第162話 髭と頬紅

 夜中に再び雪が降ったせいか、今朝の街もまた雪で真っ白だった。

 夜明けと同時にみんなで雪かきをしてから、出発の準備をする。

 二日も開けてしまったからな、今日からは流石に探索を再開しないと。

 昨日下見に行った忍者のコルスによると、寒さのせいでダンジョンまわりのぬかるみも凍ってしまい、かえって動きやすいとかなんとか。


「ご主人様、お弁当の支度もできました。そろそろ出発なさいますか?」


 アンも今朝からはすでにいつもどおりに働いている。


「おう、そろそろフューエルも来るだろうし、いつでも出られるようにしておこう」

「かしこまりました」

「今日はもう、大丈夫そうだな」

「はい。むしろ休んだせいか、力が有り余っているような気がするぐらいです」

「はは、まああんまり無理するとエットが心配するし、程々にな」


 などと話す内にフューエルの馬車が到着した。

 今日の馬車は、二人がけの小さな馬車だ。

 なんかフューエルはいつも違う馬車に乗ってる気がするけど、気のせいだろうか。

 荷物をおろし、御者を帰らせると、フューエルはこう言った。


「おはようございます、良い探索日和ではありませんか」

「俺としては暖炉の前に一日張り付いていたいけどな」

「そのようなことを言っていては、いつまでたっても名声は得られませんよ。さあ、行きましょう」


 留守番組に手を振りながら、俺達は徒歩で出発する。

 この雪では森の周辺は馬車が使えないしな。

 今日の探索には新人のミラーも連れて行く事にした。

 ミラー1号から4号だ。


「設定を調整することで、一桁台のミラーは戦闘向けにしました。力や反応速度が三割ほど向上、燃費が四割落ち込んでいますので、週に一度程度の割合で休養が必要になりますが、お役に立てると思います」


 とミラー1号。

 残りのメンバーも多めに二十人ほど。

 どうせ片道一時間程度だし、ダメならダメで帰ってくればいいので、戦力を小出しにするのは無意味だろうという判断だ。

 いっそミラーを百人ほど投入するという手もあるんだが、いかんせんまだ服がないのでちょっとな。

 ビキニアーマーのアンブラール姐さんを見習って最小限に隠すというのも無しだな。

 フューエルに怒られそうだし。


 もう一つ、伝説の聖剣エンベロウブも持っていくことにした。

 もしステンレスの層があるとすれば、穴を開けるのに必要になるかもしれない。

 効率が悪いので普通の穴掘りには使えないが、そういう用途に使えるとわかった以上、価値がある。

 これはオルエンが背中にくくりつけて、運ぶことにした。

 もちろん、ペイルーンが作ったバッテリー用の精霊石も多めに持っている。

 出しなに料理人のモアノアがドーナツを多めに持たせてくれた。


「最近、団長さんもこねえもんだで、差し上げてくんろ」


 とのことだ。

 エディも忙しいからな。


 街中はどこも雪かきがされているが、街を離れるととたんに一面の雪景色だ。

 二日程度でこんなに変わってしまうとはなあ。

 森の中は濡れた地面が凍っていて歩きづらい。

 アイゼンが欲しくなるなあ、これも作ってもらうか。

 でもこの革靴には付かないかもしれないな。


 森の中はそれほど雪がないが、それでも開けた斜面などは深く積もっている。

 オルエンが先頭に立って新雪を踏みしめながら道を作ってくれるので、その後をついていくと、ダンジョンの入口にたどり着いた。

 長雨でぬかるんでいた地面も雪のお陰で固まってしまい、むしろ歩きやすいぐらいだ。

 まあ、慣れてないと滑るんだけど。

 やはり軽アイゼンぐらい作っておこう。

 一昨日に比べれば騎士団の方も落ち着いたようで、マイペースに作業をしている。


 とりあえず、エディに挨拶かな。

 ドーナツを手土産に赤竜騎士団の天幕を覗くと、エディの右腕にして副団長のポーンがいた。


「おはようございます、今から探索ですか」

「ああ、寒くて寝坊したよ。エディは?」

「先程ようやく一仕事終えて仮眠をとっています。今、呼んできましょう」

「いやいや、寝かしといてやれよ」

「あなたが来たのに起こさなかったと知れば、あとで拗ねると思いますが」


 と言ってポーンは笑う。


「たまにはそういう駆け引きも必要なのさ」

「了解しました。ところで、一昨日は下水場の方でうちの者がお世話になったと聞きました。団長に成り代わり、お礼申し上げます」

「よくあることだ、いいってことさ」

「第八小隊を街に戻しましたので、こちらは若干手薄になっていますが、白象側が地上の探索をひと通り終えたので、代わりに地下に潜っていただけるようです」

「そうなのか、仲良くやれてるじゃないか」

「おかげさまで。ご指摘いただいた洞窟の穴掘りは、今日から取り掛かるはずです。すでに作業は開始していると思います。ゴブオン指揮下で進めておりますので、詳細は下でご確認ください」

「そうしよう、それじゃあそろそろ……」


 お暇しようとすると、天幕の外からここに似つかわしくない女のわめき声が聞こえてきた。

 なんだか聞き覚えがあるなあ、とポーンと二人で出てみると、本屋のネトックが騎士に連行されてきた。

 一体何をしでかしたんだ?


「何事です?」


 ポーンが尋ねると、騎士は途方に暮れた顔で答える。


「今朝方、森の奥で錯乱した様子で叫んでおりましたので保護いたしました。冒険者のようにも見えませんし、扱いに困っておりまして」

「うぁーん、わたしのふねー、ふねがどっかいったー、あー、あー」


 稚児のように泣き叫ぶネトック。


「先程からこの有り様で、訳を聞いても要領を得ず……」

「ふむ、では奥に保護しておくように。昼の交代時に街に連れていきます」


 ネトックは俺にも気がついていないようだ。

 もしかして、昨日からずっと森にいたのだろうか。

 嫌われてるんだけど、どうしたもんか、話しかけて答えてくれるかなあ。

 まあ、ご近所のよしみというか、異世界仲間として、声だけかけてみるか。


「ポーン、ちょっと話をさせてくれ、彼女は知り合いなんだ」


 と断ってから、話しかける。


「ネトック! 俺だ、おとなりのクリュウだ、どうした、何があったんだ?」

「あー、あーん、ぅあー……ク、クリュウ!? あんたが、あんたのせいで私の船がっ!」


 と暴れだす。


「ちょっと落ち着けって、船がどうした、お前のか?」

「こ、ここの森に係留しといた私の船が……あの女が…アンカー全部潰しちゃったから…うぐ…ここに……隠しといたのに…雨で、流れて……探しても見当たらないし……あー、ぅあー、どうしよう、どうしよー、あー」


 あとはひたすら泣くだけだった。

 ほとんど子供だな。

 船ってのはなんだろう、想像するに異世界からやってくるのにつかった宇宙船的なものか。

 俺が生身で飛んできたことに驚いていたし、当然乗り物があったんだろう。

 それが判子ちゃんと嵐のせいでなくなったというわけか。

 そりゃあ、ショックだろうなあ。

 正気を失ってるようだし、ポーンに頼んでおくか。


「ダメみたいだな。理由はわからんが、かなり取り乱してるようだ。彼女はうちの二軒となりで本屋をやってるネトックという。落ち着いたら返してやってくれるか」

「あの店ですか、わかりました」


 ポーンはそう言って部下に指示を出す。

 あとは任せておいてもいいだろう。

 ポーンと別れて仲間と合流すると、レーンが次のような提案をしてきた。


「今、皆で相談していたのですが、ミラーを一人、ここにおいていこうと思います、いかがでしょう」


 とレーン。


「というと?」

「ミラー達は念話とは別に、お互いに離れた場所でも会話ができるようです。念話の威力は我々も最近実感しているところですが、ミラーを要所に配置することで、広いダンジョン探索で細かい伝達や連携が可能になるのではないかと、いわばその実験ですね」

「なるほど、それでいいか?」


 ミラーに尋ねたところ、四人同時にうなずいた。


「じゃあ、2号が残ってくれ」

「かしこまりました。ここに残り、お役に立ちます」


 ポーンに話を通して、ミラー2号を預かってもらうことにした。

 一人残る二号に見送られながら、俺達はダンジョンへと足を踏み入れた。




 地表近くは寒波のせいであちこち凍りついていたが、ある程度潜ると、中はねっとりとぬかるんだ泥道になった。


「そろそろ進展があってもいいんだけどな」

「そうですねー、ただ、この調子だと年を越す可能性もなくはないですねー。そのつもりで腰を据えてとりかからないとー」


 デュースと話しながら、俺達は三号キャンプを目指す。

 ここにゴブオンが構えているはずなのだが、ついてみるとほとんど人が居ない。

 積み上げられた荷物の番をしていた騎士に尋ねると、地下の本部はもっと先の十二号キャンプとやらに移ったらしい。

 俺達がまだ行ってないところだ。

 二日もさぼってたからな。


 ここからだと依頼した穴掘りポイントが近いので、まずそちらの様子を見てから十二号キャンプを目指すことにする。

 目的地につくと、騎士が数人いて、足場と天井の支えを作っていた。

 ややこしいのでここをA地点と呼ぼう。

 A地点は崩落のあとがあるので、まずはその補強をしてから掘り進むという。

 まだしばらくはかかるだろう、とのことだ。

 それだけ確認して、次に俺達は先日赤鬼と戦った七号キャンプを経由して十二号をめざす。

 七号から先は、すこし雰囲気が変わる。

 すでに二百メートルぐらいは潜っているらしい。

 ここまでは硬い岩盤と粘土質の層が交互に重なっていたが、この辺りは縦に層が入っていたりする。

 地殻の変動があったのか、何か他の理由か。


「どうしました、ご主人様」


 壁を眺めて立ち止まる俺にレーンが声をかけてきた。


「この辺は地層が縦になってるだろ」

「地層とは?」

「ほら、岩とか粘土とかが層になってるだろう、地面のそういう重なりのことだよ」

「なるほど、確かに縦ですね」

「それがなんでかなあ、ってね」

「これはおかしな状況なのでしょうか?」

「おかしいかもしれないし、おかしくないかもしれないし、よくわからんな」

「そうですか。その地層を調べる学問というのもあるのでしょうか」

「俺の故郷にはあるな」

「どういったことがわかるのでしょう」

「地層ってのは何万年、何億年とかけて積み重なっていくものだからな。当時の気候とか、植生とかの情報がそこから読み取れるわけだ。つまりエンテル達のやってるのより更に古い星の歴史がわかるんだよ」

「なるほど、それは研究するに値しますね!」

「そうだろう」


 ただ、この星の地面は人工的に作られたっぽいしなあ。

 つまりこの辺はアバウトに地面を積み重ねた層ってことなのだろうか。

 そんなことを考えながら壁面の岩を触ってみると、金属のように固い。


「それにしても、こんな固い岩場をよくくりぬいたもんだなあ」

「おそらくはスナズルが何百年もかけて食い進んだんでしょうね」

「旨いのかな、この岩」

「さあ、そういう疑問は普通持たないと思いますよ!」

「相互理解は大切だろう」

「魔物に直接聞いてください」

「相手が女の子なら頑張ってみるよ」


 などと軽口が叩ける程度には洞窟内は安全で、ゆっくり二時間ほどかけて無事に十二号キャンプにたどり着く。

 ここは巨大な空洞で、ドーム球場ぐらいのスペースが有る。

 洞窟全体がぼんやりと光っていて、いたるところに雑草も生い茂っていた。


「精霊石の光、地下水、温度、そうした条件がうまく噛みあうと、こうしたオアシスと呼ばれるスポットが出来上がるのです」


 とレーンは言う。

 なるほど、これがオアシスか。


「エットの故郷ペイカントもー、こうした地下洞窟に街が広がっているんですよー。魔界の縮小版みたいなものですねー」


 とデュース。


「へえ、面白いもんだが、でも住み着くには快適ではないだろうなあ」

「そうですねー」


 よく見ると岩陰にコロのようなもっとも雑魚な魔物が固まっているが、当然のように周りの冒険者達は見向きもしない。

 コロもあえて近づいてはこない。

 強さに差がありすぎると、こんなもんか。

 小高い丘の上に天幕があり、そこにゴブオンの第四小隊が駐留していた。

 今も騎士たちがせっせと杭を打ち込んで、砦を築いている。

 重労働だよなあ。

 騎士って言うともっと華やかなイメージがあるもんだが、いつも列整理とか土木工事ばかりやってる気もするな。

 モアーナが愚痴るのもわかる。


 第四小隊の天幕の裏手、壁面に沿ったくぼみには、別の一団が居た。

 どうやら地上の探索を終えた白象騎士団らしい。

 しかもメリーの一号隊のようだ。

 となると、当然ゴブオンより先にそっちに声をかけるよな。


 ドーナツを手土産に俺が近づいていくと、部下に囲まれてテーブルの前で地図を眺めていたメリーがこちらに気づき、顔をほころばせるのが見えた。


「これは紳士様、もうここまでいらしたのですね」

「あなた方に負けてはいられませんからね」


 メリーは部下にお茶を用意させると、下がらせる。

 あとは二人っきりだ、フランクに行こう。

 ドーナツを一緒に食べながら、しばし歓談する。


「今年は雪が早くてどうなることかと思いましたが、街の方はどうだったのでしょう」

「雪よりも雨のほうが大変だったけどね、今朝の時点では大丈夫だったよ」

「そうですか、それならばよかった。ところで、ヘンボス様が直接僧兵の指揮を執るとおっしゃっているとか」

「先日会った時には、特にそういう話は出なかったが、でも気合入ってたからなあ」

「あの方がそこまで力を入れてくださるのは、心強いことです」


 責任を取ると言っていたが、直接出向くつもりか。

 たぶんすごい回復呪文とか使えるのかもしれないけど、高齢だし前線に出てきて大丈夫なんだろうか。

 そういえばメリーにはヘンボス老人の昔話は聞かせてなかったな。

 ちょっと悩んだすえに、話すのはやめた。

 彼女にとって、今知ったところでメリットはあるまい。

 もっと落ち着いてからでいいだろう。

 雑談ついでに、メリーに状況を聞く。


「このオアシスには中央に大きな地割れがあります。深さは確認できていませんが、ゆうに数百メートルはあるでしょう。もっとも狭まった部分に、赤竜側で橋をかけていただきました。その先は二つのルートに分かれていて、一つは急な坂でまっすぐ下に、もう一つは北東に向かってゆるやかに上っているようです。赤竜の十一小隊が下りを、我々が上りを担当することに今朝方決まりました。現在、最初の部隊を出して様子を見ているところです」

「なるほど。しかし広いな。こんな広いダンジョンははじめてだ」

「我々もこの規模は経験がなく、赤竜側のサポートが無ければ成り立ちません。そこで、ご指導を頂きたく、第四小隊のゴブオン隊長にお願いに上がったのですが」

「断られたのかい?」

「いえ、なんというか切り出しづらくて……その」

「はは、あのハゲオヤジの髭面が怖かったか」

「そ、そういうわけでは……でも…それもちょっと…いえ、なんでもありません」


 メリーは顔を赤くしてうつむく。

 まあ、普通の女の子からしたら、あのおっさんは近づきづらいよなあ。


「大丈夫さ、あのオヤジは見かけよりはちょっとだけマシだから、君が誠心誠意頼めば、きっと伝わるよ」

「はい、ありがとうございます。もう一度頑張ってみます。あの方は数々の武勲を挙げられた歴戦の騎士ですし、教えていただけることは多いと思うのです」


 そう言って笑う。

 いい子だねえ。

 いい子すぎるのが玉に瑕だけど。

 そこでなんの脈絡もなく、不意に気がついてしまった。

 別にこの子は俺に惚れてるわけじゃないんだなあ。

 きっとあれだ、男性にまったく免疫がないところに、突然素敵な――彼女視点でだけど――男性が現れたので、ちょっと憧れてしまったって感じなんだろうな。

 そういうことなら、俺はちゃんと素敵なお兄さんで居てやらんとな。

 俺はこの子をとても気に入っているので、期待に応えてやりたいんだよ。

 その結果としてモテたりモテなかったりするのは、また別の話しだしな。


 などと考えていると、俺達の来た通路から白象の部隊がやってきた。

 クメトス率いる二号隊だ。

 彼女もこっちに来てたのか、と改めて見ると、今日のクメトスは少し雰囲気が違うな。

 彫りが深く日に焼けた浅黒い肌と洗いざらしの髪はいつものままだが、頬にチークを入れてるようだ。

 若干エラの張ってきつそうだった顔が、なんだかやわらかく見える。

 クメトスは俺の方をちらりと見ると、メリーに向かい敬礼した。


「只今到着しました」


 と報告するクメトスに、メリーが指示を出す。


「ご苦労さまです。小休止の後、フェランの帰還を待って出発してください」


 それにうなずいてから、クメトスは今気がついたような素振りで俺に話しかける。


「これは紳士様、いらしてたのですか」

「おじゃましてますよ。そちらも地下の探索に?」

「ええ。地上はあらかた捜索しましたので。では、失礼します」


 そう言って立ち去ろうとするクメトスをメリーが呼び止める。


「紳士様に頂いた差し入れがあるのです。あなたも一つ頂いていっては?」


 そう言ってドーナツを勧めると首を傾げる。


「これは、なんという食べ物でしょう」

「なんでもドーナツと言うとか。とても美味しいものです」

「では、一つ……」


 そう言ってクメトスはドーナツを一つ手に取り、お上品に頬張る。


「おいしい……」


 うっとりと目を細めて、少女のように頬を染めたかとおもうと、すぐにいつものキリリとした顔に戻る。

 真面目すぎるのも可愛いもんだな。


「これは、その、あまり味わったことのない味ですね」

「私の故郷のものです。出来立てもさらに美味しいのですよ。是非一度、うちに来てできたてを食べていただきたいものです」


 俺の言葉を聞いたクメトスは再び頬を染めて、


「まあ、光栄です紳士様」

「ぜひお越しください。それよりも、もう一つどうです」

「は……いえ、部下を待たせていますので。紳士様、結構なものをありがとうございます。それでは……」


 そう言ってクメトスは自分の隊に戻っていった。


「ふふ、みましたか、紳士様」

「うん?」

「クメトスがお化粧をしていたでしょう。新年の儀式ぐらいでしか見たことがありませんでしたのに」

「そうなのかい?」

「はい。うちにも独身の騎士が多く居ますが、赤竜にも同様に居ますから、そういった方々とともに行動しますと意識してしまうようで、特に見習いなどは浮つくものも居たのですが……」

「それは仕方ないだろう。そういうもんだ」

「そうなのでしょうか。どうも私は……その、恋愛といったことに疎くて。ただ、団長として一言引き締めておかなければいけないと思いまして、クメトスに相談しようとしたら、あのクメトスが化粧をしていたものですから、私、何も言えなくなってしまいまして」

「はは、そういえば彼女は独身なのかい?」

「はい。私が入団した時からずっと支えてくれています。そろそろ彼女にも良い相手が見つかると良いのですが、どなたか赤竜に気になる方がいるのでしょうか」


 そう言ってメリーは首を傾げる。

 まさか俺じゃないだろうな?

 守備範囲は広いほうだが、そもそも彼女はいくつなんだ?

 初対面では四十ぐらいに見えたが、今日のあの感じだと案外同年代かもしれん。

 もちろん、ここでうっかりメリーに彼女の年齢を聞くほど愚かではない。

 とりあえず、今後はおばさんはやめて、おねえさんと呼ぶことにしよう。


 そこでメリーとは別れて、今度は怖いハゲおやじのゴブオンのもとに向かう。

 天幕の前では見知った騎士が居て、俺を見ると飛んできた。


「ちょうど良かった。紳士様、どうにかしてくださいよ」


 まだ若い男はすがるように俺にそう言った。


「どうしたんだ?」

「うちの隊長と参謀がまた言い争ってて、自分たちでは手におえんのです」

「またやってんのか、あの二人」

「ええ、最近は参謀も本性を……じゃなくて、少々強気になってきて、一発でまとまったことが無いんですよ」

「しょうがねえなあ、まあ覗くだけ覗いてみるよ」


 参謀とはもちろん、メガネ美人のローンのことだ。

 いつぞやの飛び首騒ぎの時も、揉めてたからなあ。

 天幕の入り口まで来ると、確かに二人の話し声がする。


「ですから、ここが完成してからでも遅くはないでしょう」

「冒険者共はすでに数キロ先まで行っておるんじゃ、次の拠点も作らにゃならんが目処も立っておらん、そんなに待っておれるか」

「ですが、ここの補給線も確保できていないうちに十一番だけで先行させては危険ではありませんか」

「そのための虎の子部隊じゃろうが! 何より奴ら自身が手柄を欲しとる。行かせてやらんか」


 うーん、入りづらい。

 入りづらいが、こういう時は逆に空気を読んだら負けなのだ。

 気にせず扉をくぐって挨拶する。


「ちわー、お取り込み中失礼しますー」


 俺が脳天気な挨拶とともに乗り込むと、二人が呆れた顔でこちらを向いた。


「なんじゃそのご用聞きみたいな、気の抜けた挨拶は」


 とゴブオン。


「紳士様、いらしたんですか」


 とローン。


「二人共つれないなあ、洞窟中に響き渡るぐらい仲良くおしゃべりしてたんで、俺も仲間に入れて欲しかったんですよ」

「いい気なもんじゃ。例の穴掘りなら昨日から進めておるぞ」

「来る途中に見てきましたよ、引き続きお願いします」

「そうじゃ、お主が来たら頼もうと思っとったんじゃ。奥に白象のお嬢ちゃんがおるじゃろう。先ほどなんぞ用があったようじゃが、世間話だけして帰って行きおった。お主代わりに聞いてきてくれんか、どうも若い娘は苦手でのう」

「それならもう聞いてきましたよ。ダンジョン探索のサポートが欲しいとのことです」

「なんじゃ、そんなことか。それぐらいもよう頼めんとはのう」

「本人は口にしませんでしたが、見たところゴブオン卿の髭面がこわくて言い出せなかったようですよ」

「な!?」


 ゴブオンは目を丸くして自分の顎に手をやる。


「ひげ……髭かあ……実は先月、久しぶりに孫におうたら泣き出されてのう。そうかあ、髭なあ……」


 妙に深刻な面持ちで考えこむ。

 その様子を見ていたローンは我慢できずに吹き出してしまった。


「ふん、笑いたければ笑うが良いわ。お主とてあと数十年たてばわしと同じじゃ」

「結構なアドバイスをありがとうございます」

「まったく、お主は入団した頃からまったく変わらんな。クメトスなどは随分とおとなしゅうなったものじゃが」

「ゴブオン卿は彼女をご存知で?」


 俺が聞くと、


「まあな。御前試合で十人抜きを成し遂げて颯爽と騎士デビューしたのは、あれがまだ十四、五の小娘の頃じゃったか。もう少し生まれが良ければ、このような僻地でくすぶることもなかったであろうに、もったいないことじゃ」

「その試合は私も見ておりました。まだ都に居た頃ですが」


 とローン。


「無双の少女騎士などと社交界でももてはやされておったが、すっかり所帯やつれで見る影もない。あれからまだ十年ほどしか経っておらんじゃろうに」

「十二年でしょう、彼女は私と同年です」


 あれ、ってことはまだ三十前!?

 えっ……、そんなに下方修正が必要?


「紳士様、どうかなさいましたか?」


 動揺が顔に出ていたのか、ローンに突っ込まれたのを適当にごまかす。

 うーん、俺も見る目ないな。

 おばさん呼ばわりして、ほんとごめんなさい。


「まあよい、そういうことならお主が白象のサポートをしてやればよかろう」

「いいでしょう、十一番の対応はよろしくお願いします。ハウオウルはまだ集団を率いるうえでの実戦経験が足りません」

「その分、ギロッツォがついておろうが。あれはわしがみっちり仕込んでおる」

「あなた流のやり方が身につきすぎて、問題をおこしているのではありませんか」

「何を言うか、そもそもあれは……」


 また始まったよ。

 ひとしきり言い争う所を見学してから、ローンと一緒に天幕を出た。


「では、私は白象の方に行ってみます」

「いや、改めて彼女の方から出向くと行っていたから、黙って待ってりゃいいんじゃないかな」

「そうですか、ではそのように。ところで、紳士様はどうなさいます?」

「そうだなあ、もうちょっと先に進むつもりだけど、どっちにしたものか」

「下りのほうが危険度は高いようですが、鉄の層の断面を発見したとの話もあります。上りの方はもしかすると湖の北の山間に抜けているかもしれません。あちらはいくつも洞窟がありますし、たしか紳士様の従者である巨人族の村もその辺りではなかったかと」

「ああ、あっちにも深い洞窟があったな。アヌマールまで出てきてたまらんよな」

「恐ろしいことです。そもそもアヌマールなどは百年に一度目撃されれば良い方なのですが、紳士様はすでに二度戦われているのでは」

「そうなんだよ、そんなにレアな魔物だったか」

「遭遇した場合の生存率も低いですから、余計にそうなりますね」

「なるほどねえ。まあ、鉄の層が気になるから、下ってみようかな」

「そうですか。あちらはうちの新設部隊が先行しています。何かの時にはご利用ください」

「例の赤マスクだろ、エディに手を出すなと言われてるので、お近づきになるのが楽しみなんだ」

「今のは聞かなかったことにしておきましょう」


 にっこり微笑まれてしまったので、慌てて話題を変える。


「そういえば、来月の神殿のあれで、いつぞやのパエ・タエが来るそうだな」

「ええ、妹から手紙も来ておりました。パエとコンツが行くのでよろしくと」

「妹さんは来ないのか」

「そのようです。紳士様がここにいらっしゃることは知っているはずですが」

「こっちはちっとも成長してないから、彼女に会わせる顔がないよ」

「ご謙遜を。今のここの有り様だけでも、十分に誇れるお仕事ではありませんか」

「まだ、どう転ぶかはわからんだろう」

「可能性としては当然そうなのですが、紳士様と話していると、どうも肝心なところで楽観的になってしまいます。困ったものです」


 そう言って笑うローンと別れて、俺は仲間と相談する。

 特に異論なく、下に潜ることになった。


「それと、ここにもミラーを預けていきましょう。どうやらここから先が最前線のようですし」


 とレーン。

 ここには3号を預けて行く事になった。

 さて、ここからが今日の探索本番かな、気を引き締めるとしよう。

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