第166話 赤と青 前編

 廃墟のオフィスビル風ダンジョンをぞろぞろと団体で行進する。

 先ほど敗走したノズの群れは姿が見えず、他の魔物もいない。

 先行する騎士たちはあちこち調べながら進んでいるようだ。

 少し離れた通路では、若い赤竜の男が、同じく若い白象の女騎士に罠の確認方法を教えながら楽しそうにやっている。

 青春だなあ。


「旦那もああやってウンチク垂れればモテるんじゃない?」


 冷やかすような口調で話しかけるのは盗賊のエレンだ。


「垂れながすようなウンチクは持ち合わせてないぞ?」

「じゃあ、旅の自慢話は? 白象の連中はずっとこの土地に縛られてるから、案外ウケるかもよ」

「なるほど。しかしお前、そういうのは酒の席じゃないとなあ。素面で自慢話はしんどいぞ」

「だったらまずは一席設けないとね」

「いいなあ。もてなくてもいいから、あったかい火を囲んで酒でも飲みたいな」

「まったくだね」


 などと話しながら規則正しく並ぶ小部屋の中を覗くと、朽ちたパイプベッドのような物もあったので、居住区だったのだろうか。

 でも、地上でも魔界でもなく、こんなところに住んでた理由ってなんだろう。

 こういう状況証拠だけから当時を推測するってのは難しいもんだな。

 錆びたベッドの残骸を見ながらペイルーンがつぶやく。


「これだけ鉄くずが残ってるのは珍しいわね。魔界側でも最近発見したダンジョンなのかしら」

「あちらも軍隊っぽかったよな」

「そうね、ってことは下には魔物の国があるのかしら」

「魔界は全部魔物の国なんじゃ」

「ほとんどは魔族の国よ」

「魔族と魔物って違うのか?」

「前に言わなかったかしら? 地下の住人をひっくるめて魔物と呼ぶこともあるけど、魔族っていうのはプールみたいな人間に近い……たぶん彼女たちも古代種なんでしょうけど、そういう種族よ。ギアントとかノズは全然人間に似てないでしょう。むしろ熊とか象が二本足で歩いてるようなもんじゃない」

「まあ、そうだな」

「魔界でも辺境は魔物だけの国があるそうよ」

「となると、どうなんだ?」

「まともに交渉はできないから探索するとなると厄介ね」

「そりゃ困るな」


 なんせネトックから彼女の船探しを頼まれてるんだ。

 できることならスムーズに行きたかったが、難しそうだな。

 しかし、こうも通路が格子状に並んでるとかえってわけがわからなくなるな。

 特に方向音痴ではないはずだが迷う。

 少し離れたところで鼻歌交じりに歩いていた燕を捕まえて尋ねる。


「燕、そろそろ下水場下の基地に近づいてるんじゃないのか?」

「え? ああ、そうね。どうかしら。えーと、どうなの紅」


 すぐ後ろにいた紅に丸投げすると、すぐに答えて、


「確認します……未だ地図との一致箇所はありません。推定では基地の外縁部にそって、この構造物が広がっているようです」

「つまり、例の基地に後付で作ったのか?」

「そのように見えます」

「ふぬ……」


 下水場はステンレス製で、つまり十万年ぐらい前のもっとも高度な時代の設備だったもんな。

 で、ここはたぶんそこからだいぶ退化した、今の地球とさほど変わらない程度の技術で作ったもののようだ。


 しばらく進むと、大きな扉があった。

 無理やりこじ開けると、奥は底が見えない竪穴で、エレベーター的な物の跡に思える。

 松明を一本投げ入れてみると、五十メートルほど下が床のようだ。

 オーレに運んでもらってもいいが、大所帯すぎるしな。

 エレベーターがあるということは近くに階段があるんじゃなかろうか、とおもって探すと見つかった。

 こういう作りは異世界でも似通ったものになるんだな。


 ローン達と合流して下に進む。

 各階層はどこも同じ作りのようで、あまり差がない。

 そこはスルーして一番下の階を目指す。


「ねえ、ここって昔の街なんでしょ? ペイカントも一番下はこんなだった」


 エットが階段をぴょんぴょん跳ねながら話しかけてくる。


「ほう、そうだったのか。そのうち一緒に行ってみるか。海の向こうにも興味あるしなあ」

「ほんとう? もう帰りたくなかったけど、みんな一緒なら行ってもいい!」

「そうかそうか」

「あ、一番下みたい。あっち赤いよ、あれ知ってる、魔界の色」

「魔界?」


 階段の一番下から外に出るとそこは大広間になっており、外周部には窓が並ぶ。

 そこからは赤い光が差し込んでいた。


「あらー、懐かしい光ですねー。これは魔界の赤い光、永遠の黄昏時の色ですねー」


 とデュース。

 窓の外はテラスが展望台のようになっていて、はるか遠くまで見渡せる。

 そこには広大な地下の景色が広がっていた。

 天井まで繋がる巨大な山、大地を這うように伝わる川、そして鬱蒼と茂る森。

 そのすべてが赤かった。


「デルボの山! あれ、登ったこと、ある。あの向こう、ピオ村! みんないるかな、おーい!」


 魔界出身のオーレが遥か彼方の山に向かって叫ぶ。

 プールも連れて来てやればよかったかな。

 山の向こうには一筋の青い光がさしている。

 あそこがオーレが出てきたという大穴か。

 とにかく、すごいスケール感だ。

 これが魔界か。


「驚きました、こんな浅いところで魔界と通じているとは」


 とクメトス。


「ここは天井を支える柱の一部ですね。山をくりぬいて作ったダンジョンだったようです。道理で頻繁に魔物が現れるわけです。神殿地下もおそらくこの山の何処かに通じているのでしょう。記録にはなかったはずですが、再度調べて見る必要がありますね」


 ローンがあたりを調べながらそう話す。

 つまりこの天井はでかい山のうえに蓋をするようにかぶさっていて、俺達はその柱代わりの山のてっぺんにいるわけだ。

 ああ、それじゃあ俺たちは天然の山の中のダンジョンに潜ってたのか。

 直接つながってる地面もあるんだな。

 テラスの外は切り立った断崖だが、少し離れた山の斜面は比較的緩やかで、すぐそばまで鬱蒼とした森が広がっている。

 気温は地上より高いが、地下だと雨とか振りそうにないんだけど、そのへんどうなってるんだろうな。

 不思議なところだ。

 いろいろ気になるので、外に出てもっとよく見てみたいもんだ。

 外に出れば下に降りられるのかもしれない。


「行ってみるか?」


 と尋ねると、デュースが渋い顔をする。


「うーん、オーレの話ではー、あの山のこちら側には人の……つまり魔族の住む国はないそうなんですよー。おそらくこの辺りは魔界でも辺境でー、ノズのような凶暴な魔物しかいないと思うんですよー。もう少し文明国であればまだましなんですがー、降りるならちゃんと準備してから行くべきでしょうねー」


 今さっき、ペイルーンも同じことを言ってたな。

 騎士団の連中はどうするんだろう。

 長居しないほうがいいのかな?

 などと悩んでいると、あたりを調べていたエンテルが話しかけてきた。


「少し良いですか。もしかしたらこの辺りからステンレス層にはいる入口があるかもしれません」

「ほう」

「魔界側は入り口が開いていることが多いのです。探すだけでも探してみたほうが良いかと」

「そりゃそうだ。よし、じゃあ任せた。俺はローン達に話を通してこよう」


 騎士団は魔界にいるということで若干ピリピリしているようだ。

 特に若い連中には緊張が走る。

 それをなだめながら、ローンとクメトスが相談していた。


「そっちはどうするんだい?」


 俺が話しかけるとローンが、


「判断が難しいところですが、これだけの手勢でここにとどまるのは危険でしょう。今、エディがメリエシウム団長と共に下層を巡回中なのでそれと合流できれば良いのですが、今のところは最低限の確認ののちに撤収したいと考えています」

「ふぬ、俺達はステンレス層の入口がないか探したいんだがな」

「なるほど。そういえば、下水場の地下まで広がっている可能性があるとおっしゃっていましたね」

「そうなんだ。上もそれを目当てに掘ってもらってたけど、こっちから入れるならそれでも構わんしな」

「そうですね。では時間を区切って、我々も協力しましょう。入り口だけでも見つかれば今後の計画も変わってきますので」


 話は決まったので、早速とりかかる。

 まずはこのテラスを調べるのだが、ここはどうやら断崖につき出した展望台のようなスペースになっていた。

 テラスから直接外に降りる道はない。

 ロープを垂らすにも少々高すぎる。

 ここはかつての山城だったのか、それとも見晴らしの良い観光名所だったのか。

 これだけではなんとも言えないなあ。

 テラスに見張りを残していったん中に戻り、広間の周辺を調べることにした。


「それほど魔物が行き来してるわけじゃなさそうだね」


 這いつくばって床を調べていたエレンが立ち上がってほこりを払う。


「そうですな、足跡がないわけやおまへんけど、あれだけの数の魔物が通った痕跡はありまへんなあ」


 一緒に調べていたメイフルも同じ見解のようだ。


「ってことは、下に通じる道は他にあるわけだな」

「そうですな、そもそもさっき助けた人らも魔界までは降りてまへんでしたし。うちらはあの建物の中を通って出てきましたけど、たぶん岩盤をくりぬいた通路のほうが本命ちゃいまっかな。あちらは大将のええ人が行ってはるらしいでっせ」

「さっき聞いたよ。合流できればいいんだけどな。あまり時間の猶予もないから、大急ぎであちこち回ってみよう」

「そうですな。ほな、いつぞやみたいにうちらを中心に組み分けしまひょか」


 そんなわけで、盗賊系を中心に四つに分けて調査を始める。

 最近の標準的な探索スタイルだ。

 俺はエレンを中心に、デュースとフューエルとオーレの師弟組と、フルンとエットとシルビーの桃太郎トリオ、さらにオルエンとレルルの元赤竜コンビのチームに入った。

 ゲスト二人のもてなしは俺の仕事だよな、やっぱり。


 広間からは上に通じる階段の他に、奥に通じる道が何本かある。

 そのうちの一つに入ってみた。

 奥といっても山肌にそって掘られたトンネルのようで、所々に明かり取りの窓が開いている。

 魔界の光で照らされた赤い通路を慎重にすすむが、まわりには騎士も行き来しているせいか、調べながら歩いているエレン以外はのんきにおしゃべりなどしている。

 たとえば魔導師組の会話に耳を傾けてみると、こんな感じだ。


「魔界はやはり、独特の緊張感がありますね。自分たちの住む土地ではないという空気が漂っているというか」


 フューエルがつぶやくと、彼女の弟弟子にあたるオーレが、


「そうか? 魔界もいいとこ。暑いけど、みんな優しい。ばあちゃんは厳しかったけど」

「そういえば、あなたの故郷でしたね。ごめんなさい、悪気はないのですが……そういえば、オーレは地上に出ることでそう言った違和感を覚えなかったのですか?」

「大穴を抜けて天井から出たら雪ばっかりで涼しかった、天国。山の下はあんまり魔界と変わらない。あと白かったり緑だった。えーと、あとは……」

「ふふ、そうですか。あなたの場合は、暑さ以外は問題なかったようですね」

「うん、上はいい。ご主人もいるし、先生もいる。フューエルもいる。みんないる」

「そういう気持ちは、よくわかりますよ」

「うん、大事」


 仲良さそうに話してるなあ。

 一方のフルン達は歩きながら飴を食べている。

 若い女の子がキャッキャとはしゃぐ様子は微笑ましいが、ちょっと会話には入りづらい。


 残りの騎士ペア+クロの三人は仲良く押し黙って黙々と歩いていた。

 まあ、無口なオルエンと一緒だと誰でもこうなるんだけど。


「ボス、調子、ドウダ?」


 この中で一番社交性のある、歩くコタツもどきのガーディアン、クロが話しかけてくる。


「俺は絶好調だよ。お前はどうだ」

「バッチリ」

「そりゃよかった」

「アッ」


 クロが突然変な声を出す。


「どうした?」

「何カ、感ジタ。ナンダ?」

「敵か?」

「ワカラン、タブン……オ仲間、ツマリ、ガーディアン」

「まじか、近いのか?」


 ガーディアンは普通遺跡を守ってる。

 クロがうまく交渉できればいいが、そうでなければ魔物にも劣らぬ、強力な敵となる。


「近クハナイ。今ノハ、ガーディアン向ケノ、保守シグナル。信号、返シタ。返事マチ」

「そうか、一応用心しよう」


 それを聞いていたオルエンは無言で手槍を構え直すが、クロに乗っていたレルルは、またビビりだしたようだ。


「じ、自分に任せるであります、今日はなんだか絶好調であります」


 強がるレルルにクロが、


「脈拍アガッタ、深呼吸シロ」

「だだだ、大丈夫であります! これぐらい、自分にとってはなんとも、うわああっ!!」


 突然、驚いてひっくり返るレルル。

 俺を含めて慌てて身構えるが、そこには例の赤い火の玉が。

 いや、火の玉ではない。

 燃え盛る炎は、人の形をしている。

 ちょうど撫子ぐらいの、まだ幼い子供のようなシルエットの炎が、俺達の目の前で輝いていた。


「遅い、遅い、迎えに来た、来た」


 声というよりも、念話のように頭のなかに響き渡る、甲高い少女の台詞だ。

 その声は、目の前の炎が発したのかどうかも定かではないが、たぶんそうなんだろう。

 それが気配もなく突然現れたわけだ、レルルじゃなくても驚くってもんだ。

 皆も警戒するが、せっかく迎えに来てくれたと言ってるんだ、ここはおとなしく話を聞くべきか。


「やあ、待たせたみたいだな。どこに連れてってくれるんだい?」

「ネールのところ! 決まってる、決まってる!」

「そうかそうか、すまなかったな。じゃあ、行こうか」

「うん!」


 元気良く頷くと、火の玉の女の子はコンクリート造りの通路を進み始めた。

 ここはおとなしくついていくより他あるまい。

 それにしても、ネールとは誰だろう?

 子供は相手の知識を想定して喋ってくれないからなあ。

 ピューパーやエットなんかはそういう傾向がある。

 一方、生後半年程度の撫子は、すでに大人顔負けに賢そうにみえる。

 あんなペースで賢くなってると、将来どうなるんだろうなあ。


「ネールはね、この先をね、ずっと上に登ったところ、そこで待ってる、待ってる」


 赤く光る少女はそう言って前方を指差す。

 ネールとやらいう人物に関して常識的に判断すれば、例の船幽霊だと思うが、考えてみればこの火の玉と、あの船幽霊が関係者だという証拠もないわけか。

 いや、あったかな?

 説明不足の相手との交渉はハードル高いなあ。


「でもね、人がいっぱい、いっぱい、魔物と戦ってるし、あなたは居ないし、じゃあこっちかなあって来たら居た、居た」

「魔物?」

「そう。お姉ちゃんたちを、狙ってる、狙ってる。全部ネールがやっつけた、でも黒い奴は無理かもって言ってた、言ってた」

「お姉ちゃん? 黒いやつ?」

「そう! 死んじゃったお姉ちゃん、クーモスが帰ってくるまで、守ってる、守ってる」


 死んじゃったお姉ちゃん……ゴーストシェルとやらになったメイドたちの成れの果てのことだろうか。

 クーモスってたしか、白象騎士団の設立に関わった紳士のことだよな。

 袂を分かって出て行ったという話だったが、戻ってくるとはどういうことだろう。

 まだ生きてるのか?

 デュースみたいな長生きもいるわけだし、その可能性もあるが……。

 赤い少女は俺たちを先へ先へと誘う。

 窓から差し込む赤い光と、彼女の放つ光が重なって、目の前は真っ赤に染まっている。


「この先に、魔物、魔物」


 不意に少女は立ち止まって、通路の先を指差す。

 確かに、それっぽい騒音が聞こえる。


「敵か、誰かと争ってるみたいだ。エディかな?」


 そう俺がつぶやくとエレンが、


「かもね。降りてるって言ってたし。冒険者にしては賑やかすぎるね。僕が見てくるから、旦那はみんなを集めといてよ」

「わかった、気をつけてな」

「あいよ」


 エレンはひょいひょいと跳ねるように通路の奥へと消えていった。


「ほら、はやくいこう、いこう」


 と少女は促す。


「ちょっとまってくれ。仲間を呼ぶから」

「仲間? 仲間って姉妹のこと?」

「似たようなもんだ。俺の従者と友達だよ」

「そっか、じゃあ、またないと。みんなで行こう、行こう。ネールも喜ぶ、喜ぶ。もうずっと泣いてる」

「よしよし、もう少し待ってくれよ」

「わかった、わかった」


 その間にクロがみんなを呼び集めてくれたようで、十分ほどで集まってきた。

 ローンやクメトスたちも、一緒にこちらに来たようだ。

 みんな揃ったところにエレンも戻ってきた。


「やばいやばい、魔物がうじゃうじゃいるよ。赤竜の見知った顔が見えたから、たぶんエディたちの隊だね」

「戦況はどうだ?」

「互角だとおもうけど、魔物が多くてね。あと暗くてよくわからないんだけど、黒い煙を吐いてる連中が二、三匹居て、そいつらがすごく強いみたい」


 それを聞いたデュースが、


「黒い煙ですかー、アヌマールの幼生でしょうかー」

「幼生?」

「そもそもー、アヌマールというのは種族のことではなくてー、闇の衣というあの黒い結界をまとうだけの強さに達した魔物のことだともいわれてるんですよー。実際にその変化を見たものは居ないのですがー」

「そんなのがいっぱいいるのかよ。とにかく助けに行きたいが、準備は大丈夫か?」


 確認すると、うちの従者はもちろん、騎士たちも大丈夫らしい。


「我々が先導します。紳士様はあとから」


 とクメトス。

 ここは隊長さんの顔を立てておくべきか。


「わかりました。では気をつけて」

「おまかせを。全隊、縦列陣で前進!」


 うぉーっ、と雄叫びを上げながら騎士の皆さんが突進していった。

 狭いので転ばなきゃいいけど。

 あんな鎧着て転ぶと大変だよなあ。

 などとどうでもいいことを考えながら後を追う。


「ではー、打ち合わせのとおりにー」


 デュースが歩きながらフューエル達に指示していた。

 どうやらフューエルが後衛で強力な結界を貼り、前衛はコルスが小さな結界を張ったまま他の前衛組と一緒に前方を確保するといった作戦らしい。


「みんな勇ましい! ジャムおじさんみたい!」


 炎の少女が喜ぶ。

 ジャムおじさんか、うまそうなおじさんも居たもんだな。


「ジャムおじさんって騎士のジャムオックのことかい?」


 と聞くと、


「そうだよ、あなたも知ってる? 知ってる?」

「名前だけはね」

「ひげもじゃでねー、もじゃもじゃ、いつも冗談ばっかり言う、言う」

「へえ」

「みんな、大好き、大好き」


 そう言って少女はくるくると回り、あたりに熱くない火の粉を撒き散らす。


「ゴーストのようで、ゴーストではないような……、彼女はなんなのでしょうか」


 僧侶のレーンが耳打ちしてくる。


「そこはわからんが、まあ味方だよ」

「なるほど! では、そういう認識で。そろそろ先行した白象が戦闘に入ったようです」


 レーンの言うとおり、前方から聞こえる雄叫びが一層激しくなった。

 見ると前方が明るく開けている。


「この先は広いドームの広場だから、飛び道具に気をつけてよ」


 とエレン。

 俺は特製の盾を構え直して突進した。


 狭い通路を抜けだした瞬間、真っ白い光に包まれる。

 一瞬、地上に出たのかと錯覚するほどの眩しさで、見上げると野球場の倍ぐらいは広いドームの天井面がすべて照明となって光っている。

 そしてすり鉢状の床は、中心に向かって階段状に落ち込んでいる。

 球場か劇場か、おそらくはその手の施設のようで、観客席から椅子を取っ払ったような作りだ。

 広場の底の部分、中央の平らなスペースでは魔物の群れと赤竜騎士団が中央で真っ向から競り合っている。

 向かって左手が騎士、そして右手が魔物だ。

 右手の奥は壁が大きく避けており、外につながっているようだ。

 そしてその裂け目から次々と敵が押し寄せてきていた。

 方や俺達の目の前では、先行していたクメトスたちが右手の敵側面に突撃をかけていた。

 この奇襲はうまく行ったようで、中央で赤竜と向き合っていた魔物が一時的に混乱状態になる。

 だが、敵もさるもので、混乱した味方をフォローするように壁の裂け目から押し寄せた後続部隊が、逆にクメトスたちの側面を突く。

 かと思えば、エディたちの部隊が中央でふた手に別れ、混乱した魔物を取り囲む。

 戦況が瞬く間にめまぐるしく変わり、ここから見下ろしていると、映画の合戦シーンでも見ている気分だ。

 だが、そうして見とれていたのも一瞬のことで、別の敵の一軍がこちらに押し寄せてきた。

 コルスを中心にオルエンとエーメスが前に出て壁を作り、迎え撃つ。

 その間にレーンとデュースは作戦をまとめたようだ。


「まず、あの裂け目を封じます。デュースさんの火炎壁で十分でしょうが、その前に、あの外に味方が居ないか確認する必要があります。クレナイさんとエレンさんで下に降りて赤竜の指揮官と連絡をつけてください。確認後はそのままあちらに待機、その後の連絡は念話で」


 レーンが一気に喋ると、エレンと紅はうなずいて飛び出していった。

 それに気づいた魔物が数匹、妨害に飛び出してエレンたちの前に回り込もうとするが、オルエンとエーメスが同時に弓を構え、続けざまに三本、矢を放つ。

 放たれた矢は唸りを上げて弧を描き、飛び出した魔物の胸板を貫いた。

 よくあの距離で届くよな。


「詠唱は三分ほどですよー、それで発火して、十分で完成させますー。威嚇を兼ねて二段階でー」


 とデュース。

 同時にフューエルの作る結界が俺たちを包み込む。

 コルスのバリアみたいな光の壁とは違い、色とりどりの光の粒子が渦巻いている。


「ほとんどの矢と火球のたぐいはこれで防げます。ただ、油断はしないように。ちゃんと盾で守ってくださいよ」


 とフューエル。

 がんばるよ、とだけ答えて、フルンたちの方を見ると、オルエンたちの後ろについてフォローしている。

 十分場数を踏んだフルンはともかく、シルビーはまだ緊張がとけていない。

 エットもまずそうだが、セスがそばについているから大丈夫だろう。

 すでに先頭のオルエンとエーメスは槍を振るって押し寄せるギアントを薙ぎ払っている。

 あとはノズの群れが大半で、さっきエレンが言っていた黒い煙を吐く魔物とやらは見当たらない。


「外にあの三倍ぐらいは魔物がいるわよ」


 と燕。

 遠目の術で外を見ていたようだ。


「まじか、で、味方は居たのか?」

「見える限りじゃ、居ないわね」

「よし、あとはエレンたちの連絡待ちだな」


 改めてエレンと紅が降りていった中央に目をやる。

 すでに左手から騎士団の後方に取り付いたようだ。

 騎士の部隊の中ほどに、エディとメリーらしきひときわ目立つ騎士がいる。

 それがこちらに手を上げて合図を送ってきた。

 同時に燕のもとに、紅から念話が入る。


「外は大丈夫だって、こっちに惹きつけるから入り口の封鎖に専念してって言ってるわ」

「了解だ、行けるか、デュース」

「おまかせくださーい。そーれ、まずは弱火でー」


 デュースが杖を振ると、壁の裂け目のあたりからどっと炎が吹き出す。

 その場にいた魔物はたちまち丸焦げになってしまった。

 とんだ弱火もあったもんだ。


「妨害が来ますよ! 左手にゆっくり回り込みながら騎士団と合流しましょう」


 レーンの指示にしたがい、俺達は徐々に左回りに下に降りていく。

 魔法の発生源がこちらだと気づいたのか、魔物たちも主力をさいてこちらに突撃してくるのが見える。

 だが、そうはさせじと騎士団も壁を作る。

 エディの指揮は完璧のようだ。

 一方の火炎壁はというと、いつの間にか火力が半減している。


「外からレジストしてるようですね、敵もなかなかの術師がいるようです。入り口に事前に結界をはられていたら、危なかったでしょう」


 レーンが近づいてきた魔物を鉄の棍棒で殴り倒しながらそう話す。


「保つのか?」

「大丈夫でしょう、このペースならデュースさんの魔法のほうが上です」

「ふむ」


 俺も盾で壁を作りながら、近づく敵を剣で威嚇する。

 とにかくデュースを守りきれば俺達の勝ちなはずだ。

 このまま騎士団と合流するまで、堅実に行こう。

 そう思ったのもつかの間、突然クロが叫ぶ。


「ピンチダ、ボス」

「なんだ!?」

「検体F6ノ活動ヲ確認。サッキノ通知ハソレダ。来ルゾ」

「え、何が来るって?」

「検体F6ハ、検体F6デス」

「そのやり取りは前もしたな。つまりアレか、竜か?」

「C3ヨリハダイブ格下」

「それは慰めになるのか?」

「ガンバレ、ボス」

「ちくしょう!」


 と悪態をついてから、声を上げる。


「おい、竜が来るぞ、気をつけろ! 下にも教えてやれ!」


 そう叫び終えると同時に、右手の壁の上部が崩れて何かが突っ込んできた。

 でかい、そして眩しい光の塊だ。

 目もくらむような青い光を放つ巨大な蛇が、俺達の上に飛び込んできたのだ。


「青竜! オーレ、氷壁を全力で前に!」


 珍しくデュースが早口で叫ぶと、間髪入れずにオーレが呪文を唱える。

 たちまちのうちに俺たちの前面に氷の壁が出来た。


「伏せてー!」


 次の瞬間、広間を竜のブレスが襲ったのだった。

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