダンジョンも初めてじゃないだろ」

「そうなんですけど、いつもは皆がいるので……」

「とにかく、後衛を頼むぞ。俺が壁になるから、できれば魔法で仕留めてくれ。初撃を外したら、あとは弓がいいだろうな」

「わかりました」


 側にレーンもいるのだが、俺達の作戦には口を挟まない。

 レーンがそれで行きましょうって言ってくれると、実はすごく安心できるんだなあ、といまさら気がつくわけだ。

 そんなことを考えながら、獲物を探す。


 しばらく進むと、通路の曲がり角に敵がいた。

 岩ミミズだ。

 スナヅルの一種で、土や岩盤をくらい、洞窟を作りまくる魔物だ。

 皮膚は硬いが、動きは大したことがない。

 魔法がある分、こちらが有利だ。

 少し戻って作戦を立てる。

 ウクレはおニューの革鎧のベルトを気にしながら、俺の話を聞いている。

 今回、ダンジョンに潜るにあたって新調したやつだ。

 クラスとしては魔道士だが、弓やナイフも使うウクレの場合、軽装の戦士と似た装備になる。

 うちで言えばオーレや紅と同系統だ。


「よし、俺がおびき出して動きを止める。呪文を頼むぞ」

「はい」


 ウクレと打ち合わせてから、俺は一歩前に出る。

 松明をかざして様子を見ると、直径三十センチ、長さ二メートルほどの大蛇風の魔物が、四つに割れた大きな口を開いて、砕いた岩をボリボリと食べていた。

 まずそうだな。

 そしてあの頑丈そうな歯で足にでも食いつかれたら、一発で噛みちぎられるだろう。

 俺は慎重に相手の死角に回る。

 回りながら思い出した。

 こいつら、目が見えないから後ろに回っても仕方ないんだった。

 音と地面の振動で気配を察知するんだったか。

 となると、すでに俺のことには気づいているはずだ。

 それでも岩を食うのをやめないということは、まだあいつにとって余裕のある距離というわけだ。

 死角がないなら、相手の武器がよく見える場所に陣取るべきだ。

 そこで俺は相手の正面に回りこむ。

 すぐ後ろにはウクレが控えている。

 前後の距離を確認してから、俺は足元に松明を置き、盾を構える。

 こいつは昔から使っていた小さな丸い盾だ。

 シャミに作ってもらった盾は、以前のゴタゴタで壊れちゃったのを回収したばかりだしな。

 もうすぐ改良版が完成するはずなので、それまではこいつでしのぐ。


 盾を構え、腰を落とし、じわじわと近づく。

 不意に岩を噛む音がやんだ。

 こちらを警戒しているようだ。

 剣の柄を握る手に力を込める。

 剣も愛刀の東風ではなく、オーソドックスなショートソードだ。

 腕を折ってからまだ一月も経っていないが、力はちゃんと入ってるか?

 この手で剣が振れるだろうか。

 急に不安が湧き上がってくるが、すぐにそうした感情を打ち消す。

 大丈夫だ、ちゃんと昨日もセスに練習をつけてもらったが、問題ないと言っていた。

 行ける。

 さらに一歩、前に出る。

 岩ミミズが全身をゆすり、俺を威嚇する。

 飛びかかってきたら、盾でいなして右から剣を叩き込む。

 逆に襲ってこなければ次の一歩で跳びかかり、頭部に一撃をお見舞いする。

 よし、一歩前に出るぞ。

 そして剣を振りかぶって……。


「おわっ……」


 一撃を食らわせようとした瞬間、岩ミミズが頭を下げて距離を取る。

 とっさのことにバランスを崩しかけるが、どうにか持ちこたえる。

 そこに岩ミミズが踊りかかってきた。

 狙いは俺の前足だ。

 下手に飛び上がるとそこを狙われる。

 そう一瞬で判断し、冷静に前足を一歩下げて剣を振り下ろす。


 ガッ!


 剣を振るう腕に重い衝撃が響く。

 岩ミミズの頭部に命中した剣は硬いウロコに弾き返されるが、奴の頭蓋骨に確実にダメージを与えたようだ。

 脳震盪でも起こしたのか、動きが止まる。


「ウクレ、今だ!」

「はい!」



 俺の背後から飛び出したウクレが、準備していた魔法を放つ。

 稲妻の魔法だ。

 ウクレの指先からほとばしる雷撃が、幾筋もの光の矢となって岩ミミズに突き立つ。


 バシュッ!


 肉が裂ける音と、焦げる匂いが狭い洞窟に漂う。

 土煙が止むと、すでに岩ミミズは死んでいた。


「ふう、凄いぞウクレ。一撃じゃないか」

「ご主人様が、ちゃんと動きを止めてくださったので」

「ははは、俺の方は結構際どかったな」

「後ろから見てて、ドキドキしました」

「俺もだよ。それで、先生の評価は?」


 ローンに聞くと、


「そうですね。魔法は百点でしょう。サワクロさんは、六十点というところでしょうか」

「厳しいな」

「岩ミミズが一歩下がることを予測できていませんでしたね。魔物にかぎらず動物は野生に近づくほど、自分の間合いを本能的に知り、それに固執するものです。ですから、間合いを超える場合は一気に。でないと、今のように逆に相手の間合いで攻撃を受けてしまいます」

「なるほど」

「ただ、切り返し方は良かったですね。あそこで飛び上がっていたら、私が手を出すところでした」


 というわけで、俺達の番も終わった。

 最後は、大剣を担いだ小柄な少女のスィーダちゃんだ。

 彼女はミモア族らしい。

 うちの料理人であるモアノアと同じだ。

 だが、小柄でぽっちゃりなモアノアと違い、スィーダはかなりがっしりした体つきだ。。

 背が低いところや目の色は似ているが、かなりのマッチョ体型だと思う。


「では、スィーダさんのサポートには私が付きます」


 とローン。


「ですが、基本的には手を出しません。あなたは普段ソロで活動されているそうですから、一人で解決する必要があります。よろしいですね?」

「わかってる」

「では、先に進みましょう。この先は大広間です」


 ローンの言葉通り、俺達はすぐに広いスペースに出た。

 ただ、横には広いが天井は三メートルもなく、いたるところに柱が立っている。


「ここは共同墓地だったそうですね」


 俺の隣を歩いていたレーンが暇を持て余したのか蘊蓄を始める。


「かつては木製のベッドに遺体が無数に並んでいたそうですが、現在は別の場所に埋葬しなおされたとか」

「ほほう」

「近郊の村で疫病が流行り、治療のかいなく死んだ人々をここに納めていたとも聞きます。恐ろしい熱病で、呪文も効かず、全身から紫の血を吹いて死んでいったとか」

「怖いな」

「そのせいか、今でも時折、もがき苦しむ声がこのフロアに響くのを聞いたものが……」

「うぶおおおぉ……」

「うわっ!」


 突然耳元にうめき声が飛び込んできて慌てて飛び退く俺。

 見ると紅だった。


「ビビるだろうが!」

「レーンがやれというものですから」


 いつもの無表情で弁明する紅。


「くそう、あとで二人共お仕置きじゃ」

「申し訳ありません」

「まったく……」


 紅も真面目そうに見えて、案外そうでもないんだよな。

 やはり燕の姉というだけはあるのか。

 とんだ女神様もいたもんだ。

 気を取り直して、獲物を探すと、天井に張り付いた丸いものを見つけた。

 パサパサだ。

 コロにコウモリ風の羽が生えたようなやつだが、割とすばしっこい。

 弓や魔法のような飛び道具があれば有利だが、剣一本だとそれなりに苦労するはずだ。

 まして、スィーダちゃんの場合、不似合いな大剣でやるのは難しそうに見える。

 それでもローンに、


「いけますか?」


 と聞かれて、自信満々に、


「大丈夫だ!」


 と応える姿は、小さいながらも頼もしかった。

 ただし、頼もしいのは返事だけで、いざ戦ってみると、巨大な剣を力任せに振り回すだけでうまく当てられない。

 そこに飛びかかったパサパサの体当たりを何度も受けて、地面を転がされていた。

 それでもめげずに何度も立ち向かうのは大した根性だが、いくらなんでもまずいんじゃなかろうか?

 ローンはどうするのかと様子を見ると、こちらもじっとスィーダちゃんを見守るだけで口を挟まない。

 そもそも、どう考えても武器が悪い。

 祖父の形見と言っていたが、百四十センチもない身長でそれよりちょっと長い幅広の大剣を使うなんてのは無理がありすぎる。

 ただでさえ、こういう狭いダンジョンでは、日本刀で言えば脇差し程度の短めの剣で戦うのが主流なのだ。

 彼女の場合、動きは鈍いが力はあるので、手斧やメイスなどのほうが向いてるような気もするな。

 しかし、この手のタイプは、武器を替えろと言ってハイそうですかとはならないよなあ。

 後を継ぐといった信念を持った人間は、それが強さとなる時もあるけど、厄介でもある。

 こういう人物をうまく啓発するというのは、なかなか困難な仕事だな。

 LVや経験値と言ったシステムを導入するだけで、うまくいくようなものではなさそうだ。


 さらに時間をかけて、どうにか大剣がパサパサの羽をかすめる。

 当たれば威力は大きいのか、羽が砕けて地面に転がった敵に、スィーダちゃんはとどめを刺せたようだ。


「はぁ…はぁ……、た、倒したぞ」


 肩で息をしながら立ち尽くすスィーダちゃんの全身は傷だらけで痛々しい。

 毎回、こんな戦い方をしてたら長生き出来んだろう。

 ローンはそんな彼女に歩み寄って、こう言った。


「お疲れ様でした。傷は大丈夫ですか?」

「へ、平気だ」

「額が切れているようですね。血止めだけでもしておくべきでしょう」

「わ、わかってる」


 そう言ってスィーダちゃんは腰に下げた手ぬぐいで薄っすらと血の滲んだ額を拭うと、血止めの油を塗った。


「治療が終わったら、地上に戻りましょう。修了のサインをして解散です」

「わ、私には……な、何も言うことはないのか?」


 と言うスィーダを一瞥してローンは、


「ご自分の問題点は、よくおわかりでしょう」

「でも、私は!」

「でしたら、私が口を挟むことではありません。個人の信念と技術は、別の問題ですから」

「……」

「街の西外れに、小さな剣闘道場があります。この度、ギルドと提携して頂いたので半額の月謝で学ぶことが出来ます。見たところ、あなたは正式に剣を学ばれたことが無いでしょう。実戦も良いですが、数回通うだけでも、また変わってくるのではないですか?」

「……か、考えとく」


 それだけ言うとローンは全員に向き直り、声をかけた。


「さあ、地上に戻るまで油断は出来ませんよ。宿に帰るまでが冒険です。支度を終えたら、出発です」


 ちなみに今の宿は俺が考えた冒険倶楽部の標語だ。

 もちろん、家に帰るまでが遠足ですのオマージュだ。




 無事地上に戻り、講義修了の証書をもらって解散となった。

 他のパーティが居なくなってから、改めてローンに声をかける。


「よう、お疲れさん。大変だったな」

「まったくです。もっとも、効率や合理性の話をし始めれば冒険者などという商売は割が合わないでしょうから、仕方のない側面でもありますが」

「ま、そりゃそうだ」

「他の様子も気になります。私はこの辺で」


 そう言ってローンは足早に去っていった。

 なんだかつれないなあ。


「参謀殿は、本日はあまり機嫌が良くないようですね」


 とレーンが言うと、紅が、


「彼女は現在、月経期でしたので、そのせいではないでしょうか」

「ははあ、あれはツライと聞きますね。ホロアには無いのでわかりませんが。どうなんでしょうか、ウクレさん」

「え、あの、それは……えっと、大変……です」


 レーンに聞かれたウクレは顔を真赤にして答えていたが、突然そんなことを聞かれても困るよな。

 そこにデュースとフューエルが現れた。

 どうやらここで終わるのを待っていたらしい。


「ウクレ、顔が赤いですが、何かあったのですか? 怪我はありませんか?」


 心配そうな顔でフューエルが話しかけると、


「だ、大丈夫です。わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」

「それで、どうでしたか?」

「はい、ご主人様と二人で、砂ミミズを仕留めました」

「まあ、二人で」

「ご主人様にうまく足止めしていただいて、雷撃をうまく当てることが」

「そうですか、砂ミミズに雷撃は良い判断ですね。自分で判断できたのですか?」

「はい、硬い相手には火炎より雷撃か氷礫が良いと教わりましたので、なるべく集中させて……」


 などとウクレは興奮気味に説明し、フューエルも嬉しそうに聞いている。

 いい師弟だねえ。

 ま、無事に講習も終わったので、帰るとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る