第173話 冒険倶楽部
今日もぼーっとしてたら、あっという間に昼下がりだ。
夕飯まで間があるので年少組と遊んでやろうと探すが、暇そうなのが見当たらない。
犬猿コンビのフルンとエットは道場だ。
魔道士の卵、ウクレとオーレは地下で修行中。
牛娘のリプルとピューパー、馬人の撫子の三人は、台所で手伝っている。
長耳のアフリエールは学者のエンテル達について王立学院だ。
火の玉クントは元船幽霊のネールについて墓参り。
みんな忙しいんだなあ。
暇なのは俺だけか。
もう少しすればチェストリオのプール、エク、イミアが隣の集会所から戻る頃合いだが、あのメンツと遊ぶとなると、それはいささか大人の遊びになってしまうので、この時間だとちょっと。
今は家事の指導教官であるテナがいるしな。
そのテナは、今は台所でなにかやっている。
彼女は非常に丁寧に指導してくれているようだ。
住み込みで毎日面倒を見てくれているが、いつまでいるのかとか報酬はどうなっているのかとか、実はその辺を何も聞いてない。
アンが何も言わないということは、俺の判断を要するような問題はなにもないということなのだろうが、それでも気になるよなあ。
そもそも、彼女の人となりがよくわかってないところがアレだ。
そんなことを考えていたら、撫子とピューパーがこちらにやってきた。
「ご主人様、パイを焼いたんです。食べてみてください」
撫子が自信満々に皿を差し出し、ピューパーも、
「おいしいから、食べて」
とモグモグやりながらそう言う。
もう味見済みか。
「うまそうだな、よし、それじゃあ早速」
一つ、つまむ。
焼きたてで熱いが、りんごの甘酸っぱい匂いが広がる。
皮は若干ムラがあってふんわり感が足りないが、なかなか。
「うん、うまい。二人が作ったのか?」
と尋ねると、撫子が頷く。
「はい、そうです。テナが教えてくれました」
「生地こねるの大変。バター硬いし」
とピューパー。
「そうか、これ何回も重ねるんだもんな」
「うん、たいへん」
しばらくもぐもぐと食べる。
「パンテーには味見してもらったのか?」
「今から、ママにも食べてもらう」
ピューパーがそう言うと撫子も、
「これ、お母さんも食べられるかな?」
「どうだろうなあ、リンゴはともかく、パンとかだめじゃなかったっけ?」
「うん、パンは食べないです。私は食べられますけど」
「だよなあ」
「おいしいのに、残念です」
「まあ、人間だってアレルギーで豆やミルクがダメな人だっているしな」
「アレルギーってなんですか?」
「うーん、特定の食べ物とかが体に毒になる人がいるんだよ」
「毒じゃないのに?」
「普通は毒になるものを体が毒だと判断して退治する仕組みがあるんだけどな、その仕組が間違って毒じゃないものにまで働いちゃうんだな」
「お豆食べられないと、大変そうです」
「そうだなあ。まあ、なんだ。冷める前にみんなに食べてもらってこい」
「はい」
そう言って二人はパタパタと戻っていった。
入れ違いにエレンと紅、コルスの三人が戻ってくる。
「おかえり、今日も地下探索か?」
「まあね。はい、おみやげ」
そう言ってエレンがでかい袋を取り出す。
中から、地下広場でなくした、俺の盾が出てきた。
「お、見つかったのか。じゃあ、あそこまで潜ってきたのか」
「うん、あの広間からさらに外に出て、山の頂に出たんだけどね。魔物はいなかったけど、ゆるい斜面の中腹に、例のでっかいガーディアンが転がってて、かなり派手にやられたみたいだね」
「あー、竜にやられたって言ってたもんな」
「紅がなにかの気配を感じるって言うから、そこまでは行かなかったんだけどね。あと麓の方に魔族の軍隊が駐留してるのが見えたなあ。ちょいとあのへんもきな臭くなってきたね」
「ほほう。あのへんは特定の国の領地じゃないんだろ?」
「らしいね。一応、旗の紋章をメモってきたから、あとで調べてもらわないと」
「それにしても、この盾あんまり壊れてないな」
改めて回収した盾を確認する。
右端のあたりに凹みがあって、ここに瓦礫か何かがぶつかったらしい。
こいつが防いでくれなきゃ、ただではすまなかったろうが、それでも衝撃に耐え切れず掴んでた俺の右腕はポッキリ折れちゃったわけだ。
今はもう痛みはなく、剣も振るえるが、微妙な違和感は残る。
毎日僧侶組の誰かが呪文をかけてくれてるので、年内には完治するだろうとのことだ。
「あとでシャミに見せて相談しよう。新しいやつを作ってくれると言ってたが、この壊れ具合を見たら、なにか対策を思いつくかもしれないしな」
「そうだねえ」
頷くエレンの横でコルスが、
「殿はもう少し筋肉もつけるべきでござるな。素振りの量を増やしてはどうでござるか?」
「あれ以上増やすのかよ、ヘビーだな」
「探索の場が広がり、相対する魔物の強さも上がっているでござる。やはり自分の身を守るすべは、自分で身につけていただくしか無いでござるからなあ」
「そりゃそうだ」
あんまり心配をかけるわけにもいかんしな。
それでも、日本にいた頃に比べれば格段の進歩だけどな。
つまり鍛えれば俺もまだまだ強くなれる可能性がある……のかどうかはわからんけど。
なにかモチベーションを維持するための、短期的な目標でもあればいいんだけどな。
気がつけば、日もくれていた。
俺はいつもの様に晩酌を始め、従者たちも揃いだす。
今日は学者コンビが酌をしてくれるようだ。
細身のペイルーンを抱きかかえながら、エンテルが注いでくれた酒をグビリと飲み干す。
「年が明けたら私達も地下に潜ろうと思うのですが、ご主人様はどうします?」
とエンテル。
「来年ってことは、神殿地下のあれの後か」
「はい、これからしばらくは、皆忙しいでしょうし」
「そういえば、下水場のアムハッサ君にも頼んどかないとな。彼が認証の鍵として有効かどうか確かめたいし」
「そうですね、あそこの遺跡は特にガーディアンの数が多いようですし、妨害がなくなるならそれに越したことはないかと」
「そうだ、燕。お前も一緒に潜ろうぜ、なんかわかるんじゃないのか?」
近くで魔族のプールと将棋をさしながら飲んでいた自称元女神の燕に話しかける。
「えー、あそこ面倒なのよね。まあ、行ってもいいけど。あんまり私の知識を当てにされても困るわよ。覚えてないんだから」
「まあいいじゃねえか。そういや他のメンツはみんな来週から神殿地下に潜るんだろ?」
と聞くと、俺の向かいで飲んでいたデュースが答えて、
「そうですよー、私たちはフューエルのサポートですねー、ウクレも連れて行こうかとー」
「セスは別だっけ?」
「セスの方はー、例のエームシャーラ姫のサポートにつくんですよー」
「フューエルのライバルとか言うアレか」
エームシャーラの名が出ると、端っこの方で食事をとっていたテナが僅かに反応したのに気がついた。
「テナ、君はあのお姫様を知ってるのかい?」
俺が尋ねると、一瞬悩む素振りを見せてから、答える。
「はい、都でお嬢様がご遊学なされていた時に、とても親しい間柄でした」
「親しいねえ、俺が会った時には、そんな感じでもなかったが」
「あの方もご苦労があったのですよ。全てはデュースのせいですね」
テナがじろりとデュースを睨むと、デュースは首をすくめて苦情を述べる。
「えー、なぜそこで私の名がー。私はその方にお会いしたことないですよー」
「そんなことは存じません。ま、お嬢様にも責任があるのですが、今更言っても詮なきことでしょう」
「思わせぶりなことを言わずに、教えてくれよ」
と俺が言うと、
「紳士たるもの、横着をするものではありませんよ。貴方様はこれまでも困難な問題を解決なされてきたのでしょう。ぜひとも、あのお二人の仲を修復していただきたいものです。そうですね、それができれば私も貴方様へのレクチャーは修了とさせていただきましょう」
「いやあ、それは関係ないんじゃ。もっと普通に礼儀作法とか教えてくれよ」
「それに関してはすでに一通りお教えしたではありませんか。どれもすぐに身につけてしまい、もはや教えることはほとんどありません。あなたのように優秀な生徒は滅多にいませんよ。お嬢様などはナイフを舐めるのをやめさせるだけで随分かかってしまいました」
「それそれ、そういう情報をだな」
「……今のは失言でした。これ以上余計なことを聞き出される前に、そろそろ休ませていただきます。明日は一度、屋敷の方に戻らねばなりませんので」
そう言ってテナは家馬車の自室に引き上げていった。
それを見送ってから、デュースがこう言った。
「そういえばー、フューエルが都に留学している間、身の回りの世話はテナがしていたそうですねー。それで例のお姫様のことも詳しいのでしょー」
「気になるよな。いくつぐらいの頃だ?」
「私と別れたのが十三か四の時ですから、十五歳前後とかじゃないですかねー。多感な年頃ですねー」
「祖母同士がライバルだった相手と、学校で一緒だったわけだろ。当然、本人同士もライバルになるのは不思議な事じゃないよな」
「ですよねー、私が原因になるようなことはないと思うんですけどー」
「デュースと一緒に旅をした結果が原因になってるんじゃないのか?」
「そうはいわれてもですねー」
「本人に聞いても答えちゃくれないだろうしな」
「でしょうねー」
その日はダラダラと酒を飲んで過ごしたせいか、翌朝は少し寝過ごした。
ゆっくりと起きだすと、冒険組の大半はすでに出払っていた。
少しずつ、神殿地下の探索をして慣らしておくらしい。
珍しくメイフルも出ていて、こちらは出店の下見だという。
神殿地下の入口に屋台を出す予定だからな。
こっちは商売そのものよりも、探索のベースキャンプとしての意味合いのほうが強いかもしれない。
俺もちょっと様子を見に行くとするか。
神殿地下の洞窟は、この街に来てから数回潜ったことがあるが、古くは墓地だの修行だのに使っていたらしく、大半が人工的なダンジョンだ。
いわゆるカタコンベってやつだな。
天然の洞窟だった森のダンジョンよりはマシとはいえ、石造りの通路は湿っぽくかび臭い。
試練の塔が懐かしいぜ。
というわけで、今日の午後は年末の大掃除に備えて出店の準備に来ていた。
ちなみに赤竜騎士団の第八小隊では、この行事を大掃除と呼んでいるそうで、俺もそれに倣うことにする。
商店会長のオングラー爺さんが出す御札の屋台に便乗して、俺達も薬草などを売るのだ。
この街に来たわずかの間にうちの商売は軌道に乗ったらしく、わざわざ出店などする必要もないようだが、オングラーに頼んでおいた手前、今更断るわけにも行かなかった。
それに、セスやデュースを始めうちの戦闘組も大掃除の期間中はダンジョンに潜るので、拠点を兼ねて店を出しておくと都合がいい、などという理由もあった。
神殿の片隅から狭い階段を降りると大きな広間に出る。
天井の明かり取りから差し込む光に照らしだされて、それなりに神秘的なこの場所には、いろんな業者が賑やかに入り乱れている。
ベースキャンプと呼ばれるこの場所の一角に、俺たちの場所があった。
入り口から奥のダンジョンに続く道の一等地は、普段から店を出している連中が占めている。
俺達に割り当てられた場所はその奥の空きスペースだ。
今はほとんど冒険者がいないが、結界を張るための期間中はこの辺りも冒険者であふれるらしい。
いろいろあって今年の大掃除は期間が若干短くなってしまったそうだが、おおまかな計画はこうだ。
最初に冒険者が所定の領域をくまなく歩きまわり、魔物や罠を駆逐する。
それに応じて騎士団が背後を固め、クリーンにした領域を確保する。
その領域ごとに、三人の結界術師がそれぞれ段階に応じた結界を貼っていく。
そうすることでエリアごとに魔物の強さを絞った安定したダンジョンが出来上がるという寸法だ。
まさにダンジョンの大掃除って感じだな。
俺たちはそれに参加する冒険者連中のために、ここで店をやるわけだ。
今回はオングラー爺さんの御札、そしてうちのペイルーンが作る丸薬、あとはハブオブのパン屋のお弁当も売る予定だ。
弁当は当初予定になかったのだが、先日ハブオブがやってきて、こんな相談を受けた。
「サワクロさん、今度神殿地下に店を出すとか。うちも何か出させてもらえないでしょうか」
「そりゃあいいけど、忙しいんじゃないのか?」
「ええ、おかげさまで祭りのあとは学生を中心に。ただ、ちょっと入用で……」
「ふむ。と言っても、お前さんとこは一人だし、自分で出るわけには行かんだろう。どうしたもんかな?」
とメイフルに話を振ると、
「でしたら、お弁当でもおろしまひょか。うちで仕入れて一緒に売ると。なんぞ食べやすそうなもんを考えればいけますやろ」
とのことだ。
しかし、堅実そうなハブオブが金に困るとはなんだろう?
例の彼女とそろそろ身を固める気になったのだろうか。
そういえば、祭りの時も女の子とイチャイチャしてたな。
いや、まてよ、あの時見たのはなんか別の彼女っぽかったんだっけ?
じゃあ、女性問題をこじらせて金がいるのか?
俺もこじらせないように気をつけないとなあ。
もう、こじらせてる気もするけど。
……まあ、いいや。
出店スペースにはすでにカプルとミラー達が入って屋台の組み立てをしていた。
すでに大枠はできている。
三畳ぐらいのスペースが二つで、一つがオングラーの、そしてもう一つがうちの店だ。
大体、この手の出店は床にムシロを引いて商品を並べるだけ、みたいなのが多い。
それで十分なのだが、うちはもうちょっとおしゃれにレイアウトする。
丸薬と御札という二大消耗品に、お弁当まで用意すれば期間中は固定客が見込める。
そこで第一印象を上げて初動の客をガッツリつかむために屋台風に店を組んで、しっかり売り込もうと言う寸法だ。
「ほんまはワインも売りたかったんですけど、許可が取れまへんでしてん」
とメイフル。
そういえば、街での商売は色々許可がいるんだったな。
あふれる資材を片付けながら手伝っていると、誰かが近づいてくる。
「こんにちは、冒険者ギルドでございます。この度はご出店準備ご苦労様でございます。つきましては業者の皆様にお願いがございましてご挨拶に参らせていただきました」
そう後ろから声をかけてきたのは、いつぞや森のダンジョンで出会った冒険者ギルドの課長さんだ。
「おや、ギルドの」
「あら、どこかで……たしか森のダンジョンでお会いした冒険者の方でしたか。今日は下見でしょうか?」
「まあね、ここに店を出すんで」
「ああ、ご出店の方で。商人に鞍替えを?」
「うちは両方やってるのさ」
「なるほど。では、お手数ですが少々よろしいでしょうか」
と勝手に説明を始めた。
彼女の話は回りくどいので要約すると、アルサのギルドでコアの換金をお願いするビラを配って欲しいとのことだ。
街を通り抜ける冒険者の数に比べると、利用者がかなり少ないという。
そこで、この機会にぜひともご利用いただきたく云々、とのことだ。
ここで稼いだコアはこの街で換金するんじゃないかな、とは思うが、認知度が低すぎるのでより万全を期したいとか。
「そりゃあいいけど、ここも不便だからな。何か特典ぐらい無いのかい?」
「その、予算がございませんので謝礼の方はなかなか、ただビラをおいていただくだけでも……」
「いやいや、俺らへの見返りじゃなくて、冒険者のメリットだよ。コアはかさばるから、普通は頼まなくても近場で換金するだろう」
「はあ、そのことでしたら、先のダンジョンで出張などもやったのですが、どうにも一人では無理がありまして、二、三件交換するだけで荷物が溢れてしまったことも」
「まあ、そうかもな」
コアは雑魚だと小さな石ころ程度だが、高価なものは結構重いしでかい。
大物だと一つ一キロぐらいになるものもある。
そんなものが十匹分もあると、彼女一人では厳しくなるだろう。
それは冒険者も同じなのだが、高額のコアほど、サービスのいいギルドで換金するものらしい。
「だったら、換金率アップとか」
「そこは、その、私の一存ではどうにも……」
コアというか精霊石のレートは市場で決まっている。
それに応じてギルドで一律に決めているので変えられないとか。
面倒なものだが、価格差があると投機の対象になるので規制しているとも聞いたな。
無論それだと差別化出来ないので、各街のギルドではそれぞれにサービスをしているらしいが、小さなアルサのギルドでは、
「予算などもまったく無い状態でして、恥ずかしながら、このビラも私の手書きでして」
よく見ると、確かに手書きだ。
字は達筆だな。
少ない予算で必死にやりくりする姿を見ていると、倒産寸前の会社を思い出してなんだか気の毒になってきた。
「大変そうだなあ、ギルドには世話になってるし、協力したいのはやまやまだが」
「そのようにお申し出いただくだけで、まことにありがたく、その……ああ、なんだかそんな優しいことを言われると泣けてきてしまいます……ううぅ」
大丈夫かいな、この子。
前回見た時より余裕が無いな。
「とにかく、このビラは預かるよ。がんばれよ」
「はい、ありがとうございます、ありがとうございます」
娘は頭をペコペコ下げながら次の店へと向かった。
翌日。
再び屋台を訪れるとすっかり綺麗に仕上がっていた。
見るとうちだけでなく他の店もワゴンを置いたりのぼりを上げたりと、体裁を整えはじめている。
こういうのはつられるからな。
メイフルがミラーを三人使って、商品の搬入を行っていた。
大掃除はまだ開始前だが、試験的に明日から店開きをするらしい。
「そりゃいいけど、今日から商品を置いといて大丈夫なのか?」
「もちろん、泊まり込みで人を置いときますで。ミラーはんがようさんおるんで助かりますわ」
メイフルがそう言うと、ミラー達も手を止めて、
「一晩中、お役に立ちます」
と口をそろえる。
頼もしいなあ。
「ここは見張りの騎士も一日中立ってますし、夜にはクレナイはんとコルスはんもつめますから心配いりまへんで」
とのことだ。
まあ、大丈夫なんだろう。
しばらく作業を見守っていると、後ろのほうで何か怒鳴り声がする。
また揉め事かな、と振り返ると、冒険者ギルドのサリュウロがどこかの業者に追い払われていた。
営業は大変そうだな。
俺と目が合うと、ひょこひょこと吸い寄せられるように寄ってきた。
「おはようございます。ほ、本日は、その……」
「よう、サリュウロちゃん。おはよう」
「あ、こ、これは、私などの名前を覚えていただけているとは、誠に光栄でして、その」
「ははは、仕事は大変だな」
「いえいえ、これぐらい……そ、そういえば、お名前をまだ伺っておりませんでしたが、差し支えなければ」
「俺はサワクロだ、シルクロード通りで店を出してるんだ、よろしく」
「サワクロ様ですね。何卒よろしくお願いいたします」
サリュウロちゃんは、特に用事があるわけではないようだが、あれこれと世間話を振ってくる。
営業につかれた新人が、人あたりの良い客のところでつい長居しちゃう感じかな。
「……そこで、騎士団の方で獲得したコアを、うちで卸していただけると良いのですが、ここの第八小隊では騎士団本部に収めて処理しているとかで、なかなかうちの方には」
「そういうものなのか」
「いえ、ラモーの第九小隊では街に卸していると聞きますし、第四小隊などは任地ごとにドカっとやってガバッと替えていただけると評判で」
「じゃあ、ここも頼めばいいじゃないか」
「じつは先月から面会を求めているのですが、ここの小隊長殿は忙しいと先送りでなかなか……」
そういえば第八の隊長って会ったことあったっけ?
なんか普通の爺さんだと聞いた気がするな。
モアーナの話では持病のリウマチで引きこもってるとかなんとか。
「そうなあ。お、噂をすればちょうど良いところに」
いいタイミングで俺の視界にメガネ美人のローンが飛び込んできた。
手招きすると、微妙な顔をしてから寄ってくる。
「なんです? そんな嫌らしそうな顔で手招きされても困ります」
「つれない事を言うなあ。こちらのお嬢さんが騎士団にお願いがあるんだって」
「ご依頼でしたら、第八の詰め所の方に」
「もう一月も先送りにされてるらしいぞ」
「ラウンブも歳ですから……それで、こちらのご婦人は?」
「彼女は……」
俺が紹介しようとすると、サリュウロは身を乗り出してアピールし始めた。
「わ、私、冒険者ギルド、アルサ支部課長のサリュウロと申します、よろしくお願いします!」
「あなたがギルドの……申し遅れました、赤竜騎士団団長補佐のローミリアス・フェインスと申します。ローンとお呼びください」
「で、ではあなたがエンディミュウム様の右腕と誉れ高い、ローン様で」
ローンはコクリと頷く。
ローンの本名は初めて聞いた気がする。
俺もアバウトだなあ。
そういえば家名はキッツじゃないんだな。
「そ、その、じつは、えーとですね、その……」
突然、大物を紹介されて動揺したらしい。
代わりにちょこっとフォローしてやる。
「なんか第八の上がりのコアを彼女のところで換金して欲しいってさ」
「そのような次第で、その、不躾ではありますが……」
サリュウロちゃんもそう言って頭を下げるが、ローンは難しそうな顔をする。
「ふむ……それは、ちょっと難しいですね。ここの上がりは、エツレヤアンの方で一括契約で納めています。その見返りとして、あちらのギルドから備品の提供も受けておりますし」
「それは……その」
言いよどむサリュウロを値踏みするように一瞥してから、ローンはこう言った。
「実は私の方からも、ギルドに、いえ、あなたにお願いしたいことがありました」
「わ、私にですか?」
「国の方からの通達も来ているかと思いますが、冒険者の新人研修が双方にとって急務の課題です」
「それは確かに、存じておりますが」
「そこで、我が騎士団としましても試験的にここの第八小隊の元で、冒険者の研修を執り行なおうと考えております。つきましてはギルドにもご協力いただきたいと思いまして」
「それを私に?」
「その通りです」
「し、しかし、うちは実質私一人で……」
「ええ、ですから、あなたにお話してるのです」
「そ……それは」
「もし、指導がうまく言って新人冒険者の死亡率が改善できた暁には、ご依頼の件を私の方から上申しても良いと考えております。また新人研修の件も軌道に乗れば、あなた一人では持て余すほどの功績となるでしょう」
「そ、それをローン様が、私に?」
「いかにも」
その後、仕事疲れのサリュウロちゃんは、ごにょごにょとローンに丸め込まれて、ローンの話に乗ったようだ。
「それでは、よろしくお願い致します。あの、サワクロ様もご仲介いただき誠にありがたく、後日改めてこのお礼はさせていただきますので、それでは……」
ペコペコと頭を下げながら去っていった。
「あんまりいじめてやるなよ、苦労してるっぽいのに」
「あなたが自分で紹介してきたのではありませんか」
「まあ、そうなんだけどな。それで彼女に何をさせるんだ?」
「ギルドの協力のもとで進めたというサインがほしいと思いまして」
「身も蓋もねえな」
「エディが急かすのですよ、最近の彼女は一刻も早く誓いを果たして隠居したいそうですよ」
「だったら、誓いも一つぐらいにしとけばよかったのに」
「元々、望まぬ婚姻話から逃げるための口実として騎士団長になったので、たっぷり十年は掛かりそうな誓いを女神様に立てたようです」
「だったら、自業自得だなあ」
「そのとおり。今頃も都で山のような書類に囲まれているはずですわ」
「気の毒になあ」
「誰かさんが若い娘とイチャイチャしていると知れば、ますますショックでしょうね」
「ひどい奴もいたもんだ」
話題の方向が怪しくなってきたので、頑張って切り替えてみる。
「ところで、新人研修の目処は付いてるのか?」
「それがどうにも。以前、新人冒険者に募集をかけて講習をしたことがあったのですが、募集しただけでは集まらず、報奨を出したら人は来たものの、ろくに講義も聞かずにそれっきりで。騎士の鍛錬であれば、いかようにも手はあるのですが……」
「まあ、冒険者だしなあ」
「紳士様も冒険者でしょう、なにかよいアイデアはないのですか?」
「そりゃあ、おまえ……もっと喜んでやりたくなるようなものにしろよ、ゲーム的な」
「ゲームとは?」
説明が難しいな。
「今度まとめて説明するよ。どうせこっちにいるんだろ?」
「ええ、今回の大掃除は私が仕切りますので」
「使えるかどうかはわからんが、アイデアはなくもない」
「楽しみにしておきますよ」
その時はまだ、漠然としたアイデアだったが、なんとなくビジョンは見えていた。
RPGじみたダンジョンやモンスターがいるんだから、冒険者の方もそういうシステムに乗っけてやればいいんだよ。
そうすれば初心者研修はすなわちチュートリアルになる。
最近、ゲームはご無沙汰気味だけど、おなじみのやつだ。
家に帰った俺は、さっそく暖炉の前に陣取って考え始めた。
仕事でゲームを作った時のことを思い出す。
大作RPGとかじゃなくて、スマホのカジュアルゲームとかだったが、ツボは似たようなものだろう。
要は継続的なモチベーションを与えるのが大事なんだ。
ミニマルなゴールとその達成感。
報酬と、その蓄積。
ゲーム的な記号化。
つまりRPG的なシンボルを探索に持ち込むことでゲームにしてやればいい。
殺し合いを遊びにするなとか怒る奴もいるかもしれんが、どうせ冒険者なんてみんな適当だから平気だろう。
ここでのキモは
経験値を設定して冒険者にLVをつける。
それに応じて見返りを与えればいいし、LV自体がモチベーションになるだろう。
じゃあ、経験値とは何かだが、この際換金したコアの額面をそのまま経験値にすればいい。
例えば最弱のコロを倒すと、数十G程度の価値のコアになる。
これを数匹倒したらLV二になるように設定するわけだ。
LVが上がるごとにリワードを提供する。
薬とか御札とか実用的なものがいいかな。
案外メダルみたいな物も、自尊心を満たすかもしれない。
フルンが剣の柄に掘った竜殺しの印がいい例だ。
ああいうのも好きなんだよな、みんな。
LVに応じて、ギルドが依頼を斡旋してもいい。
俺たちはやったことがないが、旅の護衛や僻地への輸送など、冒険者への依頼というのは一定数あるらしい。
ただ、当然信頼度に応じて依頼というものも左右されるので、実際はコネのある大きなパーティが独占しているそうだ。
そこに客観的な基準を持ち込めば、依頼する方にもメリットが有るだろう。
そして、経験値をカウントしてもらうためには、免許的なものを出す。
いっそ手数料をとってもいいな。
その免許を取得するためには講習と最低限のテストをこなしてもらう。
大枠としてはこんなものか。
何か名称がいるかな。
冒険倶楽部とかでいいかな。
それをエレンやメイフル達に相談してみる。
「なるほど、おもしろうおますな。要は会員で囲い込んで質の高い冒険者を育成するわけですな」
とメイフル。
「そうとも言えるな。まずは講習とテストを受けてもらうことで底上げをするわけだけど、それにメリットをもたせるわけだ」
「そのLVに応じて推奨ダンジョンとか、階層とか明示してもようおますな。今は基準が曖昧ですからなあ」
「だけど、例えば大きなパーティにおじゃましていきなりガッツリ稼いだりしたらLVが上がり過ぎちゃうんじゃない?」
とエレン。
パワーレベリングってやつか。
「確かにそうだな。どうしよう」
俺が首をひねるとメイフルがこう言った。
「その場合は、昔ながらにそのパーティが面倒見るもんですし、下っ端にそないたっぷり分前払うこともそうそうおまへんで」
「それもそうか。だったら、換金額を基準にするってのは悪くないかもね」
とエレンも頷く。
「ふむ。例えば5LVや10LV毎とかにテストを用意してもいいな。知識や剣技などを確認して、ふさわしい実力があるとわかればそれより上のLVになれるみたいな」
いわゆるレベルキャップというやつだ。
その他に見返りとして、宿や店などに協力してもらい、割引などが受けられるようにするとか、そういったアイデアをまとめて、ローンに説明してみた。
「ふぅむ」
翌日うちに来たローンは話を聞くと、はじめは難しい顔をしていたが、やがて頷くと、
「確かに、メリットを与えつつ管理するというこのやり方は、双方に利点がある気がします。この成果報酬も現物であればコストの計算も出来ますし、スポンサーの確保もし易いでしょう。とかく冒険者という連中は目先の利益を最大化しようとするもので、我々の望むルールにうまく囲い込むことが出来ないのですが、このLVという枠組みでコントロールできれば……」
そう言って再び考えこむ。
「いいでしょう、これでやってみましょう。ギルドの方では人手が足りないでしょうから、うちでサポートをして実質的な運営を取り仕切るとしましょう」
「しかし、彼女の一存でできるのかな?」
「あの事務所の責任者は彼女です。ギルドは事務所ごとに特色を出そうと躍起ですし、うちでフォローすれば当面問題はないでしょう。むしろうまくいった場合に出てくる影響のほうが大きいのでは?」
「というと?」
「このシステムが上手く行けば、当然他のギルドも追従するでしょう。その際にこのLVという基準の相互運用をどうするか? 会員はギルドごとに登録するのか、共通にするのか。共通であれば主導権はどこが握るのか……」
「ふぬ」
「会員が増えれば、小さなギルドの一課長には荷が重いでしょうね。もっともそうなったときにうまく立ちまわって本部に栄転できるかどうかは彼女の実力次第でしょう」
「ま、俺もそこまでは知らんよ。目の前で可愛い子が困ってたらちょっと声をかけるだけでね」
「そういうことにしておきましょう」
一度決めるとローンの行動は早い。
大掃除の開始前に始めるのだと言って帰っていった。
うちとしての見返りは、優待ショップとして看板を掲げる権利を得たところぐらいかと思っていたが、どうやら会員のシンボルやら何やらのデザインなども請け負ったようだ。
うちのデザイナーであるサウ曰く、お役所仕事は箔がつく、だそうで、気合を入れて頑張っていた。
数日後、ローンと一緒にギルドのサリュウロがやってきた。
来る早々サリュウロは平身低頭、ヘコヘコする。
「貴方様がかの有名な桃園の紳士様とはつゆ知らず、誠にご無礼の数々、平にご容赦の程を」
まるで時代劇で素浪人だと思ってた相手が、実は将軍様かなにかだと気がついた役人のような平身低頭ぶりで、ちょっと困る。
お役所づとめが長いと、権威に弱いのかなあ。
「頭を上げてくれよ、俺はただの冒険者のサワクロさ。それよりもどうだい、例のアイデア」
「は、誠に持って素晴らしく。私ももはや後のない身ですから、このアイデアに逆転の望みをかけて全身全霊をかけて取り組ませていただきます」
「うん、頑張ってよ」
というわけで、まずはビラ配りだ。
この街に来てからビラばかり配ってる気もするが、この世界で周知するには口コミかビラしか無いと言ってもいい。
そして宣伝の重要性は異世界でも変わらない。
祭りで世話になったオボコボ印刷所も、うちは大得意様だということで、下にも置かない扱いだ。
今回も大量にビラを依頼した。
文面は要約するとこうだ。
冒険倶楽部、会員募集中。
今、当アルサのギルドで会員に入ると様々な特典が受けられる。
実績に応じたアイテムの報酬や、提携ショップでの割引、さらには本来騎士や僧侶しか学べなかった本格的な探索ノウハウの数々を伝授。
とまあ、こんな感じだ。
せっかくなので俺も名誉会員になってみたので、こんな一文も添えてある。
あの桃園の紳士も会員です。
今なら紳士様と一緒に冒険できるかも!?
あと推薦人としてエディの名や、聞いたこともない協賛商店なども名を連ねている。
いつの間にここまで。
「この街の商人は、わりとみんなアグレッシブですからな、こういう話にはようのりますねん。もっとも、だめやとわかるとさっと手を引きますけどな」
とメイフル。
どうやら彼女が手を回したらしい。
こいつもどこまでコネがあるのかわからんな。
街道沿いにある宿屋なども提携して割引や、弁当のサービスなどを始めるらしい。
一つには、この街の商人も昨今の冒険者ブームに乗りそこねたくないという思いがあったようだ。
ただ探索の肝である試練の塔が近くにないので、代わりの何かが欲しかったらしい。
思った以上に立ち上げはうまくいきそうだ。
実務を担当しているローンやメイフルの腕がいいのだろう。
そうして順調に広報活動を繰り広げ、会員を集めて初の講習会が開かれることになった。
せっかくなので、俺も参加してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます