第165話 サソリの陣

 翌日。

 昨日と同じメンツに学校をサボったらしいシルビー、それにエンテルとペイルーンの考古学者コンビを加えて、再び探索に潜る。

 鉄の層などの遺跡があるようなので様子を見たいとのことだ。

 二人の専門分野とは時代が違うが、今お世話になっている王立学院のほうにはその辺りの専門家もいるので、下調べの上で情報を提供するとか恩を売るとか、そういう話らしい。

 学者の世界も大変だな。


 地上の赤竜騎士団キャンプを覗くと、今日もエディは居なかった。

 適当に騎士を捕まえて尋ねると、忍者っぽい副長のポーンと一緒に最前線に出ているらしい。

 ということは、潜れば会えるかな。


 ダンジョンに潜り、A地点の進捗を確認してから十三号キャンプのオアシスを目指す。

 そろそろこのコースも通い慣れてきたな。

 傾斜がゆるいこともあって、まっすぐ急げば今では一時間ほどで着くようになった。

 空き地に腰を下ろして、小休止を兼ねて装備の確認などをする。

 十三号では、所々にテントがあって、冒険者が寝泊まりしている。

 慣れた冒険者なら、三日ぐらいは手持ちの食料でダンジョンに篭もれるそうだ。

 ここなら騎士団から補給もできるし、さらに長続きするかもしれない。


「オアシスには湧き水もあるからね、あっちに水場があるよ。トイレは反対側」


 とエレン。

 なるほど、水があるなら、さらに都合がいいだろうな。


「さらに先があるようなら、うちもキャンプを張ったほうがいいかもなあ」

「そうだね、入り口が近くても中がこれだけ広いとねえ。馬車も使えないから手荷物も多いし、荷物置き場ぐらいは欲しいかもね」


 ある程度は効率も考えないと、うちも大人数パーティだから大変なんだよな。

 それと、船幽霊には悪いんだけど、正直、この探索にも疲れてきた。

 試練の塔みたいにそれなりに綺麗なダンジョンで宝箱なんかも出るゲームチックな探索と違って、泥と埃にまみれて一日中穴蔵に篭ってるんじゃ、そりゃあ気も滅入るってもんだ。

 本業じゃないんだし、もうちょっと休みがほしいところだ。

 フューエルなんかは、何故か遺跡調査に興味を覚えたらしく、鼻息を荒くして遺跡を探索すると燃えているけど。

 ここまでの道中も、エンテルからレクチャを受けていたようだし。

 あの情熱を少し分けてほしいよなあ。

 とはいえ、ネトックに頼まれた船の捜索もやらなくちゃならない。

 具体的な捜索方法は、紅が船のビーコンの信号パターンを登録したとか言ってたので、それを検知できれば詳しくわかるらしい。

 あたりが取れれば、燕の遠目の術で詳細もわかるだろう。

 その前に、魔界まで抜ける道を探すのが先決かな。

 他のパーティもまだそこまでは見つけていないらしい。

 アンも元気になったけど、やっぱり家の様子も気になるし。

 なんだか忙しくなってきたなあ。

 そろそろ年末だからだろうか……関係ないか。


 改めてオアシスの様子を確認すると、おそらく百人ぐらいの冒険者と、五十人ほどの赤竜騎士、そして二十人ほどの白象騎士がいた。

 まだ、朝早い時間なので、これから活動を開始するのだろう。

 これだけいると、広いオアシスも相当な混雑具合だ。

 その中から慎重に最初の訪問先を選ぶ。

 昨日はゴブオンとメリーの二択だったので悩むまでもなかったが、今日はエディもいるはずだ。

 慎重に調査と検討を重ねないと、後で面倒なことになるからな。

 見た限り、赤竜の天幕は中にいっぱい人がいるように見えるが、表に声をかけるような知り合いはいない。

 一方の白象側もメリーは天幕の中にいるようで、表にいるのは休憩中の騎士連中だけだ。


「今日はどちらから挨拶回りをされるんです?」


 フューエルが俺の前に立ち、イヤラシそうな顔で聞いてくる。

 最近、普通に話してくれるようになったのはいいんだけど、概ね挑発するようなノリなのでゾクゾクするね。

 一瞬悩んだあとで、とりあえずこう返した。


「おはようございます」

「なぜ私に。挨拶は朝に済ませたでしょう」

「別に何度してもいいじゃないか、俺の故郷には、親しき仲にも礼儀ありということわざがあってだな、親しい相手でも馴れ合いすぎて礼を失しないようにという戒めがあるんだよ」

「それは良い心がけですね」

「そうだろう」

「で、どうされるんです?」


 再び、ちょっとだけ悩んでから、こう言った。


「とりあえず、探索するか」

「では、参りましょう」


 フューエルがにっこり笑って差し出した手を取って立ち上がる。

 このやりとりだけで、どっと疲れたよ。




 オアシスにミラーを一人残し、昨日よりさらに先に進むと、再びコンクリートの壁に出る。

 今度は土管ではなく、分厚い壁のようだ。

 岩盤の中から、ところどころコンクリートが露出している。

 そのうちの一部が崩れていたので、早速、中に入ってみる。


 コンクリートの壁の向こうは、廃墟と化したビルのフロアといった感じだった。

 格子状に区切られた通路と、四角い部屋。

 部屋の中は崩れた瓦礫が少々積もっているぐらいで空っぽだ。

 当時の様子を窺い知るようなものは何もない。


「やはり、何も残っていないようですね」


 と答えるのは、遺跡があるというのでついてきた、学者コンビの胸がでかい方であるエンテル。


「昨日も少し話しましたが、ダンジョンを漁るのは人間だけではなく、魔族や魔物もそうなのです。たとえ人間側からは未踏のダンジョンでも、魔界側の住人が、長い年月の間に漁り尽くしていることも多いものです。特に鉄の層からは鉄や銅などの金属がおおく拾えます。以前も鉄でできた書棚がずらりと並んだ遺跡を見つけたのですが、本だけ残して書棚だけあっという間に持ち去られてしまいました」

「ああ、そういうのを溶かして使うのか」

「そうですね。魔界だと鉄を含んだ岩などが取れるので、それを精製して使うそうなのですが、地上で取れる鉄の大半はそうしたものです」

「それだと、十分な鉄は取れないんじゃないか?」

「大量に発掘できるところもありますし、それでももっと量産出来て安価になれば使いみちは増えるでしょうね」

「なるほどねえ」


 廃墟のオフォスビルのような領域を慎重に進む。

 幸い、魔物は出ないが、お宝もない。


「階段とかないのかな?」


 と聞くと、同じく学者コンビの胸が小さい方であるペイルーンが、


「たぶん、あると思うわよ。この手のは塔なんかとちがって、普通の建物みたいにまっすぐ階段がつながってるから」

「じゃあ、それから探すか」


 端っこか中央にあるのが相場だと思うが、あまりにも規則正しく並んでいて、区別がつきにくい。


「燕、上下にもこの階層は広がってるのか?」

「さっき見たけど空洞はあるわね、たぶん何フロアも広がってると思うわ。真っ暗で見えないけど。紅のソナーでもほぼ同じ見解よ」

「なるほど」


 しばらくウロウロしていたら小さなホールに出た。

 中央が吹き抜けになっていて、そこを取り巻くように階段が設置されている。

 デパートかなんかみたいだな。


「こういう階段は、ところどころ崩れてることがあって危ないのよね。ヘタすると下まで真っ逆さまよ」


 とペイルーン。

 確かに脆そうだ。

 そもそも、地球と同レベルの技術だとすると百年ももてばいいほうじゃないだろうか。

 吹き抜けから下を覗くと、下の方は真っ暗で良くわからない。

 十層以上は続いているように見える。

 上を見ても同様だ。


「どうしようか?」


 学者コンビに尋ねると、エンテルが答えて、


「思った以上に本格的ですね。通常の発掘だと、人足を入れて梯子をかけながら慎重に下に進みます。見たところ、この階段は腐食していていつ崩れてもおかしくないようですし、使わないほうが良いでしょうね」

「ふぬ、縄梯子の用意はあるが、この人数を順番に下ろすとなると難しいな。しかも登るときに困りそうだ」

「でしょうね。ただ、石造りの階段が併設されていることも多いので、そういう所があれば、上下の移動は可能だと思いますが」


 非常階段的なものか。


「よし、じゃあここはこのままにして、他を探そう」


 そう言って立ち去りかけたところで、大商人の片手間で盗賊をやっているメイフルが呼び止める。


「ちょいと、待っておくれやす」

「どうした」

「なんや、下に居ますで」

「ほう、魔物か?」

「たぶん、ちゃいますなあ。なんとも言えまへんけど」


 同じ盗賊のエレンも顔を出して覗きながら、


「たしかに、なにか感じるねえ。うーん、あと、うめき声かな?」

「そうですな、なんや助けを求めるような、悲痛な響きがそこはかとなく」

「でも、よく見えないな。よそのパーティがやられてるのかもしれないけど」


 ふぬ、ダンジョンでは手柄の横取りはご法度だが、瀕死の冒険者を見捨てるのもあまりよろしくはない。

 もちろん、自分の命あっての話だが。

 相談の上、まず空を飛べるオーレが、忍者のコルスを抱えて様子を見に行くことにした。

 オーレは魔力のコントロールが急速に上達しているし、斥候ならコルスがうちでもトップクラスだ。


「あとはクロ殿にもついてきて貰うべきでござるな」


 とコルス。


「クロも抱えると重くないか? あいつも結構重量あるぞ」

「抱えても大丈夫だとは思うでござるが、クロ殿なら壁や天井も歩けるでござろう。横をついてきてもらうでござるよ」

「そうなのか?」

「マカセロ、ボス」


 とクロ。

 知らなかったぜ。


「それに、クロ殿なら念話も通じるでござろう」


 そうだったか、念話じゃなくて無線とかなのかな?

 それも知らなかったが、そういうことなら三人でいってもらおう。


「よし、じゃあ一緒に様子を見てきてくれ。くれぐれも無理するなよ」

「オーケー」

「みんな、気をつけてな」

「任せるでござる」


 そう言ってふわふわと吹き抜けから下に降りていく。

 それを見送りながら、俺達は準備をする。

 まずエレンと紅の二人をだして、使える階段を探させる。

 その間にこちらではロープをかける準備をする。

 もっともうちのロープじゃ、三階層も降りれば足りなくなるし、実際に降りるかどうかは報告待ちだけど。


「来たわよ、クロから。怪我をした冒険者が七人、倒れてるって」


 クロからの念話を受けた燕がそう言った。


「それで?」

「えーと、オーレを一度戻すので、レーンかハーエルに来て欲しいって」

「ふむ」

「場所は七層下。近くに魔物はいないみたい。もっと下で強い魔物にやられてここまで逃げてきたらしいわ」

「よし、了解したと伝えてくれ」


 戻ってきたオーレにレーンを運ばせる。

 その間に十三号キャンプにおいてきたミラーを通じて、騎士団に連絡をつける。

 すぐに誰か応援に来てくれるはずだ。

 一方のエレンたちは階段を見つけられなかったようだ。


「下の連中はどこから降りたんだろうね?」


 と戻ってきたエレン。


「さあ、どうなんだ?」


 燕に聞くと、


「えーとねえ……今聞いてるみたい……、もっと下の方で別の入口から入ったらしいわよ。そっちにも戻れずに往生してたみたいね」

「しょうがねえなあ」


 オーレに往復してもらって、あと数人下にやる。

 そうして、しばらくするとローンとクメトス率いる騎士がやってくる。

 ちょうどローンがダンジョン管理のレクチャをしていたところらしい。


「お疲れ様です、遅くなりました」


 そう言ってローンが部隊を展開すると、用意した縄梯子を設置する。

 これで一気に下に降りるようだ。

 この場には足場の確保のために数人の騎士が残るらしい。

 上がやられると帰ってこられないかもしれないしな。

 ここにミラーを残すかどうか悩んだが、やめておいた。

 キャンプ地ほど安心できないからだ。


 その代わり、せっかくなので俺達も一緒に降りる。

 下の方も、廃墟っぽい見かけは変わらず、シンプルな瓦礫の通路だった。

 その奥にコルス達がいた。

 冒険者達は、重症なのは二人ほどで、あとはすぐに命にかかわるというような傷ではなかった。

 ただ、肝心な回復役の僧侶が口も聞けないほど弱っていて、残りの連中も脱出口が見つからずここで途方に暮れていたらしい。

 比較的元気なリーダーが俺に何度も頭を下げながら、騎士に連れられ去っていった。

 それを見送りながら、なにかおもしろいものが出てくればいいのになあ、ときょろきょろ探しながら歩くと、部屋の隅に何かの塊を見つける。

 プラスチックっぽい筒状の塊で、ところどころひび割れている。


「その手の柔らかいステンレスは、燃やすと悪臭を放つので放置されていることがありますね。中に鉄が入っていることも多いのですが、それはどうですか?」


 とエンテル。


「中は空っぽいな。こいつは俺の故郷じゃプラスチックと言ってな、石油から作るんだが……」

「プラ……石油とは?」

「地面から湧いてくる天然の油だな。魔法も精霊石もない俺の故郷じゃ、こいつがないと始まらないんだよ」

「そのようなものが……」


 そこでいつの間にかそばにいたクメトスが話しかけてきた。


「紳士様の故郷は東方とお聞きしましたが、精霊石もなかったのでしょうか」

「うん? ああ、そうなんだ。これがまた、えらいど田舎でね」

「そうでしたか。私の故郷もろくな産物もない小さな山村で、わずかばかりの領民も荒れ地でヤギを追うばかりの暮らしでした。私に紳士様ほどの商才があれば、村を興すようなことも可能だったのかもしれませんが、幼い頃から槍を振るうばかりで……」

「そういえば御前試合で十人抜きを成し遂げられたとか。若くしてそれだけの偉業を成し遂げられたということは、立派に誇れる才覚ではありませんか」

「まあ、お恥ずかしい。ですが、あの時が私にとって唯一の華。あの瞬間だけは、私は私のために……」


 そこまで言うと、クメトスは急に頬を赤らめて顔を伏せる。


「も、申し訳ありません。今までこのようなことを話したことはなかったのに」

「気にすることはありませんよ。そういうことを話したい時というのは、誰にでもあるものです」

「ですが……」

「一つでも自ら誇るところがあるということは、困難を乗り越えるよりどころとなるでしょう」

「紳士様の拠り所とは?」

「私ですか? 私は剣も魔法もからっきしなものでして、ただ従えた従者たちだけが私の拠り所と言えましょう」

「従者が……紳士様の……」


 そうつぶやくクメトスは、少し物足りなそうな、あるいは寂しそうな表情を一瞬見せた。

 だが、俺としては少し離れたところでこちらを見ているローンのイヤラシそうな顔が非常に気になる。

 あと、ここからじゃ見えないんだけど、俺の後ろにいるであろうフューエルの表情もすごく気になる。

 気になるだけで、どうということはないけど。

 ないといいなあ。

 横目でちらりと様子をうかがうと、フルンと一緒にいたシルビーがこっちを見ていた。

 紳士様って呼ばれてたの聞かれたかな?

 驚いてる感じはないので、知ってたのかもな。

 賢い子だし。


「あの、紳士様」


 とクメトス。


「何でしょう」

「先日の、あのドーナツと言うお菓子のお礼に、私も焼き菓子などを作ってきたのです。良ければ上に戻った時にでも。あんなに美味しいものでは無いのですが……」

「それは楽しみだ。是非いただきますよ」


 そこに頃合いと見たのか、さわやかな顔のローンがやってきた。


「後始末は終わりました。先ほど救出した冒険者の話では、この下から洞窟側に戻れるそうです。魔物の動向の調査も兼ねて、そちらに行ってみようと思うのですが」


 それを聞いたクメトスもうなずいて、


「では、そういたしましょう」

「紳士様はどうなさいます?」


 ローンが眼鏡越しにプレッシャーをかけてくる。

 別に誰と仲良くしたっていいじゃないか、そういうところはエディとそっくりだな。


「せっかくだ、俺達もついていって勉強させてもらうよ」

「そうですか、ではご一緒に」


 結局、ローンとクメトスに挟まれて、コンクリートの廃墟をさまようことになった。

 デート向けじゃないよなあ、ここ。


「それで、騎士団の場合はどういうふうに探索するんだ?」


 と尋ねるとローンがメガネを拭きながら答える。


「私どもは宝探しや魔物退治が目的ではありません。ですから、やることといえばまず通路の安全の確認、具体的には地盤の安定度やトラップの有無などですね。これは魔界に近づくほど増えるものですが、薄暗く疲労も溜まりがちなダンジョンでは簡単なトラップでも引っかかるものです。強大な魔物相手に引けをとらないベテラン冒険者でも初歩的なトラップで命を落とすこともありますから、こうしたものへの対策が必要ですね」

「ほほう」

「あとは、地図の作成ですか。先行した冒険者が売りに来るので、そうしたものを集めて、より正確なものに書きなおすのも我々の仕事です」

「でも、売ってるのはギルドだよな」

「そこは慣習的に仕方なく。自分たちで売ったほうが儲けは良いのですが、いろいろとしがらみもありまして、ダンジョンの地図はギルドの専売となっています。もちろん、個人的な売買はその限りではありませんが」

「なるほどねえ」

「あとは、要救助者のサポートなどですね。こちらは今もご覧頂きましたが、今回のような迅速な連絡はまれですから、後手に回ることも多いのです」

「そうかもなあ」

「それにしても遠耳の術は便利なものですね。うちには使えるものがいませんので、あまり検討したこともなかったのですが、この所立て続けにその力を拝見していると、非常に有効に思えます」

「確かにこいつは便利だよな」

「遠耳は盗賊に使い手が多いと聞きますが、盗賊ギルドに連携を頼むというのは、これはなかなか難しいことなので」

「そうなのかい? だが、白象と仲良く仕事をするのも難しい話だったんだろう」

「ええ、ですがそれは歴史的経緯によるもの。今を生きる我々にとっては、きっかけさえあれば改善しうる問題でした。そのきっかけが難しかったのですが、紳士様には感謝するしかありませんね」

「よせよ、照れるじゃないか」

「照れるところが可愛いと、エディは言っていましたよ」

「そうかな?」

「ええ」


 エディの名前のところでクメトスが僅かに反応したようだがスルーする。


「ところで、なぜ盗賊は難しいんだ?」

「それはあちらの後ろ盾が教会だからですね。特にこの国においてはそうなのです。片や我々騎士は貴族であり、ですから、神に従う教会とは根本から違うのです」

「へえ、そんなもんかい」

「また、最近の冒険者ブームの流れで、盗賊ギルドもパーティの傭兵として盗賊をダンジョンに送り込むようになりました。これは個別の儲けだけでなく、ダンジョンや塔での利権争いの側面もありますので、簡単には行かないのですよ」

「利権といえば、冒険者ギルドのねーちゃんが出稼ぎに来ていたな」

「らしいですね。報告だけは受けたのですが、ご本人にはまだ。たしか、先月ぐらいに赴任してきたばかりの方だとか」

「プリモアのかわいいねーちゃんだったよ。換金よろしくお願いしますってね」

「さすがは紳士様、そういうところのチェックは怠りませんね」

「褒められたのかな」

「そこの解釈はお任せします。噂ではコーザスの塔爆発の責任を負わされて左遷されたそうですよ」

「ははあ、あれか。ちょうど目の前で爆発したんだよな」

「そういえば、初めてお会いしたのはあの街のカジノでしたね、あの時はろくに会話も交わしませんでしたが」

「そうだった。梅雨時だったから、あれからまだ半年ぐらいなのか」

「まだ、それだけしか経っていないのですね、不思議なものです。紳士様とは騎士団の仲間に劣らぬほど、お世話になっている気がしますが」

「そりゃあ、こっちの台詞だよ」


 そこに数人の騎士が戻ってきてローンに報告する。

 どうやら戦闘らしい。

 ローンとクメトスはそちらに出向いていった。

 同時に少し前に居たセスが戻ってきたので話を聞くと、


「ノズの群れが集まって道を塞いでいるようです。敵は手練な上に狭いこともあり、一気に突破とは行かないようです」


 とのことだ。

 狭いダンジョンで人数が多いと、どうしても隊列が伸びてしまう。

 そうした部隊の運用方法も、彼女らのノウハウのうちなのだろうが、じゃまにならない程度に見学させてもらおうと、従者を数人連れて先頭に移動する。

 幅四メートルほどの通路で盾を並べた騎士と、長い鼻の先端に小さなやりを装備した、同じ鎧を着たノズが対峙している。

 普段、よく見るギアントのような粗野な感じはなく、訓練された部隊のようだ。


「手強いですね、それにこう言った場所での戦闘にも慣れているようです」


 僧侶にしてパーティのリーダー役であるレーンは腕を組んでそうつぶやく。


「地上とどう違うんだ?」

「ダンジョンでの戦術はいろいろありますが、通路の幅を目いっぱいにつかって封鎖しています。これでは騎士は素早い機動が確保できません。逆にノズは見ての通り重量級ですからあの方が有利ですね」

「ふむ」

「加えて、両サイドに大きな盾を構えたノズが一体ずつ。あれを打ち崩すのは困難でしょう。魔法障壁も張っているようです。そもそもこの狭さでは魔法は使いづらいですし。となると中央を突き破るしかないのですが、安易に踏み込むと……あ、今から突撃をかけるようです」


 レーンの言葉どおり、白象騎士の先鋒が雄叫びを上げてやりを構えて突っ込んでいく。

 そのすさまじい勢いに一瞬中央のノズが引き下がるが、それは奴らの作戦のようだ。

 突出した騎士たちはたちまち両サイドから挟まれてピンチになる。


「後退、後退だ!」


 慌てて騎士が引き下がると、再びノズは整列して壁を作る。


「強いな」

「はい。それにリーチも長い。あの鼻は騎士の槍のように長く、盗賊のナイフのように巧みです」

「となると、どうするんだ?」

「そうですね、やはり両サイドの盾を崩すのが正攻法でしょう。指示が行ったようです」


 ついで大柄の騎士二人が図太いやりを構えて両サイドに立つ。

 中央にはクメトスがいる。

 クメトスは一度こちらを振り返ると俺と目が合うが、表情を変えずに前に向き直り、剣を構える。

 そのままの陣形で、じわじわと距離を詰める。

 ローンは後方から見ているようだ。

 俺もじゃまにならない程度に前に出ると、ローンが気付いて話しかけてきた。


「紳士様、こちらまで出てこられたのですね」

「勉強させてもらおうと思ってね」

「彼女の活躍が気になるのでは?」

「君の戦術も気になるがね」

「良いでしょう」


 といってローンは説明を始める。


「敵は現在、漏斗陣をとっています。あれはこのような場所を守るには有利な陣形ですが、先頭の盾が崩れるともろいものです。そこでクメトス殿にはサソリの陣で対抗していただきます」

「サソリ?」

「はい。両サイドで槍を構えた二本の鋏で両サイドを足止めし、中央に陣取る者が毒針となって踏み込み、どちらかの盾を切り崩すのです」

「危ないな」


 それには答えず、ローンはクメトスの様子をじっと見る。

 俺も黙って見守ることにした。

 最初に両サイドのでかい騎士が雄叫びを上げてやりを突き立てる。

 騎士は雄叫びが好きだよな。

 無口なオルエンでさえ、突撃するときは叫ぶし。

 もう一度、雄叫びを上げながらの激突と同時にすごい音が響くが、敵の盾役もガッツリ防ぐ。

 勢い余って押し返そうと盾役が前にでると、タイミングを合わせてでかい騎士の片方が一歩下がり、釣られて盾役のノズが前につんのめる。

 そこで一瞬、敵の隊列が崩れた。

 後ろに控えたノズが隙間を埋めようと前に出るが、その隙を逃さずクメトスが目にも留まらぬ速さで飛び出し、剣を振るった。

 あれ、空振り?

 と思うほどに素早い斬撃から、僅かの間を置いて盾役の首筋から血しぶきが弾け、どぅんともんどり打って倒れた。

 間髪入れず、一歩引いた騎士が倒れたノズを踏み越えて突進していく。

 それで前線は一気に崩壊した。


「見事なものです」


 と感心するローン。


「連携もよく訓練されていますが、何よりクメトス殿の剣の冴え」

「すごいな、俺には凄いってことしかわからんよ」


 一度勢いがつくと止まらないもので、残りのノズは一気に敗走する。


「敵の退却も鮮やかですね、これは深追いしないほうが良いでしょう」


 敵を蹴散らし、陣形を立て直したクメトスに合流する。


「お見事です」


 ローンが絶賛するとクメトスは表情を崩さず、頭を下げる。


「的確な指示があったればこそ。今後もご指導、よろしくお願い致します」


 ついでやっと俺に気がついた素振りで、


「こ、これは紳士様。ご覧になられていたのでしょうか?」


 いたのでしょうかって、さっき目があったじゃん。

 思春期の子供みたいなごまかし方で可愛いなあ。


「ええ、見事な剣裁きを拝見致しました」

「は…その……、恐縮です」


 さっきの勇ましい戦いぶりとの対比も可愛いな。

 もう少し話していたいところだったが、ローンが割り込んできた。


「あれだけの手練の魔物であれば、撤退時に罠を仕掛けている可能性もあります。うちのものを同行させて、先遣部隊を出しましょう」

「では、今すぐ編成を」


 二人は部下への指示に移る。

 俺はその後姿を少々未練たらしく見送りながら、仲間のもとに戻ったのだった。

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